双子物語-47話-
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【彩菜】

 

 私の残りはあと、一年と半年。先輩は後半年で卒業してしまう。

そう思うとなんだか寂しくなって毎日のように美術室に顔を出してしまう。

部員ではないけれど、部員の人たちと明るく喋っている内に

いつの間にか私の出入りを嫌がる人はいなくなっていた。

 

 そのおかげで私も先輩と会うことに抵抗がなくなっていった。

さすがにずっと二人きりというわけにはいかず、部員が残ってたり

春花がついてきたりするが、私は満足していた。

 

 ただ先輩の絵を描く姿を見ているだけで楽しかった。

こんなの。雪乃を見ていた時くらいだったから。

 

 普段美術室でしか見れなかった先輩の水着姿とか浴衣姿を

今回の夏休みの期間に見れて本当によかった。

もしかしたらもう二度とその姿を拝めないかもしれないから。

 

「また来たの?」

 

 夏休みが明けて再び部室に顔を出すと先輩は無表情と感情の無い言葉を

私にかけてくる。それもいつものこと。でも拒絶しないから気を悪くしていないのだろう。

 

 私はいつものように先輩の横に椅子を置く。背もたれを前にして肘を乗せ、

その上に顔を乗っけて先輩の真剣な横顔を見ていた。

 

 かっこいい。

 

 そんな単純な言葉しか出ないほど、先輩には迫力があり見る者を惹き付ける。

 

「この間の休みは楽しかったね」

「ええっ」

 

 せっかく一緒に過ごした日もあったのだから、それを餌に話すのもいいかと思えた。

先輩の表情はそれでも変わることはなかったけれど。私の話は聞いてくれた。

 

 この人は嫌だと思ったらすぐにその場から居なくなるか、強引に追い出そうと

してくるから。嫌ではないんだろう。

 

 まるで過敏な猫のように扱いながら私は少しずつ思い出しながら話していく。

すると。

 

「私もああいうのは初めてで…そうね。貴重な体験をしたわ」

「よかった」

 

 私はホッと胸を撫で下ろすと再び会話が止まってしばらくの間

シャッシャッという音を聞きながら先輩の動きを見ている。

今日は木炭画をやっている。白黒の世界なのに先輩が描いていると

まるで色がついているかのような華やかさを感じる。

 

「綺麗だねぇ〜」

「そう」

 

 ちょっとだけ返事が来たけど、その中で僅かにテンションが上がってるような声が

聞き取れて私は何だか嬉しく感じることができた。

 

 楽しい時間は過ぎていくのが早い。ただ見つめているだけなのに、外の景色は

少しずつ色合いを変化させていく。もうすぐ下校時間になろうという箇所を時計が

指していた。

 

「ふぅ」

「終わった?」

 

「えぇ、完成はしてないけど」

 

 先輩が片づけをしている姿を見て私は何かを閃いた。何度も何度も同じ光景を

見ているのに、人間とはどういうタイミングで考え付くかわからないものである。

 

「どうしたの?」

 

 私の変化に気づいたのか先輩は振り返ると私は慌てるように手を横に振るジェスチャー

をして返事をする。

 

「何でもないの」

「そう…」

 

 私の言葉に表情の変化がほとんどないから見逃しやすいけど私は気づいてしまった。

寂しげな先輩の顔を見てしまった。

 

 少し心苦しいけど、せっかくだからサプライズとして私はがんばってみようと思った。

私の自分から頑張るということがどれだけ珍しいことか。

 

 中学に入る際に雪乃と同じとこ行きたくて猛勉強した頃ぶりだろう。

春花が聞いたらさぞ怒りそうなことだけど。それほど私は強く心に刻んでいた。

卒業までの間に何か創作して先輩にプレゼントをしたい。

 

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「何言ってるの、あんたは」

「ですよねー」

 

 あの後、家へ一人で帰ってからごはんとかお風呂の用事を済ませて、

まだやや湿ってる髪を揺らしながら部屋へと戻る。

 

 私一人だと結局何も浮かばなくてついつい、恋人の春花にお願いする形になったが。

彼女は当然のように怒り出したのだ。理由は私も何となくわかる。

 

「あのね、恋敵にあげるプレゼントを一緒に考えてあげるほどお人よしじゃないのよ」

「えー、春花は優しくて可愛い子だから受けてくれると思ったのになぁ…」

 

 あからさまにがっかりした声と彼女を褒め称えることを忘れずに言うと

向こう側からの反応に少し変化が現れた。私はそこにつけ込むように更に話を続ける。

 

「…」

「今度、春花に気持ちいいことしてあげようと思ったのになぁ」

 

「で、何が聞きたいわけ?」

「春花チョロすぎるよ〜」

 

 あまりに反応が逆転したため爆笑しながら言うと、電源を切られてしまう。

その後、ベッドの上で横になっていた私は本気の謝罪をメールで打って正座をしながら

送信したのであった…。

 

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「で、何を送るつもりなの」

 

 半ば押しかける形で彼女の家に上がりこむと、春花は苦虫を潰すような顔を

しながら聞いてくる。…そこまで嫌いなのかな。

 

「んー、先輩に絵を送りたいんだよね」

「は? 先輩美術部員じゃん。それって無謀じゃない?」

 

「問題は気持ちなんだよ!」

 

 技術面は先輩の足元にも及ばないことは知ってるけど。かといって他に何かあるかと

考えると何も浮かばないことに気づく。

 

 先輩のこと何も知らなかったんだと、痛感するのだ。

それは一緒に考えてくれた春花も同意見だった。

 

「だけどさ、やっぱり絵は…。花とかどうなの」

「普通の子ならアリだと思うけど、先輩に関してどう思う? 将来有望視されてるし。

花束の一つや二つはいつももらってそうじゃない」

 

「そりゃあ、まぁ…。そうだけどさ」

「そしたら私達で出来ることっていったら、先輩に関わるもので言えば

絵しかなかったわけだよ」

 

「うん…」

 

 お互い絵に関してはズブのトーシロで自信があるか無いかといえば皆無に近い。

そんな私達でも気持ちを込めて懸命に描けば何かしら伝わるはずだと熱意を春花に

ぶつけると苦笑しながら答えてきた。

 

「ロマンチストねえ、彩菜は」

「ぐぬぬ…」

 

「まぁ、あんたのそういうとこ嫌いじゃないけどね」

「春花もクサイこと言うなぁ」

 

「何か言った?」

「イエ、ナンデモゴザイマセン」

 

 顔を伏して土下座のようなポーズを取る私に春花は笑っていた。

すっかりS気が出てしまって私は寂しくも悪くはない気持ちで心中複雑である。

 

「よし、協力してやるか」

 

 最初で最後の協力だと言って私の肩を叩いてくれる。

こういう理解のある子が彼女になってくれたことに良かったと心底感じていた。

 

「ありがとう春花!」

 

 私はいつものように笑いながら抱きつくと、徐々に彼女の体温が上がっていくのを

服越しに伝わっていた。照れからくるものなのか、彼女の髪の匂いを感じながら

私はしばらく彼女を抱き締め続けていた。

 

 卒業までにはまだ時間があるから、慌てずに考える。そして先輩に気づかれないように。

これが二人で交わした条件である。

 

 考えてもどうにもならないこともあるが、まだ時間に猶予があるため複数の案が

出来た時に選べるようにまだ作業には取り掛からないことにした。

 

 そして私達はそのことを心の中に一度仕舞ってから、いつもの日常へと戻っていくことにした。

 

 家に戻ることにした私は玄関まで歩いていくと後ろから春花に泊まらないかと

誘われたが、今日はそんな気にはなれなくて私は振り返らず手を挙げて

断る合図を送った。

 

「そう、気をつけて帰ってね」

「ありがとう」

 

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 外に出た私は昼間より涼しくなった真っ暗の中。外灯の光に頼って家までの

道筋を辿っていく。

 

 怖くはないけれど昼間歩くのとは全く違う感じがするから不思議である。

やさぐれていた時はそんなのを感じる暇もなかったなぁと振り返りながら考える。

 

 結局は今の私がいるのはずっと春花が私を見ていてくれたからなのよね。

少しは優しくしなきゃいけないのに、ついからかってしまう。

 

「反応が面白いからなぁ」

 

 つい言葉にして出してしまうほど彼女との日々は刺激がなく退屈で楽しいと思える。

と思えば。

 

「ねぇ、君〜」

 

 女の子一人で出歩くとたまに、刺激的な輩が現れるわけで。

一人の男が声をかけてきた後、私の周りに2人ほど追加して3人で私を囲んでいた。

 

「ちょっとやらせてくれよ〜」

 

 エッチな方面での誘いなのはすぐにわかったし、昔だったら受けても

よかったんだが…。

 

「今そんな気分じゃないんで、バイバイ〜」

 

 私はそんな奴ら相手にする気分じゃないから手をひらひらさせて素通りしようとした時。

強めに手首を掴まれるのを感じて振り返ると、外灯の光に照らされた奴らは

怪しげな笑みを隠すこともなく露にしていた。

 

 下衆共め…。

 

「お前ら、痛い目にあいたくなかったら引っ込むんだな」

 

 最後の忠告もふざけた笑い声を出す3人を見てイライラした私は思い切り拳を

振り抜いた。本気で殴ってくるとは思わなかったであろう、残った二人は私を羽交い絞め

にしようとかかってくるが、こんなトーシロが相手でやられる私ではない。

 

 隙間を縫うように避けると同時に拳と、後ろに回ったあと蹴りで金的攻撃を行った。

 

ガスッ!

 

「・・・・!!!!!」

 

 男共の言葉にならないうめき声。まるでウシガエルが合唱しているような醜さだった。

 

「相手が悪かったな。これに懲りてもう悪さするんじゃないよ。じゃないと次に会ったら

殺すからね」

 

 低めの声で脅すように告げて男共から視線を外して再び歩き出した。

滅多にないけど、こういう下衆が多いから困る。困るが、ちょっとした気分転換には

いいかもしれないけどな。

 

 やはり私から出向いてよかったな。

春花を暗がりの中歩かせるのは危なっかしいから。

 

ガサッ

 

「ん?」

 

 一瞬人の気配がしたけど、気のせいだろうか。さっきの奴らみたいなのは

こんな気の利いたことできないだろうし。

 

「気のせいか…」

 

 また長くいると変なのに絡まれるのが面倒だから私は小走りで家に向かった。

 

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「ということがあってさ〜」

 

 春花との事は内緒にして、何気ないことを楽しそうに話をしていると

先輩は無表情のまま私の髪をくしゃくしゃにしながら撫でる。

 

「可愛い子猫ちゃんね」

 

 まるで慰めるように言うのがどこかくすぐったい。

 

「先輩、今日お昼どうする?」

「・・・」

 

 投げかける言葉は返ってこないまま、先輩は美術室に立てかけてある

途中とおぼしき絵の前に戻って筆を取った。

 

 無視ではないのだろうけど、返ってこないとちょっと気になる。

 

「屋上なら」

「わかった!屋上ね!色々買っていくから待っててね!」

 

「えぇ」

 

 この会話は授業が始まる前にしていた。いつも授業開始前と放課後に先輩の顔を

覗きにいっている。寄ると必ずそこにいる先輩はどんだけ早く学校へ来ているのか。

そして、なんでそんな早くに来る理由があるのか気になっていた。

 

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 気になることを考えている内に午前中の授業はあっという間に終わっていて

ノートに授業内容を書き留めていない私もある意味終わっていた。

勉強に関しては春花のを見させてもらうことにして私は授業終わるのと同時に

購買へ向かって走っていた。

 

 途中教師に怒られたような気がしたけど、そんなの構わなかった。

ある程度パンを買ってから屋上へ向かうと風に長い髪をなびかせながら

先輩は外の風景に見入っていた。

 

「先輩!」

 

 私の声に振り返ると表面上は変わらずとも、どこか嬉しそうに見えた。

 

「ねぇ、先輩」

「なに?」

 

 私はパンをいくつか先輩に手渡すと、すぐに袋をあけて口にする。

絵を描くのも集中するのはすごいが食べることにもすぐ夢中になる所が可愛く見える。

 

 そんな先輩に私はいくつか気になったことを聞いてみることにした。

 

「先輩って何か欲しいものある?」

「欲しいもの?」

 

 聞きながらさりげなくヒントをもらおうってわけだ。

 

「別に…」

「ありゃ…」

 

「というか、既にもらってるというか」

「え?」

 

 もらってる?

何かあげたっけ?

 

 しかし記憶にそんなことした覚えがない私は首を捻りながらすごい速度でパンを

もしゃってる先輩を見つめる。

 

「あなたたちといると作品のインスピレーションをかきたてられるのよね」

「はぁ…」

 

 一緒にいるだけでいつも私の前で描いてるのが出来てるってことだろうか?

うーん、この先輩の脳みそがどうなっているのか非常に気になる。

 

「だから別にこれといった欲しいものってないのね」

「そうですか…」

 

 なんてことだ。全く情報を集めることができなくなってしまった。

仕方ないから他に気になったことがあるからそれを聞いてみた。

 

「私達と出会う前の先輩ってどういう子だったんですか。小さい時とか」

「…」

 

 何気ない気持ちで聞いたんだけど、ピクッと動いてからマネキンのように

動かなくなってしまって驚いた。どこか怒っているようにも見える。

 

「せ、先輩・・・?」

「…そうね」

 

「…あなたには話してもいいかもしれない」

 

 先輩は少しずつ語りだした。先輩の気持ちの中。その中にある寂しさ。

全てを聞いた時に、私は少しだけ先輩のことがわかってような気がするのだ。

 

続く

 

説明
双子の姉、彩菜視点。卒業まで残りが少なくなってきた先輩のために何かをしようと考えるも考えが浮かばず、先輩に接触して色々情報を引き出そうとしたが。空回りする彩菜の言葉に先輩の深い部分が見え隠れしてくる。
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