真・恋姫†無双〜だけど涙が出ちゃう男の娘だもん〜[第48話] |
真・恋姫†無双〜だけど涙が出ちゃう男の((娘|こ))だもん〜
[第48話]
「なあ、((刹那|せつな))」
「うん? なんだい?」
愛馬である調和に一緒に((跨|またが))っている北郷が、ボクの背後から声をかけてきました。
そんな北郷に、ボクは見るともなしに気軽な感じで返答します。
「今日の野営予定地には、まだ着かないのか?」
「はあぁ〜? そんな簡単に着く訳ないじゃないか。なに言ってんの?」
いきなり((突拍子|とうっぴょうし))もない事を言われたので、ボクは後ろを振り返って((呆|あき))れたように返答してしまいました。
「いや……。なんか、((尻|しり))が痛くて仕方がないんだよ」
「……またなのかい? はあぁ〜……。まだ昼辺りを過ぎたばかりの時刻だし、今日の野営予定地には当分着かないよ」
何事かと思って耳を((傾|かたむ))けて要件を聴いていると、馬に((揺|ゆ))られているために尻が痛くなったと告げる北郷。
ボクは、そんな彼の言葉を聞いて脱力してしまいました。
「……だいたいね、これでも一刀の為に速度を極力落としてるんだよ? そのおかげで、最初は軍勢の陣頭の方に居たのに、今じゃ最後尾の辺りまで下がっている始末なんだからさ。これ以上、速度は落とせない。だから、お尻が痛いのは我慢して」
馬を進ませる速度を遅くする為に、ボク達は軍勢の進軍の邪魔に成らない隊列から離れた場所で並走するしかありませんでした。
北郷の現状認識を改めてもらう為に、ボクは詳しい理由を話して要求は飲めないと告げる。
理由を聞いて納得できたのか、彼は渋々ながらも自分の意見を取り下げていく。
ボクは身体を前方に向き直しながらも、そんな北郷の態度を見て何度目に成るのか分からない溜め息を、そっと((吐|は))き出すのでありました。
数日前まで同じ場所で野営し続けていたボク達は、偵察から戻って来た((周泰|しゅうたい))の報告を受けてその場所を後にし、今現在は目的地である((冀州|きしゅう))・広宗の街が見えても可笑しくない距離まで軍勢を進軍させていました。
新たに発覚した黄巾党による偽金疑惑については、((橋頭堡|きょうとうほ))に居る黄忠と((?統|ほうとう))に一任する事にします。
行軍途中のボク達では出来る事が限られている上に、下手に騒ぎを大きくして将兵達に要らぬ心配をかけ、その((所為|せい))で戦闘に支障をきたす事を懸念した為でした。
ただ、『我が((子房|しぼう))』こと諸葛亮が言うには、華陽軍の所持している金銭については((殆|ほと))んど問題ないとの事。
理由は何かと問うと、補給物資の殆んどを((司隷|しれい))や益州から運んで来るからだそうでした。
それも、物資を購入する為に金銭を払っているのだから、精々が((釣|つ))り銭によって((紛|まぎ))れ込むぐらいの流通量らしいのです。
それらを聞いたボクは、今の自分の出来る事は広宗の街を早期に攻略する事だと思い定め、それを実現すべく劉備と((公孫?|こうそんさん))に強行軍で進軍する意向を示す伝令を出したのでした。
劉備と公孫?に((此方|こちら))の意向を示したおかげで、隊列を劉備軍、華陽軍、公孫?軍の順番にしつつ、行軍初日は希望通り強行軍で目的地に向かって行く事が出来ました。
華陽軍を中央に位置させる理由は、((長蛇|ちょうだ))の列の場合、中央を敵に分断されると軍勢全体が危機に((陥|おちい))ってしまうからだそうです。
また行軍するだけの場合でも、前方・後方に位置する軍勢の速度調整も考えなければならない、そんな重要な位置らしい。
二日目からは、兵の疲れを((鑑|かんが))みながら距離を測っていく事にしました。
兵を((鍛錬|たんれん))しているので、華陽軍単独ならば二、三日の強行軍をした後でも、一日ぐらいの休息を取らせれば戦闘に支障はありません。
しかし、行動を共にしている劉備と公孫?の軍。とくに劉備の軍勢は、先頃までは普通の民だった義勇兵が主体です。
彼らは、それほど鍛えられている訳では無い。だから、無理をさせてしまうと、目的地に着いたは良いが使い物にならないといった事にも成りかねません。
そこで、初日以外は主に劉備の義勇兵の状態を考慮しながら、軍勢を進軍させて来たのでした。
その為に劉備軍を長蛇の列の先頭に位置させ、進軍速度の増減でそれを計っているのだそうです。
根性があるのか、それとも団結力があるのかは分かりませんでしたが、劉備の義勇軍兵士達は弱音を吐く事も無く、これまでの行軍ではこれといった問題は起きて来ませんでした。
唯一の誤算はというと、それは劉備や公孫?の軍勢にでは無く、我らが華陽軍にあったのです。
それは何かと問われれば、それは北郷一刀その人であると答えましょう。
何故なら彼は、馬に乗るのが苦手だったのです。
橋頭堡からこれまでの道中では、北郷は乗馬が苦手だというので、練習もかねて彼の乗る馬をボクが先導しながらゆっくり行軍してきました。
行軍途中で発生した戦闘などでは、ボクの((傍|そば))に敵が((切迫|せっぱく))するような事などある訳も無く、当然の((如|ごと))く一緒にいる北郷も((慌|あわ))てるような事態になりません。
その所為なのかどうかは分かりませんが、北郷は馬に乗るのにも慣れてきたと告げてきました。
だからボクは安心して、これまでと同様に彼の乗る馬を先導しながら強行軍に踏み切った次第です。
しかしながら、身体というものは正直なもの。
北郷は、初日の強行軍で弱音を吐く事は無かったものの、((鐙|あぶみ))に乗せて踏ん張っていた足が筋肉痛で悲鳴を上げてしまったのでした。
初日の強行軍で稼いだ時間を、提案したボクが無駄にする訳にはいかない。
さりとて、北郷を馬に一人で乗せられるような状態でも無い。
一応ボクの従者であり、親衛隊の副長とも見られている北郷を((荷|に))馬車に荷物と一緒に乗せる訳にいかない。
まして、兵士と一緒に歩かせる事など出来る訳がない。
そんな感じで進退((窮|きわ))まってしまったボクは、二日目以降は北郷を自分の後ろに乗せて行軍するしかありませんでした。
本当は、そんな事態になる事だけは避けたかったのです。
その理由は、北郷をボクの後ろに乗せて馬上に一緒に居ると、何故か周りから生温かい視線が((注|そそ))がれるからなのでした。
忘れていたかった黒歴史。橋頭堡から始まったボクと北郷とのホモ疑惑。
そんな根も葉も無いはた迷惑な((噂|うわさ))は、最近では鳴りを潜めて沈静化してくれていたのです。
にもかかわらず、そんな噂を再発させてしまうような事を((自|みずか))ら行うしかなかった苦渋の決断。
ボクがどれだけ苦悩したか、それを理解して頂けるでしょうか?!
それこそ文字通り、血の涙が((目蓋|まぶた))から((溢|あふ))れんばかりでしたよ! (泣き)
案の((定|じょう))といいますか、当然の((如|ごと))く愛馬・調和に北郷と一緒に跨って行軍し出すと、それを見た将兵の間から好奇の目と黄色い歓声が、チラホラと漏れ出てきたのでした。
軍勢を進軍させているだけだから((暇|ひま))なのか、将兵達の((恰好|かっこう))の((餌食|えじき))に成ってしまったようです。
そんな黄色い歓声に、ボクと同じに恥ずかしい思いを抱いていたのか、一緒の馬で行軍した初日の北郷は終始無言で居てくれました。
しかし次の日、筋肉痛だから馬に揺られるままに足をぶら下げるしかない北郷は、ボクにこう言うのです。
『お尻が痛い』って。
それを漏れ聞いた女性兵士達は、黄色い歓声を通り越して、嬉しい悲鳴を上げるように成ってしまいます。
最初は何故、そんな嬉しい悲鳴を女性兵士達に上げられてしまうのか、ボクには理解出来ませんでした。
しかし良く良く考えてみると、彼女達が嬉しい悲鳴を上げる事の理由が分かり、ボクは気色悪さのあまりに顔を((顰|しか))めます。
不用意な発言をしないようにと、後ろを振り返って北郷に注意しようと思ったら、彼もボクと同じような顔をしていたのが見て取れる。
だからボクは、互いの心の傷に塩を塗り込むような真似は止そうと考え、注意するのを断念せざるを得ませんでした。
それでも多少の気休めにと、ボク達の会話が周りの将兵達に聞こえない位置まで離れ、軍勢の隊列に並走するようにする事で、精神衛生的に被害を受けないように試みます。
そのお陰で周りからの雑音は聞こえなくなったのですが、それと反比例するように北郷からの文句が多く成っていくのには、少し閉口してしまいました。(溜め息)
「あのね、一刀。確かに、お尻は痛いと思うよ? 馬に乗り慣れていない上に、足をぶら下げているしか無いのだから当然だとは思う。それは、ボクも理解している。でもね。お尻が物理的に痛いのと、それに対する感想ぐらいは分けて考えなよ。だから余計に、お尻が痛いと感じるんだからさ」
ボクは北郷の弱音を聞いて、これも彼の為だと思いながら話しかけていきました。
「なんだよ、それ。尻が痛いから、尻が痛いって言ってるだけだろう?」
ボクの物言いが気に((障|さわ))ったのか、北郷は((憮然|ぶぜん))とした態度で返答してきました。
「そう怒る事は無いだろう? 責めている訳じゃないんだからさ」
「別に、怒っている訳じゃない……」
北郷の怒気を静めるべく((宥|なだ))めるボクの言葉を、彼は小さい声で否定してきました。
でも北郷の顔は、そんな彼の言葉を裏切っているように、いまだ憮然としたまま。
ボクは、そんな北郷を後ろを振り返った横目で見ながら話しかけていきました。
「一刀はさ、お尻の痛みに意識を向け過ぎているんだよ。それに君の抱く感想が加わって、さらに苦しんでいる。そういう悪循環に((陥|おちい))ってるんだよ」
「……どういう事だ?」
ボクが詳しく話しをしても、北郷は府に落とせないように感じているのか、少し困惑しているようでした。
「一刀のお尻が痛いのは物理的な痛みだ。それを軽減する為には、物理的な対処が必要になる。でも現状、出来る対処はし((尽|つく))している。今以上に、お尻の下に布は((敷|し))けないんだからさ。そうだよね?」
「ああ……」
「でもさ。そういう物理的な痛みに対して、一刀は頭の中で色々考えているだろう? 『なんで自分がこんな目に((遭|あ))うんだ』とか、『嫌だ、嫌だ。苦しい、苦しい』っていう感じにさ。違う?」
「……」
「そういう頭の中に在る雑音が、一刀の感じる痛みを((際|きわ))立たたせてて、余計に苦しい状態にしてしまってるんだよ。だから、お尻が痛いという物理的な痛みと、それに対する感想を分けて考えてって言ったのさ」
北郷がボクの言わんとする事を理解できるように一拍ほど間を置いてから、再度話しかけていきます。
「ボクは、いつも言っているだろう? 『どう在りたいのか?』ってさ」
「それは、そうだろうけど……」
「一刀が自分を苦しめたいのなら、そのままで良いと思う。でも、そうじゃ無いと思うのなら、今の自分に出来る最善を((目指|めざ))しなよ」
「まあ……。俺も、そうしたいとは思うけどな……」
ボクの言葉を聞きながらも、暗にそんな事は出来る訳がないといった感じを((匂|にお))わせる北郷。
そんな消極的の同意しか示さない北郷に、ボクはさらに言い((募|つの))りました。
「ねえ、一刀。人生の苦難に((依|よ))り感じられる心痛は、今の君の感じている物理的な痛みなんかより大きいし、より強烈なものだよね? 今感じている痛み程度を((御|ぎょ))せなくて、これから来るであろう人生の苦難に対処できると思うのかい?」
「それは……」
「一刀は知っているはずだよね? 昨日と同じ今日、今日と同じ明日が来ると信じていた日常から、いきなり訳の分からない世界に飛ばされて来た時に感じた、不安感や恐怖心からもたらされる心痛を。今の君は、それを乗り越えて来たんだよ? もっと自分に、自信を持っても良いんじゃないかな」
「そう……だな」
少しずつやる気を見せてきた北郷に、ボクは((励|はげ))ますように話しかけていきました。
「人生に無駄なものなど、何一つありはしない。『((無理|むり))だ。出来ない』と言う前に、それがどうすれば出来るのか考えなよ。それが結局、自分自身を助ける事に成るんだからさ」
「……分かった、やってみる」
ボクの結論づける言葉を聞いて、北郷は思考((錯誤|さくご))を繰り返していくように見受けられる。
でも彼は、中々取っ掛かりが((掴|つか))めないようで、思うように出来ないでいるようでした。
確かに、人に言われた((傍|そば))から新しい事が出来るのなら、人は人生で苦労したりはしません。
だから人は、同じような体験を繰り返しながらも、少しずつ違う経験を積んで新しい事を身に着けていくのかも知れません。
まして、感覚で事を御せるように成るまでには、それなりの時間と修練を必要とするでしょう。
ただ知識として知っている事と、それを身に着けて御す事とは((似|に))て((非|ひ))なるものなのですから。
(まあ、仕方ないか。簡単に出来る訳も無いしね。今回は、((試|こころ))みる((気概|きがい))を見せたただけで良しとすべきかな?)
苦労している北郷を横目で見てそう思ったボクは、前を向き直しながら彼に話しかけていきました。
「話は変わるけどさ、一刀」
「んあっ……?! なっ、なんだ?」
北郷は自分の内面に意識を向け過ぎていたのか、いきなりなボクの呼びかけに((慌|あわ))てたように返答してきました。
「いや。感想はどんな感じだったのかな? って、思ってさ」
「感想……? なんのだ?」
ボクの問いかけの意味が分からなかった北郷は、困惑したように返答してきました。
「桃香……劉玄徳とか関雲長。それに張翼徳という三国志に出て来る人物達に出会ってさ、どういう感想を抱いたのかなって思ってね。まだ、聞いてなかっただろう?」
「ああ……、そういう事か」
ボクの詳細説明で、北郷は問いかけの意味を理解してくれたようでした。
「で、どんな感想を抱いたんだい? 一刀が今まで出会って来た人物達も、それなりに有名だったけどさ。やっぱり、彼女達は別格だろう?」
「まあ……な。三国志における、主人公の一角だしなぁ」
興味深々なボクの問いかけに、北郷は何故か途方に暮れているような感じで返答してきました。
ボクはそれを聞いて疑問に思い、後ろを振り返って問いかけてみる事にします。
「どうかしたのかい?」
「いや……さ。なんかこう、想像していたのとは((随分|ずいぶん))違っていたというか、((戸惑|とまど))ってしまったっていう感じなんだよな」
「ふーん。どんな感じに思ったんだい?」
「あー、たとえば張翼徳なんだけどな? 俺は((髭|ひげ))もじゃの大男を想像していたんだよ。だけど実際の人物は、あんなに小さい女の子だっただろう? それでいて、食器に身の((丈|たけ))以上に盛られた食べ物を平気で食べる大食漢だしさ。そんな小さい体のどこに入るんだって、思わずツッコミ入れたく成った」
「あはははっ……。そうだね、確かに」
劉備や公孫?らと出会ってからこっち、交流会もかねて食事を共にした事もありました。
その時に張飛の食べっぷりを見て、劉備軍に提供する糧食を増量しなきゃイケないと思わせるほどでしたから、ボクも北郷と同じように驚いたものです。
彼の話しを聞いてその時の事を思い出し、ボクも思わず笑って同意してしまいました。
ボクが前方に身体を向き返すと、北郷は続けて話しをしてくる。
「関雲長はさ、中華街で神様に((祀|まつ))られるくらい有名だったんだ。祀られている像も、こう質実剛健の((偉丈夫|いじょうぶ))って感じの人物像だったんだよ。だから、すっごく期待していたんだけど……さ。実際に出会った人物は、これまた細身の女の子だろう? 確かに彼女は美人だと思うし、髪もカラスの濡れ羽色みたいな綺麗な長髪なんだけど、違和感ありまくりって感じだったな。それになんか、出会ったばかりの頃の彼女はトゲトゲしくて、近寄り難い感じを匂わせていたしさ」
「なるほど、そうかもね……」
出会った初めの頃の関羽は、ボクが義勇軍を使い捨てにする((心算|つもり))だと思い、誰も信じられなくなっていたらしい。
だから常に周りを警戒して、緊張していたと思われた。
その頃の関羽を思い出しながら、ボクも北郷に同意を示します。
「でも最近は、そのトゲトゲしさも無くなって来たみたいでさ。だから、少し話してみたんだ。その時に感じた印象は、ただの真面目な女の子だったって感じだったな」
「そう……」
「初めの頃の彼女が何を考えていたのかは分からないけれど、ちょっと真面目すぎるんじゃないか? 最近は、その辺を((星|せい))にからかわれたりしているしな」
「そうなのかい?」
趙雲が関羽と仲が良いのは知っていましたが、そういう話しはこれまで聞いていませんでした。
不思議に思ったボクは、それを北郷に確かめてみる事にします。
「ああ……。特に、エッチ系な話しが苦手みたいだな。そういう話しを星がするとさ、彼女は顔を赤らめて怒るんだよ。ていうかさ、星の性格はどうにかならないのか? 俺を((出汁|だし))にして彼女をからかうから、怒りの((矛先|ほこさき))が俺に来るんだぜ? ちょっとは考えて欲しいよ、ほんと」
「あはは……。あれはもう、無理じゃないかな? きっと手遅れだよ」
どういう風に北郷を出汁にして関羽をからかうのかは分かりませんでしたが、同じように趙雲から被害を受けた事のあるボクからすれば、彼女の性格は((矯正|きょうせい))不能だと思います。
だからボクは、((渇|かわ))いた笑い声で返答するしかありませんでした。
「劉玄徳の事は、どう思ったんだい?」
「……劉玄徳……なぁ……」
ボクは張飛や関羽の感想を聞いたので、最後に残った劉備の印象について聞きました。
その後、劉備の感想が北郷から語られるのを、じっと耳を傾けて待ちます。
でも何故か、一向に話しが続けられる気配が見えてこない。
それを不思議に思ったボクは、後ろを振り返って北郷を見る。
振り返ったボクの目に映る北郷は、少し遠い目をしているように見受けられました。
「どうしたんだい?」
「えっ……?! ああ……、悪い。ちょっと、どう話せば良いか分からない事があって、それを考えていたんだ」
ボクが北郷に問いかけると、彼は驚いたような感じで返答してきました。
「分からない事?」
ボクは北郷の態度が変なのを訝しみ、その辺の事情を聞いてみる事にしました。
「前にさ、刹那に聞いた事があっただろう? 刹那の((為|な))したい事はなんだ? ってさ」
「うん……? それは、初めて一刀と出会った時の話しかな?」
「ああ……。その時にさ、刹那は『在り方を問う』事だと言っていたよな? だから、新しい概念を伝えていると。その為に必要だから、領地を発展させているんだって話してくれただろう?」
「そうだったね……。なんか随分と昔の事のように感じるけど、それほど昔の事でも無いんだね……」
北郷の話す言葉の内容は、ボクがした質問への回答では無いように思われた。
でも急ぐ必要もないと考え、前方を向いて北郷との会話を楽しむ事にします。
「前に劉玄徳が言っていたよな? 『人の事を考えないケダモノみたいな奴らを懲らしめる為に』ってさ」
「それは確か……、初めて会談した時に桃香が言っていた言葉だったよね?」
話しが飛んでいるようにも思える北郷の言葉を聞きながらも、ボクは初めて劉玄徳と出会い、そして死にかけた時の苦い経験を少し思い出しながら答えました。
「そうだ。だから始めは、彼女が義勇軍を結成して黄巾党を討伐しているのも、不思議には思わなかったんだ。戦えない人を……力無き人達を守る為に、そうして行きたいんだって語ってくれたからな。だけど……さ」
「だけど……?」
何か引っかかっている事でもあるのか、北郷は言葉尻を濁すように話してきました。
ボクはそれを疑問に思い、彼に話しを進めるように((促|うなが))します。
「彼女は……さ、人を信じているって言うんだ」
「うん……?」
ボクは北郷の言わんとする事が見えず、困惑してしまいました。
「人を信じている。それに、誠意を持って話せば必ず分かり合えるんだって言うんだよ」
「……桃香が、そう言ったのかい?」
「ああ……。刹那にも聞いた事があったから、彼女が為そうとする事も知りたくて聞いたんだ。そしたら、そう答えてくれた」
「そう……。桃香が、そんな事をね……」
ボクは北郷から話される劉備の事を聞いて、ただ静かに((相槌|あいずち))を打ちます。
出合い((頭|がしら))の事件があった所為で、ボクはこれまで劉備と込み入った話しが出来ないでいました。
例えボクが大丈夫だと言っても、彼女に近づく事を周りが許してくれなかったからです。
ボク自身、華陽軍の将軍達には劉備の事で無理を言っている件もあり、強く主張する訳にもいきません。
そんな感じなので、遠巻きにしか話す事が出来ず、これまで劉備自身の事を知る機会が持てずにいたのです。
だから、北郷から劉備の話しを聞いて、彼女の内面を((垣間|かいま))見れた気がしたのでした。
「俺は始め、彼女がそういう世の中にしたいという事なんだなって考えたんだよ。だから義勇軍を結成して、黄巾党とかの賊を討伐しているんだって思ったんだ」
「うん、それで?」
「でもさ、彼女は人を信じているって言うんだよ。誠意を持って話せば、必ず分かり合えるんだって主張していた。それを聞いた時は分からなかったけれど、何か少し違和感を感じたんだ。それを後になって考えてみた時、彼女は((矛盾|むじゅん))しているんじゃないかって、そう思うように成ったんだ」
「矛盾……?」
北郷が一生懸命に何かを伝えようとしているのを、ボクは((辛抱|しんぼう))強く聞き取っていきました。
「ああ……。人を信じていて、誠意を持って話し合えば分かり合えると主張するならさ、なんで賊とかとも話し合わないのか? って思ったんだ。だって、そうだろう? 彼女は賊とかと話し合う事をせずに、義勇軍を結成して問答無用で討伐しているんだからさ」
「なるほど……」
「それなのに人を信じている、誠意を持って話し合えば分かり合えると言われてもさ、主義主張と行動が((伴|ともな))ってないんだから信じられないだろう? だから違和感があったし、矛盾していると思ったんだ」
「そういう事……ね」
北郷の詳細な説明を聞いて、ボクはやっと彼が何を問題にしているかを理解出来ました。
確かに、劉備の主張する言葉と、彼女の実際の行動とは矛盾しているように見えるからです。
でもボクは、こう思うのです。北郷の言い分は正しいと思うけれど、それで終わってしまっているって。
彼は劉備のやっている事を、正しい事や間違っている事だと判断するだけで、そこから先へ考えを進ませる事を止めてしまっているからです。
――何故、他人の主張や行動を問題だと感じるのか。
――何故、その事に対して今感じているような感情を抱くのか。
そういった事を考察する材料にしないのであれば、他人の主張を聞いたり行動を見たりする事は、自分自身の人生になんら((寄与|きよ))しないのです。
人は、他人の主義主張や行動には良く気がつき、それの((是非|ぜひ))を問う。
一方、自身の持っている((癖|くせ))や抱いている観念には、中々気がつく事が出来ません。
だからこそ人は、多様性のある人生や人々の中で生きる事で、自分が抱いているのとは違う価値観と出会い、そこで感じる感覚を通して、今の自分自身が抱いている癖や観念に気がついていくと思うのです。
自己の内面に反応するものが無いならば、その存在に対して関心すら抱く事はありません。
外からの刺激に対して、自分の中に反応する同質のものが存在するからこそ、それに共鳴するように感情が((沸|わ))き起こってくるのですから。
今のままでは、北郷は劉備の行動の是非を問うだけで終わってしまっていて、それを自分の人生の役に立たせる事が出来ないでいる。
だからボクは、そういった事を北郷に気がついて欲しいと思うのでした。
「一刀の話しを聞く限りでは、桃香の主義主張と行動には((整合|せいごう))性が無いように思われる」
「やっぱり刹那も、そう思うよな? 彼女は矛盾しているってさ」
「うん、そう思う。でもボクは、矛盾していて良いのだとも思う」
「はい……?」
北郷は、ボクが彼の主張を認めつつも劉備の矛盾する行動を容認する言葉を聞いて、((鳩|はと))が豆鉄砲を喰らったみたいに((茫然|ぼうぜん))としてしまいました。
「いやいや。それは駄目だろう? なに言ってんだよ、刹那」
ボクが何を言ったかを理解できた北郷は、勢いよく否定の言葉を返してきました。
「なんで、一刀は駄目だと思うんだい?」
「なんで……って。矛盾してるんだから、当然だろう?」
「桃香の主張と行動が矛盾している点には同意する。でもボクは、それが駄目だとは思わない」
「はあぁ〜……?」
ボクが重ねて自分の意見を言うと、北郷は((呆|あき))れたような言葉を((吐|は))きました。
「一刀が言っているのはさ。桃香の主張と行動が伴っていないから、彼女は信用ならない人物だって言いたいんだろう?」
「……別に、信用ならない人物だとまでは言ってない。だけど、そんな感じに思ってはいる」
ボクの断定するかのような言葉を、北郷は否定しながらも消極的な同意を示しました。
「ボクが矛盾していても良いと言うのはね、それが桃香にとっての取り組むべき人生の課題だと思うからさ」
そう言いながら後ろを振り返ってみると、北郷はボクが何を言っているのかを理解できずにいるようでした。
「人生の課題……?」
「そう、桃香にとってのね。だからボクは、彼女が矛盾していても良いと思うのさ」
そう告げてから、ボクは身体を前方に向け直しました。
北郷は、言われた事をどう受け止めて良いか分からないようで、二の句が継げないでいるようです。
そんな感じで北郷から話しかけてくる事は無くなり、ボクも話すのを止めたので、お互いが無言のままで馬の歩を進めるだけに成る。
ボクが言った事を、北郷はどう受け止めて、どういった態度を取るのでしょうか。
呆れてしまい、ただ馬鹿にするだけで終わってしまうのでしょうか?
それとも、真意を理解して同意を示してくれるのでしょうか?
無言で愛馬を御しつつ歩を進めながらも、ボクは北郷がどういう答えを見い出すのか、それを少し楽しみにしていました。
そしてボクは、こう思う。
例えどんな答えを見い出そうとも、それが彼にとっての、人生の((糧|かて))である事に違いは無いのだから、と。
説明 | ||
無難な人生を望み、万年やる気の無かったオリ主(オリキャラ)が、ひょんな事から一念発起。 皆の力を借りて、皆と一緒に幸せに成って行く。 でも、どうなるのか分からない。 涙あり、笑いあり、感動あり?の、そんな基本ほのぼの系な物語です。 『書きたい時に、書きたいモノを、書きたいように書く』が心情の不定期更新作品ですが、この作品で楽しんで貰えたのなら嬉しく思います。 *この作品は、BaseSon 真・恋姫†無双の二次創作です。 |
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2261 | 2009 | 13 |
コメント | ||
Lumiere404さん、コメントありがとう。前半のセリフは北郷、後半は関羽辺りでしょうか? 中々辛辣なセリフですね。ゲームでのセリフを早送りしていた為なのでしょうか、どの辺にあったのか記憶に無かったです。 (愛感謝) 劉備軍with御使い「俺達の理想実現の為なら徐州や益州どころか魏や呉の民や兵の事なんか知った事か!」 劉備軍の将「桃香様の理想こそが至高。それ以外は認めん!」こういう輩ですので。(Lumiere404) Lumiere404さん、コメントありがとう。そういう論法だったんですか、知りませんでした。蜀はギャグ、呉はシリアス、魏は中間っていう感じに見てました。(愛感謝) nakuさん、コメントありがとう。原作の劉備は話し合うと言いながら、自分の意見のみを相手に押し付けているだけだ、っていう風に感じたという事なのでしょうか?(愛感謝) 原作でも御使いがいようがいまいが魏や呉はダメで蜀だけ正義!っていう論法だからねぇ。そこに対する回答が一切出てこない。話し合い話し合いと言いつつ手段は殺し合いだから蜀の連中。(Lumiere404) いつも読んで頂いて、ありがとう御座います。(愛感謝) |
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