帝記・北郷:参之中〜愛しき人への挽歌〈その軍師、最強〉〜 |
帝記・北郷:参之中〜愛しき人への挽歌〈その軍師、最強〉〜』
邯鄲を陥落させた維新軍主力は当初は別動隊と合流すべく待機していたが、彼等が足止めを食らっていることを聞いて、協議の末に邯鄲を信頼できる将に任せて先に魏郡に向かうことにした。
その頃、魏軍もまた?の城を経て魏郡に到着。さらに進撃し邯鄲と魏郡のちょうど中程で陣を構え維新軍を待ち構えていた。
そして両軍激突の時は近づき、明日こそ決戦というその前夜。
一刀は一人、天幕の外にいた。
駆け抜ける風にかつてしばらくとはいえ暮らした冀州の香りを感じ、何とも言えない気持ちになる一刀。
視線の先は曹魏の陣のある方角。
遂にここまで来てしまった。そんな言葉が頭をよぎる。
「眠れませんか?」
穏やかな声に後ろを振り返ると、蒼亀が立っていた。
「明日はおそらく決戦です…尤も、これから続く戦いの序章に過ぎないでしょうが」
「そうだね…」
間諜から、呉蜀にも派兵の用意があるという報告が夜の会議であった。
そんなことよりも内乱に注意しろよと思わず愚痴った孫礼に皆が苦笑していたが、皆も同じ気持ちだった。
呉蜀への道のりはかなり遠い。劉備や孫策が大急ぎで国元に帰ったとしても、参陣するのは数ヵ月後になるだろう。
つまり、明日の戦いに勝っても数ヵ月後にはそれ以上の激戦が想定されるということだ。
とはいえ、数ヵ月後は数ヵ月後。問題は明日の決戦であった。
維新軍の士気は高く、兵の質も低くはないが相手は曹魏の主力。あの動乱をくぐり抜けた精鋭たちだ。
加えて龍志隊はまだ到着しておらず、何故か報告が途絶えているため現在位置すら解らない。
それでも決戦は逃げてはくれない。
そう、魏との…華琳との決別の時は逃げてはくれない。
魏への忠誠から起こした謀反であろうと、謀反には変わりない。
それを明日、どのような形よりもはっきりと明確にするのだ。
「……もうしわけありません」
蒼亀の突然の発言に、一刀は驚いて彼を見る。
「本来ならばあなた様は曹操様の隣にいらっしゃるはずのお方…それをこのような事に巻き込んでしまい……」
頭を下げながら蒼亀は言葉を重ねる。
義兄(あに)と同じく、彼もまたやむをえないこととはいえ一刀を巻き込んだ事に罪悪感を感じていた。
そんな蒼亀に一刀は微笑み。
「気にしなくっていいって。言っただろ?俺が自分で選んだ道だって」
「しかし……」
「しかしも案山子も無いって、それに俺だって蒼亀さんにお礼を言いたいんだから」
「え?」
「俺が戻って来てから二ヶ月くらい…蒼亀さんにはお世話になりっぱなしだったからなぁ」
乱に加わると決めて以来、蒼亀は一刀に軍学を教え続けてきた。一刀生来の応用力と相まって、一刀は後は経験さえ積めば一角以上の将になれる力をつけてきている。
また、并州にきてからは祭も忙しくなったため蒼亀も仕事の合間を練って一刀に武芸を教えていた。
蒼亀の剣術は一刀の日本剣術にも応用できるものであり、専ら一刀は祭から武の気概と呼吸の取り方を、蒼亀から技術と主導権の握り方を学んでいる。
そのため一刀の武も以前とは比べ物にならないほど上達していた。
「いえ…私は当然のことをしたまでです」
「それでも嬉しかったんだって…ありがとうな」
「……もったいないお言葉」
深々と蒼亀は頭を下げる。
一刀からは見えなかったがその顔には笑みが浮かんでいた。
「至らない君主だけど、これからもよろしくな」
「御意」
こういう方だからこそ自分も義兄も惚れ込んだのだと、改めて蒼亀は心の中で確かめた。
同時刻、魏の陣営。
陣から少し離れた見通しの良い丘にたたずむ少女がいた。
彼女は長い三つ編を風に遊ばせ、維新軍の方をじっと見ている。
少女はしばらくそうしていたが、やがて諦めたように肩を落とすと、丘から降りようとした。
「あら、凪じゃない」
そんな彼女に声をかけるもう一つの影。
その声に、凪は驚いた顔をして応える。
「華琳様!?」
彼女の主がそこに佇んでいた。
「どうしてこのような所に?」
「それを言うなら貴方もでしょう?いえ、貴方達と言うべきかしら?」
「え?」
「出てきなさい、貴方達」
キョトンとする凪を尻目に華琳が近くの藪に向かって言うと、しばしの沈黙の後その藪がガサガサと動き……。
「あう〜ばれちゃったの〜」
「さっすが大将やなぁ」
沙和と真桜の二人が顔を出した。
「ふ、二人とも…何時からここに?」
「ずっとおったで〜凪がここに来たあたりからずっとな」
「凪ちゃん全然気付かなかったの〜」
「あらあら、氣の使い手らしくないわね」
「も、申し訳ありません……」
シュンと小さくなる凪。
華琳はそんな凪を見て小さく笑うと、表情を引き締めこう尋ねた。
「で、どうだったの?」
「え?」
「…一刀の氣を感じるためにここまで来たのでしょう?」
華琳の言葉に、真桜と沙和も息を呑む。
二人も凪がここに来た理由がそれではないのかと薄々感づいていた。
故に、ここまでこうして凪についてきたのである。
「………」
凪は何も言わない。
三人も促すことなく、黙って待っていた。
凪はただ地面を見ている。
いや、見ているが見ていない。
思えば、因果なものである。
彼女たちにしてみれば、檄文の北郷一刀が偽物であってほしい。そうすれば愛しい者を汚された激しい怒りと共に、敵軍を八つ裂きにするだろう。だが偽物であったならば、また彼のいない日々を過ごすことになる。
本物であっても偽物であっても、彼女たちは傷つく。
加えて、三人娘にはもう一つの懸念があった。
もしも一刀が本物だった時、自分たちはどうすればいいのかと。
かつて愛しい男と共に守った街…国……。
だが、今度はその男がそれを壊しに来ている。
自分たちはどこに身を置けばいいのだろう。
それが三人娘の心を締め付けていた。
「……はっきりは解りませんが」
ようやく凪が口を開く。
「僅か…本当に僅かですが、感じた氣は……隊長のものでした」
その答えに真桜と沙和は息をのみ、華琳はただ短く「そう」とだけ言った。
「じゃあもう一つ。あなたが感じた一刀の氣は、かつてのものと同じだったかしら?」
「はい…いえむしろ……」
「むしろ?」
「もっと…強くなっていたかもしれません。正直、ここから感じられるとは思っていませんでしたから」
「そう…ありがと」
「いえ……」
地面を見たままの凪に、華琳は優しく微笑む。
その隣では、真桜が腕を組んで天を仰ぎ、沙和が指を胸の眼で組み情けない顔をしている。
「そっか…やっぱ本物か」
「どうしてなの…どうして隊長は反乱なんて起こしたの……」
今にも泣きそうな三人に、華琳は小さく溜息をついた。
それが三人に向けられたものか、自分自身に向けたものかは解らないが。
「おそらく一刀は…乱で乱を治めようとしているわ」
華琳の言葉に、三人は揃って華琳に顔を向けた。
「どういう…ことですか?華琳様」
「貴方達も知っているでしょう?最近増えている今の天下に対する不平不満ことは」
三人は静かに頷く。
「元より、今までにない天下を創ろうというのだから反発は予想していたわ。でも、それを煽るものの存在は予想していなかった…今この天下は乱への道を確実に進んでいるわ」
でも。と華琳は続ける。
「そうなるにはまだ時間がかかった。でも今、この謀反…かれらの流儀に従って維新と呼ぶべきかしら?それが起こったことにより、乱を企てている者は充分な準備もないままに乱を起こすか、事態を静観するかの二択を迫られる」
「つまり…この乱はぎょうさん起こるかもしれへんちっちゃな乱を抑えるためのおっきな乱てことか?」
「そう…そう考えれば、一刀だけでなく龍志や梁習がこの維新を起こしたことも納得がいくのよ。彼らならば天下の為にあえて不義を負うことも厭わないはず……」
脳裏に浮かぶ、三人の姿。
一見すると凡庸だが、その実誰よりも強い心で自分を助けた北郷一刀。
ひ弱な外見とは裏腹に、確かな智と度胸を持ち荒廃した并州を治めた梁習。
天下に名を轟かすだけの力がありながら、裏方に徹し続けた龍志。
忠義の言葉がこれほど似合う者達もそうそういまい。
「なら…華琳様」
そこで華琳は凪の声に現実へと引き戻された。
「今からでも…今からでも隊長達と和解することはできないのでしょうか?目指すところが同じならば、再び手を取り合うことも……」
「無理ね」
淡い希望を一瞬で華琳は打ち砕く。
「ど、どうしてですか!?」
「すでに乱は大きくなりすぎたわ。もう彼らを許す事も出来ないし、そんなことをしたら余計に小乱を誘発させるだけよ……なにより、それは彼等の覚悟を踏みにじることになる」
「で、ですが…」
「凪…」
「真桜……」
食い下がろうとする凪の肩を真桜が掴む。
その隣には沙和もいる。
「もう話は、うちらがどうこうできる域を超えとる」
「残念だけど…沙和たちは隊長と戦うしかないの……」
「沙和の言う通りよ」
厳しい、王者の声で放たれた言葉に三人はびくりと身を震わせて華琳を見た。
「だから…命じるわ。楽進、李典、于禁。あなたたちは、明日の決戦で何があっても北郷一刀を捕え…いえ、仕留めなさい」
「なっ!?」
「た、大将!?」
「ど、どうしてなの!?」
戸惑う三人に、華琳は冷徹に告げる。
「あなたたちは曹魏の臣…この曹孟徳の臣なのよ。わたしの敵を討つのに理由がいるの?」
「で、でも…」
「解りました」
「な、凪!?」
「凪ちゃん!?」
「隊長は必ず…自分が討ちます。他の誰かに討たれるくらいなら、この手で必ず……」
凪の眼にともった覚悟に、他の二人は思わず息をのんだ。
そして、やれやれと溜息をつき。
「そ〜いう話なら…うちも譲れんなぁ」
「あたしもなの〜どこぞのタマナシに奪われるくらいなら、あたしが隊長を…討つの」
同じ決意の炎を目に灯らせた。
それを見て、華琳は満足げに微笑んだ後。
「それと、もう一つだけ命じるわ。もしも逆に貴方達が捕えられたならばその時は……一刀を助けてあげて」
「えっ!?」
驚く三人に華琳は笑みを向ける。
その笑みの美しさと儚さに、彼女達は言葉を失った。
「一刀のことだから、きっと勝手に一人で背負いこもうとするわ。それは一刀の美徳だけど…同時に弱点でもある。だからあいつを支える人間は一人でも多い方がいいでしょう?多分、霞と風も向こうにいるから」
そして華琳は、静かに三人へ頭を下げた。
「んなっ!?」
「なっ!?」
「ええっ!?」
あまりの事に思考が停止寸前まで追い込まれる三人。
「これは覇王・曹孟徳からの命令であり…華琳からのお願いでもあるわ……受けてくれるかしら?」
「………」
始めに動いたのは意外な事に沙和だった。
膝まづき、拱手の礼をとる。
それに、凪と真桜もならう。
「………ありがとう」
華琳の声が静かに夜闇に溶けていった。
〜後篇へ続く〜
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三話中編です。 | ||
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コメント | ||
さ・・・先が気になる!!!!!(EOS) 華琳なんて大きいんだ・・・まさかきずいていたとはね。(ブックマン) 後篇がどうなるかが、楽しみになりますね。(Poussiere) |
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