cross saber 第19話 『聖夜の小交響曲』編 |
第19話〜死へと誘う詠唱〜 『聖夜の((小交響曲|シンフォニア))』編
【side イサク】
連鎖する轟音。 蒼白の光芒の雨が幾重にも渡って眼前を殴りつける。 辺りが光に染まる。
この膨大なエネルギーの嵐の中で生命を維持するなんて絶対に不可能だ。 少なくとも、今まで俺の最強の上位剣技《蒼狼》をくらって生きていたものはない。
俺には自信も裏付けもあった。 しかし、心の何処かではどうしても思えてならなかったのだ。 あの男、アルフレッドは、この技をも容易に跳ね返すのではないかと。 ーーーそして、その予感は当たってしまった。
「素晴らしい………! 至極の剣技だよ、少年」
完全に白に閉ざされた視界の向こう側から、高揚した声が聞こえた。
「ーーーっな!!?」
背筋を射る程の旋律が走るのとほぼ同時に、蒼いエネルギーが爆発した。 奴の紅い洋剣が、弾いたのだ。 硬質な大地に大穴を穿つ程の破壊力を保持した一撃を。
「ぐあっ!!!」
衝撃で俺は大きく後ろに吹き飛ばされた。 唖然とする間もなく必死に身体をうねらせて着地し、地面に膝を付く。 大技による重い疲労に苛まれながらも、朦朦と立ち込める煙を睨みつける。
「んな……ことが………」
いくら口で否定したって、あの男の脅威を悟り切った頭は、今にも押しつぶされそうなピリピリとした重圧を感じている身体は、その事実を飲み込んでしまっていた。
煙の中から、全くと言っていいほど((無傷の|・・・))男が現れ、クルリと器用に洋剣を回しながら歩み寄ってくる。
「さてと………。 なかなかに興じさせてもらったが、終わりかな?」
「この………野郎が」
俺はもう一度愛剣を手に取り、立ち上がろうとする。 だが腕は鉛のように重く、同時に使い慣れたはずの剣は全く異種の鋼鉄の塊のように地を離れようとはしなかった。
ーー疲労だけではない。
俺は自分の手を、足を、他人のものであるかのように凝視した。
ーーーー震えている。
そして同時に認識した。
俺は間違いなくこの男、アルフレッドを……………恐怖している。
「やれやれ………。 ようやく戦意を失ってくれたようだね。 理解できるよ。 力の差というのは、強くなればなるほどに、明確かつ残酷に突きつけられるものだからね。 分かってもらえたかな?」
「くっ」
ーーーー動け。 動け! 動けよ!! 固まってる場合か!!!
狂ったように己を叱咤するが、手も足も、逃げ場を失った小動物のように震えるだけ。
その間にもアルフレッドは、ゆったりとした歩調でこちらへと歩を進める。
「俺は………」
無力感と自らに対する絶望感の闇の中に、意識が落ちていくのを感じる。
「俺は……………!」
と、その時。 ひとつの轟音が響き渡り、俺の意識を覚醒させた。 同時に、音源であろう南方の空へ伸びる、大きな黄金の光の柱。
俺は無意識的に目を見開いてその光芒を凝視した。
「あれは………」
カイトの剣技、《ギルト・クルセイダー》だ。
恐ろしい程の威力、攻撃範囲を持つ技だが、それ故に莫大なエネルギー消費を要される、いわば諸刃の剣。 それを使用しているということは、あいつもかなり危険な状況にあるに違いない。
「ほう……。 荘厳華美な剣技。 ………黒髪少年のものではないな。 君にもいい仲間がたくさんいるではないか」
同じくその光に気づいたらしいアルフレッドが、顔をかしいで言う。
俺はその言葉もろくに耳に入れぬまま、激闘が繰り広げられているであろう南の空を見、唇を強く噛んだ。
ーーーーそうだ。 皆苦しい中で頑張ってるんだ。 ここで俺が立ち止まっていい理由なんてねぇぞ!!!
自分の弱さに負けかけていた身体を無理やりに動かし、愛剣を握りしめる。 ずしりと重いその感覚を噛みしめるようにゆっくりと足をあげ、地面を踏みしめ、剣を構える。
手の小刻みな震えは止まらぬままだった。 だけどそれでもいい。 寝そべって動けなくなるより遥かにましだ。
だが、そんな俺の姿をよしとしなかったのはアルフレッドだった。 彼は真鍮色の瞳を静かに俺に向け、哀れむような、しかしてどこか讃えるような口調でこう切り出した。
「まあ待て少年。 君の諦めの悪さは称賛に値する。 しかしだね、そもそも俺達には殺し合いをする理由がないのではないかな?」
その言葉に、俺は今の自分の状態も忘れて激昂する。
「ふざけてんじゃねぇぞ。 あんたらは俺の仲間を傷つけた……!!」
「おっと……。 それはこちらの連れの不手際だった。 すまないな。 だが、元を辿れば君と俺達の目的は同一ベクトル上にあると言ってもいいものなんだが………」
「なに……?」
両手を上げて弁明するように大仰に振舞いながら男が発したその言葉に、俺はピタリと挙動を止めた。
男はそれを話を聞く意思表示と解釈したのか、満足げに微笑み、続ける。
「少年ももう知っているのだろう? この村の壊滅に亜獣が関わっているということは。 ……こちらの目的は、“生き残った亜獣の滅却及びサンプルの回収”なんだよ」
「………!?」
話が見えない。 この男がここに現れた理由、それが亜獣に関連するものなのだとしたら、こいつはーーーー
「………それを信じておとなしくしてろってことか?」
俺は低くそう問う。
しかしアルフレッドはそれには答えず、先刻光柱が上り、今尚轟音を響かせ続ける南方を目を細めて見やり、驚くべきことを口にした。
「おそらくあちらで君のもう一人のお友達が戦っているのも、狂犬どもだろう。 だが、気をつけた方がいい。 アレは初期のものより格段に強いからね。 確か四、五体はいたはずだが………」
「なっ……」
俺は勢いよく南を振り仰いだ。
男が言う“格段に強い狂犬”とは、数週間前に突然現れ、大いに俺を苦しめた“進化した亜獣”のことであろう。 一匹でもあれだけ苦戦を強いられたのに、それを複数も相手にするなど、いかにカイトといえども無茶過ぎる。
俺の心に黒い暗雲が急速に広がっていく。
だが、そこに男の、さらなる驚愕の一言が突きつけられた。
「それともう一つ。 俺の連れ………ミーリタニアと言うのだが、彼女を怒らせると厄介だぞ。 件の狂犬五体分に匹敵するだけの馬鹿力を発揮しかねない。 ……そうなったら、いかにあの黒髪の少年が強者だからといっても、歯が立たないだろうね」
【side マーシャ】
断末魔も何もなく、ミーリタニアは崩れ落ちた。
そのすぐ横に飛翔するかのようにふわりと舞い降りる人影。 レイヴン。
「…………」
彼は全く感情を読み取ることのできない瞳を細めて女を一瞥した。
「楽しんでいただけたのなら、この剣技に免じて、安らかに眠ってくれ………」
そう言い放つと、彼はコートをバサリと大きく揺らして身を翻した。 優美な動作で日本の刀を腰の鞘に戻すと、瞳を閉じ、無言のままにこちらへと歩を進める。
私は居ても立っても居られなくなり、飛びつくように彼の胸に駆け込んだ。 その冷え切った両手をギュッと握り、温もりとそれ以上の何かを伝えようとするように包み込む。 言葉は自然と溢れてきた。
「ごめんね………。 私、いつも護ってもらってばっかりで」
「なにを言ってるんだ。 仮にも女の子なんだから、背負わなければならない枷をそう増やすな」
彼は全く気負いのない様子で淡々と慰めてくれた。
彼が私を、仲間のことを考えてくれているのは、とても嬉しく、頼もしいことであった。 でもーーー
「でも……あなたは………」
ーーーー人を殺したという事実の、想像を絶する重荷を背負うことになってしまった。 消えることのない、永遠の痛みを。
私の言葉にならなかった悔悟を察したのか、彼はしばし沈黙したまま瞳の紅玉を彷徨わせた。 やがて、自分に言い聞かせるように静かな口調で何かを吐き出すかのように言った。
「やらなければやられてたさ。 俺はただ君を護らんとして戦ったわけでもない。 自分の命を護るために戦ったんだ。 君が気に留めることはない。 ………どうせ俺はもう……」
そこで彼の言葉は途切れた。 気になった私が顔をあげてみると、そこにあった彼の瞳はいつになくか細く、頼りなげに揺れていた。
私ははっと息を飲む。
この瞳は、あの時のイサクと同じ。 いや、それ以上に深い闇に悶えている。 両手でも抱えきれないほどの巨大な事物を、無理やりに己の中に封じ込めてしまったとでもいうかのような息苦しさと混沌とした鈍い痛み。
だが彼はそれさえも、すぐに仮面の内側へと秘匿してしまった。 そして何かを探すように南東ーーー村の中心部がある方角に視線を走らせる。
「まあとにかく、こいつと当たったのが俺だったのは幸いだったかもしれないな………」
「………?」
私は彼の言ったことの真意がわかりかね首を捻ったが、彼が隠すことを今更あれこれ考えても仕方ないと割り切り、同じように南側の、残骸がより一層ひどく山のようになった光景に目をやる。
おそらくこの先でイサク、ハリル、カイトもまたそれぞれの戦いを繰り広げているに違いない。
臆病なハリルのことが真っ先に頭に浮かんだが、実際に一番心配なのはイサクであった。
『俺はこちらの銀髪少年に少しばかり興味が有ってね』
ミーリタニアの横に立っていた、凄凉でありながら不気味な気配をまとっていたあの男は、私たちを引き離す寸前にそのようなことを言っていた。
あの長身男の立ち居振る舞いといい斬撃の威力といい、力量は間違いなくミーリタニアより上のはずだ。 もし奴がイサクの元へと向かったのなら、彼の安否が心配だ。
「ねえ……。 レイヴン………」
「ああ、分かってる。 ………イサク達の方も苦しいだろうしな」
彼はまたしても私の思うところを読んだらしく、先を聞くこともなく次の行動を選択した。
「それじゃあ行くけど、君は大丈夫か……?」
「………うん」
私がその問いかけに躊躇うことなく答えると、彼は南方をキッと睨み、
「まあ、あいつのことだ……。 どうせ喚きながら泥臭い抵抗を続けているに違いな………」
突如として言葉を絶った。
驚いた私が見上げると、彼は瞳を大きく開いたまま硬直していた。 その唇が僅かに動き、ごく微小な言葉が途切れ途切れに発せられた。
「なん…………だと………」
明らかに異常な彼の様子に対して、状況を全く理解できていない私は問おうと口を開きかけたが、次の瞬間には((それ|・・))は私にもはっきりと分かるものとなった。
ーーーーザシュ。
背後から突然発せられた衣擦れの音。
弾かれたように振り返るとそこには、ゆらりとその身体を起こす、今まさに息絶えたはずの女ーーミーリタニアの肢体があった。
ーーそんな………ありえない。
腹部に刻まれた十字の傷からは、滝のように血が流れ出ている。 あれだけの斬撃を受けたのだから当然だ。 それ程までにレイヴンの剣技は完璧で正確だった。 だが、だからこそ彼女が今、立ち上がったことに戦慄する。
唖然として立ち尽くす私たちに向かい、今までとは真逆に全く張りのないひどく掠れた音が響いた。
「あーー………。 すごいわね、坊や。 危うくあのまま死ぬところだったわ……」
彼女はそこで言葉を切ると、夜空を振り仰いだ。 そして、心なしか哀しげな、消え入りそうな声でこう言う。
「これだけは使いたくなかったなぁ………。 でも仕方ないわよね。 私が私でなくなっても、紳士の礼儀に応えて全力を出さないと」
ミーリタニアはダラリと下げた右腕を、不可視の仮面でもつけるかのように顔の前にかざした。 そうして、こちらに聞こえるか聞こえないかの低く重々しい声で、経のような、呪詛のような旋律を奏で始めた。 同時に、その身体を取り巻くように、赤黒くねっとりとした風がどこからか吹き荒れてくる。
「ーーーーっっつ!!」
その時。 隣にいたレイヴンが小さく呻いたかと思うと、両手の刀を握りしめ、突然飛び出した。 まさに黒き疾風となって刹那にその距離を詰めた彼は、二本の刀を猛然と振りかざす。
「ぐっ!」
だが、その太刀が振り下ろされる寸前。 ミーリタニアを包むエネルギーが一層厚みを増し、彼を吹き飛ばした。
「レイヴンっ!!」
私は、地面に叩きつけられたレイヴンの元へと走りながら、ミーリタニアのーーーいや、最早彼女を完全に覆い隠すまでに肥大化した紅の旋風を見て、息を飲む。
夜闇よりも暗いそのエネルギーの集合体は、まるでそれ自体が意思を持っているかのように蠢き、奇怪でありながらも不吉な形象へと、その姿を変えた。
赤黒い球状の塊は、背から二本のギザギザとした不揃いの翼を突き出す。 ーーーーまさしく、鬼………否、人々を地獄へと誘う悪魔。
私は過多な驚愕と恐怖の重圧に足が竦み、膝を折って地に崩れてしまった。 レイヴンももう、その紅い瞳を大きく開き、ただ呆然と成り行きを見るがままだ。
すると、そのエネルギーが大地を削り取る音すらも掻き消す風炎の中に、私は途切れ途切れの小さな声を、確かに聞いた。
「ごめんね………。 アル。 ……マーシャ。 レイヴン………」
私は幻聴のように微小で朧げなその言葉の正体を無意識に探そうとするが、次の瞬間に響いた、自分が今まで築いたもの全てを捨て去ろうとするような絶叫が、私の意識を無理やりに引き戻した。 その痛切かつ自棄な叫びが為した一つの短い言葉は、しかして私の心に永遠に刻まれることとなった。
「………獣騎転生!!!」
雄叫びと共に、空をも切り裂く轟音を為し、クリムゾンの辻風が爆ぜた。
そして私たちは、自分の目をいくら疑っても信じきることのできない光景を、その中に見た。
四散して行く密度の濃いエネルギー体の中から現れたのは、獰猛に引きつった豹のような顔、赤黒く照り輝く隆々とした身体、不気味な艶やかさのある長い鉤爪をもった異形の生物。
ーーーーまさに、亜獣。 そのものであった。
説明 | ||
とても嬉しい報告があります。 前回、TINAMI18回目の投稿にして初めて支援をいただきました! 小さいことですが、実際その日は一日に8回くらいその「支援数1」を見て、ガッツポーズしていた次第です。 支援していただいた方。 本当にありがとうございました。 これを励みにまだまだ頑張って行きます。 |
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