SAO〜菖蒲の瞳〜 第四十五話 |
第四十五話 〜 集まる探偵達 〜
【アヤメside】
使い魔用メニューがあるレストランが存在する第五十七層主街区《マーテン》は、最前線から二層下にあるため、夕暮れ時には狩りから帰ってきたプレイヤーや逆に狩りに出るプレイヤーがたくさんいる。
また、観光目的で来ているプレイヤーもいるので、この時間帯のメインストリートはたくさんの人でごった返すことになる。
そんな人混みのなかを使い魔ズを引き連れて歩く俺とシリカは、多くの人に注目されていた。
レアモンスターの《フェザーリドラ》に、攻略ではたくさんのプレイヤーを苦しめた《ミミックフォッスク》二匹。そして、((蛇木|ハハキ))の樹海のクエストにのみ登場するユニークモンスター《ピープラビット・シアレス》。それらを、血盟騎士団副団長補佐兼、中堅プレイヤー育成係の《竜使い》シリカが引き連れているのだから当然と言えよう。
因みに、《副団長補佐》というシリカの肩書きは、どっかのプレイヤーが言い出して拡散していったものなので別に役職というわけではない。
「しかし、注目されるのは落ち着かないよな」
「全然そうは見えませんけど……」
俺たちの少し前をじゃれあいながら行くタマモ、イナリ、ピナの三匹の姿を目で追いながら呟くと、はぐれないようにと手を繋いで隣を歩くシリカが苦笑した。
「俺じゃなくてキュイの方だな」
「ああ、そっちですか」
シリカの相づちを受けながら、左胸ポケットに手を添える。
「キュゥ……」
そこには、萎縮するキュイがいた。
手を添えると、気を紛らわせるように俺の手に頬ずりしてきた。
いろんなことを体験して、臆病が多少緩和してきたキュイだが、大人数に注目されるのはまだまだ慣れないらしい。
「アヤメさん、そろそろレストランに行きませんか? 私、お腹空いてきちゃって」
「……そうだな。ありがとう、シリカ」
キュイに気を使ってくれたシリカに感謝して、前の二匹に声をかける。
「タマモ、イナリ。こっちに来い」
「おいで、ピナ」
俺とシリカの呼び声に気付いて振り返った三匹は、三者三様の鳴き声で返事をしてからそれぞれの主のすぐ近くに近寄ってくる。
そのときだった。
「……キュィ」
不意に縮こまっていたキュイが顔を上げたと思ったら、そのまま胸ポケットから這い上がって俺の肩に移動し、頭を左右に振って忙しなく耳を動かす。
まるで何かを探すような仕草に、不思議と嫌な予感がした。
「耳…か……」
その予感に従い、キュイが何を聞こうとしているのかを知るために目を閉じて耳を澄ます。
すると、ノイズのように聞こえていたストリートのざわめきがクリアになり、プレイヤー一人ひとりの言葉が正確に聞き取れるようになった。
さらに、より遠くの音を拾うために聴覚に神経を集中させていく。
キュイが高い《索敵》スキルを保有しているのでスキルスロットに余りがある俺は、《索敵》の代わりに《聞き耳》スキルをセットしている。
そのお陰もあって、かなり広い範囲の音を拾うことができた。
『……キャァァ……』
「!?」
微かにだが、確かに悲鳴が聞こえた。
「……今、悲鳴が聞こえた」
パッと目を開いた俺は、隣のシリカに向き直って端的に告げる。
告げられたシリカは、一瞬なんのことか分からなかったようでポカンとした顔をした。
「悲鳴、ですか……?」
シリカも目を閉じて耳を澄ましてみるが、聞こえなかったようで首を傾げた。
《聞き耳》の熟練度が500を越えている俺で辛うじて聞こえた大きさなのだ、スキル自体を取っていないシリカに聞こえるはずないだろう。
「ああ。多分、キュイが聞き取ったのも悲鳴だと思う」
「そうなんですか……アヤメさん、気になりますか?」
俺の本音を正確に突くシリカの言葉に、俺はゆっくりと、しかし、はっきりと頷いた。
「それじゃあ、行ってみましょう」
「……いいのか?」
「はい。私も、少しだけ気になりますし」
「ありがとう。そして、ごめんなさい」
はにかむシリカに、俺のワガママを受け入れてくれたことに対する感謝と、誘っておきながらワガママを優先させたことに対する謝罪を述べる。
「大丈夫ですよ」
それを全く気にしていない様子のシリカに、心の中でもう一度「ありがとう」と言ってから、肩のキュイを手のひらに移す。
「キュイ、どこから聞こえたか分かるか?」
「キュィ!」
もちろん! と鳴くキュイ。
「だよな。タマモ、キュイを乗せてやってくれるか?」
俺の問いに、タマモはコクリと頷くとこちらに背中を向けてキュイを乗せるように促した。
「ありがとう」
地面に膝を着いてキュイをタマモの背中に移す。
それで何をして欲しいのか理解したのか、タマモは俺たちの向いている方向とは逆方向に走り出し、少ししたところで立ち止まってこちらを見た。
「クォン」
着いてきて、と短く鳴く。
「シリカ、イナリ、ピナ」
「はい」
「クォン」
「きゅるっ」
一人と二匹に確認を取ると、全員が準備OKと返事をした。
「道案内、頼むぞ」
「キュィ!」
「クォン!」
前の二匹にそう指示を出すと、キュイとタマモは力強く鳴いてから駆け出した。
銀キツネに乗った子ウサギという変則ライダーは、人混みの中をすり抜けるようにして走り抜け、道を作っていく。その道を通り、迷惑そうなプレイヤーに謝りながら、俺たちは変則ライダーを追い掛けた。
キュイの道案内のもと止まることなく進んでいくと、突然人の壁が現れ、そこでタマモは足を止めてこちらを見た。どうやら、ここが悲鳴の発生源のようだ。
「これ、何があったんでしょうか?」
やや遅れて到着したシリカが、つま先立ちになって人壁の奥を覗こうとするが、いかんせん身長が足りない。
「よくやった」と褒めながらキュイとタマモを撫でていた俺は、キュイを胸ポケットに移して立ち上がり、そのまま垂直跳びして奥の様子を確認した。
人壁は意外と薄く、厚いところでせいぜい2メートルくらい。その奥には広場と教会のような建物があり、教会の入り口を数人のプレイヤーが並んで塞いでいる。そして、窓から垂れ下がる先端が輪になったロープが、何かとんでもない事があったと暗示していた。
「どうでしたか?」
着地した俺に、シリカが尋ねる。
「全てが終わったあとみたいだったから何とも言えないけど、碌な事は起きてないな」
嘆息しながら首を横に振る。
「タマモとイナリはシリカに着いていてくれ。シリカはゆっくり来てくれ」
「え?」
「行くぞキュイ」
「キュィ」
不思議そうな顔をするシリカを尻目に、その場から三歩下がった俺は、直後に敏捷値全開で猛ダッシュし、そのまま勢いを殺さずにジャンプして人壁を飛び越えた。
突然の闖入者に、教会前広場に集まるプレイヤーたちから怯えを含むどよめきがあがったが、気にせず俺は教会の入り口前にいるプレイヤーまで歩み寄る。
「少しいいか?」
「…っ!? な、なんだ?」
入り口を塞ぐ男の一人に声を掛けると、男はビクッと体を硬直させてゆっくり振り返った。そして、俺の姿を目に留めると、ほっと息をついた。
見た目でナメられたような気がしなくもないが、今はスルーする。
「ここで何があったんだ?」
男の目を見て率直に尋ねる。男は一瞬躊躇ったあと、蚊の鳴くような小さな声で答えた。
「人が……殺されたんだ」
その答えに、思わず目を見開く。
「一体誰が……」
「大丈夫かッ!!」
詳しい話を聞こうとしたところで、聞き慣れた声が耳に届いた。
顔を動かして男の後ろを覗き込むと、そこには頭からブーツの先まで黒一色に統一された少年が、背中の片手剣に手を添えていつでも抜剣できる姿勢で立っていた。
「……よう。何かと巻き込まれ体質だな、キリト」
「あ、アヤメ……?」
いや、まさかこんなところでキリトに出会うとは思わなかった。
【キリトside】
フルプレート・アーマーの男を殺した逆棘の付いた赤黒い短槍を回収した俺は、何人かのプレイヤーに入り口を塞いでくれるように頼んだあと、教会の中に入って二階に上る。
二階に上がると、そこには顔を真っ青にしたアスナが一人立っていた。
「キリト君……」
「気にしなくて大丈夫だよ、アスナ」
申し訳なさそうな顔で俯くアスナ。そんな彼女の頭を二、三回撫でる。
嫌がるかなと思ったが、アスナはそんな素振りを見せず、寧ろ縋るように俺の手にすり寄ってきた。
「……ありがとう」
「どういたしまして。それよりアスナ、中に人はいたか?」
「ううん、誰もいなかった。《((隠匿|ハイディング))》スキルとか、それに類するアビリティが付いた装備を持ってたりすれば私に気付かれずに逃げ出せたと思うけど………」
「俺の《索敵》をすり抜けられるほど高い隠匿アビリティを持った装備は、最前線でもまだ見つかってない。仮にすり抜けられるような装備やプレイヤーが存在したとしても、あれだけの人の壁を誰にも触れずに通り抜けるなんて無理だ」
「……だよね。プレイヤーが触れば自動的に((看破|リービル))されるから、その線の可能性は少ないよね」
「まあそうだな。取り敢えず、証拠品回収しとくか……」
そう言って、テーブルに結わえられたロープに視線を送る。そのとき、俺の《索敵》がこの教会に接近してくるプレイヤーの姿を捉える。そのほぼ同時に、よく言われる犯罪心理を思い出した。
『犯人は、必ず現場に戻ってくる』
「アスナ、誰かがこっちに来る!」
「え?」
「犯人かもしれない! アスナはここで待っててくれ!」
「え!? ちょ、ちょっと!」
アスナの制止を無視して階段を駆け降りる。
このときの俺の頭は、「アスナを守らなくては」という使命感に近いもので全て埋まっていて、プレイヤーの反応に重なるようにして((使い魔の反応|・・・・・・))があることに全く気付いていなかった。
いつでも剣が抜けるように、片手剣の柄に手を掛ける。
「大丈夫かッ!!」
一階に到着した俺は、入り口を睨みつけながら叫んだ。
しかし、そこには入り口を塞ぐように頼んだプレイヤーたちしかいない。
気を緩めずにいると、一人の男性プレイヤーの横からひょこっと顔出した無表情な少年プレイヤーの顔を見て、完全に思考停止した。
「……よう。何かと巻き込まれ体質だな、キリト」
「あ、アヤメ……?」
アヤメのいつもの軽口にも、その程度の反応しか返せなかった。
「アヤメさん! 置いてくなんてヒドいですよ!」
「「クォン!」」
「悪い、シリカ。ありがとう、タマモ、イナリ」
さらに、アヤメの後ろから聞こえてきたシリカの声を聞き、アヤメに飛びつく二匹の銀キツネを見てようやく悟った。
「な…なんだ、勘違いだったのか……」
「「?」」
【アヤメside】
キリトに事件の概要を説明してもらった俺とシリカは、そのまま二階へ案内された。
「大丈夫か、シリカ。少し顔色が悪いぞ」
「はい……一応……」
キリトから話を聞いたとき、そのあまりの出来事にシリカは卒倒しかけた。
殺人という行為自体認めたくないだろうに、それが街中――絶対安置といえる圏内で起きたというのだから、ショックを受けるのも無理もない。
かく言う俺も、こんな事件の話は信じたくない。
もし、圏内で《デュエル》や《睡眠PK》以外の方法で殺害が可能なら、この世界から安全圏が完全になくなる。何も失う心配のないあの家が、俺の理想郷ともいえるあの空間が消える。
そんなの認めたくなかった。
「お帰りキリト君。良かった……」
「いや〜、俺の勘違いで良かったよ」
二階の部屋に入ると身構えたアスナの姿があったが、キリトの姿を目に止めて直ぐに安堵の息をついた。
その次に、俺とシリカに視線をよこして少し驚いたような顔をした。
「アヤメさん、シリカちゃん……! どうしてここに?」
「シリカを食事に誘って時間つぶしに街中をぶらぶらしてたら悲鳴が聞こえたんで、気になって来てみたんだ」
「そうなんですか。………シリカちゃん、災難だね」
「アスナさんも……」
疑問符を浮かべるアスナに簡単に説明すると、納得したように頷いてからシリカに同情的な視線を向けた。シリカも同じような視線をアスナに返すと、二人は同時にため息をついた。
そんな二人を目の端に起きながら、俺はロープが繋がれたテーブルを軽めに押してみる。テーブルはまるで床の一部であるかのようにピクリとも動かなかった。
「《座標固定オブジェクト》か」
これなら、重装備したプレイヤーを吊すことは可能だな。
俺は結わえられたロープをタップし、現れた項目から【解除】選択。ロープは何の抵抗もなくシュルリという音を立てながらテーブルの脚から解けた。
「取り敢えず、回収したアイテムの鑑定をしないとな」
解けたロープをアイテム欄に仕舞いながら三人に提案する。
「それもそうだな。この中で、鑑定スキル上げてるヤツ……はいないよな」
俺の案に頷いたキリトが言う。
いくらアイテム蒐集が趣味の俺でも、さすがに《鑑定》スキルを取る余裕はない。
「そうなりますと、知り合いに聞くしかありませんね」
「あの貫通武器なら、リズに聞くのが一番なんだけど……今は忙しいから止めておいた方がいいよね」
この時間帯は、狩りから帰ってきたプレイヤーが武器のメンテナンスを行ったり、新しく入手した武器を強化したりと《鍛冶師》にとって一番の稼ぎ時である。
まあ、そんなこと言ったら《お針子》だったら布系装備の修繕、《商人》だったらアイテムの換金など、《鑑定》スキルを持っていそうなプレイヤーは軒並み忙しいことになるんだが。
「じゃあ、困ったときの大人頼みってことでエギルに聞いてみるか」
「あの、エギルさんも忙しいんじゃないでしょうか………?」
「知らん」
控え目なシリカのツッコミにキリトは答え、問答無用でエギルにメッセージを送った。
【あとがき】
以上、四十五話話でした。皆さん、如何でしたでしょうか?
《圏内事件》は難しいです……orz
まあそれはともかく、キリト・アスナ組にアヤメ・シリカ組が合流しました。
これからが本番ですね。
圏内事件編を書くにあたって、原作《圏内事件》を読み返してみたんですけど、「何だよお前ら! さっさと付き合えよ!」と何度ツッコミ入れたことか……(笑)
次回もまだまだ調査編です。
それでは皆さんまた次回!
説明 | ||
四十五話目更新です。 キリト・アスナ組とアヤメ・シリカ組が合流します。 コメントお待ちしています。 |
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アスナのキリトへの甘え方が良い感じですね(ニヤニヤ) そしてアスナ、シリカ・・・災難だったねw(本郷 刃) | ||
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