IS/3rd Kind Of Cybertronian 第十三話「Scissor Hands-4」 |
千冬がラウラとクラリッサを保護するのを見届けてから、サンダーソードは改めてクリープサイスに意識を向けた。
敵の頭部を覆うクリアブルーのバイザーに、青いマクシマルの顔が映っている。
カマキリのプレダコン。
両腕の鎌は、エネルゴンセイバーを握ったサンダーソードの腕よりも長大だ。
接近戦におけるリーチは、向こうに分がある。
当然、それが即、こちらの不利を意味するわけではないが………
道路のあちこちに刻まれた戦闘痕は、ラウラやクラリッサの攻撃によるものであり、クリープサイスの手の内を読み取るのは難しい。
サンダーソードは、エネルゴンセイバーの刀身を、胸の前で交差させた。
金色の逆十字、敵の攻撃に備える構え。
「どうした。かかってこいよ、マクシマル。怖がってるのか?」
両腕の鎌を妖しく動かしながら、クリープサイスが挑発してくる。
胸に受けた拳撃は、さほどダメージにはなっていないようだ。
「そっちこそ。僕のことが怖いんなら、逃げ帰ってでかいお友達に泣き付けばいい」
サンダーソードも負けじと言い返した。
言葉も時には良い武器になる。
普段は言動に気を使っているが、それなりに長生きをしていれば、他人の貶し方も覚えるものだ。
「助けて! 意地悪なマクシマルがいじめる! ってさ。もっとも、一流のプレダコン戦士はそんな恥知らずな真似はしないがね……」
サンダーソードが放った言の葉の刃は、クリープサイスの胸に真っ直ぐに突き刺さったようだ。
口元を怒りで歪め、牙を剥き出しにし、両肩に殺意を漲らせる。
先手を誘うため、揺れ動いていた鎌が、ぴたりと止まった。
「その生意気な声帯モジュールを毟り取ってくれる!」
先に、自分の方から挑発し始めたことは棚上げのようだ。
両者の間に横たわる距離、約十メートル。
それを一瞬で無にし、クリープサイスが右腕の鎌による刺突を繰り出してくる。まるで緑色の光線だ。
サンダーソードは半身になって威力の及ぶ範囲から逃れた。
と、同時に右手に握ったエネルゴンセイバーを、伸び切ったクリープサイスの腕に振り下ろす。武器と腕が合体している場合、敵の攻撃によってどちらも失う危険がある。
しかし、クリープサイスはそうはならなかった。繰り出すのと同じ速度で右腕を引き、間髪いれず、上段から落とす左の鎌でサンダーソードの頭を狙う。
気は短く、性格は最低だが、クリープサイスは並みの使い手ではなかった。
サンダーソードは、目標を失ったエネルゴンセイバーを急停止。刀身を跳ね上げ、襲い掛かる鎌の刃にぶち当てた。
二つのセイバートロン製の武器が、噛み合って甲高い咆哮を上げる。
それを聴覚センサーで聞きながら、サンダーソードは敵から飛び離れた。クリープサイスも同じ選択をした。
傍には、レールガンに横腹を喰い破られ、原形留めぬトラックの残骸が転がっている。
クリープサイスが、今すぐにでもサンダーソードをそれと同じ状態にしたいのは明白だ。
同時に、今の打ち合いで相手を簡単には攻略できない難敵として捉え、慎重に戦いを進めてゆくつもりなのだろう。
サンダーソードは腰を低く落とし、左のエネルゴンセイバーを前に突き出して構えた。クリープサイスは両腕の鎌を体に引き寄せ、まさしくカマキリの構え。
機を狙い、機を待つ両者の膠着。彼らを取り巻く空気が、みるみる硬度を増していった。
千冬とサンダーソードの登場によって、一時平静さを取り戻したラウラは、再び混乱に陥っていた。
「クラリッサ! 返事をしろ、クラリッサ!」
目を閉じ、口から血を吐く部下に呼び掛ける。
返事はなかった。呼吸は弱々しく、意識が戻らない。顔は、青を通り越して白い。
軍人として育成される過程で、ラウラは不祥事における応急処置の仕方も習得していた。
しかし、クラリッサがエイリアンに負わされた傷は、それが通用する程度のものではない。
仮に、ラウラが医師としての技術をもっていたとしても、冷静とは逆の状態にある今の彼女では、突き指すら治せないだろう。
「教えただろう、ラウラ。頭は常に冷やしておけと」
しかし、尊敬して止まない人物の声は、ラウラの心から、動揺を少しばかり取り除いてくれた。
漆黒の鎧を纏った織斑千冬が、ラウラとクラリッサの傍に立っていた。
ラウラは千冬を見上げた。ラウラにとって、千冬はやはり、強く、逞しく、勇壮で、絶対的な存在だった。
…………そして、それだけに、手が届かない。
「教官、クラリッサが……このままでは」
舌がもつれて、ラウラはうまく言葉を紡ぐことができなかった。緊張の連続で、口の中が渇いている。
千冬は頷くと、翼状装甲の一部が変形し、細いアームが飛び出した。先端には銀色の注射針が生えている。
アームは、仰向けのクラリッサに向かってするすると伸びると、彼女の首筋に注射針を突き刺した。
「これは……?」
「ナノマシンを注入しているんだ。傷口を塞ぎ、折れた骨を繋ぐ、医療用のな。まだ試作段階だが、効果は十分にある」
クラリッサの首から注射針が抜かれ、アームが装甲内に格納される。千冬はクラリッサの顔色を見ると、頷き、
「これでよし。しばらく入院する必要はあるだろうが、ひとまずは安心だ」
千冬の言葉に安堵する間もなく、激しい金属音がラウラの鼓膜を貫いた。
「ううっ」
ラウラは呻いた。臆病な小動物のように、大きな音に慄いたからではない。
それまで、クラリッサの身を案じるあまり、サンダーソードとクリープサイスの存在を、意識の外に置いていた。
しかし、二体の戦いをその始まりから見届けようとしていたとしても、無駄な努力に終わっていただろう。
戦場となっている道路上。それは、一見して無人だった。
ただ、マクシマルとプレダコンの戦士が刃を重ねている証として、金属同士がぶつかり合う甲高い音が辺りに降り積もってゆく。
そう。サンダーソードとクリープサイスの戦闘は、人間の反射神経が捉えることができる速度を、遥かに超えているのだ。
時折、きらりと閃く一条の光は、果たしてどちらが放った斬撃か。強化された瞳を持つラウラでさえ、それが限界だった。
もしも間に割って入りでもすれば、その瞬間に、かつてラウラだった残骸が赤い雨となって降り注ぐことになる。
「次は、あいつの援護といきたいところだが、どちらも速過ぎる。難しいな」
千冬が悔しげに舌打ちした。
難しい、とは、諦めの言葉ではない。
巨大な刀を呼び出して、それを使う機会を逃さないよう構えている。
「教官、あなたは……あなたなら、あの怪物を倒せるのですか?」
震えるラウラの問いかけは、決して千冬の実力を疑っているがためではない。
それは決してあり得ないことだ。
だが、それと同時に……ラウラの心には、クリープサイスに刻まれた傷が、どくどくと血を流していた。
ラウラにとって、信頼の絶対者が千冬なら、クリープサイスは恐怖の絶対者だった。
千冬はラウラの赤い瞳をじっと見つめ、それから、緩やかに首を横に振った。
「無理だ。少なくとも、今の私にはな」
そして、千冬は金属音と閃光が交差する空間に、青い武者を見たか。
「だが、あいつと共に立ち向かうことはできる」
千冬の声には、揺るぎない確信があった。
大きく薙ぎ払う斬撃は、おとりだ。
もちろん、直撃すればかなり痛いが。
横一文字に斬線を刻む鎌を、サンダーソードは屈み込むことで頭上でやり過ごした。
だが、敵の本命は次の攻撃だ。鎌が振り切られると同時に、もう片方の鎌が放たれる。
斬撃ではなく、刺突。
一流のスナイパーが撃ち出した弾丸が如く、鎌の先端が正確に装甲と装甲の繋ぎ目を狙ってくる。
サンダーソードが取った行動は、回避だった。脚部ブースターを起動させ、一気に鎌が届く範囲から逃れる。
同時にプラズマ弾を撃ち込み、クリープサイスを牽制する。カマキリのプレダコンは両腕を軽く振ると、容易く白熱する光弾を叩き落として見せた。
アスファルトの地面が爆発する。穴だらけの道路は、既に車が通れる状態ではなくなっていた。
ある程度の達人になると、飛び道具はただ撃つだけでは通用しなくなる。サンダーソードとクリープサイスは、お互いその域に達していた。
ただし、操る技は違う。サンダーソードはメタリカトーだが、クリープサイスは………
「クリスタロキューションか」
サンダーソードは呟いた。
セイバートロン星における武術の一つ。
しかし、武術と言うよりも、破壊技術と呼ぶ方がふさわしいかもしれない。
使い手に求められるものは、ただ一つ。敵対者を、如何にして効率的に解体するか。
装甲の繋ぎ目、物質の急所を見極め、そこを突き、破壊する。一欠けらの慈悲もなく。
精神的な修養をまったく必要としないクリスタロキューションは、主にディセプティコンやプレダコンが好んで学ぶ。
その恐るべき使い手として知られるバンザイトロンは、対戦相手のパーツをジャンクショップに売り飛ばして日々の糧を得ていた。
「地下の非合法闘技場で、ゴロツキを解体するのに飽きてな。戦争をやりたくなったのよ!」
クリープサイスの細い腰で、反重力ウィングが展開する。
自身にかかる重力を0にしたクリープサイスは、音よりも速くサンダーソードに迫った。
「暇潰しがしたいなら、テレビゲームでもやってろ!」
一秒を数える間もなく、二体の影が重なる。
その刹那の中に、命に届かず流れた刃と刃の応酬があった。噛み合う刃音だけが、その場に残る。
駆け抜けるクリープサイスは、しかしそれだけでは終わらず、振り返りざまに腕を縦に振り、赤く輝く円盤を放った。
エナジーバズソーだ。本来は、硬く巨大な鉱物資源を切断・加工し、運搬しやすくするための物だが、今回は装甲を切り裂くために使われているようだ。
進路上にあるすべてを切り裂く光刃が、サンダーソードに接近する。
直線的な動きだ。視覚センサーを閉じていても対処できる。
サンダーソードは僅かに体を右にずらし、エナジーバズソーをやり過ごす。
それと同時に、プラズマガンを撃って反撃。攻撃の直後は、どんな戦士でも隙が生じるものだ。
白熱するプラズマ弾が、クリープサイスの右肩を掠めた。緑色の鎧が赤く焼ける。
クリープサイスは、受けた傷に怯むことはしなかった。逆に闘志を漲らせ、サンダーソードに躍りかかる。両腕の鎌が、陽光を受けて妖しく光る。
迎え撃つのは、エネルゴンセイバーの黄金の輝き。少なくとも、クリープサイスはそう認識しているだろう。
横幅が狭いエネルゴンセイバーでは防御しにくい、突きの構えを取っている。
だが、その考えは間違えだ。
サンダーソードの両肩に装備されている装甲板が変形。三本の指が生えたアームとなった。
アームは素早く動き、突き出されたクリープサイスの鎌を掴んだ。
「おおっ!?」
動揺するクリープサイスの声は、破砕音に呑み込まれた。サンダーソードのアームが、カマキリのプレダコンを地面に思い切り叩き付けたのだ。
両腕を掴まれている上に、うつ伏せの状態になったクリープサイスに、反撃の余地はない。
「もらった!」
サンダーソードはエネルゴンセイバーの切っ先を、プレダコンらしく獰猛なデザインをした、敵の顔面に向けた。
頭部の破壊は、トランスフォーマーにとっても致命傷となり得る。
クラリッサの命が危ぶまれる以上、戦闘を長引かせるのは得策ではない。
しかし……頭を上に向けたクリープサイスの口内に、銀色の輝きを見つけると、サンダーソードは刃を止めざるを得なかった。
しゅっ、と空気が抜けるような音が走る。
サンダーソードは反射的に首を横に傾けた。
次の瞬間、彼の右側頭部から生えた角に、小さな針が突き立った。
ただの針、ということはありえない。
サンダーソードは、仕方なくクリープサイスの鎌を放し、後方にジャンプ。針が突き刺さった右角を、エネルゴンセイバーで切り離す。
その行動は、果たして間違ってはいなかった。
からん、と音を立てて地面に転がった角が、針が刺さった部分から腐り、溶け崩れてゆく。
十秒も経たずに、角は原型もわからない、薄く伸びた金属のスライムと化した。
回避しなければ、サンダーソードの顔面がそうなっていたのだ。
見れば、クリープサイスは既に体勢を立て直し、不敵な笑みを浮かべている。
「惜しかった。世にも珍しい、マクシマルのシチューが喰えると思ったのにな」
「なら、僕はプレダコンの刺身を作ってやる」
サンダーソードは負けじと言い返した。
楽に勝てるとは最初から思っていなかったが、予想以上に手強い。
改めて気を引き締め、両手の剣を構える。如何に相手が強くとも、ファンダメンツの軍門に下る訳にはいかない。
今度は、クリープサイスの方から仕掛けてきた。
真正面から飛び掛かって来るプレダコンの、右腕の鎌が動く。
サンダーソードは、そちらに意識を向けつつも、左腕の鎌を警戒していた。今までの攻撃パターンからして、後からの攻撃が本命である可能性が高い。
左手から襲い来る鎌。
棒立ちであれば、それはサンダーソードの左腕を断ち、胸部を引き裂くだろう。
その斬撃の軌道が、直前で下降。刃の先には、サンダーソードの膝関節があった。
移動能力のすべてを脚部に備える彼にとって、足へのダメージは致命的だ。そして、このフェイントを慌てて避ければ、逃げた先に左腕の鎌が待っているに違いない。
だから、サンダーソードは後ろに下がることはしなかった。
両足のブースターが火を噴く。
その推進力を利用して、サンダーソードはクリープサイスの腹部に飛び膝蹴りを叩き込んだ。
「ごあ……っ」
クリープサイスが千鳥足を踏む。
そこへ、サンダーソードは空中からさらに二両足発の蹴りを繰り出し、敵の体勢を崩した。
青い武者の体が、蹴りの反動で上昇。天高く掲げた右腕、そこに握られたエネルゴンセイバーが煌めく。
直後、地に向かって走った斬撃は、まるで垂直の稲妻だ。
咄嗟に後ろに下がったクリープサイスの顔面が、綺麗に縦に割れた。
断面は、浅い。装甲と、その奥が多少斬れただけで、致命的な傷にはなっていない。
「ぎっ、きっ、貴様。よくもやりやがったな!」
叫ぶクリープサイスの顔は、縦に走る傷を中心に、左右で僅かにずれていた。
顎の先端から滴り落ちる液体は、流体エネルゴンだ。
「それくらいで喚かれちゃ困る。これから、お前にやられたハルフォーフさんとボーデヴィッヒさんの仕返しを、たっぷりとするんだからな」
強い言葉とは裏腹に、サンダーソードは用心深く歩み寄った。一気に勝負をつけてしまいたい気持ちを押し留める。
また油断して、今度こそ毒針をまともに喰らっては、すべてが台無しだ。
クリープサイスは、獰猛に牙と牙を噛み鳴らし、両腕の鎌を胸の前で交差させた。
互いに、相手の出方を見張る停滞。
やがて、クリープサイスの口が、禍々しく歪んだ。
「………仕方ない。少し、やり方を変えるとするか。お前らマクシマルにとって、もっとも有効なやり方に」
一瞬、サンダーソードはその言葉の意味を図りかねた。
そして、古来ディセプティコンが得意としていた、正々堂々とは正反対の戦法に思い当たった時には、クリープサイスはエナジーバズソーを連続射出していた。
千冬とラウラ、そして動けないクラリッサに向かって。
輝く凶刃の群れが迫った時、千冬は反射的に回避行動を取ろうとした。
傍に、ラウラとクラリッサがいなければ、そうしていただろう。
(今避ければ、二人に当たる!)
生身の二人がエナジーバズソーの直撃を受ければ、間違いなく命はない。
そうでなくとも、クラリッサの方は瀕死の重傷を負っているのだ。
二人を抱えて避けるなり、エナジーバスソーの範囲外に突き飛ばすこともできない。
その加速と衝撃に、脆い人間の肉体が耐えられないからだ。
ラウラとクラリッサを救うには、誰かが盾になる必要があった。
そして、千冬は迷わず二人とエナジーバズソーの間の空間に、自分の体を挟んだ。
翼状装甲が自動的に展開する。千冬は『草薙』を正眼に構えた。
いくらかは、千冬自身が受けるダメージを緩和してくれるはずだ。
恐怖がないわけではない。
痛みを恐れていないわけでもない。
ただ……サンダーソードが同じ状況にあったなら、自分だけが助かる道は選択しないだろう。
そんな考えが、稲妻のように千冬の頭に閃いたのだ。
千冬は瞼を閉じなかった。
例え、異星の超科学が生み出した輝く死神を目の前にしているとしても、恐怖に屈した態度を取るのは、彼女のプライドが許さない。
以前、ディセプティコンのカットオフによって粉々に打ち砕かれた、その一度だけで十分だ。
肉体の方を砕かれる方がずっと良い。
しかし、そんなことにはならなかった。
衝撃と痛みに備えていた千冬の視界が、光沢ある青に埋め尽くされる。
電光石火の如く千冬の前に降り立った、サンダーソードの背中だ。
鋼の両腕が素早く動き、双剣が描く金色のラインが、エナジーバズソーを弾き返してゆく。
千冬は兜の中で安堵の笑みを浮かべた。
だが、すぐに凍りついた。
何時の間にか接近してきていたクリープサイスの鎌が、サンダーソードの右肩を貫いたからだ。
「サンダーソード!」
悲鳴を上げる千冬の黒い鎧に、飛び散った流体エネルゴンが付着した。
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にじファンから移転。本作品は、ISとトランスフォーマーシリーズのクロスオーバーSSです。オリジナル主人公および独自設定を含みますのでご注意ください | ||
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