真・恋姫†無双〜家族のために〜#18生き延びること
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 空が死んでから今日で五日。

 その間、俺は誰とも会おうとはせず、食事も取らなかった。

 千寿や影華はそんな俺を心配し、せめて食事を取らせようとするのだが、それさえも煩わしく感じてしまうほどだった。そうして五日目も過ぎ、夜の帳が下りた頃、それは突如として俺の部屋に現れた。

 

 「お久しぶりですね。黒繞様」

 

 なんの前触れもなく現れた女は、俺の名を呼び挨拶をしてきた。模様など一切無い真っ白な服を着た女。

 

 「誰だ?」

 

 「名乗るのは二度目になりますね。私は項羽と申します。以後、お見知りおきを」

 

 「……そうか」

 

 項羽という名には驚いたが、正直今はどうでもよかった。

 俺は興味を項羽と名乗った女に興味を無くし、窓の外へ目を向ける。

 

 「最愛の家族を失った哀しみ、痛いほど分かります」

 

 「……」

 

 「ですが、あなたに死なれてもらっては困るのですよ」

 

 「……」

 

 「家族を失い、悲しんでいるのがお前だけだと思うな!!」

 

 「……なんだと?」

 

 「あの虎と一番長く共に居たのは誰かと問われれば、それは確かにあなたでしょう。ですが、彼を想っているのはあなただけではないのです」

 

 「……黙れ」

 

 そんなことは分かっている。俺だけが悲しんでいるわけではないことなど、そんなものは分かっている。

 

 「あなたが助けた少女も、彼が助けた少女も、果てにはこの街の人々も皆悲しみ、それを乗り越えようとしているのです。あなたはそのまま立ち止まっている気なのですか?」

 

 「黙れ!!」

 

 俺は二度、大事な家族を失った。それを耐えろというのか……忘れろというのか。

 

 「あなたがこのままですと、あなたが助けた少女はいずれ壊れるでしょう。元よりあなたに依存していた彼女は、あなたを助けようと必死に動いています。まるで今にも切れそうな細い紐のように、少しでも負荷がかかればたちまち切れてしまいそうに……。あなたはそれを見捨てると言うのですか?」

 

 「二度も家族を失った俺に何ができるというんだ……」

 

 「二度も失ったからなんだというのですか。それならば三度目が訪れないようにすればいいでしょう。あなたにはそれを為す力があるのですから」

 

 「ちょっと失礼しますね」と言いながら俺の額に手をやる項羽。不思議と抵抗する気にはなれなかった。一瞬掌が輝いたと思えば、それはすぐさま収束し元に戻った。

 

 「何をしたんだ?」

 

 「すぐに分かりますよ。ふふふっ」

 

 なんで項羽は笑った? ……そしてなぜ汚れを拭くための布を取り出しているんだ?

 

 次の瞬間、頭の中に色々な光景が映し出された。それは時間を追う毎に数を増し、到底人一人では処理しきれない量に達していた。

 

 「ぐ……ぅぅ……ぁぁぁぁあああああああ」

 

 あまりの激痛に声を上げて叫んだ。鼻からは止めようのない血が流れ、寝台に手を付けることで、なんとか倒れないようにするしか出来なかった。

 

 「そろそろ収まります。それまで頑張って下さい。私は掃除をしておきますから」

 

 お前……そんな簡単に……言ってるんじゃねぇよ。

 くそっ……声も出せねぇ。

 

 項羽の言ったとおり、その後すぐに痛みは治まった。寝台には手を付いたままだが、この現状を招いた人物を睨み付けられる程には回復し始めている。

 

 「そんな顔で睨まないで下さい。これも私の仕事なんですから」

 

 俺の殺気を何処吹く風というように受け流しながら、あっけらかんとした態度で応える項羽。

 

 「さてと……ちゃんと思い出しましたか? 黒繞様」

 

 「あぁ。思い出したぞ項羽。だが、その前に一ついいか?」

 

 そう。これは記憶、前世での俺の記憶だ。だがそれをどうこうする気はないし、何よりこいつには一つやらなきゃいけないことがある。

 

 「? ……何事ですか?」

 

 不用意に近付いてくる項羽。俺はその額に思いっきりデコピンを放った。

 

 「いっっっ!?」

 

 ざまぁみろ。

 

 「何をするんですか!」

 

 「お前のおかげで色々と思い出したんだよ。もちろん、ここに来るときの出来事もな!」

 

 「あっ……しつこいですね、あなたも」

 

 「はっ、言わなかった自分を恨め。まぁおかげで少しすっきりしたけどな」

 

 「……これは甘んじて受けておきましょう。それよりも、なぜ私がここに来たか分かりますか?」

 

 なぜここに来たか……か。こいつはとにかく生き延びろと言っていた。ということは……。

 

 「このままだと俺は衰弱して死んでいた……か」

 

 「そうです。今のあなたは誰からの声も届かなかった。そんな人間が生き残れるわけも無いでしょう。それともう一つ。……乗り越えなさい」

 

 乗り越えなさい……それ言葉は俺の心に深く突き刺さった。家族の死に対して耐えるわけでもなく、忘れるわけでもなく、乗り越えろと。そう項羽は言っている。

 

 「乗り越えた先……それは家族を失わなくてもいい世界が広がるのか?」

 

 「それは分からない。でも、あなたなら乗り越えられる。それを信じている人がいる。それを忘れなければきっと……」

 

 信じている人……それはきっと影華や諳に千寿、現状を知ったら街の人もそうかもしれない。

 

 「時間が掛かってしまうかもしれない。それでもか?」

 

 「それでも……よ。もとよりすぐに立ち直れるものでもないわけですし。……そうですね、では一つ助言をしましょう。洛陽に向かってください。そこに孫堅がいます。彼女から色々と学ぶといいでしょう」

 

 「孫堅……洛陽ではなく南陽じゃないのか? それに彼女ということは女なのか?」

 

 「ええ、洛陽です。今彼女は宮中に向かっているはずですので。……そういえば言ってませんでしたね。ここはすでに知っている通り三国志の世界に酷似した世界です。そして、あなたの知っている英傑達は皆女性になっています」

 

 そうだ。司馬徽も?徳公も司馬懿も、皆女性だった。女性だからなんだという訳でもないが。

 

 「っと、そろそろ時間ですね」

 

 途端に輝きだす項羽の身体。直視できないほどの眩さを放ちながら、消える直前に項羽は一言だけ残していった。

 

 「最後に一つだけ。あの虎はあなたといられて幸せだったと……」

 

 そして次第に光は収まり、残されたのは初めから何もなかったかのような静けさだけだった。

 

 「そうか……空は幸せだったのか」

 

 

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 俺は東屋の屋根に登り、胡坐を掻きながら月を眺めていた。

 目を閉じ、手に持っていた龍笛を吹き始めた。

 

 

 それは家族を失った哀しみの旋律だった。

 

 

 俺は龍笛を吹き終え、一息吐く。

 

 「……影華か」

 

 「はい」

 

 「迷惑を掛けたな……」

 

 「いえ……」

 

 何かを言おうとして、影華は口ごもった。その様子には気付いていたが、俺は無視した。

 

 「もう大丈夫だ……空のことは乗り越えてみせる」

 

 「……はい」

 

 影華は、なぜ……と疑問を口にしない。深が大丈夫と言ったのだ、それを信じるまでだと。

 

 「助けた少女は息災か?」

 

 「はい。少し衰弱していましたが、今では問題なく働いています。……あの、深がやるはずだった仕事も彼女が自ら率先してやっています」

 

 「そうか……明日、謝らないとな」

 

 束の間、二人の間に沈黙が訪れる。深も影華もそれでいいと思っていた。言わなくても分かる、今この瞬間だけは哀しみに暮れようと。

 

 沈黙を破ったのは深だった。

 

 「俺は襄陽を出て洛陽に向かう」

 

 「……」

 

 「付いてきてくれるか?」

 

 影華は考える素振りを見せることなく、臣下の礼を取った。

 

 「仰せのままに」

 

 綺麗な礼だと思った。同時に影華らしいとも。

 

 意志は固まった。あとは動くだけだ。

 

 

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 翌日、俺と影華は、俺の仕事を代わりにやろうとしている少女に声を掛けた。

 

 「ちょっといいか?」

 

 「ひゃい!?」

 

 ちょっと驚きすぎじゃないか? って怯えさせてどうする。

 俺は少女の目線に合わせるように腰を下ろし、再度話しかけた。

 

 「大丈夫?」

 

 「は、はい。大丈夫です……」

 

 困ったな……完全に俯いてしまった。

 困っている俺の様子を見ていた影華は、少女の横にしゃがみ込み、ゆっくりと話し掛ける。

 

 「元直ちゃん。大丈夫悪い人じゃないから……顔を上げて? ね?」

 

 「黒纏様? うぅ……分かりました」

 

 そう言って顔を上げる少女。影華にありがとうと顔を向けると、いえいえと言うように笑ってくれる。

 

 「あ、あなたは……私を助けてくれた……」

 

 「うん、黒繞。字は幽明だよ」

 

 「黒繞様……あっ、えっとその……私は徐ちょ……あうあう」

 

 あー、噛んじゃったなぁ。あわあわする姿が可愛いと思ったのは内緒だ。

 

 「落ち着いて落ち着いて。はい、深呼吸してー」

 

 「は、はいっ! すぅ〜、はぁ〜。すぅ〜、はぁ〜」

 

 「落ち着いた?」

 

 「はい、大丈夫です。わ、私は、姓は徐、名は庶。字は元直。真名は茜です」

 

 「えっと、いきなり真名を許しちゃっていいの?」

 

 「黒繞様は私の命の恩人です。真名を許すのは当たり前です!」

 

 そう言った彼女−−茜は真っ直ぐな眼をしていた。

 

 「俺の真名は深だ。俺のことも真名で呼んでもらって構わないよ」

 

 「深様ですね! ありがとうございます!」

 

 元気な子だ。最初は人見知りが激しいので暗い印象だったが、たぶん気を許した相手には全てを見せるんだろうな、と思わせる雰囲気を持っていた。

 

 「それで、茜。俺は君に謝りたい事があるんだ」

 

 「謝りたい……事ですか?」

 

 「あぁ。最近、俺の仕事を代わってくれていたのだろう? 不甲斐無いばかりに茜に仕事を押し付けたみたいになっていて、それを謝りたかった。すまない茜、そしてありがとう」

 

 俺は頭を下げ、茜に向かって微笑んだ。

 

 「えぇ!? えっとその、これは私がやりたいって言い出したことですので、深様が謝ることではなくてですね……その」

 

 「…………ぷっ。あははははは」

 

 堪えていた笑いはもう止めようがなかった。影華も密かに笑っている。

 茜は、いきなり吹き出した俺と影華に面を食らっていたが、次第に頬を膨らませて怒り出した。

 

 「なんなのですかー! いきなり笑い出して……」

 

 「あっはっは……はー、ごめんごめん。あまりにもあたふたしてて、つい……ね」

 

 「つい、じゃないですよ!」

 

 「とにかく……ありがとう。それとこの仕事、これからも頼めるかな?」

 

 「……これはもう私の仕事です。深様であっても譲りません」

 

 「うん、ありがとう」

 

 その時、俺の顔が微かに翳ったのを彼女は見逃さなかった。

 

 「……どこかに行かれるのですか?」

 

 「あぁ、洛陽に行くつもりだ。だから……仕事は頼むな?」

 

 心配そうな彼女の頭をくしゃっと撫でる。

 

 「……はい! お任せあれです!」

 

 茜の元気な答えを聞き満足した俺達は、諳の部屋へと向かっていった。

 

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 諳は俺達を待ち構えるようにして座っていた。

 

 「もう……大丈夫そうね」

 

 「あぁ、もう大丈夫だ」

 

 「その報告の為だけに、ここに来たわけではないのでしょう?」

 

 「……洛陽に行かせてもらいたい」

 

 「理由は……聞いても無駄なんでしょうね」

 

 「あぁ。悪いがこれは答えられない」

 

 「そう……。影華ちゃんは?」

 

 「共に参ります」

 

 「あなたはそうよね……」

 

 束の間、閉じられた眼を開き俺と影華の眼を見続ける諳であったが、ふぅと息を吐くと眼を閉じた。

 

 「止めるつもりなんて最初から無いわ。いいでしょう、行ってきなさい」

 

 「……ありがとう諳」

 

 「……ありがとうございます」

 

 「このあとは千寿のところに行くのでしょう? 待っていなさい、私も行くわ」

 

 

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 俺は今、城内の広間で千寿と向き合っている。

 千寿は自らの武器である大槍を持ち、俺は母さんの形見の短刀を構えて。

 

 

 どうしてこうなったんだろう……。

 それを知るためには、少し時間を遡る。

 

 俺と影華と諳は、千寿の執務室に来ていた。

 突然の来訪だったが、俺と諳を見て何かを感じ取ったのか、皆を座らせ侍女にお茶を用意させた。

 

 「諳はひとまず置いておくとして、どうしたんだ? それと深、お前もだ……大丈夫なのか?」

 

 「まず、迷惑を掛けたことを謝りたい。勝手に訓練を休んで申し訳なかった」

 

 「……あぁ、それはいつものお前の働きだ、たまの休暇にしてあるから問題は無い。それよりももっと大事な用があるのではないか?」

 

 と、諳を見やる千寿。それに対し諳は頷くと、徐に話し始める。

 

 「千寿、彼らを洛陽へと行けるよう手配してちょうだい」

 

 「洛陽……だと? なぜ?」

 

 「理由は言えないらしいわ。でも大事なことよ」

 

 「理由が言えないのに、帝の居られる場所へ許可など出せるか」

 

 「あなたに拒否権はないの。彼らが行きたいと決めたのなら、私達はそれを応援するのでしょう?」

 

 「どうしてもか?」

 

 「どうしても……よ」

 

 当人達を置いておいて進む話。それでも俺と影華は一切千寿から視線を逸らさなかった。

 

 「納得は出来んが、その眼を見ると……な」

 

 「それなら……」

 

 「だから、私を納得させてもらおうか」

 

 そう言って立てかけてあった大槍を手に取る千寿。

 

 「私を倒して、力で納得させろ。私はそのほうが分かりやすい」

 

 「……分かった」

 

 

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 そして時は戻ることになる。

 

 「勝負は一本勝負! 相手に参ったと言わせたほうの勝ちだ。それでいいな?」

 

 「ああ!」

 

 「……本気を出せよ深。私はお前を殺す気で掛かるぞ」

 

 「……わかった」

 

 俺と千寿の間には諳と影華が立っている。諳は徐に手を振り上げ、「始め!」と言い、一気に振り下ろした。

 

 先に動いたのは深だった。あろうことか深は手にしていた短刀を千寿に向かい−−投げた。そして投げた短刀のすぐ後ろを走る。手にした武器を投げる、という行動に驚く千寿だが、足を止め冷静に投げられた短刀を上へと弾く。その瞬間に、懐に潜り込んでいた深が足払いをし、体勢を崩しつつも大槍で薙ぎ払いを放つ。飛び上がることで薙ぎ払いを避け、弾かれていた短刀を空中で掴んで、千寿へと落下した。辛うじて避けるも、衝撃で巻き上がる砂塵により一瞬深の姿を見失い、気付いたときには首筋に刃が当てられていた。

 

 「……参った」

 

 「勝者、深!」

 

 宣言により刃を引き、途端地面に寝転がる千寿。

 

 「あー、やっぱ勝てなかったか」

 

 「これで納得してくれるか?」

 

 「あぁ、私に二言はないさ」

 

 「ありがとう、千寿」

 

 「……どうせなら馬も貸してやるよ」

 

 そう言った千寿の顔は晴れやかだった。

 

 

 

 

 

 −−四日後。

 

 深と影華は襄陽を旅立った。

 六年間の思い出を胸に秘めながら……。

 

 

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【あとがき】

 

皆様こんばんわ。

九条です。

 

今回も最長記録を更新しました。

意外と長いほうがSSっぽいのかもな〜なんて。

 

これにて襄陽は終了です。

お次は呉の方々が出てくると思います……。

実は呉の出演は今日思い付いたものだったりします。

本来は洛陽に仕官してむふふ〜だったんですが(あれ?

 

恋ちゃん出すとかなんとか言いながら、結局出す場所が思いつかなかった!

期待していた方々いたら、ごめんなさい。

 

え〜っと(汗

次回はお楽しみ拠点パート入ります!

観珪様から要望のあった 膝枕争奪戦と+α(出来たらだけど)

思っていたのと違ったとかあったら怖い ガクガクブルブル

 

 

今更ながら一つ謝罪を。

作者はあまり三国志に詳しくありません。ど素人もいいところです。

今も、洛陽ってどこだっけ? とか考えてる次第です……。

登場人物の時期や、なぜそこにいるのかなどはスルーして頂こうと画策していますが(おい

地理的におかしいといった部分は指摘してもらえると助かります。

極力調べたり、恋姫をプレイし直して確認はしてるんですけど……ね。

 

 

あ、あとあれだ!

次回から拠点パートやるときは投票制にすると思います!

今回は登場人物が少ないので、ちゃちゃっと済ませちゃいますが

呉の方々が出ますからねー。

 

拠点パートをやるときには事前(二話前ぐらい)に告知しますので、悪しからず。

 

 

行き当たりばったりな小説ですが

今後とも、楽しんでいただければ〜

説明
またまた最長に……。

わりとご都合主義が入ってきます。
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コメント
>morikyou様 いつもありがとうございます。亞莎は原作でも台頭が遅かったので、それに合わせる可能性があります……。(九条)
>yamimaru様 誰が出てくるかは内緒ですよ?。(九条)
いつも楽しく読ませてもらってます!出来たら亞莎との絡みが欲しいです^^(morikyou)
周泰との絡みがあってほしいです!!(yamimaru)
>観珪様 あ、あまりハードルは上げないで下さいね(汗) 思い付きで進んでいるせいで、邂逅とか全く考えていなかったり……その時の自分に期待しますw(九条)
膝枕争奪戦に期待しています! 堅ママも登場ですし、雪蓮さまたちとの邂逅もあると思うと続きが気になりますね。 地理とかボクはあんまり気にしてません。 外史ですからww(神余 雛)
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