落日を討て――最後の外史―― 真・恋姫†無双二次創作 28
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【28】

 

     1

 

「それで、万徳。どういうことなのかしら」

 陳留城内、玉座の間にて、風は華琳の眉間に刻まれた皺を見ていた。玉座の間にいるのは華琳や風だけではない。春蘭、秋蘭、三羽烏、季衣、流琉、桂花、徐庶など曹操軍の面子が勢ぞろいしている。万徳は乙女たちの鋭い視線にさらされて、やや困り顔であった。

 ――万徳さんは苦労人なのですよ。

 風はと言えば暢気なものである。

「は。曹操様が洛陽よりご帰還なされた後、虚様は皇帝陛下よりの招聘をお受けなさり――」

「一刀を呼び出すのなら、主の私に伴わせるのが筋でしょうに」

「御意に。ですが皇帝陛下の詔勅とあればむげになどできず、虚様は私を連絡使としてお遣わしになられました」

「そう。で、一刀の首はつながっているのね」

「天の御遣いであるということはとがめられませんでした。コレラ治療の報告をなされた後、今は陛下の客人として……」

「待ちなさい」

 華琳が厳しい調子で万徳を制する。

「客人? 一刀が? 帝の?」

「御意」

「意味がわからないわね。私に知らせずに? これではまるで、朝廷が一刀を引き抜こうとしているようではないの」

 華琳の言葉は、場の空気を緊張させた。

「華琳さま、そのー、あやつは」

 春蘭が恐る恐る、その緊張を破る。

「劉協様の件もあるし――どうなの、万徳」

「は。そのような御懸念は無用であると愚考致します。虚様はすぐに戻ると仰せでございました」

「そのすぐとはいつなのかしら」

「ひと月とはかからないとの――」

「見込み、というのね」

「御意」

「一刀らしい言い逃れね。まあいいわ。それよりも洛陽の混乱に乗じていろいろときな臭くなってきているわ。桂花、報告なさい」

「はい」

 華琳の声に応じ、桂花が一歩前に出る。

「現在最も注視すべきは袁家の動きです。袁紹、袁術共に大規模な軍備拡大を推し進めています。また黄巾の乱で勢力を伸ばした劉備は現在静養も兼ねて陶謙の許に身を寄せています。その陶謙ですが、十常侍の段桂と連絡を取り合っているようです。更に、涼州の馬騰は董卓から軍馬供給の申し出を受け承諾。密かに娘の馬超、馬岱を洛陽近郊の砦へ向かわせました。名目はコレラ鎮静化及び張遼将軍の快癒を祝うということになっています」

「――すごい情報量だな」

 桂花の報告に秋蘭が感嘆の声を上げる。

「あいつが作った細作部隊は優秀すぎて怖いくらいよ」

「桂花、そういえば孫家はどうしたの。囚われの姫の居所をわざわざ教えてあげたはずだけれど?」

 華琳の問いに、桂花が首を横に振る。

「動きはないと報告が。孫家の姫は未だ囚われたままのようです」

「そう。まあ、関わりのないことだけれど。江東の虎、孫堅を少し買い被っていたかしらね。――ところで風、今の報告を聞いたあなたの所見を聞かせて頂戴」

「仰せとあらばー」

 水を向けられ、風は一歩前に出た。

「江東の虎の首輪が取れていない以上、今一番動きたがっているのは袁術さんだと思うのですが、きっと袁紹さんはそれを許さないのです。袁術さんが何か怪しい気配を出せばすぐに打つべき策くらいは用意していると思うのですよ。陶謙さんは様子見でしょうねー。劉備さんは公孫讃さんとも仲良しでしょうから、いずれそちらに流れるかもしれないのです。まあ、袁家がうずうずしていますが、朝廷が今のところ動かない以上その外が動くことはないのです。何進さん、十常侍、それから董卓さん。洛陽で何か動きがあるまでは静かだと思いますー。嵐の前の静けさですねー」

「桂花、今私たちがすべきは何かしら」

「軍備の拡大かと」

「風」

「風も同意見なのですよ。ただ、袁紹さんたちのように、あからさまなのは止した方がいいのです。陳留の警備隊増強という名目で何とかなりませんかね、凪ちゃん」

「え、あ、は! その――予算が」

「ああ、お兄さんの蔵のカギは風が預かってますので、どんどんやっちゃって下さい。増税も特別徴収もしたくはありませんしねー」

 風が言うと、口を出してきたのは真桜であった。金の話となると何やら嬉しそうである。

「なあ風。ウチ、前から思てたんやけど、隊長てドエライ金持ちやねんなあ」

「はいはい。華琳さまに副業の許可をもらってからは手広くあちこちで稼ぎまくってるみたいなのです。まさに金の亡者ですねー。お兄さんの御屋敷の蔵を差し押さえれば、凶作になっても現状を維持するくらいのことは出来そうなのです」

「いやいや、それは流石に言いすぎやろ」

「いえいえ。確かに現金現物が有り余っているわけではありませんが、あの蔵には売掛金の証文がてんこ盛りなのです。それを回収して回れば、とんでもない額にー」

「なるほど。隊長はモノを持たんと権利を握ってるわけや。でも焦げ付いたらパーやで、それ」

「いやですねー、真桜ちゃん。誰が鬼の虚に借りたお金を踏み倒すんですか。みなさん、死に物狂いで働いて、期日までに返しに来ますよー。陳留の目覚ましい経済発展は、商人の皆さんがお兄さん相手にお金を借りているのが原因かもしれませんねー」

「確かに。隊長相手に夜逃げしようっちゅうアホは、少なくとも陳留近郊にはおらんやろなあ」

「というわけで凪ちゃん、天和ちゃんたちと相談してうまくやっておいてください。報告は桂花ちゃんまでー。こまめにー、こまめにー。でよろしくなのです」

「は。了解いたしました」

 風の指示が終わると華琳が短い息を吐いて、会議の終わりを告げようとした。その時である。

「最後に宜しいでしょうか」

 黙して報告を聞いていた万徳が口を開いた。

「何かしら、万徳」

 華琳の許可を受けて、万徳がすっと視線を上げた。そしてその場の全員を瞠目させる言葉を放った。

「虚様より伝言が御座います。虚様が戻られるまでに、水関、及び虎狼関の攻略法を練っておいて欲しいと」

 その言葉はすなわち、洛陽の陥落作戦を練っておけということと同義であった。

 

 

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     2

 

所は変わり、洛陽は禁城にて。

 

「虚、姉上は!?」

 禁城の朱塗りの渡り廊下を駆けて来た少女が虚ろにそう問いかけた。劉弁が倒れたのは昨夜、そして今日は奇しくも劉協が禁城へ帰還するその日であった。

「答えよ、虚!」

 少女――劉協は息を切らせ必死の形相で虚ろに尋ねる。午後の日差しが劉協の白い面立ちを彩っていた。

「ご健在です。ただ、面会はまかりなりません」

「なぜ会えぬのじゃ、わらわは実の妹ぞ!」

 虚の服をつかむ劉協を、付き添いの董卓が制した。

「……協様」

「月! そなたも何ぞ申せ!」

「恐れながら、劉協様」

 虚は膝をついて、劉協と視線を合わせた。

「昨夜、お倒れになられた際、劉弁様は脈が止まり、息がお絶えになられました」

「何じゃと……」

 じわりと、劉協の目じりに涙が浮かぶ。

「ですが、劉協様。劉協様の御姉上様はお強いお方にございます。すぐに息を吹き返され、現在ご容体は安定しております。ただ、今、協様とお会いになられるのは、お身体にようございません」

「なぜじゃ?」

 ごしごしと涙をふく劉協の手をやさしく制し、虚は手布を手渡した。

「訊けば劉協様と劉弁様はずいぶんとお久し振りにお会いになられるとか。再会の喜びは胸をときめかせ、それが負担となります。劉協様が禁城へおいでであること、この虚がお伝えしておきます。あと数日もすれば、面会も叶いましょう」

「そなたばかり姉上に会うて、ずるい」

 そう言いながらも、幼い劉協は両手を伸ばして虚の首にすがる。彼女の求めに応じて、虚はそっと幼い少女を抱き上げた。その様を、董卓がやさしい顔で見ていた。

「会わねば、診られませぬ」

「分かっておる」

 涙声で、劉協は虚の肩に顔を押し付けている。

「……うつろ?」

「はい」

「よう生きておった。そしてよう姉上を救ってくれた。ほめて遣わす」

「私は――」

「謙遜は止せというたはずじゃ。脈が止まった者をよみがえらせるなど、そなたにしか出来ぬ芸当ぞ」

 ――華佗にも出来るそうだ。

 というセリフは静かに飲み込んでおく。劉弁が息を吹き返したのは、虚の心肺蘇生術が奇跡的に功を奏したことによるのは事実なのである。

「協様、そろそろお部屋に」

 そんな董卓の言葉に、劉協はけなげに首を横に振った。

「いやじゃ、虚と一緒におる」

「では、私も共に参りましょう。劉弁様には今他の医師が付いておりますから」

「何者じゃ?」

「華佗と申す若者です。今となっては、私よりも華佗の方が有効な施術をなし得るでしょう」

「そうなのか?」

「ええ。私には鍼の心得はありませんから」

「ならば、わらわと共に参れ。そなたは姉上といろいろお話をしたのであろう? わらわにもせよ」

「御意」

 と言いつつ、劉協をあやしつつ、董卓に困った笑顔を見せる。それで劉弁の容体がそれほど深刻でもないことを悟ったのだろう、董卓もようやく心から笑ったようだった。

 

      3

 

 夕暮れ時、禁城はずれのあずまやである。

「にしても、えらい難儀やったな、虚」

 劉協が禁城へ戻ってから一週間後。董卓に従って洛陽に期間を果たした面子のうち、張遼、賈?、華雄と虚は面会の機会を持った。

 張遼は酒杯を豪快に呷ると、虚にも飲めと動作で指図する。いたしかたなく、虚も酒を喉の奥に流し込んだ。

「それで、黒幕は分かったのか」

 華雄が水を向けてくる。

「段桂――まではたどり着けなかった」

「どういう意味だ。刺客の侍女は一晩かけて尋問したのだろう」

「ああ。だが口を割ったはいいが、出てきた名前は段桂の取り巻きまで。段桂に照会したが知らぬ存ぜぬ。結局トカゲのしっぽを切って焼いて終わりだ」

 そう語りながら、虚はカクを観察する。この女は董卓の軍師であるのだから、いくらか十常侍の動きを掴んでいたはずである。今回の劉弁襲撃はどうなのだろう。

「言っておくけれど、ボクも月も何も知らなかったんだから」

 虚の視線の意味を悟った賈?が言う。

「分かってるさ」

「やめや軍師二人。腹の探り合いみたいなもん、酒の席でやることないやろ。何より詠、虚はうちらの恩人や。そうツンケンしいなや。あんたも感謝はしてんねやろ」

「受けた恩義を忘れるほどボクは馬鹿じゃないわよ」

「ならええ。で、虚。あんた結局、なんで帝の客人扱いなん? 天の御遣いやから?」

「いや、そうじゃない。成り行きだ」

「……そっか。難儀な縁を掴んでしもたみたいやな。まあ呑みや」

 そう言ってこれ以上踏み込んでこないのが、張遼の聡明さである。

「にしても、いよいよこれで何進と十常侍が全面対決やな。ウチらもご相相伴にあずかれるかもしれへんで」

「洛陽の街中で暴れるのは好かん」

 張遼の言葉に応じるようにして、カユウが零す。

「そない言うたかて、何進も十常侍も洛陽におるねんからしゃーないで」

「む。それはそうだが。――虚、何進将軍は何か言っていたか」

「いや、特別には」

 何進との密談の内容は当然、彼女たちに明かさない。

「お、月やん」

 張遼がそんな声を上げたのは虚がその気配を察したのと同時だった。見ればそこには世にも可憐な相国がいじらしい表情で立っている。

「あの、えっと、こんなの作ってみたんですけど」

 彼女が抱えた盆には、美味そうな酒の肴が山と盛られている。

「うひゃあ、月、気ぃきくやん! うまそうやあ!」

 自ら包丁を握る相国は、それはそれでどうなのだろうと思いながら、虚はすっと席を立って董卓の元へ向かい、盆を受け取った。

「持ちましょう。さ、相国さまもお席へ」

「へう、じゃ、じゃあお言葉に甘えて」

 虚が盆を卓に置くと、董卓は虚の隣の席に腰を下ろした。

「相変わらずいい男ぶりじゃないか、虚」

 勇ましい声で華雄が笑う。

「驚きました、相国さまがいらっしゃるとは思っていませんでしたから」

「い、いけませんでしたでしょうか」

「とんでもございません。ひとつ頂いてもよろしいでしょうか」

「はい。お口に合えばいいんですけど」

 虚はおもむろに焼き料理を一つ手にとって頬張る。香ばしい炭焼きの香りが鼻に抜けて、じつにうまかった。

「うん。うまい」

「良かったです。そう言ってもらえて」

「本当にお忙しいでしょうに、相国さまには頭が上がりません」

「そ、そんな。今は比較的――」

「そうなのですか? いや、てっきり私は――」

 そこで虚は残忍に笑った。

 

「涼州の小娘たちの相手で、お疲れだろうと思っていたのですがね」

 

 さすがに、その場の全員が表情を凍らせた。

「虚、あんた――っ」

 賈?が犬歯を剥いて虚を睨みつける。

「なあ虚、やめやて言うたやん」

 張遼の鋭い視線を、けれども虚は悪鬼の眼差しで飲み込む。

「ご存知だったのですね」

 虚を除く四人の中で最も早く平静を取り戻したのはやはり董卓であった。さすがに相国を任されるだけのことはある。

「ボクたちのこと嗅ぎまわって、どういうつもり? しかもこの場で暴露。あんた前からタダものじゃないとは思ってたけど、ちょっとその意味を勘違いしてたみたい。腹黒すぎるわよ、虚」

「言えた義理か。馬騰から密かに軍馬を仕入れ、おまけにその娘二人、馬超、馬岱、仕上げに鷹徳までいる。どういうつもりか聞きたいのは俺のほうだ」

 慇懃な仮面をかなぐり捨てた虚が賈?に問いを投げつける。大陸の主だった動きは陳留からの報告で知っていた。

 ――このタイミングで、虚という人間を教えておく必要がある。でなければ、後々、動かしづらいからな。

「それは」

「コレラ沈静化の祝いなどという建前の理由は聞きたくないぜ」

「――そこまで知ってるのね。やなやつ」

「袁術が孫家をウロチョロさせているのと関係があるのか」

「へえ、曹孟徳はそこまで知っているの」

「俺が知ってるんだよ」

 虚の言葉にカクが苦虫を噛む。そこへ割って入ったのは華雄であった。

「あきらめろ、賈?。虚は我らよりもずっと先を知り、先を歩いている。――虚、おまえの言うとおりだ」

「ちょっと、華雄!」

「詠、しゃあない。――虚、あんたもこの場で自ら化けの皮脱いだっちゅうことは、ウチらとちゃんと話する気があるっちゅうことでええんやな」

「構わん」

「曹孟徳の指示かいな」

「独断だ。情報の収集については一任されている」

「そうかい。ほな遠慮のうやろうや。月、それでええな」

「はい」

 場を仕切りなおすように、張遼が全員の盃に酒を注いだ。

「馬騰とは涼州にいたころから交流があったのよ」

 話を主導していくのは、どうやら賈?の役目らしい。

「軍馬と将を送って貰ったのはあんたの言うとおり、袁術がきな臭いから」

「呂布、張遼、華雄がいても足りないのか」

「その三人は洛陽から動かせない」

「十常侍はやかましいか」

「ええ。涼州は今落ち着いているみたいだし。馬騰には借りを作っちゃったけど」

 ――華琳が孫堅とともに王の器と認める馬騰か。

「袁術にいつでも対処できる機動力が欲しかったの」

「そうかい。まあ備えるに越したことはない。だが袁術は動かんぞ」

「どいうこと?」

「今、袁紹は顔良と文醜を手元に置いていない。袁術の領内で小競り合いがあるという話もある。恐らく嫌がらせをさせているのだろう」

「袁紹がどうして――」

「やつにはやつで遣りたいことがあるんだ。だがまだその時期じゃない。今袁術に動かれるのは面倒なのさ」

「あんたは袁紹が何を狙っているのか、分かるの」

「それはまだわからん」

 実のところ、心当たりがないわけでもない。が、ここで言っては元も子もない。虚が達成すべきは、あくまで曹孟徳による大陸の統一である。

「が、袁紹がしくじらなければ、袁術がすぐに噛みついてくることはない」

「ひとつわからんのだが」

 華雄が口をはさむ。

「袁術はどうして暗躍を繰り返すんだ」

 それに賈?が答える。

「袁術、というよりは袁家のロウガイどもね。名門袁家を差し置いて月が相国に上り詰めたのが気に食わないのよ。ま、奴らは宦官どもも気に入らないみたいだけど」

「――なるほどな」

 感心したように唸って、華雄は酒杯に口をつけた。

「賈?」

 虚は短く名を呼ぶ。

「何よ」

「劉備に気を配っておけ」

「劉備? って今確か――」

「陶謙のもとにいる。だがいずれ公孫讃の元へ下る」

「ちょっと、あんたどうしてそんなことまで知ってるの」

「劉備と公孫讃は同門だ。それから陶謙の老獪なやり口は劉備の気性に合わん。もし陶謙に使い潰されるようなことがなければ、公孫讃と合流する。あれは化けるぜ」

「――分かったわ。気をつけておく。ただ、一つ訊かせて」

「何だ」

「あんた、どうしてそこまでボクたちに教えてくれるの」

「漢は弱っている。大陸のうねりが大きくなり始めている今、その渦中に呑まれて消えかねん。だが、俺は漢を死なせたくない」

 ――死んでもらっちゃ困るんだ、今はまだな。

「へえ、曹孟徳の忠犬が殊勝なことを言うじゃない」

「え、詠ちゃん!」

「構いませんよ、相国さま。――賈?、言っておくが、わが主曹孟徳は大陸の安寧のために尽力している。そして漢の権威なしで大陸の安寧は成立しない。これは事実だ」

「ま、確かにボクもそれにはどうかんよ。じゃあ、あんたが漢を死なせたくないって思っているであろう限度で、今回の話は信用させてもらう」

「どうぞ」

「あ、あの――」

 虚と賈?の応酬に、どうにか董卓が口をはさむ。

「虚殿は、何か私たちに問いたいことはありませんか?」

 おずおずと申し出る董卓に、虚はそっと笑いかけた。

「ございます」

「どのようなことでしょう」

「はい。朝廷根内の鍔迫り合いの様子を赤裸々に語っていただきたい。何進が相国さまを涼州より呼び寄せたその経緯から、すべて」

「――ボクが話すわ」

 賈?が苦々しい顔で言う。董卓の口で語らせたくないらしい。

「月が何進に呼ばれたのは、張譲、段桂をはじめとする十常侍に対抗するため」

 そこですでに虚の知る歴史とは流れを異にしている。董卓が朝廷に入り、劉弁及び劉協を保護するのは、何進が殺害され、それに激高した袁紹が十常侍を駆逐したそのあとのはずである。すなわち霊帝の死後、十常侍と直接ぶつかるのは董卓ではなく袁紹のはずなのだ。だが、霊帝は健在であるし、袁紹はそもそもさほど何進と親交があるようには見えない。仮令、何進が暗殺されたところで袁紹が動くだろうか。

 ――何進のかたき討ち、という名目で動くか。

 虚は静かに考えを巡らせる。

 今、袁紹が待っているのは十常侍及びその取り巻きの宦官どもを駆逐することだろう。そして、董卓ではなく自らが実権を握る。

「――虚、聞いてる?」

 賈?があきれたような半眼で虚の顔を覗き込む。

「ああ。で、訊きたいんだが、なぜ董卓様だったんだ」

「それは、地方の一豪族にすぎない月がどうして――という意味かしら」

「失礼を恐れずに言えばそうなる」

「ホント、相国を前に大した度胸だわ、あんた。まいいけどね、この期に及んで今さらだし。何進が月を呼んだのは軍事力を持つから」

「馬騰には及ばないとはいえ、優秀な軍馬を持ち、兵は勇猛、将は果敢。呂布、張遼、華雄に加え、賈?、陳宮という頭脳、さらに高順、徐栄。そうそうたる布陣だ。おまけにそれらを束ねる盟主は、聡明かつ温和であり義に篤い。確かにいい人材だ」

 虚は徐々に態度を尊大なものにしていく。この場で董卓陣営には、世に流布した悪鬼虚の幻影を覚えて帰って貰わねばならないのだから。

 賈?は短く息をついて、話をいったん区切った。

「で、十常侍を抑えにかかったのはいいけど、それからは暗殺襲撃の繰り返し、まあ、ひと月ほど前のアレを最後にないけどね」

「コレラ騒ぎあったからな」

「それだけじゃないわよ。むしろボクたちを襲うならあの騒ぎに乗じてもよかったはず。十常侍があからさまな動きをやめたのは、あんたがいるからよ」

「俺か」

「ええ。ボクの屋敷が襲撃されてから、あんたは何進と何度かやり取りをしたでしょう。十常侍からみれば、何進と月にあんたが、つまり曹孟徳が加わったと見えたわけ」

「うちのお転婆主さまは朝廷にそれほど基盤を持っているわけじゃない」

「言ったでしょ。月が呼ばれたのは、その軍事力を頼られてだって。今じゃ、曹孟徳の陳留を中心にエン州は相当な国力よ。あの肥沃な徐州をしのぐとまで言われてる。黄巾の乱で、曹操軍の力も存分に示されたわけだしね。何進はあんたと仲良くしているみたいだけど、正直美味しい人脈だと思ってるはず」

 そういえば先日、劉弁の貢献に華琳を据えたいと話されたことがあった。

「買いかぶりさ」

「あんたがそういうのなら、まあいいけど。――ただ気になるのは、劉弁様暗殺未遂」

「劉協様を推したいんだな、十常侍は」

 虚が問うと、賈?が真剣な顔でうなづく。

「何進が劉協様を押す以上はそうなるでしょう」

「で、きみらとしても劉協様を推すわけだ」

 賈?は不愉快そうな顔をする。

「月は相国。皇帝の意向に従うわ」

「ずいぶんと優等生な答えだな。まあいい。にしても十常侍は焦ったものだな。劉協様を手中に入れないうちから、劉弁様を襲撃か」

「自分たちに累が及ばないようにはしているでしょう。劉弁様の身辺警護については何進が任されているし、何かあれば何進は大失態の末、失脚よ。まあ、今度もあんたが防いじゃったけどね」

「恨まれたかな」

「当然でしょ。いつもニヤニヤしてる張譲も、今度ばかりは禿げ頭真っ赤にして沸騰してるでしょうよ。いい気味ね」

「沸騰ついでに頭の血管がブチ切れてくれればいいんだがな」

 虚が零すと、ツボに入ったのか華雄が大笑いした。

「気になるのは段桂が徐州の陶謙と接触しているらしいことだな」

 虚が続ける。

「何それ。知らないわ」

「確定的な情報じゃないが、まあそういった痕跡が見られる」

 ――待て。そうだ、段桂と陶謙……これはまずい。俺としたことが。

 おもむろに虚は席を立つ。

「ちょっと待ちなさい、まだ話の途中――」

「急ぎの用を思い出した。相国さま、私はこれで」

「……分かりました。では、また」

 虚の様子から重大な何かを感じ取った董卓は静かに虚を送り出す。

「はい。では」

 あっけにとられる賈?たちをしり目に虚はあずまやを離れた。

 ――陳留から報告を持ってきた者をここへ残しておいてよかった。早馬で知らせを出さなければならない。

 そう思いながら、暮れ始めた場内を一人であるいていた、その時である。

 

「相国と密談とは、随分と好き放題しているじゃないか。虚」

 

 凛然とした男の声だった。見れば眼前に声の主が立っている。

「何進――何か用か」

 虚が一声発すると、何進が手に持った槍を構え、そして同時に、潜んでいた衛兵たちが周囲を取り巻く。

「何の真似だ、何進」

「言っただろう、必要がなくなれば切り捨てると。あの小娘どもと乳繰り合わせるためにおまえを手を組んだわけではない。結局貴様も劉協様を擁立するつもりだったわけだ」

「勘違いも甚だしいぜ、大将軍」

「抵抗はよせ、虚。禁城内で乱闘騒ぎとあれば、おまえの主、曹孟徳の立場も危うい」

「――くそったれめ! 計画はどうするつもりだ」

「予定が変わったんだよ。まあ、よくあることだ。さて言い残すことがなければ、連行する」

「何の容疑で引っ張るつもりだ。俺を引っ張れば相国さまともやり合うことになるぞ」

「下らん。おまえは天の御遣いだ。帝の御前で野心はないと言っておきながら、天の名を振りかざして、一方的に相国へ近づいた。陛下へ虚言を弄した。そういうことにすれば、まあ角も立たん。第一理由などどうとでもなる。おれは大将軍何進ぞ。曹操の狗ごとき容易く始末してくれるわ」

「ド畜生が」

「火あぶり台が待っているぞ。捕えろ!」

 何進の号令とともに衛兵が動き、虚をとらえる。

「俺は帝の客人だぞ!」

 そういうと、何進は悲しげに顔をしかめた。

 

「案ずるな。帝は先ほど崩御された」

 

「……なん、だと」

 ――霊帝の崩御。このタイミングでか! いったいなぜだ。不健康には見えなかったが。

「ひっ立てろ!」

 そんな虚の思考は、衛兵の強引な手つきによってかき消された。

 

-3ページ-

 

ありむらです

 

いつもコメントを下さいます皆さま。お気に入りにしてくださっている皆様。ありがとうございます。

 

これから、反董卓まで青陵く入り乱れながら、急流の如く時代が流れて行きます。

 

分かり辛かったらごめんなさい。

 

では、このへんで。

 

追伸

 

アップする日程を予めお知らせした方がいいのかしら。

説明
独自解釈独自設定ありの真・恋姫†無双二次創作です。魏国の流れを基本に、天下三分ではなく統一を目指すお話にしたいと思います。文章を書くことに全くと云っていいほど慣れていない、ずぶの素人ですが、読んで下さった方に楽しんで行けるように頑張ります。
魏国でお話は進めていきますけれど、原作から離れることが多くなるやもしれません。すでにそうなりつつあるのですが。その辺りはご了承ください。
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コメント
更新お疲れ様です(>Д<)ゞ楽しく読ませていただいています。違和感があったので一応報告です2のセリフ「何進が劉協様を押す以上はそうなるでしょう」多分劉弁じゃないかと・・・・間違ってたらすいません(´・ω・`)(ヴィヴィオ)
ふむふむ こういう流なのだったのか(qisheng)
風ちゃんの「こまめにー、こまめにー。でよろしくなのです。」に、ほっこりした。(kazo)
Alice様 いきとりますwww 息吹き返しましたよwwwww(ありむら)
ここでこの展開になりましたか・・・霊帝の身に何が起き、そして虚はどのようにこの危機を乗り越えるのか、非常に気になります!(本郷 刃)
なん・・だと・・?薄幸美少女何故殺たし(Alice.Magic)
何進、焦りで最も頼るべき人間を切り捨ててしまいましたか。まぁ死に際に十常侍に笑われることで、己が不明を後悔する事になるのでしょうが。そして、原作にはなかった事態が発生間近。果たして、覇王は魔王へと変じてしまうのでしょうか?(h995)
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