読み比べできる推理小説・仕事人編 |
カラスの思いで
柊は報道EXのエンタメコーナーをまかされた。世の中、事件ばかりではまいってしまう。
テレビには大衆娯楽の面もあるのだ。本来、柊は芸能レポーターなので、この分野は得意だ。
「マサヨシちゃん!芸能レポーターの本領を発揮して頂戴!」
番組プロデューサーのジョニー・西が言う。柊は本来、報道担当なのだが、夏休みの特別編成で、担当のレポーターが先に休みを取ったからだ。夏企画で枠も長い。一つの密着取材として企画されたと聞いていた。
「いいっすよ。」
軽く受けた柊だった。
「これが企画書!頼んだわよ!」
表の仕事だ。柊は慣れた緊張感に包まれた。普段通り、企画書を取る。
ペラペラめくった。
「はあ、夏の音楽祭ねぇ・・・」
一番目立つし、構成としてはやりやすい。なにしろ、音楽物は視聴率が取りやすい。芸能レポーターとしては、むしろ、おいしい取材かもしれない。でも、取材だ。いつものように淡々とこなす・・・?
柊の手が止まった。
「この、取材対象って、もしかして・・・」
柊は取材対象を見てはっとした。すこしニヤッとした。
一週間たった。本番当日だ。
「今日は、エンタメだ。お祭りのようなものだが、番組のコーナーの一つに違いない。緊張感を持って臨んでほしい。」
ディレクターの城島が言う。ご近所でちょっと取材という感じなので、ロケバスは、余計にだらけた雰囲気だ。
ロケはいつものメンバーだ。城島がディレクター、井川智美がAD(アシスタントディレクター)、カメラが米ちゃん、音響がヤスオだ。
(ホワイト&ブラックコピー部分開始)
今日は「夏のサマー・ミュージックフェスタ」が行われている後楽園ネバーランドにやってきた。
「みなさん、本日私が来ているのは、後楽園ネバーランド、夏のサマー・ミュージックフェスタです。インディー、メジャーなアーティストが勢ぞろいするという企画です。今回は人気急上昇中の『バンクドール』、さらに『シャウト』など、見所目白押しのフェスタです。見てください。あの長蛇の列。熱狂的な若者のエネルギーを感じます。」
いつもの報道とは違って、周りも緊張感がない。ざわざわと声や音も多く、柊も自然に緊張感が抜ける。それでも、お仕事、しっかりやらないといけない。
「はーい、OK!導入はこんなもんだろ。」
周りの喧騒もあって、城島は大声を出す。
「いい感じに伝わってきます。」
米ちゃん的にもオーケーのようだ。
「もしかして、またスクープってのは・・・」
ヤスオがぼそっと言った。調子が良くても、なんだかこういう日はケチがつきやすい。
最近、大きな事件が多くて警戒感があるのだろう。
「このあと、だいたい殺人事件が起こるから。」
智美は失笑気味に言った。だれも望んではいないが、ロケが殺人事件現場の取材になってしまうのだ。全員、沈黙してしまった。
「や、やだな・・・冗談よ!」
智美さん、冗談になっていません。墓場で怪談やっている気がしてきた。
「うちら、ロケ隊って、いっつもロケ地で殺人現場に遭遇するよな・・・」
わりとオカルト好きの米ちゃんもビビり気味だ。
「馬鹿言ってんじゃないぞ。いちいちあってたまるか!この中に、死神が、いるわけないだろ?」
城島は引き締めるように言った。そこに柊が、頷きながら城島に近づいた。
「そうだぞ。この人がそうだ、と思っても言ってはいけないぞ。」
なに、とばかり、城島は睨んだ。
「やかましいわっ!」
城島は怒ったが、ロケ隊から笑いが起きた。場が和んだ。
智美は遊園地を見ながら、今回の取材の趣旨を振りかえった。
「バンクドール」は、いま一番尖っているバンドとして、台頭してきたバンドだ。インディーではあるが、今回のフェスタで一番人気になっているバンドだ。番組のエンターテイメントのコーナーとして取材に来たのだ
「ディレクター、『バンクドール』と『シャウト』の取材がコアでいいのか?」
柊は城島に確認した。番組作りは城島のイメージなのだ。城島から聞いて、柊もイメージしておかないといけない。城島はタイムチャートを見る
「ああ、そいつでOKだ。あとは映像をインサートする。密着はその二つのバンドだ。米ちゃん。控室のメンバー、舐めといて。」
城島は慣れた感じで、次々指示を出す。今日はセットモノとは違う。現場なのだ。てきぱきと欲しい映像を取っていく。
米田がカメラで先行する。重いカメラを背負っての撮影だ。太り気味だが、大粒の汗をかいている。
夏の午後、一番暑い盛りだ。ロケ隊も体力勝負になってきた。
各出演者がステージ付近に集合している。リハーサルが行われている。照明、演奏など様々なチェックが行われている。単独のコンサートと違い、多くのバンドが入れ替わり立ち替わり、登場するのだ。午後6時の開演に合わせる為、スタッフ達も大忙しのようだ。
そこに大柄な男性がやってきた。スタッフと違って、背広でびしっと決めている。
「西園寺です。今回の企画プロデューサーをやっております。」
と名刺を渡してきた。柊と城島がそれに応えた。
西園寺は話し始めた。
「どうですか。盛大でしょう!これを取材していただくのは、我々主催側としても、いい宣伝になります。」
この世界、テレビのショービジネスとは切っても切れない。
「今年のメンバーもなかなかですね。盛大に盛り上がるでしょう。人気急上昇中の『バンクドール』などは注目ではないですか。」
城島は西園寺の言うことに相槌を打つ。
「ああ、なかなか尖っているようですよ。」
この2つのバンドは、このフェスタの看板だった。しかも、ちょうど、「シャウト」と「バンクドール」のリハで、それぞれのバンドのメンバーがいたのだった。
企画プロデューサーの言葉に「シャウト」のボーカル・シュウが反応した。
「『バンクドール』が密着ねぇ。実力なら、おれら『シャウト』じゃねぇの?」
シャウトは去年までの看板だった。しかし、今年はバンクドールが急成長で、ナンバーワン人気を奪っていた。それがシュウは気に入らなかった。まして、テレビと企画プロデューサーの手前だ。つい、言葉が漏れた。
その言葉に『バンクドール』メンバーが全員睨んだ。このバンド同士はあまり仲が良くないようだ。ここは、挨拶なので、カメラは回ってない。ちょっと、雰囲気が悪くなった。
大きな茶髪の男が前に出た。
「相変わらずの天狗だ。シュウは態度だけがスーパースターだっぺ。なあ。」
城島は柊に
「あれは誰だ・・・」
と聞いた。もちろん、城島は芸能リポーターの柊に、誰か聞いたのだ。それだけ、その男は威圧的だった。
「あれは、『バンクドール』のドラムの葛西茂一だ。」
城島は行方を見守った。この突発的な喧嘩に、西園寺は仲裁にはいる。今からのお祭り騒ぎに、テレビ局の前の話だ。つまらない喧嘩で台無しにしたくはない。
「時間が押してます。参加グループが多いですから、もっとスピード・アップね。」
各バンドをせきたてた。睨みあっていたバンドだったが、しぶしぶもとに戻っていった。
「私たちもついていかないと、撮りそこねるわよ。」
智美もごまかすように、ロケ隊を押した。そこに全景を取っていた、米ちゃんとヤスオが帰ってきた。
「お待たせ!インタビューお願いします。」
これでようやく悪い雰囲気が途切れた。
「そうだな。まずは導入の挨拶から行くか・・・まずは『バンクドール』から。」
バンクドールは既に舞台に戻っていたが、導入の挨拶を撮るということで、ヴォーカルのYOSSIがメンバーを集め、寄ってきた。メンバーは4人だ。ヴォーカルのYOSSIに、ギターのKAZU、キーボードのHIDE、そしてドラムのSHIGEこと葛西茂一だ。
いまどきのバンドらしく、派手なロックバンドだ。
「テレビを見てる、みんな!『バンクドール』だぜっ!参加者全員で、みんなと一体にはじけようぜ!今日はとことん、楽しもうぜっ!」
4人のメンバーはカメラに向かいアピールする。取材もようやく軌道に乗った。
「前ふりはこんなもんだろ。後は本番だ。」
番組では、この盛況なイベントが、とても盛り上がって放送されるだろう。
しかし、その反面、去年までのナンバーワンのシャウトの、ヴォーカル・シュウは面白くない。
「くそっ!去年は俺たちだったのにな。」
隅の方で、まだ、ブツブツ言っていた。
城島は時計を見た。ともかく、取材自体、リアルタイムで進行するのだ。限られた人数なので、少しでも無駄にはできない。
「今は午後2時。開始は午後6時だ。ひとまず休憩だ。」
まだいろいろ、取材するが、ロケ隊は休憩をとることになった。
(ホワイト&ブラックコピー部分終了)
休憩というので、ロケ隊は控室に向かった。マスコミ用のスペースだ。
ところが、柊は黙って別の場所に向かおうとしていた。智美は別の場所に向かう柊をいぶかった。
「なんだろう・・・」
必ず行動を共にする柊には、らしくない行動だ。智美は声をかけた。
「あれ、柊君。何処行くのよ!」
すると、柊は振り向いた。バレたか?という感じに少々慌てた感じだ。
「インベンション!」
業界用語でトイレのことだ。智美は赤くなった。
「まあ、いやだ。トイレ?さっさと行ってきなさいよ。」
トイレ行くのに声をかけた私がバカでした。智美は控室に向かった。
その様子を見て、ジェットコースター脇にある出演者控室の方に向かった。
柊はきょろきょろ見回しながら、自販機の影で立ち止まった。
(奴は来てないのか・・・?)
柊は待ち合わせの人物がいないのを不審がった。さっき会ったばかりだ。いないはずがない。
「おいっ!『レポーター』。」
そのコードネームはやめろよ!ぎょっとして振り向いた。
「ばか!それを外で言うなよ!」
立っていたのは葛西だ。奴も控室を抜け出して来ていた。
今回の裁きは始まっていたのだ。柊であるレポーターは、葛西である「ネットカフェ」と待ち合わせしていた。
「おあつらえ向きの会場だべ。」
「ネットカフェ」はバンクドールメンバーだったので、、労なくセキュリティーの内部に侵入出来た。それは「レポーター」も同じだった。
「お前のバンド、そんなに人気あるとはな。このままメジャーデビューすれば、フリーター卒業だろう。」
企画書で見たとき、今回の裁きには「ネットカフェ」が必要と思った。なぜなら、こういうイベントは、ただでさえ、セキュリティーがしっかりしているし、被告は複数だったのだ。
「俺は自由がいいっぺよ。こういう、場所は柄じゃねぇ。」
ドラマーとしては優秀なのだ。もっと生かせばいいものを、とおもう「レポーター」だ。
「いつかお前のバンド、俺のコーナーで紹介してやるよ。」
自分のコーナーで取り上げるのは公私混同では、と思うが、この傷だらけの青年に、柊自身、親近感を覚えるようになっていた。
「最近、ようやくおまえの価値が分かってきたぜ。」
「ネットカフェ」は、いつものとげとげしい雰囲気が無く、ぽつりと言った。彼も同じなのだろう。関係を持たないケルベロスメンバーと言っても、いつしか人間関係が出来てきたのだ。
「何をいまさら。まあいい。それにしても警護に警察いねぇな。今回の裁きは楽勝だな。」
どちらにしても、被告がいて裁きがある。裁けぬカラスを懲らしめるのが我々だ。警察だけが、警戒すべき相手だ。今回は、情報の漏えいがないのか、会場には来ていない。その方がいい。後から調べても、裁きは完ぺきだ。
3日前に、ネット上の闇の法廷で、闇の裁判が行われた。時代は変わり、全てがリアルタイムに行われるのだ。ネット民の裁判は迅速だ。なおかつ無法だ。この場では、人格はない。あるのは、ただ打ち込まれた文章だけだ。
裁判には不特定多数が集まる。誰がどうということではない。レポーターもネットカフェもパソコンの前だ。
「検事」が運営する闇裁判「ケルベロス」は始まった。
「検事」は藤堂直人、表の仕事は東京高検検事だ。「法廷の番人」が胴元だ。あってはならないことだ。
「諸君、闇の裁判を始めよう。知っての通り、この裁判では、原告は自殺した者。被告は自殺に追い詰めた者だ。司法では裁かれないものだ。我々はその者たちを『裁けぬカラス』と呼んでいる。原告の遺言を『命の叫び』と呼び、遺書を『闇の訴状』として法廷を開き、陪審員の諸君の採決で判決を下し、非合法な刑を下している。
原告は日比野真悠(ヒビノマユ)だ。被告はメディア・フォレスト社長、西園寺とバンド『シャウト』のシュウだ。彼らは、原告であり、アイドルの日比野真悠を、性と、薬物の奴隷と化した。結果、彼女は精神が破たんし、自ら命を絶った。」
検事は起訴内容を読み上げた。まずはレポーターが書き込む。
「俺はその事を知っている。しかし、その真悠の意思でシュウに近づいて行ったと聞いている。」
レポーターらしく、裏事情まで知っているのだ。恋が失敗しての失恋なら、この裁判の対象じゃない。
「途中まではそうだ。シュウと真悠の熱愛のような形を取っていた。しかし、その裏に西園寺が絡んでいるとなれば、だまされたといえるだろう。」
「検事」は続けた。
「彼女の闇の訴状を見て欲しい。そこにPDFがあるだろう。」
検事はともかく情報がすごかった。こんなプライベートなことでも調べてくる。遺書と呼ばれるものまで手に入れる。
(シュウ達は私をだましていたのだ。シュウは私をドラッグパーティーのおもちゃにしていた。西園寺と、だ。私はいまから・・・)
真悠の叫びだった。しかも画像だったので、文章は乱れ、心は取り乱していることが伝わった。彼女はその後自殺したとあった。
「それにしても、不自然に切れているな・・・」
レポーターは書き込んだ。もう少し書いてあってもよさそうだ。
「恐らくは、急にこみ上げてきた、悲しみに耐えられなくなったのであろう。」
「検事」の推測も当たっている気がした。自殺する者はちゃんとした理論的な思考をしていないのだ。文章を投げだすのも不思議ではない。
ネット上のチャットでは、無機質で伝わったかどうかわからない。
「西園寺がシュウを売り出すのを条件に、彼女をささげた裏切りを、彼女は事実を知ってしまった。彼女に代わり、無念を晴らしたい。」
ネットの前のメンバーはいつも思うのだが、「検事」は何故、人の事に入れ込むのか。彼だけではない。執行人はなぜ、人のために罪を重ねるのか。
「確かに、バンドが売れた時に、おかしいうわさはあった。」
「レポーター」は相槌をうつ。反対意見もなく、そのまま結審となった。
「それでは陪審員の諸君!結審する。全員賛成。彼女の無念を命でもって晴らしてもらう。両被告の判決は死刑。当法廷では被告の控訴を認めない。」
殺害してしまえば上告が出来ないという意味だ。あまりに非道な裁判だ。
「それでは2名の死刑執行人を募りたい。レポーターとネットカフェ、他一名か。」
執行人の立候補は各々の判断による。その案件に対しての思いだ。
「俺に是非やらせてほしい。」
「ネットカフェ」がめずらしく積極的になっていた。メンバーも珍しいと思った。不満を言う事が多い彼が、自分がやりたいと手を挙げたからだ。
「なぜだ。」
「検事」が質問する。
「俺はその事情を知っている者だ。他の者に手を下させたくない。」
文字入力もなく、ネットが静まりかえったのが伝わる。
「関係者となれば外すべきだ。情は裁きの妨げになる。」
あくまで「検事」は冷静だ。これは遊びではない。それにかたき討ちごっことも違う。一つ間違えば警察に検挙されるのだ。そんなやりとりに「レポーター」が割り込んだ。
「待ってくれ。相手は大手企画会社の大物プロデューサーだ。俺に考えがある。成功するには、ネットカフェを入れてくれ。」
「検事」はしばらく沈黙した。セキュリティーの高さから、「レポーター」は当確だったが、その「レポーター」からの提案だ。しかし、情を絡めるとリスクが高くなる。
「・・・わかった。『レポーター』、『ネットカフェ』を執行人とする。原告の報酬を送る。」
結局「レポーター」の案を検事は採用した。成功報酬は仕事人達に贈られることになっているのだ。「レポーター」もそれを質問する。
「それは何だ?」
報酬として故人の大事なものが遺品として渡される。大体、市場価値はない。おもいでの品、という感じだ。
「原告の恨みの品、ハワイのツーショット写真だ。とても幸せそうだった。」
やっぱり、いつものように当事者以外、価値のないものだ。ひとまず、添付資料にその画像が載っている。
(なんだよ、それ。パパラッチの間じゃ普通じゃねぇか。でも、とても皮肉だよな)
パパラッチ系のゴシップ雑誌でも取り上げないような、熱愛の頃の写真だ。その現物は執行人の元に報酬として宅配される。あとは、現場に残そうが、記念に持っていようが、自由だった。
「俺は一切いらねぇ。」
「ネットカフェ」は意外な反応した。報酬を拒否する者はいないのだ。
「ダメだ。報酬を受け取れ!ルールだ。」
「検事」は当然言う。
「俺に対する報酬は、原告から既に受け取った。」
やはり、関係者なのか?そんな言い回しだ。
「何だ、それは?」
検事が質問する。
「『思い出』だ。」
またネットは沈黙した。無形ではあるが、個人的な思いまで伝わってきそうだ。
「・・・おもしろい。今回は例外とする。これにて閉廷。」
「検事」も理解したようだ。危険ではあるが、ネットカフェに案件はまかされた。
現在に戻にもどった。ジェットコースターの脇だ。轟音と共に歓声が上がる。こんな人ばかりの場所で裁きとは、不似合いだった。今日は夏休み、お盆が重なって最大の入場者数となっていた。ほとんど肩がぶつかるほど、混んでいる。彼らはそれを承知でここを選んだ。
「このフェスタが俺たちの裁きの舞台になったわけだ。」
「レポーター」は、殺人の舞台をしげしげ見ていた。そして、「ネットカフェ」に疑問をぶつけてみた。ネットの中では分からない、表情などのニュアンスで、どの程度の関係者かを、知っておかないといけない。なぜなら、それが裁きの成否にかかわるのだ。「ネットカフェ」のスマートフォンの、ナイロン線の腕は承知しているが、焦りとかあれば、裁きをしくじるかもしれない。それは、警察に捕まることを意味する。
「ところで、『ネットカフェ』。原告の事情を知っているそうだが・・・」
「ネットカフェ」の顔が曇る。やはりかなり関係がありそうだ。
次の瞬間、「ネットカフェ」は気持ちを入れ替えたようだ。
「なんのことだっぺ?俺は何の関係もねぇよ。」
涼しそうな顔で言った。
「いまさらとぼけるか?隠しているのか?まあ、いい。準備はいいか。」
まあ、ウソをついても何の問題もない。「レポーター」は追求をやめた。問題が核心的なものほど、人は遠ざけたがるものだ。
「抜かりねぇッぺよ。西園寺は俺がやるっぺ。奴の席は最前列だっぺ。一番アリバイのある瞬間にやる。ドラム打っている間に、ナイロン線を飛ばす。」
歓声と音量のるつぼに悲鳴が上がっても、そう目立たない。まして、観客は無実の証人になってくれる。怪力の持ち主ならではの手法だ。
「そうだな。まさか演奏中に人を裁くなどとは、考えもしないだろう。」
観客を逆に利用した裁きの方法だ。我々は今まで、しくじったことのない、という自信の表れだ。少なくともこの二人は自信があった。
「それを可能にするのが、俺のナイロン線だ。どんな状況でも狙った首は逃さねぇ。」
「観客の歓声と振動に紛れさせるわけだな。」
「レポーター」も納得した。
「おまえはどうすんのよ。」
逆に「ネットカフェ」が聞き返した。
「シュウは奈落から派手に登場すると聞いている。俺は直前レポートのような顔で奈落にもぐる。舞台の底で裁く。」
「逆に群衆の中で殺る方が安全かもな。じゃ、本番にやるっぺ。」
「ああ、後でな。」
「レポーター」と「ネットカフェ」はそれぞれの場所に帰った。表向きの仕事と、裏の仕事を同時にやろうというのだ。
夏のサマー・ミュージックフェスタも、開演し、会場は大盛り上がりだった。ここで暗殺計画が練られているとは、だれも、夢にも思わない。
午後7時となった。バンドは「バンクドール」の次に「シャウト」だ。その為、西園寺を先に裁く。すると、会場の一部が騒ぎになるが、目の前の伴奏者とは思わないので、フェス多は続行される。そして、まずシュウが舞台に上がる。だから、「レポーター」が裁くことになる。奈落は部外者意外、立ち入り禁止になっており、「レポーター」が見られることはない。
奈落で刺殺となると、奈落がせりあがって、本当に派手な演出になってしまう。その為、もしかして、その後の、演奏は中止になる可能性が高かった。それどころではないだろう。
「レポーター」は表の仕事をし続けていた。
「ご覧ください。このエネルギー。会場全体が震えています。私も暑いビートを全身で感じています。この後フェスタは、『バンクドール』『シャウト』と展開します。早速メンバーの直前の様子を見てきましょう。」
といって智美に手持ちカメラの催促した。
(シュウのところ行ってくるから、カメラくれよ。米ちゃんはそのまま、『バンクドール』をフォローして!)
「レポーター」は、手持ちカメラを持ち、シュウのいる奈落に向かった。手にはナイフの仕込んだマイクだ。このマイクは音声を拾うことはないが、マスコミ関係者として、目立たないアイテムだ。
一方、ネットカフェはステージ端にいた。次のスタンバイというところだが、その場でも西園寺の首を射程に収めていた。手にはスマートフォンと伸ばしたナイロン線つきストラップだ。見た目、全く怪しいものでない。関係者は自分の仕事が忙しく、次の出演者の事など見ていなかった。死角と言える状態だ。
「行くべっ!」
「ネットカフェ」は、西園寺にストラップを投げつけようとしていた。同時にレポーターも奈落のある地下通路に来た。
興奮で会場は渦巻く中、ターゲットの西園寺の前に複数の影が立った。この場には似合わない目つきの鋭い連中だ。同時に、「レポーター」の行った地下通路にも複数の男たちがいた。
「!」
二人は同時に驚いた。
「ウソだろ?」
警官だ。
周りと雰囲気が浮いていて、さらに耳に無線機をつけている。
「不審者はいませんか?この群衆です。ターゲットを裁くために、奴等はこの日に必ず来ているはずです。ターゲットは主催の企画プロデューサー・西園寺公康。それからバンド『シャウト』ヴォーカル、シュウこと狩野修三です。」
真鍋だ。真鍋はターゲットの周りを警護で囲んでいた。
「やつらのターゲットを掴んだ以上、警察の威信をかけ警護だ!」
彼女の隣にいる鈴木が吠えた。
おくらばせながら、警察が登場した。そのタイミングは、絶妙だった。数分遅れていたらターゲットの命はなかったかもしれない。警察もそんなタイミングとは知らなかった。
「なんで、真鍋が・・・」
「今、やったら、間違いなく御用だっぺよ。」
「レポーター」も「ネットカフェ」も、離れた場所で同時に同じことを言っていた。
「モニターしてやがったか・・・中止だ。」
悔しいが、二人とも裁きは中止になった。
午後9時になった。柊は表の仕事である取材に没頭していた。結局、すぐに裁きのタイミングがつかめなかったのだ。ネットカフェもそうだろう。時折、彼らはメールのやり取りをしていた。タイミングは今日しかない。しかし、被告の警護は固い。そんなに簡単にチャンスが来るとは思えなかった。柊は焦り始めた。
そんなこと、知ってか知らずか、智美が声をかけてきた。
「さすが柊君ね。いい感じのインタビュー撮れてるわ。シュウのルックス、とろけちゃいそう!私ファンなの!!」
いつもの柊に戻っている。
「ミーハー・・・」
「何か言ったっ?」
軽すぎる智美にぼそっと言ってしまった。
「いや、何も・・・」
本当のことなのに・・・とおもう柊だった。
「ケロべロスの連中、この警備に尻尾巻いたんでしょう。これじゃ、手も足も出せません。現場到着が少し遅れましたが、間に合いましたっ!」
警視庁の「ケルベロス対策班」の鈴木警部補は、班長の真鍋警部に言った。本当のところ、こんな人目が多いところの犯行を疑っていたし、もしかして、実際はないんじゃないか、とまで思っていた。
「気を抜いたらいけませんよ。コピーサイトが多いですからね。ターゲットが消される前に計画を掴んで良かった。あいつら何処にいるかわからないですから、厳重に警護をお願いします。そもそも『レポーター』『ネットカフェ』の正体は知らないんですから。まだ、フェスタは続いてます。彼らはまだ仕掛ける可能性があります。」
真鍋は相変わらず慎重だ。実際彼女は、それで実績を挙げてきていたのだ。
「ターゲットは警官が取り囲んでいます。間もなく控室に入る予定です。関係者以外立ち入り禁止のスペースで、入口には警官が目を光らせてます。大丈夫でしょう!何かあれば袋のねずみです。」
鈴木は自信があった。人目、警官、どれをとっても犯行に不向きだ。これで犯行出来たら、見上げたものと思えるぐらいだ。
「今日は無理でしょう・・・」
鈴木は本音を漏らした。しかし、真鍋は違った。
「いえ、今まで彼らは、延期したこともありません。間違いなく犯行は行われます。あと一時間です。絶対にターゲットから、目を離さないようにしてください。」
真鍋はまだ、犯行が行われると見抜いていた。そして彼女は
「われわれの楽屋への立ち入りは、許可が下りなかったのですか?」
警察の不安要素を口にした。警官がそばにいることを、ターゲットたちは拒んだのだ。その話で、鈴木も顔色が曇った。
「残念ですが、アーティスト達が嫌がるそうです。彼らそんなに偉いんですかね?自分の命がかかっているってのに。」
良くあることと言えばそうだが、命が狙われているのに、警戒心が少ないように真鍋は思った。
これは、被告の西園寺、シュウとも、真悠の件で、警察にナーバスになっているのと、そもそも、こんな人目の多い会場で暗殺などあり得ない、と思っている為だった。
「仕方ありません。やれる方法で警護するだけです。もちろんこの方法なら、不特定多数は排除され、出入りできる者は限られますし、なにより、犯行が行われれば間違いなく検挙できるでしょう。それに、彼らは、別のことで話を聞かないといけません。」
真鍋がそう言うと鈴木が
「というと・・・」
と聞き返した。
「彼らは薬物使用の容疑者です・・・」
と、真鍋はさらりといった。
警護すべき命を狙われた者は、薬物使用の疑いが浮上しているのだ。それは、ケルベロスの情報が正しければ、という話だ。犯罪集団の情報だが、聞き捨てできない内容だ。
(ケルベロスよ。警察の警護の中、裁きを行えるか?それとも捕まるか?)
真鍋は心の中に思った。
そのターゲットの二人は、警官に囲まれていた。警官に聞こえない様にひそひそ、小声でしゃべった。あたかも業界の打ち合わせのように喋った。その為、警官も誰一人聞こうという感じではなかった。
「シュウ、信じられねぇな。こんなに警官がいて殺人するんだってよ!やつら、気は確かか?でも、これだけ警察がいれば、俺たちは守られるだろう。」
西園寺は余裕だった。こんな場所で殺人なんてありえない。まして、これだけの警官がいては、不可能というものだろう。しかし、シュウは
「でもさ、警官は気持ち悪くはないのか?1年前の話なんだろ?真悠の事で、俺たちが検挙されたら・・・」
かなり気弱だった。むしろ、俺たちが真悠にしたことを、警察にとがめられないか、気にしていた。自分たちに薬物使用の容疑がかけられているとは、夢にも思わない。
「何をバカな。何で捕まえるんだ?俺たちは何もしてない。あの真悠が勝手に自殺しただけだ。」
自殺をしたからと言って、それをとがめられることはあり得ないのだ。
「そんなもんかな・・・」
シュウは、人間として後ろめたさがある。
「自殺に追い込んだからって、捕まる様な法律なんてないぞ!あいつが死んで、きれいに切れたわけだ。殺人鬼が捕まる事はあっても、俺たちは捕まる事はない。」
西園寺は全く、気にも留めていなかった
「でも、仕事人達はあいつの恨みを晴らしに来ている・・・」
警官から、過去のことで殺し屋が来ていると聞いたのだ。その情報は警察に筒抜けになっていた。実は、この件が終わった後、真鍋はこの二人に任意で事情を聴くことにしていた。
自殺はともかく、薬物使用の疑いがあった。そのことを彼らは知らない。警察はただ、守ってくれると信じていた。
「でも、警察の話じゃ、仕損じた相手を追ってまで来ないって話じゃないか。この警備で出来るわけがない。・・・気にするな。」
西園寺は相変わらず強気だ。
「ああ・・・それじゃ、俺は先に行く。テレビが待っているんだ。俺にとっては生命線さ・・・」
シュウは納得したかのようにしているが、内心不安だ。そそくさと、その場を去った。
(ふんっ!腰ぬけが!この程度の嫌がらせで、この業界渡って行けるかよ!)
去って行ったシュウに西園寺はそう思った。
(西園寺は聞いてないのか?やつらは仕損じた事が一度もないって話だぞ・・・)
一方のシュウは、西園寺の見識が甘いように思った。こんなに人の目のある所で暗殺とは、そもそも正気の沙汰ではない。それを承知で奴等はやってきているのだ。
「レポーター」と「ネットカフェ」は、休憩中にそれぞれ抜け出した。今度はパレード最中の道路だ。人が大勢いる。そのおかげで、まず人の目を気にする必要がない。
「抜け出したのか?」
まず「ネットカフェ」が言った。
「ああ、お前もだろ?それにしても、厄介なのは真鍋だ・・・それに今日の裁きの警戒を被告が知っちまった。警戒してやりにくくなる。」
第一、最初からそれは織り込み済みだ。さすがに警察は問題だ。被告たちは、ステージそばの、出演者控室に籠ってしまった。ここは、集団でいるのではなく、全員個室だった。
「さすが真鍋だっぺ。おれっちの射線しっかり塞いでやがった。どうするよ?今はターゲットを控室にこもらせて、入口を厳重警備だ。仮に裁いても逃げるのは不可能だっぺ!」
「ネットカフェ」は少し弱気だ。他の警察ならともかく、真鍋はケルベロスの天敵だ。余程、ポイントを押さえてくる。
「……」
「くそ・・・くそ・・・・」
「ネットカフェ」は悔しがった。やはり、感情的になっている。なにか、関係があるとしか思えない。
「なあ、ネットカフェ。本当は関係があるんだろ?そのこだわり、普通じゃねぇぞ・・・」
「レポーター」は聞いてみた。どうもひっかかる。
「ネットカフェ」はちらっと「レポーター」を見た。やはりいつもの「ネットカフェ」らしくない。
「真悠は俺の元カノだった・・・」
これには、「レポーター」の方が驚いた。「レポーター」自身日比野真悠を追った事がある。シュウとの熱愛報道があったが、売れる前は知られていなかったのだ。
「なに?芸能レポーターの俺でも知らないぞっ!」
アイドルは恋愛ご法度だ。過去の恋愛がでてもおかしくはない。
「あれは2年前・・・俺っち、アルバイトでコンビニの店員だった。そこにアルバイトに来た・・・」
「ネットカフェ」は過去を語りだした。
「ああ、真悠は売れるまで、結構下積み長かったらしいからな・・・」
「ぶっきらぼうで、雑な俺っちをよくフォローしてくれたよ・・・」
「ネットカフェ」は思い出すように虚空を見上げた。
2年前のことだ。彼女は葛西と同じコンビニにアルバイトに来た。最初、葛西は、この美人の店員に近付けなかった。世界が違うと思ったからだ。野獣のような俺と、天使のように清らかな女性・・・そんな感じだ。
気まずい空気が流れた。葛西にそんな勇気はなかった。ただ、時間を一緒に過ごす感じだった。葛西にしても、女性を扱うのは不器用で、むしろ、声をかけることすら、できなかったのだ。
最初は、そんな葛西を、知らん顔していた真悠だが、日が経つにつれ、すこしづつ、会話が生まれた。
「清掃の時間ね。店の外はいてきます・・・」
そう言うやり取りだったが、日が経つにつれ、すこしづつ溶けこんできた。
「へえ、君、近所なんだ。葛西君・・・」
彼女はさっぱりした性格のようだった。一度話しかけ出すと、彼女の方から話しかけてくる。無口の方の葛西の方が戸惑った。いままで、まともに女性と会話したことがないのだ。
「ねぇ、葛西君。彼女居るの?」
けっこうストレートに聞いてくる。俺の事聞いてどうなるのよ?と思いつつも、葛西は答えた。
「俺みたいなのにいるわけねぇよ。フリーターなんか惚れる女なんかいねぇっぺ。」
ひがみ半分だ。それでも彼女は興味深々に聞いてくる。性格なのか?
たしかに、こんな深夜に男女二人だ。彼女は別に深夜バイトする事もないだろう。暇な深夜のローテーションでは、つまらないことでも、話のネタなんだろう。
「そうかな。君を見てると、未来を見てるって感じよ。夢は何?」
俺を買い被るなよ。こんな俺と話したいという方が不思議だった。それを言うなら、お前の方が、よっぽどまぶしいっぺ。輝いて見える。その輝き、芸能人みたいにオーラがあった。
「夢・・・考えた事もなかったな・・・これぐらいかな・・・」
ドラムの振り付けだ。俺はフリーターになっても、学生の頃のバンド仲間とつるんでいた。YOSSIの「バンクドール」だ。俺はそこでSHIGEの名前でドラムをやっている。全然売れないけど、現実のつらさを忘れられた。俺には仲間がいる。それだけで十分だ。
「驚いたっ!君、バンドやるの?」
真悠は本気で驚いたようだ。
「『バンクドール』っていうっぺ。まだ、結成して間がねえよ。それに、これを夢にするにはでかすぎるっぺ。これを夢って呼ぶのかな?」
俺はそう思っていねぇ。売れれば別だがよっ。売れるわけねえっぺ。
「さあ、でも夢と思った時に、夢になるんじゃない?」
真悠はそういった。そうかもしれないっぺ。でも、面白い返答する娘だっぺ。
「確かにな。」
すると今度は真悠の方がいいだした。
「私もあるんだ。夢・・・」
真悠は遠くを見るような眼になった。若い彼らに夢は甘い響きがある。
「なによ?」
葛西は聞き返した。
「とっても遠い星。今、芸能事務所を探しているんだ・・・」
葛西は衝撃を受けた。確かにきれいだし、隠せないオーラがある。
「!やめろってば・・・あそこは汚い世界だぞ。」
葛西は真剣に怒った。むしろ、真悠のほうが困惑した。たじたじだ。なんでこの人は怒るのだろうという感じだ。
「嫌だな。夢は都合のいいファンタジーじゃないわ。私は大丈夫っ!」
しかし、彼女の視線は未来に向いていた。
そして半年が経った。真悠はアルバイトをやめると言ってきた。
「なんでだよ・・・」
葛西はどうしても聞きたかった。真悠はお別れのつもりで理由を話した。
「葛西君!事務所と契約取れたのよ!これで私も芸能人よ!」
彼女は有頂天だった。夢の事務所入り、これからは芸能人の道を歩むのだ。
「え・・・」
恐れていた状況だ。確かに夢がかなえばいい。けれども・・・
(おまえは本当に遠くへいっちまうのか・・・)
喪失感が葛西を取り巻いた。
真悠はアイドルとしての人気定着し、順調に世の中で認められていった。
「……」
葛西は、本屋で彼女の特集が組まれるたびに買ってしまっていた。
「おれには、関係ねえっぺよ・・・」
といいつつ、レジにその雑誌を出してしまうのだ。
そして少し見てはにやっとしてしまうのだ。
(真悠が上っていく・・・)
人気は絶頂に近づいた。
そして、ある日・・・
《日比野真悠!シャウトのシュウとお泊まり愛!》
大きく報道されていた。
「おいっ!冗談だろ・・・」
葛西はシュウを知っていた。絶頂のロックバンドのヴォーカルだが、性格は勝手気ままで、自己中心型の男だ。何人も女性が泣かされていた。
「よりによって・・・」
葛西もシュウにあったことがある。その時はシャウトの前座のような扱いだった。人柄も良く思わなかった。見下ろした態度・・・これが、真悠にふりかかる。
葛西は、ぐっと、ゴシップ雑誌を握りしめた
ついに葛西の方から電話をかけた。コールが鳴る。相手が出た。
「はい、日比野です・・・」
一年ぶりに聞いた声は、葛西の聞いた声と変わらなかった。
「おれ・・・葛西だ。」
「ああ、葛西君、お久しぶり!」
人の恋路、無粋とは思ったが
「ああ、順調そうだっぺ。よかった。」
少し沈黙が流れた。このひと、何の用だろうと言う感じだ。
「何の御用かしら・・・」
以前にはなかった強い調子で、言った。
「いや、シュウとつきあっていると聞いたもんでさ・・・」
「だから?」
ますます冷たくなっていく感じがした。
「俺はあいつをよく知っている。真悠には・・・」
そういうと、口調が変わった。
「何の事だとおもったら、そんなこと?」
あきれた口ぶりだ。
「俺は心配しているんだ。」
葛西は食い下がった。真悠に良くない奴だ、と教えたかった。
ともかく、真悠は人が変わっていた。
「あなたには関係ないことだわ。シュウの悪口はよしてっ!焼いてるから言ってんの?」
「焼いているんじゃない!こいつはプレイボーイだぞっ!」
葛西はともかく聞いてほしかったのだ。電話の向こうは露骨にため息が聞こえた。まるで迷惑といわんばかりだ。
「売れたんだから、私は昔の私じゃない。アンタのものじゃない!売れないアンタよりかいいのよ。」
(もうだめだな・・・)
心底そう思えた。芸能界にどっぷりつかっている。聞くわけがない。
「分かったっぺ。俺はお前の前に二度と現れない。」
電話でそう言った。
「……」
真悠は何か言いたげだったが、
「しかし、シュウが・・・」
葛西は言葉をつづけた。
「・・・・シュウが、お前を不幸にした時は許さないっぺ。」
これが葛西と真悠が交わした最後の言葉だった。
現在に戻った。話を聞いて「レポーター」はしばらく沈黙した。この裁判の原告は日比野真悠と、目の前の「ネットカフェ」ということになった。
「それがよう!たった一年でボロボロにされ捨てられちまった。あいつの夢、人生を踏みつけやがった・・・あんな獣ども、放置しろって言うのか?」
男として分かる気がした。自分が愛した女をいいように弄んだ男達、への鉄槌ということだ。
「まあ、気持ちは分かる。しかし、迂闊に踏み込めば真鍋の思い通りになる。幸いにも俺たちは業界の人間として通っている。」
しかし、警察が罠を張っているのだ。条件を最大限に活用し、リスクを最小限にしないといけない。かたき討ちして、捕まっても何の意味がない。
「逆に容疑者にもなるっぺよ。下手に入るとそれだけで通報されちまう。西園寺もシュウも自分の控室に籠っちまった。」
そのネットカフェも、諦め気味になっている。レポーターは考えた。あの真鍋の上を行く方法があるのだろうか・・・。閉じこもって、貝のように隅地を出てこない被告・・・守る警察・・・
目をつぶって考えていた「レポーター」だが、ぱっと眼を開いた。
「死にに、来てもらう・・・」
「レポーター」は、突然、変なことを口走った。「ネットカフェ」も理解できない。
「何?死にに・・・?」
どう言うことなのだ・・・ネットカフェは意味がわからなかった。
マスコミ控室でロケ隊は休憩していた。めぼしいステージの取材が終わり、あとは、出演者の締めの言葉を取材するだけだった。柊だけがいない。
「柊はどうした?」
城島がみんなに聞いた。かれこれ十分ほどいないのだ。そろそろ、最後のインタビューが始まる時間なのだ。城島はいらいらしていた。
「トイレッす。」
と米田が答えた。彼にとって、柊は同僚のようなものなので、割と気楽だった。しかし、城島としてはそうではなかった。インタビュアーの代わりはいないのだ。
「いまからファイナルのインタビュー撮るってのに・・・」
すこし、現場の雰囲気が悪くなった。智美がまずいと思ったのか
「見てきます・・・あ・・・」
城島に言って、探しに出ようとした。その時、柊が帰ってきた。
「あれ?何、怖い顔してんの?」
まるで人ごとだ。のんきな顔で帰ってきた。その場の全員が、睨んでいた。
「エントリーのメンバーのファイナルインタビュー、忘れたの?」
特に睨んでいたのは城島だ。先方にアポを取ってある。
「もちろん、わかってるよ。たしか西園寺企画プロデューサー、『シャウト』、『バンクドール』の順だったね。さあ、行こうか」
柊は平然とファイナルインタビューに向かった。
「行こうか、じゃないでしょ。」
智美は嫌味の一つでも言ってやろうと、噛みついた。
「まあまあ、出発!」
それをさらりとかわして、柊は西園寺の控室に向かった。
西園寺の控室についた。廊下をはさんで、ずらりと同じ部屋が並んでいる。部屋の目に「西園寺様」の紙が貼られていた。建物の入口には2人の警官が立っている。何かあればすぐに駆けつけるようになっていた。この棟の周りは茂みになっている。だが、鉄筋コンクリートの作りで、外は関係ないだろう。
「なるほど。今回の成功はそんなところに工夫があったわけですね・・・。」
「レポーター」はインタビューを始めていた。その周りに、カメラで米ちゃんが撮っている。なんのおかしいところはない。しかし、インタビュー最後になった頃、「レポーター」の目つきが変わった。
「それにしても暑いですね。エアコン効いてんのかな。失礼。」
いかにも暑そうにしていた、「レポーター」が窓を開けた。それをおかしいと思うものはいなかった。
しかし、開けた窓の向こうにネットカフェの姿があった。
「暑いの苦手ですので。」
レポーターは暑そうに言う。少々インタビューが長引いた。
「おほん。時間がそろそろ・・・」
西園寺が催促した。西園寺にしてみれば、このロケ隊とて、殺し屋が紛れ込んでいるかもしれない。
「すみません。お時間ですね。」
「レポーター」は時計を見て言った。
「放送日時が決まりましたら、またご連絡いたします。ありがとうございました。」
城島はロケ隊を引き連れて出て行った。
「くそっ!あのレポーター、ちゃんと、閉めていけよ・・・」
ぶつぶつ、西園寺は窓に近づく。「レポーター」は開けた窓を、そのままにして出て行ったからだ。窓に寄ったところでストラップが飛び、首に巻きつく。あまりの出来事に、おどくが、すぐに、ナイロン線を解こうとする。首にナイロン線が食い込み、声が出ない。人間離れした力で引っ張られ、徐々に窓枠に引っ張られた。
「くっ・・・」
「ネットカフェ」はぐぐっと締め上げる。目には明らかに復讐の怨念が刻まれている。
「あいつの苦しみはこんなもんじゃねぇぞ・・・」
西園寺は窓枠のところで、首だけつった状態で、だらんとした。西園寺はぐったりした。
「ネットカフェ」はストラップを回収した。これで現場に物証は残らない。裁きは終わった。
「『レポーター』頼んだっぺ。」
今回、被告のシュウを裁くのは「レポーター」だ。
シュウは控室の中でガタガタ震えていた。西園寺と違い、シュウは、怯えていた。雑誌などで、仕事人達の分析を読んでいたからだ。それに、いつかは・・・という彼自身、身に覚えがある為だった。
「殺人鬼が来る。殺人鬼が来る。死にたかねぇ。」
脂汗をかいている。無人で暗い部屋が余計に恐怖をあおった。
「あいつも悪いんだ。俺のコネを利用しようと接近するから・・・俺は悪くねェンだ。」
シュウは真悠のせいにしていた。
(アンタはわたしを西園寺に売って、のぼりつめようとしたんだ!)
心に彼女の声の反響が来る。本当の事がばれたとき、彼女は言ったのだ。
時間は、真悠が殺害された日の事だ。
シュウは真悠の家のベッドの上で、電話をかけていた。
「ああ、真悠?おれにべた惚れですよ。なあに、あれがドラッグパーティーで、男たちのおもちゃになっていたって、俺はどうでもいいですよ。俺にとっても、おもちゃですから・・・」
シュウはシャワーを浴びて、バスローブを着てくつろいでいた。西園寺から電話がかかっていた。
「なんて言ったの?」
背後でガシャンとグラスが割れる音がして、シュウは振り向いた。真悠が下着姿で立っていた。
「あんたたち、私をドラッグパーティーに捧げていたの・・・?」
真悠は聞いてしまった。
「だからなんだよ?」
シュウは開き直っていた。
電話口では西園寺が、何があったか、怒鳴っている。
「ひどい・・・今から・・・」
真悠は後ずさりした。
「今から、警察に通報してくる!あんたたちを終わりにしてやるっ!」
真悠はリビングを飛び出し、隣の部屋に行った。鍵をかけた。
「くそっ!そうさせてたまるか!」
シュウは追って行った。部屋に飛びこんだ真悠は急いで、メモに走り書きをした。
扉はガンガンたたかれている。破られるのは時間の問題だ。
「ここを開けろっ!」
事実関係だけ、かけたところで、鍵が壊された。真悠は咄嗟に、荷物の中にメモを押しこんだ。シュウに見つからない、中の小さなインナーポケットだ。
「この野郎っ!」
シュウは真悠に手を出した。
そして・・・
「お前なんかこうしてやる!」
怒りと薬で興奮したシュウは、真悠をコードで吊るした。
そこに西園寺が心配して駆け付けてきた。
「シュウ!シュウはいるかっ?」
シュウの返事はない。バスルームに行った。
中に入ると、肩で息するシュウを見つけた。バスタブにはカーテンが閉まっており、その短いカーテンから、人の足がのぞいていた。西園寺はシュウを素通りし、カーテンを開けた。。
「おまえ・・・なんてことを・・・」
コードで吊らされた真悠は息絶えていた。自殺ではなかった。
「おれ、どうしよう・・・」
興奮が冷め、シュウは青くなっていた。西園寺は冷静に真悠を見つめた。
「このまま自殺したとしておけ。お前はアリバイ作りに、俺の事務所で待てっ!」
「西園寺さんは?」
シュウは不安そうに聞く
「俺は、もっと自殺らしく部屋をあらしておく。それから、業界に真悠が精神的不安定である噂を流す。」
「・・・どうやって・・・」
「俺の知り合いの芸能記者に流すのだ。薬をやっていると・・・」
こうして真悠は、自殺に見せかけられて殺されたのだった。
現実に戻った。その真実は本人たちだけが知っていた。
「ウソだ!俺たちは遊びだろ?」
彼の頭の中では真悠の声が幻聴のように反響していた。
(でも、アンタへの思いは本物だった・・・)
そういう真悠を無残にも手をかけたのだ。
「なのに俺は・・・」
油あせびっしょりのシュウ。そこに尋ねる者があった。
「失礼しまーす!」
「レポーター」だ。そのあとからスタッフがついてくる。そうだった。テレビが来るんだった。ようやくシュウは思い出した。
十分ほどインタビューをした。シュウは努めて冷静になっていた。ただ、目にはクマが出来、もともとつきだすような大きな目が、さらにらんらんと光っていた。
レポーターはインタビューを終えた。
「よかったですよ。それでは収録を終わりましょう。」
城島も最後のあいさつのような言葉で締めた。
「放送を楽しみにしていてください。では。」
シュウも少しほっとした。これで俺を構う者はいなくなる。これで、殺されることはない。
「ああ、そうそう、言い忘れていました。」
「レポーター」は、帰りがけの足を止めた。何気なかった。
「なあに?番組以外の取材はダメだよ。」
智美は怪しいので、釘を刺した。
「ああ、分かっているって。ちょっとだけ。」
大丈夫だから、と智美に「レポーター」は言った。
「?」
シュウは意味がわからない。テレビ局の「レポーター」に用があるわけないし、柊の本業なら何か情報があるのだろうが、このピンチ以外思いつかない。
「レポーター」はシュウに近づき耳打した。見る見るうちに顔色が青くなった。しかし、暗いし、帰りがけだったので、ロケ隊で気付いた者はいなかった。
「……」
シュウの表情から血の気が引く
「じゃ、よろしくっす。」
「レポーター」は明るい顔色で言った。シュウの表情とは正反対だ。
皆が出て行ったあと、呆然としていたシュウだった。
はっと気づいたように我をとり戻した。こうしてはいられない。すぐに奪い戻さないといけないっ!すぐに「レポーター」を追い掛けた。
廊下にでると、すでに引き払ったようで、ロケ隊はいない。
「くそっ、アイツ、そんなものを残してやがったのかっ!」
と言って「レポーター」の後を追う。控室入口の警官の場所まで追いかける。
警官は一目見て、すぐに視線を戻した。
そこに「ネットカフェ」がいた。
「こいつ、『バンクドール』のドラムだ・・・」
シュウは、誰でもいいから、さっきのレポーターの居所を知らないか尋ねた。
驚いたのは、「ネットカフェ」の方だ。既に裁きが終わっていると思っていたのだ。元気にピンピンしているシュウを見て驚くのも無理はない。
(なんだっぺ?「レポーター」はまだ裁いてねぇのかよ。「レポーター」っ!)
レポーターはしくじったかと思った。
「お、おまえは『バンクドール』のドラムだったな?マスコミ連中はどこいった?」
「はぁ?知るわけねぇよ!自分で探せよ!」
「ちくしょうっ!」
しかし、何かを「レポーター」が仕掛けている事は間違いなかった。
(「レポーター」はどう裁きをするんだっぺよ?警官がうようよしてるべ。)
警察と目が会った。
(それにフェスタが終了すればタイムアップだべ。)
近くの時計を見た。午後十時を回っている。
(フェスタは午後十一時終了だっぺ。しくじったのか?)
「ネットカフェは」だんだん不安になって行った。
「くそっ!柊って芸能レポーターだったよな。もしあれが公表されれば俺だけじゃなく・・・」
しかし、その柊の姿はない。やりてのレポーターだ。一気にこのことを公表され、俺たちは終わってしまうかもしれない。シュウは不安でいっぱいだった。
ウロウロして見つからず、あきらめて帰ることにした。
「仕方ねぇ・・・戻るか・・・明日、奴の事務所に行こう・・・」
シュウは控室に戻った。
「シュウ様、ここだ。」
シュウは自分の控室に戻った。
「あんなもの知られたら、まずいんだよ!」
シュウは叫ぶ。虚空は答えない。ところが
「やはり、負い目があるってわけか・・・薬物乱交パーティーの現場の写真はまずいよな。それがしかも真悠が流出させたとあっては、どんな写真かも想像できない。彼女は薬におぼれ、好きなように性を支配したってんだから。そこにはお前だけでなく、主催者の西園寺も姿もあった。」
シュウは恐怖に支配された。誰だ・・・部屋にいるのか?誰だ・・・
「こんなの流出したら・・・ただじゃ済まないよな。バッシング・・・それとも警察沙汰か・・・」
声の主は暗闇から現れた。「レポーター」だ。
「なんだ、柊!人の部屋に、勝手に入ってくるなよ!警官呼ぶぞっ!」
精いっぱいの虚勢を張った。しかし、その声は震えて、小さかった。暗殺者の言葉が、かすかにシュウの脳裏をよぎった。まさか・・・
「おまえさあ、ちゃんと確認した?」
「レポーター」は続ける。じりじりと間合いを詰めている。
「なにが・・・?」
「ここは本当に、お前の部屋なのか?」
シュウはきょろきょろと見まわす。そんな、部屋を間違えるはずはない。部屋の前の張り紙をしっかり見たのだ。動揺は収まらず、助けを呼ぶことを忘れてしまっていた。
「俺は自分の部屋と確認して入ったんだ・・・でも、なんか違う。」
シュウの言う通り、部屋の配置が違っている。
「たぶん確認したんだろうな。『シュウ様』って張り紙を。」
「レポーター」は目の前にいた。
「お前まさか・・・」
シュウの口を塞いだ。
「控室などたくさん同じような部屋が並んでいるんだ。一つ、張り紙を変えれば、全然わかりゃしない。そうだよ。張り紙を入れ替えた。」
マイクからナイフが出てきた。「レポーター」は、マイクの刃物をかざした。シュウは抵抗したが、手慣れた「レポーター」に押さえこまれていた。
「お前が殺人鬼か?」
必死にそれだけ言った。
「安心しな。写真は写真でも、真悠の持ってきた写真は、お前とツーショットの幸せそうな写真だったよ。そんな彼女をお前は!」
「レポーター」はシュウの心臓を突き刺した。
うぐっ。
「レポーター」は手を放した。ぐらっとシュウは倒れた。
「……裏切った俺に・・・なんでだよ・・・」
ついに、シュウは絶命した。「レポーター」はばっとマイクの血糊を振り払った。
「明日の番組はお前の特集だ。お前のやった事があばかれるぜ・・・」
「レポーター」は静かにその場を去って行った。
真鍋の前に警官が報告に来た。真鍋は控室の建物の脇に立っていたのだ。中の異常に気付かなかった。
「ターゲット、二名、『ケルベロス』に襲われ心肺停止。」
真鍋は青くなった。やられた!もし、部屋の中に警官を配置していれば、防げれただろうに。
「何ですって?控室で?封鎖しなさいっ!」
自分が立っていたのだ。部外者が出入りできるはずがない。中に出入りしていたのは、極東テレビのクルーだけだ。そんな彼らが凶行出来るわけがない。おそらく、控室の区画にいる出演者の中に犯人がいるのだろう。
「既に封鎖をしてあります。」
警官は報告した。その警官に鈴木が
「容疑者は?」
と聞いた。
「目撃者なし、不審者なしです。」
分かっていた返事だが、いつも仕事人に完ぺきな仕事をされてしまう。
「やられたっ!」
真鍋は天を見上げた。
「シュウの方は刺殺です・・・現場が隣の部屋で・・・西園寺は自室で絞殺されていました。」
警官はさらに犯行を報告した。
「現場検証しますが・・・手掛かりは難しいかも。」
なかなか物証を残さないのだ。鈴木も心もとなく言った。
「なぜ、隣の部屋に行ったのよ?命を狙われてるって言うのに!」
真鍋は、シュウがだまされたとは知らないので、シュウの行動に疑念を持った。
「さあ、顔見知りの犯行かも」
鈴木は誰かに呼び出された可能性を言った。これは、被害者と、犯人しか知り得ないことだ・・・
「なんてことっ!ともかく、現場に向かいます!」
真鍋はすぐに現場へと向かった。
その現場の横を、極東テレビのクルーが通り過ぎようとしていた。
「警察があわただしいぞ!何かあったのか?」
城島が気付いた。つっ立っていた警官が、ばたばたと走り回っているのだ。
「そういや、警察は誰かを警護しているとかで・・・」
柊は言った。
「撤収は中止だ!警察へ取材を行う!」
事件の発生に緊張感に包まれたロケ隊だった。
その日のニュースは、人気ヴォーカル殺害事件で列島は染まった。シャウトのシュウが警察の警護の元、殺害されたのだ。警察の失態でもある。
「本日起きました、後楽園ネバーランドのミュージシャン連続殺人事件には、当番組柊レポーターが行ってます。柊さん。現場はどうですが?」
中継と言うことで、玖珠が呼び掛けて、柊が受けた。柊は、規制線の張られた場所の外から中継していた。警察官があわただしく出入りする。
「現場は一時騒然としましたが、現在は落ち着いてます。現代における仕事人による、犯行でした。警察が犯行を事前につかんでいながら、厳戒態勢の中の犯行でした。しかも、2名の尊い命が奪われました。」
目の前にはカメラの米ちゃんがいる。その後ろに智美、城島、ヤスオがいた。中継の赤ランプはついている。
「この犯行グループについて、必ず聞かなければならないんですが、犯行の背景は?」
玖珠は詳細を聞く。あけみの声は、ヘッドフォンに直接飛び込んでくる。
「警察発表によりますと、先日、自殺した日比野真悠さんの遺言のようです。シュウさん,西園寺さんとのトラブルから事件に発展したという事です。シュウさん,西園寺については薬物疑惑があるようです。」
柊は警察の情報を告げた。柊はこれで中継が終わるかと思った。
「それから、直前に彼らにインタビューをしていたという事ですが、柊さんは大丈夫だったのですか?」
いつもとは違う質問が来た。
(ん?予定にねえぞ。あけみ・・・)
声しかないのであけみの顔は見えない。しかし、声に切実なものが感じられた。
「ロケ班全員無事です。わたしは凶悪犯との接触はありません。事件の早期解決を望みます。」
もちろん、中継中の個人の感情はNGだ。あけみはあくまで平静を装っている。しかし、危険な現場に行く恋人を思う気持ちがあった。中継に入る前、突然聞かされたのだ。城島班が、事件現場に遭遇したらしいと。胸を締め付ける気がした。
「以上現場からでした。」
いつのまにか、柊が中継を終わらせていた。
あけみは一呼吸置いて、続けた。
「くれぐれも安全に気をつけて取材続けてください。」
おきまりの台詞なのだが、今回は本気に思えるあけみだった。
(柊君・・・無事だったんだ・・・)
中継を終え、中継のランプが消えた。これで、放送に乗っている事はない。緊張が解けた瞬間だ。
(すまん・・・あけみ)
柊には別の大きな秘密がある。決して消えない罪、そして、隠すためウソをつき続ける。
(おれはお前に言えない大きな罪を背負っている・・・)
夏の夜風は生温かい。東京のネオンの光で掻き消された夜空を見上げた。
「星はそこに存在しているが、ネオンの光に掻き消されている。真実の光は、今は見えない・・・」
ぼそっと呟いた。そんなさみしそうな姿を智美が見ていた。
「柊君、いっつも中継のあと、そんな顔してるね。」
わりとクールなキャラで影がある人物だが、違和感のある表情をするのが気になっていた。大きな秘密でも背負っているかのようだ。
「そうか?」
柊はごまかした。
「わかった。玖珠さんとよりを戻そうって、思っているんだ?」
智美はとんちんかんだ。その方がいい。
「馬鹿言うな、智美。そんな事有るわけないだろう!ほら、撤収!・・・」
柊は智美を押しやりながら、その場を去った。
(あってはいけない。あけみを泣かせるわけには・・・)
心の底では、この結末をいつも不安に思っていた。
(いったい、どうなっていくのだろう。答えがわからない)
「ネットカフェ」は、フェスタが終わり、自分の家に戻っていた。かれはシェアハウスにいた。彼は転々と住所を変え、フリーター生活をしていたのだ。
わりと人の多い場所で、カーテン一枚で、男女が寝起きしている。
そんなにぎやかな寝床にいるが、彼の頭だけは虚空に染まっていた。
「ネットカフェ」は真悠と二人だけの時間を過ごしていた。
「おれっち、お前に見合う男だったらな。お前を死なせずに済んだかも・・・」
虚空に向かって呟いている。
(柄じゃないね・・・そんな器なの?)
真悠は幻想の姿だ。
「お前を失ってわかったよ。弱い奴じゃ、だめだっぺ。」
(わたしもアンタの言う事を聞いてたら、こんな悲劇起こらなかったかも・・・)
この会話はネットカフェの幻想か・・・それとも・・・
「真悠・・・」
(ゴメンネ。わたしの為に手を汚して・・・)
「俺はお前の為になったのかな・・・」
ネットカフェはそれが一番知りたかった。
(……)
真悠はただほほ笑むだけだ。そして最後に一言だけ言った。
「さようなら」
それ以降、真悠の姿を見ることが出来なくなった、「ネットカフェ」だった。
説明 | ||
HP[ふじさんの漫画研究所」http://book.geocities.jp/hujisam88/index.html 企画として表裏一体小説です。同じ設定、同じ登場人物を2作品で正反対の役目で展開します。特に共通ストーリーで、比較できるようになっています。最初の導入部、「ブラック」では1から4ページ、「ホワイト」では3から6ページがほぼコピーの同じ文章です。これは比較するために、わざとそうしています。この「ブラックコート」では主人公は仕事人(暗殺者)で人の恨みを晴らします。「ホワイト」では正反対に仕事人を追及する探偵役です。今回、サンプルとして、共通ストーリーの一部を公開します。ミステリーで読み比べが出来る企画です。 |
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