天馬†行空 三十二話目 見えない釘
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「夕、行くの?」

 

 濃い紫色の髪を頬の辺りで切りそろえた鎧姿の少女、その淡い紫色の瞳を見返しながら夕はコクリと頷いた。

 

「そっか。じゃあちょっとの間、お別れだね」

 

「うん――すぐに皆と帰ってくるから」

 

(皆……か。ふふっ、本当に良い友人が出来たんだね、夕)

 

 自分の瞳を真っ直ぐに見返してきっぱりと返事をした夕を見て、鎧姿の少女――孟達――は微笑を浮かべる。

 夕もそうだが、孟達もまた李権に拾われ、武術と学問を授けられていた。

 その李権が劉焉に処刑されてからしばらくの二人……特に夕は酷い有様であり。

 

(――劉焉を討つ。もし、その目標が無かったら、夕はいつ自殺してもおかしくなかった)

 

 世間に対し斜に構えていた自分とは違い、繊細で心優しい親友の為、孟達は夕を支え続けたのだ。

 ――己の裡にもある、恩人を失った悲しみを押し殺して。

 その夕が一人で雲南へと向かうと言った時、孟達は自分も共に行こうとした。

 既に孟達は劉焉の下に潜り込んでいて、迂闊に動けば自分の身も危ういと理解している。

 けれど、そんなことより一人で未開の地へ向かう夕のことが心配だったのだ。

 無理やりにでも着いて行くつもりだったその申し出は、夕に断られる。

 せっかく敵の懐に潜り込めた好機を潰してはいけない、自分は大丈夫だから、と。

 申し出から二日後、雲南へと向かう友人の小さな背中が見えなくなるまで孟達は祈り続けていた。

 

 どうか、友の進む先に幸あらんことを、と。

 

 その後、成都にて、劉焉の親族で側近でもある?義に取り入る工作を始めていた孟達は雲南攻略失敗の報を聞き、内心喝采を上げた。

 加えて、それからひと月と経たずに帰って来た夕が目に見えて生き生きとした様子に変わっていたことに驚くと同時に喜んだ。

 

「解った。待ってるよ、夕」

 

 もう心配は要らない。

 僅かな寂寥感を覚えながらも、孟達は旅立つ夕に笑顔を見せた。

 後日、夕が連れて来る『友人』の多さと、有名さに孟達は驚く事になるのだが……それはまた別の話である。

 

 

 

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 一刀達が南に赴いている間にも、荊南四郡の内政は着々と進んでいる。

 民も当初は天の御遣いが居たからこその治世と考えていたが、月達がまめに巡察を繰り返し皆の前に姿を見せる事で、董卓もまた名君であると周知されていった。

 今や反董卓連合軍での悪評は完全に消え失せ、董卓とその臣下は荊州の民(劉表が治める荊北にさえも)に好意を持って受け入れられている。

 

「みなさん、ご苦労様です。では、遅くなりましたが軍議を始めます」

 

 武陵の城、その広間には城の主の董卓が玉座に座り、賈駆や呂布などの主だった将が下座に控えていた。

 また、一刀の推挙を受けた潘濬、水軍の調練の為に桂陽から出向している((鮑隆|ほうりゅう))、((陳応|ちんおう))、零陵太守劉度の娘の((劉賢|りゅうけん))とお共の((刑道栄|けいどうえい))などの士がそれに続いている。

 開会を宣言する月の言葉に続き、詠が書簡を広げ月季、ねねと順に視線を移した。

 それに頷き、先ず荀攸が一歩進んで口を開く。

 

「荀公達より領内の情勢について報告致します。先に劉景升が我が領内にて流したと疑わしきかの風説ですが、民への影響はごく薄いもので特に憂いとは成り得ないかと思われます。また、長沙にて噂を流したと思わしき不審な輩を捕縛しました……じきに首謀者の名を自白させられるかと」

 

 困ったような表情は変わらないものの、月季は何と言うことも無いように報告を終え、手にした竹簡を詠に渡した。

 竹簡には一刀達が南へ発つのと時を同じくして荊南に流れた董卓と御遣いに対する根も葉もない悪評と、それに対する領内の民の反応などが纏められている。

 劉協の不興を買った上交州への道どころか自分の領地と成る筈だった荊南郡まで奪われた(と思っている)劉表は、月達が荊南に入った当初は事態を静観していた。

 おそらく田舎太守上がりの董卓と、突然出て来た天の御遣いの力量を極めて低く見積もっていたのだろう。

 だが、僅か一月足らずで己が治める荊北に迫る程の発展を遂げさせたこちらに驚き、焦燥や嫉妬から反董卓連合で流れた時の悪評を利用しようとした、と詠や稟たち軍師勢は読んだ(彼女達は知らぬ事だが、その推測は的中しており、またこの時点で劉表は朝廷に断り無く交州の州牧を定めようとしたとして逆賊扱いとなっている)。

 交州に呉巨を放ち、治安をかき乱した後に自身が介入して交州をそっくり自分の領地としようとしたように。

 悪評で混乱した荊南を自分が介入する事で統治――あわよくばこちらの戦力もそっくり頂こうとしていたに違いないのだ。

 

「では陳公台が報告しますぞ! 寿春の袁術は徐州の劉備を目標とするようで、こちらに進攻する気配は無いようですな。また、袁術の客将の孫策は汝南を上手く治めておるようですぞ」

 

「ちょっと待って……ねね、呉や((秣陵|まつりょう))の豪族に動きは?」

 

 報告を終えて一歩下がる荀攸に会釈して、ねねが精一杯胸を張りながら報告書を読み上げる。

 そこに詠が眼鏡の奥の瞳を光らせながら質問を挟んだ。

 

「ふふん、当然そちらも諜報済みですぞ!」

 

「流石はねね殿。して、江東の豪族――いや、孫策に連なる者共の動きは如何に?」

 

「豪族共は袁術に対して、黄巾の残党や山越に備えると称して私兵を増強しているようですな。どう見ても反乱の為の兵集めですが、袁術はバカだから気付いていないようですぞ」

 

 詠の質問にふんぞり返るねねを徐晃が促すと、得意そうな顔をしたねねが人差し指を立てて解説した。

 

「袁術が劉備を攻める時に孫策が後ろからどつく、ちゅーこっちゃな」

 

「むう……」

 

 霞が情報から導かれる先を簡潔にまとめ、華雄は腕組みしながら唸る。

 

「私で最後ね。賈文和、荊北について報告するわ。さっき月季が報告したけど、ここ最近の騒ぎ――って程のものじゃないけど……原因は劉表よ。向こうも軍備は整えてるみたいだけど、どちらかと言えば袁術に攻められるんじゃないかと考えて((江夏|こうか))に兵を集めているようね」

 

「一刀さんが帰って来て、私達が士燮さん達と同盟を結んだ事が伝われば劉表さんは((江陵|こうりょう))の防備も固めるでしょう」

 

「可能性は低いですが、或いは向こうから攻め……いや、まわりくどい劉表のこと、交州に呉巨を差し向けたのと同様のやり口でくるかもしれませんが」

 

 詠の報告に月はすっと目を細めて呟き、月季が眉間に指を当てて意見を述べた。

 

「……やはり、荊州にも相応の戦力を残さなければいけませんね」

 

「うん、私も月に賛成。劉表と袁術が同時に攻めてくる可能性は低いけれど……万が一の為に戦力は多めに残すべきだと思う」

 

「益州へは一刀殿達が行かれる……なれば軍師は風殿と稟殿がいるので我々は残るべきでしょう」

 

「だとすれば益州攻めには武官を何名かですな」

 

 月と彼女のブレーン達が方針を一つ決めると、

 

「よっしゃ! ならウチは益州の方にするで!」

 

 待っていたとばかりに霞が挙手する。

 

「ん、霞なら心配ないわね……だけど、あともう一人か二人は欲しいかしら」

 

「ならば私が行こう。いつ来るか判らん奴等を座して待つより、戦う相手が定まっている方が良い」

 

 真っ先に立候補した霞に頷く詠を見て、華雄もまた一歩進み出た。

 

「決まりね」

 

 挙手した華雄を見て、詠が満足そうに大きく頷く。

 

「霞さん、華雄さん、お願いします。恋さん、香円さんは軍備を整えいつでも出られる準備を。場合によっては劉表とも事を構えます」

 

 配置が決まり、月の決定で軍議は閉会した。

 

 

 

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 ――洛陽にて。

 

「以上、荊南の董卓殿の様子に御座います」

 

「ご苦労。胡車児、下がって休むが良い」

 

「御意」

 

 音も無く執務室を後にする凄腕の密偵に舌を巻きながら、司馬仲達は胡車児から語られた南の様子を反芻する。

 それと併せ、反董卓連合についても考察していた司馬懿に劉協が目を向けた。

 

「仲達、話は聞いていたな? では、お前の所見を述べてみよ」

 

「はっ! では、遡って連合が組まれていた際の考察も含めて宜しいでしょうか?」

 

「かまわぬ」

 

 仲達に背を向けながら、劉協は臣下の提案を許可する。

 

「では現状の確認をば。北は馬寿成殿と当方、東は董仲穎殿と御遣い様、南は劉君郎が攻め取れなかった南蛮の影響力が強い地。んー……劉焉を半ば包囲した形になってますね」

 

「うむ」

 

「反董卓連合では、董卓殿が都に入られてすぐに悪評が流布された事実がひっかかっていました。袁本初や曹孟徳が流したにしても早すぎる気がしましたから」

 

 背中を向けたままの劉協に促された仲達は僅かな逡巡も見せずに言葉を継ぐ。

 

「これは別の勢力が関わっているのだと思いましたね。――それが劉焉だと気付けたのは馬騰殿が天水を取った時でしたが」

 

「他の候補は?」

 

「劉景升ですが……こちらの可能性は低いと考えていました。なにせ中央よりも南が欲しかったようですから」

 

 交州、交趾郡のことです、と仲達は締めくくる。

 

「ほぼ正解だ。流石は朕の見込んだ知恵者よな」

 

 振り返って満足そうに頷く主君が発した「ほぼ」という部分が気になって、司馬懿は僅かに眉根を寄せた。

 

「全てを((識|し))ることまでは望まずとも良い。――だが、そなたの疑問には答えよう。劉焉は『半ば包囲されている』のではなく『完全に包囲されている』のだよ」

 

 その仲達の表情を見止めた劉協は、微かな笑みを浮かべながら答えを返す。

 

「南は一刀さ――コホン、天の御遣いの盟友だ。士燮らと強固な繋がりがあると聞く」

 

「――! 成る程、御遣い様が南へと向かわれたのはそういった背景もおありでしたか」

 

 御遣いは南の地に降りてきたのか、と司馬懿は得心がいった風に頷いた。

 

「ですが陛下、劉焉……今は劉璋が代替わりしておりますが、漢中の張魯とはまずまずの関係と聞きます。最悪、網の隙間から逃がれる可能性があるかと」

 

「その懸念は尤もだ――が、仲達よ。朕が先に言った言葉を忘れたか?」

 

「――陛下、只今戻りまして御座いまス」

 

 包囲は完全、劉協が司馬懿にそう言葉を返すのを見計らったように執務室の戸口から声が掛かる。

 入れ、と劉協が促すと夕闇を思わせる沈んだ赤色の髪と瞳を持った少女が綺麗な姿勢で一礼し、一通の書簡を手に部屋に入ってきた。

 入室して来た少女を司馬懿は見知っている。

 朝服姿のこの少女、姓を((董|とう))、名を((昭|しょう))、字を((公仁|こうじん))と言う。

 司馬懿と同時期に朝廷に仕え始めた人物で、以前は袁紹に仕えていたが讒言を受けて処罰され掛けたので出奔し洛陽に来た。

 そして司馬懿と同様に『試験』を受け、正式に漢に仕える事となったのである。

 

「ご苦労。して、首尾は?」

 

「はっ! 張魯は以後、猿の逃げ道を閉ざスとのこと」

 

(――そうか、『試験』募集の布令の中に有ったあの一文に――!)

 

 董昭の報告を受けて薄く笑みを浮かべる劉協を見て、司馬懿は主君が巡らせた策を看破した。

 曰く、『宮中で働く文官、武官を公募する。儒教に通じている者のみならず、一芸に秀でている者であれば何者であれ、試験に応募する資格あり。なお、採用を担当する者には朕も含まれるものなり』の文。

 

(”儒教に通じている者のみならず”これは試験に訪れる人材にのみ向けられたものでは無い! 陛下は五斗米道を公に認め、その人材すらも都で働くを良しと言っているのだ――!)

 

 董昭の報告、それは五斗米道を帝が公認したという事。

 つまり、あの布告は。

 

(人材の登用というだけでなく、益州に対する策でもあったのか――! い、いや待て。違う……違う! それだけではない! あの布告の真意は――)

 

 口元を覆いながら目まぐるしく思考を巡らせていた仲達が、ふと顔を上げると――

 

 

 

 

 

「――くす、くすくすくすくす」

 

 

 

 

 

(――――ッ!!?)

 

 ――劉伯和が、笑っていた。

 

 ――まるで、童が遊んでいる時に浮かべるような屈託の無い笑みを。

 ――彼女が、見掛け通りの子供ならば十人中十人がそう思うような笑みを。

 

 だが、司馬仲達は既に理解してしまっていた。

 

 ――いや、たった今、ようやく理解したのだ。

 

 目の前にいる少女が、見掛け通りの存在では無いことに。

 何十年と研鑽を重ねた老獪な策士の如き顔を隠していた事に。

 

「董昭。良くやってくれた、下がって休むと良い」

 

「はっ! 有り難きお言葉!」

 

 司馬懿が愕然としている内に、董昭は主君に深く一礼すると部屋を出て行く。

 そして、劉協は鈴を鳴らして侍女を呼ぶと、

 

「((士季|しき))をこれへ」

 

 と、命じた。

 程無く、濃い藍色の髪を腰まで伸ばした緑青色の瞳の少女が入室して来る。

 この少女、劉協の命で長安の太守をしている((鍾?|しょうよう))の娘で姓名を((鍾会|しょうかい))、字を士季という。

 反董卓連合後、混乱していた長安を早期に纏めた母親と同様、この少女もまた劉協によって才を見出された逸材である。

 

「お召しにより鍾士季、参上しました」

 

「ご苦労。早速ではあるがこの書簡を携え西涼の韓遂への使者となれ」

 

「御意に」

 

 打てば響く受け答えの後、鍾会は書簡を手に踵を返す。

 鍾会が退室する際に立てた僅かな音で、思考停止していた司馬懿はようやく我を取り戻した。

 

「仲達。今士季に持たせたのが、劉焉を完全に封殺する最後の一手よ」

 

 そんな仲達の様子を知ってか知らずか、劉協はどこか弾んだ声でそう告げる。

 

「くすくす、見えていた筈の逃げ道が目の前で塞がれる絶望――――劉焉には是非とも味わって貰わなくてはな」

 

 変わらぬ声色のままで続けられたその言葉に、司馬仲達は全身の毛が逆立つような感覚を味わった。

 

(――詰み、だ。劉焉、劉璋、劉表、袁紹……この御方は、そんな小人など問題としていない――!)

 

 総身を駆け巡る感覚に戦慄きながらも、司馬懿の脳は冷静に一つの答えを導き出す。

 

(曹操よ――乱世は既に終わったのかもしれんぞ?)

 

 己が主と見定めた、目の前に立つ少女の姿をした怪物を見つめながら。

 

 

 

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 ――陳留の城。

 

「……やられたわね」

 

 静謐な空気が漂う早朝の執務室で華琳は竹簡を手に、独りごちた。

 そのまま机に両肘をつき、重ねた手の甲に額を乗せる。

 その手から竹簡がカタリ、と音を立てて机に落ちた。

 綴じ紐が解け、広がった竹簡に記されていたのは洛陽で帝が発した人材登用に関する布令。

 そして、それに応じて都に集まった士の名前が書かれている。

 司馬仲達、董公仁、鍾((元常|げんじょう))、鍾士季、((杜元凱|とげんがい))――他にも名を挙げればきりが無い程の士人が新帝に仕えていると言う。

 

(よもやこれほどまでに漢の求心力が増していたとは――)

 

 常よりも力の無い声で呟く華琳の脳裏には、幼い帝と捉えどころの無い少年の姿が浮かんでいた。

 

 ひと月。

 それはあの少年が言った期間の半分。

 だが、たったそれだけの間に天下の情勢は大きく変化した。

 天の御遣いが幼い帝を救った話は瞬く間に四海を駆け巡り、漢王朝の健在を知らしめる。

 民は初め、暴政の限りを尽くした漢王朝が復活したのかと恐れ戦いていたが、続いてもたらされた話に胸を撫で下ろした。

 汚職官吏の一掃、悪漢達の時代に謂われ無き罪を被った者達はその名誉の回復、更に新帝は以前の帝たちが贅を凝らして建立した宮殿などを解体、それで得た金を都や貧困にあえぐ土地へと分配したと言う。

 都は新帝の布令で集った新たな人材だけでなく、都に住まう住民達の協力も有り、恐るべき早さで治安の回復がなされた。

 今は官民が相互に協力しながら新たな街づくりの体制を模索しているらしい。

 これだけの事が僅かひと月で為された出来事である。

 人材登用を訴える布令は布告された当初に華琳も目を通してはいたが、よもやこれだけの反響があるとは考えていなかった。

 儒教を否定したとも取れる内容、皇帝自らが登用試験に関わるとした文――いずれも、正気の沙汰とは思えない。

 

 ――そう、古き価値観に囚われる者達にとっては。

 

 実際、帝が発した布令に乗らず、都から地方(特に袁家や、儒者を優遇する劉表)へと下って仕官を求める者は華琳の目から見れば腐れ儒者ばかりだった。

 儒教こそが至高と考え、疑いを持たない者達。

 官位を追われた清流派の俗物ども。

 そういった輩が高々と王朝への不満を吐き捨てながら、自分の所へ仕官を求めてくるのは耐え難い屈辱だった。

 勿論、彼等自身の卑小さにも腹は立つ。

 だが、それ以上に華琳を怒らせたのは自分が袁紹や劉表らと同種の人間と見られたという事実。

 ふざけるな、と思う。

 自身が歩む道と相反する者達に((集|たか))られるなど到底我慢ならない。

 

 ――道。

 華琳がこれと定めた道――今、その道の先を駆けて行く者達がいる。

 

 溜息を一つ。気だるげに、机に視線を落とした先にはもう一つの竹簡。

 そこには天の御遣い、北郷一刀の調査結果が記されている。

 張三姉妹からもたらされた情報で、かの少年は南も南、大陸最南端の交州から旅を始めていた。

 北郷一刀の師であり、かつての交趾太守、現交州牧の士燮。

 彼女は、自分に対し崇拝にも似た忠節を示す桂花が賞賛する数少ない人物。

 数多くの士と交友を持ち、また深い学識の持ち主で左氏伝の優れた注釈をつけている事でも知られていた。

 その一方、南の異民族からの信頼が厚く、先だっての呉巨の乱では素早い兵の運用と一部の山越の協力で首謀者を討ち取っている。

 南より動かず、天下(天下イコール中原と華琳は考えていた)へと打って出る気概のない人物と思っていたが……。

 張三姉妹が見た交趾の様子、祭りに見せかけた軍事演習。

 彼女達の口から詳細に語られた中にあったのは、中原を、いやこの自分にすら匹敵する統治の手腕と謀略の才。

 弟子である北郷の才もまた、侮れないものだと思っていた矢先に届いたのは荊南四郡の情報だ。

 こちらもまた、都同様に驚くべき早さで統治が為されたと言う。

 当然、人材の確保もまた都に負けないものだった。

 竹簡に記された士の名を目で追い、華琳は羨望の吐息を漏らす。

 

 ――道。

 道の先を駆けるのは華琳の脳内を占める二人の人物。

 

『これから先、曹操さんはどうするのかな? 北? 南? ……それとも、西?』

『もし、そのどちらでもないなら……しばらくは領地でのんびりしてると良いかも』

 

 あの時の言葉に素直に従った訳ではない。

 水関での奇襲、虎牢関での張遼との戦闘――軍の損耗もバカにならなかったのだ。

 軍備を整える為とは言え結果的に、あの言葉の通りにした。

 ――どうなるか、興味もあった。

 

「これが、答え……か」

 

 死に体の龍は、天からの光を受けて完全に蘇ろうとしている。

 そして、その龍が泳ぐ空は自分が思い描いた空と同じだ。

 

「――ならば、私の取る道は」

 

 呟き、部屋の窓から空を見る。

 空と同じ色を宿す華琳の瞳には先程までと違い、静かな決意の光を湛えていた。

 

 

 

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 荊南へと帰る道すがら、風はふと少年に尋ねる。

「お兄さん、劉璋と劉焉を討って益州を治めた後はどうするつもりですか?」と。

 その質問に、少年は静かに微笑みながら「その次は……乱世を終わらせる、かな」と答えた。

 少年の答えを聞き、稟が続けて尋ねる。

「では一刀殿、貴殿が乱世を終わらせる上で最大の敵と考えるのは何ですか?」と。

 それに対し、少年はこう答えた。

「今考えている段階では二つある、と思う。一つ目の見えない敵なら陛下が打倒する。もう一つは洛陽を出る前に釘を一本、刺しておいたよ」と。

 少年は言葉を継ぐ。

 

「見えない敵の方が厄介なんだけど……そいつを倒す為にも、劉焉や劉表には勝たないとね」

 

 そう言って、北郷一刀は心からの笑みを二人に見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 余話 その一

 

「その……一刀?」

 

「…………」

 

 一刀達の問答の間、一言も喋らなかった星がおずおずと一刀に声を掛ける……が、一刀は我関せずといった態度で星の呼びかけを聞き流す。

 

「ぅ……そ、その……私が悪かった! だから口を利いてくれ一刀! 頼む! このままでは生殺しだ!」

 

「……はぁ…………反省した? 星」

 

「反省した反省した!」

 

「もうお店やお客さん達に迷惑を掛けない?」

 

「掛けない掛けない!!」

 

「じゃあ許してあげる。……今後は本当に勘弁してよ?」

 

「あ、ああ!!」

 

 彼女にしては珍しく、しおらしい態度で一刀のやや後ろを付いて歩いていた星は、一刀が溜息を吐きつつ彼女に振り返るとぱあっと表情を輝かせてぶんぶんと首を縦に振った。

 

 

 

 

 

「反省しましたかねい? あ・る・じ・ど・の?」

 

「や…………申し開きのしようもございません」

 

「次、同じ事をしたら金輪際ご飯は作りませんからねい」

 

「やや!? そ、それだけはご勘弁を! 神様天子様令狸様っ!」

 

 同じ頃、永昌でも似たような遣り取りが行われていたことを一刀は知りようも無い……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 余話 その二

 

「誰だ?」って聞きたそうな((表情|かお))をしておられるので自己紹介させてもらいますが、わたしは[お猫様好き]の[周幼平]!

 今日は雲南の街から皆さんにご挨拶させて頂きます!

 私は冥琳様より特命を受け、天の御遣い様が立ち寄った地の諜報に当たっているのですが……。

 今まさに、任務を遂行する上で最大の障害に阻まれているのです!

 それはッ!

 

「にゃあ?」「ぅにゃあ〜」「なぁ〜お」「んにゃー」「なぉ?」「にゃー」

 

 ぷっ!!!(鼻血を吹いた音)

 

 ――――くっ! な、なんのこれしき! この程度の障害でわたし、

 

 「にゃ?」(ごろりと転がった子猫が小首を傾げて明命を見上げる)

 

 ぶふうっ!!?(噴水の如き鼻血)

 

 も、申し訳ありません冥琳様! 周幼平は任務を完遂する事出来ませんでしたっ!

 

「お猫様ぁ〜! はうぁ〜……モフモフモフモフ」(日が暮れるまで猫と戯れていた凄腕の密偵の図)

 

「にゃんこモフモフなでなで」(その横で猫をモフっていた謎の人物)

 

 ――そして時は飛ぶように過ぎて日没間近。

 

 ――はっ!? な、なにやら波長の合う方と一緒になってお猫様をモフモフしていた気がするのです!

 くっ! 間合いの内にまで見知らぬ者の接近を許すとは――周幼平、一生の不覚です!

 ……今回は雲南の諜報に失敗しましたが、次こそは必ず成功させます!

 あと、私の間合いに潜り込んで来た謎の人物についても調べてみせます!

 

 

 

 

 

 ――以上、雲南の諜報に当たった周泰の報告書より抜粋。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――その後。

 

「…………幼平に任せたのは失敗だったか……」

 

 汝南の城中庭にある東屋で、報告書を呼んで頭を抱える褐色の肌の眼鏡美女の姿があったとかなかったとか……。

 

 

 

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 あとがき

 

 お待たせしました。天馬†行空 三十二話目の投稿です。

 状況確認回になってしまいましたね…………なかなか戦に入れません。

 今回は、一刀が華琳に言っていた『ふた月』に関しての一部を書きました。

 

 原作恋姫と違い影響力を失わなかった漢王朝。

 曹操が目指していた人材登用の形を劉協が先取りした事。

 儒教の権威を殺ぐ今回の布告。

 そのいずれもが、一刀の言った釘であり、司馬懿が気付いたものでもあります。

 詳しくは、またいずれ……。

 さて、次回こそ益州攻めの話に取り掛からねば。

 

 

 では、次回三十三話でお会いしましょう。

 それでは、また。

 

 

 

 

 

 別に明命が解説役になった訳ではないデスヨ?

 

 

 

 

 

説明
 真・恋姫†無双の二次創作小説で、処女作です。
 のんびりなペースで投稿しています。

 一話目からこちら、閲覧頂き有り難う御座います。 
 皆様から頂ける支援、コメントが作品の力となっております。

 ※注意
 主人公は一刀ですが、オリキャラが多めに出ます。
 また、ストーリー展開も独自のものとなっております。
 苦手な方は読むのを控えられることを強くオススメします。

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コメント
>まきばさん コメント有り難う御座います! さて、華琳の選択やいかに!?(赤糸)
>summonさん ようやく次回より蜀攻略となりそうです。と言ってもここまで下準備をしている以上短期でけりはつきそうですが(笑)(赤糸)
ここの漢王朝と一刀さんたちは見ていて安心感がありますね。次回も楽しみにしています。(summon)
>陸奥守さん 誇りをとるか、現実を冷静に判断するか……さて、彼女はどちらを選ぶのか?(赤糸)
>黒乃真白さん これで良いのでしょう、多分ww(赤糸)
>kazさん w乱世が終了したら本当に始まりそうな気も……(赤糸)
>メガネオオカミさん 董卓、馬騰、公孫賛、劉備、南中諸侯、現状でも(一刀を通したりして)これだけの諸侯と友好関係を持っている漢王朝。風評的にも戦力的にも敵にまわすには恐ろしすぎます。(赤糸)
>牛乳魔人さん 華琳の選択した道については対劉焉戦の中盤〜終盤あたりで書こうと思っています。お楽しみに。 (赤糸)
>Alice.Magicさん 時間を掛ければ掛けるほど漢の戦力は増大していきます……風評の力は侮れないですね。三将軍+恋は……いや、この布陣に勝てる構図が思い浮かばない(苦笑)(赤糸)
>前原 悠さん コメント有り難う御座います! 場合によっては更に黒化したりするかも!?(赤糸)
華琳は空気読めないくらい誇り高いからちょっと心配だな。漢王朝と敵対するかも。(陸奥守)
明命ェ……おまえ、それでいいのか?ww(黒乃真白)
ww乱世終了のお知らせ。次回から「周泰のぬこモフ†行空」始まります。乞うご期待!←マテ。(kazo)
人材と協力的な諸侯が増えるだけで漢王朝の命運も随分変わりますね! ……とはいえ、不確定要素もまだまだありますし……。やっぱり東半分はしっかりと取っておきたいところですね〜。(メガネオオカミ)
今の漢に剣を向けるのは無謀以外のなんでもないですな。劉焉・劉表達以外だと俗物に唆された袁紹あたりが仕掛けそうだけど。華琳さまは味方になるか、それとも反発し敵になるか・・・私的には仲間になって欲しいですが。続きを楽しみにしております(牛乳魔人)
正直漢に戦力集中し過ぎて【どう足掻いても絶望】状態ですよw三国でも明確な敵対心もってる人いませんし・・・三将軍+恋に勝てる強者はいるのかどうかw(Alice.Magic)
相変わらず劉協さまが黒い!・・・そこに痺れる!憧れる!さぁもっと黒くなるんだ!(でもこれ以上黒くなったらどうしよう・・・ガクガクブルブル!(前原 悠)
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