廃墟の街
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 ここはどこで私はだあれ?

 すっとそんな想いが私の中にでてきた。どこで、私がだれなのかがわからない。私なのか、ワタシなのか、アタシなのか、僕なのか、俺なのか、よくわからない。ひどく曖昧で、朦朧。

 私は私。そう思うことにしておこう。私が誰かはそれで終わりだ。ここはどこなのか探索しよう。目前に広がるのは街だろうか。全てが等しく灰色に厚塗りされたかのように、薄暗い。通りの真ん中に私は立っているようだった。

 空を仰いでも、何もない。雲もない。太陽もなかった。この街の中を照らしているものは、崩れかけている街灯のあかりだけ。いくつか点灯しているものもあれば、いくつか点いていないものもある。どっちが多いかは分からず、ただ幾つかある。

 廃墟の街は静かで、私以外の人が死んでいるようだった。活気のある場所らしきものはなにもない。すっと土を手で掬ってみても、サラサラと風に揺られて散っていく。この廃墟全てが土になってしまうのだろうか。

 一つの廃墟の中へと入ってみる。なにかの店の跡地らしく、棚がやけに多かった。棚の中には割れた皿が残っていた。食器を売っていたのだろうか。そう予想したところで、私はすぐにそこから出た。意味もなく見たところで、なにも価値はない。

 全貌を見てみよう。そう思った。この廃墟の街はどこなのか。私が知っている常識とはかけ離れているところにあるのか。きっとそうだと、ほとんど分かっていても確認したかった。

 廃墟の街を歩く。灰色の街を歩く。滅びた街を歩く。

 目を覚ましたところから、まっすぐ。ずっと歩いていた。随分と時間が経った気がするけれど、空に変化はなかった。薄暗い灰色の世界。

 道に落ちているものを見てきたが、たいていはゴミみたいなものだった。螺子だったり、乾燥しきった草だったり、錆びた鉄だったり様々だった。

 歩き続けているけれど、果てがあるのかなんてわからない。することもないからただ歩いている。喉に乾きを覚えることも、疲れたなんて思うこともなかった。この街の空気が栄養源であるかのように、私はそれを吸って生きているのかもしれない。海の中の魚のようだ。息を吸う用にプランクトンを補食し、小魚は生きながらえていく。同じ様にその小魚を食べる大魚もいることだろう。その大魚を喰らうのは人間だ。これまで小さいものが食べられるはずだったのに、人間は自分より大きな大魚ですら捕食してしまう。

 どこかおかしい気がする。人間によってこれまでの法則が壊されている気がする。知恵を持ったから自然だったものが自然じゃなくなる、そんな気が。

 ――この廃墟の街のような。

 瞬間、空が割れた。廃墟の街の上には清澄な青空が現れていた。雲がゆらゆらと蠢いている。しだいに廃墟の街も消えていっているようだった。

 私はまだ考えなければならない。それが私の使命のように思えた。けれど、何もできやしなかった。薄暗いものは全てが浄化され、綺麗に変わっていく。マイナスだったものがプラスへと変換されている。その波がすぐそこまで来ていた。私も変わってしまう……。なんに変わるのだろう? 想像もつかなかった。

 

 ――私は変わることがなかった。

 世界が全て明るいものに変わっても、私だけは何も変わらなかった。プラスでもマイナスでもないから、変わりようがなかったのか。私がただの異分子だからなのかは分からない。奇怪な廃墟の街は、私の予測を超えて不可思議なことを起こす。廃墟の街の中に、廃墟を作ったり、街の一角に途方も無い広大な電柱の街を作ったり、箱だらけの街を作ったりしている。

 目的も何も定かではない。私はただの傍観者でしかなかった。それに触れることすら、考えるための材料を求めることすら許されてはならない気がする。意味もなく、この街の全貌を眺めるだけ。私に物語は用意されていなかった。終わりが見えない。私が死ぬことはきっとないのだろう。

 そして生きることもきっとないまま、私は廃墟の街に取り残され続けている。

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