交わらない者たちの邂逅2
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邂逅が呼ぶもの

 

 

 

周囲から隠れるように案内された部屋。

忍び込む、と言っていいほどに慎重に抜き足差し足で氷雨が通されたそこは何やら薄暗い場所だった。

風の流れがあまりない。階段を下りた記憶はあまりないが、エレベーターを利用した記憶はある。もしかすると、地下なのかもしれない。

かもしれない、というのには理由がある。

ここまで氷雨は、目隠しをしてセンリファーナに手を引かれながら進んできたからだ。

彼女の上司だと言う人がいる場所につくよりも前、普通の路上から目隠しすることを頼まれたので実は街のどの辺りか、と言うことさえもわかっていない。

どうしてそこまで隠そうとするのかを疑問に思っていると、センリファーナは苦笑しながら答えてくれた。

『うちの一族、秘密主義だから――ほんとはここに連れてくるのもだめなの』

そういって、それでも連れてきてくれた少女は今この場にはいない。上司を連れてくるといって退室してしまった。

暗い部屋。非常灯の明かりだけが心もとなく灯されていて、お化け屋敷のようだ。

がちゃ、と言う音がしてドアが開いたとき、そのせいで思わず氷雨は飛び跳ねた。

「わ、暗っ・・・。電気もつけないで、どうしたの?ああ、場所がわからなかったのかな・・・」

穏やかな、耳に心地よく残る声だった。

少し高めの中性的な声で、そんな声を聞くのが初めてだった氷雨は少しだけ、どきどきした。

もっとも、つけられた電気の眩しさと、その明かりに照らされて視界に入った少年に、そのどきどきはなんだか変なことになってしまう。

声と同じぐらい中性的な雰囲気のする少年だ。

かろうじて男だとわかるが優しげな顔はまるで少女のよう。それでも真面目な顔をすればきっとかっこいいのだろう。

失礼だと言う考えが思いつかないほどにじろじろと観察して、感嘆の息を漏らしてしまったぐらいに、氷雨はその人を綺麗だと思った。

「(―――でも、なんだか寂しそうな人)」

もっと華やかな笑顔が似合うと思うので、氷雨にはそれが残念で仕方がない。

「センが無理やりつれてきたようでごめんね。僕はライム。君は――氷雨さん、だったかな?」

「!」

氷雨は目を丸くした。

呼ばれた名前の発音が、なんとも見事だったからである。

東方生まれの人間なのだろうか?そう考えて、しかし氷雨はすぐにその考えを否定した。

白い肌や顔の造形、髪の色からしても彼は氷雨と同じ国の出身には見えない。

そこまで考えて、改めて氷雨はライムの目と髪色の珍しさに驚嘆した。氷雨自身、白髪に真紅の目と珍しいが、それはアルビノだからだ。

だがライムの目と髪は、氷雨が初めて見る色だった。

黒と白を、丁度半分ずつ混ぜ合わせた綺麗な灰色。真灰、としか言いようがない色である。

「氷雨さん?」

「はわ!す、すみませんじっと見とって・・・!!」

縮こまって謝る姿に、ライムは小さな笑い声を零す。

左手に持っていた銀製の盆を指差して、彼は穏やかな笑みを浮かべたまま言う。

「お茶。いかがですか?」

 

テーブルに置かれた銀製の盆は、シンプルながら細かな模様が掘り起こされていてそれは素敵なものだった。

「遠縁の一人が丁度今、露の国にいてね?甘い味がするから好きになるだろう、って贈ってくれた茶葉なんだよ」

ティーカップに注がれる紅茶は濃いオレンジ色をしていた。白いカップに注がれるのを見ながら、オレンジの味がするのだろうか、と氷雨は思ったほどだ。

なんだか高そうなティーセットだ。白で統一されたポットとカップ、それからソーサー。どれも洒落たデザインをしていて、見ていて楽しい。

そう考えた氷雨は、あえて体から力を抜くことにした。

値の張る物を扱うとき、下手に緊張して力が入りすぎるよりはリラックスしたほうが落としてしまう確率も少ないだろうと思ってのことだ。

ティーセットを眺めていた氷雨はふいに違和感を覚えた。小さな違和感を追う前に、ライムが口を開く。

「ジョルジっていうんだって」

人の名前みたいだね、とライムは微笑を氷雨に向けて席に着いた。

今日は人とお茶することが多いな、と氷雨は思った。

学園の食堂とは比べ物にならないほど密閉された空間ではあるが、それが気にならないほどこのティータイムは優雅なひと時と言える。

氷雨は感謝の意を述べてカップに手をつけた。

「あ、待って」

「え?」

気付かぬうちに不作法でもしでかしただろうかと、氷雨はひやりとした。それに気付いたライムは違うんだ、と苦笑する。

「ちょっと待ってね」

ライムが手に取ったのは、銀製のティースプーンだった。

それを見て、氷雨は自分が抱いた違和感の正体をようやく知る。

ポットとカップとソーサー。どれも同じ色に同じデザインのティーセットだ。その中でただひとつ銀製のティースプーンは、異質とも言えた。

オレンジ色の紅茶をスプーンでひとかきした彼は、何か確認しているようだった。氷雨の視線に気付いて、すまなそうに笑う。

「ごめんね。時間がなくて、淹れる前に確認できなかったんだ」

何が、と問うことが氷雨にはできなかった。

浮かべられた笑顔が寂しそうで、辛そうで、見ている氷雨のほうが辛くなってしまったからだ。

「急に私が来たんやし、平気です。美味しそうなお茶が飲めるんやもん、それも、ライムさんみたいな綺麗な人と!」

意気込んだ氷雨に、ライムは目を丸くしていた。それから、おかしそうな顔をして笑う。

ああ、この顔のほうが、もっと綺麗。

氷雨はつられるようにはにかんで、お茶をいただいてもいいですか?とカップに手を運んだ。

 

優雅な時間、思いの外会話は弾んだ。

敬語が癖であるライムは珍しく他人の名を呼び捨てで呼んでいるし、氷雨はライムのことを親しみを込めてライくんと呼ぶようになった。

愛称をつけられるのが苦手なライムがそれを許すのは、更に珍しいことである。

主に話していたのは氷雨だったが、ライムはその話を本当に嬉しそうに聞いていた。

懐かしむように、愛しむように、鮮やかに笑うから、それが嬉しくて氷雨はたくさんたくさん話した。学園の話は特に、彼の顔をほころばせた。

「それでな、センちゃんが今朝助けてくれたん・・・っ。センちゃん、運動神経ええんやね!」

「うん。センの運動神経は日ごろの努力の賜物だよ。それが役立ったなら僕も嬉しいなぁ」

付き人の少女の活躍に、ライムは頬を緩めた。渦中の人物は現在溜まった書類を整頓している。これで午後の業務ははかどるだろう――ライムは胸をなでおろす。

「でも・・・私、いまだにここへつれてこられた理由、わからんの。なんでかなぁ?」

紅茶のお供として出されていたアップルパイの一欠けを口に放り込んだライムが、しばらく無言でパイを租借する。

飲み込むと、喉を潤すように紅茶を求めた。

菓子もお茶も甘いので、甘いものが苦手な人間には酷なティータイムである。

「僕も聞かされていなかったんだけどね・・・氷雨の話を聞いてようやくわかったよ」

ようはこういうことでしょう?と、ライムは右手を水平に、横へ伸ばした。

大気中の水素が集まる。ライムの手元に水の塊ができてから、氷雨はようやくそれを視認した。

「・・・・・・・・・ウンディーネ」

本の中で見た、美しい女性形を成す水の高位精霊。簡単にはお目にかかれない四大精霊の一人を前に、氷雨の口はあいたまま塞がらない。

そういえば、道中やけに意気込んだ様子のセンリファーナが言っていた。

『すごいんだから、私の上司!数年前にこの街で起こったある事件で、なんとウンディーネを召喚したの!』

自分のことのように語る少女の声音は、見えずとも誇らしげで、嬉しそうだった。

この調子だと、続けて語られた“精霊王”の召喚でさえも、もしかすると事実なのかもしれない。

「小さい頃に色々あって、水とは仲良くさせてもらってるんだ。多分、センリファーナは精霊なら君の体を治せるんじゃないか、って思ったんだろうね」

「あ・・・」

そう、だったのか。

驚きに氷雨は言葉も出なかった。そこまで真摯に氷雨の願いを聞いていてくれたのだ。嬉しくないわけがない。

染み渡る喜びに、氷雨は俯いて奥歯を噛んだ。

俯いてしまった氷雨を見て、ライムはウンディーネと何かを話していた。時折その横顔が苦渋に満ちる。

ウンディーネの声は氷雨の耳には不思議な波音としてしか届かない。解そうと思えば解せるだろうに、何故かそれを阻まれているような感触がした。

ライムの言葉も、気がつけば失われた古代語のひとつとされる精霊語で、氷雨にはわからない。

二人が氷雨には理解できない言語で話している。だから氷雨は、このあと告げられる言葉をおのずと理解してしまった。

「――ごめん、ね」

 

あぁ、やっぱり。

 

この身体は太陽に嫌われているのだ。

 

 

 

 

 

説明
前作の続きとなります。
・・・これ一作として投稿してページを分割すればよかったんですね。見づらくて申し訳ないです。
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