cross saber 第20話 《聖夜の小交響曲》編
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第20話〜私の、一生のお願いを……〜 『聖夜の((小交響曲|シンフォニア))』編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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【side カイト】

 

「ぜっ………。 はぁっ……はぁ…………」

 

渇いた息がヒューヒューと鳴くように口から漏れる。

 

目の前では、やっと一体。 トカゲ顏の亜獣が膝から崩れ落ちたところだった。

 

かかった時間は二分と少々。 《ギルト・クルセイダー》を使用したままでこの時間のかかりようでは、残り三体の狂獣相手には最後まで体力がもたないだろう。

 

「くっ………」

 

肩口と太ももにくらった大きな傷が、ズキリと疼く。 だが、休んでいる暇などない。

 

右から一体、正面から二体。 顔と体がちぐはぐな奇怪極まる亜獣が各々の巨大な武器を携えて、ずしりずしりと重い歩を進めてくる。

 

「カイト………!!」

 

背後の大きな岩の後ろに隠れていたセシリアが今にも飛び出しそうな勢いで悲痛な叫びを上げた。

 

「早く逃げて!!」

 

「でも………」

 

僕はあらん限りの声を上げて彼女に退避を命じる。 しかし彼女は恐怖と一類の迷いゆえか、一行に足を動かそうとはしない。

 

 

ーーーーせめて彼女だけでも逃がしてあげたいけど………。

 

 

内心葛藤しながら今置かれている状況を把握し直し、唇を噛む。

 

前方にいる二体の亜獣のうち幾分か小柄な片方の狐顏が、セシリアをマークしている。 僕が斬り込んでその道を塞ぐことも可能かもしれないが、正直今の状態で奴ら三体を抑え込む自信がない。

 

僕は黄金色の旋風に取り巻かれた自らの大剣を見つめ、刹那に逡巡した。

 

 

ーーーー自分の命を優先して勝機の薄い戦闘を続けるか。 それとも死を覚悟で《あの技》を使うか。

 

 

しかして、自分が死ぬかもしれないという事実に対し、幸いとでもいうのだろうか、この時ばかりは僕の現実味というものは小さくなっていたようだった。 否、もしかすると僕は、自分の死よりもセシリアを失うことを恐れたのかもしれない。

 

 

「………『生きるべきか、死ぬべきか』 ……強いて言うなら、『するべきか、せざるべきか』 か。 “ハムレット” みたいにそこまで壮大でもないけど、間違いなくこれまでの人生で最大の選択だなぁ……。」

 

 

そんなことをボヤく程の余裕ができていたことに内心苦笑いするが、実際にはずっと前から決心はついていた。

 

僕は己を鼓舞するように左の頬をバチンと叩き目を見開くと、後方へとステップを刻み、まずは敵から大きく距離をとる。 岩陰に隠れていたセシリアの元へと到達すると、静かに、だが自分の思い覚悟を悟られないようにはやる気持ちを抑えて言った。

 

「これから、僕の剣技で奴らを一気に蹴散らす。 相当な衝撃が伴うかもしれないから、君はそのままそこに隠れていてくれるかな……?」

 

だがセシリアは返事をせずに、はしばみ色の澄んだ瞳を真っ直ぐに僕に向けたまま、数秒黙した。

 

僕は精一杯に取り繕ったつもりだったのだが、何かを感じ取ったのか、彼女は少し躊躇ったあと、憂慮を滲ませて上目遣いに問うた。

 

「死ぬつもりじゃ………ないんですよね………?」

 

「!!!」

 

「………今のあなたの顔には、別れる時の……お母様とお父様のものと、似たものがあります」

 

「……………」

 

僕が言葉を失ったまま口を固く結んでいると、セシリアは一度視線を落としたかと思うとその大きな瞳をいっぱいに広げて僕を見つめた。 その端に、キラリと光る大粒の水晶があった。

 

 

「……これ以上………失いたくない。 たった今戻ってきたばかりのこの温かさを…………なくしたくありません……」

 

 

「セシリア……」

 

 

僕は半ば無意識的に身体を動かし、いつのまにか彼女を自分の胸に引き寄せていた。 突然の行為に驚いたらしい彼女がそれでもすぐに落ち着きを取り戻し、僕の心臓のあたりに鼓動を確かめるように顔をうずめるのを見てから、ゆっくりと口を開く。

 

 

「君は生きて、僕も生きる。 ……ここに誓うよ。 僕は絶対に死なない。 僕の剣技の光を………その温もりを、君の心に届けて見せる」

 

 

数秒の沈黙。 僕はそれ以上何も言わずに、彼女の背に回した手をゆっくりと動かしながらいらえを待った。 やがて、彼女が時間をかけて微小ながらもコクリと頷くのを確認すると、僕は彼女を離し、何かを伝えるようにその瞳を寸刻見つめた。

 

「じゃあ………行ってくるね」

 

そうして僕はくるりと身を翻し、大岩の向こう側ーー死か生かの二択しかない戦地へと歩を進め始める。

 

彼女はもう止めようとはしなかったが、震える声でもう一度だけ、僕を勇気付ける言葉をくれた。

 

 

「絶対に………死なないでください。 もう一度ここへ…………必ず……」

 

 

その声を背に受け、僕は左手を掲げるとその親指をピンと立てる。

 

 

「大丈夫さ。 今、君に預けた僕の熱が消えないうちに………十秒で片付けるから」

 

 

そう言って数歩進んだ僕はもう一度セシリアをチラと見、その思い全てを胸の内に留め切ると、勢いよく振り向き、すぐに亜獣へと意識を展開した。

 

 

目を閉じ、剣を夜空へと突き上げ、神経を研ぎ澄ます。 その鋒から《ギルト・クルセイダー》と同様に、だが遥かに膨大な光の粒子が晧晧と流れ落ちてくる。

 

 

ーーーーこの技は、身体能力の限界を強引に引き上げる奥義。 それゆえに、身体にかかる通常の倍近い負荷が、発動を治めた自身の身体を瞬く間に崩壊させる。 つまり、禁断の果実。

 

 

ついさっきセシリアには面映くなるような口上で『十秒で片付ける』と格好をつけたが、実際にはそれ以上の時間を用したら僕は間違いなく死ぬ。 奴ら三体を倒し、自分も生き残るための猶予は十秒しかない。 一体を三秒以内で仕留めなければならないという、無謀に等しい挑戦。

 

それでも自然と、僕には負ける気も、死ぬ気もしなかった。

 

 

剣技の効果だけでなく、微かに、だが明確に自分を突き動かす温かさを感じながら、僕はこの盛大な夜に終わりを告げるべく、身を刺す冷気を吸い込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ゴールデンタイム・バイオレーション》………………発動!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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【side マーシャ】

 

唸る。 揺らす。 軋る。

 

耳を覆いたくなるほどに濁った、ひどく爛れた咆哮が轟き、夜闇をも歪める

 

その雄叫びを上げているのは、亜獣。 獲物を決して逃さない豹の如き顔、外見からでも恐ろしい瞬発力を秘めていることのわかる、筋肉の引き締まったチーターのような体躯。

 

どれをとっても人外。 あるいは獣という言葉さえ適当かどうかもわからない。

 

だが、その生物は確かに、数刻前までは人としてこの地に立っていた。 ミーリタニアは、私たちと言葉をかわし、本気の剣を交えてレイヴンの剣技の前に息絶えたはずだった。

 

しかして彼女は、呪いのような詠唱と共に一つの奇妙な単語をつぶやき、突如亜獣として息を吹き返したのだ。

 

「マーシャ」

 

不意に、時が止まったかのように硬直したまま呆然とその光景を見ていたレイヴンが、そちらに顔を向けたまま口だけを動かして早口で言った。

 

「………こいつばかりはもう、((今の|・・))俺たちの手に負えない。 だが、俺なら何とか抑えられるはずだ。 君は早くここから離れてくれ。 こいつは君の想像しうるどんなものよりも危険だ」

 

その低く張った声音にある予感を抱いた私は、すかさず切り出そうとする。

 

「それならなおさら…………」

 

「だめだ……!!!」

 

だが彼は、私がそう言うことを予期していたのだろう、言葉が終わる前に鋭くそれを断ち切った。

 

 

「こいつとやれるのは、おそらく俺だけだ。 ………君がいても……………邪魔なだけだ」

 

 

「………っ!」

 

 

彼は、苦痛に耐えるように顔を歪め、ただ一言、そう言った。

 

私の中の一つの予感を、なかなかどうして加速させる。 もう二度と、彼に会えなくなってしまうのではないかという、考えるのも愚かしいその予感を。

 

だから、ここで引き下がる事だけは、私の身体が、心が、決して許そうとしなかった。

 

「でもーーーーー」

 

だがその先を続ける前に、私の前に黒く輝く刀の鋒と、氷のように冷たくとがった言葉が突きつけられた。

 

 

「この場から去らないというのなら、俺も俺自身が生きるために………………君に刃を向けることを躊躇わない」

 

 

「レイヴン………」

 

 

私は言葉を失い、胸の前で組んでいた手を力なく落とした。

 

殺気に怖じたわけでも、信愛する人に背を向けられたことに傷ついたわけでもなかった。 そもそも彼からは、本気の殺気も、裏切りの意も感じ取れなかった。

 

むしろ私は、その裏に隠匿されたあまりにも悲痛な闇に、目を向けられなくなってしまったのだ。

 

きっとこれは彼の本心などではないのだろう。 だが、それを知ったところで私に何ができるだろうか。 先のミーリタニアとの戦闘で、自分がいかに無力であるかを思い知らされたというのに。

 

だから私は、結局こう言うしかなかった。

 

「……分かった…………」

 

私が彼の足手まといであるというのは紛れもない事実だ。 私がわがままを言い通して無為に留まっても、あるいは彼を余計に苦しめてしまうことだろう。

 

だとしたら、私にできるのは、彼を信じることだけ。

 

「…………………」

 

唇を噛み、背を向け、自分の胸中の抵抗をも抑え込み、歩き出す。

 

 

だがその時聞こえた、風に消え入りそうなたった一つの言葉が、足を止めさせた。

 

 

「………ありがとう。 マーシャ……」

 

 

幻聴と思えるほどに儚く、小さなその声にはっと息を飲む。 そしてゆっくりと振り返ると、まるでとてつもない重荷から解放されたかのように穏やかな笑みをたたえたレイヴンの姿がそこにあった。

 

彼が表情を消し去ってしまってから、いや、それ以前でさえも見たことのない、垢抜けた、澄んだその笑顔に、そして、「ありがとう」とその単純な一言が、私の心の中の何かを動かした。

 

彼に背を向けかけていた身体を引き戻し、私は一息に彼の胸に飛び込んだ。

 

そして、その白く抜けた頬に、キスをした。

 

 

ほんの刹那の、薄いくちづけ。

 

 

さすがに不意をつかれたのであろう、僅かに目を丸くする彼を見上げ、本来ならばもうすでに現れてきているはずの羞恥心さえも感じぬままに胸から溢れ出る言葉をそのまま紡いでいく。

 

 

「……ね、レイヴン。 私の一生のお願い、聞いてくれる?」

 

 

彼はその突拍子もない行為を跳ね除けることもけなすこともせずに、少しだけ身体を動かして私を包むようにし、先を待った。

 

私は涙が溢れそうになるのを必死に堪え、彼の瞳の奥の緋色を真っ直ぐに見て言った。

 

 

「…………明日もまた、あなたのその笑顔が見たいの………」

 

 

そう言い切って口を噤むと、心地いいようなむずむずするような静寂が流れてきた。 やがて、ふ、ふと、小さな吐息のような笑い声が静夜に溶けていった。

 

「全く………。 そんなくだらないことに一生のお願いを使うなんて…………君はイサクより低脳だったか?」

 

「………そうかも」

 

「じゃあ君は、対等な契約を結ぶ上で大事なことを忘れてるな。 俺は相手だけに利益のあるように契るほど善人じゃない」

 

「………?」

 

私が疑問を視線で伝えると、彼は何か逡巡するように空を仰ぎ、こう続けた。

 

 

「いつか……俺の一生のお願いとやらも聞いてくれるんだろう………?」

 

 

私はその意味を解しきれずしばし硬直してから、突如として、言葉の中にあったレイヴンの強い意志をはっきりと読み取った。

 

 

つまり彼は言外に、「絶対に生きてやる」と、そう言っているのだ。

 

「………なんでいっつも、そんなややこしい言い方するのかな………」

 

私は口の中でモゴモゴと呟いてから、俯いた顔を上げ、彼の瞳をしっかりと捉えた。 笑顔は、自然と溢れていた。

 

 

「………喜んで。 その時は、何でも言うことを聞くから」

 

 

すると私は、自分のものではないかのように驚くほどはっきりとそう言い切った自分に今更ながら面映しさを感じ、照れ隠しのつもりだったのだろうが、逆に、もしくは360度反転してトンデモないことを言ってしまった。

 

 

「あ、えっとーー………。 そ、それでも……あ、あんな事やこんな事はまだちょっと早いから、さすがにーーーーー」

 

 

ーーーーって、何言ってるの、私!!!?

 

 

無意識の自我の暴走にヒューズした私は、また違った意味でこの場から逃げ出したいと心底感じたが、虫の音のような静かな笑い声がその熱さを少しながら取り除いて行った。

 

「はっ……。 この状況下でそんなことを言える君の精神力は、ぜひとも真似したいね…………」

 

「あーーーっ!!! 早く忘れてよ……」

 

そんな、いつ以来のことだかさえも思い出せないような、明るいやり取りに私は浸る。

 

レイヴンも、何かを懐かしむようにその目を僅かに細めていた。 そして、どこか遠くの虚空を見たまま言う。

 

「………まあ、こんな能天気な面がもう一度できるかどうかは分からないが、いつもの仏頂面だったらまたお目にかかれるだろうさ」

 

そして彼は身を翻すと、二本の刀を一振りした。 ぶわっと旋風が巻き起こり、彼の黒髪が流麗になびく。

 

「さて、話もこれくらいにしようか。 またゆっくりと語り合える時が来るまで、しばしの別れだ」

 

「………だめよ。 今日帰ったら、すぐに話を聞かせてもらうんだから」

 

彼の別れを告げる振る舞いに一抹の淋しさを感じたが、先刻に覚えた大きな不安はほとんど消え去っていた。 レイヴンは……私の最愛の人は、必ず帰ってきてくれる、と、根拠もなくそう確信できた。

 

 

「…………早く帰って来てね」

 

 

私もその言葉を、自分の全ての想いを乗せて口にした。 そして、躊躇うことなくクルリと身を翻し、最後にもう一度彼の華奢な背中を見て、走り出した。

 

 

 

 

それからは後ろを振り返らずにひたすら走り続けた。 顔を向ければ立ち止まってしまいそうだったから。 だから私は、走った。 レイヴンの事を信じて。 彼は絶対に生きると自分に何度も言い聞かせて。

 

 

きっとそれ自体は誤りではなかった。 だけど私は、振り返るべきだったのかもしれない。

 

そうすれば、先に待ち構えていた未来は、どうにか変わっていたのかもしれない。 私たちは、私たちの剣は、もっと違う交錯を為していたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーそれから半年経った後、私もイサクもハリルもカイトも、誰一人としてレイヴンの姿を目にしたものはなかった。

 

 

 

 

 

説明
最近、アニメ『進撃の巨人』を見出したのですが、どうも内容を見ている限り、あるいは友人から先の内容を聞く限り、この作品、『cross saber』に似てるなぁって思いました。

『進撃の巨人』では巨人。 『cross saber』では亜獣。 得体のしれない生物に、主人公たちが向かって行く物語ですね。 喜ばしいことではないですが、アニメの方でこれから起こる内容が結構似通ってしまっているので、まあ、これも仕方ないことと思って参考にさせていただこうと思っている次第です。

最悪の場合、サブタイトルを『進撃の亜獣』にでもしてみようかな………

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