MATERIAL LINK / 現代の魔法使い達05
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 雲が厚く、予報では満月と言っていた球体は姿を隠している。

 電気の代わりに山吹色のエーテルを灯した街灯が、靴音を鳴らす並木道をぼんやりと照らしていた。

 この人工島は日が落ちるのが些か早い。どういう理屈かは知らないが、案内パンフレットによると、正確な時間帯を肌で感じる為に人工的に光の加減を屈折させているらしい。年中同じ時間になると光源は弱まり、きっかり19時には日は落ちて夜の世界へと変化する。

 そのせいか、学生が多く利用する並木道には人ひとりも見当たらなかった。

「クソ、間に合うか? 入学早々、外で賞費期限直前の安売り弁当食いながら野宿するのは勘弁だぞ!」

 折角、温かい寮食と部屋があるのだ。それに手持ちも心許ない。無駄使いは控えるべきである。

 ひたすら石畳を走り抜けながら、まだかまだかと公道のアスファルトを目指す。そこまで行けば、寮まであと一息。このペースなら、10分もあればたどり着けるだろう。

 と、進行方向に人影が1つ、いや2つ見えた。自分と同じように宿と飯を失いかけているお仲間だろうか?

 近づくにつれて、その輪郭が鮮明になってきた。

 一つは学園の制服を着た長身痩躯の影。もう一つは、小柄な女性と思われる影だ。身にまとった衣服は、女子中等部のものだろうか? 見慣れないセーラー服に少しばかり新鮮味と興奮を感じた。ブレザーも良いが、セーラー服もアリだな。

 今度マリアに頼んで着てもらおうか? などと、無謀なことを考えながら足を進める。そして、

 

「――待ちな。ちっとばかし、ツラ貸してやくれねぇか?」

 

 カツアゲするような物言いで呼び止められた。

「あー、なんか用? 俺、急いでるんだけど」

 声の主を見る。

 真っ青に染め上げた短髪を整髪料で逆立て、学園高等部指定の制服を着崩したチンピラ風の男。ソイツは、何が可笑しいのかニヤリと笑い、

「少し、遊ぼうぜ!」

――接続

アクセス

・冷たい七面鳥

コールドターキー

 

 瞬間、腹部に衝撃。

 世界が反転する。いや、これは自分が逆さまになっただけだ。地面が上で、空が下。再び、身体を衝撃が襲った。

「ぐえっ!? ごほっ、おえっ……」

 胃の中身が逆流する。

「ウィン、いきなり攻撃するのはやり過ぎじゃない? 多分その人、自分に何が起きたかもわかってないわよ」

「おっと、そういや名乗ってなかったな。高等部二年ウィンストン・リッケンバッカーだ。って、聞こえてねぇか」

「そういう問題じゃないと思うなー、アタシ」

「……お前ら、何だ?」

 嗚咽を耐えながら、必死に声を絞り出す。

「何、だ? 面白味のねぇ質問だなぁ。ちっと関西行って出直してきな」

「いや、何で関西なのよ……。面白い受け答えの全てを関西に求めるのはどうなのかしら?」

「あぁ!? 漫才といえば関西だろうが。常識だろ?」

 巫山戯た会話を耳にしながら、呼吸を整え、硬い地面から身体を引きずり起こす。

「お、結構早かったじゃねぇか。口はつまらねぇが、身体はボチボチ鍛えてるみてぇだな」

 男は再び、嬉しそうに顔を歪める。同時に、本能が警報を鳴らした。

 コイツは、マズいと。

 踵を返し、再度全速力。先ほどと違うのは、寮に進軍するのではなく、彼からから逃走するため。一心不乱に、来た道を逆走す――っ!?

「何処行くの、お兄ちゃん?」

 が、行く手を阻むようにセーラー服を着た少女が待ち構えていた。

 膝丈程ある長く赤い髪を揺らした小柄な少女は、花咲くような笑みでこちらを見つめている。こんな状況でなければ、ゆっくりと見惚れられるものを……。それよりも、

「……いつの間に」

 彼女はあの青髪の隣に居たはずだ。それが、一瞬で自分の背後まで移動している。マツリちゃんみたいな転移系の魔法? だとすれば、ここから逃げ切れる確率はグンと下がってしまう。一瞬で移動する術を持つヤツ相手に、距離なんてものの存在は無意味なのだから。

 馬鉄の音が、響く。

――接続

アクセス

・王女の鉄馬車

ケーニッヒス・イェーガー

 

「中等部三年モニカ・ブレンヒルト。さぁ、アタシ達の固有魔法を見せたんだから、お兄ちゃんも見せて欲しいな?」

 少女の細い足が鋼に覆われる。女性特有の曲線を描いたシャープな造形の鋼が、翼のように重なり脚部をつま先から太腿にかけて覆い尽くしていた。まるで、人体と機械が融合したような姿。これも魔法だというのだろうか。

「あれ? もしかして、固有魔法を見るの初めて? むむむっ、どうしようウィン。このパターンは予想してなかった……」

「別に構いやしねぇだろうよ。問題はコイツが使えるか使えないかだ。俺達が遊んでやりゃ、もしかしたら愉しめるかもしれねぇぜ?」

「……それで何人壊したと思ってるのよ」

「そりゃ、テメェもだろうが。むしろ、数で言えばソッチの方が上だぜブレンヒルト。つーわけで――、覚悟しろや下級生!」

 青髪――ウィンストン・リッケンバッカーと名乗った男の拳が空気をなぎ払う。顔面を狙った一撃。半ば反射的に、呆然としている身体に活を入れて半身を捻るように回避。だが、無理な体勢で避けたせいだろう。バランスを崩し、目線が空へと向かった。そして、

「顔はアタシ好みだから――、左肩逝っておきましょう!」

 赤髪――モニカ・ブレンヒルトが、空を駆けながら鋼の足を振りぬく。常識外、視認できない速度で放たれた鋭利な蹴りが、音を置き去りにして肩の肉を突き破った。

 激痛が走る。左耳の直ぐ側から、ぐちゃりと生々しく果実が弾けた音が聞こえた。

「――がァッ!?」

 痛い、痛い、痛い。

「むっ、綺麗に表面だけ剥ぎ取りたかったんだけどなぁ。やっぱり服越しじゃ距離感掴みにくいわね」

「早速壊しかけてるじゃねぇか! こちとら避けれる程度に手加減してるっつーのに。もうちょっと長く愉しめるように少しは考えろや!」

「いやぁ、ウィルがアタシ好みの顔を殴ろうとしたからつい……ね。ヤルならボディにしときなさいボディに。首から上は私のコレクションにするから」

 イカれている。

「あーあ、このままじゃ遅かれ早かれ出血多量でおさらばだな。ほら、立てるなら立ちやがれ。これで終わりたぁ、不完全燃焼どころじゃねぇんだよ」

「むしろ、このまま出血多量で死んだ方が彼にとっては幸せかもねー。ウィルがヤッたら薬漬けにされて死ぬに死ねない地獄じゃない。ソレと比べたら、アタシは毎晩首を抱きしめて寝てあげるよ、お兄ちゃん」

 肉食獣に食われたように抉れた肩から、鮮血が湯水のように溢れだす。

 イカれていやがる。

 こんな現実認めていいのだろうか。わけも分からずに襲われ、わけも分からないままくたばるこんな現実。あぁ、これがコイツ等のイカれた常識なら――壊してしまえ。

 常識に囚われるな。言ってたじゃないか、現実を知り、己の常識を覆せ。

 いいだろう。いきなり女の子の足が機械仕掛けになったり、殺されそうになったりする学園なんだ。だったら、

「……これくらいの非常識、存在しても問題ないよなぁ!」

「ん? へぇ……」

「あら? 結構痛い筈なんだけど、タフだねお兄ちゃん。ますます好きになりそう」

「……無茶苦茶痛いけどな。すっげー死にそう。でも、お前のスカートの中でも見せてくれれば、もう少し頑張れるかもな」

「おめぇ、こんな発育不全の身体が好みなのか? 女ってのはふくよかな身体に限るだろうよ。変な趣味してやがる」

「――誰が発育不全のちんちくりんよ!? あ、でも、お兄ちゃんがどうしてもって言うなら、二人っきりのベッドの中で見せてあげてもいいよ?」

「それは、このまま俺は逃げてもいいってことか?」

「残念。そいつぁ、無理な話だ」

「そうねー、アタシ達から逃げられたらっていうのはどうかな?」

 よし、やる気が上方修正。余計に腹が決まった。

「テメェ等、俺を無視してストロベリってんじゃねぇよ! ほら、さっさと続きを始めようぜ。俺はそろそろ我慢の限界なんだよぉ……。だから、もっと愉しませろや!」

 拳が迫る。速度は先程のものとは比べ物にならない速さであり、空気を弾く音が先程とは比べ物にならない重さを持つことを物語っている。軌道は下段からの振り上げ。このまま進めば、丁度腹部に直撃するだろう。立ち上がったのはいいものの、肩から走る激痛が身体の動きを阻害する。避けれない。いや、避ける必要は無い。

 

――歯車

ギア

を、廻せ。

 引き金を落とす。

 イメージは巨大な歯車と、中央にあるソレを囲む小さな十の歯車。歯車の1つを、中央のソレに落とし噛み合わせる。

――廻せ。

 錆びついた絡繰が動き出す。獣の扉が開く。頭蓋骨の裏側で、熱を帯びる雄叫びが響いた。廻せ、廻せ、廻せ。『海』から流れ込んだ幾何学の羅列が、血となり肉となり贄となり、お伽話の獣を形成する。

 

 久我マコトは魔法が使えない。だが、それだけだ。魔法という型で出力することが出来ないだけである。裏を返せば、魔法という型以外の方法ならば奇跡を行使することが可能だということだ。『海』には全てが存在する。現在が駄目なら未来を。未来が駄目なら過去を。逆行せよ、流転せよ、世界の記録を遡れ。概念を超越しろ。常識を、システムを、法則を壊してしまえ。

 

「――はっ?」

 青髪が、呆けた声を上げた。まるで、目の前で起こったことが理解できないとでも言うように、焼失した己の腕を呆然と見つめている。少女は、青い瞳に驚愕という感情を揺らしていた。

 喜べ駄犬、餌の時間だ。

「――MATERIAL LINK

マテリアルリンク

・火之迦具鎚ノ神

ヒノカグツチノカミ

 瞬間、世界が紅のカーテンに包まれた。

 

 

 

 

 

 

 その世界は、まさに灼熱地獄と表現するに相応しいものだった。

 空を目指すように突き立っていた街灯は、見るも無残に融解し灯火を地上へと下ろしている。木々は炭と姿を変え、雲に包まれていた夜空は歪む大気と燃え盛る炎が膜を張っていた。だが、その世界で最も異形なものは久我マコトの背後に存在するものだろう。

 それは十メートル程の高さを持つ焔の塊。しかし、焔には目があり、耳があり、身体があり、尾があり、牙があり、爪があった。巨大な、炎の狼。灼熱の獣。神代の怪物が、ソコに顕現していたのだ。

「……ウィン、アレはヤバいわ。あんなの知らない。見たこともない、聞いたこともない。何か根本的に――アタシ達の魔法とは違う」

「……おう、わかってらぁ。何だ? あの化け物は。身体に生き物飼ってる連中は居るには居るが、いくらなんでもデカすぎやしねぇか?」

「――そういう問題じゃないわよ! 固有魔法にしても規格外過ぎる! アンタはいいけど、こっちはさっきから無茶苦茶熱いのよ! 分かる!? この炎って魔法障壁とか完全に無視してるの! 無痛症で無感症のアンタと一緒にしないでよ!」

「なるほど。どうりで、さっきから髪がチリチリいってるわけだ。あの下級生、こんな隠し弾を持っていやがったとは……。いいねぇ! 愉しいなぁ! 何だこの腕の様は!? 一瞬で炭化されてやがる。こんな芸持ってるなら、初めからやる気だせよ! ほら、もっと遊ぼうぜ!」

 ウィンストンは残った腕――左腕で虚空を掴み、呪言を口にした。

「自分の毒に狂い乱れな、冷たい七面鳥!(コールドターキー)」

 告げた言葉と共に、久我マコトの身体がガクン、と揺れた。全身から汗を滲ませ、目の焦点は居場所を探すかのように彷徨いはじめる。

「人間の身体っていうのはなぁ、誰でも大なり小なりの毒をもっていやがる。代表的なのはオピロイドやエンドルフィンなんかの脳内麻薬辺りか? コイツ等は実際の麻薬にも含まれる成分で、ぶち込み過ぎれば当たり前のように身体機能に異常を起こす。俺の冷たい七面鳥は触れた相手の脳内分泌物や身体リズムを狂わせることが出来るものでなぁ。その名の通り、放っておけば冷たい七面鳥の出来上がりってな。てめぇには一度触れているから、パスもしっかり通ってやがる。さぁ、あとどれだけ持ってくれるか?」

 

 その能力は、一度触れれば生殺与奪権を得るに等しい内部破壊。が、獣はその程度の楔なら容赦なく引きちぎる。

 紅蓮の狼が、咆哮を上げた。

 

 同時に、ガラスが弾けたような音が響く。煩わしい首輪を引きちぎるように獣が首を振れば、既に久我マコトに起こった変化は消滅していた。

 

――阿ァ、狂おしや

 其ノ荒御魂、鬼ノ如く禍々しい

 幾つ石を積まれようども、幾つ供物を添えられようども

 彼岸ノ華は焼け落ちる

 

「……おい、そりゃデタラメにも程があるだろうよ」

 パスごとぶっ壊しやがった、と驚きを通り越して呆れたように呟く。既に、この現実は彼等の認知の範囲から逸脱していた。すなわち、

「ウィル、逃げるわよ! いくらアンタが極大級のノータリンでも、この状況が良くないことくらいは理解できるでしょ!?」

「誰がノータリンだ! ちっ……、しゃあねぇな」

 二人は獣に背を向け、脱兎の如く走りだす。

 しかし、それを素直に見送る獣ではなかった。

 火炎の唾液を垂らしていた獣の顎が開き、熱が収縮する。それは、蜃気楼を振りまきながら放出された。着弾。弾痕を残すことなく石畳を融解させ、瓦礫を巻き込みながら獲物を追う津波となる。

「おいブレンヒルト、置いていくな! てめぇのイェーガーに生身で追いつけるわけねぇだろ!」

「自力でなんとかしなさい! 一々アンタを拾ってると、アタシのイェーガーまで融解するのよ! ほら走れ、ファイト! 諦めたらソコで丸焦げよ!」

 軽口のようなものを叩き合ってはいるが、お互い必死の形相である。モニカがイェーガーと称した鉄靴も、所々黒い煙が上がっており長くは持たないと悲鳴を上げていた。

 津波が、静まる。

 獲物までの距離、残り一歩分の僅差で溶岩の放流は停止した。

「……止まったか?」

「……みたいね。蒸気が晴れる前にさっさと――っ!? もう! こんな時に!」

 プスン、と気の抜けたような音が響いた。同時に、モニカの鉄靴がガラスのように砕け散る。理由は単純、耐久力切れだ。炎の余熱による高温を一身に受け止めていた結果、打ち込まれていた構成情報が欠落してしまったのである。再構築しようと脳を廻すも、足を取り巻くエーテルは型を構成する前に霧散してしまう。

「――魔力切れ」

「てめぇ、イェーガー使えねぇとただのガキレベルの体力しかなかったよな?」

「う、うるさい! 四の五の言ってられないわ。いいから走るわよ!」

「走りてぇところなんだが……、奴さんは許してくれねぇみたいだぜ?」

 そう言って、ウィンストンは分厚い水蒸気の先へと視線を向けた。

 霞みがかった宙の先に浮かぶ、渦巻いた焔。その色は、彼の見間違いでなければ徐々に濃く染まっている。間違いない。

「――2射目が来やがるぞ!」

 ウィンストンは浮かんだ喜悦と恐怖を愉しみながら、モニカは瞳に絶望を映し、どこか恍惚とした表情で陽炎の先の炎を見つめた。

 

 灼熱が、宙を走る。

 遠目に見れば、それは火の粉を撒き散らす一条の光だ。一寸の狂いもなく二人を目掛けて放たれた閃光は、射線上のモノ全てを飲み込みながら進んでいく。

 轟音が、一帯に響き渡った。

 

 

 

 

 

 時間を少し遡る。

 南ヶ丘学園高等部職員室。教職に付く人々の溜まり場には、日が暮れる寸前まで残っていた教員たちの影法師が散らばるように伸びている。その中で、一際小さな影法師の主。九重マツリは帰り支度を始める仕事仲間を尻目に、職員用に宛行われた机に無造作

に足を投げ出していた。

 子供向けのスティックキャンディいちご味を舐めながら見つめるのは、手に持った一枚の紙切れ。表題には『南ヶ丘学園高等部入試結果表』と題打たれ、受験番号を示す数字の横には、ある生徒の名前が記載されている。

――久我マコト。彼女が受け持つ教室の生徒であり、初日から色々な意味で面白い発言で騒ぎを起こした問題児である。

 内容は、1つを除いて落ちこぼれ以下の悲惨な結果。ひと通り目を通すと、彼女は小さく吐息を吐いた。

「んー、成績だけ見ると落ちこぼれ以下の落ちこぼれ。筆記は合格点ギリギリに加えて実技は――あ、1on1やったんだ。えっと『魔法技術の試験において、魔法を使わず試験官にドロップキックをかましたので0点』って……。普通、魔法学校の試験でドロップキックなんてかますかなー? しかも、試験担当者それで気絶してるし」

 思考回路がぶっ飛んでるねー、と誰にでもなく呟く。

「あれ? 保有魔力は測ってないんだ。ああ、実技がアレだったから省略されちゃったのかな? 気になるし、今度――」

「――九重先生。そろそろ、鍵を閉めますよ?」

「あ、玄爺。ごめんねー、もうそんな時間だったかー」

 玄爺と呼ばれた作業着姿の初老の男性はマツリの持つ紙に目を向けると、温和な人の良さそうな笑みを浮かべた。

「いやはや、今年も問題児に当たりましたかな?」

「いやー、問題児というより問題外児?」

「それは凄い。去年の……名前は何と言いましたかな? あの食欲が無くなりそうな髪の色をした若者は。彼を片手であしらっていた貴女の言葉とは思えませんな」

「……誰だっけ? ほら、私って細かいこと覚えないタチだから」

「教職に付く者として、それはどうかと思う発言ですなぁ。問題児を問題児と思わないその思考は貴女らしいですが。では、その書類の彼は貴女の興味に留まったと?」

「うん! 中々面白い子でねー。コレ見る限りは完全無欠の落ちこぼれ君だけど、思考とか言語回路はぶっ飛んでて、いきなり宣戦布告しちゃうくらいなんだよ? あとは――、勘だけど玄爺と同じ気配がするかな」

「……ほほぅ?」

 その言葉に、老人は監察するように眼を細めた。

「雰囲気というか、魔法に対する常識っていうの? それが何となくズレてる感じがするの。玄爺のアレって、何て呼んでたっけ?」

「それはまた、面白い若者ですなぁ……。ふむ、この老いぼれは魔術と呼んでおります。現代の魔法にそぐわぬ異質な術。魔法と呼ぶにはおこがましいので――魔術と」

「そう、ソレ。もしかしたら、彼――マコトちゃんも使えたりしてね」

「面白い冗談ですな。ですが――それはあり得ませぬよ。アレは過去の遺恨のようなものです。今を生きる若者には必要ない。いや、必要とあってはならない知識ですからな

。あと、研究熱心なのは良いことですが、魔術に関する詮索は辞めていただきたいと以前申し上げたでしょう? 老いぼれが口を零すのを待つのは、時間の浪費でございますよ」

「ありゃ、バレちった?」

 マツリはイタズラがバレた子供のように舌を出した。その様子に、老人はやれやれと肩を潜める。

「では、そろそろ本当に施錠いたしますので帰宅の準備を。老いぼれとしては、早めに仕事を済ませて用務員室で飼わせて頂いている猫のトメさんに餌をやりたいので」

「あれ? 先週はヨネさんじゃなかったっけ?」

「ちなみにその前はステファニーですな。この老いぼれ、せめて心の中では何時までも女性が惹かれる紳士で在りたいものでして」

「用務員権限で生徒から没収した猥本を楽しみにしているエロ爺が言うセリフじゃないね。今週は何を没収したしたの?」

「ええ、確か三年から頂いた『ドキッ☆女学生達と農作体験?乳と父?』です。思わず学徒時代を思い出す一品でした。ちなみに、当時交際させて頂いた女性の名前がトメさんと言いまして――」

「――うん、さっさとくたばれ糞爺」

 手早く荷物をハントバッグに詰め込むと、マツリは足早に職員室を出た。

 夕焼けと夜の黒が差し込む廊下に彼女の足音が響く。そこに人の姿はなかった。生徒達は寮の門限の関係で既に残っていないだろうし、教員も残りはマツリだけだ。校舎の外に出てしまえば、玄爺は瞬く間に用務員としての仕事を全うして帰宅するだろう。

 昇降口で靴を履き替え、校外へ。

 適当なツマミとビールでも買ってちびちび晩酌しながら今日の疲れを癒そうと、マツリは一直線に最寄りのコンビニへと入っていった。数分後、大きめのレジ袋一杯に詰め込んだ缶ビールとスナック菓子を抱え、満足そうな笑みを浮かべて出てくる。

「さーて、明日にはマコトちゃんの宣戦布告も全校に広まってる筈だから忙しくなるなー。噂の広まるのは早いんだから、このガッコ。自分で突進して自爆するのはいいけど、闇討ちとかは後味悪いから警備員増やさないと」

 恐らく、彼の場合はどっちもどっちだろう。アレはそういう類の人間だ。触れ方を間違えれば、無害な花は瞬く間に毒と化す。

「ほんと、玄爺みたい。一度、あのエロ爺と会わせてみるのも面白いかも」

 と、彼女の視線が一方を捉えた。

「――並木道の方、あそこだけ空が揺らいでるような……。また技術研の連中が暴走でもした? せめて新学期中は大人しくしてろって通達あった筈なのに」

 去年彼等の作った実験道具が暴走して体育館をふっ飛ばした光景を思い出し、ため息。

 可能ならさっさと帰ってレジ袋の中身に手を付けたいのだが、見つけてしまったものは仕方ない。軽く注意してさっさと帰ろう、と足を向けた瞬間、

「――っ!? あれは……炎?」

 轟音が響き、空と宙の境目に揺らめく火の粉が見えた。いや、火の粉ではない。少しづつ、溢れ出るように蠢くアレは炎だ。炎が窮屈な殻を破り捨てるように、ゆっくりと襟首を上げる。

「……こりゃ、晩酌前にもうひと働きしないとダメみたいだね」

 呟くと、九重マツリは――跳んだ。

 

 

 

 

 

 モニカ・ブレンヒルトは反射的に瞑ってしまった瞼を震わせながら違和感を感じる。

――痛みが、無い?

 炎に飲まれた筈の自身が、何も感じない。それとも、痛みや熱さを感じる間も無く蒸発でもしてしまったのだろうか?

「……だとすれば、ここは天国? やったー、アタシ一度お花畑を走り回ってみたかったのよねーって違う!」

 反射的に瞳を開く。

「……九重先生?」

「いやー、間一髪だったね――お陰で私のお酒とお菓子が台無しになったけど」

 見開いた視線の先には、一見すると子供と見間違う女性の姿。九重マツリは右手を掲げ、放出される炎の濁流を上方へ捻じ曲げながらウインクを1つ。

「――で、何処の誰だか知らないけど、私のビールの仇は討たせて貰うよ?」

 そう言うと、マツリは指を躍らせた。指先に灯したエーテル光で円環を描き、円周に沿うように素早く文字列を刻む。頭一つ分程の大きさに留めたソレを握りこみ、眼前の炎へと拳を叩きつけた。

 濁流が拳大の穴を幾つも開け、飛沫を上げながら動きを乱す。

「むっ、飛ばし切れなかったかー。ならもう一回!」

 再度、拳を穿つ。

 自らに広がる穴から逃げるように身をよじっていた炎は、風船が弾けたような音と共に大気に溶けた。マツリはその様子を確認すると周囲を漂っていた火の粉を振り払い、射線上の先へと視線を向けながら唖然としているモニカ達に言葉をかける。

「――で、どういう状況なのかなコレ? 技術研の悪ふざけにしてはちょっと度が過ぎてると思うけど」

「……この状況を見て技術研連中の悪ふざけって言葉が出てくるのが信じられねぇぜ。見た目も若造りなら、脳みそもガキってことか? 自称アリスさんよぉ」

 そんな挑発するような言葉を返したウィンストンに背中越しに視線を向けると、マツリは顎に指を添えて少し考えるような仕草をした。

――誰だっけ?

 制服を着ているから南ヶ丘の生徒だろう。あの青髪もそれなりに印象に残るはずだ。教員が生徒の顔と名前を覚えていないのは結構な問題ではあるのだが、九重マツリという人間は基本的に必要ないと判断した記憶については覚えないことにしているので、彼の場合はそういうことだった。つまり、

「――ゴメン、誰だっけ?」

 ウィンストン・リッケンバッカーという生徒は、彼女の思考からこぼれ落ちる対象だったということである。

「てめぇ、まさか忘れたとは言わせねぇぞ! 前に吊し上げくらった恨み……ここで晴らしてやろうか!?」

「……吊し上げ?」

「あったわねー、そんなことも。確かウィンってば、去年の今頃に九重先生に喧嘩売って、手も足も出ずに返り討ちにあったんだっけ? そのまま朝まで屋上から全裸で物理的に吊るされて。股間には申し訳ない程度に『私は負け犬です。世界一可愛いマツリてんてーに逆らってゴメンナサイでした』なんて張り紙されて! 中等部でも評判だったわよ?」

「わざわざ説明するんじゃねぇ! 言っておくが、校庭から聞こえた馬鹿笑いの中で特別腹抱えてたてめぇのことも忘れてねぇぞ! こうなったら二人まとめて――」

「あ、ブレンヒルトちゃんだ。やっほー」

「やっほー、九重先生。ナイスタイミング! 今回は本気で死ぬかと思ったわ……」

「テメェ等! 俺を無視してんじゃねぇ! つーか、ブレンヒルトのことは覚えてるクセぬ俺のことは綺麗サッパリ忘れてるってどういう了見だ!?」

「うるさいよ、青髪君。それにしても、急いで駆けつけてみれば並木道全体に人払いと奇妙な隔離型結界が張られてるし、無理やり侵入してみれば中身は火の海。しかもこの炎、エーテルを燃やしてるのかな? だとしたら、魔法使いとっては天敵だね。障壁系も含めた展開、放出タイプの魔法は情報構成が崩されちゃう」

 マツリは拳の感触を確かめながら、思考を巡らせる。その間にも、周囲を包む熱気は彼女たちの喉を焼き、肌を焼き、視界を焼いていた。

「でも、お陰で興味が湧いたよ。これ、一体どういう理屈なのかな? ねぇ、答えてよそこの人」

 揺らめきの向こう側へ――いや、その先にある人影へと声を向ける。

 

――阿ァ、狂おしや

 其ノ荒御魂、鬼ノ如く禍々しい

 幾つ石を積まれようども、幾つ供物を添えられようども

 彼岸ノ華は焼け落ちる

 

 返答は人影ではなく、影に寄り添う巨大な獣からだった。低く、呪いという言葉をありったけ詰め込んで釜の中で煮詰めたような歌。同時に、熱気と靄に包まれていた周囲に変化が生じた。

 獣の叫びに弾かれるように視野を塞いでいた蒸気が晴れる。そして、炎の主の姿が顕になった。

「――マコトちゃん? へぇ、君だったんだ」

 ある程度は予想が付いていたような、そんな笑みを浮かべながらマツリは呟いた。

 炎の獣が形を崩し、周囲から熱が引く。頭部から徐々に、幾何学文字を描きながら放射線状に火の粉を散らす。まるで、桜の花が散りゆくように。未だ紅のカーテンに包まれている空へと高く舞い上がった。一見すると、矛を収めたようにも見える。と、そこでマツリは何かに気がつく。

……この妙ちくりんな結界はそのまま?

 何があっても直ぐ様動けるようにとマツリが身構えている間に、獣はその姿を完全に散らしていた。その光景を見た彼女は――、思い至った行動に息を詰まらせた。

「後ろの二人、もっと側に寄って!」

 いちいち二人を回収していたのでは間に合わない。そう判断したマツリは激昂を飛ばしながら赤青コンビに活を入れる。

 瞬間――紅蓮の大気が波打った。遥か上空、互いに絡み合った炎が燃え盛る大海を作り上げる。

――圧倒的な物量による絨毯爆撃!?

 点で駄目ならば面で。逃げ場がないように、上空から一気に炎の海に突き落とし燃焼させる為の一撃。人間ならば――並の魔法使いならば、痛みを感じることなく蒸発するには充分過ぎる火力。だが、九重マツリという魔女は並では無かった。この程度どうにか出来なければ、南ヶ丘の教員など務まるわけがない。

 マツリは、懐から紐で括られた鉄製の短冊の束を取り出すと頭上へと放り投げた。すると、鈍色一色だった短冊に青白く文字が浮ぶ。刻まれた文字は『The Mock Turtle’s』という一文。

 文字を確認した彼女は瞬時に新たな術式を組み上げ――空から、焔の海が落ちた。

 

 

 

 

 

 

 熱の檻から融けだした意識が、身体を現実へと引き戻した。

 朦朧とする脳を必死に動かして周囲を見渡す。頬に当たるシーツの感触が心地良い。視点が床よりも高かった。どうやら、自分は何処かのベッドに寝かされているようだ。眠る身体を動かそうにも、四肢が痺れたように動かない。

 意識を内側に沈ませた。

 充分に貯蓄されていたデータ群はすっからかん。あの駄犬め、片っ端から喰っていきやがったらしい。身体が動かないのは、魔力切れによるオーバーヒートのせいだろう。

 仕方がないので首だけを必死に動かし、改めて室内を見回した。

 一言で表すなら、清潔感のある真っ白な部屋だった。

 ただし、壁紙も白。自分が寝倒れているシーツの色も白。壁際に沿うように置かれたアンティークテーブルも白。壁掛け型のディスプレイの枠の色も白。羽毛のように柔らかそうなカーペットの色までも白。まさに白一色の部屋。その様子に、糞ガキだったころに観た映画に出てきた、囚人部屋の話を思い出した。あれは、白一色の部屋に人間を閉じ込めると時間が経つにつれて意識が壊れていくっていう話だったか。

 人間という生物は、なまじ高度な思考回路を持っている分、外部からの刺激が無いと精神のバランスが損なわれていくらしい。それは物理的な刺激の他に、視覚的な要素も含まれる。似たようなものであれば、光の届かない牢屋の中で、水滴の音を聞き続けると心が折れるという話があったか。真っ暗な牢獄で、一定のリズムで滴り落ちる水滴の音を聞き続ける。本来自然界に存在しない一定の信号のみで刺激された身体は、水滴を認知する精神と肉体との間にズレを起こす。簡単に言えば、精神の処理が肉体の処理に追いつかないのだ。結果的に、肉体と精神の境界が曖昧になり自意識の崩壊を招く。つまり、それは心と身体が剥離するということ。

「……感覚があるってことは、俺は別に壊されちゃいないってことか」

 呟いた声は、枯れ木のようだった。声帯が水分を欲している。一度意識してしまうと、無性に喉が乾いてくるのは人間の欲か。

 とりあえず、身体は動かない以上どうにもしようがない。せめて、誰か水だけでも持ってきてくれないだろうかと叶うはずもない希望を抱こうとすると、

「……ん、んっ」

 直ぐ側で、耳を蕩かすような音が聞こえた。まるで砂糖菓子にも似た、聴覚から脳髄をドロドロにしてしまいそうな甘い声だ。出来る事なら、このままずっと聴いていたい耳から流れこむ快楽。そんな誘惑に押し犯されそうになりながら、必死に動かした首を反対側へ捻った。

 まず視界に入ったのは艶のある黒髪。鼻孔をくすぐる蜜のような香りで益荒男メーター上昇。

 髪とシーツの間から、細いうなじと剥き出しの肩が見て取れた。少し視線を下げれば、慎ましいながらも触れたら柔らかいこと間違いない双丘が。益荒男メーター急上昇。

 少しづつ視線を吐息の元へと上げていく。

 細く小顔な顎のライン。ぷっくりとした薄紅色の小さな唇。この状況に違和感を覚えつつ、眠り姫の御尊顔を拝見しようとしてみれば。

「――マツリちゃん?」

 何故か隣で寝ている担任教師が、動かぬ腕に絡みついた。

 動かせなくても理解出来る。触覚は生きているのだ。肌から脳に伝わる信号が、現在の彼女の姿を明確に妄想させた。柔らかい、暖かい、隔てる物がない直接的な感触。この人、服着てないんじゃね? いや、その前に何でマツリちゃんが居るんだ? こら、起きろ俺の脳味噌。馬鹿犬を使った辺りから記憶飛ばしてんじゃねーよ。

 視線を右往左往上下させると、あらビックリ。なんと自分も全裸でした。

「これはつまりアレか。夜明けのコーヒーブレイクと洒落込まないといけない流れか? おい、何で記憶にねぇんだよ俺の脳味噌! そんなオイシイ回想くらい録画しとけよ。クソっ、何とか思い出せないか? エピソード記憶辺りを引っ張り起こす魔法とか持ってる奴いないかな……」

 喉の渇きも半ば忘れて吠えた。こちとら思春期真っ盛りの学生さんである。素晴らしき青春イベントを通過して、その記憶が無いなんてことは許されるはずがない。

「……んぅ、マコトちゃんうるさいよぉ。まだ身体が痛いんだから、もう少しだけ寝かせて」

 身体が痛いって、俺はどんなプレイを要求したのだろうか。激しかったんだろうか。それはもう馬並みの勢いで盛っていたのだろうか。

「お休みのところつかぬ事をお聞きしますが……。これは一体どういう状況なのでございましょう?」

「もう……、人のことをあんなに激しく揺さぶって、最後はドロドロで熱いのをたくさんかけてきたのに。ナニも覚えてないのかな?」

 ニヤリ、と上唇を舌先で舐めながら妖しい笑みを浮かべるマツリ女史。あははー、終わった。理想は金髪巨乳っ子もしくは銀髪不思議っ子で脱☆童貞と決めていたのに……。いや、それよりもこんなことがバレたら婆さんに殺される。あの人、その辺りとてつもなく厳しいからなー。俺の人生短かったなー。

 天井の向こう側にあるだろう星空を幻視する。近いうちに、俺もあの星たちの仲間入りをしそうだ。多分名前は、故DT座。星になる前に燃やされるか。

「で、身体はどうかな? 今ので情報詰まりは解消したから起き上がれると思うけど?」

 言われてみれば、四肢の動きが戻っていた。首も問題なく回る。マツリちゃんの言葉通りなら、さっき腕に抱きついてきた時に何かしたようだ。

 そんな俺の様子に満足したような表情を浮かべると、垂れかかるように裸体を預けてきた。より明確になった感触に全身が硬直し、太腿から胸板にかけて蛇のように彼女の指が這い回る。ぴちゃり、と今度は咥内の蛇が耳元で音を立てた。一言、

「目も覚めちゃったし……、夜明け前のコーヒーブレイクにイッちゃおうか?」

 

 

 

 

 

 

 場所を精神病棟のような真っ白な部屋から反転。書類の束やらよくわからない機械のパーツなどが散乱した研究室のような部屋に移して、即席のコーヒー片手に事の顛末を静かに聞いていた。

 ちなみに、当たり前のことだけど服は着ている。俺のことなんてお構いなしに全裸で着替えを取りに行ったマツリちゃんの豪胆さに眼福でした。

「そんな感じで、人間火達磨を実演しながらハッスルして、そのまま気絶しちゃったマコトちゃんを回収したのがマツリ先生なのだー。並木道の修復も手を打っておいたんだよ。偉いでしょ! 褒めて褒めてー!」

 要訳すると『超ハッスル俺最強! 久しぶりのシャバだぜヒャッハー!』と大暴れした馬鹿犬をぶっ飛ばして、倒れた俺を自分の部屋で介抱してくれていたらしい。俺が裸だったのは身体を治療していたせいで、終わった途端眠くなったから服を脱いで一緒に寝た……と。本人曰く、寝る時は裸じゃないと寝れないだとか。

 ともかく、貞操は守れたようであった。嬉しいやら勿体無いやら。

 隣に座る彼女を、横目で観察する。既にミルクの入れすぎで、ミルクコーヒーというよりコーヒー風味のミルクとなったティーカップの中身を啜る彼女は、どう見ても自分より年上の教員とは思えない風貌だ。とても馬鹿犬をノックダウン出来たとは思えない。もう不老不死の魔女とか言われても驚かないぞ俺は。

「そういえば、あの二人は……?」

「青髪君とブレンヒルトちゃんのこと? 大丈夫、2人共怪我は治しておいたから。青髪君の腕も擬触と人工筋肉使えば元通りだよ。といっても、公衆の場での魔法の無断使用に伴う周辺被害なんかも考慮すると、しばらくは停学。あとは学園のボランティア活動に強制徴収かな?」

 そういえば、あの青髪ヤンキーの腕って燃やしたんだったけ。二人のペナルティを聞く限りじゃ、俺の場合はどうなるのだろう。

「それって……俺もですよね?」

「マコトちゃんは一応正当防衛ってことで話を通しておいたから、心配しなくてもだいじょーぶ! た・だ・し」

「……ただし?」

「――火之迦具鎚神

ヒノカグツチノカミ

 その一言に、無意識に身体が反応した。

「国産みの神話に出てくる火の神様。八百万の祖である伊邪那岐

イザナギ

と伊邪那美

イザナミ

の子。産まれた時に、伊邪那美に火傷を負わせてしまったことが原因で、母である彼女は亡くなってしまう。そのことに怒り狂った伊邪那岐は、十拳剣で火之迦具鎚の首を切り落としてしまう。火の神様であったために、母を焼き、父に殺されてしまった不遇の神様。同時に、屍となった血と肉から新たな神々を生み出した生命の神様。だよね?」

「……良くご存知で」

「これでも先生だからね。それに、神話の記述から英雄や神様の力を再現する魔法とかも無いわけじゃないの。魔法使いなら、未来だけじゃなくて過去を見つめるのも大事なことなんだから」

 それでも先に進むのが魔法使いなのであって。

「それは希望的観測での空論でしょ。結局、魔法使いってのはこぼれ落ちたものには見向きもしない。受け皿から溢れてしまったら、その時点で価値を無くしていくんだ。自分たちが歩いている道に希望があっても、他人が追いつけないなら迷うことなく切り捨てる。足を引っ張れば、自分たちが勝手に決めたルールで踏みつぶしていくのが魔法使い……ですよね?」

「……ありゃ、厳しいこと言うなあ。たしかに頭の硬い連中はそんな優劣思考が多いけど、全員が全員そんな考えだと思っちゃダメだよ? 政治思考に流されたら、まともな人格形成なんて出来ないんだから。って、話を逸らそうとしない!」

 ちっ、バレたか。

「なら、マツリちゃんはどっち派なんですか?」

「むっ、その質問の返答によっては好感度変わったりする?」

「変わりますね。具体的には、攻略可能ヒロインになるかファンディスクが出てもヒロイン昇格出来ないネタキャラになるか程度には」

「結構違うよねソレ!? これは本気でフラグ立てないと……先生の好感度ピンチ!?」

「現段階で、俺の先生に対する好感度は『積極的に関わるべからず』ですので、頑張って選択肢を選んで下さい。応援はしませんけど」

「マコトちゃん酷い!? うぅ……正直に言うと、私は両方肯定派かな。過去を見つめて冷静に思考するのが理性なら、未来を夢見て利益を求めるのが欲なんだよね。なら、欲を認めて理性を制御すれば正しい進化に辿り着くと思わない? 空論で理想論だけど、ソレを成してこその魔法使いだと思うんだよ」

 つまり、切り捨てず抱えていくという選択。だけどそれは、

「……本当に理想論ですね」

「うん、だから言ったでしょ? 空論で理想論なんだよ。それに魔法使い達はそんなこと求めていない。だけど、だからこそ一般市民の代弁者として私みたいな研究員であり教員が居るんだよ。いつか、本当の意味で魔法が幸せの種になるようにね」

 真摯に訴えるその目には、俺が見た限りでは嘘偽りは存在しなかった。紛れもなく、本心を訴える瞳。あー、そんな目で見つめられるとこっちが悪いことやったような気がしてくるんだけど。

 思わず、ため息が出た。

「わかりました、降参です。変な質問した俺が悪かったので、子供っぽいマツリちゃんに戻って下さい」

「子供っぽいってどういう意味ー!? これでも、マコトちゃんよりかなり年上なんだからね!」

「つまり年増ですか」

「年増って言うなー!」

 ぽかぽかと、見た目相応のじゃれ合うような打撃をあしらい、彼女と目線を合わせた。

「で、九重教諭は俺に聞きたいことがあるんじゃないですか?」

「えっ、あるにはあるけど……答えてくれるの?」

「最初は上手くはぐらかそうと思いましたけど、冷静に考えれば共犯が多いほうが色々便利かなって」

 多分、このペースでいくと一人じゃ隠しきれなさそうだし。この際だ、ダメ元で巻き込んでやろう。旅は道連れ世は情けってね。

 

 

 

 

 

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最近、ニンニクの丸焼きが食べたい。
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