圭藤歩は幼馴染
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 新学期に入ってから不登校になっていた幼馴染が、ある日突然学校に来るようになった。不登校になった理由もよくわからなければ、それがなおった理由もわからない。さながらパソコンのように過程の仕組みがさっぱりだった。

 けれど、そんなことはどうでもよくて、俺が今困っているのはとある女子に告白されたということだった。

 幼馴染である((雪瀬冷華|ゆきせれいか))が登校するようになる一日前。屋上に呼び出されてのベタなシュチュエーション。と言ってみても、実際こんな場所でこんな風に告白を受けている奴がどれだけいるのか、という話だけど。灰色の空の下、もう冬だから寒くてしょうがない屋上。もうちょっと季節を考えてみようか、とか何度か思った。

 とはいえ告白である。人生初である。だからどうした。ていうかどうしよう。

 多分緊張とかではなくて、寒さで震えるその女子に好きと言われて、返した俺の答えは一週間くらい保留、というなんとも情けないものだった。半分くらいは雨でも降り出しそうな空模様に、急いで帰って干してある洗濯ものを寄せなくては、という情緒も何もない、クリスマスは時給がいいからバイト、みたいな理由だった。

 兎にも角にもそんなわけで、その翌日もどう返事をしたもんかと悩んでいた俺の目の前に雪瀬冷華が現れた。別に俺に何か言う、というわけでもなく単に俺の席が扉のすぐ横だったから、という理由だけれど。ほんの少し、居心地悪そうな表情で、恐る恐ると冷華は教室に入ってきた。本人は普通を装っているようだったけれど、その足取りと、キョロキョロ動く視線で丸わかりだった。まったく、定規並みに嘘つけない奴である。ちなみに俺は新聞紙並みの嘘つきと自負している。どれくらいの嘘つきかは、まぁ人によって分かれそうな比喩だけれど。

 彼女は俺の顔を見ると、少し戸惑った表情で固まって、それから『おはよう』と挨拶してきた。ので、俺も『おはよう』とだけ挨拶を返す。返した後、俺も冷華もしばらく固まった。気まずいこと山の如し。風でも林でも火でも当てはまる気はする。つまり非常に気まずかったと、そういうことだ。それから冷華は『それじゃ』、と一言言って自分の席へと去っていった。

 ほんの少し前までは、もっと普通に親しい関係だったと思う。冷華とは腐れ縁という奴で、幼稚園から小学校、中学高校まで、ずっと同じクラスだった。十二年以上連続でロイヤルストレートフラッシュも真っ青である。そんなこともあり、俺と彼女はそれこそ昔はままごとやお医者さんごっことかした中であった。

「ウィーン。これからしゅじゅちゅをはじめます」

「れいちゃん、手術だよ」

「ほほう、かんじゃが口答えをしますか。いいのですかなそんな生意気なことを言って」

「手術しないってこと? 」

「いえ、しゅじゅちゅミスと見せかけて体の中にメスを入れっぱなしにします」

「リアルに怖いよ!? 」

「ふふふ、かんじゃが医者に逆らうからこんなことになるのです」

「うう、れいちゃんはヤブ医者だ」

「それでは今から、脳の改造しゅじゅちゅをはじめます」

「えぇ!? 」

「ふふふ、このしゅじゅちゅが終わる頃には君はわれらにちゅうじつな兵士となっているでしょう」

「く、まさかここが秘密結社だったなんて」

「ちがうよ」

「え、じゃあここはどこなんだい? 」

「え、えーっと、うーん……、ラーメン屋」

「何で!? 」

「洗脳してお客さんになってもらうの」

「やだよそんな理由。そんな技術があるならおいしいラーメン作ろうよ」

「ラーメンを作るぎじゅちゅはロストテクノロジーです」

「地球に何があったの!? あ、あとまたかんでるね」

「……それでは手術を開始します」

「え、ま、待って、なんか急に声が平坦になったよ。かまなくなったし。って、耳の中にそんな深く耳掻き入れないで! 」

「まずは脳をかきだします」

「いやだー、そんな原始的な手術はいやだー。痛い痛い痛い、鼓膜破れるって! 」

 ……あれ? お医者さんごっこってもっとこうエロス方面へのロマンにあふれたものじゃなかったっけ? ていうか、確かこのときマジで鼓膜破けたんじゃなかったっけ。……しゃ、しゃれになってねぇ。しかもこれ以来俺、耳掻きを耳の中に入れられなくなったし。綿棒でギリギリセーフ。とかそんな感じだよ、今。

 なんだか今の回想だと俺が一方的にいじめられてたようにも思えるけど、まぁ、俺たちはおおむね仲がよかった。それこそ互いにれいちゃん、あっくん、なんて呼び合うぐらいには。

 ぶっちゃけ高校あがっても、この呼び方は変わらなかった。さすがに大勢の前、教室なんかでは普通に苗字で呼んでいたけれど、街中でたまたまあったときとか、家に回覧板回しに来たときなんかは、この呼び方だった。うん、冷静になるととても恥ずかしいのだけど。もう十年以上この名前で呼び合っているので互いに感覚が麻痺しているのだろう。

 そんな風に、良好な幼馴染の標本みたいな俺らだったが、その関係はあっけなく崩れることとなった。

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 ((冷華|れいか))が不登校になたのだ。学校で顔を合わすことはまずなくなった。回覧板はあいつの母親が持ってくるようになった。俺が冷華と顔を合わせることはなくなった。俺らの関係性はただ日常生活の重なりによってのみ維持されていたのだとそのとき気づいた。あいつが不登校になった理由を明確に言うことは出来ないけれど、正直なところ、実際はなんとなく予想がついていた。あいつは昔から父親と折り合いが悪かった。根本的にどちらが悪いのか俺は知らない。冷華の話を聞く限りは、完全父親が悪いらしいが、結局、冷華づての話ではぼんやりイメージするのが限界だった。現実なんてさっぱりだった。別に二次元に行きたい訳ではないけれど。実感なんてそれこそ持ちようがなかった。仮に持ったとしてそんなものは安っぽい同情のようなものに違いないと思う。だから、俺には何もわからないし何も出来なかった。

 本当は何かをするべきだった。直接あいつと会ってきちんと話をするべきだった。力になろうとするべきだった。けれど俺は当たり前の、自分がいる場所に冷華がいるということしか知らなかった。自分で会いに行くなんてことを知らなかった。会いにいくことが酷く現実離れしたことのように思えた。どうしようもなく希薄だった。どうしようもなくいい訳だった。

 結局、俺はあいつが不登校の間何をすることもなかった。

 日々は当たり前に流れて、時間が平等なことをはじめて知ったように感じた。自分の力でどうしようもないこと、なんていくらでもあったし、理解していたけれど、まさか太陽の動きを本気で制御したいと思うことがあるだなんて思ってもみなかった。

 それだけだった。

 そして、テストが終わって冬休み間近な今日、俺が何かをするでもなく冷華は学校に再びやってきた。

 ……。

 ……ん?

 …………あれ?

 なんであいつの話になってるんだよ。俺が今悩むべきはあいつのことではないだろう。告白の話、『好きです』の答えを考えるべきだろう。なんで気づいたら延々と冷華の話になってるんだ。

 俺が不甲斐ない自分へ突っ込みを入れていると、朝のチャイムがなって、少し遅れてうちの担任が入ってきた。HRだ。ホームルームだ。HDの親戚ではないことをここに記しておく。誰が間違うのだという話だが。

 入ってきた担任がチラッと普段しないような視線の動かし方をした。多分クラスのほとんどの奴は気づかなかっただろう。それくらいさりげない動きだった。それでも、俺はその視線の先に冷華がいることに気づいた。不登校児がいる物珍しさからかとも思ったが、よく見れば担任の口元に満足そうな笑みが見えたので、担任がどうにかしたのかもしれない。

 そうして昼休みになった。それまでの間俺は授業など上の空で、一体、どんな返事をするべきなのかをボーっと考えていた。正直普段から授業はまともに聞いていないので、いつも通りとも言えた。教科書を読んでおいた方が絶対効率がいい。

 様々な思索の上、人の愛憎が人類の歴史を作っているのだという結論に達した。だからどうした。どうもしない。

 結局毒も薬もない時間を過ごして、昼になった。ようは空っぽということだ。誤植ではないぞ。

 なんとなく動かした先に冷華が見えた。声でもかけてみようかと、朝の気まずい空気を三歩で忘れて彼女に近づこうとした。

 そこで、

「雪瀬さん、一緒にお昼食べない? 」

 俺より先に、冷華へ声をかける女子生徒がいた。それはうちのクラス、というか学年、下手したら学校名物の生徒の一人、((御盾瑠璃|みたてるり))だった。なんだかんだと騒ぎを起こしては噂に上る三人組の一人である。もっとも、騒ぎを起こすといっても大体は笑い話になるようなものばかりだし、噂の方も好意的なものなので別に悪い奴と言うわけではないのだろうけど、なんで冷華に声をかけたのだろう。あの三人はクラスのリーダー的なポジションにもいるから、フォローのつもりなのだろうか。

「本当、いいの? 」

「もちろん。こっちから声をかけたんだから当然だよ」

 しばらくは馴染めないだろうと思っていたのだろう。声をかけてもらったのがよほど嬉しかったのか、冷華はまぶしいくらいの笑顔を浮かべていた。

「……」

 なんとなく話す機会を逃してしまって、仕方なく俺は席に戻った。別に特別重要な用事があったわけでもないし、と一人本を片手に食事をはじめた。

 その次の日、学校への途中、冷華の後ろ姿を見つけた。

「おーい」

 と声を上げたのは俺ではなくて、名物三人衆(今適当に命名)の一人((山上双也|やまがみそうや))だった。

「あ、山上君」

 昨日の昼休み、それから放課後で親しくなったのか、冷華が楽しげにそれに応じる。

「雪瀬はいつもこの時間に登校してるのか? 」

「うん、って言っても今日で二回目だけどね」

「あはは、ってそれ地味に笑えないぞ」

「え? 山上君って砂嵐の画面のテレビを見てても笑えるんじゃないの? 」

「何それ!? そいつ絶対おかしいよ!? おれはそこまでぶっ飛んでないから。っていうか誰から聞いたんだよその話。大体予想はつくけど」

「たしか((緋月|ひづき))君が。そしたら御盾さんも『山上君は所謂ツンデレだからね、違うって言っても大体嘘だから。温かい目で見守ってあげて』と言っていました」

「あいつらー、何言ってんだ。学校着いたら覚悟しとけよな! 」

「わかるよ。それが所謂ツンなんだよね。私はちゃんとわかってるから」

「うがー、そんなマジの温かい目で俺をみるなー! 」

 冷華の方こそ、砂嵐でも車上荒らしでも笑えそうな調子で笑っていた。いったん上げた手を下ろして、俺は彼らの後ろをゆっくり歩いていった。ここから学校まで一本道なのが少し辛かった。

 俺は何がしたいのだろう。自分の席についてボーっとそれを考える。冷華とまた前みたいな関係に戻りたいと、そう思っているのだろうか。他のクラスメイトと楽しそうにする彼女を見て、すねるような感情がわいてくるのは、単純に、元の自分の居場所が取られたような寂しさからきているのだろうか。それとも……、それとも、これはもっと違う感情から、やってくるのだろうか。自分の頭の中というのは自室と似ている。放っておくと気づいたときにどこに何があるのかわからなくなっていたりするのだ。大切にしていたはずのものがどこ得言ったかわからなくなっている。必要なものをどこにしまったのか思い出せなくなる。

 今の俺の中はまさしくそんな感じだと思う。ごちゃごちゃして、いらないものなら割と見つかるのに、本当に探しているものはまったくもって行方不明。

 おかげで、すっかり忘れていた懐かしいものは色々と見つかった。けれどそれは俺の望んだものではないのだ。懐古に浸って、思い出し笑いをして、けれどそればかりだ。探しているものがあるなら、適当に漁るのではなく、整理整頓をしなくてはいけない。

 わかっているのだけれど。そういうことに限って、上手くいかないものだ。

 気づけば時間は昼休み。HRを受けた記憶すらないのだが俺は大丈夫だろうか。自分の頭が少し心配になった。とりあえず、俺は時をかけたんだとポジティブシンキング。何の足しにもなりやしない。

 冷華は今日もあの三人と昼を食べているようだ。二日目だというのにすでに彼女はあのグループの中にすっかり馴染んでいた。冷華の適応能力が高いのか、あるいはあの三人組のグループの懐が深いのか。

 多分どちらもなのだろう。

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 なんとなく、俺は教室から出たい気分になって、弁当片手に校内をうろつくことになった。散々彷徨った挙句、到着したのは告白スポットナンバーワンの候補、かく言う俺も告白された屋上だった。さすがにこの季節、こんな場所で昼を過ごそうという奇特な生徒はいない。教室でストーブに当たっている方が明らかに有意義に思える。ここにやってくるのは俺のように行き場が見つからなかった奴か、ナンバーワンスポットだからと季節すら超越してしまう特殊効果に期待する一部の乙女だけだろう。

 屋上の誇りっぽく冷たい、どう考えても人に厳しい風を受けながら、俺は一人、フェンスにもたれて弁当を食べる。聞こえてくるのはこんな季節に元気に校庭を駆け回る体育会系たちのはしゃぎ声だけである。

 このフェンスに切れ目でも入れてあったら、ここからまっ逆さまなのに、などと考えながら箸を進める。そういえば、俺は結局なんて返事をしようか決めたのだろうか。場所が場所だけに、告白のことを考え出す。そもそも、イエスを出す気が俺にあるのだろうか。ノーを出す気も特にはないのだけれど。つまり、告白に関して俺は感じることが何もなかったということなのだろうか。それも違う気がする。そうではなくて、俺はこのことを具体的に考えないよう避けているのではないか。

 ボーっと空を眺める。飛んでいるハトらしき影を見つけて、鳥はいいよな、と思った。瞬間、飛んできたもう一回り大きな影がハトを襲った。多分トンビか何かだろう。ハトは必死で逃げる逃げる。けれどトンビの方がスピードは上で。影が小さくなった頃に、ハトは力なく落ちていった。鳥は却下だ。

 気づいたら三時を過ぎていた。午後の授業をサボってしまったようだった。あー、うちの担任って意外とうるさそうだよなー。とか思いながら、それでもぼんやり空を眺めた。

 五時を過ぎた。吸ったこともないのに無性にタバコが吸いたくなる。飲んだことのない酒が欲しくなる。あー、と声を出してみる。酷くかすれていた。空は茜色から藍色へと変わろうとしていた。

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 もう一度声を出そうとしたら。バタンと階段へ続く扉が開いて、うちの担任が現れた。

 そういえば午後を全部サボったんだっけ、とその時になって思い出した。

「なんだ、((圭藤|けいとう))、お前こんなところにいたのか」

 少しだけホッとしたような表情で担任がこちらを向いた。

「何で午後の授業出てなかったんだ。もしかしてお前、ずっとここにいたのか? もしもそうなら、風邪引くぞ」

 タバコを吸ってて、とか答えてみようか、なんて思いついて、けれど実行はしなかった。

「ボーっと考え事してたんです。空見ながら」

 結局口から出たのはありきたりな言葉だった。

「悩んでるのか? 」

 担任は随分直球で聞いてきた。

「さぁ」

 酷い返事だと思ったけれど、本心だった。

「なんというか、それがわからないんですよね。こう、自分の中を覗き込んでみたら思いのほかぐっちゃっぐっちゃで、どうしろってんだ、みたいな。人間は難しいなぁ、と青春的な悟りを開いてたんですよ」

「で、悟ってたらこんな時間になってたと」

「まぁ、そんな感じですね」

 本当は三時過ぎに一度気づいたのだけれど、そのことは言わなかった。

「何かを望んだり、後悔したり、期待したり。でもそれがどっからきてるのかさっぱりなんですよ」

「それは、確かに青春っぽいな」

「そうですよね」

「でもな、青春は悟らないぞ」

「はぁ」

「あれだ、青春ってのは走り続けてるようなものさ」

「どっかのドラマかなんかで言ってそうな台詞ですね。というか青春青春連呼してると恥ずかしくなってきませんか。俺すでにだいぶ顔が熱いんですけど」

「はっ、教師がそれくらいで恥ずかしがってられるか。なんだったらもっといってもいいぞ。青春青春青春青春青春青春青春青春青春青春青春青春青春青春青春青春」

「そのリアクションはどうみてもガキですよ」

「まぁ、そんなことはいい。正直、青春連呼はちょっと痛かったかなとも思ったけどそれもどうでもいい。とりあえずな、こんなところで授業をサボってるくらいなら窓ガラスでも割ってた方がまだいいってことだよ」

「いや、意味わかりません。あ、でも、先生は昔そういうことしそうですよね。服の背中に夜路死苦とか書いてそうな」

「ケンカならいつでも買うぞ。私が言いたいのはそんな延々と悩んでるくらいだったらわからないなりに行動しろってことだよ。一歩も動かず同じ場所であーだこーだ悩んだって、グルグル同じ場所回ってるようなもんだよ。アクションを起こせ、動く体あるだろ」

 悩んでるくらいなら即行動、ってことだろうか。だからって、それが出来たらそもそもこんなところで五時間近くもボーっとしてなんていないと思うのだけれど。そもそも、行動って何をすればいいんだよ。窓ガラス割って回れとでも。

「あー、だからそういうのをやめろといってんだ」

 視界が真っ白にフラッシュした。頭が横に吹っ飛んで、つられるように体も横に倒れた。一瞬後に、側頭部が鈍く傷む事に気づいた。倒れたときに擦ったのか頬も少し痛む。

 顔を上げると。ポケットに両手を突っ込んだ担任とブラブラ揺れる足。

 この教師。生徒の頭蹴りやがった。

「あんたどこの不良だよ! 完全に校内暴力じゃん! 」

「知るかんなこと。私は女子には優しいが男子には鉄拳制裁と決めてる」

「ならせめて拳にしとけよな! 頭蹴るとか教師うんぬん以前に人として問題だ! 」

「うるせぇ」

 今度は右肩に担任のつま先が刺さった。これ、かなり蹴りなれてるだろ。この人やっぱ元ヤンなのでは。元ヤンって死語っぽいけど。

「お前、ここ数日ずっとそんな調子だろ。何悩んでるか知らないが、いい加減どうにかしろ。授業はちゃんと聞け。何しに学校来てんだ」

 全身が痛む。一方的にボコボコにされた痛みだ。というか口の中血の味がするんですけど。本当何してんのこの教師。

「やって碌なことにならない場合ってのは、大体何もしなくても碌な場合にならないんだよ。活入れてやったんだから今日中にはどうにかすること。それで、なんかまた悩みがあったらっ授業サボってないで私に報告しろ。今回みたいに解決してやる。以上、先生の青春相談室終了」

 そして担任はあっさりと扉を開けて階段を下りていった。屋上はまた俺だけになった。

 活って何なのだろう。この一歩的な暴力の古典的仮名遣い? なんか不良に絡まれて理不尽にボコボコにされた気分なのだけれど。しかも今度相談したら今回みたいに解決って、それ単にまたボコられるだけだよね。……なんであんなのが教師やってんだ。

 冷たい風が熱を持った傷をなでるのが気持ちいい、気がしたけどなんだかこのままさらしていたら傷が更に悪化しそうだったのでおとなしく教室へ戻って帰ることにした。

「へー、そうなんだ」

「ホント、バカだよな、((山上|やまがみ))」

「まて、何でそんな話になってる。さっきまで全然関係ない話だったよな」

「へー、そうなんだ」

「今のそうなんだ、何で棒読みなんだよ! 何そのコイツはしょーがねぇなぁって声」

「へー、そうなんだ」

「へー、そうなんだ」

「へー、そうなんだ」

「合唱するなぁぁぁあああ! 」

 何やってんだあいつら。戻ってきた教室には三人衆ウィズ((冷華|れいか))がいた。何を話しているかはわからないけれど和気藹々とした雰囲気で、教室に一歩踏み込むことすら躊躇われる。一人暗くなった廊下に突っ立って、どうしよう、と呆然とする。このまま荷物置いて帰ろうか、とか。

 足の向きを変えようとして頬が痛んだ。また、蹴られるのはいやだなぁ。なんて割と切実に思った。肩も痛いしなぁ。次は鳩尾やられるかも。骨の一本や二本折れてもおかしくない。それは嫌だ。すごい嫌だ。

 それはなんというか身も蓋もなくて、半分以上本気のいいわけだったけれど、それでも教室の扉に手をかけることくらいは出来た。

 ガラリ、と引き戸がなって、四組八つの視線がこちらを向く。どないせいっちゅうねん。とか、よく知りもしない関西弁で内心嘆く。それでも、目的の人物の前まで歩いていって、立ち止まる。ぽケっとした表情で冷華が俺を見上げる。畜生、この前はそっちだって気まずげだったくせに、なんでそんな反応薄いんだよ。

 ちょっときてくれ、と言おうとしてやっぱりそれは恥ずかしいな、と思った。いや、ギャラリーの前で言う方が恥ずかしいんだけど、今なら勢いでどうにでもなりそうな気がする。

「その、((雪瀬|ゆきせ))、なんていうか、わりぃ、じゃなくて、えっと、あれだ。また学校来るようになってよかったって言うか。うん、そんだけだ。じゃ」

 時間にして十秒にも満たない告白タイム。……告白? できる限りの早歩きで机にかかった自分のかばんを回収。九十度旋回。扉を開いて教室を飛び出す。

「うん、ありがと、あっくん」

 冷華が何か言った気がしたけど、よく聞こえなかった。廊下に出てからは全力疾走。とにかく早く学校から脱出しようと足を動かす。

 なんだあれ。どこのコミュ障だ。なんだよあのしどろもどろな言葉。つーか何言いたかったんだ自分。何してんだ自分。全部あの不良教師のせいだ。うんそうしよう。そうしておこう。

 そんなことを考えていたら「廊下走ってんじゃねえ」と某教師に蹴り飛ばされた。相談しないのに。なんだ、俺、前世がサンドバックだったりとかしたのだろうか。

 まぁ、うん、兎に角こんな感じでいいのだろう。何がいいのか自分でもさっぱりだけれど、どこかすっきりした気がした。気まずい冷華との関係が何か変わったわけではないだろうけれど、けれど自分の内で渦巻いていたものが抜けていった気がする。やっと平和に本来の考え事に戻れる。そう、告白にどう答えるかだ。なんとなく、なんとなくだけれど、今なら新しい一歩を踏み出せるような気がした。とりあえずは、青春を謳歌しようと思う。あの時屋上の担任のように散々連呼したって恥ずかしくなくなるくらいに。

 

 翌日、女子からメールで『ごめんなさい他の人と付き合い始めました、あの話はなかったことに』と言う内容をメッチャ絵文字だらけのカラフルな文面で告げられた。

 ……青春とか、ないわ。                           

説明
サークルのほかのメンバーの作品の外伝として書いたもの。
放置しててもったいないと思っていたら、許可が下りたので投稿。
当時読んでたラノベの影響バリバリで痛々しい感じ。
どこがどのラノベに影響されてるのか考えてみると、趣味がばれる。
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幼馴染 外伝 高校生 

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