カボチャの馬車がないとしても |
灰かぶり、なんて呼ばれてた妹が、ある日王子と結婚した。よく知らないのだけれど、王子の方が一目惚れしたらしい。王族がそんな理由で結婚相手を選んでいいのかは甚だ疑問ではあるけれど。まぁ、私なんかが深く考えたところで、どうともならないことなのだからそれはいい。人生山あり谷あり、妹は随分と高い山に登ったようだ。まぁ、少し前まで人生どん底の典型例だったけど。
うちは割と裕福だけど、特別身分が高いような家柄でもないし、父親も死んでいる。そうでなくとも相手は王族なのだから、妹の結婚を家族は諸手を振って大喜びだ。普通だったならば。
ところが、うちは普通の家族ではなくって。つまりは、諸手を振って喜べないのだった。
我が家の妹には、色々と複雑な事情があるような無いような。細かいところは知らないけれど、少なくとも大きく二つの事情があった。
妹は家族の中で唯一血のつながりがなかった。そして私たちはあの子を奴隷のように働かせ、いじめていた。至極単純、且つどうしようもない。どう取り繕おうとこちらが悪いのは誰の目から、それこそ天使も悪魔もはたまた宇宙人からも明らかだった。
妹は母が再婚した二人目の父親の連れ子だった。
私は妹に何を思うでもなかったのだけれど、母親と姉は何故だかとても嫌っていた。父親が生きていた頃はそれでも表面上は態度を繕っていたけれど、その父親が死んで繕うべき相手がいなくなった後は、それこそ奴隷のように扱うようになった。部屋を屋根裏の汚い部屋に移され、服はぼろの様なものしか与えられなかった。毎日朝から晩まで休むまもなく働き続けて、手は水荒れでいつも皮が破けていた。家には母親と姉と私と妹の女四人が住んでいたけれど、洗濯料理掃除の家事全般は全てあの子の仕事だった。
そんな環境で、それでも泣き言を言わず、泣き顔を見せないあの子が、母親と姉は気に入らないようだった。一体何が気に入らないのか私にはさっぱりで、いじめられる妹とその姿にますます嫌悪を募らせて妹をいじめる母親と姉というじめじめとした家の中で、一人置いてきぼりにされているようにも思えた。
と、そんな風に言うと私が傍観者だったようにも聞こえるかもしれないけど、実際は私も母親と姉に習って妹をいじめていた。いじめ側の一人だった。要するにあの子の敵だったのだ。多分。母親と姉が妹をいじめる環境で私一人が何もしていないのは不自然に思えたし、母親や姉からのお前もいじめろオーラをなんとなく感じ取っていた。
私にとって妹は可哀想な子だった。けれど、だからといって彼女のために何かを捨てたり、犠牲にする気もなかった。そんな義理はないし、そんな理由はない。一緒にいじめられるなんていう選択肢ももってのほかだ。だから、私はあの子に何かをすることはなかった。何もしなかった。
妹が王子と結婚するようになってから、いや、多分それ以前からもぼんやりとだが、私は自分がこの家の中で一番酷い人間だと、強く感じる。酷い、というよりは醜い、なのかも知れない。だって、私はにはあの子をいじめる明確な理由なんてなくて、ただただ流されるままに毎日あの子につらく当たっていたのだから。憎しみで人を傷つけることはよくないことだと思う。けれど、もっと酷いのは周りがやっているからといってとりあえずナイフを振りかぶる人間なのではないだろうか。それはあるいは傷つけられる側からしたら、悪意や憎悪を持つ人間よりも醜く、卑怯で、憎らしく映るのではないだろうか。
私は卑怯者だ。
H
朝から母親と姉がガタンガタンバタンバタンと騒がしく家を鳴らしていた。その音があんまりにうるさくて、いい加減我慢の限界なので壁越しに蹴りでも入れようかと思ったけれど、実行する前に音はやんだ。妹のいない家は、普段は酷く静かで、ほんのかすかな寂しさと共に過ごしやすさをもたらした。
「あ、あんた、私たちは今から出かけてくるから。留守番よろしくね」
ノックもなしにドアを開いた姉が、いきなりそんなことを言い出した。
「そう」
「じゃ、お土産なにか買ってくるから」
どたどたと階段を下りていく音が、静かな家に反響する。一体なんだったのだろう。まるで喜劇のピエロ役のような、そんな風にも見えた。母親も姉も最近は毎日挙動不審で大体部屋にこもっているから、めっきりおとなしくなったと思っていたけれど、どういった心変わりなのだろう。相変わらず二人の心は私には理解できなかった。家族の考えもさっぱりだなんて、情操教育でももう一度受けた方がいいのかもしれない。
「あ、洗濯物干さなきゃ」
ちなみに現在家の家事は私がほとんどやっている。金はあるんだからメイドの一人でも雇えばいいのに、と思ったりもしたけれど、口に出すことはなかった。私は相変わらず自分の意思なんてどこ吹く風で、周りの風に流されていた。卑怯者はそうやって毎日を快適に過ごすのだった。
洗濯籠を抱えて家の庭へと出る。昔はこれも妹の仕事だった。小さな体で必死にシーツを干すのを私は二階の窓からよく眺めていた。毎日つらい仕事ばかりで何か楽しいことはあるのだろうかと、そんな風に思っていた妹が風にたなびくシーツを眺めて笑顔になることは、多分私くらいしか知らない小さな秘密なのだろう。まぁ、どうでもいいことなのだけれど。
真っ白いシーツを物干し竿にかける。風にたなびく様を見たって、私は別に笑顔にならない。
四苦八苦、ということもないけれど若干手間取って洗濯物を干し終えると、ちょうど同じようなタイミングで、特徴的な馬の足音と車輪が地面を叩く音が聞こえてきた。馬車が走っている。その程度にしか思わなかったけれど、次第に音は大きくなり、すぐ近く、家の正門あたりの場所でピタリと止まった。お客さん、なのだろう。あいにく母親も姉も出かけている。仕方ないので門の方まで小走りで出迎えに行く。
「あ、姉さん」
門の前には、端々を金色が彩る豪奢な馬車と、それを引いていたであろう純白の白馬が静かに止まっていた。うちの前には場違いに見える馬車は、けれど前にも一度ここにこうして止まっていた。そして妹は馬車に乗って家を出ていった。
「お久しぶりです。姉さん」
同じ馬車で、妹が家に戻ってきた。
H
「あれ、お母様とお姉様はいらっしゃらないんですか」
久々に顔をあわせた妹と家に入ってから、母親と姉が出かけたことを告げると、妹は不思議そうに首をかしげた。
「今日、こっちに来るって伝えておいてもらったはずなんですけれど、急用でもできたんでしょうか? 」
その言葉を聞いてあぁ、と納得した。最近の二人は王族となった妹が自分たちに復讐するのではないかと戦々恐々とする日々だったのだ。権力を手に入れた妹がいじめられていたことを理由に死刑にするのではないかと、この前姉は随分と真顔で言っていた。
妹が王族となっても諸手をあげて喜ぶどころか、両手を目に耳に当て怯えることとなってしまったのだった。ご愁傷様、と言っても私も怯える側なのだけれど。
「大方、あなたに会うのが、怖かったのよ」
そして、生贄に私を置いていったと。何だろう、今度は私がいじめられでもするのだろうか。まぁ、そしたらその内またどっかの馬鹿そうな王子が、今度は私に結婚を申し込んでくれそうだけど。
「怖い……、私に会うのがですか? 」
きょとん、とした顔で首をかしげる。何なんだろうこの子。あれだけいじめられといてこの反応って。もしかしてあれをいじめと認識していなかったのだろうか。妹不思議発見。それはそれで恐ろしい。
「あなたのこと、散々いじめたでしょ。仕返しされるって、思ってるのよ」
「……そんなことするつもりはないです」
「そう? 目玉を抉るくらい、してもいいと、思うけれど」
「しませんよ! 何で姉さんはそういう恐ろしいことを静かに言うんですか! 」
「趣味」
そういえば、この子が私を『姉さん』と呼び出したのはいつからだっただろう。確か、お姉様と呼ばれるのが、というか様付けされるのが嫌で、それ以外の呼び名にしろとしつこく言っていたはずだ。いつ、呼び名を変えたのかは忘れたけれど、気づいたらこの呼び方に変わっていた。
「あなたの話を聞くのに、私が残された。さぁ、話すがいい、妹」
「なんで急にそんな偉そうになってるんですか? はぁ、昔から姉さんが何を考えてるのか、さっぱりわかりません」
さっぱりなんて言われるほどに、不可解な精神構造はしていないつもりなのだけれど。
もっとも、私だって母親や姉、それにこの子の考えていることなんてさっぱりわからないから、そもそも人はみんなそんなものなのかもしれないけれど。
前に何かで読んだところによると、人の心はワインのようなものらしい。その道のプロは香りに何と何と何に近いものが混じっていて何とかのような香りだとか、味は何の果実と何がどうで酸味とこくがうんたらかんたら、なんて語るけれど、我々一般人にしてみれば美味いか不味いか、後はせいぜい本当にわかりやすい違いくらいしか感じ取れない。人の心だってそんなものだ、というらしい。お酒は苦手でほとんど飲まないけれど、それでも言いたいことはなんとなくいわかったし、納得もした。
まぁ、そんな毒にも薬にもなるらしい酒の話は置いておいて。
「それで、どうしたの? 」
「あ、はい。実は結婚式の日程が決まったのでそれをお伝えしに」
「そう」
まさか、この妹に先に結婚されることになるとは思わなかった。と言ってみても、実際には顔良しスタイル良し性格良しで三拍子そろっているのだから、そんなにおかしなことではないのだけれど。頭だって悪くないし、天然が入ってるのもプラスにしかならない。……なんだこの妹。私との戦力、十倍じゃきかない。二十、三十、五十、いや、百倍くらいはないだろうか。姉より優秀な妹っていないんじゃなかったっけ。嘘ついた奴針千本飲み込んでればいいなぁ。
「結婚式の、話だけ? 」
ではないだろう。それだけだったら手紙でも出せば十分だ。多分、今の話はついでで、本題がこの後に、
「また、一緒に暮らしたいって、そう思って」
「え? 」
「その、お城の方に家族を呼ぶこと出来ませんかって聞いたら別にいいって言われて……」
「……」
やっぱり子のこの中ではいじめられていたことにはなっていないのだろうか。いいのだろうか、色々と。いや、滅茶苦茶に憎まれた挙句目玉くり貫かれるよりはマシだろうけれど。いや、マシなのだろうか。母親にしろ姉にしろ、何を考えているのかよくわからないことに変わりはないが、それでもこの妹程ではないだろうと思う。
「どう、でしょう」
いやいやいや、どうって、どうもこうも何も、
「無理でしょ」
「……」
「母親だって、姉だって、あなたが怖くて仕方ないのに。なにより、あなたが嫌いなのに」
一緒に暮らせるわけがない。それは、この目の前の妹が一方的に許したからといって無理な話なのだから。ケンカが片方の意思で始められるように、母親と姉が拒絶すれば、それはそれだけの話となる。そして、母親も姉も、妹に許される気も気を許すこともないだろう。彼女たちの心の中がわからなくたって、それくらいはわかる。
理由なんて知りもしないけれど、母親と姉の憎しみは本物だ。妹のことが怖かろうと、恐ろしかろうと、たとえどれだけ媚びへつらってみせたとして、彼女たちの気持ちは変わらないと思う。そんな相手と暮らすなど、自傷行為以外の何ものでもないだろう。
「それは、自分もろとも巻き込んだ、仕返しなの? 」
「ふぇ!? そ、そんなことないです。私はただ、今度こそちゃんと家族として」
「無理」
「そんなこ」
「仮に、一緒に暮らし始めたとして、結局、今までと、変わらないわ。関係とか、立場が変わっても、母親も姉も、あなたのことは、嫌いなまま。あなただって、よく知っているでしょ」
「でも、だって、家族ですし。……それに不安なんです、お城での生活が。だから家族と一緒にいたいんです。それってそんなにおかしいことですか? 」
どう話せばいいのだろうか。そりゃあ妹とずっと暮らして母親や姉とその仲で和解することが絶対無い、なんてことはないのかもしれないけれど。だからって、そんなかすかな望みのために、わざわざ人生の山から転げ落ちようとするのはどうかと思う。そんなの妹の勝手ではあるけれど、けれどやっぱり何か言わずにはいられない。やっと幸せになれるのなら、今までのようにつらい毎日を送る必要がないのなら、それが良いはずだし、そうあって欲しい。また不幸になったって、私にはまた周りと一緒にいじめることしかできない。
「家族かどうか、以前の問題でしょ。自分のこと、嫌いな相手と一緒にいたって、傷つくだけでしょ」
「でも、それでも、やっぱり不安なんです。誰かに一緒にいて欲しいんです。引火の状況がわけがわからないんです。なんでこんなことになっているのかさっぱりなんです」
「……それが、理由、ということ? 」
「だって、だって、本当にわけがわからないんです! 舞踏会なんていった覚えがないんです。ガラスの靴だって履いた覚えはないんです。王子様とあの日初めて会ったんです。靴のサイズが合って、なんで結婚を申し込まれたのかも、さっぱりなんです! 」
説明、されていないのかよ。と、頭の中でその役目をおっているはずのへたれに、思いっきり蹴りをいれる。と、同時に別の感情も沸き起こってくる。それは、へたれ野郎に対してではなくて、目の前の妹に対して。わからない、と。
本当にわからない。未知だとて、不安だとて、あの日々よりはましだろうに。何でこの子はここにやってきたのだろう。わからない。わからないし、不快だ。
「別に、いいじゃない。結婚してくれって、王族、言ってくるんだから、結婚すれば。別に、王子が、生理的に無理だとか、そんな話では、ないのでしょう? 」
「別に、王子様がどうだなんて話じゃないんです。でも、王子様は私を誰かと間違えているんじゃないですか? そんな相手と結婚したってお互い幸せになれるはずないじゃないですか! だけど王子様は私の話を聞いても、君がいいってそればかりで、何で私、こんなことになってるんですか? 」
妹が取り乱したように顔を近づけてくる。戸惑いにゆれる瞳は少し、潤んでいた。不安だと言うのはわかる。それは、わかるけれど、その不安はあの日々より恐ろしいものだと、あの日々より拒むべきものだと、いうのだろうか。
わからない。あの子でない私にはそんなことわからない。どうすればいいのかだって、本当にわからない。そんなの最初からだったけど。
あのへたれ王子。もう少し上手くやれないのか。甲斐性なしにも程があるだろう。
と、だからとりあえずあの王子に対して罵倒をはいておく。とりあえず全部あいつのせいと言うことにしておく。そうでも考えないと頭の中のわからないと言う声に押しつぶされてしまいそうになるから。
「それを、考えるより、ようやく、巡ってきたチャンスを、どうするべきかを、考えた方が、有意義じゃない」
そう、言ってみる。言ってみるだけで、それにどんな言葉が返ってくるのかわかりはしないけれど。頭の中なんてとっくの昔にパンクしている。とっとと疑問に答えてやれよ、と冷静な部分はさっきから言っている。それが当然で、当たり前で、間違いのない対応だからと。上手く回らない大部分の頭で、わかっている、と言い聞かせる。酸素を求めるコイみたいに、口をパクパクと開けては閉じる。王子が言わないのだからしょうがない。言うべきことを、声にしようとする。その前に、妹が声を出した。
「さっきから姉さん同じことばっかり言って、私の話をちゃんと聞いてください! わからないことだらけで、原因も理由もさっぱりで、一体どこを足場にすればいいのかもわからないんです。重要なことが抜け落ちていて、誰といても一人ぼっちのような気がするんです。チャンスとか、わけわかんないです。急にこんなことになっても、困るんです。私は別にこんなこと望んでなんて、いなかった。こんな風になれば、なんて、望んでたわけじゃないんです! 」
その言葉を聞いて最初に浮かんだのは、悲しみとか、呆れとか、驚きとか、そんなものではなくって、ただ痛いくらいの怒りだった。ワインと同じなのは人の心も自分の心も一緒だ。この感情の出処なんてわかりはしない。けれど、抑えることもできない。ついさっきまで言おうとしていたことなんて簡単に吹き飛んだ。正解なんて知らない。知ったこっちゃない。今はただ、このどうしようもなく扱いきれない感情を撒き散らすだけだった。
ふざけるな、と。
「だったら、だったらあんな顔するな! 毎日毎日、辛そうな顔して、泣きそうな顔して、笑顔なんて洗濯物干してる時に稀にあるくらいで、目の下に隈作って、手ボロボロにして、フラフラ歩いて、誰が見たってただの不幸じゃない! そうじゃないって言うなら笑って過ごしてなさいよ! 楽しそうにしてなさいよ! そうじゃないなら、辛かったのなら、自力で何か抵抗しておきなさいよ! 耐えてばっかじゃなくて、自分から変えようとしなさいよ! そういうのも一切やらないで、ただ毎日ひたすら辛いのを耐えてるから、そんなの毎日見せられるから、何かせずにいられなくなるんじゃない! ちょっと説明されなかったくらいでわめかないで! 好きに生きて! 勝手に幸せになれ! それでいいでしょうが! 」
王子が一目惚れしていたのは本当だ。それがいつのことかは聞いていないけれど。いやいや出席した舞踏会で王子に声をかけられたのがきっかけだった。「君の妹の事なんだけれど」と。
母親も姉も、妹を手放すことなんて、よほどのことがないとありえないことはわかっていた。あの二人はどこか妹をいじめることが生きがいになっているようにすら見えていた。何が楽しいのかなんてさっぱりであったけれど、妹を嫁に出すようなことはないのだろうと思っていた。あの子は一生今の生活を続けていくのだと。
だから、王子の話はちょうどいいと思った。王族という巨大な権力であれば、それはよほどのことくらいにはなるだろうと。予想以上に王子がへたれではあったけれど、とにかく王子を蹴飛ばしながら指示を出して、色々と計画を練った。事前に他の王族に根回ししたり、わざわざ舞踏会でガラスの靴を履いた謎の美女の演出をして、それらしいストーリーを仕立てて、周りへの説得力の足しにしてみたり。
母親や姉に隠れながら色々と手を回すのは骨だったけれど、それでも、ほとんどのことはうまく運べた。わざわざダンスの練習をしたり、靴を落とすとか馬鹿みたいな練習もして、そうしてようやく計画を実行に移した。
わざわざ、人生最大の努力を払ってこんなことをした理由を、けれど私ははっきりと口にすることは出来なかった。それは、数え切れないほどの要因があったからとか、自分の気持ちにちきんと向き合っていないとか、適当な理由をでっち上げることは出来たけれど、卑怯者の私は、魔法使いは現れなかったから、ということにしておいた。それが一番正解に近い気がしたから。
明確な何かなんて一つも私の中にはなくって、何もかもが曖昧な水底に沈められているようだ。それでも私には感情があって、欲求があって、願うことがあるのだと思う。求めるものがあったのだ。それはとても自分勝手なものだけれど、それでも押しつけづにはいられなかった。
「なんで姉さんが泣いてるんですか」
散々叫んだ後、妹の手が私の頭をなでた。けっ、どうせ小さい妹よりさらに小さい姉だよ。
「泣いて、ない」
「姉さんが叫んでるのも泣いているのも、はじめてみました」
「知るか。泣いてないし」
「私、姉さんのこと、いつも無表情で言葉も少なくて、よくわからない人だなぁって思ってたんですけどね」
「そっちの方が、よくわからない」
「そんなことないです。……姉さん、色々聞きたいこと、話したいことあるんですけど、いいですか? 」
「かまわないけれど、詳しい理由なんかは、あのアホ王子に、聞いときなさい。また答えなかったら、私に言って。蹴る」
「えっと……、色々いいんですか? 」
「いい。あと、他の話は、今度こっちが城に行くから、その時にしなさい」
「来て、くれるんですか? 」
「別に、いいんでしょう? 」
「はい! 」
妹を見送りに外へ出るとすっかり暗くなっていた。門まで歩く途中、妹がポツリと思い出したような口調でワザとらしくしゃべりだした。
「そういえば、姉さん、私が洗濯物干してるとき笑ってたって言ってましたよね」
「言ってたわね」
「あれの理由、姉さんなんですよ」
「へ?」
「姉さん、よくシーツを運んでくれてたじゃないですか」
「そういえば、そんなことも、してたかも」
「あのときの姉さん、ほとんどシーツに埋もれてるような状態で、まるでシーツの山がひとりでに動いているみたいで」
「それ、面白いの? 」
「実物見ると、すごいですよ。なんか色々なことが馬鹿らしくなってくるくらいに。姉さんは何考えてるかわかんないし、いつもしゃべるのが遅いし、大切なことに限って何も言わなかったりするけど」
門の手前で妹はこちらを振り返った。そこにあったのは、あの頃、二階の窓からちらりと見えた私だけが知っていたあの秘密だった。
「私、姉さんのこと大好きです」
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サークル関係で書いたもの。当時のテーマは【童話】、ということでシンデレラがモチーフ、というかもろ。 相も変わらず何がしたいのかわからない感じ。 サークルの方で許可が降りたっぽいので投稿。 |
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