友達 |
その日のキツネは飢えていました。体の内から湧き上がり、食欲を訴える空腹感に苛まれて、口元からは止めることのできないよだれが溢れていました。
森の中をゆっくりと歩きながら、目も耳も、そして最も頼りになる鼻も使ってどこかに獲物がいないか捜していました。そうして、周囲に注意を向けていました。
それから、キツネがもう死にたいなと思い、やっぱり死にたくないなと思いなおす程度の時間が過ぎた頃、キツネの鼻に待ちに待った臭いが漂ってきました。キツネは喜び勇んで臭いの方向に向かって飛び出しました。三つ目の草むらを通り抜けた頃、キツネの目に小さな白いウサギの姿が飛び込んできました。
「あぁ、美味そうなウサギがいる。あぁ、美味そうだ」
キツネは嬉しくて声に出してそう言いました。
「ひぃ、食べないでください。お願いだから食べないでください! 」
キツネを見たウサギはか細い声でキィキィと泣き叫びました。
「僕は生まれてこの方ずっと不幸だったんです。お父さんもお母さんも僕が産まれてすぐに死んでしまったし、体の色が違うからって周りにずっといじめられてきたし、友達一人もできずに死ぬなんて悲しすぎるんです」
ウサギは小さな体を縮こめてブルブル震えて泣き出しました。
キツネは何となく愉快な気持ちになってウサギに言いました。
「じゃあ、幸せになれたら死んでもいいのかい? 」
楽しそうに、愉快そうに、キツネは言いました。
空腹は未だ体を苛んでいましたが、それ以上に楽しそうだ、という気持ちがキツネを駆り立てていました。
「えぇ、えぇ、いいですよ。僕なんかが幸せになれるというのなら、死んだってかまいませんよ」
ウサギはキーキーそう言いました。
「なら、私と友達になりましょう」
キーキー鳴くウサギにキツネはそう提案しました。
キツネの言葉にウサギは驚いたように耳をピコピコ動かしました。
「本当に? 本当に、僕みたいなヤツと友達になってくれるのですか? 」
「僕みたいななんて言い方、するもんじゃありませんよ」
「だってみんな灰色や茶色の毛なのに僕だけ白い毛だし、それにいつもグズグズしていてムカつくってみんな言うし」
「キレイな毛じゃあないですか。アタシも沢山のウサギを見てきてますけど、こんなにキレイな毛のウサギは見たことがありません」
キツネの言葉にウサギの耳が再びピコピコと動きました。
「それにアナタはずっと虐められてきたんでしょう? それでも怒るのではなく泣けるのはアナタが優しい証拠ですよ」
ピコピコと、ウサギの耳が動いたのはこれで三度目でした。
「アタシはそんなアナタの友達になりたいんです」
キツネの言葉にウサギは答えました。
「えぇ、えぇ、どうか僕と友達になってください」
「これでアタシたちは友達ですね」
「これで僕たちは友達ですね」
二匹は笑い合いました。
「実は、」
と、そこでキツネは話を切り出しました。
「実はアタシはここ何日の間何も食べていないんです」
キツネは弱りきった表現を浮かべました。
「正直、今も空腹のせいで時々意識を失いそうになるんです」
キツネのその言葉にウサギはこう言いました。
「なら、なら、僕を食べてください。友達が苦しんでいるのに何もできないなんて嫌です」
キツネは言いました。
「いいのですか? 」
ウサギは言いました。
「はい」
キツネは最後に言いました。
「幸せですか? 」
ウサギは最後に言いました。
「幸せです」
「それじゃあ、いただきます」
肉を喰いちぎり、赤い血と白い毛と苦痛の呻きをスパイスに口の中で咀嚼する。小骨は噛み砕き、大きな骨からは丁寧に肉をこそげ落とし、そうして全てを飲み込んでいく。
「ごちそうさまでした」
キツネはそう言って赤く染まった口元をペロリと舐めました。
足元には小さな白い骨が数個、転がっていました。
「あぁ、やはりウサギ一匹じゃあ大して腹もふくれない」
そして新たな獲物を求めて歩きだしたのでした。
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グッバイフレンド サークル関連で書いたもの。 昔携帯小説で書いていた動物シリーズ。 |
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