アキバレンジャー二次創作 第5.5話 耐えがたき二号ロボへの憧れと痛みによって燃える愛 後編 |
(ででんでっでん、にゃにゃにゃ、にゃんにゃん)
「……はい?」
赤木信夫は、最初自分に言われた言葉の意味が分からなかった。葉加瀬博世は彼の反応に眉をひそめた後、一言一句聞き漏らさせまいと、先ほど言ったのと同じ台詞を彼に言った。
「だーかーら、うちに飾ってる公認戦隊の武器、借りていっても良いって言ったの!」
彼女は店内に飾られた武器の数々を平手で指し示した。
ひみつきちに入ってすぐ右側にある壁一面には、公認戦隊の撮影で使われた実寸大のプロップ、つまり専用武器の小道具がネットラックによって飾られている。市販されている玩具よりも刃渡りの長い龍撃剣やカンカンバーなどは、戦隊ファンならば実際に握ってみたくなるような代物だ。勿論、信夫にとっても例外ではない。信夫の表情は、みるみる明るくなっていた。
「妄想世界に持ち込めば、あなたの妄想で番組そのままの威力を持つはずだから、きっ
と力になるはずよ」
信夫の目がデュアルクラッシャーやディーマグナム、レンジャーガン、ディーリボルバー、キングスティックと次々に目移りする。
しかし突然、その笑顔は翳りのあるものに変わった。視線も下がり、武器の数々を視界に入れまいとしだす。
「い、いや、でも、だな……」
彼の様子に、葉加瀬や美月、ゆめりあとこずこずは首を捻った。
「おじさん、どうしたの?嬉しくないの?」
美月が尋ねると、信夫はなおも晴れぬ表情を彼女に向けた。
「いや、嬉しいよ。嬉しいけど、さあ……」
言いよどむ彼に、ゆめりあが平安貴族コスのままふむ、と訳知り顔で唸った。
「何か理由があるようじゃな、話してみよ」
理解ある対応に、ようやく信夫は、ぽつりぽつりと胸中を明かした。
「だってこれ等は、公認様が使っていた由緒ある代物なんだぞ?持ち主であるヒーロー達の血と汗と涙がにじんだモンなんだ。妄想とはいえ、それを無断で使うなんてやっちゃ駄目だろう」
幼い頃から公認戦隊の戦いを見てきた信夫だからこそ、踏み込んではいけない領域を意識せずにはいられないのだ。武器の中には劇中で乱暴に放り投げられて出来た傷や、かつての激しい斬り合いを表す着弾の跡が残っているものもある。それ等がますます彼をためらわせたのである。
武器の一つ一つに歴史があり、ドラマがある。彼の真面目な言葉に、美月やゆめりあも次第に神妙な顔になって聞き入っていた。葉加瀬とこずこずも、おいそれと彼の言葉を否定できなかった。
「……悪りぃ。ちょっと仕事がてら、考え直してくるよ」
そう言って、彼は飲んでいた生グレープフルーツジュース(商品名シボレナ)の代金を置いて店を出て行った。彼の足音もしなくなった頃、ぽつりと美月が呟く。
「面倒くさい人ですね」
ゆめりあもうんうんと頷く。
「まあ、分からなくもなからん」
コスプレイヤーである以前にオタクでもある彼女には、信夫の言いたい事は少なからず理解出来た。ただ、信夫のこだわりを面倒だと思うのも美月と共通だった。
そしてもう一人、彼の言い分に頭を痛めている者がいた。
「どうしたものかしらねぇ……」
葉加瀬は腕を組み、ふーむ、と唸った。
自転車を走らせながらも、信夫は胸中に渦巻く悩みをどうしたものかと考えを巡らせていた。
「こんな時、俺はどうすればいいんだ……」
撤退を余儀なくされる程の強敵二人組、パワーアップの望みはなし。公認戦隊から無断で武器を借りるのは、誰よりも戦隊を愛する彼には到底できない。
自力で打開せねばならない事態にいながら、彼は自分の力が足りないのを痛切に感じていた。
しかし、このままでいられる信夫ではない。現に今、彼の脳裏では公認戦隊の戦いの記録がまざまざと再生されていた。繰り広げられる公認戦隊達の活躍が、徐々に彼の心に力を与えていく。
「かつてカクレンジャーのニンジャレッドは、シュテンドウジ兄弟という強敵を分け身の術で圧倒した。その後、巨大化しパワーアップまで果たした二体を登場後間もない獣将ファイターで追い詰め、見事勝利を収めたんだ。となれば、俺のするべき事は一つ!」
見えた光明に、思わず彼は天へ拳を突き上げた。
「特訓だぁーー!」
唐突に上がった大声に、通りすがった人々が次々と驚いた顔で振り返る。例によって信夫が自分への視線に気付く事はなかった。
朝日が空を白くする頃、まだまだ空気が冷たい時間に信夫は目覚め、布団から身を起こした。枕元に置いた真っ赤なジャージを着込むと、母親が起きるよりも先に玄関を出、足の筋を伸ばそうと家の前で準備体操を始めた。
「おいっちに、さーんし、と」
手早く体操を終えると、彼はゆっくりとランニングを始めた。早々に息が荒れるが、今自分が特訓しているという充実感から彼の気分は晴れやかだった。
走る度、運動靴を履いた足が硬いアスファルトを押し出し、体を浮かせる。浮いた体が前に傾き、倒れかけた所でもう片方の足を前に出す。この繰り返しがいつしか速度を生み、次第に彼は自分の足が止められなくなりだした。焦りから息が荒れ、胸が潰れそうになる。坂でもないのに勢いが付き、もつれそうになる足を止めようとするが、ついに自分の足を蹴ってしまい、無様に前へ倒れた。
「ぶへえぇ!?ってーぇ」
強く打った胸元をさすりながら身を起こす。不意に足を止めたせいで、嫌でも体に溜まった疲労を感じずにはいられなかった。なまじ毎日自転車を走らせていた宅配員としての自信があっただけに、なおさらその疲労は濃い。
再び走ろうと試みるが、足は思うように動かない。ついに彼はその場に座り込んでしまい、ひぃ、はぁ、と情けなく何度も荒く呼吸を繰り返し始めた。自転車で走るのと足で走るのとでは、使う筋肉に違いがある。疲労が溜まるのも無理からぬ事だった。胸を強く打ったせいもあり、彼の息はなかなか整わない。
「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ。あぁー、もー!」
信夫は自分の疲れが抜けない事に苛立つ。今日はもう帰ろうか、という考えが頭をよぎるが、彼はそれを必死で振り払った。
「いいや、まだだ!まだやれる!カクレンジャーのサスケだって疲労と緊張のピークの中、たった一人で妖怪のアジトに潜入して鶴姫達を助け出したんだ!俺だってやれる!」
カクレンジャーの活躍を振り返り、彼は奮起した。立てた膝を両手で押し、重心を前に出すようにしてゆっくりと立ち上がる。
ちなみに彼の言うエピソードこそ、カクレンジャーがコンビ怪人であるシュテンドウジ兄弟と戦う回である。信夫達アキバレンジャーが、日暮里・西日暮里マンドリルというコンビ係長と再戦する状況に置かれているからこそのチョイスであった。
どうにか両足の膝を伸ばすと、再び彼は走り出す。ペースは最初の頃よりは遅かったが、それでも前進しているという事実が彼にわずかながら活力を与えた。
彼が今走っているのは秋葉原にある、乗用車が一台どうにか通れるといった細い道だ。いわゆるオタクの街と呼ばれる範囲からは少し外れた場所にあり、まだ早朝という事もあって道をゆく人の姿はない。信夫はゆっくりと一定のリズムを保ちながら進み続け、近所の公園の横を通り過ぎようとしていた。
「あれ、おじさん?」
不意に聞き慣れた声が耳に入り、信夫は声のする方を見た。公園の中、丸太で組まれた数々の遊具を一望できるベンチの上で、黒いジャージを着た人物が寝転がっている。それが誰かに気付いた時、信夫は自然に足を止めた。
「お、おお美月か。お前、何やってんだ?」
信夫は公園の敷地に入り、美月に近づいた。美月も揃えて曲げていた両足を伸ばし、頭の後ろで組んだ腕を解いて上半身を起こした。そこでようやく、信夫は美月が腹筋を鍛えていたのだと気付いた。
「もちろんトレーニングよ。おじさんこそ、似合わない事してるけど?」
「に、似合わないとは何だ!あの係長コンビを倒すための特訓だ特訓!」
そう答える信夫の息は、まだ荒い。毎日早朝から鍛えている美月からすれば、彼のランニングが今日始めたばかりだというのはすぐに看破できた。
「ふーん……。妄想に体力はいらないんじゃないの?」
意地の悪い問いかけに、信夫はいつもの勝ち誇った調子で返す。
「わかってねーなー。特訓してるって事実が俺の妄想にリアリティを生めば、勝利フラグを掴むチャンスがぐっと増えるじゃねーか」
「そーやって戦隊のお約束にすがるだけじゃ駄目だと思うんだけどなー」
戦隊の知識量の多さで勝ち誇る信夫に対し、正論を説いて勝ち誇る美月。事あるごとに衝突する二人は、早朝であっても互いに主張を曲げる気はなかった。
険悪な空気が漂い始めたその矢先、公園の前で新たな足音が上がった。振り返った二人の視線の先に、黒い短髪の女性が走ってくる。黄色いタオルを首にかけたその女性は、二人の姿を見て途端に弾んだ声を上げた。
「あ、ノブにミッキー!奇遇だねー!」
そう声をかけた彼女の顔に、二人は見覚えがあった。
「ん?……あ、あー!ゆめりあ!」
まさしくそうで、二人に近づいてきたその人物は萌黄ゆめりあ(CN)だった。運動用のTシャツとジャージのズボンという出で立ちで、前髪を後ろに流しヘアバンドで止めている。きちんと運動する為の恰好ではあったが、コスプレイヤーである彼女がすると、恋愛シミュレーションゲームに出てくる体育会系のヒロインを彷彿とさせた。本人もそのつもりらしく、昨日の平安貴族の時とは身振りも話し方もまるで違っている。
「二人とも、こんな時間に何してたの?ミッキーは分かるけど、ノブは?」
自分の事を言われているのだと分かり、信夫はこれに応えた。ゆめりあの性格が恰好によって変わるのはもはや恒例だったので、信夫と美月はさほど戸惑わなかった。
「おお、もちろん特訓だ。あの筋肉コンビを倒すためにな!」
信夫は自分の思考に理解ある彼女が来た事に表情を輝かせ、得意げに言い放った。一方、美月はというと、二人のオタク談義に「また始まった」と顔に表して肩を竦めていた。
「へーすごーい!さっすがノブ!戦隊なら特訓も外せない要素だもんね!」
「おお、分かるか!さっすが同士!お前も俺と一緒で特訓を?」
「んーん、違うよ」
え、と信夫と美月が同時に声を上げる。
「体型の維持もコスをするにはかかせないんだよねー。だから毎日走ってんの」
そう言って、彼女は片手を腰に、もう片方の手を頭の後ろに置いた。腰の括れを自慢するようなポーズであるが、信夫にとっては同意し辛いものである。ただ、彼女の言う事が嘘ではないのは分かり、そのプロ根性に呆れながらも感心する他なかった。
「さ、流石だなお前……」
美月もまた、抱えた感情は信夫と同じらしく黙ってこれに頷いていた。
「それにしても、あたし達三人がひみつきち以外で会うのも珍しいですね」
「言われてみればそうだなぁ。しかも全員が体を鍛えてるし。……ん?この鉢合わせパターンは……」
信夫の脳裏に不吉な予感がよぎる。そしてそれは、まさに的中した。
「素晴らしい、素晴らしいぞお前達」
野太い声に振り返り、信夫は驚いた。美月とゆめりあも声のする方を見て、声の主の風体に目を疑う。滑り台にどっかりと腰かけていたその人物は、革ジャンを彷彿とさせるブレザーとミニスカートを着た、がっしりとした体格の大男だったのだ。ゆっくりと男が立ち上がると、その青く長い髪が控えめに揺れる。筋肉質な体型といかにも男くさい顔付きでなければ、その姿と立ち居ぶるまいはズキューン葵そのものと言ってもいいかもしれない。
「早朝にあって体を鍛えているとは、敵ながら見上げた根性だ」
男のこの発言に、信夫は男の正体を確信する。
「また現れたな、日暮里マンドリル!」
息巻く信夫だが、当の男は平然とこれを受け流し話を続けた。
「貴様等のその根性を認め、我々が秋葉原に築く新天地、新日暮里に住む権利をやってもいい。どうだ、悪い話ではあるまい」
そこまで言って、男が片手でもう片方の手首を握る、サイドチェストのポーズを取った。男の全身が霞のようにぼやけ、日暮里マンドリルの姿へと変わる。
「お断りだ!」
信夫は断言し、モエモエズキューンを取り出した。美月とゆめりあも自分のものを取り出す。
三人が揃ってモエモエズキューンを持つ手を斜め下に降ろし、その後一気にその手を肩の横へ引き上げる。空いた手をフィギュアに添え、三人は声を揃え高らかに叫んだ。
「重妄想!」
モエモエズキューンを持つ手を前に突き出し、葵のフィギュアの後頭部から生えた長い髷を両手で握った。その付け根にある、銃の引き金を引く。銃の音に似た電子音の後、アニメと同じ葵の声が響いた。
『ずっきゅーん!』
ニーソックスを履いたフィギュアの足がまっすぐに伸び、頭部から生えた四枚の鈍色の翼が畳まれる。翼はフィギュアの曲線的な肢体を完全に覆い隠し、その形を拳銃へと変えた。直後、内蔵されたスイッチが入り、三人の姿をアキバレンジャーへと変えた。
そして舞台も、早朝の秋葉原郊外の公園ではなくなる。
「って、何だここ!?」
アキバレッドが周囲を見回し、頓狂な声を上げた。
彼等と日暮里マンドリルがいるのは、エクササイズをする為に造られた、トレーニングジムの一室を彷彿とさせる空間だった。広いフローリングの床と鏡の貼られた壁、そしてガラス張りの壁とに囲まれたその空間を、天井に備え付けられた蛍光灯の明かりが照らしている。部屋を覗けるように設けられたガラス張りの壁の向こうでは、ランニングマシーンやベンチプレス用のシートが何台も並んでいる。
「こここそ俺のホームグラウンドよ。貴様等には筋肉の素晴らしさをとくと味わってもらおう!」
言うや否や、日暮里マンドリルが拳で手のひらを叩いた。
「シャチーク!」
その呼び声に答えるように、部屋を仕切る硝子の壁の向こうからいくつも顔が現れた。いずれものっぺりした白いマスクの上から眼鏡をかけており、頭部は七三分け。邪団法人ステマ乙の平社員、シャチークだ。彼等は公認戦隊でいう、戦闘員である。係長に応じて様々な格好をする彼等は今、日暮里マンドリルと今いる場所に合わせたかのようにランニングシャツとトレーニングパンツという軽装で、作り物のようなまっ白い肌を露わにしていた。
「プロテイン!」
「チョウカイフク!」
「ニクタイカイゾウ!」
次々とトレーニングに関連する用語を鳴き声のように口にし、列を作って開いたままの入り口へと殺到する。
「させるか!」
アキバレッドの声で、アキバレンジャー三人がその入口へと駆けつけた。シャチーク達が扉の前に来るより早く到達し、扉を閉め鍵をかける。列の先頭にいたシャチークが慌てて足を止めようとするが、後続のシャチーク達に押され、結果もみくちゃになったシャチーク達は勢いのまま扉にぶつかり、一人残らず昏倒した。部屋に入れずのびてしまったシャチーク達を硝子越しに一瞥し、アキバレンジャーがガッツポーズを決める。
「よっしゃ、これで三対一だ!」
「おう!」
「だね!」
「お前等ひどいな」
日暮里マンドリルが呆れかえった。しかし三人にとっては知った事ではない。
「どーせどっかに西日暮里も隠れてるんだろ?だったら奴等の相手をしている余裕はない!はっ!」
レッドの言葉を号令に、三人は同時に日暮里マンドリルへと距離を詰めた。対峙する日暮里マンドリルもまた、三人へと接近していった。
葉加瀬は目を覚ますと、すぐに三人が妄想世界に入ったのだと気付いた。机に突っ伏していた姿勢から慌てて身を起こし、インカムを頭に取り付ける。机一面に広がった公認戦隊の資料のせいで、彼女の頬には書類の角でできた跡がいくつも付いていたが彼女本人はこれに気付かなかった。
「三人共、気を付けて!どこかに西が潜んでるかもしれないからね!」
強敵打破の為に具体的なアイデアを捻り出そうと調査をしていたが、結局収穫はない。三人の安否を気遣いながらも、寝起きを感じさせないはきはきとした声で葉加瀬は三人に指示を出した。
一方、三人は妄想世界で日暮里マンドリルに苦戦を強いられていた。日暮里マンドリルは三対一という頭数のハンデをものともせず、その腕力で三人を圧倒し瞬く間にイエロー、ブルーと次々にフローリングの床に転がした。
「ぐへえっ!」
最後に殴りつけられたアキバレッドが顔から床に激突し、海老ぞりの恰好でキュキュー、と音を立てて床面を滑った。漫画のようなやられ方だが、これも妄想によって成り立つ世界だからこその現象と言える。
「おじさん!しっかり!」
ブルーとイエローが駆け寄り、彼を助け起こした。アキバレッドは足元をふらつかせながらも、どうにか立ち上がる。
「お、おおすまねえ。にゃろう、前より強くなってやがる!」
「当然だ。新日暮里の住人ならば日々鍛えるのがごく常識。日々だらしない妄想に明け暮れる貴様等とは違うのだ」
そう言って日暮里マンドリルは両腕を曲げたフロントダブルバイセップス、いわゆるマッチョマンと聞いて誰もが連想するポーズをとって見せた。膨れ上がった上腕二頭筋ミチミチと小さく音を立てて震える。これは対峙する者に恐れを抱かせるに十分なものだったが、ここで退きさがるアキバレンジャーではない。
「なんの、こっからだ!ブルー、イエロー!」
レッドは二人に目配せした。二人はこれに頷き、計ったように同時に前へと跳んだ。日暮里マンドリルは天井すれすれから迫る二人を見上げるが、その直後残っていたレッドから不意打ちで銃撃を喰らった。普通不意打ちで銃弾など受ければ絶命するのだが、特撮のお約束を盛り込まれた妄想世界では、日暮里マンドリルの分厚い胸板にいくつも火花を散らせたたらを踏ませるにとどまった。
しかし、彼等三人にとってはそれで充分だった。
日暮里マンドリルの頭上を抜け、背後に着地した二人はデカワッパーを呼び寄せた。
「「デカワッパー!」」
二人の手元が光り、巨大な手錠が現れる。形状こそ手錠だがその全長は大人の背丈ほどもあり、両手を通すはずの穴も大人の胴が通る程大きい。デカレンジャーの所属する宇宙警察のロゴがついたそれは、かつてアキバレッドがデカレッドから譲り受けた「大それた力」と呼ばれる強力な武器だ。
アキバレッドが銃撃をやめ、日暮里マンドリルへ走る。日暮里マンドリルが身構え、迎え撃とうと拳を固め、両腕を広げた。ブルーとイエローはそれを見計らって巨大な手錠を真ん中で外し、分ける。そして日暮里マンドリルが力を込めたばかりの両腕を、背後から手にした手錠で殴りつけた。デカワッパーはそのサイズから、それ自体が鈍器として使えるのだ。予期せぬ攻撃で腕を下げられ日暮里マンドリルは面食らうが、その隙にアキバレッドが距離を詰めその喉元に跳び蹴りを見舞った。日暮里マンドリルは息を詰まらせ大きく後退する。ブルーとイエローが下がる日暮里マンドリルの脇を通ってアキバレッドの元に戻り、デカワッパーを再び合体させた。
「ノブ、これ!」
イエローが体育会系少女のキャラのままデカワッパーをレッドに差し出す。片側が開いたままのそれを見て、レッドが瞬時に意図を理解した。
「おお!」
レッドは二人からこれを受け取り、未だ咳き込んでいる日暮里マンドリルへと突っ走る。レッドはその隙を突き、デカワッパーで日暮里マンドリルの胴を両腕ごと捉えた。巨大な手錠はそれ自体が大きな枷となり、レッドの手を離れた後も日暮里マンドリルの動きを鈍らせる。
「ぬっ、く……!」
拘束を解こうとする日暮里マンドリルだが、簡単に外れるものではない。アキバレンジャーの三人はモエモエズキューンを構え、撃鉄部に位置するスイッチを同時に叩いた。
「必殺!萌えマグナム!」
レッドの掛け声で三人は同時に銃口を日暮里マンドリルに向けた。モエモエズキューンにエネルギーが満ち、葵のシステムボイスが響いた。
『いくぜぇ!』
三人が同時に引き金を引いた。大気を震わせ、赤、青、黄の光弾が放たれる。それ等はみるみる内に日暮里マンドリルへと迫る。
勝った。アキバレンジャー達がそう確信したその時、射線に一つの影が現れた。
「!?」
かろうじて見えたその影が何か、三人はすぐに気付く。必殺の光弾が影に炸裂し、吹き上がる爆炎と煙とが、日暮里マンドリルと乱入者とを覆い隠した。
「気をつけろ、奴だ!」
レッドの声の直後、すぐさま立ち昇る煙が割れ、西日暮里マンドリルが現れた。跳び上がった勢いで下半身を捻り、大きく広げたその両足が左右に伸びて大きく振られた。咄嗟に腕で頭をかばうレッドだったが、蟹ばさみの要領で放たれた蹴りの威力は殺し切れず、彼は大きく吹っ飛ばされた。レッドを蹴散らした西日暮里マンドリルは、着地してすぐ様、裏拳をすぐ近くにいたイエローの横腹に叩きつけ彼女を後退させた。腹を押さえて呻くイエローに気を取られたブルーの側頭を、跳び上がった西日暮里マンドリルの回し蹴りが打ちのめす。一気呵成な西日暮里マンドリルの猛攻に倒されたアキバレンジャー達に、西日暮里マンドリルが固めた拳をわなわなと震わせ吠える。
「何うらやましい事してんだ貴様等ぁ!」
三人が発言の意味に呆気に取られるよりも早く、日暮里マンドリルが拘束を解いてデカワッパーを床に転がした。
「形勢逆転だな」
日暮里マンドリルは動じた様子も見せず、締め上げられていた二の腕を軽く叩きながらそう言った。
妄想世界で苦戦する三人の声を聞きながら、葉加瀬は気を揉んでいた。
夜遅くまで打開策を考えてはいたものの、具体的な解決策は思い浮かばない。公認戦隊がコンビ怪人を倒す回ではお決まりの追加武装も、新マシンもアキバレンジャーにはない。一朝一夕で用意するアイデアも、新アイテムを用意する経済的な余裕も葉加瀬にはなかった。
「どうしたらいいの……?」
彼女が我知らず呟いたその直後、肉を打つ鈍い音と火薬の炸裂音とが上がり、三人の悲鳴が重なった。
二体のマンドリルに殴り飛ばされた三人が倒された先は、トレーニングジムの一室ではなかった。さいたまスーパーアリーナを囲むようにのびた車道に転がされた三人の前に、彼等を追ってきたマンドリル達も揃って着地する。一気に開けた頭上に見える空は雲で白く、さながらアキバレンジャーの不利を表すようである。
片膝を押さえながらも立ち上がろうとするレッドのスカーフを、日暮里マンドリルが掴み上げた。強引に立たせたレッドを見下ろし、呻く彼の肩を踏みつける。
「あぐっ……!」
「所詮はひ弱なオタクだな。我等が築く新天地、新日暮里には不要だ」
スカーフが強引に引っ張られ、レッドは再び地面を転がされた。手を離した日暮里マンドリルは両手の指をぱきぱきと鳴らす。離れた場所では西日暮里マンドリルがブルーとイエローをそれぞれ軽々と片手で放り投げていた。背中から落ちた二人は息を詰まらせ、立ち上がる事も出来ずに呻いていた。
「女もいらねぇな!」
西日暮里マンドリルが勝ち誇った様子で言う。ちょうどこの時、二体のマンドリルは転がされた三人を挟む位置に立っていた。
「そろそろ終わりだ」
二体のマンドリルが拳を作り、両腕に力を込めた。
「滾れ血流!」
「漲れ筋肉ゥ!」
張りつめた腕の筋肉が倍以上に大きく膨らみ、毛皮の下から浮かんだ血管がどくどくと波打つ様を見せる。元から太かった腕は今や丸太も同然となり、その腕が大きく振りかぶられた。
アキバレンジャーの三人はかつて見せられた挟撃を思い出すが、これを危険と分かっていながらも体をうまく動かせないでいた。起きようと腕に力を込めるが、猛攻によって溜まった痛みが骨と筋肉とで響き、手足が体を支える事を拒む。イエローにいたっては力尽き、五体を投げ出す恰好になって仰向けになっていた。
「もう、駄目なの、私達……?」
ブルーの呟きに、レッドは臍を噛む。
「くそぅ、ここまでなのかよぉ……!」
拳を震わせるレッド。
マンドリル達がにやりと笑い、片足を軽く引いた。
「くたばれ、オタク共!」
日暮里マンドリルが腕を広げ、西日暮里マンドリルと同時にアスファルトを蹴った。
危機を間近にして、三人の目には刻一刻とマンドリル達が距離を詰めていく様子がゆっくりとして見えた。一歩、また一歩と地を踏みしめ、膨れ上がった腕を大きく振り上げている様はおろか、毛皮の微細な揺れや流れまでが鮮明に見る事ができた。こうなると不思議なもので、全身をスーツで包まれているにも関わらず、肌を撫でるわずかな風の流れまでも感じられた。
実際、風は流れていた。アリーナの敷地と外とを分けるコンクリートの壁の外側では並べて植えられた街路樹が枝葉をさざめかせ、風の音がひゅう、と高く鳴る。音にふと顔を上げた三人の視界を、紙切れのようなものが横切った。それは空中で翻りながら風に吹かれ、日暮里マンドリルの前で大きく広がった。
「ぬっ!?」
いきなり視界を塞がれた日暮里マンドリルが咄嗟に踏みとどまるが、紙切れは日暮里マンドリルの顔にかぶさりその視界を奪う。日暮里マンドリルは突進をやめ、広げていた手を顔に伸ばし張り付いたものを剥がしにかかった。
「ぬうっ、く、剥がれん!」
「兄貴、どうした!?」
異変に気付いた西日暮里マンドリルが血相を変えて日暮里マンドリルを見る。アキバレンジャーの三人はこれにしめたと咄嗟に左右に分かれて地面を転がり、突っ走る西日暮里マンドリルをやり過ごした。三人に気付かず、西日暮里マンドリルは日暮里マンドリルへと駆け寄り紙切れを剥がした。
「何だこの紙切れは!」
紙面に目を落とすと、二体のマンドリルはいぶかしげに目を細めた。
そこに描かれていたのは、アニメ絵の美少女キャラだったのだ。頭から鈍色の翼を生やした青い髪の少女で、紙面の下には「劇場版にじよめ学園ズキューン葵Comin'g soon」の文字。
「くだらん!」
西日暮里マンドリルがポスターを地面に叩きつけ、葵の顔を踏みつけた。
「!葵たん!」
レッドやブルー、イエローが目にした光景に目を疑い、上体を跳ね上げた。
三人の見ている前でポスターの葵は西日暮里マンドリルの足をねじ込まれ、くしゃりぐしゃりと音を立てて皺だらけの紙屑へと変わっていく。
「きっさまぁ……!」
握りしめられたレッドの拳が震え、ギリギリと鳴った。ブルーとイエローも肩を震わせる。
「あぁ?こんな紙屑が何だってんだ」
西日暮里マンドリルが三人を一瞥し、踏みにじったポスターを蹴り飛ばした。西日暮里マンドリルの言葉と、アスファルトを転がるポスターの軽い音が、三人の激情に火をつけた。震える膝を押さえながら三人は立ち上がり、レッドが顔を上げてマンドリル達に指を突き付ける。
「紙屑じゃねえ!俺達のアイドルだ!」
「憧れよ!」
「癒しだよ!」
レッドの言葉にブルーが、そしてイエローが続いた。
三人の声を聞いた葉加瀬の目が、驚きから大きく開かれた。
彼等の言うのが本心からの言葉なのが分かるからこそ、彼女の動揺は大きい。そして、だからこそ、彼女はこみ上げる感情を押しとどめるのに苦労した。
「アイドルだぁ?ハッ!女にうつつを抜かすからてめぇ等はだらしねぇんだ」
この言い分に、アキバレンジャーは怒りにうち震えた。ズキューン葵は、趣味も嗜好もばらばらな三人が唯一、口を揃えて好きだと言えるものだ。それを足蹴にした西日暮里マンドリルは、鼻で笑ってみせたのだ。
「人が好きなものを平気で踏みつけるアンタが、立派な訳ないでしょ!」
「そうだそうだ!だらしないぞ!」
女二人が喧々諤々と言い、レッドが固めた拳を震わせる。
「お前だけは、絶対に許さねぇ!」
心に付いた炎が、彼等の体を突き動かした。これ以上ない程のキレで、各々が名乗りを上げる。
「逆転回なら、カクレンジャー!の!ダラダラ回推し!アキバ、レッド!」
「アキバ、ブルー!」
「今日はホントに頭にきたから!」
「痛さは、強さー!ハイッ!」
ぱぱん、と足で両手を叩き、揃ってターンを決めた後、揃い踏みでポーズを決めた。
「「「非公認戦隊!アキバ、レンジャー!」」」
ポーズを決めた三人の背後に、非公認戦隊のエンブレムが浮かび上がった。冴えた金属音をいくつも重ねたような反響音が響き、辺りの空気を振動させる。三人の気迫を表すようなその現象に、二体のマンドリルが気圧された。
「な、何だこいつ等……」
「先ほどまでと、気迫が違う……!」
呟いた日暮里マンドリルが、黙って西日暮里マンドリルを見た。
「ぬぅ……」
「な、何だよアニキ」
「侮りすぎたやも知れん」
「はぁ!?安心しろよ、オタク野郎なんぞ俺の敵じゃねぇ!」
西日暮里マンドリルが意気込み、三人へと走った。
「行くぞ!」
「「おう!」」
レッドの号令にブルーとイエローが応え、三人は西日暮里マンドリルへと突き進んだ。みるみる内に距離が詰まっていく。
「ぬぅん!」
西日暮里マンドリルが肥大化したままの腕を横へと振るう。それをレッドとブルーが高く跳び上がり、イエローは間合いギリギリで足を止め、くるりと身を翻す事で避けた。西日暮里マンドリルが空中の二人を見上げるのと、イエローが回りながらモエモエズキューンの銃口を西日暮里マンドリルに向けたのはほぼ同時だった。不意打ちで放たれた銃撃によろめく日暮里マンドリルの胸を、空中からレッドとブルーの蹴りが打ち付けられた。
よろめく西日暮里マンドリルの前に着地した二人が、腕に力を込め大それた力を呼ぶ。
「ボウケンスコッパー!」
呼び声に答えるように二人の手元を繋げるように光が現れ、長い柄のついたシャベルへと形を変えた。これこそがかつてボウケンレッドから与えられたボウケンジャーの大それた力、ボウケンスコッパーである。
突然現れた敵の得物に驚く西日暮里マンドリルの胸に、レッドとブルーが二人で持ったボウケンスコッパーの切っ先を叩きつけた。鋭く重い一撃に、西日暮里マンドリルが大きくたたらを踏んだ。
「ぬおぉおっ!?この……っ!」
再び腕を振りかぶる西日暮里マンドリルの前で、レッドとブルーの肩を踏みつけてイエローが高く跳んだ。西日暮里マンドリルは頭上から向けられた銃口に気付き、膨れ上がった腕を元に戻して顔をかばった。イエローは上空から銃撃を西日暮里マンドリルに浴びせ、相手を飛び越えてその背後に着地した。どうにか顔をかばい銃撃を耐えた西日暮里マンドリルが振り返ろうとした矢先、その下げられた腕の間を縫うようにブルーの腕が滑り込んだ。西日暮里マンドリルがそれに気付いた頃には、すでにブルーは相手の腕の関節を極め、西日暮里マンドリルに膝を付かせていた。
「ぬぅ、く……!」
立ち上がろうとする西日暮里マンドリルだが、肩先からねじるように強引に伸ばされた腕や肩に走る痛みに身動きが取れない。背後から西日暮里マンドリルを押さえつけたブルーは顔を上げ、レッドを見る。
「おじさん!」
「おお!」
呼ばれたレッドがボウケンスコッパーを脇に抱え、高く跳んだ。ブルーが手を離して西日暮里マンドリルから離れる。解放された西日暮里マンドリルが立ち上がって見上げるのと、レッドがその額にボウケンスコッパーの斬撃を叩きつけんとするのはほぼ同時だった。西日暮里マンドリルにそれを防ぐ手立てはない。
「そぉおりゃあぁあっ!」
西日暮里マンドリルの額で、鈍い音と火花が上がった。大きくのけぞって後退する日暮里マンドリルだが、かろうじて倒れるのを堪える。
西日暮里マンドリルは立て続けの猛攻に怯みはしたが、戦意を失いはしなかった。むしろ逆で、侮っていた相手にこうも一方的にやられ続けている事に頭に血を登らせていた。怒りに燃える目でレッドを睨むが、その時すでに西日暮里マンドリルの胸には銃口が押しつけられていた。
「な、何時の間に!?」
驚く西日暮里マンドリルだが、背後と右のわき腹にもまた、すでに銃口が突き付けられていたのに気付いた。西日暮里マンドリルを三方から囲んだアキバレンジャーは、同じタイミングで撃鉄のスイッチを叩いた。
「必殺、萌えマグナム!」
エネルギーの満ちる電子音に、西日暮里マンドリルの顔が青くなった。待て、と言いかけるが、オタクと侮った彼等を恐れた事を認めるようで、その言葉を意地で飲み込む。他の言葉を言う暇はなかった。
『いくぜぇ!』
葵の声が響いた直後、三人が同時に引き金を引いた。銃口から飛び出した光弾が外気に触れることなく西日暮里マンドリルの体へと叩き込まれる。光弾の衝撃と熱気とが西日暮里マンドリルの体内でみるみる膨れ上がる。
「くそがあああぁぁぁ!」
飛びのく三人の前で慟哭し、西日暮里マンドリルは体の中から湧き上がる炎に呑まれ、轟音を上げて爆発した。煙が晴れると、かつて西日暮里マンドリルのいた場所では炎が昇るばかりであった。
「よっしゃあ!次はお前だ、日暮里マンドリル!」
アキバレンジャー三人が日暮里マンドリルを見、レッドが指を突き付けた。
日暮里マンドリルは何も言わず、立ち昇る炎とアキバレンジャー達を静かに見ていた。西日暮里マンドリルが倒される瞬間を見てなお、静観の姿勢にわずかな動揺もない。動じぬその様子に、三人は違和感を覚えた。
「……ん、んん?おーい、聞いてるかー?」
レッドが呼びかける。やがて日暮里マンドリルは、静かに口を開いた。
「……貴様等を侮った。西がやられたのも、貴様等のゆがみなさに気付かなかった、奴のだらしなさが敗因だ。この結果は仕方ない」
淡々と呟く言葉は聞き分けの良いもので、三人はこの反応に戸惑った。
「……だがな、私とて弟分をやられて平気でいる程、屑ではないのだ」
握りしめた日暮里マンドリルの手が、ぎちんと音を立てた。
「叩き潰してやる……!おおおぉぉぉお!」
吠える日暮里マンドリルの全身で、筋肉が大きく膨れ上がった。その体格が更に不自然な程に大きくなり、その背丈を増していく。レッドは初めて見るが既視感のあるこの現象に、驚きの声を上げた。
「まさか、巨大化!?」
「パンプアップだぁぁああ!」
日暮里マンドリルは先ほどまでより二倍、三倍と大きくなり、やがて肉体の肥大化は止まった。日暮里マンドリルの体は今や、膝の高さがアキバレッドの頭の位置にある程にまでなっており、三人を見下ろすその顔は、全身に力を込め続けていたせいか目が血走り、息も荒かった。ふぅー、と鼻から吐かれた息がむせるような獣臭と生温かさとをもって三人の顔を上から吹き付け、彼等の白いマフラーを大きくなびかせた。
「「「……」」」
呆然とする三人に、日暮里マンドリルは大きく口の端を吊り上げた。
「逃げようなどと、思うなよ」
言った直後、巨体は膝を大きく曲げ、そして跳躍した。跳び上がった体はみるみる高度を増し、アキバレンジャーはその姿を見上げた。空中で点のようになった日暮里マンドリルは、やがて三人の真上へと降下を始める。着地点がそこだと気付いた三人は、一斉に血色を変えた。
「に、逃げろぉぉぉおー!」
レッドの言葉と同時に三人は揃って跳び退いた。轟音を上げて巨体が着地し、着地点を中心に割れたアスファルトが大きくめくれあがって破片を散らせた。ぱらぱらと細かい破片を全身に浴び、レッドは間近の敵の脅威に身をすくめた。
「こ、このヤロー……!」
それでも、彼に退くつもりはなかった。モエモエズキューンを展開し、フィギュアの頭を叩く。
「ハカセ、イタッシャーを!」
『もう向かってるわ!』
その言葉を証明するように、真っ赤なボディの痛車が道路の向こうから現れた。ヘッドライトを煌々と光らせ、三人の元へと走り込んで来る。
「よぉし、チェンジ、ロ……」
ロボモード、と言いかけたレッドの前で、走る痛車の前方部が左右に割れた。車体の下から細い足が伸び、割れた前方部を腿として車体が変形を始める。細い足を地につけて立ち上がり、下を向いた運転席部分が前へと向けられる。運転席と助手席との扉が開いて下がり、車体後部から引き出された細い腕が翼のように開いた両後部扉の下へと据えられる。天井のボンネットを割るようにして車体後部が後ろに折れて背中へと変わり、そして頭部が現れた。
「……って、いきなり変形かよ!」
調子を崩されたレッドの悪態に、変形を果たしたイタッシャーロボは顔を彼の方に向けた。『文句があるのか』と言いたげに腕を降るロボに驚かされ、レッドは思わずその場で身を逸らす。
「お、おお、悪い」
「おじさん、乗りましょう!」
ブルーに言われ、レッドは気を取り直した。巨大化した敵を前にし、駆けつけたマシン。このシチュエーションに置かれて何もしない信夫ではない。
「よーし、総員搭乗!とーぉう!」
レッドの号令で、三人はイタッシャーロボへと飛び乗った。レッドは頭部座席、イエローは運転席、そしてブルーは助手席へと座る。
イタッシャーロボの全長は五メートル弱。そして巨大化した日暮里マンドリルも五メートル程度の大きさである。
「っしゃあ!いくぜ日暮里マンドリル!」
レッドの挑戦に、日暮里マンドリルは唇を大きく開き、噛み合わせていた歯を薄く浮かせて吐息を漏らした。これを見てイタッシャーロボが両の拳を握り、片足を引いて格闘戦の構えを取った。日暮里マンドリルに動じた様子はない。
「でかいだけの玩具が私に勝てるか!」
握りしめた両手で厚い胸板を叩き、日暮里マンドリルはイタッシャーロボへと詰め寄った。ロボはこれを迎え撃ち、迫る両手に対して真っ向から掴みかかる。結果互いに相手の手を掴み合い、真っ向から力比べをする恰好になった。
「負っけないぞー!」
イエローがハンドルを握る手に力を込め、アクセルを思いきり踏み込んだ。運転席は変形しても自動車のままだが、妄想世界ではロボの操縦も可能だ。操作を受け、イタッシャーロボは両腕に力を込めて日暮里マンドリルを押し出しにかかる。
「ぬっ、く……っ、おおおぉっ!」
日暮里マンドリルも引き下がらない。握りしめた両手に力を込め、腕の筋肉を膨らませ踏ん張る足の踵を浮かせた。つま先にかけた力で巨体を押し出し、イタッシャーロボの両腕を徐々に捻り上げていく。力比べで徐々に負けていく様子に、ブルーが危機感を抱く。
「あいつ、やっぱり強い!」
「だったらこうだ!」
レッドが両手に握る操縦桿を大きく前に押し出した。彼の座る席はイタッシャーロボの後頭部にある。
便宜上頭部と呼んではいるが、厳密に言えばイタッシャーロボに頭はない。頭部を思わせる仮面状のパーツはレッドの座る席の前に設けられた庇のようなものであり、頭頂にはビーム砲と機関砲が搭載されている。さらに席にはこれらの発射スイッチはおろか、両肩部に設けられたミサイルの発射スイッチもあるので、レッドの座る席はいわば砲手席と呼ぶべきものだ。
彼は操縦桿の先にあるスイッチを押し、イタッシャーロボの頭部のビーム砲を起動させた。頭頂で二つに折れて収納されていたビーム砲が一つに合わさり、砲口にエネルギーがたまる。
日暮里マンドリルが意図を察知し、両手を離した。突然解放されて安定を失ったイタッシャーロボの胸へ、日暮里マンドリルが前へ踏みつけるように蹴りつけた。蹴りをまともにくらいイタッシャーロボの巨体が大きく揺れる。
「うわああああっ!?」
「くっ!」
「ひゃあぁ!」
座席に座っている三人は衝撃で大きく揺らされ、席から投げ出されそうになった。それでも彼等は席にしがみつき、イタッシャーロボは大きく後退しながらも倒れるのをなんとか踏みとどまった。イタッシャーロボが体勢を立て直したところで、レッドはビーム砲を畳んだ。近距離からの射撃を読まれ、いなされたレッドはすぐに行動を切り替える。
「なろう、痛ランチャーだ!」
イタッシャーロボの両肩で翼のように広がった後部座席の扉から、煙を上げてミサイルが発射された。糸を引いて伸びていくいくつものミサイルが日暮里マンドリルへ迫る。
日暮里マンドリルはこれを恐れなかった。だらんと両肩を下げ、その場を素早く離れる。飛び込んでくるいくつもの弾を、日暮里マンドリルは巨体に似合わぬ速さで次々と避けていく。ミサイルは続々と道路やドームの壁面に命中し轟音と爆炎を上げるが、日暮里マンドリルは平然とした様子でほひ、ほひと離れた位置に打ち込まれたミサイルの跡を笑った。
三人がその素早さに目を見張る。その隙を突くように、日暮里マンドリルは動きを止めず強烈なタックルをイタッシャーロボに見舞った。重量の乗った一撃がイタッシャーロボの胸板、ちょうどブルーとイエローのいる運転席に喰らわされ、イタッシャーロボの両足を宙に浮かせた。
「わああああぁあっ!?」
吹っ飛ばされたイタッシャーロボが地を転がる。強烈な衝撃と遠心力が三人を襲い、彼等は叫び声を飲みながら必死で座席から振り落とされまいと堪えた。イタッシャーロボもまた、細い腕を地につけ膝をついてどうにか倒れ伏すのを堪えた。
「野郎、やっぱ強え!」
再び立ち上がるイタッシャーロボの座席で、レッドがそう口にする。
「おじさん、呑気してる場合!?」
ブルーが感心するレッドを叱りつけ、自分のモエモエズキューンを展開した。
「博士、何とかならないんですか?」
『私もどうにかしたいけど……。生憎と新ロボも追加装備もないのよ』
その言葉からは彼女が他人事ではなく、我が事のように困っているのがありありと感じ取られた。それだけに、ブルーには彼女を責める気が起こらない。
『なんとかあり物で対処できない?』
「そんな事言われても……」
ブルーは弱音を吐きながらも、事態をどうにかすべく必死で考えを巡らせた。砲手席に座るレッドと運転席に座るイエローに代わり、知恵を絞るのが彼女の役目だ。
日暮里マンドリルは強く、そして慢心がない。力比べでも勝てず、遠距離攻撃も素早く避けられるとあっては、一対一では勝てる理由がない。
「何か、何かないの……?」
必死に考えるブルー。彼女の目はイタッシャーロボの車内のあちこちに向けられた。当てになる道具の類はなく、助手席のダッシュボードを開いてみても保険の書類しか入っていなかった。
「ああもう、お願いだから博士、もっとちゃんとした……」
捨て鉢な気分で博士に泣き言を言おうとして、ブルーの言葉は突然止まった。
『……何、どうしたの?』
訝しがる葉加瀬の声は、ブルーの耳には届いていなかった。彼女の脳裏では、以前聞いた言葉が大きな意味を持って反響していた。
『二号ロボだよ二号ロボ!公認戦隊にもいるだろー、フラッシュマンのタイタンボーイを始めとする、番組後半で活躍する頼もしいロボが!』
『戦隊もののお約束には違いないでおじゃるよ』
ブルーの耳に響く二人の言葉。そして、先ほど自分達を助けるように空中で翻ったズキューン葵のポスターを思い出す。その葵の姿が、ブルーの視界の中で、手にしたモエモエズキューンと重なった。
「そうだ、これだ!」
ブルーはイエローの肩を叩き、自分の持つモエモエズキューンを見せた。
「優子さん、これ!」
「へ?え、どういう事?」
操縦に必死なイエローには、ブルーの意図が分からない。焦れるように、ブルーは大きな声でこう言った。
「これを動かすんです!モエモエ、じゃない、葵ちゃんを!」
「ナイスだブルー!」
「なるほど!」
レッドとイエローがすぐさま理解し、弾んだ声を上げた。ブルーの言う案は、彼等にとってはこの上なく魅力的だった。
ブルーが自分のモエモエズキューンを、助手席の入口から前へと放り投げた。彼女の手を離れ、フィギュア形態のモエモエズキューンは宙を舞う。日暮里マンドリルはこれを目で追うが、三人の目的が分からず首を捻った。
モエモエズキューンは放物線を描いて下降を始める。地面へと接近を続けるそれに、三人は意識を集中させた。妄想を高め思い描く光景を形にしようと、モエモエズキューンへと思いを募らせる。しかし、モエモエズキューンに変化はない。イタッシャーの膝よりも下へと行き、二十センチ、十センチと刻々と地面までの距離が縮まっていく。このままではフィギュアは頭部から地面へ激突し、粉々に砕けるのは明白だ。
地面へと激突しようとするモエモエズキューン。手の届かぬ場所で落ちるそれに、三人は望みを乗せ、諦めずに思いを募らせた。
「うおおおぉおぉ、動いてくれ葵たーん!」
レッドの叫びが、三人の意志を一つにした。五センチ、三センチと硬いアスファルトにモエモエズキューンが迫る。残り一センチを過ぎたその時、変化は急に現れた。
モエモエズキューンのフィギュア部分は、右腕を軽く上げ、左半身を軽く引いた立ち姿を取っている。銃への変形の為に、頭部から生えた鈍色の翼と首、そして片側の太腿がわずかに動くようになっている。それ等以外に動く部分はない。無理に動かせばフィギュアが壊れてしまう。
にも関わらず、フィギュアは動いた。
頭を上へ強く振って上体を上げ、足を畳み四枚の翼を大きくはためかす。そして大気を翼で強く打ち、小さな体を上昇させた。ツバメのように上空へ高く飛んだそれを見て、アキバレンジャーと日暮里マンドリルは視線を上げた。雲を割って現れた青空の中で、小さな影が翼と四肢を大きく広げる。
「あ、あれはぁー!」
「ぬうっ!?」
全員が見上げる中、小さな影はみるみる内に大きくなった。二倍、三倍と大きくなったそれは、陽光を受けてその姿を露わにする。
モエモエズキューンだったものは、今やフィギュアとは呼べないものになっていた。全身の関節を動かし、凛々しくも力強い眼差しで日暮里マンドリルを睨みつけるその姿はまさに……
「「「葵たん(ちゃん)だぁああー!」」」
三人の歓声を聞き、大きくなったモエモエズキューンは彼等に振り向いてウインクを返した。この反応に三人は骨抜きになる。マスクがなければ揃って恍惚とした表情を晒してたであろう。
「ふん、女の人形が相手になるか!」
日暮里マンドリルが深く膝を曲げ、巨大化したモエモエズキューンを追って跳躍した。三メートル弱の巨大モエモエズキューンに対し、倍程の巨体が高速で迫る。モエモエズキューンは空中で軌道を変え、弧を描くようにして左右から伸びた腕を素早くかいくぐった。空中でがら空きになった日暮里マンドリルの背に右腕の銃口を向け、狙いを定める。
「甘いわ!」
日暮里マンドリルが背を丸め、背筋に力を込めた。背中一面の毛が一斉に毛羽立ち、何本もの毛が針となってモエモエズキューンの視界を埋める。
「あ、葵たん!」
三人が息を呑む。
モエモエズキューンは右手を下げ、大きく後退した。飛び交う針の群れの隙間をかいくぐり、上空へ跳び上がると再び日暮里マンドリルの前へと降りて右手の銃口を向けた。瞬時に光の灯った銃口から光弾が放たれ、日暮里マンドリルの背に命中した。アニメ「にじよめ学園ズキューン葵」のオープニングのワンシーンを彷彿とさせる一連の動きに、地上で成り行きを見ていた三人はますます興奮して握る拳に力が籠った。
「おおおぉぉ、俺は今モーレツに感動しているー!」
「私もです!」
「妄想やっててホントに良かったー!」
歓喜する三人の前に、光弾を喰らいバランスを崩した日暮里マンドリルが背中から道路へと落下した。割れたアスファルトから盛大に土煙が巻き上がり、日暮里マンドリルのくぐもった悲鳴が上がる。
巨大化したモエモエズキューンはイタッシャーロボに乗る三人に目を落とし、空中から彼等の頭上へと降り立った。身を捻りながら体を伸ばし、翼を畳む。巨大化したモエモエズキューンが完全に銃へと変形し終わったのは、イタッシャーロボの右肩へと乗るのとほぼ同時だった。担いだものの重さに、イタッシャーロボが膝をつきかける。
「おおっとと……、おお!?」
レッドが自分のすぐ右隣に乗った巨大な銃に歓喜の声を上げた。
「おおぉぉ、まるでジェットマンのテトラバスターみてーだー!」
小型ロボがバズーカに変形し別のロボの肩に乗るこの出来事に、戦隊オタクのレッドの気分は嫌が応でも高揚した。歓喜に身をよじったが、すぐに目の前にあるイタッシャーロボのバイザー越しに敵を見据えた。
起き上がろうとしている日暮里マンドリルに、イタッシャーロボは担いだ巨大モエモエズキューンの照準を向ける。巨大な銃口に光が灯り、各部機関がエネルギーの高まりを表すようにギュインギュインと唸りを上げる。
「エネルギー充填、百二十パーセント!」
レッドは銃口に募るエネルギーを確認し、巨大なモエモエズキューンの引き金に腕を伸ばし、手をかけた。
「そうだな……、モエモエズキューンがでっかくなったから……」
小声で呟きながら思案した後、彼は思いついた新たな名前を高らかに宣言した。
「ドキドキドキューン、ファイヤー!」
「「ファイヤー!」」
車内にいる二人の声が重なったその直後、レッドが引き金を引いた。光弾が銃口から放たれ、渦を巻きながら日暮里マンドリルへと飛んでいく。身構える日暮里マンドリルだったが、迫る光弾の速さと巨大さに避ける事は叶わなかった。エネルギーの塊を胸に喰らい、その熱量と衝撃に大きく身を反らした。
「ぬおおおぉおぉぉっ!」
日暮里マンドリルは膝こそつかなかったが、自らの体内で膨らむ高熱と圧力に身もだえし、そして自らの負けを悟る。
「……ゆ、歪みねぇ」
日暮里マンドリルは倒れ、その肉体は大爆発した。
戦隊カフェ「ひみつきち」で、カウンター席に並んだ三人は恍惚とした顔で今朝の出来事を振り返っていた。妄想世界で最も見たかったものを見られた喜びとその再現度に、揃ってほう、とため息をつく。
「動く葵ちゃん……」
我知らず、美月がそう呟いた。これを聞いてゆめりあ、信夫も呆けたように続く。
「空飛ぶ葵たん……」
「そしてちょっと見えたパンチラ……」
鼻の下を伸ばした信夫の下品な独り言も、今の女性陣には耳に入らなかった。三人の思いは完全に一つだった。
「「「アキバレンジャーやってて本当によかったー!」」」
感極まり、口を揃えて三人は叫んだ。彼等のそんな様子に、店員のこずこずは迷惑そうに眉をひそめて葉加瀬に目配せした。他に客がいないとはいえ、店内での騒ぎは困ると言いたげである。そんな彼女に、葉加瀬は分からんでもないという風に小さく肩を竦めた。
「今日は許してあげて」
葉加瀬はそう言ってふふっ、と笑みをこぼした。
妄想世界で三人が言っていた、葵への愛情あふれる言葉を思い出す。
誰にも言えない秘密の喜びに、彼女は上機嫌になった。
今夜に控えた劇場版ズキューン葵の収録が、今から楽しみだ。
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これを書いてる途中で放送された二期で、信夫役の和田さんがガチのマラソンランナーなのを知りました。 | ||
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