運・恋姫†無双 第一六話 |
馬車にも、移動の仕方というのがある。
例えば、通る道を選ぶ事。
荒れている道を通ると、荷にも、台にも、馬にも負担がかかる。
だから出来るだけ舗装されている道を選ぶ。
馬も生き物である。
当然体力というものがあり、ずっと荷台を引いていけるはずはない。
だから台から外し、休ませる。
疲れてからではなく、疲れる前に休ませることで、移動距離もずっと上がる。
それが解ってきたことで、馬車を手に入れた最初の日より、紗羅はずっと長い距離を移動できるようになった。
馬については、陳宮が「出来る事ならもっと体躯の良い馬が欲しいですな。この馬たちは、息が上がるのが早過ぎます」と言っていた。
荷が重すぎる訳ではない。
馬の事はよく分からないが、陳宮が言うのならそうなのだろう。
ならば重種とはいかないまでも、中間種位のは欲しい。
しかし、陳宮が納得するような馬は現れなかった。
馬商人が居たら馬を見せてもらう。
依頼人呂伯奢からの仕事が終わってから、最近ではそういう事を続けているが、陳宮が満足する馬は現れていない。
だから、こんな話を聞いた時は少なからず興味を覚えた。
「荒れ馬?」
酒家で聞いた話だった。
なんでも、近くの村で野生の馬が畑を荒らしているらしい。
「そうか……野生の馬がいるのか」
「どうかしましたか?」
「なんでもない。続けてくれ」
「はっ」
陳宮も噂で聞いたらしいが、その馬は誰も寄せ付けず、馬一頭に何を手こずっているのか、と軽い気持ちで寄っていく腕自慢達を片っ端から蹴飛ばしているらしい。すでに死人も出たらしく、それ以降手が付けられない状態だと。
「ただ、その馬は立派な馬だと伝え聞いています。一攫千金だと言う声もあり、民の中で捕獲隊が編成されているとも」
この時代の馬は、特別な存在である。
車の様に、一家に一台など出来ようもなく、設定された機械の様に手軽に扱える物でもない。
例え裕福だとしても、おいそれと揃えられるものでも無い。
幸いにも、太守など権力者が絡んでいる話もないので、絡まれない内に手にしてしまおうという魂胆なのだろう。
つまりは、それほどの名馬なのだ。
馬を手に入れたからと言って乗れる、扱えるという事にはならないが、それを売れば、下手をすればこの時代の民には一生遊んで暮らせる額ともなるのだろう。
だから紗羅は、
「見に行ってみるか。捕獲隊とやらが動く前に」
と言っていた。
陳宮は、その言葉を待ってたと言わんばかりに元気よく返事をしたのだった。
陳宮にとって、紗羅という人物は紗羅という存在であった。
時に、無邪気な子供の如く目を輝かせる。
そういう時は、目の光る部分が強くなり、暗い所がより暗くなる。
時に、酷く沈んでいる時がある。
見ているのも痛々しいほどだ。
そして時に、傍に居るのが恐ろしくなるほど怒っている時もある。
怒鳴り散らしたりこそしないものの、確実に怒りを感じた。
理由が無くても、彼はそういう状態になったりするのだ。
時に子供っぽく、時にひどく大人びた感じにもなる。
喜怒哀楽が激しい。
そういう言葉じゃ説明がつかない。
情緒不安定と言った方がしっくりくる何かだった。
理解が出来ない、とも言える。
だから陳宮は、それをそれとして受け入れた。
理解出来ないのなら、それそのものを受け入れる。
それが出来る陳宮にとって、紗羅という人物は紗羅と言う存在だった。
だからと言って、理解するのを止めた訳ではない。
荒れ馬の話をすれば、必ず彼はそれに興味を持つはずだ、というのが陳宮には分かっていた。
突拍子もない話でも、彼はそれを聞き入れてくれる。
そして行動も、それに興味を持ったらやってみるのもいいかもしれない、という感じに思っているのだろう。
それは気まぐれで、見ていて心配でもあるが、それは同時に楽しみでもある。
彼の傍にいて、退屈することは無かった。
楽しい。
彼と居ることで、陳宮の心の隙間は、いつの間にか埋められていった。
「見えてきました」
噂は、所詮噂である。
何処に何がいた、とかいう話は、それを聞いた時点ですでに日が経っている。
伝達手段が遅いこの時代では、噂は情報としては頼りにならない。
その分紗羅達は幸運だったと言える。
その噂の出所が近隣なのだから。
紗羅達が居た村から村へ、一日使えば着いてしまう距離だった。
「今も居るかな」
「聞いてみましょうか」
村の入り口に着いてから、聞くまでもなくそれは聞こえてきた。
人の声。
何か騒いでいる声だ。
紗羅達は馬車を連れたまま、その声の出所に行ってみた。
畑に人だかりができている。
五十人位か。
多い数ではないが、それでもこの村の全人口なのではないだろうか。
男も女も、老人も混在している人だかりだ。
子供の数は少ない。
人だかりは円になっていて、見えにくいものの、中心の空間には黒い馬が見えた。
――あれが件の馬か。
人が集まると、『気』が膨らむ。
大きな『気』に妖術はかかり難い。
さらにそういう場では、個人の『気』が感じ難くなる。
一塊の、大きな『気』の様になるのだ。
戦場も同じで、士気の様なものだ。
だから、その『気』の塊に妨害され、その馬がどれほどの馬なのかは、人だかりの外からは解らなかった。
馬車の上に立ち、円の中を覗く。
村の子供がそれに気付いて、同じように上ってきた。
陳宮は、それを追い散らそうと喚いている。
円の中心には黒い馬。
それに相対する四人の男。
男の一人は顎が潰れ、事切れている。
他の二人は槍を突き出して近づけさせないようにして、一人は網で狙っているようだ。
黒い馬の方も興奮している。
馬が嘶く。
澄んだ声だ、と紗羅は思った。
一人、動いた。
それと同時にもう一人動いた。
槍の男と網の男だ。
極力傷つけてはいけないはずなのに、槍の男は勢いよく突き出した。
一人が殺されて、考えられなくなっているのか。
中途半端なところで腰が引けて届いていない。
馬が棹立ちになり、槍を踏みつぶす。
それで勢いを無くしたのか、網の男も止まってしまった。
遅れて、もう一人の槍の男が飛び出した。
突き出す。
その穂先に、馬の姿は無い。
目を疑った。
馬が、飛んだ。
あの巨体が、飛んだ。
人垣より高く、その馬は飛んだ。
踏みつぶす。
地面には、身体だった肉が残る。
それが二つ分。
槍を突き出した男を飛び越え、網の男と折れた槍の男を踏みつぶしていた。
槍の男は、武器を捨て逃げ出していた。
人垣を割り、逃げる。
馬は、追いかけはせずどこかへ駆けて行った。
そして、人の群れが残った死体に殺到していく。
剥がせる物は剥がす。
珍しくもない光景だ。
「この中に、長はいますか?」
紗羅は残った人たちにそう聞いていた。
「私だよ」
出てきたのは、頭にも顎にも、毛の生えていない老人だった。
「旅人ですかな?」
「はい。姓は紗、名を羅、字を竿平。聞きたいことが」
「あの馬の事でしょう。最近は、あれの事しかありません」
あの四人は、やはり馬を捕まえようとした者達だったらしい。
畑を荒らされることは、村にとって死活問題である。
人を殺すには、槍を突き出すより、撒く種を奪った方がよっぽど効率が良い。
「今は貯めてあるので何とか凌いでいますが、それも、もう尽きます。次の畑を荒らされれば、私たちの村は終わるでしょう」
他の村も、飢饉の兆候が出てきている。
そんな中でこの問題は起きた。
当てにする対象がいないということは、あとは滅ぶのを待つばかりである。
街の太守にも人を使わせたらしいが、往復でも日がかかるし、こんな時世では期待できないと言う。それは紗羅も体感済みだった。
「犠牲覚悟で、あの馬を殺すしかありませんな」
陳宮がそう言った。
大を生かすために小を切れ、と。
それしかないのだろう。
捕まえることは、殺すより遥かに難しい。
村長が捻る。
「村の者たちを、赤子の頃から知っています」
「それがどうかされましたか? そんな事は関係ない事です」
敢えて言葉に出す。
それは、出来そうで出来ない事だ。
背を押すとも言えるし、汚れ役とも言える。
陳宮の言葉は、村には関係無い第三者の言葉である。
「物資を分けてはくれませんか」
「お断りです。取引出来る物もないでしょうに。それにこれは、ねね達には関係のない問題です」
だからこそ、陳宮は優しかった。
関係ない問題を解決しようと案を提示した。
そしてそれが出来るように村長を焚き付けている。
よくこの時代にそれが出来るものだ、と紗羅は感心さえもした。
「一晩、考えます。これは悩まないといけない問題だと思うのです」
正確には、悩むではなく、折り合いをつけると言った方が正しいのだろう。村を生かすなら、答えは決まっているからだ。村長だって解っているはずだった。それでも躊躇するのは、人情とか愛情があるからだろう。第三者は、そういう時楽で良い。
「じき日が暮れます。部屋だけなら貸しましょう」
「ありがたいが、断らせていただく。野宿は好きなのでね」
紗羅はそう言って、村の近くで野営をした。そして次の日になると、村長がわざわざ出向いて来て、目を伏せながら言った。
「殺します、あの馬を」
「それを、俺たちに言ってどうなりますか。死ぬのは、あなた達だ」
「聞いてほしかった。それだけです。今から、村の者にも言いに行きます」
村長は目を伏せたまま出て行った。
その馬は夕刻頃に現れた。
村の者たちも、鍬や包丁など、心もとないが武装している。
しかしそれも意に介さないかのように馬は近づいて来る。
人を脅威と思っていない。
そんな態度だった。
村の者たちが吼える。
煩い、とでも言うように馬が吼えた。
「驚いたな、馬は吼えるのか」
それは嘶いたのかもしれないが、昨日とはまた違った、森がざわめく様な吼え声だ、と紗羅は思った。
馬の一声で村人が怖気づく。
そんな中、何の気なしに、という感じで紗羅は誰よりも前に歩み出ていた。
太刀は陳宮に預け、目の前には黒い馬。
馬が振り向く。後ろ脚を飛ばしてきた。腕を交差させて防ぐ。紗羅が吹っ飛んだ。手甲がひしゃげている。
「凄い馬だな、お前は」
腕が痺れているが、それでも紗羅は立ち上がった。また歩み寄る。馬が棹立ちになった。そこを逃さず、紗羅は蹴り飛ばした。そして今度は馬が倒れた。すぐに起き上がる。彼が馬に飛びかかり背に乗ると、馬が暴れる。棹立ちになったところで重心を後ろに。それでまた馬が重い音で倒れた。またすぐに起き上がり、馬が紗羅を蹴り飛ばした。
まるで喧嘩の様だ、と村人は思った。馬と人の喧嘩。彼が妖気を使う事を知らぬ村民たちは、何故そんな事が出来るのか分からないだろう。それが理解出来たのは、この場では陳宮のみだった。
喧嘩と言っても、相手は馬である。紗羅が無事で済んでいるはずがない。蹄が振り下ろされた場所は腫れ、裂け、割れた額からは血が溢れている。死んでしまうのではないか、と思いもする。しかし彼は笑っているのだ。楽しんでいるような、そんな感じだ。血を流しながら笑っている姿に、村人たちは恐怖さえもした。
やがてどっちとも倒れた。一人と一頭、どちらも息が荒い。村人たちは誰も動けず、聞こえるのは紗羅と黒馬の荒い呼吸音だけ。人がいるにも関わらずの静寂。その空間だけが特別であるかのようだった。
「いい気分だ。なあ馬よ?」
やがて立ち上がり、互いに距離を詰めていく。また始まるのか、と村人は唾を飲んだ。紗羅の右手が動く。緩やかに開かれた手が、馬の頭に伸びていく。そしてそのまま馬の首筋に乗った。
村人の間にどよめきが起こった。あの馬を撫でている! 彼が喧嘩を始めた以上のどよめきだった。
「鞍を」
「ち、治療を先に!」
「鞍だ、公台」
陳宮が鞍を抱えて持ってきた。それを受け取り、黒馬に取りつける。馬の抵抗は無く、為されるがままになっていた。
「公台、お前は馬車を引いてこい」
馬車を引いてきた陳宮に、彼はそう言った。
「それは」
陳宮が問う前に彼は黒馬に乗った。やがて、どよめきが罵声に変わる。そいつを寄越せ、俺たちの馬だ、等の荒れた声が聞こえる。
彼は笑ってただ一言、
「逃げるぞ」
と言った。
陳宮の顔が一気に青ざめた。
彼が馬腹を蹴ると、見たこともないような速さで馬は駆けて行った。
そして陳宮は、背に罵声を残しながら、馬車を全速力で駆けさせた。
「馬の名前はどうされますか?」
やがて紗羅に追いついた陳宮がそう聞いてきた。
名前はすでに考えてある。
「絶影」
絶影。
曹操の愛馬。
名前の由来は、影さえも留めぬ速さ。
「絶影」
「の、二号」
「二号!?」
「まさか本物でもあるまいし、なあ?」
絶影二号が頭突きをくらわす。それと一緒に紗羅は笑った。その姿はまるで従来の友の様で、陳宮は少し羨ましかった。
「それじゃあ公台。後を頼む」
「後、とは?」
「流石に限界らしい。二号、こいつは蹴飛ばすなよ」
そう言って彼は倒れた。
陳宮にとって、紗羅と言う人物は紗羅と言う存在だった。時に子供っぽくて、時に大人っぽくて、今回みたいな不思議な事をしでかす。妖術使いとはこんなものなのか。それを抜きにしても不思議な人だ、と思う。大急ぎで彼に応急処置をしながらそんなことを思った。
陳宮にとって、紗羅と言う人物は紗羅と言う特別な存在だった。
あとがきなるもの
ちょっと自分の作品を最初から見直してみました。二郎刀です。死にたくなった。
最近他の作品のSSにちょいちょいハマリ気味です。SAOとかね、進撃の巨人とかね、デモンズソウルとか書いてみてえッ。まだね、今言ったのでこれ良いなーって思える作品に出会えてないんですよね。おススメあったら教えてください。
さてそろそろ本文の方を。
馬ゲット。
以上。
真面目にやろう。
つってもそんな補足する所はないんですが。
馬の名前は「絶影二号」ですね。何故二号かというと、本文でも言っている通り本物な訳ねーよって普通なら思うだろうなーっていう。あれですよ。好きな人物とか尊敬する人物とかから名前を取るっていう普遍的な感覚ですきっと。
黒捷にしようかなーとかも思いましたが主人公は三国志には詳しくないとか言っちゃってたんでアウトやった。要らない設定だったなーと反省。
さて今回の話はどうでしたでしょうか? 少しでも楽しんで頂けたのなら幸いですアンバサ。
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出来れば期間は開けたくないんですけどね・・・無理! | ||
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