厨二 2
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 鈍痛が絶え間なく脳に響く。痛みがあるだけマシだが、それでも片腕が無いというのは慣れない。

 残った腕で掴んでいる左腕は、既に硬直している。切断面を焼いているため、血が流れることはない。

 鈍色のドアノブを捻り、カビくさい部屋へと踏み込んだ。

 天才と何とかは紙一重というが、ここの住民ほどその言葉が当てはまる人間はいない。診療所なのに町でトップクラスに不衛生ってのはどういうことだ。

「繋いでくれ」

 冷たくなった腕を、髭面の爺の正面に投げ飛ばす。齢80を超えているらしいが、正確な年齢は知らない。白衣、というよりも血で黒ずんで黒衣に近くなったボロ布を纏っている。だから洗濯くらいしろよ。

 これで腕は超一流。ワケが分からない。やはり天才というやつは頭のネジが複数本弾け飛んでいるらしい。

「ほぅほぅ。それなりの大物と殺りあったらしいのぅ」

 ひょひょ、と気持ち悪い呼気を漏らしながら、嬉しそうに俺の腕を隈無く眺めてやがる。だから気持ち悪いんだよ。

「レベル140超えだ。直に壁を越えるところだったみたいだ」

「ほぅ。それはそれは、儂も見たかったのぅ。むしろ灰を持ち帰ってほしかったのじゃが」

「そこまで面倒見られるか。あのクソったれ、メフィストにファントムを重ね掛けしやがって、しかもセットだぞ。やってられるか」

 あの優男は、ファントムだけでなく、同時にセットまで使ってきやがった。セットは、吸血鬼の体内を巡る血液を一点に集める技術。人間で言えば、クラウチングスタートの構えのようなものだ。吸血鬼にとって血液とは魔力そのもの。それを一点に集めたらどうなるか。当然、信じられないほどの貫通力を持 つ。唯の一般人なら、撫でただけで分解されちまう。

 俺の場合は腕が弾ける程度の代償だった。こっちも強化していたから、二の腕までは形が残ったが、それでも肩先はごっそり肉と骨を持って逝かれた。

 散々挑発したが、正直危なかった。相手に油断と慢心が無ければ負けていたかもしれない。

 まぁ、セットをかわされると思ってなかったようだ。刹那の硬直に、その面を微塵にしてやった。頭を失ったくらいではすぐに再生するため、念入りに拳を叩き込み、燃えカスになるまで砕いてやった。再生はしないだろう。だろう、というのが怖いところだが。

「で、早く繋いでくれ。激痛なんだよ、クソったれ」

「ほれ、早う乗らんか」

 いつの間にか爺は部屋の奥にある診療台の前まで移動していた。その診療台も清潔とは言い難い。患者が助かっているから良いものの、もし死んだら医療ミスどころの話じゃねぇぞ。

 というか、いつも何故かこいつの気配だけは分からない。ホントに人間なのかも妖しい、

「頼む」

 爺の腕は信用している。疑う余地は無い。

「ちょいな」

マスクのような物体が口元と鼻を覆った瞬間に、俺の意識は70光年先まで吹っ飛んだ。

 

 

「あー……」

視界に入ったのは、薄汚い天井だった。

とりあえず治療を頼んだ腕を動かしてみる。違和感は無い。流石に良い仕事をするものだ。焼き切ったはずの神経が、今はそれと分からない。というか、離れる前よりも筋力が上がっているような気がする。

「なぁ、人工筋肉の生成法変えたのか?」

「ふん。日々研鑽を積むのは研究者として当然じゃろうが」

 何とも不遜な態度の爺だが、他者の追従を許さない技術と、その技術を安価で提供していることを考えれば、まぁ、耐えられないこともない。実際、この爺のおかげで俺の四肢だけは欠損したままになることがない。頭がジャンクだろうと、仕事ができるのなら文句は無い。

「そうかい。ありがとよ。報酬はいつもより上乗せしとくぞ」

「2億じゃ」

「はぁ?! おい! こっちの報酬は1000万だぞ!! ぼったくりも良いとこじゃねぇか!!!」

「新しく開発した繊維を試したんじゃ。成功したことじゃし、この程度が妥当じゃろうて」

「ふざけんな! 人を実験台にしやがったのか!!」

「データは取ったからのぅ。何ならその腕、また切り分けてやろうかいの」

「クソったれが!!」

 畜生。

 こいつでなければ治せない傷を負うことが多いため、この強欲な爺には逆らえない。何でも無いかのように、いや、こいつにとってはどうでも良いことなのだろうが、俺の方を見向きもせずに端末を弄くってやがる。

 寂れたベッドから降り、腐りかけのドアを開く。力加減を間違えると、ドアノブごと引きちぎってしまうため、一々めんどくさい。

「踏み倒すでないぞ。もし儂を謀ろうものなら、二度と」

「分かってる。こっちも予想外の大物を狩ったんだ。ギルドからふんだくってやるさ」

 相変わらず視線すら向けようとしない。

 報酬に関しては、元々レベル100程度だろうと予想されての金額だ。

 吸血鬼はそのレベルが120を超えた辺りから、10毎に強さの次元が変わる。はっきり言って100と150近くでは、蟻と象以上に力の差がある。 俺が始末したのは、少なくとも齢100を超える超越者もどきだ。ぶっちゃけ150を超えた吸血鬼は、ただそれだけで殺せるかどうかも分からない。いや、 確かにそれだけの実力者もごろごろ存在しているが。例えば俺の師匠とかな。

 今回磨り潰した吸血鬼は、少なく見積もっても5億ほどの報酬が約束されて然るべきだ。ケチりやがったら、全力で暴れてやる。いつも思っていた が、ギルドの幹部連中は気に入らないからな。生きるために仕方なく所属しているが、舐めた真似しやがったらこっちから踏み込んでやると常々思っている。

 爺は俺から興味を失っているため、さっさと診療所を後にした。

 さて、予定通りヴァルハラで一杯やるか。

 

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若毛の至り。
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