ビヨンド ア スフィア 〜ファーストアロー〜 |
「神」は彼らの目からすべての涙をぬぐい去ってくださり、もはや死はなく、嘆きも叫びも苦痛ももはやない。以前のものはすぎさったのである
-啓示 21:4
何か音がしたような気がした。枕もとの目覚まし時計を見ると、6:30分を指している。いつの間にか目覚ましのベルを止めていたようだ。少女は上体を起こし目を擦ると、しばらくの間じっと固まって俯く。思い出したかのように畳の上に敷かれた布団から出て、部屋の片隅にその布団を畳みパジャマを脱ぎ捨てる。下着姿のまま洗面台へ行き、歯を磨き始めるとそこでやっと外の異変に気付く。いつもの日常と違い今日は何やら外が騒がしいようだ。家の横の道を何台もの車が通り過ぎる音が引っ切り無しに聞こえる。「なんかあったのかな?」独り言を呟きながら歯磨きを終え、顔を洗い、台所へと足を運び、棚に下げてあるアルマイト製のなべを取り出すと、中に水を張り火に掛け、再び自室に戻り学校指定の制服を着る。
少女の名前は「森永未来(もりなが みく)」東京都立多摩高校へ通うどこにでもいそうな17歳の茶髪女子高生。制服を着終えると台所へと向かい、なべの水が沸騰したお湯に変わるのを確認した未来は少量の塩を振り、冷蔵庫から卵を2個取り出すと、なべの内側に菜箸を添えなべ底にゆっくりと卵の殻が割れないように器用に沈める。冷蔵庫からトマト、レタス、きゅうり、たまねぎ、パセリ、板チーズ、マヨネーズを取り出し、台所の隅にあるダンボール箱からはジャガイモを一つ取り出す。戸棚からは食パンを一斤、瓶に入った乾燥バジル、胡椒、粉チーズ、を取り出しそれら全てを、台所のまな板の左横に置く。手際よく野菜を洗い、まずはたまねぎをスライスして塩水に浸す、次にきゅうり、トマトをスライスして皮の部分にわずかに包丁を入れる、レタスを程よいサイズに手でちぎり、パセリの葉の部分を茎から指先で毟り取り、それをみじん切りにする。なべつかみを手にはめ、なべから卵を取り出すと先ほど洗ったジャガイモを皮が付いたまま半分に切って沈める。先ほど塩水に漬けたたまねぎをザルに取り出し水を切る。食パンを取り出しその上に先ほど準備したトマト、きゅうり、レタスを順に載せ、その上に更に水を切ったたまねぎ、みじん切りにしたパセリを載せ、バジル、胡椒、粉チーズをふりかけ、マヨネーズを少量バターナイフにとって塗り、板チーズを載せ、パンで挟み、軽く手で上から押し、対角線に沿って包丁を入れる。サンドイッチの完成だ。完成したサンドイッチの2切れををラップに包むと、なべの火を止めジャガイモを取り出し半分だけアルミホイルに包む。それらをゆで卵と共に巾着に入れ、残りのサンドイッチを2つの皿に分けて置き一つにラップを掛けて、冷蔵庫からりんごジュースを取り出しグラスに注ぐ。時計の針は7時丁度を指している。未来は朝食を7分ほどで済ませて、軽くうがいをすると無言で家を出て学校へ向かうバス停へと歩みを進めた。
「渡れないんですよ。重量オーバーです」左耳を塞ぎ携帯へ応答するのは第2臨海副都心JAPAN・WITO所属総括官兼、陸上自衛隊市谷駐屯地所属一佐「海堂要(かいどう かなめ)」である。現在41歳の彼女は初の女性陸幕候補としても注目されている現場最高指揮官。多摩湖畔に仮設された臨時発令所で中央陸幕本部と米軍との連携を取るための調整役として現場に詰めていた。「一部の橋の重量制限が60tになっているんですよ。70t級のMBTは渡れません。配備できるのは74式、分解して持ち込んだ90式、後はM2やM3のような軽装甲車両しか持ち込めません。山梨側の橋手前でも立ち往生してますよ」陸上自衛隊に配備されている戦車は実に効果的に設計されている。旧式ではあるがその重量は40tに抑えられている74式戦車は、列島本州を網の目のように走る河川橋のほぼすべて(85%程)を渡る為に設計されている。一方90式戦車はソ連から北海道を防衛する事を主目的に設計され、北海道の地形や道路事情を考慮して開発、その為重量は50tに増加している。しかし車体と砲塔を分解して輸送する事で本州全域をカバーできる設計になっている。冷戦時、大型化の一途を辿った他国の戦車は日本に上陸しても渡れない架橋が60%に上り、侵攻進路を限定していた。迎撃に必要な装備を最低限の数で補わなければならない自衛隊にとってはこの重量差は開発時に大いに考慮された。現在(2014年時点)配備が進められている10式戦車も同様の理由で44tに重量が抑えられている。それが今裏目に出てしまった訳だ。要は腕時計をちら見して続ける、針は午後16:50を指していた「今から持って来られても、夕方までに配備が終わりませんよ。攻撃予定時間は日が落ちるぎりぎりの18:00じゃ無いんですか?途中まで上げてきた車両も戻さないとすれ違えませんから。今ある車両で攻撃するしか無いです。後は航空支援に期待するしかないと思います。」ダム湖畔を数人の自衛官と共に徒歩でダムの管理所に移動しながら携帯の向こうからの質問攻めを聞き続ける要。「現場の状況も知らないで、米軍の戦車を送り込んできたりするからこんな事になるんですよ」そう言ったのは同じ市谷所属の半下石陸佐だ。苦笑いを浮かべ相槌を打つ要。「海兵隊はもう配置に着いています。下の方は住民の避難誘導だけしていてくれれば、万が一の時こちらも逃げられます。とにかく非常時に道を塞がれているのが一番困ります。」携帯に向かって答える要は少し苛立ちを見せる。「時間が押しています。もうよろしいでしょうか?官房長官。」そう言ってから10秒ほど耳を傾けて無言で通話を切る。「顔見知りだからって、作戦内容全部教える訳にいかないでしょ。米軍とWITOの機密事項も盛ってあるんだから」通話の終わった携帯電話に向かって一人ごちる。「車両は全て配備完了しています。後は指示待ち、待機状態です」通話が終わるのを待っていたかのように、連隊長石橋陸佐が言った。要は「ご苦労様。指示あるまで待機」と言うと、続けて半下石陸佐が「配備するのはいいんですが、本当に攻撃許可下りるんですか?」と質問してきた。要は振り向くと「さあ?上次第でしょ」と言って、ダムの管理室のドアノブを回すところで、見慣れない車両が発令所付近に乗り入れてるのが目に入った。「あれは?」石橋連隊長に聞く。「財団が用意した虎の子らしいです。まだ試作品らしいんですが、もしかしたら役立つかもしれないということで、SAMTから派遣されてきたトレーラーですよ」「そう、戦力になるといいんだけどね。でも、壊れた時賠償しろとか言ってこないでほしいわね」要の毒舌を聞いたその場にいる隊員たちは苦笑いした。
その一部始終を湖畔北側に位置する高台から双眼鏡で見ている人物がいた、レオナ・リュクスボーである。「自衛隊、期待の陸佐殿も悩みが尽きないようね」双眼鏡から目を離し、ダム湖西方向に目をやると湖畔の道路沿いに74式、90式戦車がずらりと並べられている。「サム、あんたの元お仲間はちゃんと仕事してる?」レシーバーで無線を傍受しているサムは自動調整のボタンを何度も押し、周波数を色々な所に合わせては変えを繰り返しながら「シールが入ってるようですね。ここだとチーム5か?墜落機近くに陣取って監視しているらしい。一人救出したみたいだな。」と、答えた。レオナは再び双眼鏡を目元に当てて眼下を覗き見ると「西園寺は試作機の方を持ち込んだようね」と言って双眼鏡をゆっくり左に動かし、道路脇に駐車して後部を半開きにしている10tクラスの大きさの装甲車の中を注意深く見る。見た目は10tのトラックに見えるが、後部のコンテナは牽引車両になっていて、その重量が10tを超えていることは想像が付く。コンテナに、外部の発動機から伸びた配線が山のように繋がれている。「白い方でオプティマイズ(最適化)させるつもりみたい」そう言うと双眼鏡を後ろにいるもう一人のボディーガード、PMFティム・ターナーに放り投げスマートフォンを取り出し時間を確認する。「ちょっと早かったみたいですね。燃料持ちますかね?」サムがそういうとレオナは「5時間ぐらいは上空待機できるでしょ」と返す。すぐ傍でターナーがペリカン社製の対ショックトランクを開けると、中にはノースロップグラマン製の地上レーザー照準器「GLTDV」が入っている。GLTDVとは艦船や航空機などの発射母機から射出されたレーザー誘導爆弾やミサイルを歩兵単位で終末誘導できるようにする端末装備である。「いつでも使えるように準備だけしときます」そう言って中から照準器を取り出し設定を始める。レシーバーを操作していたサムが「レスキューヘリが通りますよ」と言う。その数秒後、米海軍のSH-60Mが山間を縫うようにレオナたちの目の前を東に向かって湖上を抜けていった。レオナはそれを目で追い「もはや死はなく、嘆きも叫びも苦痛ももはやない。か」と呟く。レオナの後ろにいたサムはそれを聞いて「死んだらもう死なない。苦痛も無い。」と薄ら笑いを浮かべながら答えるように呟いた。
米海軍少佐クリストファー・ファーリントンは、黒く、重く、冷たい、ピストルのような形をした物を少女に渡し、そこに付いているトリガーのような物を指差して「指示したら人差し指のこのスイッチを押すだけでいい」と白く体にぴったりフィットしたカバーオールを着ている小柄な少女に告げると、無言で少女は頷いた。その少女の代わりに、エビエーター達が着るものと同じカバーオールを着た別の少女が答える「イエス、サー」答えたのは「西園寺なな」だ。日本本土から200km離れた太平洋上、DDG-85 マックキャンプベルの艦橋内、ファーリントン少佐は説明を続ける「計画とはだいぶ違う展開になってしまったが、ここでする事は基本的に変わらない。後は指示を待ち、遂行するだけだ。」頷く少女二人。しかし、白いカバーオールを着ている少女、「南月はづみ」には英語はわからない。ななと一緒に相槌を打っているだけだ。はづみはすべてななに任せておけばいいだろうと思っているのだ。今までがそうだったからこの先もそうなのだろうと考えている。「時間までまだ1時間あるが、ここで待機していてくれ。」少佐はそう言うと二人を簡易座席へ案内する。席に着いたななははづみに「大丈夫、私の言うとおりにしていればいい」と言い、それを聞いたはづみは無言のまま頷いた。
渋滞している。学校から帰宅するバスの中「いつもならこの時間こんなに混まないのになぁ・・・・・」未来はそんな独り言を呟くと、再びペーパーバックに目をやる。バスの外をちら見してみると濃い緑色をした車両が連なってすれ違う光景が見える。今までこの道を何年も通っているがこんな光景は見たことが無い、そんな事を脳裏の片隅に置きながらページをめくると、バス停の無い場所なのにバスの運転席横の昇降口が開いた。車内に緑色のヘルメットと作業服を着た現場作業員のような男が2人入ってきて運転手と話しを始めた。しばらく話をした後にバスから降りて行く作業員風の男。そしてバスの車内に運転手のアナウンスが流れる「この先通行止めの為ここから折り返し運転になります。お下りの方は外にいる自衛隊の方の指示に従ってください」未来は思わず「えっ」と言葉に出す。未来はどうしても家に帰らなければならない用事があるのだ。未来の自宅は多摩湖畔の道路沿いにある「丹夏堂」という定食屋を営む自営業の店なのだが、この時間にかならず訪れるお客さんがいる。客と言っても無銭飲食の常連客で、未来が餌付けした「たぬき」の事。「餌の時間なのに・・・・・せっかく餌付けしたのに来なくなっちゃうじゃない・・・・・」思わず声に出す未来。とりあえずバスを降車することにした未来は、荷物をまとめて昇降口に向かい、運転手に定期を見せてバスを降りる。外では自衛隊員が降りた人たちを、昔自分も通った町立の氷川中学へ誘導している。2年前まで通っていた中学の中は未来にとっては庭同然、当然自宅への抜け道を知っている。これ幸いと考えた未来は隊員たちの誘導に従い中学の中へ入ると、すばやく他の人たちとは違う行動をとり、自宅へ行ける学校の裏側にある裏門の抜け道へと向かう。そこには自衛隊員の姿は無く、そのまま外に出られるようだ。小走りで裏門を出て注意深く辺りを警戒しながら自宅のある西方向に向かう未来。徒歩での抜け道を知っている未来は所々にいる自衛隊員に見つからないように慎重に自宅に向かうのだった。
墜落したC-130Eの機首部分は東京と山梨の狭間を流れ、最終的に多摩湖に注ぎ込む河川「峰谷川」に墜落していた。その墜落した機首部分を山中から見守る全身マルチカム・カモフラージュの迷彩装備で固めた米軍の兵士が5人いた。シールチーム5、アジア近隣、DPRKなどもそのテリトリーとして活動している海軍特殊部隊の一つ。5人はじっと墜落した機首部分を見つめている。先に、山中に投げ出されているところを救出され、SH-60Mで搬送されたファーガソン准尉を見つけだしたのもこの5人だ。半壊した機内から黒くて丸い得体の知れない「何か」が見える。チームのチーフ、ケネス・アルバート曹長の元に無線通信が入る「ブラックベイン、ブラックベイン、ロングライダー、カムイン」チーフがそれに短く答える「ロングライダー、ブラックベイン、オーバー」続けて通信が入る「状況は?」「動き無し」「了解、作戦は予定通り18:00から開始する。以降、対象のコードネームを「TINYSTAR」と呼称する。待機せよ。」「コピー」短い通信を終えたチーフはVの字を作った指を、両目に指すような仕草を隊員たちに見せ、無言のまま「監視」のハンドサインを送った。
最後の無線通信から10分ほど後、なんの前触れも無くそれは起こった。突如、黒い丸い塊が中に浮かび上がりゆっくりと東に向かって川沿いに移動を始めた。チーフは冷静に部下たちに指示を送る。3人の部下に墜落した機首部分に向かって機体の中に生存者がいないか確認をするように指示、のこる一人に3人の後方援護を指示、チーフはロングライダー=作戦司令部に目の前で起こった出来事と部下に出した指示を報告し、中を浮いて移動を始めた黒い塊をナイトフォースのスコープ越しに目で追いかける。
この情報は米海兵隊と自衛隊にももたらされていた。いや、同時にすべての関係各機関へと伝播していった。洋上のマックキャンプベル、第2臨海副都心WITO第2基地、市谷駐屯地、首相官邸、現地仮設発令所の海堂にも当然伝えられた。「動き出したみたい」眼下が慌ただしく動き始めた様子を見てレオナは言った。レシーバーを操作するサムは「シールが動いたようです。対象が移動を始めたと言ってる」「車両が移動を始めた」西側の湖畔沿いの道路を指差しターナーが言った。自衛隊の74式と90式が西に向かって移動している。レオナはスマフォの時計を見つつ、ターナーに双眼鏡を催促する手つきをする。時刻は17:35と表示されている「予定時間より早いんじゃない?」と言い、ターナーから受け取った双眼鏡をのぞき見る。臨時仮設発令所に駆け込む海堂要の姿が見える。双眼鏡を覗いたまま東方向にゆっくりと動かしていると、2人の自衛隊員に腕をつかまれ発令所に連行される学童制服を着た少女の姿が目に入る。それを見たレオナは思わず「なんだろ?」と呟く。「自衛隊の車両が接触した」そう言うとサムは自身の肩に吊り下げているスパイクスでカスタムされたSIG516のセフティーを解除し、チャンバー内に装填されている30口径の弾を確認、同時に胸のホルスターに挿してあるSV製ダブルカラム45オートの残弾と装填の確認も行う。ターナーも同様に自身の銃の点検をすると、レーザー照準器をすぐ使用できる状態に起動させた。
「現在、目標の北、50mを併走中。指示を請う。」黒い塊は湖面から10mほど上空をゆっくりと東に向かって移動しているが、法整備上、自衛隊に先制攻撃はできない。ゆえに湖畔の道路沿いに併走し、監視することしかなすすべが無かった。「わかっていたことだけど、やっぱりこうなるか。」再三の攻撃開始要求にもかかわらず、中央陸幕本部から攻撃の命令が下りない事に業を煮やす要は、愚痴をこぼすように言う。「先に海兵隊に動いてもらうしか方法が無いわね・・・それと・・・」そう言って、二人の自衛隊員に両脇からがっちり腕を?まれて今にも泣きそうな少女「森永未来」を見下ろす。「この娘は何?」娘を指差し、両脇の隊員に質問する。「すぐそこの立ち入り制限区域で発見したので連行してきました」答える隊員。「どうせならそのまま避難所の方に・・・・・う〜ん・・・この状況じゃそうも行かないか・・・」額に手を当ててしばらく考え込んだ末、要は「今から移動するのは危険だから、北側の鉄筋コンクリートの入ったあの辺りの道路脇の下に装甲車を置いてその影に退避させておいて。」そう言ってレオナが上に陣取っている、北の山の麓を指差した。
同時刻、黒い塊が、真横を併走していた自衛隊車両隊の前から忽然と消える。正確には「消えた」ように見えた。先頭を併走していた一団には、黒い塊が突如自分たちの方に一瞬で加速し、突撃してくるように見えていた。突然の事態にあっけにとられ、車両の横数mほどのところを通過するのを、なすすべも無く見送ることしか出来なかった隊員たちの車両を強力な音速衝撃波が襲った。「目標が加速して高速で東に離脱!」発令所のスピーカーに緊急無線が入る。次の瞬間、耳を劈くような「ドーン!」という轟音が鳴り響き、発令所の北側20m付近の道路上に高さ30mを越す土煙が上がる。
「今のは流石の私でもちょっと見えにくかったよw」そう言って双眼鏡を覗きながら土煙を見るレオナはなぜか楽しそうだった。土煙が晴れていくと、視界にまるで引力でもあるかのように、黒い塊に引き寄せられるように引きずられていく先ほどの少女の姿があった。少女以外のものは何一つ引き寄せられることは無いが、吸い込まれまいと、少女の腕を掴んでいる一人の隊員だけは少女に引きずられて吸い寄せられている。付近の隊員は一斉に小銃を構えて黒い塊を照準しているが、その信じがたい光景を見てか撃つ者は誰一人としていなかった。「撃つなっ!」少女に兆弾が当たる可能性を考慮した要が叫び、腰に帯びたSIGP220をゆっくり抜き去ると黒い塊を照準しながらそれに向かって歩み始める。「たっ・・・・・・助けて・・・・・」動転していた未来は声にならないような小声を振り絞って言った。未来の体が黒い塊に触れた瞬間、腕を掴んでいた隊員が勢い良く後方に弾き飛ばされ、未来の体は徐々に飲み込まれていく。それを見た要は反射的に走りだし、未来の腕をつかもうと手を伸ばすが間に合わず、完全に中に飲み込まれてしまった。目の前の衝撃的な出来事にその場のほとんどの者が呆然と立ち尽くす中、要は冷静に次の行動に移っていた。「移動可能な装甲車全てで目標を包囲、円陣で囲み攻撃準備。」すばやく指示を出すと隊員たちは我に返り行動に移るのだった。
一部始終を双眼鏡で見ていたレオナはスマフォの短縮ダイヤルをコール、相手は合衆国国防長官秘書キャスリン・ミラーだ。「長官に繋いでくれる?」通話先にそう言うと、サムが話しかけてくる「5分30秒後に上空をパスする。この時しかチャンスは無い」ターナーはレーザー照準器のセットを完了したことを示すハンドサインをサムに送る。「長官?財団のレオナ・リュクスボーです。先日の遠隔操作式ウェポン ステーションの艦載版、こちらで予算の都合をつけてあげる。その代わり一つお願いがあるの、聞いてくれる?」それを聞いていたサムとターナーが顔を見合せて、眉をしかめる。「今、太平洋上に米軍のDDGがいるはずなんだけど、そこの艦長にやって欲しいことがあるの。できる?」
着々と包囲を進める自衛隊の車両、そして隊員たち。そこに米海兵隊員たちも加わる。要が現場で直接指示を出していると、発令所から伝令が届く。「指令、包囲を下げてくれと米海軍から通達が来ています」怪訝な顔をして聞き返す「海軍から?航空支援をするってこと?」要は発令所に走り、通信元に発信、その意図を探る。「PACOM(米太平洋指令軍)からの通達です。我々も全ての内容までわからないのです。」DDG-85マックキャンプベル艦長マシュー・クランダー大佐はそう答えた。要は食い下がる「作戦内容が知らされなければ下げることはできません。このまま攻撃されると民間人に犠牲者が出てしまいます。我々自衛隊は国民の安全を第一に考えて行動しているのです」相手の出かたを探るように要は言った。その時、要の携帯電話に着信が入る。この忙しい時にと、思いながら携帯を内ポケットから取り出し誰が呼び出しているのかを確認する。官房長官だ。「今は作戦中です。手短にお願いします」半ばキレ気味だが、しかし冷静を装い応対すると、通話先から思わぬ返答が返ってくる。「海堂君、米軍の指示に従ってください。中央幕僚本部も決定に賛成しています」それを聞いた要は何かが背後で動いていると感じ、それが上層部までも容易に動かしている事を察知するのに時間はかからなかった。要は北側の山の斜面を仰ぎ見る、世界にその名を轟かせる米国の「グリュックスブルク財団」の要人がなぜここにいて、西園寺インダストーリーから用途不明の特殊車両が派遣されてきたのかをこの時理解できた気がした。
こちらを見る要を双眼鏡で確認したレオナは、双眼鏡をターナーに放り投げるとそのまま何かを催促するような仕草で手のひらをターナーの方に向ける。放り投げられた双眼鏡をキャッチしたターナーは、レオナの手に、後は照準するだけの状態に調整したレーザー照準器を載せた。それを覗き込むレオナに「後20秒で来る」サムがそう言うと上空から大型ジェット機の飛行音がかすかに聞こえ始めた。
要もその音を確認すると、「包囲を下げろ!」と命令を下す。その直後、西園寺から派遣されてきたトレーラーの半開きだった後部扉が開き、中から人の形を模した2mほどの高さの白いロボットが姿を現す。ロボットの背中にはコードが大量に接続されていてそれらが重そうに地面を引きずっている。突然、ロボットから全てのコードが弾けるように抜け落ちて、頭部の目のような部分が赤く怪しく光る。その瞬間、自衛隊の車両で包囲していた黒い丸い塊が雲を散らすように霧散していき、その中部が露わになっていく。「エフェクトが発動した」レオナは照準器を覗き込みながらそう言った。未来に触れようとしている謎の光る人間のような物「タイニースター」が姿を現し、突然の事態に辺りの隊員たちはあっけに取られる。そこへ先ほどのロボットが思いっきり体当たりをかました刹那、ロボットとタイニースターの接触部に激しい火花が散り、装甲が真っ赤に変色して水蒸気が勢い良く噴出す。ロボットがタイニースターを押し倒すように両腕に相当する部分を掴むと、その接触部分も急激な勢いで赤く変色しながら物凄い火花を散らしグラインダーで金属を切断するような轟音を発する。しばらくあっけに取られていた要はその光景を見て我に返り、タイニースターとの距離が出来た未来に向かって走り出し、救出を試みる。ロボットの体当たりを受けても辛うじて倒れず、そこから妙な動きで体勢を立て直すタイニースター。動きの止まったその時、レオナはレーザー照準器をタイニースターに合わせてレーザーを照射する。通常、人では見えることの無いインフラレッド・レーザーになぜか気づいたタイニースターはレオナを見上げ、レオナは倍率の入った照準器越しにこちらを煽り見るタイニースターと目(に相当する部位)が合う。レオナは冷や汗をたらしながらニッと口元に笑みを浮かべ「ヤバイw」と呟くと、次の瞬間レオナの眼前に真っ白い火花が散る。サムとターナーは突然の閃光と轟音に反射的に飛び退き後ろに倒れてしまう。それとほぼ同時に、薄暗くなってきた辺りを昼間のように照らす光の柱が上空から地上のタイニースターに向けてスポットライトを当てるかのように落ちてきた。ほんの一瞬だった、周囲は、強烈な閃光とアセチレンガス切断機で鋼鉄を切断するような「バチン!」という音を100倍ぐらい大きくした轟音に包まれ、その光と音の影響で何も見えず、五感が無くなる錯覚に陥る。光の呪縛から目が解き放たれ、その場にいた者たちの前に飛び込んできた光景は、両腕が溶けて無くなり、ボディの表面から湯気のようなものを立ち上らせて膝を折る白色から真っ黒に煤けたロボットと、その足元に広がる直径5mほどのクレーターだけだった。遅れて、多摩湖上を見慣れない形をした航空機が姿を現す。バートルータンが設計しボーイングが製造を担当した「MAL-03」空中発射レーザー搭載ジャンボジェット機が超低空で山間の上空をパスして行った。それを煽り見るレオナは「アブナイアブナイw間一髪だったw」そう言って左手に持った半分焦げて壊れたレーザー照準器を後ろにいるターナーに放り投げる。その刹那に見えた、夕日で赤く染まったレオナの顔は、左目は金色、右目は深いブルーに輝いていた。「その右手平気?」と、サムが話しかける。レオナの右腕のジャケットの袖の部分が燃えて炭化していた。「これ気に入ってたのになーw」と笑うレオナは続けて「髪が焦げちゃったよ」と言った。その時の両目はいつも通りの金色に戻っていた。
砂嵐を映し出す液晶モニターから目を落とし、深くため息をついた西園寺ななは「終わった・・・」と一言。それを見ているはづみにはその状況が良くわかっていない。ほんの数分前、ななに「スイッチをいいと言うまで引いたままにして」と言われるがまま、その通りにしていただけなのだ。マックキャンプベルの艦橋内は無線応答をしている者だけが慌ただしく任務に追われているように見えるだけで、ほかの航海士たちは平常そのものだった。はづみには自分が何をしたのかまったく実感が無かった。ただ渡された服を着て、背中に機械を背負って、この艦橋にいるだけでいい、と言われただけなのだから。「日本に戻れるの?」ななにそう尋ねると「今から戻るよ」と返される。
なんだか回りがうるさい・・・気絶していた未来の意識が徐々に回復してゆく。記憶が混乱している所為なのか、なぜか餌付けしているタヌキの事が脳裏によぎる。思わず「餌、餌、餌の時間・・・」と口に出る。簡易野戦ベッドの上で横になっていた未来の顔を左右から覗き込む海堂要とレオナ・リュクスボー。それを見て我に返る未来だったが、その状況が今ひとつ掴めない。「平気?怪我は無いと思うんだけど」要がそう質問するとレオナが「餌って何?何か飼ってるの?」と聞いてきた。要がすかさず口を挟む「そういうことは後にしてください」と。レオナは悪戯っぽく舌を出して口を慎むことにする。気を取り直した要は「そうね、まずは名前と住所と連絡先電話番号から聞こうかしら」と未来に尋ねる。その場の雰囲気に只ならぬ気配を感じた未来は一呼吸置くと「名前は鈴木玲子、住所は東京都千代田区千駄ヶ谷・・・・」とそこまで言うと、レオナはポケットから未来の学校の生徒手帳を取り出し、胸の前でブラつかせる。「ずるいっ!知ってて聞いてるんじゃないっ!」と凄んで生徒手帳をレオナから奪い取ろうとするが、ヒョイとかわされてしまう。「どんな行動をとるか観察してみただけだよwヤバそうなのを察知して素性を隠そうとする、普通の女子高生だw」と笑う。「問題無いと思う?」要はレオナに尋ねると「さあ?わかんないね。」と返す。「一応、財団の設備で精密検査にかけて問題なければ普通に釈放じゃない?」とレオナが付け足すと「えっ!?私逮捕とかされてる訳?」未来が口を挟む。要とレオナは腕を組んで「う〜ん、自覚が全然無いみたいね」と口を揃えて言った。
トラウマティック ダガーに続く
説明 | ||
ここから本編で、今まで描いてきたキャラクターたちが一斉に出てくる展開になっています。ちょこっとだけ加筆・修正しました。(2015/1) | ||
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兵器 ミリタリー 現代 飛行機 | ||
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