買い物 |
その日、米がなくなった。盗まれたのではない、食い尽くしたのだ。パンもなければお菓子もない。米を買いに行かなければならなかった。
外は雨だ。空は見渡す限り真っ暗で、晴れる気配はない。「傘なんてあったかな」ゴミ箱のようになっている傘立てをあさり、コンビニ製のビニール傘を見つける。これ以外の物は、骨が折れていてとても使い物になりそうになかった。
スーパーは近い。歩いて数分である。自転車を使うほどの距離ではないだろう。例え自転車を使ったとしても、僕の自転車にはカゴがないので米を運べない。つまり歩くしかないのだった。
雨は嫌いだ。僕の横を子供がはしゃぎながら駆けていく。もちろん水が跳ねて、僕のズボンが濡れる。こんな地獄のような世界を僕はなぜ歩かなければならないのか。しかも往復しなければならないのだ。帰りには、五キロの米を抱えて。憂鬱だった。
スーパーに着いた頃、僕のズボンの裾は色濃く変色していた。まるで水拭き用の雑巾だ。雑巾を絞ることもできずに入店。床がツルツルで滑りやすい。ここも地獄なのか。どうやら平穏は僕の部屋にしかないらしい。
スーパーといっても近年乱立しているような大型店舗ではない。コンビニが少し大きくなった程度の小さな店だ。しかし、僕の生活の全てはここで事足りるのだ。
米の陳列棚はレジのすぐ近くにある。といっても店自体が小さいので、どこもレジに近いといえば近いのだが。そして僕はあきたこまちを抱えた。重量五キロ。こいつはなかなか腰にくるものがあるな。脆弱な現代人の僕には少々荷が重過ぎるようだ。しかもこいつをこれから部屋まで運搬しなければならないのだ。もちろん徒歩で。悪夢だ。
会計を終えて店を出る。当然のように外は雨だった。どうも強くなっているような気がする。欝だ。
どうやら不幸は僕を自殺へと追い込みたいらしい。米を抱えて傘を開くと、それは見事に壊れていた。骨が二本、あさっての方向に曲がっている。これではもう使い物にならないだろう。
しかし、まだ落胆するのは早い。もう一度店内に戻り、ビニール傘を購入すればいいのだ。さすが僕。天才だ。
傘は見事に売り切れていた。さすが僕。持っていたのは幸運ではなく地雷だったらしい。それも今見事に踏み抜いた。どうやら僕は五キロの重石を雨に打たれながら運ぶ運命の奴隷らしい。死のう。
そうして晴れるわけもない空を見上げていると、ふいに隣から声がした。それが僕を呼ぶ声だと気づくのに、多少時間がかかってしまった。なぜならこんな不幸な僕を呼び止める人間など存在するわけがないからだ。
高校生だろうか。セーラー服姿の少女がそこには立っていた。
「傘……ないんですか?」
哀れむように、彼女は言った。なるほど、今の僕は女子高生も哀れむほどのピエロというわけか。笑うがいいさ。それで君が幸せになるなら僕も幸せだ。嘘だが。
「傘……貸しましょうか?」
少女は女子高生ではなかった。天使だった。慈愛に満ちた微笑を浮かべていらっしゃる。そう、それはまさにアルカイックスマイル。
帰り道。もう雨などなにも憂鬱なことなどなかった。僕にはこの傘がある。ピンク色の傘がある。足取りも軽い。五キロの米を抱えているとは到底思えないほどに。
天使が僕に微笑んだ。それだけで僕は満足だ。
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雨が降ったら外にはでません。ニートですから。 | ||
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