キスの幻想
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 キスという物は色々と夢見がちになってしまう。

 例えば、眠れるお姫様を目覚めさせたり、呪われた姿を本来の美しい姿へと戻したり、愛を誓い合う夫婦の証としてなど、表面的には綺麗に映りやすいからだ。

 しかし、私はキスによって裏切られた。

 絶望した、彼の浮気現場を目撃してしまったのだ。彼は駅前で大胆にもキスをしていたのだ、私が見ていることなど知りもせずに。悔しかった、私はこんなに愛していたのに。駆け寄って、全力でビンタをかました。無様にも彼は地面へとへたり込んだ。

 やってやった。そう思ったのに、浮気相手の女に大丈夫? と甘い声で介抱されている姿を見ると、どうしようもない敗北感が襲ってきた。簡単に言ってしまえば、お似合いだと思ってしまった。非常にそれが絵になっていたのだ。

 結局、殴った私の方が何だか惨めになってしまって、その場から立ち去った。あの空間から一刻も早く抜け出したくて、逃げ出したのだ。

 というのが小一時間前の話で、現在私は酒におぼれている。ふざけんなよだの、私のどこがいけなかったんだよと、悪態をつきながらウイスキーをロックで呑んでいた。泣きたいような気持ちだったが、泣いてしまったら負けを認めてしまう気がして、ボロボロのプライドで何とかつなぎとめた。

 適当にテレビを見ながらこうして一人酒に浸っていると、もう全てがどうでもよくなってくる。彼との楽しかった日々も、全てが夢だったように感じる。嘆くのもばかばかしく思えてくるのだが、今日ぐらいはとぐちぐち言いながらウイスキーを流し込む。

 テレビに罪はないがドラマが幸せな惚気展開になり、私はやりようのない気持ちになって、ウイスキーのボトルを直接煽った。ぐらりと来るような強烈なアルコールが口の中に広がる。

 すると、急にボトルが宙に浮き、もくもくと煙を上げ始めた。一体何が起きるのだろうか、きっと酔いが回っていつの間にか夢でも見ているのだろう。どうせなら、浮気現場も夢だったらいいなあ。などと甘い期待をしていると、突然煙の中から声が聞こえてきた。

「ああ、なんとお礼をしていいのやら。あなたのくちづけで、私はウイスキーのボトルから本来の姿へと戻ることが出来ます」

 酔いが見せる幻想なのだろうか、それはかなり私好みの男の声だった。ほろ酔いで甘い期待をしてしまう、こんなに素敵な出会いがあるのだろうか。

 徐々に煙が消え、人の姿が見え始める。一体どんなイケメンなのだろう、失恋で弱った私の心を慰めてほしい。

そんな甘い幻想はあっさりと砕け散った。

 おっさんだった。

 多分、いや、どう若く見ても三〇代のおっさんだった。どこにでもいる平凡な風貌で、ちょっとおなかが出ているといった感じだ。声が良ければそれでいい、なんて言う人もいるかもしれないが、私にとってこれはナシだった。真顔に近い顔になったと思う。

「いやー、助かりましたよ。あなたのおかげでこうして人間に戻ることが出来ました。昔付き合っていた女に呪いをかけられてしまい――」

「うるさい、勝手にまた呪われてろ!」

 私は八つ当たりの勢いのまま男の言葉をさえぎって言った。

「ああ」

 それを聞いた男は小さく嗚咽した。すると再び煙に包まれ始め、煙が晴れるころにはまた何の変哲もないウイスキーのボトルになっていた。そこに少し残っているウイスキーを見て、何やら色々嫌な想像をしてしまったが忘れることにしよう。

 彼の呪いはおそらく言葉によるものだったのだろう。女に何か言われると呪いが発動するように出来ているとは、昔付き合っていた女もさぞ意地の悪いやつだな。

 ネットで調べると、そう言ったことは何でも簡単に分かった。そういう時代なのだなと一人納得し、私は先ほどまで彼氏だった男を呪う方法を模索し――。

 

 

 気が付くと、床で寝てしまっていたようだ。

 最早、どこからどこまでが夢だったのかすら分からないが、転がっているウイスキーボトルと二日酔いの気持ち悪さだけが酒におぼれたことを思い出させる。激しい頭痛と吐き気を覚えたが、携帯で日付と時刻をチェックする。

 そこには新着メールの通知があった。緩慢な動作で私はそれを開き、すぐに閉じた。

 どうせなら、フラれたことも夢であったらよかったのに。そんなことを思いながら、転がっているウイスキーボトルが目に入る。二日酔いの勢いがそうさせたのだろう、私はそのウイスキーボトルを昨夜のように煽った。昨日の記憶が蘇るようなぐらりと来るアルコールが口の中いっぱいに広がる。

 だが、強烈なアルコールを味わっただけで、ウイスキーボトルに変化はなかった。

 あれは夢だったのだろうか。夢なら、どうしてあんな変な夢を見たのだろうか。やはり、キスなんてまやかしだ。恋に恋して周りが見えなくなってしまう、魔法のような一種の残酷な行為だ。そう思うと、先ほど煽ったウイスキーが回ったのか、強烈な吐き気に見舞われ、私はトイレに駆け込んだ。

 そしてキスの幻想と共に、私は色々と吐き出した。

 

説明
没供養その1. 結局何が書きたかったのか分からなくなってしまった気がする。
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