人生はワンミスで即死
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「動くな」

 銃口を突きつけるという牽制力は圧倒的だ。俺のように、死にたいとかいつ死んでもいいと思っている人間ですら、命が惜しいと思ってしまう。

 深夜三時のコンビニ。深夜帯にバイトをしていると、いつかはこういう目に遭うのではないかと思っていたが、まさか本当に遭遇してしまうとは。

いわゆる、コンビニ強盗というやつだった。

 頭は冷静だったが、咄嗟に体が勝手に動き、俺は両手を挙げた。

「騒ぐなよ、騒いだら殺す」

 目の前の覆面の男はそう言って、バッグをレジに置いた。

「ここにレジの金を全部入れろ」

 俺は内心呆れていた。ちょうどバイトである俺が一人しかいない時間帯を狙うような狡猾さを持ちながら、なぜコンビニ強盗なのか。コンビニ強盗で得られる金などたかが知れている。バレれば豚箱行き、得てもはした金。仮に上手くいったとしても、数を重ねればリスクが増える。どういった事情だかは知らないが、どう考えても理に適っていない。理と言うか、利か。犯罪に理があることはないだろうが、どうも腑に落ちない。かといって、銃口を突き付けられていては万が一という可能性があるので下手に動くことは出来ない。

 もともと俺はいつ死んでもいいと思っていた。というよりも、死んだも同然だった。

 人生はワンミスで即死だ。残機は一、コンテニューはない。一度のミスがもう戻れないレベルで支障をきたす。レッテルを貼られ、そこでゲームオーバーだ。

 実際俺はそうだった。学校でも社会でも、必ずミスがとりかえしのつかない悪い方向に出た。悪目立ちしたのだ、ほんの些細な事で、そのミスが今の現状を物語っている。二六歳、フリーター。夢もなく、深夜のバイトで食いつないでいる俺の人生はもうすでに終わっている。

 善良な人間が善行をすると、まあ当然といった感じだが、不良が善行をすると、非常に賞賛を得る。逆もしかりだ。善良な人間が一度でも悪いことをしたり、冷たい態度を取ると、とんでもなく酷いうつり方をする。失墜とも呼べるレベルでそいつの株は急落する。

だからワンミスで即死なのだ。だが、不良が悪いことをしたところで、まああいつなら仕方ない、というのが世間一般の見方だ。つまり、悪い者は目立ちやすい。ギャップは余計に。

壊れたイメージの修復はほぼ不可能と言っていい。第一印象なんてのもそうだ。人間、何もよくない印象を持つ人間と好んで接触をしたりはしない。触らぬ神にたたりなし、この場合は腫物だろうが。 だからこそ、ワンミスで即死なのだ。

 別に即死なのは人間関係に始まったことではない。言ってしまえば、生まれた時点で人間は平等ではなく、すでに優劣、まあゲームで言うなら強キャラだの弱キャラだのが決まっているのだ。現実はゲームではないため、バランス調整などは皆無に等しい。ステータスとでも言っていい。他人を見下すと簡単に優越感に浸れるから、自分を保つために人は他人を卑下にするのだ。そこに批判や不満を覚えるやつらは所詮弱キャラだ。平等を求めるものは基本的に下に位置するやつらだ。現状に問題がない強キャラたちは何も問題を抱えていない。平等という名の、自分を優遇させたいだけの悪あがきだ。そういう声のでかい連中に限って、自分より下の連中には見向きもしない。灯台下暗し、真の平等だの言うのはそいつのエゴでしかない。

 人生は長いとか、まだやり直せるなんて言ってるやつは、大概自分は何とか出来るやつか、もしくは出来てるやつらだ。中堅キャラとでも言っておくか。戦い方次第でどうとでもなる奴らだ。本当に終わってるやつらは同情か無関心かだ。もっとも、出来るやつも大半は無関心なのだが。

「おい、早くしろ! 殺されたいのか!」

 覆面が声を荒げ、銃を握り直す。銃口を突き付けられていると、命を握られている感覚なんだなと思った。死にたいとか、死んでもいいなんて思っていても、殺されたいとか、殺されてもいいってのは割と別だと思った。自分でケリをつけるかどうかの違いで、性に合わないとでも思ったのだろう。

「仮に、俺がもたもたしていたら本当に殺すんですか?」

「はあ?」

「いや、たかがコンビニ強盗で人殺しちゃうのかなーって思って」

「ふざけてんのかお前、ぶっ殺すぞ!」

 心なしか手が震えているように見えたので、俺はさらに踏み込むことにした。

「せっかく低リスクのコンビニ強盗にしたのに、殺人まで犯すと完全に意味ないですよね。発砲音だって結構うるさいですし、いくら外れのコンビニと言えども足がついちゃいますよ」

 ここで殺される気はなかったが、これくらいは言わないと気が済まなかった。

「う、うるせえ! とっとと金を入れやがれ!」

 俺は嘆息した。

「嫌ですよ、それじゃあ片棒担いだみたいでクビにされちゃうじゃないですか。僕は何もしないんで、どうぞご自分でお金を入れてください」

 そう言って俺はレジの引き出しを開け、一歩後ろに下がった。

「ちっ」

 男は舌打ちして、かがむようにしてレジから金を乱暴にバッグに詰め始めた。

 ああ、やっぱり駄目だった。本来、俺がごねはじめた時点でこいつは逃げるべきだった。ごちゃごちゃうるさく言われたら出直せばいいのだ。まだ未遂で終われば、リスクはかなり低い。が、いまこうして無防備にも金を詰め始めている。

 言ってしまえば、俺はこの場で男を取り押さえることは可能だ。こちらに拳銃を向けながらバッグに金をつめる作業と言うのは焦りも相まって、俺に対する集中力が欠けている。ましてやこちらに身を乗り出しているため、後頭部辺りを殴りつければ気絶させることも可能かも知れない。

 しかし、そんなリスクの高いことはしたくない。仮に気絶しなかったら逆上して確実に殺されてしまうだろう。これこそ、ワンミスで即死だ。だからこそ、俺は何もしない。これ以上のミスを重ねたくはない。

 必死になって金を漁る男に一種の同情を感じながら、ここにいる自分の無力さを一体何度感じたことだろうか。そんなことを考えながら、我関せずと言うように俺はただそこに立ち尽くした。

 

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「うわああああああ!!」

 暗い室内に、少年の絶叫がこだました。それを聞き、白衣を着た一人の男が彼に駆け寄った。

「おい、大丈夫か?」

 少年は荒い呼吸を整えると、うつろな目で辺りをゆっくりと見渡し始めた。薄暗いどこかの室内で、椅子のようなものに自分が座っていると少年は理解した。

「ああ、ひどく混乱しているようだね。とりあえず、この水を飲んで一旦落ち着こう」

 そういって男は座っている彼に紙コップに入った水を渡す。少年はおぼろげな手つきでそれを受けとり、一口飲む。何でもないただの水だったが、今の少年を落ち着かせるには十分だった。

「どうだい、落ち着いたかい?」

「……ここは?」

 水を飲んだ少年はぼんやりと応える。

「よしよし、落ち着いたようだね。大丈夫、ここは現実だよ」

「一体、何が?」

「ん? ああ、覚えていないのかい? まあ確かに、実行後の記憶があいまいになってしまう例は少なくないか」

 男は腕を組み、何やら記録を取っている。

「今の君自身を正しく認識位できているかい?」

 少年には一体何を言っているのかが分からなかった。

「……君はいくつだい?」

「二六……」

 そう答えかけて、少年が目を見開き、自分の腕を凝視する。本来、少年が思っていた毛深かったはずの腕が少年のそれになっている。

「違うよ、君は一五歳の少年だよ」

 それを聞いて、一気に少年が覚醒する。

「そうか、思いだし……ました」

 少年はゆっくりと頭部に取り付けられている装置を指す。それは電極のようなものと、複数のコードが繋がっており、映画か何かに出てくる脳実験の装置のようだ。

「これ……ですよね?」

 そう聞くと男はにっこりと笑った。

「おお、君は自覚が芽生えたようだね。素晴らしいよ、君は優秀な生徒だ。なに、心配するようなことはないさ、これからも自信を持って色々とトライするといい」

「……はい」

 男の態度とは裏腹に、少年はどこか虚ろな表情をしている。自信を持つなんてとてもではない、どこか失望や恐れを含んだ顔だ。

「どれ、課程は無事終了したことだし、君はもう終わりでいいからね」

 男がそう言って、少年に取りつけてあった装置を頭、腕、脚と順に手際よく外していく。すべての装置から解放された少年はおぼろげな足取りでその部屋を後にした。

 

 

 ヴァーチャルシュミレーションが一種の教育課程として根付いた今、高校受験や進路に悩む中学生たちを対象にそれが実施されている。内容は、一度の失敗からの挫折。そこからいかに現実社会がレールから一度でも脱線すると復活出来ないかを叩き込む、一種の洗脳に近いプログラムであった。

 しかし、この課程を得たものはミスをする恐怖を分かりきっているので、その後一度たりとも失敗することのない完璧な人格形成を達成することが実験から分かった。一つの結果を出したそのプログラムは、健全な若者の育成という名を借りた、完璧な社会の歯車を生み出すものとして業界の圧倒的支持を得た。

 その為、こうしてこのプログラムは今や中学三年時の必修科目となってしまった。かつては一五歳が大人として扱われるという風習があり、それを反映させて立志の際にこの教育を受けさせるのだ。そこに、生徒の意志はない。もっとも、この教育が浸透して数百年が経とうとしている今となっては、このプログラムを受けたことのない人間などいなかった。その人間が作り出す社会というものは、あまりにも完璧だった。結果を残し続けているが故に、諸外国にも広がっており、国内に留まらず、全世界共通の教育内容となるのもそう長くはかからないとされている。

 もう、すでにそういう段階にまで来てしまっていた。

 

 

「失礼します」

 先ほどの薄暗い部屋に少年と同じ年くらいの少女が入ってきた。彼女はひどく怯えているように見える。

「ああ、よく来たね。大丈夫、何も心配することはないさ」

 男は優しくそう言った。

しかし、その目はぎらぎらと輝いており、先ほど少年に見せた笑顔は欠片も感じることが出来なかった。

 

説明
没供養その2。 荒んでた時に書いたものなので色々とお察し。
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