命-MIKOTO-16-話 |
体がだるい。
仕事の途中で気づいた時には嫌な予感がしていた。
体に感じた違和感は徐々に強くなっていって。
寝る頃には寒ささえ感じるようになっていた。
薬を飲んで体をあっためるように布団をたくさんかけて寝ることにした。
「明日には良くなっていますように・・・」
私は祈るように布団の中に潜って目を瞑ると、すぐに眠りに就けたのだった。
【愛神】
いつもの時間に彼女の姿はなかった。
私は大体命の後、2番目くらいの早さで起きて1階に下りて命の姿を
見るのが日常になっていたけれど。今日に限って命の姿がなかったのだ。
不安になって命の部屋の前に立ってコンコンと軽くノックをしてから中へと入る。
何だか空気が悪く感じる部屋の中へ歩み進んでいくと。
「こ、これは・・・!」
私は思わずその場に似つかわしくないものを「抱えて」部屋を出てヒトミと萌黄を
たたき起こすように呼び出すと、その騒ぎにみゅーずも駆け寄ってきて、大きな騒ぎに
してしまったのだった。
「あー、これは久しぶりの症状…」
「萌黄知ってるの? あと命の姿が見えないんだけど」
頭の中が軽くパニックに陥っている私を萌黄は苦笑しながら私の肩に触れて
私が抱えている動物を指差して言った。
「マナカちゃんが抱えてる子が命ちゃんだよ」
萌黄の発言を聞いてずっと頭の上で「?」のマークが浮かぶように、
全く理解できなかった私はそれから暫くの間、萌黄の説明を受けている内に
わかってきたような気がする。
今まで普通ではないと思ってはいたけど、ここまで普通とはかけ離れているとは。
ヒトミは私よりも早く理解できたようで、私が目を回しながら聞いている間に
狐の命を可愛がっているのを見ていた。
「んー、もふもふ〜」
「ヒトミ、ずるい〜」
私が近寄ると命は複雑な気持ちを抱えたまま私達を上目遣いで見てくる。
すごく申し訳ないんだけど・・・か、可愛すぎる。
「あの二人共…、快復に向かいつつあるけど無理はさせないようにね」
『は〜い』
いつもと違って子供を叱る親のように言う萌黄に私達は子供のような返事をした。
よく見ると命の尻尾は二つあるようだった。
まぁ、元は人型で妖怪のように尻尾が複数あっても別に驚くほどではなかった。
それ以前にこの家には私ら含めて自称神様も住み着いているわけだし。
そういえばこういう騒ぎにはいつも居そうな自称神様の姿が見当たらない。
私は辺りを見回してみるが、萌黄は命の代わりに台所にいて、命に夢中のヒトミの姿
以外はいなかった。
「どうしたんだろ」
珍しく自分だけとばかりに命をモフってるヒトミを置いて私はみゅーずの姿を
探しに歩き始めた。最初は家の中にいると思っていたのだけど。
「いない…」
普段いる人間がいないと急に不安になってくる。
そんな気持ちを抱きながら私は急ぎ足で外へと向かうと
玄関を出た所で遠くを見てボーッとしているみゅーずの姿を確認した。
「どうしたの?」
「ん?」
いつも元気な彼女が真面目な顔をして振り返るから一瞬ドキッとした。
私は頭が回らなく何か喋らないとと思って思いついたことを口に出した。
「あのさ、命と遊ばなくていいの?」
「うん、具合悪い子にそういうことできないでしょ。私としてはゆっくりさせて
あげたい」
「あっ・・・」
そうだった、可愛い命の姿に萌黄がしていた説明をすっかり忘れていた。
命は今「風邪」で体調の狂いからあの姿になっていたんだ。
「ごめん…」
「それは私じゃなくて彼女にしてきてあげて」
振り返るみゅーずは姿は子供なのにどこか大人びた顔をしていた。
どこかに行ってしまいそうな雰囲気がして、でもそれが違ってたら恥ずかしいという
気持ちから、別の言葉にたどり着いてしまったことに今気づいた。
私はもう彼女を家族か友人のように認識してしまっているのだろう。
心配をしてしまう自体その証のようなものである。
「うん、中で待ってるからね」
「えぇ…」
中に入ると疲れたのかぐったりしてる命をヒトミから奪い上げて部屋の中へ入って
ベッドの上に寝かせてあげる。少し吐く息が熱いように感じた。
「熱は大丈夫?」
聞いても言葉とか言える状況じゃないからわからないのだけれど、心の中で頷いている
ように感じた。私の「目」はこういう時には便利だと思えた。
「ふふっ、自分の特別な目があってよかったって思えたの生まれて初めて」
「…」
「うん。命のおかげって言ったらあれかもしれないけれどね」
「クゥ〜…」
命が嬉しそうに頭を上げて鳴き声を出すと、すぐにベッドに横たわった。
頭が少し痛いように見える。そして…。
「なに、命?」
「…」
「水持ってくればいいのね?」
私の問いかけに頷くように動かすと私はそれ以上聞かずに部屋を飛び出して
階段を下りていく。すっかりモフモフ熱が下がったと思われるヒトミが申し訳なさそうに
苦笑していた。
「何かあれば手伝うよ」
「水飲みたいって」
「OK」
そこでコップで持っていくか皿に入れるかわからないことに気づいたが
ヒトミは「狐の姿だし、皿の方が飲みやすいでしょ」と言って勝手に
冷蔵庫にあったミネラルウォーターをお皿に注いで私を置いていくようにして
上へと向かっていくのを私も後ろから追いかけていた。
絶対もふもふ熱が下がってないってその時のヒトミの様子でわかった。
恐るべし、動物への萌えの執着。
「おまたせ〜」
急いで追いつくと命の前に水の入った皿を置くと、少しずつぺろぺろと
水を舌で掬って飲み始めた。やはりこれの方が飲みやすいのだろうか。
あまりコップからぐいぐいと飲んでる動物は見たことないし命も困惑してる
様子はなかったからこれでよかったのかも。
それから命をすぐにでも愛でようとするヒトミを押さえながらの看病をしていたら
けっこう体力を使ってしまい疲れたのだった。
看病しながらもみゅーずがいつ戻ってくるのか気になって玄関にも
気を配りながら待っていたが。その日彼女が戻ってくることはなかった。
命はその日しっかりと養生していたら翌日には元気な命に戻っていた。
ただ病み上がりだから体を労わるようにと、仕事と家事は休んでいたけれど。
これでいつもの日常に戻れるかと喜んでいたけれど、住人が一人欠けているのが
私には気がかりだった。命と萌黄は何の心配もないと笑っていたけれど
私の中にあるモヤモヤが晴れることはなかった。
それから一週間くらいが過ぎた夜。
「ただいま〜」
彼女は何事もなかったかのように普通に玄関から帰ってきた。
毎日しているかのように自然な挨拶と迎えにいった命も普段通りに
おかえりなさいと笑顔でいるのが不思議で。
「どこいってたの?」
「ちょっと、用事で」
その用事が気になっていたのではないかと言いたかったが、私は追及するのを
止めた。私自身それをされるのが極端に嫌っているからだ。
「むぅ…」
納得いかないという私の表情を読んでか、みゅーずはいやらしい笑い方をしてから。
「私がいない間、寂しかったのかしら?」
「そ、そんなわけないし!」
図星なんだけど、素直に認めるのは悔しいからそんな言葉を吐くが彼女は気にする
様子も見せずにテーブルに座ると命に「らーめん」とお店で注文するような口ぶりで
言う。
命も笑顔でそれに答えて作り始めた。
ちょうど命の休みの日。命もすっかり体調を戻して家事に精を出していた。
そんな様子を見てみゅーずは私に聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟いていた。
「元気になってよかったねえ」
「うん」
「私はらーめんさえ食べられればいつでも戻ってくるから安心してね」
「別に安心とか関係ないし」
私の顔も見ずにずっとラーメンを作ってる命の姿を見ている。
なんか相手にされてないように感じるけど、しっかり言葉の受け答えをしている。
なんだか不思議な女の子だと思える。彼女が歌う歌にも人から動物まで影響するし。
あながち自称神様も嘘ではないのかもしれない。
頼んだラーメンが届いて幸せそうに食べる彼女の笑顔を見て、なんとなく猫みたいな
イメージが私の中で生まれた。
みゅーずは一箇所に留まらないで、猫のように自由に動き回っているほうが
合うような気がしたから。みゅーずとの話の後、私は不安に思っていたことをやめた。
彼女は一度その場から離れてもまた帰ってくると思えたから。
そう、それこそラーメンさえあればどこからか沸いてくるようなそんな感じ。
普段の生活は少し前に戻っていたけれど、私の中での普段は今こうして
戻ってきたのだった。
続く
【おまけ】
みゅーずさんが私に近寄ってきて、興味津々とばかりにたっぷりの笑顔で
聞いてきた。
「みこと〜。きつねになって!」
「無理です」
ちょっと攻撃的な笑顔で返すと、つまらなそうに口を尖らせてブーッという
みゅーずさん。
「そっか、自由に変身できないのか」
「そうですよ〜。それに不便ですし、なりたくありません」
「えー、可愛いのに」
「そ、そんなこといってもなれないものはなれません」
可愛いと萌黄以外の人に言われるのが慣れてないからか、顔が徐々に熱く
なっていくのを感じる。風邪の時とはまたべつのものである。
「あー、赤くなってるよ。ウブだねぇ、みことは」
「はぁっ、最近からかわれるのですが何ででしょう・・・」
悩むように口元に手を当てて悩むように言うと、みゅーずさんは楽しそうに
答える。
「だって反応楽しいもん。それが嫌だったら態度変えればいいのに」
「そんな簡単にはいきませんよ。これが素ですから」
「じゃあ仕方ないね!」
「うーん…」
「それに弄られてもそんな嫌じゃないんでしょう。顔に出てるよ」
「・・・」
言われる通り、嫌とはいっても嫌悪とかのじゃなくて恥ずかしくてとか
そんな風に近いのかもしれない。構ってくれることに愛情を感じてもいるし。
なんというか、家の中で一番小さい子に諭されると不思議な気分にさせられる。
本人の言うことが本当だったら一番の年長者ではあるけれど。
「?」
無邪気で幼い笑顔を見ているととても神様だとは信じられないのだった。
「あはは」
自然と私は笑ってその場の空気を誤魔化していた。
彼女が何者でもいい。ただ、楽しく幸せにしてくれる。
そんな存在だと思えたから、その場で笑ってくれるのが私は嬉しかった。
終
説明 | ||
久しぶりの命狐の話ですがメインが別になってしまったので存在感が薄くなってしまいましたモフモフー。いやぁ、動物ってほんといいものですね♪ | ||
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