ウォーシップガンナー2 鋼鉄の咆哮 〜海原往く大鷲の航跡〜 第二話 艦の魂 |
ウォーシップガンナー2 鋼鉄の咆哮 〜海原往く大鷲の航跡〜 第2話 艦の魂
もともとウィルキア王国沿岸は、寒流の影響でヨーロッパと比べて圧倒的に冬寒く、夏涼しいと言った気候だった。
そして、今彼らが居るのはそのさらに北方の海域。
当然ながら吹き上げる波しぶきが、もう4月になろうとしているのに氷水のように冷たい。
国防海軍突然の急襲から丸4日が経過・・・だが、この数日で全てが変わった。
情報によると、国内では我々は国王を誘拐し、祖国に刃ならぬ砲口を向けた裏切り者扱い。
逃げきれずに捕虜となった近衛海軍の兵士達は、国内で未だに酷い扱いを受けているらしい。
もっとも、彼らにとって堪えているのは拷問による痛めつけよりも、勘違いをしている国民の言葉責めだったりするわけだ。
近頃、国民主権と言う制度を聖書やコーランのように崇め、政治システムに於いて文化先進国家を名乗るような国が出始めてきた。
しかし、良く見るが良い・・・。
本来自らの確固たる意志を持って国家をあるべき方向に導く国民は、軍部によってリークされた情報をよく考えもせず鵜呑みにし、無知の富豪を詐欺師がいとも簡単に騙すようにコロッといってしまうのだ。
これほど、国民と言う生き物の影響が実に大きく、そして何と愚かな集団かと思った日は無かった。
現在原子力で航行しているため、ほとんど騒音が無いフレースベルグの艦内。
寝台設備も整っており、古い設備の船員達はこの有様を見た瞬間、“フレースベルグ・ホテル”だの言うに違いない。
日付が変わる前にカイトは操艦を副長のリナに交代していた。
普通に寝るにしても十分な時間はあった。
だが、既に水平線の向こうから朝日が昇って来たが、結局あまり寝付く事が出来ないでいた。
理由は多々ありすぎる。
結局色々な事を考えて、脳が寝させてくれなかったのだ。
それも仕方ない性だと思い、カイトは艦長室の寝台から体を起こした。
周り一面海だらけ・・・。
海以外に見えるのは水平線から顔をのぞかせ、その神々しい光で世界を照らし始めた太陽だ。
近衛海軍艦隊は蒼穹の空色に染められた大海を、現在のところ二手に分かれて逃避行を演じていた。
一つが、我々近衛海軍第11艦隊を中心とした北方に退避した艦隊。
そしてもう一つのヴィルク国王が座艦し近衛海軍旗艦イダヴァルが率いる艦隊。
その艦隊は頼れるある国へと向かっていた。
太陽の昇る国・・・言いかえれば日が出ずる本の国。
すなわち、日本である。
日本とウィルキア王国は、幾つもの共同戦線を通じての古くからの同盟国だ。
また、共に世界有数の海軍国家でもある。
そのイダヴァルからもたらされた情報では、近衛海軍はもともと国防海軍に対して圧倒的に少なかった戦力のすでに3分の1を、大演習中に起きた国防海軍のクーデターによって喪失。
現在、同盟国日本に対して保護を求め、横須賀へ航行中とのことだった。
一方の我々は、太平洋北洋のアリューシャン列島帯をさらに北上。
ユーラシア大陸の最東端とアラスカのご近所、ベーリング海に進入しようとしていた。
ギイィと艦橋の防水扉が重く軋む音を立てて開き、そこからカイトが姿を現す。
「皆、御苦労。 状況はどうか?」
「おはようございます、艦長。 現在のところ、特に変わった報告等もありません。 あと一時間ほどで、我が艦隊の合流海域に到達します。」
「そうか、今後も半舷にて休息を取れ。 働きづめの要員は、休んでくれて構わないぞ。」
それを聞いて、やっと解放されたといった表情になったクルーが何名か。
さて、艦長席に座ってゆっくりさせてもらうかと思っていたカイトの顔を誰かがじーっと覗き込んでいた。
「艦長・・・どうやら、眠れなかったようですね。」
リナがやれやれと言った表情で言うが、傍から見ればそのやりとりはまるで小学校の保険医と生徒のやりとりだ。
「・・・うむ、だがこんな状況だ、眠るには悩みの種が大きすぎて多すぎる。」
「お言葉ですが、艦長は一人で抱え過ぎですよ。 何も、艦長のせいでこんな事になった訳ではないでしょうに・・・。 それに、体を壊されてはこの先の行動に支障が出かねませんよ。」
「そうだな、それはすまなかった。」
少しばかりではあったが、微笑みかけて二人の会話がこれからと言う時に艦橋にCICから通信が入る。
『艦橋、CIC。 本艦の進行方向に反応、その数6。 うち、大型の反応が4つ。』
やれやれとカイトとが通信に出ると、彼と同じ時刻に休息に入った通信長のバンからだった。
しかし、彼もまた寝起きであるのに溌剌とした声で状況を告げる。
「おそらく、我が第11艦隊だな。 艦隊旗艦、戦艦シェルドハーフェンにこちらの艦名および状況等を打電せよ。」
『了解しました。』
「しかし・・・第11艦隊は6隻全艦が健在か。」
近衛海軍の喪失艦艇の大半は、初弾で多数の攻撃を浴びせられて沈められている。
それはつまり、この艦隊が不意打ちとも言える国防海軍の初弾を全て回避したという、練度の高さを物語っていた。
と、カイトは思っていたのだが・・・
「買いかぶり過ぎだよ・・・偶然、後方に控えていたから敵と遭遇する機会が少なかっただけの事だ。 少し話したい事があるが、その前にミーティングだ。」
乗艦した先で熟練を感じさせる白髪のお爺さん将校が放った言葉に、呆然とするカイトの空想艦隊はここで撃沈された。
しかし彼こそがこの第11艦隊を、攻撃を浴びる機会は少なかったものの無傷でここまで廻航させ、見事に追手の追撃部隊を撒いた逃避行の立役者、ジェラルド・バクスター大佐。
彼の人望の大きさから、他の艦がここまで有無を言わずに彼に従い付いて来たのは、紛れもない事実だった。
艦隊を合流した今、各艦の艦長達が旗艦シェルドハーフェンにおいて今後の艦隊のあり方を協議している最中だ。
その中には、新しく艦隊入りを果たしたフレースベルグの事も議題に上がっていた。
「従来の軍艦のどのスペックをも上回る艦だ・・・。」
「ああ、敵の手に渡らないで何よりだった。」
そう不幸中の幸いを口にする他艦の艦長達は、カイトとは平均で二十歳近く年が離れ、聞いた話ではカイトと同い年くらいの子がいる老艦長さえもいた・・・。
そんな彼らが出した一応の結論・・・
「この場に於いてミサイル巡洋戦艦フレースベルグを、第11艦隊の旗艦とする。 まあ、もともとその予定だったのだが。」
そのバクスター長官の一言で、今後のフレースベルグのクルーの身の振りが厳かな物になるであろうことがカイトには十分予測された。
長官在艦となれば、おかげで羽目を外せないと不満をぶちまける船員たちの怒った顔が浮かぶ。
簡単ではあったが旗艦拝命の式典を執り行った後、バクスター長官がいよいよフレースベルグに乗艦した。
そしてバクスター長官の最初の指令が下った。
それは長官が在艦する旗艦の証明にもなる旗を、他の艦に比べて小さいフレースベルグのマストに掲げるという作業。
もっともその作業自体は下士官の仕事であり、カイト以下艦橋クルー達はただ直立し敬礼を捧ぐだけだった。
「でも・・・直立も意外とキツイんだぞ・・・。」
式終了後、不満をこぼしそうだった若い作業員に、バクスター長官が何気なく囁いたのには少しヒヤッとしたが・・・。
カイトに伴われていよいよ長官が艦橋に上がると、艦橋およびCICの一部の高級士官達が敬礼を以て出迎えた。
「そう堅くなる必要はない。」
「はっ・・・しかし、長官に礼を欠いたとなれば、ウィルキア軍人としての気品が疑われますので・・・。申し遅れましたが、本艦の副長“リナ・スワロー”大尉です。」
「うむ。 さて、艦橋に上がって早速で申し訳ないが貴官等に調べて欲しいものがある。」
そう言いながら、バクスター長官は年季の入った雰囲気を放つ海軍服から一枚の紙のような物を取り出した。
「そう言えば、先ほど話があると言っていましたが、この事ですか?」
「そうだ。 貴官らがこの海域に到達する三日前の事だった、我が艦隊のレーダー機器に異常が発生した。 これが、その時のレーダースクリーンを映した写真だ。」
それを見て、カイト達士官が皆首を傾げる。
「一見、電子妨害を受けたレーダースクリーンのように見えますね・・・。 ですが、詳しい事は専門家に見てもらわないと、何とも言えませんね。」
「専門家?」
「ええ、電子機器関係のエキスパートですよ。」
「ったく・・・何で通信長兼砲雷長の俺が・・・。」
ダウンジャケットを着込んでいるのに、ベーリング海の寒風にガクガク震えながらマストに登り作業をするバン。
出航時に落ちてきた鉄骨がマストの通信機器を直撃し、さしもの頑丈な通信設備も故障せざるを得なかった。
もっとも、故障したのは送話においてで、受話においては問題無かった。
そんな彼に追い討ちをかけるように、またもや冷気そのもののが激しく吹きつける。
「うー寒いっ・・・くそぅ、こんな厄介事押しつけやがって兄貴のやつ・・・。」
「それは、艦長さんが通信長さんしかこの仕事はできないって信頼している証拠ですよ。」
「そうかい、そいつはありがとよ・・・ん!?」
ひびの入ったカバーを取り外そうとスパナを取り出そうとして、バンは手を止めて慌てて振り返った。
振り返った先のマストの後部、ちょうど掲揚機の頂上部の辺りに一人の少女を見た。
見た目は14か15くらいだろうか?
清楚な顔つきに一応ウィルキア海軍の軍服、そして長い水色でポニーテールで纏めた髪を寒風になびかせながら満面の笑みでこちらを見ている。
(・・・いかん、幻覚・・・かな?)
両目をグローブをはめたままの左手の指で、ギュッと押さえつける。
数十年前から世界の国々に先駆けて、実力主義のウィルキア海軍は能力のある人なら女性でも軍艦に乗せると言う古い観念にとらわれない方法を取った。
確かに、この国に於いてスワロー副長のように女性が軍艦に居ると言う事は別に珍しくない。
だが、見た感じ士官学校に入学すらしていないくらいの少女がこの艦に乗っているのはおかしい。
何よりおかしかったのは、彼女の体が僅かではあるが淡く光っていたこと。
(よし、これで幻覚なんて・・・)
再び振り返るが、やっぱりまだ居る・・・。
しかも、いつの間にか取り外した長官が乗艦していることを現す信号旗を掲揚機からどうやってか取り外し、それを自分の体に巻きつけてキャッキャやって遊んでいる!
一瞬このまま見ているのも楽しいかなとか思ったが、遊んでいるのが国旗よりも貴重な旗と気付いてバンはあまりのことにスパナを落っことす。
「ちょちょちょちょちょっと待ったあぁぁ!! それは、長官が乗艦していることを証明する大事な旗で・・・ん、うわわわわあああぁぁぁっ!!」
ドシーン!!
「あ、通信長落っこちた・・・。」
数メートル下の艦橋後部の甲板に尻餅をついてしまったバン。
それを未だにマストの上からこちらを見つめている少女が呟き、軽くステップをするように高いマストの上からジャンプして体操選手顔負けの着地を決める。
「大丈夫ですか? フツーの人間なら、腰の骨折ってもおかしくないですよ?」
人が数メートル転げ落ちたと言うのに、全く動じない・・・というか、もしや鈍いだけなのか・・・。
「イテテテテ・・・さて・・・。」
むんずっと、おもむろに少女の右手を掴む。
いや、別に何か気があると言う訳では無い。
全然ないといっても、ウソになる気がするが・・・とりあえず、捕まえたのだ。
本当に、変な意味では無いからなっ!!
「君は、誰だ? アダダッ・・・いつからこの船に居る、ん?」
あくまで相手は感じからいっても子供だ、怖がらせないよう細心の注意を払いながら迷子の子供に尋ねるように出来る限り優しく語りかけるバン。
「えーと、その・・・なんて言ったら良いのかな・・・。」
困惑した表情になる少女を見て、バンは思わず顔を背ける。
言わなくても分かるだろうが、一応言おう・・・とてつもなく可愛いのだ。
(駄目だ駄目だ! 俺はウィルキア近衛海軍の通信長兼砲雷長だぞ!)
煩悩を払拭するように頭を十往復くらい超高速で振って彼女を見据えようとした時だった・・・
「そこの通信長!!」
遠くから凛とした女性の声がした。
いや、それにしても普通呼ぶなら「そこの人!」とか「そこのお前!」じゃないかと思いながらも、声がした方向を向く。
遠くてよくは見えないが、腕組をしてキッとこちらを見据える彼女もウィルキア海軍の軍服を纏っているようだ。
しかし、自分が未だに手を掴み続けている少女同様、彼女が立っている場所もまた奇妙なところだった。
そこは、左舷200mくらいに停泊している戦艦シェルドハーフェンの二番砲塔の三連装砲の真ん中の砲身の上だった。
すると、シュバッと砲身の上からドラゴ○ボールなみのスーパージャンプを披露して、こちらに飛んでくる!
「お前がその娘(こ)を口説こうなど・・・」
「は?」
「10万年早いっ!!」
飛び蹴りの体勢に入った彼女のブーツがバンの眼前に迫る。
「はいいぃぃっ?!? ふごっ!!?」
その一撃は、彼の顔面にモロにめり込んだ。
「あらー、どうしちゃったんですかお姉さま?」
天然系の少女の声がどこからともなく聞こえるが、目の前は真っ暗。
(これは、初めて聞く声だ・・・またどこからともなく・・・。)
「こ奴が、私たちの妹を口説こうとしていたからな・・・。」
「それはけしからんな、このまんま海に投げ捨てたらどうだ?」
続いて聞こえたのは、男勝りな少女の声。
(いえ、それは勘違いです・・・てか、冗談抜きでそんなことされたら死にます。 すでに気分的に死にそうだけど・・・。)
と言いたかったのだが、既に意識が遠のきそう。
「いや、お姉さま実は・・・」
事の発端の少女が、何かを言おうとした時だった・・・
「君達は・・・。」
老いたが威厳ありといった感じの声が倒れ伏しているバンにも、当然彼女たちにも聞こえただろう。
(ん? この声つい最近、どこかで聞いたぞ・・・)
「どうしたのだ、シェルドハーフェン。 皆を集めて・・・。」
(は? シェルドハーフェンッッ!? 人名にしては、なんつうネーミングセンスだ・・・)
「おっ!? トライトン砲雷長!? バン君、どうしたんだ!?」
「長官、その実は・・・」
自分をノックアウトした彼女が、言いにくいことを言うように口を開く。
(長官・・・そうだった、バクスター長官の声だ。)
どうやら、長官がTKO状態の自分を見つけてくれたらしい。
「わけは後で聞く、それよりも誰かおらんか!!?」
「・・・どうしたのです? 長官? おや? 彼女たちは?」
(この声は、兄貴・・・艦長・・・どっちでもいいや、もう。)
「ほう、君にも見えるか・・・いや、それより今は彼を!」
「ん? バン! ・・・一体、何があったんだ!?」
疑問はいろいろ残っているけど、助けが来たからとりあえず安心かな・・・
そう思った瞬間、バンの意識は完全に闇に落ちた。
(というか、なんで俺がこんな目に・・・確か、ほんの数本の配線を直すだけだったのに・・・元はと言えばあの子のせいで・・・)
意識が戻り、医務室のベッドに横たわるバンが目を開く・・・
すると、最初に見えるのは白い天井とかいきたいところだが、見えたのは自分を覗き込むあの少女のパチクリした目だった。
「キャッッ!?」
「うおわっ!? き、君は!? イダダダダッッ・・・!!」
いきなり開いた目に驚いたのだろう、少女はバンが寝ていたベッドから転げ落ち、バンも慌てて体を起こしたせいで腰に激痛が走った。
「気がついたかね?」
すぐ横の椅子に、バクスター長官が読んでいた本をたたみながら呼びかけた。
「長官・・・あの、この子は?」
「うむ・・・それを話す前に、ちょっとな・・・カイト君、良いぞ。」
『はい。 では、どうぞ。』
医務室の扉が開け放たれ、最初に目についたのはその扉を開けた兄のカイト。
そして、次に姿を現したのは・・・
(げっ!?)
先程自分に見事な飛び蹴りをお見舞いした少女だった。
だが、先ほどのように殺気だった表情ではなく少しばかりシュンとしているようだ。
「先ほどは私の勘違いで暴力を奮ってしまい、大変失礼いたしました。」
「は、はあ・・・。」
それしか言えない、まだ状況理解に苦しむからだ。
「それで、あなた方は一体?」
何よりも核心的な事をバンは尋ねた。
先刻もこれを聞こうとして、目の前の少女に蹴り倒されたのだった。
「うむ・・・それは、私から話そうかな・・・。」
口を開いたのは、パイプ椅子をたたんで立ち上がったバクスター長官。
その後ろにいる艦長のカイトの表情から察するに、彼はもう全てを長官から聞いているようだ。
長官直々のお言葉、確かにこれなら今の俺にとっても説得力がある。
「バン君、君は・・・船に魂が宿ると言う事を聞いた事がるかね?」
「はあ、確かに・・・ウィルキアのおとぎ話とかでは良くある話です。 一般船舶なら航海の安全を、軍艦なら武運の象徴として存在するとか・・・。」
「それを知っているなら話が早い。 彼女たちが、それだよ。」
「はあ、そうなんですか・・・・って、えええええぇぇぇぇ!!?」
叫びに近いバンの声が、狭い医務室の中で木霊するようだった。
「まあ落ち着きなさい。 私も特に彼女とは長い付き合いだが、始めて知った時には飛び上るほど驚いたものだ。それにしてもカイト君は違ったが、君と私が最初にそれを知った時の反応は同じようだな・・・。」
(きっと冷静沈着な兄貴の事だ。「そうなんですか。 すこし驚きましたが、見える以上信じましょう。」とか全然驚いていなさそうな表情で言ったに違いない。)
そう思いながら、バンは再び視線を長官の方に戻す。
「彼女たちには、いろいろ逸話があってな・・・たとえば、悪意を持った船乗りが乗ると、彼女たち艦魂はその悪意にのまれて消滅してしまう。 だから、海での悪事は栄えない・・・とかね。おお、そうだ。 忘れるところだったが、紹介をしておこう。 まず彼女が、戦艦シェルドハーフェンの艦魂だ。」
「私が、戦艦シェルドハーフェンの艦魂。 名前もそのままシェルドハーフェンですが、艦内の見える方たちからは、シェルドとかシェルドさん。 他の艦魂の皆からは、シェルド姉と呼ばれています。」
敬礼をした後に名乗る19才くらいの彼女、良く良く聞くとあの時聞いた凛とした声だ。
流石、長年第11艦隊の旗艦だっただけの事はある・・・。
「そして私がこの船の艦魂、フレースベルグです。 お姉さん達からは、フレスと呼ばれてます。 バン通信長、以後よろしくお願いします。」
まだ慣れない仕草で敬礼をする彼女、なるほど・・・事の発端の少女は、この最新鋭艦の艦魂だったのか・・・。
その頃、どこからともなく覗く者が約一名。
潜望鏡から得られる映像を見た彼の眼には、ボイラーの煙を落として海を寝床とする艦艇が静かに眠っているように見えた。
「間違いない、艦形から近衛海軍第11艦隊と思われる。」
「作戦本部より指令、敵艦隊を海の藻屑へ変えよ。 貴艦隊の武運を祈る。」
そうか、とだけ呟くと再び潜望鏡を見つめる潜水艦の艦長。
「一隻多いな、それに変わった艦形だ。 まあいい全艦、魚雷攻撃用意!」
旗艦に続いて、次々と攻撃深度に浮上する国防海軍の潜水艦。
その数、2。
「発射用意・・・撃てーっ!!」
圧縮空気を排出するような音を立てて各艦から4発、合計8発が停泊する第11艦隊向け放たれた。
それは、出航以来暇を持て余していたソーナーにはとんでもない目覚ましアラームだったに違いない。
すぐさまもう一人が全艦放送のスイッチをいれ、ソーナー室のマイクを手に取る。
「魚雷音、深度50より探知!! 方位90度、距離5200、魚雷の数は多数、接触まであと6分、放射状に広がりながらまっすぐ突っ込んでくる!!」
その瞬間、全員がその聞こえた内容に戦慄を覚え同時に凍りつく。
しかし、いざと言う時の動きが俊敏な彼は違った。
すぐさま弟たちを残して医務室を飛び出し、一番近くにあった艦内のインターフォンを操作する。
「全艦クルー、良く聞け。 万が一に備えて、動力を原子炉からガスタービンに変更。 機関室クルーは、基機の起動を優先しろ。
CICは、敵と魚雷の位置を精密に特定、艦橋クルーは艦隊全艦に魚雷接近の旨を報告せよ! 僅かな遅れが命取りになるぞ!
総員、対潜戦闘用意!!」
それだけ言ってインターフォンを置くと、カイトは艦橋に向かって走り出した。
「艦長!」
「すまない、医務室の方に居たから遅くなった。」
「いえ、それより全艦に通達完了しました。 全力即時回避行動に入ったようです。」
リナの返答にひとまず安心したカイト。
「CIC、艦橋。 敵攻撃の詳細を報せ。」
『こちらCIC、敵は2隻の潜水艦。 合計8発の魚雷を斉射した模様。 接触まで、あと3分20秒!』
「了解。 対潜魚雷にて敵潜水艦への攻撃を敢行する、対潜兵装用意!」
攻撃準備は整った、だが最も肝心な準備がまだ出来ていない。
そう、機関がまだ起動していないのだ。
今か今かと待っていたその時だった・・・
『こちら機関室、基機全機起動完了! 起動状況異常なし!』
「こちら艦橋、了解した! 全速前進、面舵一杯! 本艦はこれより敵潜水艦との戦闘に入る!」
「艦長、まずは魚雷を回避してからでは!?」
「ダメだ、確かに本艦だけなら回避することはたやすい。 だが、本艦が敵潜水艦の射界から逃れると敵は船足の遅い超弩級戦艦に狙いを定めるだろう。 射線ギリギリを航行し、敵潜水艦に攻撃を加える!」
フレースベルグに続いて、他の艦艇も続々と動き出す。
だが、未だに動きが鈍い船がある。
『困りましたわ、このままではシェルド姉さまに・・・!』
クルー達の喧噪が響く中、甲板からおろおろしながら前方に停泊する姉の雄姿を見つめるのは、彼女と同型の戦艦ブローズグホーヴィの艦魂。
いわば、シェルドハーフェンの実妹である。
戦艦ブローズグホーヴィは、後方に控えていたため第一弾の雷撃の射線からは外れていた。
もっとも、このまま居座り続けたら次に攻撃対象にならない保証は無い。
その為、射線からさらに逃れるように機関はいつもと違う方向に回転し、船は機関後進をかけて徐々に後退していた。
だが、シェルドハーフェンの船体前部はほぼ射線上に捉えられており、このままでは5発以上の魚雷が船体に命中する。
ようやくシェルドハーフェンも後ろに後退を始めたが、完全に回避することはできない。
「CIC、艦橋。 敵魚雷を、こちらの魚雷で迎撃することは可能だな?」
『はい。 水中を航行している以上、迎撃は理論上は可能です。』
「よし、右舷魚雷発射口開け! 戦艦シェルドハーフェンに一番近い4発を迎撃する!」
自分に魚雷が迫っていることを察知したシェルドハーフェン、だがその表情は落ち着いていた。
「どうしよう・・・姉さまに魚雷が!」
うろたえる“フレースベルグ”。
だが、そんな彼女を“シェルドハーフェン”は優しく抱きとめる。
「大丈夫だ、私は魚雷の一発や二発で沈むほどヤワではない。 それより、旗艦の艦魂ともあろう者が、このくらいでうろたえてどうする?」
そう。 これから“フレースベルグ”は旗艦の艦魂として船員たちを支え、それどころか艦隊の支えとならなければならない。
そんな彼女が、砲弾や魚雷でうろたえていては駄目だと、“シェルドハーフェン”は彼女に言い咎めた。
フレースベルグの右舷中部の舷側が開くと、そこから魚雷発射機が顔をのぞかせる。
「発射用意・・・撃てーっ!」
バシュッっと僅かに発射口から白煙を放出すると魚雷は水中に飛び込み、ロックオンした敵の魚雷へと向けてまっすぐ進んでいく。
『インターセプト、5秒前・・・』
CICからもたらされる情報モニターには、魚雷の位置と敵魚雷の位置が正確にモニタリングされていた。
光点などの表示が、リアルタイムに動いている。
そしていよいよ、最初の魚雷の光点の上の秒数表示が3と表示した。
『スタンバイ・・・マークインターセプト!』
CICの管制官が告げた直後、敵魚雷とフレースベルグが放った魚雷の表示が重なり、そして消失する。
スドオォォォン!!
夜の暗い海面の下で突如何かが光ったと思った瞬間、二つの魚雷が作り出した巨大な水柱が空に向かって飛び出した。
「よっしゃあぁ! そのまま頼むぞ、フレースベルグ!」
巡洋戦艦フェンリアの甲板上で、クルーと一緒に歓声を上げるのは艦魂の“フェンリア”。
艦隊の艦魂の中では、一番の暴れ馬ならぬ暴れ狼。
しかし今の喜びようで分かるように、そんな男勝りの彼女も姉のシェルドハーフェンの安否を心配していた。
だが、問題が起きた。
二発目も三発目も迎撃し、残りは最接近している魚雷のみとなった時だった。
その最接近した敵の魚雷を迎撃する使命を帯びて発射された魚雷が、突如消えたのだ。
同時に、予期しなかった場所で水中が上がる。
『こちらCIC、迎撃魚雷、目標でない敵魚雷と接触し爆発した模様!』
「なにっ!? くそ・・・このままでは、戦艦シェルドハーフェンが被雷する! 次弾発射用意!」
『駄目です、装填間に合いません!』
CICからその返答を聞いてカイトは雷に打たれたような表情になる。
それから、十秒ほど時間が経っただろうか・・・
ドゴオオオオォォォン!!
巨大な水柱がシェルドハーフェンの右舷前方で巻き起こる。
それは、シェルドハーフェンが被雷したという証拠だった。
「うああああぁぁぁッ!!」
「何っ!? どうした!?」
「お姉さまッ!?」
“シェルドハーフェン”の脇腹から赤い血が噴き出して軍服を赤く染め、彼女が苦悶の表情を浮かべて医務室の床に突っ伏した。
その光景に、怪我人の筈のバンと艦魂の“フレースベルグ”が絶句する。
『シェルドハーフェン右舷前部に、魚雷一発被弾!』
その放送を聞いてバンはハッとなった。
彼女たちはいわばこの艦隊の艦そのもの。
つまり、艦が受けるダメージは彼女たちに必然的に反映されてしまうのだろう。
息を荒げながら歯を食いしばり痛みに耐える“シェルドハーフェン”の姿は、痛々しいもの以外の何物でもなかった。
居ても立っても居られなかったバンは、ついに意を決したようにベッドから立ち上がる。
「フレス・・・ここは頼んだぞ。」
涙ぐんで“シェルドハーフェン”を呼び続ける彼女にそう言うと、自分の痛みなど忘れたかのように医務室を抜け出して、本来居るべき場所に彼は向かった。
「ソーナー、艦橋。敵潜水艦の位置特定は無理なのか?」
「魚雷が多数発射された事、並びに先ほど魚雷を多数迎撃した時のノイズで現在位置特定は不可能です。」
「くっ・・・わかった、ソーナー、位置特定に全力をそそげ!」
(敵潜水艦の第二次攻撃が行われる前に、何としても沈めなければ・・・だが、ソーナーが役に立たない今、どうすれば・・・)
良策が浮かばずに焦るカイトの視線の先には、浸水により艦首方向に僅かではあるが傾斜したシェルドハーフェンの姿があった。
『艦橋、CIC。 艦長・・・』
その時、艦橋のカイトを呼び出したコール。
それは、バンからだった。
「砲雷長か!? 落ちついて寝ていろと・・・」
「こんな状況で、のほほんと寝ている訳にはいきません。 それに・・・一つだけ、方法があります。」
その言葉に、艦橋クルーが一斉に耳を傾けた。
「艦長・・・ASROC(アスロック)での、敵潜水艦攻撃を進言します。」
「ASROCか・・・だが、敵の位置は精密に特定されていない。 今の段階で発射しては、命中しない可能性も高いはずだ。」
「いえ・・・ASROCには、着水後常に敵艦の位置を探索し続けるアクティブソーナーが搭載されています。 例えここからでは見つからなくても、ASROCが敵艦近くで着水したならば、命中率は高くなるでしょう。」
それを聞いて、カイトもリナも自分達が陥っていた盲点に気が付いた。
確かに、これならばやれるかもしれない・・・。
「よし、発射地点からはそう遠くへは行っていない筈だ。 ASROCの着水地点を、敵魚雷が発射された地点にロックせよ!」
『CIC了解。 前甲板VLA(Vertical Launching Asroc)、2セル開放。』
ギイイィィと金属が軋むような音を立てて、前方の甲板に埋め込まれた対潜ロケットASROC魚雷が発射の時を迎えようとしていた。
(これ以上、シェルドハーフェンは被弾させない・・・。)
モニターの光が照明の代わりとなっている薄暗いCICで、バンの脳裏には医務室で痛みに耐えているであろう“シェルドハーフェン”の姿が浮かんだ。
「ASROC、攻撃準備よし!」
「了解。 対潜兵装ASROC、攻撃はじめ!!」
グワアアァァッと閃光がほとばしり白煙が巻き上がると、ASROC2発が続けざまにフレースベルグの甲板から発射される。
そのまま上昇しながら徐々にその軌道を敵潜水艦の方向へと捻じ曲げて飛んで行った。
閃光がフレースベルグの甲板上で起きたのを見た潜水艦の艦長は、それを疑問に思う。
「主砲を発砲したのか? 馬鹿な、こっちの位置など察知などできもしない筈だ。」
「次弾魚雷装填、完了しました!」
クルーの言葉を聞いて、艦長はニヤリとほくそ笑んだ。
「目標は、先程の魚雷が命中した敵大型艦だ。 次の魚雷でとどめをさす。」
そう言って、発射の指示を出そうとしていた時だった。
ズゴオオオオォォォンン!!
突如響いた爆音と艦を揺さぶる衝撃に、艦内のクルー全員がバランスを崩す。
「うぉわああぁぁっ!!? な、何が起こった!?」
「反応が、消えた?・・・ぜ、前方700、僚艦ジャックナイフ、撃沈されましたっ!!」
「馬鹿な! この水測状況では、向こう側からのソーナー探知は不可能なはずだぞ!!」
何が起こったのかを確かめるため、敵潜水艦の艦長が再び潜望鏡を覗き込んだ時だった。
はるか彼方に見える第11艦隊の艦影を遮るように、何かが上からゆっくりと降って来た。
夜闇に紛れてよくは分からないが、月明かりで一瞬映し出されたそれを見て、艦長は絶句した。
直径2メーターも無いくらいのパラシュートに括りつけられ、海面に向かって真っすぐ降下するそれは・・・
「魚・・・雷・・・!?」
ザバアアアァァァッ!!
海面が膨れ上がり、巨大な水柱が月に向かって真っすぐと伸びる。
だが、まだ分からない・・・全ては、ノイズがおさまった後のCICの観測で分かる。
皆が、祈るような気持ちでCICからの放送を待つ。
「こちらCIC、敵潜水艦、撃沈! くりかえす、敵潜水艦を撃沈した!」
その瞬間、艦内から爆発的な歓声が上がる。
「了解した、皆良くやった。 ちなみに、先ほど戦艦シェルドハーフェンのブロード艦長から入電があった。 『ワレ、浸水ノ食イ止メに成功セリ。 沈没ノ心配ナシ。』」
それは、敵潜水艦撃沈に続いての何よりの報せだった。
翌朝、シェルドハーフェンの破損状況を調査した結果、戦艦シェルドハーフェンはドック艦フリングホルニ内で修理を受ける事になった。
幸い、予備の部品や機材などは揃っていたため、完全に修理は出来るのだが、問題は時間がかかる事だった。
最短でも一週間はかかるだろうと、ドック艦フリングホルニの整備長がぼやいていたのが聞こえた。
そう言えば、あっちの“シェルドハーフェン”はどうなったのかと言うと・・・
暫くは、ドック入りしたシェルドハーフェンの医務室で安静にしておかなければならないらしい。
比較的軽傷で済んだ事は、彼女達艦の意思が見える船員にとってはいい事だった。
そして、バクスター長官が聞きたい事と言っていた例の写真に映ったレーダーの異常。
答えは、また医務室に戻る羽目になったバンが出した。
ECM電子戦装置により妨害を受けたレーダースクリーンのノイズに似ている。
そしてECMを搭載した軍艦は、カイトの頭の中では2隻しか存在しなかった。
一つは、この艦フレースベルグが・・・そしてもう一つは・・・
「同型艦、ニーズヘッグか・・・。」
やはり、あの出航時の喧噪の中で聞いたあの入電は間違いでは無かったようだ・・・。
そして、おかげでもう一つ気がかりな事が出来てしまった。
情報によるとそのノイズが向かった針路にあるのは、アメリカ合衆国西海岸。
アメリカ合衆国太平洋艦隊には、機関には未だボイラーを採用するなど
普通に旧式の艦が多い。
もし、フレースベルグと同じ高スペックの艦が反乱を起こした国防海軍主導のもと、何かの目的をもって行動しているならば・・・
「長官・・・我々に、追撃の許可を願います。」
事態は最悪のケースを予測して動くべきと、カイトは士官学校で習った事があった。
「行ってくれるかね、中佐・・・ならば、私も行こう。」
「はっ、御同行頂き恐縮です。」
カイトも最敬礼をもって、バクスター長官を改めて出迎えた。
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こんばんは、こんにちは、おはようございます。
こちらJINでございます。
さっそくですが、今回危うく主役を持って行きかけたバン通信長達と艦魂達ですが、構想自体はあったのですが、出すべきか出さないべきかを迷っておりました。
ですがいろいろな方の小説を、tinamiでも他のサイトでもいろいろと拝見させていただいた結果、自分の小説に足りない物は何かを考えた結論が、艦魂達でした。
どうやら、戦場にも萌えは大切なようです・・・
主要登場人物の欄は、近いうちに加筆修正するので、それまで待っててくださいね。
艦の名前と魂の方は、(“”)←これがあるかないかで区別させているつもりです。
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第二話です。 更新遅いです、でも頑張ってます。 まだオリキャラしか出ませんが、それでも良い方はどうぞ。 あー、早く超兵器戦を書きたいです。 まあ、多分最初の敵は経験者には想像に難くない高速輸送艦wwwかな? |
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