戦火に生きし魔鬼 〜蜀伝 神殺しの鬼〜 4 |
俺が劉備のもとに来て2週間ほどが経った。
「どうです関龍殿。町には慣れましたか?」
町を見回っていると隣を歩く愛紗が訊いてきた。
「だいぶな。」
何度見てもいい町だ。民の笑顔にあふれている。治安もいいし商人の出入りもなかなかのものだ。
「あ!」
「どうしました?」
「あそこの肉まんがうまいんだ。ちょっと買ってくる!」
関羽の制止の言葉を口にする前に屋台に向け関龍は走り出す。
「はぁ〜・・・。」
この2週間、関龍殿と行動を共にしてわかったことだが彼は軍事面でも政治面でも才能を遺憾なく発揮している。だがこれほどの方がなぜどこにも士官していなかったのかが気になる。数百人の賊をひとりで壊滅させられる武だけを見てもすこしは名が売れているはずだがそれもない。いまだに記憶は戻っていないようだがそれと何か関係しているのだろうか?
「あら?関羽じゃない。久しぶりね。」
「あなたは((曹姫|そうき))殿。お久しぶりです。」
曹操に仕えている将の彼女がなぜここに?
「近くを通りかかったから寄らせてもらったわ。」
幼さが残る笑顔を向けてくる。だが彼女の言っていることの正誤はわからない。
黄巾党討伐の際に見た彼女の武は我々とは比べる事が出来なかった。同じ人間であるのか疑ったほどだ。おそらく彼女に勝てる武将は大陸にはいないだろう。
「そういえば新しい将を雇ったそうね。あいさつしたいんだけどいいかしら?」
さすがに情報が速い。間者を見逃していたようだ。
だが今彼を会わせるわけにはいかない。可能性は低いがもしものことがあってはもともこもない。
「生憎と彼はいま「愛紗!おやじさんが安くしてくれたぞ!」」
・・・関龍殿。すこしは空気を読んでください。
関羽の願いむなしく両手で肉まんを抱えて戻ってきた。
「・・・!!??」
「はぁ、関龍殿。いささか買いすぎではありませんか?」
「愛紗と食べようと思ってな。ところでそっちの固まってるお嬢さんは誰だ?」
このとき関羽は気が付かなかった。さっきまで自分の真意をいっさい表に出さなかった曹姫があきらかに動揺していることに。
「こちらは曹操殿に仕えておられる曹姫殿です。曹姫殿、こちらは先日我らの陣営に加わられた関龍殿です。」
「はじめまして、関龍です。どうぞお見知りおきを。」
「え、ええ。」
わたしと気づいていない?あのときと変わりはないはず。
「か、関龍殿はどちらの出身で?」
「すまない。俺は記憶を失くしていて自分のことがよくわからないんだ。」
記憶喪失?だがそれでも彼がここにいること自体が異常だ。たしかに奴は彼は関係ないと言った。約束を違えたか?いや、奴がそんなことをして何の得がある。ならば奴ではない誰か?それならば納得いくがいったい何の意味があるというのだ。
どちらにしろ彼が相手となると・・・。
「・・・そろそろ私は行かねば。これで失礼させてもらう。」
そう言い残し二人から離れていく曹姫。
すでに彼女の中で劉備に対する考えは変わっていた。時、地、和、力、策。そのすべてをもってしての全面戦争。彼が敵になるということは出し惜しみしている場合ではないということだ。たったひとりでもそれだけの脅威となる。それがあの関龍という男なのだ。
「はぁ〜。」
おもわず安堵のため息がこぼれる。どうやらほんとうに立ち寄っただけのようだ。
「ため息をつくと幸せが逃げるぞ?」
誰のせいですか、誰の。というかため息程度で幸せは逃げません。
「さ、行きますよ。さっさと口の物飲み込んでください。」
「もぐもぐ。」
「華琳、すぐに将をあつめろ。武官も文官も全員だ。」
城に戻るなり曹姫は曹操に言いつけた。言われた曹操は驚いた。曹姫が焦りを見せていたからだ。
今までどんな窮地でも冷静に物事を判断していた彼女がここまで感情をあらわにしたことがないのだ。つまりそれだけの大事という事だろう。
曹操はすぐに城にいるすべての将を玉座の間へ集結させた。
「それでどうしたの?」
「劉備のところに将がひとり加わったのは知ってるな?」
「そうなのか?」
長い黒髪の将が返す。どうやら彼女は情報にうといらしい。
曹姫はそれを無視してつづけた。
「はっきり言う。今後、劉備と敵対した組織はどんな大規模であっても確実に潰される。」
「・・・どういうこと?」
「この世で敵にしてはいけないやつが付いた。それだけだ。」
関龍。言い得て妙ではあるがダサいネーミングだ。おおかた関羽あたりが付けたんだろうな。
記憶を失くしているとはいえ彼の実力が変わるわけではないだろう。むしろないからこその危険もあるだろうしな。
だが私もいつまでも彼の背を追いかけるだけではいかんな。それではいつまでたっても彼と並ぶことはできない。
まったく。どれだけ固く決意しても簡単に鈍らせてしまう。あなたの存在は思っていた以上に大きかったようです。
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