夢【BL/進撃/ライベル】
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ライナーは活字が苦手らしい。

3頁以上読むと眠くなる病気だとか、視力が落ちるとか、適当なことを言って本を避ける。

新聞も滅多に読まないし、漫画も好んで読んでいる様子がない。

「お前が本で得た知識を話して聞かせてくれりゃ問題はない」なんて言われて、ちょっと気を良くしてしまう僕も僕なんだけれど。

 

 

 

『あの頃』のライナーはどうだったっけ。

たまに考える。

ここまで本嫌いでもなかったし、寧ろ、僕の読むものには興味を示してくれていた気がする。

けれど、はっきりと思い出せない。

 

 

戦士のライナー、兵士のライナー‥色んな姿を見てきた記憶が僕にはある。

それから、玩具のような街を見下ろす映像。

僕を見上げる怯えた目。

向けられる敵意。

 

それは僕が物心ついた頃には頭に居座っていた記憶で、誰かが無理にすり込んだものとは思えない‥自分の一部のような存在だった。

 

 

 

自分が何であるかを知りたい、けれど知るのは怖い。

知ってしまったとき僕はライナーの傍にいる資格を自分でぐちゃぐちゃにしてしまう気がしていた。

 

 

 

――‥だったら、蓋をしたままで、幸せだけを享受して命の終わりまで過ごしたい。

 

 

 

真実を知ることを放棄して、ただライナーの傍で。

 

けれど、僕は許してもらえなかった。

 

少しずつ薄れていく過去の記憶。

飴のように溶けて消え、最後には輪郭すらなくし、『夢』と名付けられるに違いない。

 

 

 

――‥夢なんかじゃない。

 

 

 

こんなに僕の生に貼り付いて剥がれないものが、夢であってたまるか。

何か記録が残っているはずだ。

 

 

僕の読書漬けは、そこから始まった。

 

大学の図書館に通い、ありとあらゆる本を手当たり次第に読み漁る毎日。

最初は歴史や神話研究の本ばかりを読んでいたけれど、何もピンとくるものはなかった。

 

 

一見、関係のない小説にすらヒントを求めてページを捲る。

『あの頃』、何もしなかったことを償うように、ただ、動く。

情報を拾い上げることだけに夢中な僕の心は、無感動で波一つない。

 

 

 

 

 

 

今日、一冊の本を手に取ったのは、僕の焦燥がいよいよ差し迫ったところまで来ていたからだ。

朝食に用意したトーストを齧りながらニュースを見ているライナーの横顔に、何も違和感を抱かなかった。

目を閉じて必死に思い返して漸く浮かぶ、乾きかけたパンの欠片を僕に分けてくれる汚れた手。

今が当たり前になるほど、遠ざかる記憶。

 

 

 

――‥もう時間がない。

 

 

 

こうなると僕はもう、覚悟を決めるしかなかった。

古ぼけた赤い表紙を震える手で開くことしか道が残っていないことは、自分でわかっている。

 

 

最初に読んだ恋愛小説。

題名は誰もが耳にしたことがあるに違いないその本を手にしたのは、いつもと同じ、情報収集のためだった。

国を守るため共に戦う恋人の話。

戦争に敗れ、追い詰められた二人は敵陣に特攻して死んでいく。

要約してしまえばそれだけの、お涙頂戴な話だろう‥そう思いつつ読み進めた。

 

 

 

「ああ‥」

 

 

 

途中で本を閉じ、結局読み終えることなく返却したのは、僕に勇気がなかったから。

まだ核心にたどり着きたくない、そう叫ぶ心に抗えなかったから。

 

 

活字を目で追っているだけなら、心は揺れない。

そのフラットさに甘えていたのもまた事実で、行動していると思うことで罪滅ぼしをしている気になっていたのかもしれないと、奥歯を噛み締める。

 

 

 

でももう。

 

 

 

―‥目を背けている場合じゃない。

 

 

 

最後の一行を読み終えたとき、僕の頬には涙が伝っていた。

あまりにもありきたりな映画の光景のようで、すぐに泣き笑いに変わる。

読み終えた本に移った自分の体温から、次に触れた誰かに僕の弱さが悟られてしまう気がして怖くて、貸出手続きをした。

 

 

 

 

 

 

「確かこれ‥ごてごての恋愛小説、だよな…」

 

 

 

シャワーを済ませ、寝室に入ると同時に聞こえる呟き。

 

 

 

「ああ、それね。後輩が研究室に置いてっちゃったんだ。届けてあげようと思ったんだけど‥行き違いになって」

 

 

 

咄嗟に嘘を吐いたのは、気づかれないため。

何を?

そんなの…

 

 

 

「で、面白かったのか」

 

 

 

ライナーはいつもどおりで。

僕だけが、この日常からずれていく。

 

 

話し終えた瞬間に自分が消えてしまうに違いないと、あらすじを声にしながら布団に逃げ込む。

被った布団が遠慮がちに捲られ、横になったライナーと視線の高さが合う。

 

 

 

「ライナー、僕は黙ってついていくけど…心中はしないよ」

 

 

 

何もしないんじゃない。できないんじゃない。

生まれ変わりだって信じない。

けれど、冷静に状況を把握することができてしまったから。

心のほとんどはいつも不安定で、頼りなくて‥それでもライナーの存在が、僕を完全に壊すことは許さなかったから。

 

 

 

「なんだ。いきなり」

 

 

 

「だって‥」

 

 

 

意味がわからないというように肩を竦めてみせるライナー。

当然だ。

ライナーは、今を、続けようとしてる。

 

 

 

「大体、俺とお前とが心中する理由がないだろ。こうして二人で過ごせてるのに」

 

 

 

「そう、だね」

 

 

 

ライナーが望むなら、僕は『夢』の中の役者になってしまおう。

やがて溶けて消える夢。

そうしたら、ライナーは幸せな今の中にずっといられる。

 

 

 

きっとそうだ。

 

 

 

 

―‥それなら僕は幸せだ。

 

 

 

 

「ライナー」

 

 

 

「なんだ」

 

 

 

「心中すると、天国で会えないんだって」

 

 

 

「そうか」

 

 

 

「生まれ変わって一緒になることも、できないんだって」

 

 

 

「心中はしない。だからもう寝ろ」

 

 

 

はっきりと言い切ってくれたことが嬉しい。

深く考えてはいないのも知っている。

それでもいい。

 

今の僕には充分だ。

 

 

 

 

―‥本当の、『今』の僕には。

 

 

 

 

「‥うん」

 

 

 

頷いて身を寄せる。

珍しく甘えた僕に、一瞬ライナーの肩が動いたのが可笑しかった。

まるで悪夢に起きてしまった子どもを寝かしつけるかのように、優しく背を叩く大きな手。

手放したくない意識が、この時間が、静かにさよならを告げる。

 

 

 

「お前は俺と‥心中するつもりだったのか?」

 

 

 

夢と現の狭間で聞こえた声に、「そうだよ」と声に出さずに答えて、僕は目を開けた。

 

説明
◆『本』(http://www.tinami.com/view/594884)のベルトルト視点ですので、そちらを先に読んでいただけますと幸いです。
舞台は現代。戦士だった僕たちが、ただの夢であるはずがない。ベルトルトがページを捲る本当の理由。
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