帝記・北郷:五〜彼方の面影:後之弐〜 |
『帝記・北郷:五〜彼方の面影:後之弐〜』
「北郷!!」
何の前振りもなく、ただ裂帛の気合と共に一刀へと放たれる左慈の一撃。
それを再び受け止めるは鳳嘴刀を持った女武者。
「ちっ!傀儡風情が邪魔をす……」
「五月蠅い!!」
左慈の悪態を途中で遮り、華雄は左慈の横腹へと蹴りを放つ。
先端が鉄でできた軍靴の一撃は、それだけで相手を戦闘不能にするだけの破壊力を持つ。
かろうじてその一撃を避けた左慈は、バックステップで大きく飛ぶと于吉の隣に着地した。
「痛た…大丈夫ですか?左慈」
「人の心配よりも自分の心配をしろ。馬鹿が」
紅燕の鋸歯刀(刃が鋸のようになっている曲刀)に斬られた腕の傷を抑えながら于吉は苦笑する。
本来ならば軽口の一つや二つも言うのが彼の流儀なのだが、元々武人でなく術師の彼にとって腕の傷は未知の痛みであり、その余裕を失わせるには充分であった。
ましてや肉をこそぎ取る鋸歯刀である。その痛みは想像を超える。
「しかし…もう来るとは、少々予想外でした」
「それは、私達がまだ?の外にいるのを水鏡か何かを通して見たからか?」
不敵に笑う龍志と、それを見て眉根を歪める于吉。
「ええ…どうやらあなたに、いえ蒼亀に一杯食わされたようですね」
水鏡などを使った千里眼の術を遠距離からジャックして四人の潜入をサポートする。これが蒼亀に与えられている役割でもあった。
「龍志さん!流琉は!?」
そんな二人の隣で、先程の気障な雰囲気はどこへやら、未だに動かない流琉を抱えてオロオロする一刀。
「術はすでに解いています。後は一時的に遮断された気の流れが回復されるのを待つだけです」
時間があればそこまでできるんですがね。と言いながら龍志は弓を背中に直すと、左腰にまとめて帯びている二本の長剣の内、一本を抜いた。
華雄と紅燕もそれぞれの獲物を構えなおす。
屋敷の中から、ぞろぞろと衛兵たちが現れ始めていた。
「二十と少し…いや、まだいるわねぇ」
「ええ…増!!」
于吉の声に応じてどこからともなく現れる、白い頭巾と外套に身を包んだ没個性な集団。
その数は、百近い。
「っ!?こいつらどこにいたんだよ!!」
「落ち着きください我が君。要は曹操殿を助け出せばいいだけの話。尤も……」
シュン
文字通り目にも止まらぬ速さで動いた龍志の剣が、近くにいた白装束の眉間を裂いた。
「がああああああ!!」
苦痛にのた打ち回る白装束に、龍志は冷ややかな、されど僅かばかり憐れむような視線を送り。
「それが最良の方法ならば、一人残らず斬って捨てるのみですが……」
「…龍志さん?」
普段の彼からは伺い知ることのできない一種の狂気のようなものに怪訝な顔をした一刀だったが、襲いかかって来た白装束の一人にすぐさま意識を目の前の事に集中する。
「ふっ!!」
左腕に仕込んだ鉄甲で剣を防ぐと、懐に仕込んだ礫を顔面に投げつけた。
「ぎゃっ!」
そして相手が怯んだ所を、龍志が横から叩き斬る!
「華雄、紅燕、この場と典韋将軍は任せた!俺と北郷様は屋敷の中から曹操殿を連れ出す!!」
「はっ!!」
「は〜い」
「我が君」
こちらを見て先に進むことを促す龍志に、一刀は力強く頷き返すやまだ足腰のはっきりしない流琉を庭木にもたれさせ。
「流琉…ごめん、ちょっと行ってくる」
「はい…兄様。華琳様をお願いします」
「ああ、解った」
一刀が立ち上がると、彼に変わるように紅燕と華雄が流琉を背に白装束と対峙する。
「二人とも、流琉を頼む。それから、気をつけて」
「勿論よ。これでも武闘派軍師で〜す」
「お館様もお気をつけて。典韋将軍は身命をかけてお守りいたす!!」
「ああ、頼む!!」
「我が君!!」
「行こう龍志さん!!」
そうして一刀は白狼を抜き放つと、龍志の後に続いて白装束へと突入していった。
先を行く龍志が道を開くように武器を振るう間も与えさせずに敵を斬り。龍志の手から逃れた相手を一刀は峰打ちで気絶させていく。
峰打ちとはいえ鉄の塊で殴られるのだ。白装束は短い呻きと共に崩れ落ちるか悲鳴を上げて転げまわる。
(華琳…)
愛しい人の面影を思い浮かべながら、一刀はひたすらに刀を振るった。
二人が屋敷の中へ入って行くのを見届けた華雄と紅燕は、流琉を背にしたまま目の前の白装束を片づけて行く。
「何をしている于吉!すぐに北郷を追うぞ!!」
そんな時、白装束の海の中から左慈の叫びが聞こえた。
「紅燕!!」
「ええ、ここはまかせて行ってらっしゃい」
それを聞くが否や、華雄は地を蹴り左慈の声のした方へと駆けだす。
何人かの白装束がそれを防ごうとしたが、皆一合もできずに鳳嘴刀の露と消えた。
「左慈!!」
「く…また貴様か傀儡風情があ!!」
激昂した左慈が蹴りを放つ。
しかしそれは華雄が左慈の元に着くよりもずっと前であり、その奇行に華雄は一瞬訝しげな顔をした。
だが刹那、反射的に華雄は身を横に倒す。
その隣、今まで彼女がいた所を見えない何かが通過した。
「ぎゃあ!!」
そしてその直線状にいた白装束の背が、鋭い刃物で切られたかのようにパックリと割れる。
「鎌鼬…!!」
「ほう、良く知っているな」
目の前で起こった出来事の正体を察した華雄に、左慈は不敵な笑いを浮かべながら嘲るようにそう言う。
鋭い蹴りの風圧により、空気中に真空の刃を作り上げる神域の技。
間合いを崩す不可視の攻撃の恐ろしさは、熟練した武芸者であればある程身に沁みて解る。
「これで解ったろう。貴様では俺には勝てん。見逃してやるからとっとと……」
「図に乗るな。青二才」
「何!?」
「鎌鼬は確かに恐ろしい技だ…だが」
華雄は鳳嘴刀を大上段に構え。
「貴様だけが使えるなどと思うな!!」
それを一気に振り下ろす。
左慈に迫りくる不可視の何か。
先程の華雄と同じく横に飛んだ左慈の背後にあった石灯篭が、一瞬で両断された。
「そもそも、鎌鼬は我が師の特技…貴様ごときが大きな顔をするな」
「師…そうか、貴様は龍志の!!」
左慈の殺気が爆発的に膨れ上がる。
華雄の存在を許してはおけない。そう言わんとするかのように。
「いいだろう…ならば来い。二度とその大口が叩けないように、俺がきっちりと殺してやる」
「それはこちらの台詞だ……いくぞ三下!!」
片や徒手、片や鳳嘴刀。
二つの武が、今激突せんとしていた。
「くそ!琉琉から部屋の位置を聞いとくべきだった!」
「例え聞いていても、これでは解ったかどうか……」
屋敷の中、白装束を蹴散らしながら目に着く部屋を片っぱしから調べてまわる一刀と龍志。
相手を捕まえて聞き出そうかともしたが、その前に相手は歯に仕込まれた毒を飲みことごとく自決してしまった。
突入からどれほど経っているであろうか、それほど長い時間は経っていないのだろうが一刀はもう何時間もこうしているのではないかと思う。
それほどまでに、彼の心は焦り乱れていた。
暗い廊下の変化を感じさせない光景も、彼の焦りを助長する。
「らちがあかない…龍志さん。二手に分かれよう」
「……解りました」
納得はしていないがやむを得ないといった風に龍志は頷いた。
一刀の家臣としては彼を危険な目には合わせられないが、あまりこの屋敷に長居するのは得策ではない。なにより、一刀の性格から反対しても聞かないであろうと言うことも龍志は察していた。
この時ばかりは、普段は好ましい一刀の頑固さが龍志は少し腹立たしい。
それ以上に、自分のふがいなさの方に歯ぎしりしたい思いだったのだが。
「じゃあ、俺はこっちを調べる。龍志さんはあっちを」
「畏まりました…くれぐれもお気をつけて」
「解ってるさ。危なくなったら逃げるよ」
安心させるように笑う一刀に龍志は不安をぬぐえなかったが、黙って一礼すると一刀に背を向け闇の中へ駆けだした。
「ここでもないか……」
「死ねぇぇぇぇぇぇぇあべしっ!!」
戸を開くなり斬りかかって来た白装束を一刀両断にしながら、龍志は次の部屋へと急ぐ。
すでに彼の剣も彼自身も相手の返り血で染まっている。
剣を先程の敵からはぎ取った白装束で拭いながら、龍志は次の部屋のドアを開けた。
「曹操殿!!」
そしてその部屋に横たわる少女を見つけ、思わず歓喜の声を上げて華琳に駆け寄る龍志。
しかし、入口から少し入ったところでその足をピタリと止めた。
「………」
剣を収め無言で背の弓を取り、矢をつがえて華琳の頭を狙い放つ。
ドガッ
しかし、矢は華琳をすり抜け寝台に突き刺さる。
「……下らない真似をしていないで出てこい」
「おやおや、これは怖い怖い」
華琳の姿が靄のように掻き消えたかと思うや、寝台の傍らに于吉の姿が現れる。
于吉はくっくっと陰鬱な笑いを浮かべた後、恭しく龍志に礼をして。
「お久しぶりです……歴史の異端、現象と呼ばれた放浪者、人外を超えた人間よ」
「我ながら随分と呼び名が多いな…だが言いえて妙なものは一つもない。異端もまた歴史に組み込まれたものである以上真に異端たりえず、現象と呼ぶには俺はまだ自我を持ちすぎている……そして人外という存在そのものが人間により定められたものである以上、それは真の意味での人外たり得ない。俺を表すのに尤も的確なのは、多くの者がそう呼び、かつ俺もそうであると思っている名……龍志という言葉だ」
弓を下ろし、再び剣を握りながら龍志は言葉を続けた。
「君が于吉であるように……な」
「そうですか」
短く答えて、于吉は龍志を見つめる。
その視線に、龍志は軽く嫌そうな顔をして。
「俺にそっちの趣味はないと言っているだろう」
「これは失礼。最近、左慈が冷たいもので……」
やれやれと于吉はわざとらしく溜息を吐く。
「彼は外史を壊すことしか考えていない…その思いは子供のように無垢であり、故に危うい」
「さて、どうだろうか。それは案外君が彼をそう定義づけているだけかもしれない。理想の彼を自らの脳内で作り上げているだけ……」
「あなたが、北郷一刀にしているようにですか?」
その言葉に、龍志の顔から余裕が消えた。
「いえむしろ彼ではなく、彼の持つ可能性を夢想しているのではないですか?自分にも彼のような可能性があるのではないか?彼を通じてそれを見いだせるのではないかと」
「………」
「残念ですが、あの外史で彼が見せた奇跡は偶然のものです。そうでなくとも、すでに消え去った外史の復活など、夢のまた夢……あなたは、終わってしまった物語の続きをせがむ子供のようなもの……」
「それがどうした?」
于吉の言葉を断ち切るかのようにそう言うと、龍志は驚くほど冷やかな目で彼を見つめる。
「あらゆる可能性への思いこそ外史のもつ力の根源。それを否定することはいわば外史の否定…つまりは、君達の行動理念。君の発言はただ自分の理念を俺にあてはめただけの話、そのような言葉で俺の心が砕けるとでも思ったか?」
于吉は龍志の瞳に脅えることなく、優雅に肩をすくめて。
「やれやれ、やはり無理でしたか。あなた一人がいないだけで、随分と楽になるのですが」
「当たり前だ…尤も、自分が狂っているという事は否定できないがな」
そこまで言って龍志は剣を抜き、切っ先を于吉に向けた。
「寸劇(ショートプレイ)はここまでだ。なかなか面白いが残念ながら時間が無いんでな、カットさせてもらう。曹操殿はどこだ?」
「くくく…では一緒に見ましょうか。満足していただくと光栄ですが、この喜劇的悲劇に」
于吉が軽く手をかざすと壁の一面が波打ったかのように蠢き、壁の絵も棚の上の壺も白く塗りつぶされていく。そうして白く染まった壁に何かが映し出される。
「これは……」
それを見て、龍志は眉をしかめ于吉を睨みつける。
于吉はニヤニヤと笑い、その映像を見ている。
そこにいたのは、彼の今の主とかつての主。一刀と華琳だった。
どれほどの部屋を回っただろうか。
倒した白装束の数も少なくない。むしろ、つい最近初めて人を斬った身としては多いといえる。
殺さぬよう峰打ちにしてきたが、途中であきらめざるを得なかった。相手の身を案じていて生き残れるほど、ここは甘くない。
その手を多くの血で汚し。慟哭を飲み込みながら。
それでも彼、北郷一刀は前に進む。
全ては愛しき少女の為に。
「あとこの辺で残っているのは…この部屋か」
他の部屋よりも大きな作りであることが解るその部屋の扉を、慎重に一刀は開く。
中からいきなり白装束が飛び出してくることも少なくなかった。
少しずつ、扉が開いて行く。
(どうやら誰もいないみたいだな)
念のため、ここでいきなり勢いよく扉を開いた。
バンッ
「………」
音の残滓が闇に呑まれ消える。
目の前の光景に、思わず一刀は息を呑んだ。
窓から差し込む柔かな月光の中、簡素な寝台の上に横たわる少女。
金糸の如き髪と、それに劣らぬ輝きを持った白磁の如き肌が闇に浮かび上がり、まるで一刀が幼い時に読んだ童話の世界に迷い込んだのではないかと錯覚するほど幻想的な雰囲気を醸し出す。
「華琳……」
夢遊病者のような足取りで、一刀は少女の元に歩いて行く。
近付くにつれて、その美しさが強く感じられる。
そっと、一刀は華琳の頬に手を触れた。
ひやりとした、生気を感じさせない手触りにびくりと伸ばした手を引きかけたが、そのまま一刀は華琳の頬を撫でる。
何度も触れたいと思った少女。何度も抱きしめたいと思った少女。
「遅くなって、ごめん。思っていたのとは違う形になったけど、また一緒にいられるよ」
おそらくまだ呪いが解けていないのだろうと思い、一刀は特に華琳を起こそうとはせずに寝台から華琳を抱き上げる。
その軽さに、一刀は驚く。
(ちゃんと食べているのかな……ま、ここ一週間以上はずっと眠っていたんだろうししょうがないか)
そのまま、一刀が部屋を出んとしたその時。
「かず……と…」
「!?華琳、目を…」
トスッ
「え?」
大きく目を見開く一刀。
彼の胸に、華琳の手に握られた短剣が深々と突き刺さっていた。
〜後之参に続く〜
説明 | ||
帝記・北郷の五作目後篇二部。 今回は少し龍志が活躍(?)気味 それから于吉や左慈が好きな人は見ない方がいいかもです。 オリキャラとパロネタにご注意を。 |
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どんどん読んで楽しんでいこうー(Poussiere) 助けに来た少女に県を向けられる…ある意味典型パターン!さぁどんどん読むぞ!!(MiTi) |
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