真・恋姫†無双〜絆創公〜 中騒動第一幕(後編・上)
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真・恋姫†無双〜絆創公〜 中騒動第一幕(後編・上)

 

「…………大丈夫か? 沙和」

「…………うん、もう大丈夫」

 

 少し長く抱き合っていた、一刀と沙和。

 沙和の涙が落ち着くまで、一刀は彼女を静かに抱き締めていた。

 自分からゆっくり離れていく沙和は、瞳に少し残る涙を指で拭う。

 ホッとして微笑む一刀は、そんな沙和を見つめていた。

 ふと気が付いた。あれだけ泣いていた沙和のメイクが、少しも落ちていない。

 流石は未来のメイク。ウォータープルーフも尻尾をまいて逃げ出す、といった所か。

 

 と、少し和やかな雰囲気の中で、一刀の母親の泉美が申し訳無さそうに口を開く。

「二人とも、良いかしら? もうすぐ、この中が元の広間に戻る時間になるらしいの」

 一刀は思い出した。この内装は時間制限有りで変貌していた事を。となると、もしやこの服装も元に戻るのか。

「ああ、服は大丈夫よ。心配していたのは、あまり遅くなると他の子たちに見つかっちゃうかもしれないと思って……」

 訝しげに自分と沙和の衣装を眺めていた一刀に、泉美は話す。

 なるほど、こんな所見られて、しかも何をやっていたのか問い詰められたら……

 想像しただけで、凄まじい寒気が襲う。

 さっきの外の会話で、アキラとリンダが見張っているのはその為だろう。

 願わくば、他の女性陣が怪しんでやって来ない事を祈るばかりだ。

 

 

 

「そういえば、母さん。どうして沙和にドレスを……?」

「一番最初に着せたのか、って言いたいんでしょ?」

 ふと浮かんだ疑問に、皆まで言うなとばかりに一刀の言葉を遮る。

「色々理由はあるんだけど、まとめると“沙和ちゃんだから”かしらね」

「??」

 一刀と沙和は仲良く疑問符を頭に浮かべる。

「沙和ちゃん、オシャレが大好きでしょ? だから、こういう大事な服って一番に着たいのかなって思ったの」

 泉美は沙和に笑いかける。

 そこに何か特別なものを感じて、沙和の胸の奥はじんわりと熱くなる。

「それにね? 沙和ちゃんの服は、私にとっても“思い出”があるものなのよ」

「母さんの、思い出……?」

「カズ君。このドレス、見覚えない?」

「…………………………あっ!?」

 一刀の記憶の引き出しから、“それ”は久々に引っ張り出された。

「これって……母さんが……」

「そう。私が結婚式で着たのと、同じなの」

 

 一刀は昔、母親から聞かされた事があったのを思い出した。

 

 幼い頃に母親と、結婚式の写真をアルバムで見た事。

 

 洋風のウェディングドレスを着る事に関して、母親と爺ちゃんが揉めたと聞かされた事。

 

 いつか、一刀の結婚式に出てみたいと話していた事。

 

 その時に母親とした、小さな約束……

 

 

「いつか……俺の結婚式の時に……」

 

「カズ君のお嫁さんの、衣装を仕立ててあげたいって……」

 

「そうか……。そんな約束、してたっけ……」

「それに、一番最初に着るんだから、何か特別な物をと思ってね。本当だったら、沙和ちゃんに“本物”を着せてあげたかったんだけど……」

 少しがっかりしたように話す泉美に、アオイとクルミが続く。

 

「こういう礼服は、着る本人に合わせるのが常。お二人の寸法には、やはり多少の差異がありました。ですから、意匠や装飾はそのままに、我々の技術で“複製品”を作り出しました」

「流石にそういう大事な思い出の品を、寸法合わせに傷付けるわけにはいかないしねー」

「私は別に構わないって言ったんだけど、アオイちゃんもクルミちゃんも凄く慌てちゃって……」

「いや。そりゃ慌てるって、母さん……」

 一刀は母親に呆れていた。

「それは母さんと父さんの……二人の思い出のドレスなんだから、そりゃ止めるって」

「あら。燎一さんも、納得してくれたわよ?」

「エッ!? い、いやいや。例えそうでも、普通はそのまま残してデザインだけでも…………って沙和?」

 反論する一刀が何気なく沙和に目を遣る。

 

 少女はただ、深々と頭を下げている。

 

 どうしたと問い掛けようとしたが……

 

「……ありがとう、ございます」

 

 普段とは違う、真剣さを帯びた口調で感謝の言葉を告げる。

 

 沙和は静かに、ゆっくりと顔を上げる。その瞳からは、再び涙を流していた。

 

「……沙和を、選んでくれて……ありがとうございます」

 

「沙和…………」

 

 先程とは違う、ただ静かに流す涙。

 

 彼女の意識と反して、自然に流れた涙。

 

 でも、それを恥ずかしいとは思わない。

 

 この嬉しい気持ちを、ごまかしたくはない。

 

 思いを遂げた男性と、結婚式ができる。

 

 そして……彼の母親から、たくさんの想いを受け取った。

 

 一生かかっても、返しきれない程に。

 

 堪えきれない熱い想いが……今、溢れ出している。

 

 

 それを理解したのか、泉美は沙和に優しく、しかしどこか申し訳無さそうに笑いかける。

「沙和ちゃん……ごめんなさいね? 無理やり着せたみたいになってしまって……」

「そ、そんな事ないの!」

 謝罪をされたことが予想外だったのか、沙和の口調が元に戻る。

「考えてみたら、沙和ちゃんオシャレが好きでしょう? こういう服って、自分で好きなのを選んでみたり、もしかしたら自分で作ってみたりしたいわよね……」

「そ、それは……」

 

 少し痛いところを衝かれた。

 確かに、今自分が着ている服は綺麗だと思っている。

 しかし、沙和も女の子。やはりこういう思い出に残る大事な服は、自分の意思で選んで、自分がきちんと納得した物を着たいと、心のどこかで感じていた。

 

「それに、今日は急な思いつきだったからあまり時間もないし……だから、ちゃんとした結婚式が出来なくて、沙和ちゃんに迷惑がかかっちゃって……」

 少し眉根を寄せながら、切なそうに少女を見つめる。

「あ、あの……だったら……」

「……えっ?」

「つ、次の……“本当の”結婚式には、沙和が作った服で出てみたいの!」

 訴えかけるような強い眼差しで、女性を見つめ返す。

「さっき貰った本に、この服に似合いそうな、試してみたい装飾があったの。だから……次の時には、その服で出てみたいの!」

 

 受け取った想いと、それに応えたいという想い。

 

 何より、想い人の母親を悲しませたくない。

 

 だから……

 

「隊長のお母さんから貰ったこの服を……傷つけちゃうけど……」

 

 それでも、母親の想いまでは傷つかない。

 

「……沙和ちゃんがそうしたいなら、私は構わないわよ」

 

 

 次第に声が小さくなる沙和の、切なる願いが届いたのか。

 泉美は先程とは違う、自然な微笑みを沙和に向けた。

 

「あ、ありがとうなの!」

「沙和ちゃん。もしその時には、私も手伝わせてくれるかしら?」

「勿論なの! 隊長のお母さんと一緒なら、最高の服が出来上がること間違いなしっ、なの!」

 息苦しそうな雰囲気はどこへやら。そう遠くはない、本当の結婚式へ向けて二人は意気投合していた。

 

 

「お二人とも、盛り上がっているところ申し訳ありません。そろそろ残り時間が……」

 口を挟むのを辛抱していたアオイが、恐る恐る口を開く。その隣にいたクルミも、落ち着かなく辺りをキョロキョロ見回していた。

 本当に切羽詰まっている状況なのが、その二人の様子から明らかであった。

「あら! そうだったわね。じゃあ、沙和ちゃん。今度ゆっくり話しましょうね?」

「はいっ! 約束なの!」

 そう言って軽く握手を交わすと、泉美はアオイと共にいそいそと左の小部屋の中へ、新婦の沙和は新郎の一刀へと向き直る。

 

「たーいちょっ! お待たせなの!」

 チョコンッ、という擬音が聞こえてきそうな可愛らしさで、沙和は一刀の前に立っている。

「お、おう……だだ、大丈夫だ」

 解けた魔法は沙和の仕草で再びかかったらしく、一刀はまったく違う方向に目を泳がす。

「隊長。本当の結婚式まで、ちゃんと待っててくれる?」

「ああああ当たり前だろうが! なななななになに何をいい言って……」

 小首を傾げる沙和に、どもりながらも応対するが、その不自然さに沙和はまたもや首を傾げる。

「隊長?」

 視線を合わせようと更に近付いてくる沙和に、さっきから一刀の鼓動が限界だと悲鳴を上げている。

 

−む、無理だよ……今だってこんなに綺麗なのに、次に結婚式やるときには、どれだけ綺麗になっているんだよ〜……?!−

 

「ってクルミさん!?」

 

「あなたの心の声を、あたしが解読してあげました〜!!」

 

 ニシシシと笑いながら、一刀の心の代弁者は泉美たちの後を追って小部屋へと戻っていった。

 

「……隊長。沙和、そんなに綺麗なの?」

 不思議そうに問い掛ける沙和。一刀はいまだに直視出来ていないが、そのエメラルドグリーンの瞳が彼を捉えようとして、沙和が必死に顔を合わせようとしているのは理解できた。

「…………ああ、綺麗だよ。こうやって間近で見るのが、凄く照れ臭いくらいにな」

 何とか逃れようと、しかしながらその場から動かずに、一刀はその真っ赤になった顔だけを動かして少女の猛攻を避けている。

 

「ふーん、そーなんだー…………」

 

 途端、静かになる沙和。

 

−………………あれ?−

 

 聞こえてこなくなった声と、収まった動き。

 怪しんだ一刀が、沙和がいるらしき方向へ顔を向ける。

 

「ばあっ!!」

「うおっ!?」

 

 向けた瞬間、目の前に現れた沙和の顔と、からかうような明るい声。

 驚きすぎてもたついた一刀は、数歩下がった所で思いきり尻餅をついた。

「いってー………」

「アハハハハッ! 隊長驚きすぎなのー!!」

 痛さに顔を微かに歪めた一刀を、実に楽しそうに笑う沙和。

 その笑顔は、普段の彼女と変わらない可愛らしさ。

 それを見て少し安心した一刀は、呆れたように笑い返す。

「ハハ……。まったく、カッコ悪いなぁ。今日の俺は……」

 まだ痛みの残る尻をさすりながら一刀は立ち上がり、ばつの悪そうな顔になる。

 多少御座なりとはいえ、自分は今から、愛する女性と式を挙げようとしている。なのに、さっきから彼女には情けない姿ばっかり晒している。

 晴れ舞台だからこそ、やはり少しはカッコつけたいと、一刀だって考えていたのだ。

 そんな思いを察することなく、沙和はのん気に笑う。

「そう? 沙和はいつもの隊長らしくて、良いと思うの」

「へーへー、そーですよ。俺はいっつも情けない男ですよ……」

 

「……プッ、アハハハハッ!」

「……クッ、ハハハハハッ!」

 

 二人同時に吹き出してしまう。

 

 神聖な儀式を執り行う前なのに堅苦しくなく、しかしそれが二人らしいと思えるような、どこか吹っ切れた様子で笑い合っていた。

 

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「お二人とも、準備の方は宜しいでしょうか?」

 不意に耳に届いた男性の真面目な声。一刀と沙和はそれに聞き覚えがあった。

 この世界にやってきた、生真面目に更に生真面目を極めたような眼鏡スーツの男性。通称主任と呼ばれている、ヤナギである。

「ヤナギさんも参加……する…………?」

 声のした方向。主祭壇の奥の方にある扉が開いて、出てきた人物を見ながら声をかける一刀は、口を半開きにして固まる。

 

「如何なさいましたか……?」

 話しかけた相手が固まったのを、怪訝そうに見つめるヤナギ。

「その服装って…………」

 ヤナギの格好は、一刀が見覚えのあるスーツではなかった。

 

 黒いハット、黒いアカデミックガウンを身に纏い、左手に持つのは聖書。

 

 どこからどう見ても、牧師の衣装そのものである。

 

「私は今回、お二人の挙式の牧師という役目を仰せ付かりました! 正式な物ではなくとも、婚儀には違いありません。しっかりと、務めさせていただく所存でございます!」

 そう力説するヤナギ。その背後には熱く燃え上がる炎が見えたように感じた。

「隊長。“ぼくし”って何なの?」

 天の国の挙式初体験の沙和が、一刀のタキシードの袖を軽く引っ張りながら訊ねる。

「んー、説明すると長くなるんだけど……。平たく言えば、今回の式の司会進行役って事、かな?」

「“今回”って事は、他にも結婚式の方法が色々あるの?」

 一刀の言葉に反応した沙和が、僅かに瞳を輝かせて更に訊ねる。

 その問いに口を開いたのは、やけに熱の入っているヤナギであった。

「勿論です! 我々の世界ではお客様のご要望に合わせまして、少なくとも一万通りの計画を御呈示致します!」

 その喋りと身振りは、一昔前のセールスマンを彷彿とさせるようだ。

 そして悲しいかな。セールストークに乗ってしまい、一層キラキラした瞳の沙和。

「すごーい!! ねえねえ、隊長。二人で全部やっちゃおうよ!」

「何年掛かると思ってんだ!?」

 

 計算すると、一日一通りの挙式をやるにしても大体二十七、八年掛かる。

 色んな曲がり角を過ぎてしまうことに、一刀は流石に抵抗を感じる。

 

「えー、楽しそうなのにー…………」

 事の困難さを理解していない沙和は、残念そうに口を尖らせる。

 気持ちは分からないでもないが、それをやってる間に他の皆をごまかしきれるのか。

 手間隙云々よりも、そちらの方が恐ろしいと、よくよく考えた一刀は身震いした。

 

「あら。ヤナギさん本物の牧師さんみたいね」

 再び聞こえてきた一刀の母親、泉美の声。先程の左の小部屋を見ると、その扉からアオイとクルミの後ろに続いて出てきた。

 その服装は、黒のフォーマルなロングワンピースに変わっていた。

「わー! 隊長のお母さん、素敵なのー!!」

 沙和は早速その衣装に食いついた。確かにそれは、泉美のスリムな体型も相まってその良さを引き立てながら。しかし花嫁の沙和を追い越さないように、絶妙なバランスの魅力を醸し出していた。

「あら、ありがとう。でも今日の主役の沙和ちゃんの方が、ずっと素敵よ」

「そんな事無いの! 沙和、この服も着てみたいの!」

「あらあら。そう言って貰えて、嬉しいわ」

 女同士でファッションで盛り上がるのは今も昔も変わらないのか。一刀と少し離れた所で、二人は会話に花を咲かせていた。

 

 そんな二人をよそに、一刀は普段と変わらない服装のアオイとクルミに近づいた。

「あのさ。ヤナギさん、何か凄く張り切っていない?」

 チラリと話題に上げた男を見ながら、一刀はアオイに話しかけた。男はこれからの流れを説明しようとしているのか、沙和と泉美の二人に近寄って話しかけている。

 その彼を端から見ていたアオイは、半ば呆れたような顔つきになる。

「主任はこういう、冠婚葬祭の神聖さを重んじる人なんです。ですので、我々以上に乗り気なんですよ……」

「ああやって仕切りたがるしねー……」

 言葉を引き継いだのはクルミ。アオイと似たように苦笑を浮かべながら、自分の主任を眺めている。

 話を聞いた一刀は、何となく分かる気がした。

 恐らく身内の宴会では幹事や鍋奉行。焼き肉の時には各部位のこだわりの焼き方を、こちらが引くほどに熱くレクチャーしてくれる。

 多分、そういうタイプの人間だろう。

 

 

 と、一刀が余計なことを考えていると、ヤナギの出てきた主祭壇の奥の方の扉からまた出てきた、二人の人物。

 一刀の父親、北郷燎一。

 一刀の祖父、北郷耕作の二人である。

「おお、一刀。なかなか似合っているじゃないか!」

 燎一はにこやかに話しかける。衣装は黒のフォーマルスーツであり、会社勤めである彼らしく見事に着こなしていた。

「まあ……馬子にも衣装、といった所か……」

 なかなか手厳しい発言は、祖父の耕作。着ている衣装が紋付き袴なのは、彼らしいと言えよう。

「何か……不揃いだね、衣装が」

 

 一刀の言う通り。一般的には新郎新婦の家族の衣装というのは、その形式や雰囲気を揃えるのが通例ではある。

 

「泉美の急な提案だったからな……。衣装がちゃんと用意出来ないと、ヤナギさん達が謝っていたよ。まあ、お義父さんは満足そうだけどな……」

「…………フン」

 やはり洋風のしきたりというものが苦手なのか、どこか居心地が悪そうに息を吐く耕作。その素振りを眺めながら、やれやれと言うように苦笑を浮かべる一刀と燎一。

 そんな中、北郷家の男衆に近寄る影があった。

 

 今回の新婦役である沙和だ。

 

「あの……どう、ですか?」

 その身に纏うドレスに軽く手を触れ訊ねる。上目遣いで見つめる先には、燎一と耕作がいる。

「おお、沙和さん。いやはや、凄くお綺麗ですよ。貴女の夫となる一刀は、幸せ者ですよ」

「エヘヘヘ……ありがとう、なの」

 やはり多少は男性の、特に新郎の家族からの意見も気になっていたのか。その言葉を聞いた沙和は、頬に両の掌を当ててにやけていた。

「お義父さんも、沙和さんをお綺麗だと思うでしょう?」

「さて……な。ワシは和装が好みじゃからな。その服が似合うのか、よく分からん……」

 軽く突き放すような物言いで、沙和から目を逸らす。

 

「うう……。何か御爺様、冷たいの……」

 浮かれた表情から一転。一気に不安そうに瞳を潤ませた。

 

「沙和ちゃん。大丈夫よ?」

 と、沙和の後ろから聞こえてきたのは泉美の声。

 それに振り返ると、泉美は沙和の両肩に手を置きながら笑っている。

 沙和を安心させるように。しかし、どこか可笑しそうな雰囲気を出しながら。

「お父さんね、沙和ちゃんが綺麗だから照れてるのよ」

「え? そう、なの?」

「ええ。お父さん、ごまかす時とか照れ隠しする時には、第一声が“さてな”って言うの。口癖みたいに、ね」

「……御爺様、本当なの?」

 泉美の言葉に多少気が和らいだ沙和は、ほんの少しだけ不安そうに耕作に問いかけた。

 

「…………さ」

 

 耕作の言葉が詰まる。

 まずいと思いながら更に目を逸らす。

 一瞬だけ視線を戻す。物珍しそうな皆の視線を、痛いほど感じた。

 

「……さ、さて。もう時間も無いようだな。一刀、于文則殿。早く支度を…………」

 気まずさから逃れるように、そそくさと一団から離れていく。

「ね? 言った通りでしょ?」

 クスクスと笑いかける泉美。それに沙和は嬉しそうに頷いた。

 

「……御爺様。沙和、頑張りますなの!」

 

 誰にも分からないほどの小さな声で呟く。

 

 静かな決意を、胸に秘めた。

 

 

 

「あれ? そう言えば母さん、佳乃は参加しないのか?」

 大事なことを一刀は思い出した。

 この部屋にはもう一人、自分の大切な家族が足りない。

 

 一刀の妹、北郷佳乃である。

 

「佳乃ちゃんにはこっちからお願いして、今回は席を外して貰っているの」

 息子の問いに、かなり残念そうに答える。

「そう、なんだ……」

「カズ君や私達全員が広間に閉じこもっていたら、流石に皆が怪しむんじゃないかってヤナギさん達が……」

 

 だから代表として佳乃が外に出ている……

 一刀は一応納得したようだが、やはりどこか腑に落ちないようだった。

 それは、隣にいる沙和も同じである。

「佳乃ちゃん、来れないのかー……。残念なの……」

「沙和…………」

 二人して溜め息をつく姿に、泉美は気持ちを切り替えようと明るく笑いかける。

「大丈夫よ、二人とも。次のちゃんとした結婚式には、佳乃ちゃんも参加するから。それに、佳乃ちゃんも着付けを手伝ってくれたから、沙和ちゃんのこの姿を佳乃ちゃんも見ているから……」

 

 大事な姉の晴れ姿を、一応妹も確認はしている。

 

 それも気にかかっていた事の一つだった一刀は、少し心が軽くなる。

 

「さあ、二人とも。主祭壇の前にいらっしゃいな」

 

 二人の後ろに回り、その背中を軽く押しながら誘導する。

 

 明るく振る舞う泉美とは対照的に、胸の中に何か引っ掛かりがあるような、不安な表情の一刀と沙和。

 

 何か無事に終わりそうにない。そんな嫌な予感が二人をよぎる。

 

 

 

 それは、確実に迫りつつある。

 

 

 

 激しく舞い上がる砂埃と、けたたましい地響きと共に………………

 

 

 

 

 

 

−続く−

説明
長くなりそうなので、二つに分けます。申し訳ございません。
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コメント
>>mokiti1976-2010さま 一番大事な一刀とその家族を護ることをほったらかしにして、我も我もと押し寄せる最悪の事態に(笑)(喜多見功多)
>>観珪さま はてさて、何人乗り込んでくるのやら。そして一刀は生き残ることができるか!?(喜多見功多)
このまま他の皆の分も結婚式をするという事か?(mokiti1976-2010)
予想では適当な勘違いをした春蘭さまが乱入するとみたww しかしヤナギさんww わかりますけども(神余 雛)
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