真・恋姫†無双 風雲となれ 第二話 |
第二話
空は雲一つない晴天。中庭に出た典明は、大きく背伸びをして陽光の温もりを全身で味わう。
いっそ昼寝と洒落込みたいが、以前から頼まれていた本の虫干しを行うのに最適だ。気持ちを入れ替え、書庫に向かう。
彼が学院に身を寄せてからおよそ二週間。数度の筋肉痛を乗り越え、今では肉体労働にも慣れたものだ。
「しっかし、とんでもない量の蔵書だな。こいつは骨だぞ…」
四方の壁に作られた棚に所狭しと並ぶ書物の山。大陸各地の様々な本が集められている。
量産化の目処が立たないがゆえ紙が高級品なこの時代、重要書類以外では竹簡・木簡がまだまだ主流だ。
だというのに、一民間人が保有するにはこの本の数はいっそ異常だ。
「流石は名門、水鏡女学院といったところか」
水鏡先生は大した事はないと言っているが、諸葛亮と?統がそれはもう先生や卒業生をベタ褒めしていた。
そもそも水鏡女学院の運営資金は、地元の名士や各地で活躍する卒業生からの寄付によって賄われているという。
この蔵書もそういった寄付の一貫なのだろう。それだけ業績を認められている証左に違いない。
本を運び中庭に並べていると、最近ではすっかり聞き慣れた二つの鳴き声が聞こえてくる。
虫干し作業を一時中断して、念の為に声の聞こえた裏手の畑に足を運べば典明の世話役こと諸葛亮と?統がいた。
「よぉ、お二人さん。精が出るな」
「あ、の、典明さん。いいお天気ですね」
「こ、こんにちは…」
典明の声に何故か畑の中に尻餅をついた二人が振り返る。二人とも顔や服を土で汚し、首筋に汗を光らせている。
手には通常より小さい子供用の鍬が握られている。農作業に精を出していたのだろう。
東雲(しののめ)という名が言い難そうな二人には、典明と呼んでもらうようにしていた。
「典明さん、何か御用ですか?」
「本の虫干しをしてたんだが、孔明と士元の声が聞こえたんでね。ちょっと見に来たんだ」
「はわわ、聞こえちゃいましたか」
「あわわ…」
立ち上がってなんとも無いようなふりをして諸葛亮が聞いてくるが、バレバレである。
?統が幅広いつばをもって魔女っぽい帽子を目深に被る。彼女の照れ隠しのサインだ。
大方、いつものように躓いて二人仲良く転んだといった所だろう。
「やっぱり、俺がやるべきなんじゃないか?農作業は力仕事なんだし」
「でも、あの、自分でやってみたいんでしゅ…あぅ」
「いや体力を付けたいのはわかるが、怪我をしたら元も子もないぞ?」
?統のもじもじした仕草にグッと来つつ、そう忠告する。なにせ二人の運動神経はお世辞にも良いとは言えない。
この前も通常サイズの鍬を振り上げたところ、そのまま後ろに転んでしまったくらいだ。
自給自足や農学の実践の為に学園では作物を育てているが、二人の駄目っ子振りに流石に水鏡先生も農作業からは外していたのだ。
もし二人に料理の腕が無ければ、肩身の狭い思いをしていたに違いない。
「そうは言っても、私達としても貧弱なままでは色々と問題があって…」
「は、はい、私達にはやりたいことがあるんでしゅ。その為に体力を付けないと…」
中々に強情な諸葛亮と?統。徐庶に聞けば、二人が体を鍛えようとし出したのは、典明がやって来た日からだそうだ。
二人の“やりたいこと”に見当はつかないが、きっと大事なことなのだろう。
やめさせることが出来ないなら、と典明は考えて
「いや、何も最初からハードな仕事からする必要はないんだ。少しずつ段階を踏まえればいいんだよ」
「はぁど、困難って意味でしたね。でも、何から始めればいいんでしょうか?」
「そうだな、ちょうどいいものを知ってるぞ」
そこで一度言葉を区切り、典明は笑顔を作って二人の顔を見る。
「虫干し、手伝ってくれない?」
労働力の確保に乗り出す典明だった。
中庭一面に広がって、優雅に昼寝をする本達。
それらを眺めながら、作業を終えた典明、諸葛亮、?統は中庭の簡素な東屋で飲茶に勤しんでいた。
「おぉ、こりゃ美味い」
「お口にあって何よりです」
諸葛亮の持ち込んだ菓子に舌鼓を打ち、お茶をすする。時代が違うと知った時、食事が典明の懸念事項だった。
食えるだけ有難いなどと考えていたが、蓋を開けてみれば現代と変わらぬ料理が並び、味も申し分ない。
日本式のラーメンが出た時には流石に首を捻ったが、好物がここでも食えるならいいか、と細かいことには目をつぶった。
現代と違い色々と不便が目立つが、食事さえ何とかなれば大抵の不満が収まるのは日本人だからだろうか。
「ところで、孔明も士元も授業に出なくていいのか?」
「私と雛里ちゃんは、書物の修学は先日終えているんです。今は過去に起きた歴史上の問題について、
自分なりの解決案を上策・中策・下策の三つを提示する課題をやっています。」
「で、ですから先生の授業が終わるまで、私達は自習時間なので融通がきくんです」
「うへぇ、とんでもなく難しいことやってるんだな…」
典明には頑張っても一個の案を出すのが精々だろう。それも良くて二人にとっての下策案を。
見た目や言動のせいでついつい疑ってしまうが、間違いなくこの二人はあの諸葛孔明と?士元だ。
「典明さんこそ、文字の読み書きは順調ですか?」
「う〜ん、余りに文法がさっぱりだから苦労してる。一応昔、勉強したんだけどなぁ」
「確か典明さんの故郷の“日本”でも同じ文字を使ってるんですよね?」
「そうなんだけど、日本とこっちじゃ単語すら違うんだよ。だから一から覚え直さないといけなくて…は ぁ…」
この地に来たばかりの頃に買い出しを頼まれたのだが、渡されたメモが全く読めなかったのだ。
更に言えば真名を始めとして、一般的な社会常識がさっぱりである事も発覚。
せめて常識を身につけるまでは、外を出歩かせるわけにも行かぬと、典明は未だ人里に出たことがなかった。
「あ、あの!分からない時は私に聞いてくだしゃい!お手伝いしましゅ!あわわ、噛み噛みだよぅ…」
「士元は優しいなぁ、全力で頼らせてもらうよ」
噛みまくったせいで顔を真赤にした?統は、帽子で顔を隠してしまう。
人見知りで殊更男に離れていない?統は、よく言葉を噛む。同じ噛み噛みでも諸葛亮は割としっかりしている方だ。
?統の存在が、いい反面教師になっているのだろう。何にせよ?統は典明のお気に入りだった。
「私もいるんですけど…」
「お、じゃあ孔明も教えてくれるのか」
「はい、いつでも聞いてくださいね」
口を尖らせ拗ねた振りをする諸葛亮に苦笑しつつ、しっかり言質を取る。もちろん諸葛亮もお気に入りだ。
異国の地にあり、明日をも知れぬ不安に駆られながらも、典明の毎日は不思議と充実していた。
「さ、いつでもいいよ。来な、シノ」
「マジでやるのか元直?」
「なんだい、せっかく仕事に慣れるまでは待ってたんだ。もう待たないよ」
次の日、渋面の典明と笑顔の徐庶が中庭にいた。手には木剣と呼ばれる訓練用の武器。
徐庶に中庭に呼ばれて来てみれば、何やら稽古をつけてやると言うのだ。
「それに、シノの仕事は力仕事。荒事も力仕事の内さ。」
「いやいや何と戦うんだよ、俺」
「何ってそりゃあ、あたし等の学び舎に入る不届き者に決まってるだろ?」
ニヤニヤと笑って典明を見る元直。あの強烈なファーストコンタクトの事を揶揄しているんだろう。
徐庶は水鏡女学院の用心棒だ。元は武人だったがある時水鏡先生に助けられた事があり、
そのまま恩返しの為に働いているらしい。水鏡に師事し、学問も修めた文武両道の女傑である。
「あの節は、大変お世話になりました」
「ははっ、そんだけ言えりゃあ肝の方は十分だね」
典明の冗談に、あの時の恐怖はもう引きずってないのだろうと徐庶は判断する。
もっとも、典明からすれば急展開すぎて恐怖を感じる暇も無かっただけであるが。
何にせよ、歳も近いせいか徐庶とは気安い関係が培われていた。
「ま、ウチには金銀財宝なんてほとんどないから、そうそう盗人なんかも寄り付かないんだけどね。」
徐庶の言う通り、ここで金銀財宝の類は見たことがない。
水鏡自身が慎ましやかな生活を好んでいるため、いっそ内装が侘しいくらいだ。
「…なら鍛えなくてもいいんじゃないか?」
「いやいや、金目のモノはあるんだよ。ちょいと考えてみな」
ふむ、と顎に手をやり考えてみる。自分が知る学院に関する知識を巡らせる。
「書庫か」
「お、意外と早かった。やるねぇ」
徐庶が少しだけ目を丸くする。
つい昨日、この中庭に干した本を思い出して言ってみたが、正解のようだ。
「金銀財宝ならともかく、本を有難がるのは知識階級の人間ぐらいだからね。ちょいとばかし頭の回る奴にとっちゃ、
ここは宝の山ってわけさ。分かったかい、シノ」
徐庶の言葉は暗に、盗みを働くのは何も食い詰めた盗人ばかりでは無いのだと言っているように聞こえる。
もしかしたら、実際にそういう出来事があったのかもしれない。
「さ、お喋りはこれで終わり。さぁ、かかってきな」
話を打ち切ると、徐庶は武人然といった油断のない表情と佇まいを見せる。
「こっちはド素人なんだ、お手柔らかに頼む」
そう言って典明は元直に斬りかかるべく、一歩踏み込み上段から木剣を振り落とした。
「…素人とは言ってたけど、見事なまでに素人だねぇ、シノ?」
「だ、だから、言った、じゃないか…」
呆れ顔の元直の足元には土と草に塗れてボロ雑巾になった典明が倒れている。
果敢に攻め込むも、正しい剣の振り方など知らない典明。
その場を一歩も動かない徐庶に一度も掠らせる事も出来ず、散々に叩きのめされた。
稽古というよりシゴキじゃないか、と典明は愚痴るも口にする気力まではなかった。
「こんなんじゃ長生きできないよ?」
「出来れば荒事とは無縁でいたいんだけどなぁ」
「そいつは無理だ、それはシノも分かってるんだろ?」
その言葉に典明は瞑目する。最近この辺りの地域にも賊が現れたという情報が入ってきていた。
南方から流れてきたようで、既に鎮圧もされているのだが、人死の被害が出ている。
他所からやって来られては、荊州の治安も安泰では無いだろう。確実に乱世は近づいている。
水鏡女学院の人間は皆、頭はいいが武芸の方はからっきしだ。
人並み以上に戦える徐庶がいるが、いざという時戦えるものは多い方がいい。
そう気持ちを改めた典明は目を開けて起き上がる。
「しっかし、一から鍛えるとなるとコレは一苦労だね」
「言ってくれるなよ元直……こういうのなら知ってるんだけどね」
何やら思い出した様子の典明はそう言うやいなや、徐に左手で徐庶の右手首を上から掴むと、
「ここをこうすると……」
「へ?急に何……イッ、イタタタ!!痛い!痛い、やめろ!!」
親指の第一関節で手首の“ツボ”をグリグリと押しこんだ途端、徐庶は顔をしかめ、苦痛のあまり手を開き 木剣を手放す。
それを見た典明は、落ちた木剣を蹴飛ばし、己の木剣で徐庶をトンと叩く。
「っとまぁ倒すことは出来ないけど、軽い力で一時的に相手を無力化出来るんだ」
「いったぁ〜……、なんだいコレ、武術かい?」
「武術じゃなくて護身術、会社の講習で受けたのさ」
典明の勤めていた会社で行われた女性社員向けの護身術セミナーで学んだ技である。
なぜ男の典明が受けていたのかというと、早い話が女性社員の為の技の実験台である。同僚も何人か犠牲になっている。
他にもいくつか披露してみせると、徐庶はしきりにうんうんと頷いている。
「なるほどね、なぁシノ。これってウチ向きの技じゃないか?」
「あ〜、確かに。非力な女性こそ身に付けるべき技だし、その通りかも」
「よぉし、なら善は急げだ。先生に進言してみようかね。まぁでもその前に…」
「その前に…何?」
そう言って徐庶は典明から距離を取る。そして転がしたままだった木剣を拾うと、
「護身術のお礼に、こっちも技を見せてやるよ」
そう言って木剣を真上に放り投げた。釣られて典明はクルクルと舞い上がる木剣を目で追う。
カツン、と音がしたかと思うといつのまにか上空の木剣に小刀が刺さっていた。
典明が驚き目を見開いた刹那、
カカカカカカカカカッ、と小気味いい連続音が響いた。
そうして落ちてきた木剣の柄を、徐庶は危なげなく掴まえる。そして得意気にそれを典明の眼前に見せつけた。
木剣の腹には、等間隔に小刀が十本突き立っており、刃の向きまで揃って一直線を描いていた。
「おおおおおおおおおおおお!?元直すげぇ!!グレートだぜ元直!!」
「どうだい、あたしの撃剣もやるもんだろ?ぐれぇとってなんだい?」
「凄いとか偉大って意味の褒め言葉(?)だよ」
パチパチと拍手を送りながら、興奮した面持ちで典明は感嘆の声を上げる。対する徐庶も胸を張って鼻高々だ。
「シノが人並み程度に剣を触れるようになったら、教えてあげてもいいよ?」
「マジかっ、俄然やる気が出てきた!よし元直、かかってこい!!」
典明も男である。見惚れるほどの技を見せられ、卒業したはずの厨二心が騒ぎ出す。
少々暑苦しさを感じさせる勢いで木剣を構え徐庶に対峙する。
「今日は終いだよ。先生に護身術の提案しに行くんだから」
「くそっ、なんて時代だ!」
「後漢時代だね」
さらっと典明の意気を躱し、水鏡の許へスタスタと足を運ぶ徐庶。
後ろで大仰な演技で膝をつく典明に笑いつつ、明日の稽古が楽しみだ、そう独りごちた。
「…………」
「…………」
典明は今、水鏡の私室にて、本人と対面している。水鏡は手元の木簡に目を落とし、典明はそれを静かに待つ。
典明の読み書きの成果と常識の理解度を確かめているのだ。
中庭では水鏡が今抱えている、諸葛亮と?統を始めとした二十名程の生徒が徐庶から護身術を習っている。
学問主体の水鏡女学院で唯一の必修武芸科目として、護身術が採用されたのである。
「よろしい、おおよそ基本的な言葉に関しては及第点でしょう」
「ふぅ、こういったテストはホント久しぶりなんで緊張しました」
水鏡の言葉に、安堵の息を吐く典明。普段は穏やかで微笑を絶やさぬ彼女だが、学問が関わるとシビアな教師の顔に変貌する。
「いえ、一月でこれなら中々ですよ。十年以上の教養によって、要点を掴む術が身に付いているのでしょうね」
「孔明や士元の教え方も上手かったからですよ」
謙遜して答える。人に物事を分かりやすく教えるには、通常の三倍の理解力がいるというが、そこはあの二人だ。
諸葛亮と?統に教われば、大抵のことは理解できそうな気さえしてくる。
「とにかく、これでやっと外回り、いえ買い出しが果たせそうです」
「そうですね、ここに来てからは不自由な思いをさせてしまいましたし」
「いやぁ、あのまま勉強しなかったら、街で確実に問題起こしていたと思います。」
そういって頭をかいて愛想笑いをする典明。それを見てクスクスと水鏡も笑う。
「では、早速お願いしましょうか。ここに書かれた物を揃えて貰いたいのです。」
引き出しからメモと木で出来た鑑札、そして資金の入った巾着袋を取り出し、典明に手渡す水鏡。
「案内が必要ですから、朱里と雛里をつけましょう。折角ですので仕事と思わず、楽しんで来てください」
「えっと、よろしいんですか?」
「急ぎの品というわけでもありませんから。それからこれは、一月分の俸禄として用意いたしました」
「あ、ありがとうございます……」
再び引き出しから巾着を一つ取り出し、手渡される。衣食住の上に給与。至れり尽くせりである。
水鏡の心配りに典明は目頭が熱くなる。軽く泣き声になりそうになりながら礼を述べる。
シスターではない、きっとこの人はマザーだ。典明は心のなかで水鏡を拝み倒した。
そんな涙を堪える様子の典明を、水鏡は優しげな眼差しで見守っていた。
水鏡の部屋を辞した典明は、諸葛亮と?統に事の次第を伝え連れ立って街へ出かけた。
「ついに俺も街デビューか、胸が熱くなるな」
「でびゅう…また新語ですね」
「意味は…うーん、初披露?かな」
「あわわ、典明さんが御開帳…」
「はわわ!雛里ちゃん!なんか違うよそれは!」
およそ五里(二・五キロメートル)、片道三十分ほどの道程を雑談しながら進む。
時はまだ正午前。今は街の門前、検問待ちの行列最後尾に並んでいるのだが、
「しかし随分と時間がかかるな。孔明、いつもこんな感じなのか?」
「う〜ん、先日の賊騒ぎで多少敏感になっているのかと。それにしたって時間をかけ過ぎのような…」
遅々とした様子に疑問を覚え、典明達は一度列から離れて行列の面々を見やる。
近くの邑から物を売りに来たであろう邑人達。
幾つもの荷馬車を携えた商隊の一行。
馬の手綱を引いた旅人らしき者もいる。
そして今検問を受けているのは、家財道具を抱え、服や肌を汚した者達。憔悴した様子で俯いている。
代表者らしき中年の男性が、門番に何度も頭を下げている。
「す、住んでいた邑を襲われ、流民になった何処かの人達だと思うでしゅ…。」
「邑一つの流民を受け入れるというのは簡単には行きません…。例え受け入れても住居や仕事が提供できなければ、
徒に彼らの不安や不満といった感情を膨ませ、街の治安を内から荒らす原因にもなります…」
「ま、街に住んでる人にも、住む場所や仕事を取られちゃうかもって思われて、流民に対する印象もあまり…。
だから、流民というのは門前払いにされる事が多いんです…」
彼らを見て、辛そうに話す諸葛亮と?統。お互いの手を握り、必死で何かに耐えるようにじっと佇んでいる。
そんな二人を見て、典明も先程までの上機嫌など既に吹っ飛んでしまっていた。
二人に何かしてやれないかと暫し考えて、
「なぁ、二人は何のために勉強してるんだ?」
「えっ?」
二人は声を重ねて典明に振り向く。
「一度も聞いたことがなかったからな。学んだ知識をどうするのかなぁ、と」
二人の“道”がどこへ伸びているのか聞いてみる。
一月程度の付き合いだが、彼女達が優秀で、努力家で、優しくて、思い立ったら真っ直ぐな人柄なのを知っている。
故に、流民の姿を見て胸を痛めているのは、一体何を思ってなのかと気になったのだ。
憐憫か、それとも恐怖か、それとも……
「わ、私は学院で学んだ知識を持って、位人臣を極めたいわけじゃありません。
今、政治は乱れ、災厄が大地を襲い、人心は荒み、多くの民が嘆き苦しんでいます…。
何かきっかけがあれば、全土を巻き込む大乱が襲うのは間違いないでしょう。
そうした中で再び、抗うすべを持たぬ人達に苦しみが生まれていってしまいます。
私はその苦しみの連鎖を終わらせる為に、この智を振るいたいです」
おずおずと、だがしっかりと目を見て答えた諸葛亮。
「えと、えっと、朱里ちゃんと私の思いは同じでしゅ。
政治を正し、災厄を鎮め、人心を安んじる。その為の方法を書に習い、水鏡先生から学んできました。
簡単じゃないのは分かってるけど、朱里ちゃんと一緒なら必ず道は開けると信じてます。
先生が認めてくれた自分の智を、私達が信じられる主君の為に役立てたいです。
そ、それでいつか、先生に“よくやった”ってほ、褒めてもらいたいです……」
言い切った後、ちょっと恥ずかしそうに上目遣いをする?統。
二対の曇りなき眼差しを受けて、クッと息を詰まらせる典明。こっそり深呼吸を一つして、己を落ち着かせる。
同時に二人の言葉を聞いて彼は得心する。姿は違えど、この子達はやはり英雄なのだと。
彼が考えたこともないスケールの難題に、明確な意志を持って挑もうとしている。
典明はそっと二人の肩に手を置き、目線を合わせて言う。
「ありがとう、いいこと聞かせてもらった。俺は二人なら必ず出来る、そう思うよ」
「はわわ、私はそんな大した人間では!それに、知る者は言わず、言う者は知らず、と言いましゅ!!」
「あわわ、そ、そうでしゅ!!今の私じゃ大言壮語と言われても仕方ありましぇぬ!!」
わたわたと急に自虐的になった諸葛亮と?統に、典明は堪え切れずに吹き出す。
さっきまでの決意と格好良さは何処に行ったんだ、そう思って。
「あっ!笑わなくてもいいじゃないですかぁ〜!」
「そうです!あんまりです!」
「いやいや、褒めたのに二人が自虐するもんだから可笑しくてなぁ」
でも、と続けそうな二人に被せるようにもう一度。
「二人なら出来るって。何なら手伝ってやりたいくらいさ、まぁ俺なんか要らないだろうけど」
「い、いえ!…そう言って貰えるだけでも嬉しいです。有難うございます典明さん」
「私も嬉しいです…。えと、お手伝い……いいんですか?」
「何か出来るわけでもないけどな、…言ってて悲しくなるな。……おっ?あれ見ろよ二人とも」
そうして二人の後ろ、つまり街の入口を指差す。流民の一行が兵に先導され街に入っていく。
表情が明るいのを見るに、今回は受け入れが認められたのだろう。諸葛亮と?統も嬉しそうだ。
「いつか二人の手で、彼らを救ってやれるといいな」
「はい!」
「です!」
力強い返事をする二人。典明はそれを聞いて笑顔になる。
「これでやっと列も進むかな?よぉし、買い出しが終わったら何か奢ってやろう」
「あわわ、典明さんお金持ってないんじゃ…お、横領は駄目ですよ…」
「ひどいな士元,。実は先生のご厚意により俸禄を頂いてね。ちょっと余裕が有るのさ」
「じ、じゃあ甘味処なんてどうでしょう?美味しいお店があるんです」
「オーケー孔明。お兄さんに任せなさい」
思いがけぬ場面に水を差されてしまったが、街に行くのを典明は楽しみにしていたのだ。
改めてこの機会を楽しもうと、気前のいい言葉で二人に声をかけ、再び列に並ぶのであった。
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