とある キスの日記念日 短編集
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とある キスの日記念日 短編集

1 姫神愛沙さんの場合

 

「上条くんは……女の子にモテない」

 5月23日の昼休み。留年を掛けた授業という名の戦いに疲れ果てた俺。弁当という名の癒しにすがろうとした所で無表情な姫神にスゲェイチャモンを付けられた。

「いきなり俺が女の子にモテないって酷くありませんか!? 事実ですけれど!」

 突如酷いことを言ってきたクラスメイトに半分涙目で抗議する。生まれてこの方女の子と付き合ったことがないとはいえ、姫神の言い方はあんまりだった。

「統計資料もある」

「何の統計だよ!?」

「上条くんは男にしか性的に興味がなくて男にだけモテると固く信じで疑わない乙女1000人を対象にした設問調査で、実に99.9%の確率で上条くんは女にモテないと出た」

「サンプリングに問題があるよな!? 何だよ、俺が男にしか性的に興味ないって固く信じる乙女って!?」

「学園都市とpixivとビッグサイトには上条くんが知らない暗部が存在する」

「本当に知りたくねえよ、そんな暗部っ!」

 学園都市の暗部は俺が想像するよりも遥かに深く暗くそして腐っているらしい。

「とにかく…上条くんが女の子にモテないのは統計学的に証明された」

「あのなあ……」

 大きくため息を吐く。

 

「で、姫神は何を言いたいんだ? 本題はなんだ?」

 姫神はいつも以上に無表情で大きく息を吸い込んだ。

「モテないを極めた上条くんには憐れみの慈悲が必要」

「…………スゲェ上からな物言いっすね」

 もう1度ため息。

「私には巫女装束がよく似合う。後…十字教のロザリオもある。慈悲を施す資格バッチリ」

「…………で、慈悲というのは具体的には何のことでしょうか?」

 無表情な姫神の頬に赤みが差した。

「上条くんは今日が何の日か知ってる?」

「5月23日がか?」

「そう」

 頭を捻って考えてみる。女の子がこのような質問をする意図は……。

「姫神の誕生日か?」

「違う」

 姫神は首を横に振った。結構自信があったのだが、違ったか。

「なら、吹寄の誕生日か?」

「違うっ」

 姫神がちょっとムッとした表情に変わった。

「なら、小萌先生の誕生日か?」

「違うっ!」

 姫神が声を荒げた。

「私とお話中なのに……どうして他の女の名前を挙げるの? 上条くんは馬鹿なの?」

「いや、そんな風に苛立たれてもなあ……今日は誰かの誕生日って話じゃないのか?」

「誕生日じゃない。ゆえに…上条くんは私との会話中に他の女の子の名前を出してはダメ」

「あ、ああ」

 何だか知らないけれど怒られてしまった。

 周囲を見れば、クラスメイトたちがニタニタと頬を緩ませながら遠巻きに俺たちを見ている。一体何なんだ、この状況は?

 

「誕生日じゃないなら…………5月23日だからGo兄さんの日とか?」

「そんな日は存在しない」

「ゴー日産の日とか?」

「上条くんはステマ?」

 姫神の目が冷たい。

「今日が何の日かなんて分からねえよ。降参。降参だ」

 これ以上姫神の機嫌が悪くなる前に話を打ち切りに掛かる。幾ら考えても正解に辿り着けそうになかった。

「正解は…………キスの日」

 姫神の頬が再びちょっと赤くなった。

「キスの日? どこにも語呂合わせが感じられないんだが」

「キスシーンのある昔の映画の開封が5月23日だったことが由来らしい」

「知らねえよ、そんなのっ!」

 全米が泣きたくなる斜め上の由来だった。

 

「今日がキスの日なのは分かった。で、それと姫神の慈悲とやらがどう関係しているんだ?」

 姫神が更に赤くなった。

「上条くんの今後の人生において…土御門くんか青髪ピアスとしかキスできないのは私から見れば憐れすぎる」

「男となんかキスしねえよっ! たとえ、生涯女の子にモテない不幸が俺に刷り込まれていたとしてもだ」

 何故ナチュラルに俺のキス相手が男に限定されているんだ!?

「だから…私が慈悲で」

「慈悲で?」

「上条くんにキス…してあげる」

「へぇ〜。姫神が俺にキスしてくれるのかぁ。それは嬉しいなあ……って、何ぃいいいいいいいぃっ!?」

 俺は飛び上がって驚いた。いや、驚かざるを得ないだろうよ。いきなりクラスメイトの美少女が慈悲でキスしてくれるなんて言い出したら。

「はっ、早まるんじゃないっ! 女子高生の唇の価値はもっと重いはずだっ!」

 手と首を左右に振りながら姫神の提案を拒絶する。

 上条さんは美少女女子校生からキスしてもらえると言われても簡単に乗ったりはしない。だって硬派なんだもの。

「上条くんは誤解している。私が提案したのは……ホッペにチュッとしてあげること」

 姫神は真っ赤に茹で上がっている。

「私の唇を男性の唇に捧げてしまったら……私はその人のお嫁さんになるしかない」

「姫神さんは割と古風な貞操観念をお持ちなんですね」

 キスしたら結婚って、将来姫神と付き合うことになる男も大変だろうなあ。

 

「それで上条くん……」

「なっ、何だ?」

「お情けでキスしてあげるから……右の頬と左の頬……どっちがいい?」

 姫神は普段のイメージが完全に崩れるほどに全身真っ赤に染まっている。俺の頬にキスなんかしたら恥ずかしさで死んでしまうのではないか本気で心配だ。

 姫神にお情けとはいえホッペにチューしてもらえばとても嬉しいに違いない。

 けれど、俺の一時の幸福のために姫神を危険な目に遭わせられない。だから……。

「えっと……せっかくの申し出だけど……俺は辞た……」

「右の頬と左の頬。どっちがいい?」

 スゲェ迫力で睨まれた。

「だから俺は辞退を……」

「右か左か答えて!」

 視線だけで人を殺せそうなほど強力な眼力で俺は睨まれている。

 辞退という選択肢は認められないらしい。なら……。

「じゃあ、キスは俺の唇にお願いします。それ以外はなしの方向で」

 姫神が実行不可能な注文をぶつけるしかなかった。唇にキスすればお嫁に行くしかないという姫神が俺の願いを聞き入れるわけがない。この勝負……俺の勝ちだっ!

 

「上条くんは……私に…唇にキスして欲しいの?」

 姫神は素の無表情に戻って俺に尋ねた。

「ああ。そうだ。上条さんは姫神からの唇へのキス以外は受け付けません」

 こう言えば姫神はもうキスの話をこれ以上続けられなくなるだろう。

「分かった」

 姫神はコクンと頷きながら俯いた。よし、これでキス騒動も収束を……

「上条くんのプロポーズ。お受けします……」

 姫神は顔を上げるのと同時につま先立ちになって俺の唇に自分の唇を押し当てた。

 それは正真正銘のキスと呼ばれる行為だった。えっ?

 

「不束者ですが…末永くお願いします」

 長いキスを終え、真っ赤に染まった姫神は俺に向かって深く頭を下げた。潤んだ瞳はいつもより彼女の表情を豊かにしている。

「………………こちらこそ、よろしくお願いします」

 色々言わなきゃいけないことはあった。でも、この言葉しか出てこなかった。今更断られると思って要求したとは言い出せない。

「おめでとう、上条くん。姫神さんっ」

「まさかカミやんが高校在学中に妻帯者になるとは思わなかったんだにゃー。でも、めでたいなんだにゃー」

 クラスメイトたちが一斉に俺たちを祝福し始めた。内堀と外堀が同時に埋められていく。陥落間近の大阪城の気分を味わっている。

「あなた……みんなが私たち夫婦を祝福してくれている」

「夫婦って……適応早いっすね」

「伊達に人生二転三転と流転を繰り返してきてないから」

 彼女の辛かった半生は姫神に適応能力という強さを与えていたらしい。

 

「カミやんっ! もう1回キスしているのを見せて欲しいんだにゃ〜。義妹とキスする際の見本にしたいんだにゃ〜」

 土御門が立ち上がって何かほざいている。聞き流せば良いはずの戯言。だが、俺と姫神のキスシーン。そして姫神の夫婦発言を聞いたクラスメイトたちのテンションはおかしくなっていた。

「キ〜〜スッ!」

 キスコールが教室のあちこちから沸き起こり始めた。大合唱となって俺の退路を塞いでいく。命を賭けたバトルよりも何かとても厄介な事態だった。

「あなた……ここはあなたからキスしてくれないときっと収まらない」

「そうかもしれないけどよ……」

 調子に乗ったクラスメイトたちの要求を聞くのは腹立たしい。ましてやその内容が姫神へのキスだなんて……。

 

「あなたは……私のことが嫌い?」

 姫神は泣きそうな表情を見せた。

「俺がお前のことを嫌いなはずがないだろ」

 右手を彼女の頭に乗せて少し乱暴に撫でる。

 俺が姫神のことを嫌いなはずがなかった。

「姫神こそ、俺のこと好きか?」

「えっ?」

 目を大きく開いて驚いた表情を見せる無表情で知られる少女。

「俺とキスしたから、好きでもないのに結婚するんじゃないだろうな?」

「そんなわけないっ!」

 姫神は大声を上げた。

「上条くんが鈍感すぎるから気付かなかっただけ。私はずっと前から……あなたが好き」

 怒った声での告白。

「わっ…私ったら」

姫神は言い終えてから自分が何を口走ったのか理解したようだった。顔が真っ青になっている。姫神的には今の告白の仕方は随分恥ずかしいものだったらしい。

だけどおかげで彼女の本当の気持ちを知ることができた。

「俺のことを好きでいてくれて……ありがとうな」

 姫神を抱き寄せてその唇に今度は俺からキスをした。

 

「上条……くん」

 2人の顔が離れてから姫神は呆然とした表情で俺を見上げている。

「せっかくだからさ。ゆっくり時間を掛けながら夫婦になっていこうぜ。なんせ上条さんは女にモテないらしいからな。姫神に嫌われたら一生結婚できなさそうだし」

 正直俺には恋だの愛だの分からないことがまだ多い。でも、姫神のことを大切にしてずっと歩んでいきたい。そんな気持ちが溢れている。

「……0.1%に賭けた良かった。大好き」

 姫神は俺の胸に顔を埋めた。その瞬間、教室中から大きな拍手が拍手が沸き起こった。

 男女交際の始まりとしては変かもしれない。でも、不器用ながら一生懸命アプローチしてくれた姫神がとても可愛らしい。

 彼女がこの学校に編入してくれて本当に良かったと心から思った。

 

 了

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2 佐天涙子さんの場合

 

「……というわけで、今日はキスの日なんですよ。だから私は上条さんにキスしてもらうことを要求します」

 5月23日放課後。いつもの公園で一休みしながらそろそろスーパーに夕食の買い出しに行こうと思い立った時のこと。佐天さんが手を振りながら現れた。

 自給自足型トラブルメーカーである佐天さんは俺の顔を見ながら表情を崩した。何かイタズラを思いついた時の顔だった。

 嫌な予感がプンプンするなあと警戒しながら話を聞いていた所、出てきたのがキスの要求だった。

「何故俺が佐天さんにキスしないといけないんだ?」

 警戒しながら尋ねる。

「美少女JCとタダでキスできる絶好の機会なんですよ? どうして即断でイエスと言えないのですか?」

「タダほど高いものはないからな」

「チッ! 疑り深いですねえ」

 佐天さんは舌打ちをしてみせた。

「男女3回逢瀬を重ねれば恋に落ちると言うじゃないですか」

「男女の接触機会が多い現在社会では当てはまらない話ですよね」

「私たちって友達以上愛人未満な関係じゃないですか」

「俺と佐天さんはいいお友達じゃないか」

 佐天さんはもう1度舌打ちしてみせた。

「私たちの関係はもう爛れきっているってことでいいじゃないですか!」

「良くねえっ!」

「上条さんは美少女中学生のカラダと心を自由に弄んでいる。もうそういうことで決めちゃいましょうよ!」

「上条さんは硬派なのっ! 女子中学生に手を出すなんて想像するだけでも許されません!」

「……なら」

 佐天さんが表情をキッと引き締めた。

「実力行使あるのみですね」

 佐天さんはニヤっと笑ってみせた。

「あっ! 大空に全裸の一方通行さんが翼を生やして飛びながらセクシーに上条さんを誘惑しています」

「どんな都市伝説だよ、それはっ!」

 大声でツッコミを入れながらもつい佐天さんが指差した方向を見てしまう。一方通行が空を飛んで俺を襲撃してくる可能性は0とは言い切れないからだ。昨日公園で寝ていた奴の額に『骨』と書いてイタズラしてしまった事情もあるし。

「隙ありっ!」

 俺が目を離した瞬間だった。

 佐天さんが俺の右腕にしがみついてきた。

「何を考えているのかは知らないけれど、しがみついたのが右腕だったのは失敗したな。幻想殺し発動っ!」

「上条さんこそ何を血迷っているのですか? レベル0の私に発動できる能力などありませんよっ!」

「しっ、しまったぁ〜〜っ!」

 幻想殺しの唯一と言って良い弱点を突かれてしまった。

 そして俺にできた隙を見逃してくれる佐天さんではなかった。

「上条さん……覚悟ぉ〜〜〜〜っ!!」

 佐天さんは左手に携帯を構えると同時に背伸びして可愛い顔を俺の美顔へと近づけてきた。

「うっ、うわぁあああああああああぁ……ウッ!?」

 俺の悲鳴は途中でかき消されてしまった。

佐天さんの唇に、俺の唇を塞がれてしまったから。

 上条さんの穢れ無き唇は、佐天さんの野獣のような荒々しいキスによって強引に奪われてしまった。

 あまりの出来事に何の反応もできない。ただ呆然と彼女の唇を受け入れるしかない。

 そして、佐天さんの持つ携帯からパシャっという合成機械音が聞こえた。

 

「上条さんの唇……ゲットだぜ」

 写メを撮り終えて俺の唇を解放した佐天さんはとてもご機嫌な表情で笑ってみせた。

「佐天さんのけっ、けっ、ケダモノぉおおおおおおおおおぉっ!!」

 俺は泣いた。さめざめと泣いた。

「ファースト・キスだったのにぃ……」

「あっはっはっはっは。上条さんの初キスの相手は御坂さんでもインデックスさんでもありません。この佐天さんですっ!」

 佐天さんは悪役な笑いを発した。

「そして、キスの現場はこのように写メさせてもらいました。私の言うことを聞いてくれなかったら……分かりますよね?」

「きょ、脅迫まで!?」

「それじゃあ、硬派を気取る上条さんがいたいけな女子中学生の唇を奪った事実を隠すためにデートに付き合ってください」

「何で俺とデートを……」

「そんなの上条さんのことが好きだからに決まってますよ」

 佐天さんは俺の腕を引っ張りながら歩いていく。

「年下の少女に振り回される俺……ふ、不幸だ」

 空を見上げながら脅迫デートに連れ出される自分を嘆くしかなかった。

 だけど組まれた腕を振りほどく気にはならなかった。

 

 

 

 そして10年後。

「あなたぁ〜。夕飯の支度をしちゃいますから子供たちをお風呂に入れちゃってください」

「おう。分かったぜ」

 愛妻に言われて娘と息子をお風呂場へと誘導する。

「ほら、麻子、涙麻。パパと一緒にお風呂に入るぞ」

「うん」

「わかったぁ」

 幼稚園に通っている2人の年子の子供たちをお風呂に入れるのは俺の仕事となっていた。

 俺は涙子と結婚し、地方で比較的のんびりと公務員生活を送っている。

 

「今夜は麻子と涙麻の大好きなカレーよ」

「「わぁ〜〜い♪」」

 両手を挙げて喜ぶ子供たち。

 けれど、俺は……。

「やっぱり、そのカレーは甘口なのでしょうか?」

「子供たちの舌に合わせて作ってあるのだから当然です」

「俺……カレーは辛口の方がいいんだけどなあ。昔、涙子が作ってくれた激辛カレーが懐かしい」

「今は子供たち優先です」

 涙子はしっかりお母さんになっていた。

「……子供たちが寝静まったらあなた用に辛いカレーを作ってあげますよ」

「……ほ、本当か」

 そして涙子はちゃんと愛妻でもいてくれている。

 それがとても嬉しかった。

 

「ねえねえ、ママはどうやってパパのハートをいとめたの?」

 娘の麻子が急に困った質問をしてきた。

「パパがママのハートを射止めたとは思わないのかあ?」

「だってパパ、へたれだもん。おんなのこをくどくゆうきなんてないよ」

「グハッ!?」

 子供は正直で、そして残酷だった。

「ねえ、どうやったのママ?」

「それはねえ……」

 涙子は白い歯を見せながらニッと笑った。

「権謀術数の勝利よ」

「おいっ!」

 子供にスゲェ怖いことを吹き込む母親を嗜める。

「けんぼーじゅーすってなあに?」

「ダメ! 聞いちゃダメ!」

「ママはね、パパと、パパを狙っていた恋のライバルたちをよく見て、作戦を練ってパパを落としたのよぉ」

「子供に変なことを教えちゃダメだろ」

 けれど涙子は聞いてくれない。

「ママにはこいのライバルがいたの?」

 麻子が瞳をキラキラさせている。幼くても女の子。恋の話は好きらしい。

「そうよ。みんな、ママより頭が良くて、すごい力を持っていて、ママと同じぐらい綺麗だったのよぉ」

「あっ、最後のは譲らないんだ」

 まあ、涙子は常盤台のお嬢さまたちにも負けないぐらい可愛かったのは事実だけど。

「そんな強力な恋のライバルに勝つために、ママは作戦を練ったのよ」

「さくせん?」

「そう。麻子も好きな男の子ができたら、ライバルが強力だからって諦めたりしないで、作戦を練って相手を手玉に取るのよ」

「だから子供に変なことを吹き込むなっ!」

 麻子が涙子同様に硬派な男子学生を陥れに掛かったら……。いや、それ以前に娘は絶対に嫁にはやらない。一生俺の元に置くんだっ!

「涙麻も、女の子に作戦を練られて手玉に取られるぐらいにいい男にならないとダメよ」

「え〜。おんなってうるさいし、なにをかんがえてるかわかんないからいやだよ」

「涙麻もパパに似て硬派気取ってるのねえ」

 ニヤニヤしながら息子を眺める涙子。この瞳は、将来涙麻が俺の様に強引な攻めに押し切られて結婚することになることを予感している。

 

「それでママは、どんなさくせんをつかったの?」

 再び瞳を輝かせる麻子。

「ママが使った作戦は……これよ♪」

 涙子は10年前に使っていた携帯を引き出しから取り出して麻子に向かって見せた。

「おっ、おいっ!?」

 止めようとするも既に遅し。

 用意周到に充電されていた携帯は、その液晶画面をクリアに映し出してしまっていた。

 その画面の中には──

「わかいパパとママがキスしてるぅ〜♪」

 10年前の、俺たちが付き合うきっかけとなった写メが映し出されていた。

「そうよ。この写真がきっかけでパパとママはお付き合いすることになったの。そして恋のライバルたちにはパパはもう売約済みですって言えるようになったんだから♪」

 涙子は懐かしそうに、そして楽しそうに語った。

「……まっ、嘘は何も言ってないし、俺らが付き合うことになったのはあの日のデートがきっかけだったしな」

 10年経って、現状を考えれば、とてもいい思い出の記念の1枚になっていた。

 

 了

 

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3 白井黒子さんの場合

 

「お姉さま……上条さんと間接キス、したくありませんか?」

 5月23日夕方。

 白井黒子はベッドの上でぬいぐるみを抱き締めながらのた打ち回っている御坂美琴に提案を持ちかけた。

「アンタは一体何を言っているの?」

 回転運動をやめた美琴は訝しげな声を出す。

「ですから、上条さんと間接キスをしたくありませんかと」

「何で私がアイツと間接キスしたいと思っていると考えるのよっ!」

 美琴の顔が激しく燃え上がる。

「では、お姉さまは上条さんとキスしたくないのですか?」

「だから何でそんな前提で話を持ち出すのよっ!」

 美琴が抱き締めていたぬいぐるみを黒子に向かって放り投げてきた。

 黒子はテレポートしてそのぬいぐるみを避ける。

「ですが、お姉さまは先ほどベッドの上で転がっていらっしゃる時に、何度も何度も熱に浮かされるように上条さんの名前を呼んでいましたわよ」

「人のうわ言を勝手に聞いてんじゃないわよぉ〜〜っ!」

 今度は電撃が放たれた。

 黒子は再びテレポートして天井付近へと退避する。

「上条さんとのキスが嫌なら……黒子とキスしていただけますか?」

「断固拒否だっての!」

 先ほどよりも大きな電撃が黒子を襲う。

「あれもダメこれもダメで困ったお姉さまですわね」

 黒子は瞬間移動を行って今度は美琴のすぐ前へと現れる。

「では……お姉さまとの間接キスの権利を上条さんに差し上げることにしましょう」

「はっ?」

 美琴が大口を開けながら固まっている。黒子の言うことが理解できないらしい。

 そんな美琴に対して黒子はベッドの上に上がって這いよりながら近付き……

「お姉さま……大好きですわ♪」

 自分の唇を、呆然としたままの美琴の唇へと重ねた。

 

「あっ、あっ、アンタっ! 黒子ぉ〜〜っ! なんてことをしてくれんのよぉっ!!」

 美琴から抗議の声が上がったのは黒子が唇を離してから10秒以上過ぎてからのことだった。

「わっ、わっ、わた、私のファーストキスがぁ〜〜っ!!」

「まあまあ。それは大変なものをわたくしはいただいてしまいましたのね」

「勝手に奪ったくせによく言うわねっ!」

 美琴の全身から先ほどまでとは比べ物にならない大きな電流が溢れ出ている。

「それではお姉さまの唇の感触を上条さんに届けるといたしますわ」

「はっ? アンタ、さっきから何を言って?」

「それではお姉さま。また後ほど」

 黒子はテレポートして室内から消えた。

「何なのよ……一体っ!? 私のファースト・キスを返せっ! 馬鹿黒子ぉ〜〜〜〜っ!」

 美琴の体が激しく放電。

 その日常盤台寮では大規模な停電が起こり、美琴は寮監に大いに叱られることになった。

 

 

「とうま、ご飯はまだなの? お腹が空いたんだよぉ」

「ご飯を催促するのなら少しは手伝いなさい」

 上条家では夕食の準備が進められていた。とはいえ、野菜の天ぷらを揚げているのは上条当麻のみでインデックスはテーブルに突っ伏しながらテレビを見ている。

「わたしは食のエキスパート。味覚を最大限まで敏感に発揮するために、敢えて手伝わないんだよ」

「そんなこだわりは必要ありません。どこかに上条さんの食事を手伝ってくれる心優しい女の子はいませんかねえ?」

 当麻が大きくため息を吐いた瞬間だった。

「では、わたくしがお手伝いいたしますわ」

 当麻の眼前に突然髪の両側を結った少女が現れた。

「お、俺の目の前に突然ツインテール女子中学生が現れたっ!?」

 状況が飲み込めなくて見たままを声に出す。

「とうま。幾らわたし以外の女の子に相手にされてないからって、そんなゲーム脳丸出しな妄想を口にして叫ぶのは人として情けないんだよ」

 インデックスがテレビを見ている姿勢のまま返答する。

「そんなこと言われたって、本当にいるんだってば。ツインテールの女子中学生がっ!」

「ゲーム脳の萌え豚はみんな自分にしか見えない美少女が存在するよね」

 インデックスは一度も当麻の方を見ないまま話を打ち切った。

「ひっ、ヒデェ。白井はちゃんとここにいるのに……」

 瞳に黒子の姿を映しながら当麻は視線を落として嘆いた。

「上条さん。あまり落ち込んでいますと、天ぷらが焦げてしまいますわよ」

 黒子が指摘しながらテキパキと菜箸で天ぷらを油の中から取り出していく。

「あ、ありがとうな。焦がしたらインデックスに怒られる所だった」

「食べ物を粗末にしない。当然のことをしているまでです」

 黒子は素っ気無く返事する。

「で、何で白井は突然この上条家にやって来たんだ?」

「上条さん。次に揚げるのはどれですの?」

「どれっていうか……そこの水切りに入った野菜全部」

 当麻の視界には山と盛られたナスや芋、かぼちゃなどが見える。

「あれ、全部ですの? 上条さんのお宅って、上条さんとあの腹ペコシスターの2人じゃありませんでしたか?」

「その腹ペコシスターがすごく食べるんです。5倍は食べます。だから、たくさん必要なんです」

 当麻は嘆くように告白した。

「なるほど。では、頑張って揚げないといけませんわね」

 黒子は水切りの中の野菜を取り出していくと、慣れた仕草で衣をつけて油の中へと投じていく。

「へぇ。白井も料理が上手なんだな」

 当麻は黒子の意外な特技に驚いた。

「初春や佐天さんのように場数を踏んでいるわけではありません。けれど、常盤台の調理実習はなかなかに為になりますわ」

「そう言えば、御坂も前に調理実習で習っただけで実際に料理作ってみせたことがあったなあ」

 美琴の名前が出たことで黒子の体がピクッと震える。

「調理実習をそのまま実践で使えるんだから……頭のいいお嬢さまたちって本当にスゲェなあ」

「……そんなお嬢さまたちに慕われている幸運と幸福を上条さんはもっと噛み締めるべきですわ」

「何か言ったか?」

 当麻には黒子の呟きの内容が聞こえない。

「いえ。好みのタイプが年上と断言する方に想いを寄せると大変だと言っただけですわ」

「何だそれ?」

「さっ、揚げ物の続きをしますから、上条さんは衣を担当。わたくしが揚げますわ」

「…………あ、ああ」

 当麻は何か釈然としないものを感じながら黒子の分担に従った。

 

 しばらくして天ぷらは全て揚げ上がった。

「サンキューな、白井。おかげで早く食事の準備が整ったぜ」

「それはどういたしまして」

 澄まし顔の黒子に当麻は礼を述べる。

「それじゃあ、白井も一緒に食べていくだろ?」

「今日は寮の方で食事しますわ。わたくしが戻らないと収拾付かない気もしますし」

「えっ?」

 当麻は驚いた。

「それで、結局白井は何のためにここに来たんだ? 食事の準備を手伝ってくれるためじゃないだろ?」

「ああ、ああ。そうでした」

 鼻の頭に天ぷらの衣を付けた当麻に黒子がそっと近付く。

「お姉さまからのおすそ分けに参ったのでした」

「御坂からのおすそ分け?」

 当麻には何のことか分からない。

 その間にも黒子は当麻へと近付いていく。

 黒子の顔が当麻の目前へと迫り

「上条さん……愛してますわ」

 黒子は上条の頬を手で押さえると、背伸びをしながらその唇にキスをした。

「へっ?」

 上条には最初、何が起きているのか全く理解できなかった。

 唇を押し当てられて10秒が経って、ようやく自分が黒子にキスされていることに気付いた。

 けれど、現状については認識したものの、今度は何故自分が黒子にキスされているのかその理由が分からなかった。

『愛してますわ』

 キスの直前に黒子が口にした言葉が脳内で何度も反芻される。

 黒子は御坂のことが好きなんじゃなかったのかと思いながら、ただ体を硬直させて少女の唇を感じていた。

 

「お姉さまからの間接キスの贈り物、ちゃんとお届けしましたわ」

 唇を離した黒子は自身の行動をそう説明した。

「へっ? でも、さっき、俺のことを…………愛してるって」

「ああ。そう言えばそういう意味合いもあるキスでしたね」

 黒子は素っ気無い表情と口調で語ってみせている。

「そ、それって、白井が俺のことを……って、ことなのか?」

 当麻は胸の鼓動が早くなるのを感じていた。

 今まで黒子のことをそのような対象として見たことはない。

 けれど、突然のキス体験は少年の少女に対する見方を一変させていた。

「上条さんがわたくしのことを想ってくださるのなら、その時にお返事いたしますわ」

 黒子は小さく笑った。

「それでは、わたくしの用も済みましたのでこれで失礼いたしますわ」

 少女は小さく頭を下げた。

 そして次の瞬間、黒子は当麻の視界から消えてしまった。

「ちょっ、ちょっと待ってくれよ!? キスして、ドキドキさせておいていきなりいなくなるって一体どういうことなんだよ!?」

 当麻は混乱している。

「とうまっ! さっきから独り言がうるさいんだよっ! 食事は静かに作ってくれなくちゃダメなんだよ」

 室内でテレビを見続けているインデックスから文句が飛んでくる。

「そんなことを言われたって、突然現れたツインテ少女にファースト・キスを奪われちゃったんだから動揺したって仕方ないだろうが」

「突然現れたツインテ少女にファースト・キスを奪われる……とうまのゲーム脳は1度カエル顔のあの医者に診てもらわないとダメそうなんだよ」

 室内から大きなため息が聞こえてきた。

「そうじゃなくて、本当にツインテールJCがいたんだって!」

「なら、わたしが見に行ってもそのツインテJCは見ることができるの?」

「…………見えません。というかもういません」

「ほら、やっぱり」

 インデックスの声は勝ち誇っていた。

「とうまはもっと現実と妄想の区別を付けるべきなんだよ」

「白井は本当にさっきまでこの台所にいたのに、現実との区別が付かないドリーマー扱いされて…………ふっ、ふっ、不幸だぁ〜〜〜〜っ!!」

 唇に指を当てて先ほどの感触を懐かしみながら当麻は我が身の不幸を天井に向かって叫んだのだった。

 

 了

 

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4 食蜂操祈さんの場合

 

「ね〜ぇ〜縦ロールちゃ〜ん♪」

 食蜂操祈は眺めていたファッション雑誌から目を離して傍らに控える縦ロールへと目を向けた。

「何ですか、女王?」

「今日5月23日はキスの日なんだってぇ」

「だから何ですか? 私は女王に仕える忠実なお嬢さまの役に浸るのに忙しいのです。むやみに話し掛けないでください」

 縦ロールの反応は辛らつだった。

「縦ロールちゃ〜ん。そこはガールズトークに花を咲かせる方向に持っていく所じゃないのぉ? 私たちぃ1年の頃からのぉお友達なんだしぃ」

「えっ? 私と女王って友達だったのですか?」

「ひっ、ひどい……縦ロールちゃんのために女王になったようなものなのにぃ」

 操祈は凹んだ。

「まあ、冗談はさておきまして」

「私を弄んで楽しいぃ?」

「はい。それなりに」

 操祈はまた凹んだ。

「心理掌握とは女王のみが使える能力ではありませんよ。ぼっち相手なら誰でも使えます」

「私ぃ縦ロールちゃんの方が悪役として向いていると思うんだけどぉ」

「キスの日に興味を示すということは、女王にはどなたか好きな男性がいらっしゃるのですか?」

「いきなり話題替え!?」

 操祈は躊躇いながら縦ロールの顔を見る。

「もしかしてぇ縦ロールちゃんはぁ女王が恋愛しちゃいけないとか言っちゃう人ぉ?」

「いいえ。女王だから恋愛をしてはいけないという法はないと思いますわ」

 首を横に振る縦ロールを見て操祈は僅かにホッとする。

 けれど、操祈は経験上知っていた。ここで手放しに喜んではいけないことに。

「ですが、女王の格に釣り合う素敵な男性と付き合って欲しいという臣下としての欲求は当然に生じます」

「やっぱり……無条件で認めるつもりはないのねぇ」

 操祈の口から舌打ちの音が漏れた。

「それでぇ〜縦ロールちゃんはどんな男性だったら私の交際相手としてぇ認めてくれるのかしらぁ?」

「そうですわね……」

 縦ロールは目を閉じて少しの間考えていた。

「条件はただ1つですわね」

 少女は自慢の縦ロール髪を揺らしながら目を開く。

「女王をどんな時でも必ず守ってくださる男性であること。それだけですわね」

 縦ロールは少し照れ臭そうに条件を述べた。

「たっ、縦ロールちゃん……」

 予想外の回答に操祈は驚き、かつ感動していた。

「殿方とのデートともなれば、我ら派閥の面々がお供するわけにもいきません。となれば、男性に女王を守っていただきませんと」

「私はてっきりぃ〜学力がどうとかぁ能力者レベルがどうとかぁ礼儀作法がどうとかぁそういうことを言って来るんだと思ってたわぁ」

 操祈は安堵の息が漏れ出た。

 操祈の想い人は社会的ステータスだけで言えば下から数えた方が早い。ゆえにお嬢さまとしての操祈に釣り合う格を求められるとどうにもならなかった。

「…………女王は精神操作は最強でも、運動神経はヘタレの限りですからね。道端に落ちている小石1つで致命傷を負いかねません」

「縦ロールちゃんは感動をぶち壊すのが大好きよねぇ」

 気分が軽く滅入る。

「女王は学園の内外に敵が多いです。ですので交際相手には私たちの代わりを果たすぐらいの強い戦闘力を有してもらっていないと困ります」

「…………強い戦闘力ってどれぐらい?」

「そうですね……学園都市最強の異名を誇るレベル5第1位を素手で倒せるぐらいの力は欲しいですね」

「…………私の交際を認める気が全然ないのね」

 操祈は冷や汗が流れ出た額を手で拭った。

「でもぉ甘いわよぉ〜♪」

 そしてニヤリと笑いながら発育の良い胸を反らす。

「私の想い人はぁ〜右腕1本で一方通行に勝っちゃったんダゾ♪」

 満面の笑みを浮かべる操祈。

「つまり、女王は絶賛片想い中の上条当麻さまにキスしたい。そうおっしゃりたいわけなのですね?」

「へっ?」

 操祈にとって縦ロールの回答は予想外のものだった。

「縦ロールちゃんは上条さんのことを知ってるの?」

「上条さまには特別にここまでご足労いただきました」

「あの、私と会話してよぉ。人間、コミュニケーションは重要なのよぉ」

 縦ロールが操祈を無視して指を鳴らすと、派閥メンバーが縄でグルグルに縛られた状態の上条当麻を連れて操祈の前に現れた。

 

「操祈ちゃん……これは一体どういうことなのでしょうか?」

 猿ぐつわを外された当麻は操祈をジト目で見た。

「学校からの帰り道に、30人ぐらいの常盤台の制服を着た女子中学生に一斉に襲い掛かられたのだけど」

「わっ、私何も指示してないわ」

 操祈は首を横に振る。

「全ては女王のためです」

「襲い掛かってきた子もみんな同じことを口にしていたんだけど?」

 当麻の瞳が更に細くなる。

「本当に私は何も知らないのよぉ」

 当麻に責められる瞳を向けられて操祈は傷付いている。

「上条さまをここにお連れしたのは女王の命令ではありません。わたくしどもの意思です」

 操祈は縦ロールが自ら犯人を名乗ってくれたことにホッとした。

「何故?」

「上条さまに、今すぐこの場で女王にキスしていただきたいからです」

「「はっ?」」

 あまりにも予想外の要求に操祈と当麻の声が揃った。

「あの……君は一体何を言ってるのかねえ?」

 当麻が呆れた表情で縦ロールを見ている。

「上条さまが女王にぶちゅっとしやがれと言っているのですわ」

「何故に?」

「今日がキスの日だからです」

 当麻は会話を一旦打ち切ると操祈へと目を向け直した。

「あのぉ……君のお友達はこんなこと言っちゃってるんですが?」

「私がお願いしたわけじゃないからぁ。縦ロールちゃんに右手で触れてもらえば私が命令しているんじゃないって分かってもらえるはずだからぁ」

 操祈は必死に疑惑を打ち消しに掛かる。

「わたくしどもは女王に操られているのではないと先ほど申したはずです」

「じゃあ、何でそんな無茶苦茶を言うんだい? 温厚で知られる上条お兄さんも怒っちゃうぞ、君たち」

「そんなことは決まっています」

 縦ロールは小さく息を吸い込み

「恋バナが嫌いな女子中学生なんていません。これが理由です」

 キッパリとした声で答えた。

「そ、それはつまり……」

「男性との出会いの少ない女子校で、女王の恋愛を肴にしてみんなで盛り上がろうというわけです」

 いつの間にか縦ロールの後ろに現れていた40人近くの少女たちが一斉に頷いてみせた。

「さあ、上条さま。女王にキスをして私たちに愉悦を提供してください」

 コクコクと頷く女王派閥の女子生徒たち。

「なあ、操祈ちゃん。お友達は選んだ方が良いぞ……」

「選べる立場になんていないわよぉ」

 操祈はふて腐れた。

「とにかく、君たちの娯楽のために操祈ちゃんにキスするなんて硬派な上条さんにはできませんよ」

 当麻は縄抜けを見せながら縦ロールたちに宣言する。

「30人の高位能力者に同時に襲われても怪我を負わず、怪我を負わせない。上条さまの実力は相当なものと判断いたします」

「悪意を感じられない可憐なお嬢さま方に怪我を負わせるわけにはいかないだろう。結局、捕まっちゃいましたけどね」

 当麻は短く息を吐き出した。

「まあ、君たちの目的も分かったことだし、帰らせていただきますよ」

「本当に帰ってよろしいのですか?」

 縦ロールの瞳が怪しく光った。

「こちらには人質がいるのですよ」

「人質?」

 当麻が首を捻る横で縦ロールは操祈へと顔を向けた。

「上条さまが女王にキスしてくださらなければ、わたくしたちは全員で女王をハブにします」

「なんて恐ろしいことを言うんだ、君はっ!?」

 当麻が大きく目を見開いた。

「女王が能力を発揮すれば、私たちを今まで通りに従わせることは可能でしょう。ですが、心の内では誰も女王を慕っていないと理解しつつ、女王として振舞い続ける。それが女王に何をもたらしますかねえ? クスッ」

「そ、そんなことになれば操祈ちゃんのガラスのハートは完全に砕けてしまうっ! や、やめるんだ、そんな惨いことはっ!!」

「縦ロールちゃんも上条さんもひどい。グスン」

 特別な人々にどう思われているのか知ってショックを受ける操祈。

「クッ。こうなったら仕方ないっ!」

 当麻は操祈へと振り返った。

「操祈ちゃん」

 当麻は操祈の両肩を掴んだ。

「はっ、はい」

「これも君を守るためなんだ…………ごめん」

 当麻は顔をゆっくりと操祈へと近付けていく。

「えっ?」

 そして、当麻の唇が……操祈の額にくっ付いた。

「「「デコチュー…………キタァ〜〜〜〜ッ!!」」」

 女王派閥メンバーたちはキスシーンを目撃して一斉に操祈と当麻を囃し立て始めた。

「硬派な男子高校生が公衆の面前で女子中学生にキスしてしまうとは……もはや硬派の看板を下ろすしかないのか?」

 当麻は片膝をついて落ち込んでいる。

 そして操祈は──

「おっ、おと、男の子に……上条さんに……キス、されちゃった……ふにゃぁ〜〜」

 熱暴走を起こして頭が真っ白になっていた。見た目に反して初心な少女だった。

「それでは上条さま。キスをした責任を取って女王を幸せにしてあげてくださいね」

「えぇえええええぇっ!? 操祈ちゃんにキスするように強要したのは君たちだろ?」

「それはそれ、これはこれです。女王を傷ものにした以上、男性としてちゃんと責任を取っていただきませんと。こちらが婚約確認書です。血判を今すぐお願いします」

「女子中学生たちに弄ばれる人生…………ふっ、ふっ、不幸だぁ〜〜〜〜っ!」

 当麻の叫びが学園都市の青空に吸い込まれていった。

 

 この日の出来事は、6年後の2人の結婚式において友人作成のメモリアル映像で再び掘り返されることになった。

 当麻と操祈は苦笑いを浮かべながら当時のことを懐かしんでいた。

 

 了

 

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-5ページ-

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5 ????さんの場合

 

「とうまが好きなのは、長年同棲を続けてきたこのわたし、なんだよっ!」

「何言ってんのよっ! コイツは、街を一緒に歩いていれば恋人とよく勘違いされてしまう私のことが好きなのよっ!」

 竜虎相打つ。

 5月23日。わたくし上条当麻の自宅では何かとても不毛な争いが生じています。

「わたしはとある魔術の禁書目録のメインヒロインを2期も張ってるんだよっ! わたしと当麻の仲は鉄板なんだからっ!」

「何を馬鹿なことを抜かしているのよ! 私なんて、とある科学の超電磁砲の主役を2期も務めているのよ。今期のアニメのOPなんて完全に上琴映像じゃないのよっ!」

 この子たちはメタ発言を繰り返して何を不毛なことで争っているのやら。お兄さん、2人の教育方法を間違えたかと哀しくなっちゃいますよ。

「とにか〜く〜っ! とうまはわたしのことが好きなんだよっ!」

「いいえっ! コイツは私のことが好きで好きでたまらないのよっ!!」

 激しくにらみ合い火花を散らす2人の少女。

「どうして俺の意見を無視して自分達だけで盛り上がりますかねえ?」

 今日何度目になるのか分からないため息が出る。

「どうせあなた方はアレでしょ? どっちが真のメインヒロインかとかそんなことで揉めているだけでしょ? 俺への実際の好意なんか全然関係なく……愛がないのに愛を語られる。不幸だ」

「とうまは黙ってて欲しいんだよっ!」

「アンタは黙ってなさいっ!」

 メインヒロインを自称する2人に同時に怒られた。

 上条さんはもっとこう、女の子らしい思い遣りに溢れた体のラインの起伏が激しい子に愛を語ってもらいたいんですがねえ。

 

「大体、短髪は上条ハーレムの序列第3位。所詮半端者なんだよっ! 見せ場は作るけれど結局最後は振られる。そんな役どころがお似合いなんだよ!」

「何ですってぇっ!!」

 2人のドッカンドッカンマグマバトルは続いている。

「その点わたしは短髪なんかとは別次元の地位にいるもんね」

「ハァ? 何を言ってるの、アンタ?」

「わたしは上条ハーレム序列第0位。ナイト・オブ・ゼロの称号を持つ超特別枠だもん」

 インデックスがない胸を反らした。

 コイツら、上条ハーレム序列第何位とか何を訳の分からないことを述べてやがるんだ?

「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ。アンタの序列は第9位でしょうが」

「ほにゃっ?」

 インデックスが目を丸くした。

「アンタ、0と9を勘違いしているでしょ。ちびっ子シスターの序列は第9位。分かった?」

「そ、そんな馬鹿なはずが……あっ」

 インデックスは手帳を取り出して何かを確認して硬直した。

「まったく、0と9を勘違いするなんて。これからはアンタの序列はHで決まりね。上条ハーレム序列第H位のインデックスさん」

「Hはちょっと屈辱的かもっ!」

「今風の9位と言えば芋女よね。アンタにはそっちもお似合いよね」

「誰が食いしん坊馬鹿なんだよ!」

 再び激しい火花を散らし始める御坂とインデックス。何度も繰り返しますが、上条さん的にはコイツらが何を争っているのかまるで理解できません。理解したくもないです。

 

 

「まったく、序列第3位だの第H位だの相変わらず低レベルな争いをしていますね」

「なのなの」

「勝手に…失礼します」

 インデックスと御坂の争いが過熱していく最中、ベルも鳴らさずに3人の柵川中学の制服を着た少女たちが入ってきた。上条さん家の防犯は大丈夫なのか心配になる光景。

「初春さん、春上さん、枝先さんっ!」

 御坂が少女たちを見ながら大声で叫ぶ。

 初春以外の2人も御坂の知り合いであるらしい。

「とうまに関わりたがるJCはもう要らないんだよっ! どうせみんなビッチなんだから」

 テリトリーを侵されたことにインデックスが腹を立てて歯を見せて3人を威嚇している。

「それより…私たちの争いを低レベルって……」

「ええ。3位とかH位とか、次元が低いですよね♪」

 初春はクスッと笑ってみせた。

「そ、それじゃあまさか……」

 御坂の体が震え始めた。えっ?

「正体がいまだ明かされていない上条ハーレムの序列第1位というのは……」

「クスッ♪」

 初春が楽しそうに微笑んだ。

「わたしが第1位の訳がないじゃないですか♪」

「じゃ、じゃあ……」 

 御坂の視線が初春の両隣へと向けられる。

「春上さんも、枝先さんも第1位ではありませんよ。彼女たちは、真実の愛に目覚めたわたしの同志です♪」

 初春はとてもいい笑顔を御坂へと向けた。

「なの♪」

「はっ、はい。まだ、認めるのは恥ずかしいですけど……」

 春上は元気いっぱいに返事し、枝先は恥ずかしそうに俯きながら頷いた。

「初春さんの言う真実の愛って……まさかっ!」

「短髪っ! ここはヤバいんだよっ! とうまを連れて早く逃げようっ!」

「そうね! ここにいたら危険よっ!」

 先ほどまでの喧嘩はどこへやら。インデックスと御坂は歩調を合わせて俺へと駆け寄ってきた。

「とうまっ! ここは危険なんだよ。早く逃げようっ!」

 インデックスが俺の手を引いてベランダへと引っ張っていく。

「何だかよく分からんが、そっちはベランダだぞっ」

「私が能力を発揮して何とかするから飛び降りるわよっ!」

 2人は切羽詰った声を出しながら俺をこの部屋から逃そうとする。

「御坂さんたちがベランダから逃げることはもちろん想定済みですよ♪」

 初春は全く慌てた様子を見せなかった。それどころか笑い続けていた。

「いよいよ上条ハーレム序列第1位のご到着ですよ♪」

 初春は空を見上げながら楽しそうに述べた。

「「「えっ?」」」

 ベランダに突如人型の影が差したので俺たちは一斉に空を見上げた。

 すぐ真上に……漆黒の翼を生やした真っ白いウェディング・ドレス姿のもやし男が浮かんでいた。

「上条ハーレム序列第1位一方通行さんのご降臨です♪」

「ヒャッヒャッヒャッヒャ。三下ァ、嫁になりに来てやったぜェ」

 トロンとした焦点の合ってない瞳の一方通行が俺たちの元へと降り立ってきた。

 

 

「何でコイツが第1位なのよっ!? コイツは男じゃないのよ!」

 美琴は一方通行にではなく初春に向かって不満の声を上げた。

「だから第1位は御坂さんたちとは全く次元が異なるのです。男同士の真実の愛の前に男女愛など滑稽なほど無力です」

 初春は闇に染まった瞳で返答した。

「おっ、男同士の真実の愛はさて置いても、今の一方通行はどう見てもおかしいじゃないの! 目つきヤバいわよ」

 美琴は焦点の合っていない瞳を続ける一方通行へと振り返りながら声を張り上げる。

「一方通行さんは真実の愛に辿り着いたばかりでまだ戸惑っているだけです」

「ヒャッハッハッハッハ。俺は嫁だァ。三下の嫁なンだァッ!! 嫁嫁嫁ェ〜〜ッ!!」

「……どう見ても洗脳されてるんだけど?」

「一方通行さんは隠された自分の真実に気付いてテンション上がっているだけなんです」

 一方通行の瞳は暗い。いや、病んでいる。

「あのゲス女の干渉も防ぎそうな一方通行をどうやってあんな風にしたのよ?」

「……一方通行さんは、1万人分のミサカ・ネットワークの演算補助で生活しているじゃないですか」

「そうらしいわね」

「つまり、一方通行さんはたかが1万人の思念で操れるその程度の存在なんですよ♪ まあ、個を極めたレベル5ですから、その辺が限界ですよね♪」

 初春がクスッと楽しげに笑う。

「pixivの小説閲覧者は閲覧数から推測すると全体の95%以上がホモ好きです。言い換えれば、数十万、ううん、それ以上の単位の清らかな乙女・男の子はホモを愛して止まないんです♪」

「まっ、まさか……」

 美琴は背筋に悪寒が走った。

「100万を超える無意識下のBL好きネットワークを統制してその思念を一方通行さんに送り込めばこの通り♪ 自分の隠された欲望に素直な彼の出来上がりです♪」

「人の思念に干渉するなんてそんな簡単には…………まさか、春上さんっ!?」

「ピンポンピンポン。その通りです♪」

 初春は手を叩いた。

「彼女は木山一族が目を付けたレベル6候補。そして今は、ホモを愛する清らかな乙女・男の子たちの想いを一身に受けてその力を自在に操る正真正銘のレベル6ですよ♪」

「なの♪ たくさんのホモスキーたちのおかげで無限にパワーが引き出せるの」

「わ、私も、微力だけど、お手伝いしています」

 柵川中学の制服を着た3人娘は照れ臭そうながらも誇らしげにしている。

「御坂さんや一方通行さんが極めた“自分だけの現実”と100万以上の凡人たちが織り成す“私たちの夢”。果たして強いのはどちらでしょうね♪ クスッ」

「チッ! 当麻、シスターッ! 退却よッ! この部屋から即時離脱するわっ!」

 言うが早いか美琴は両手で当麻とインデックスを引っ張りながら突っ込んでいく。初春たちに向かって。

「そこを……退きなさぁあいッ!!」

 激しく放電を始めた美琴を見て初春たちは道を譲った。美琴たちはスピードを緩めずに玄関を出て行く。

「そうそう。言い忘れていましたが……ホモスキーネットワークの力を借りてレベル6の力を引き出せるのは……春上さんだけではありませんよ♪」

 初春は楽しげに呟いた。

 

 

 

「おい、御坂。これからどうするっ? 闇雲に逃げ回っても埒があかねえぞ」

「そんなこと言われても私にだって分かんないわよ」

「う〜。逃げ回ってお腹が空いたんだよ」

 当麻たち一行は男子寮の屋上へと移動し、そこから美琴の能力を使って屋上伝いに逃避行動を取った。現在は12階建てのビルの屋上で休憩兼作戦会議中。

「あのヤバい状態の一方通行を倒すのは骨だぞ」

「リミッターが色々外れちゃっていそうだしね」

「しかも倒せたとしても、初春たちをどうにかしない限り洗脳は解けない気がする」

「初春さんたちを説得するしかないわね」

「説得に何かあてはあるのか?」

「初春さんたちにノーマル・カップリング・ラブの良さを分かってもらうしか……」

 美琴の頬が赤く染まった。

「どうやって?」

「だっ、だから……た、例えば、アンタと私が恋人同士になって男女愛の良さを知ってもらうとか……」

「戯言がほざかれている間に漆黒の花嫁が現れたんだよっ!」

 インデックスの言葉に美琴の意識が一気に覚醒する。上空を見上げると、漆黒の翼を生やしたウェディング・ドレス姿の一方通行が美琴たちに向かって近づいていた。

「次のビルに移るわよ!」

「「応(なんだよ)っ!」」

 美琴たちは隣のビルに飛び移るべく柵側へと移動する。

 美琴が能力を駆使して隣のビルまで続く即席の架け橋を作ろうとしたその時だった。

 

┌(┌^o^)┐「ホモォオオオオオオオオオオオオオォッ!!」

 

 全長50mを越すビルの屋上の外側に頭に花環を乗せた超大型巨人の顔が突如出現した。

「「「へっ?」」」

 一方通行に気を取られていた美琴たちの反応は遅れた。ただ呆然と突如現れた巨人を見上げている。その5秒にも満たない放心が彼女たちの運命を左右した。

「えっ?」

 超大型巨人は手を伸ばすと無造作に当麻を掴み、その巨大な口の中へと放り込んだ。

 

「うっ、嘘……」

 美琴は目の前で起きたことが信じられなかった。

 けれど、口の中で当麻が咀嚼される音が、全身が砕かれていく音が、目の前で起きている事象が現実であることを知らしめていた。

 ゴクッという大きな音が鳴り響く。それが何を意味するのか美琴は知りたくなかった。

 そしてひと呼吸置いた後、巨人はペッという音と共に口に含んだものを吐き出した。

「と、とうま……」

「あ、アン……当麻」

 美琴とインデックスは吐き出された当麻の元へと駆け寄っていく。

 何が行われたのかその過程を考えれば見ない方が心の健康のためには良い。けれど、少女たちは確かめずにはいられなかった。想い人がどうなってしまったのかを。

 

「痛てててぇ」

 上条当麻は頭を摩りながら立ち上がった。

 当麻は生きていた。咀嚼されたはずなのに、体のどこにも傷を負っていない状態で。

「「えっ?」」

 それはあり得ないことだった。2人の少女たちの目には異常なことと映っている。

 けれど、理屈や道理は今どうでも良かった。

「とうまぁっ!」

「当麻ぁっ!」

 少女たちは愛する少年に向かって駆け寄っていく。当麻が生きていさえすれば後はもうどうでも良かった。

 けれど、現実は残酷だった。上条当麻は姿かたちこそ同じであれ、その中身は全く別物になっていたのだから。

「一方通行っ!」

 当麻は心配して駆け寄ってきた少女たちを無視して漆黒の花嫁を呼んだ。

「ヒャッハッハッハッハ。何だァ、三下ァッ!」

 一方通行が当麻の元へと降りてくる。

「結婚しようぜ、俺たち」

 当麻は一方通行の手を取りながらプロポーズした。

「「えっ!?」」

 突然の展開に美琴たちは呆然と立ち尽くしてしまう。

「ヒャッハッハッハ。いいぜェッ! オメェのプロポーズ、受けてやンぜェッ!」

 一方通行は当麻の求婚を了承し、2人は熱く抱き合った。

「誓いのベーゼだ」

「ちゃんと舌を入れろよ三下ァッ!!」

 直後ぶちゅっという音が鳴り響いた。

 インデックスたちは完全に石と化してしまい、邪魔することさえできない。

 少女たちが今日という日に狙っていたキスは、ウェディング・ドレス姿の男によって奪われてしまった。

 

「よし。誓いのキスも済んだ。さっそく、ハネムーンに出かけようぜ」

「チッ! せっかくだから地球の反対側まで行ってみっかァッ!!」

 当麻がお姫さま抱っこされた状態で一方通行が背中の翼を羽ばたかせて大空へと飛び立っていく。

「今夜は寝かさないからな」

「ヘッ! 三下がァ俺を満足させられるのか見定めてやンぜェッ! ヒャッハッハッハッ」

 上条当麻と一方通行の新婚夫婦は大空高くへと舞っていき、やがて美琴たちの視界から完全に消えてなくなった。

 

 

「上条×一通。これが世界の選択です」

 いつの間にか初春飾利が美琴たちの前に立っていた。

「初春さん……あ、あなた……」

 美琴の声は震えていた。色々なことが起こりすぎて何をどう指摘したら良いのか分からない。全てを信じたくなかった。

「わたしはですね。ただ、この世を全てホモで覆い尽くしたい。それだけなんです」

 初春は照れ臭そうに笑った。

「男同士の愛でこの世の全てを包み込んで、他の一切を排除してしまいたいんです」

「全てを同じ色で染めたいなんて思想は危険なんだよっ!」

 インデックスが抗議の声を上げた。

「ええ。危険ですよね。間違ってますよね。わかっています。でも、わたしは染め上げたいんです。この世をホモ一色で」

「狂ってる……この子」

 インデックスは愕然と初春を見ている。

「例えば、わたしはpixivを腐一色で染め上げてしまいたいんですよ。萌え豚も、ノーマル・カプ好きも百合好きも1匹残らず駆逐して。腐作品と腐愛好家で統一したいんですよ」

「………………百合も駆逐するの?」

 美琴は心に思い浮かんだ疑問を何となく口に出していた。初春の言葉に違和感を覚えた。

「はい」

「だって、初春さんは…………佐天さん……」

「今佐天さんとわたしは各々の意志で別々の道を歩いています。そこに後悔はありません」

 初春は微かに戸惑いの瞳を見せた。

「佐天さんがわたしの野望を本当に認めないのなら、彼女は誰に頼まれなくてもわたしを止めにきますよ。佐天さんはそういう人ですから」

 初春は楽しげに笑うと当麻たちが飛び去った方角へと向き直った。

「今はただ、学園都市の最強にして最高のカップルである上条さんと一方通行さんのご結婚をお祝いしましょう♪ とあるのベスト・エンディング到達ですよ♪」

「「できるかっ!」」

 美琴とインデックスの声が揃った。

 2人は何がこの間に起きたのかすっかり思い出した。

「ちなみに、上条×一通エンドの場合のみ、末尾にHappy Endと表記されるんですよ♪ 例えばこの作品みたいに」

「どこがハッピーエンドなんだよっ! とうまがおかしくなっちゃったのに!」

「そうよっ! 世間は甘々な上琴エンドを望んでいるのよっ! ホモなんてお呼びじゃないのよっ!」

「短髪こそ何言ってるんだよっ! 世界が認める唯一のハッピーエンドは上インエンドだけなんだよっ!」

「何ですってぇっ! アンタとなんて結ばれたらアイツがロリコンの汚名を着せられるでしょうがっ!」

「わたしよりもペッタンコな分際でよく言うんだよっ!」

「ムッキーッ!!」

「ガルルルルルッ!!」

 牙を剥いて争い合う美琴とインデックス。

「佐天さんにもいつか分かって欲しいですね…………まったく、ホモは最高だぜ」

 初春は夕暮れ空を見上げながら新婚夫婦と親友の顔を思い浮かべていた。

 

 Happy End

 

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キスの日(5月23日)が2ヶ月前とか気にすんな!!
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とある科学の超電磁砲

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