インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#107 |
「―――以上が、今回の事件の大筋です。」
総計十数機の無人制御ISによるIS学園の襲撃、教員部隊による全機の撃破。
それが今回の襲撃の要約であった。
「…そう。」
IS学園、医療センター棟の一室。
楯無は虚からの報告をベッドの上で聞いていた。
外ではすっかりと陽が落ちたにも関わらず、教師たちの声と機械の駆動音、それに煌々と周囲を照らす照明の光で溢れていた。
「幸い、人的被害は皆無でしたが…」
「整備科棟が半壊、アリーナも((二っ|ふたっ))つが損傷。本校舎と寮は一部損傷はあるけど修繕は応急処置で問題なし…か。」
学園上空でのISによる多対多戦闘は、いかに学園側が被害を食い止めようと奮闘しても軽くない被害をもたらしていた。
このままだと『休校も已む無し』という判断が委員会から下される、いや、各国が安全確保が確認されるまでの休校を求めるだろう。
そう、思えるくらいに。
「それで、簪ちゃんは?」
「迎撃に出て、撃墜されかけましたけど無事です。今は念の為と((医療センター|ここ))に入院させられてます。」
「そう。」
楯無は不満げな表情を隠さないまま頷く。
「歯痒いわね。」
「………」
虚は黙って頷く。
「それ以上に、自分が情けないわ。"更識"も動いているみたいだけど…」
そう言いながらも楯無は『今の自分』が更識とは全く無関係な存在になっていることは理解している。
今の長は簪で、『楯無』と名乗っている自分はただの『いちIS乗り』に過ぎない。
…それでも、姉として頼ってもらえないのは悔しいのだ。
「…きっと、余計な負担を掛けたくなかったんでしょうね。」
事実、『更識の手の者』として動き回っている本音がポロリとこぼしてくれた情報の断片が虚の手にある。
『楯無には黙っている事』という条件付きで意図的に漏洩――横流ししたものであるが。
「…簪ちゃんも、こんな気持ちだったのかなぁ。」
「…」
窓の外、遠い空に視線を向ける楯無。
虚は黙って同じ空を見上げる事にした。
* * *
数刻後―――IS学園 職員室
「学園を、無期限休校にする!?」
「それ、どういう事ですか!」
「なんで―――」
「どうして―――」
夜も遅くであるにも関わらず職員室は驚愕と困惑の声で溢れかえっていた。
その発端となってしまった千冬はある意味予想通りの光景を前にして軽い溜め息をつきつつ、話の続きをするために手を叩いた。
パンパン、という音に話声が止まって注目が再び自分に集まった事を確認してから千冬は話しだした。
「昨日のキャノンボールファストでの暴走事件。今日の無人機による襲撃事件。学園祭の時の襲撃未遂に臨海学園での暴走事件。春のクラス対抗戦。学園が絡んだだけで五件のISによる暴走・襲撃事件が起こっている。」
そこまで言うと千冬は真耶に目配せ。
頷いた真耶が手元で何やら操作すると各机ごとに空間投射ディスプレイが表示された。
そこには赤い点が手で数えるのは少々無理があるほど表示された世界地図が映っていた。
「…この地図にある赤点は全てISの暴走事故が起こった場所だ。」
「こ、こんなに?」
驚きの声。
だが、千冬はそれを無視して話を進めた。
「そして今日。―――原因究明のための研究を行っていた槇篠技研が何者かにより襲撃され、甚大な被害を被った。」
「それって、具体的にはどれくらいなんですか?」
「…地上施設群はほぼ全壊。なんでも相手は大型爆撃機まで持ちだしてきたらしい。聞いた話によると、黒いミカヅキモを目撃したそうだ。」
「補足しますと、この目撃された『黒いミカヅキモ』はノースロップ・グラマン社のB-2ステルス戦略爆撃機と推定されています。」
千冬の言葉を真耶が補足する。
今度は、驚きの声すら出なかった。
今は平然としていられる真耶であるが、最初に聞いたときは思わず叫んでいる。
『何故、ステルス戦略爆撃機なんでシロモノが!?』と。
「それじゃあ、アメリカ軍が?」
絞り出すような、声が聞こえた。
声の主はアメリカ人の教師だった。
「いえ…米軍は二十一機のB-2を保有していましたが、七機が((不活性化|モスボール))処理、十四機が解体・廃棄処分…つまり全機が使用不可能状態になっているのを確認しています。」
真耶の説明に、ハテナマークが大量発生していく様子を千冬は幻視した気がした。
「話を戻す。――研究機関が喪われたために委員会は次に施設の整っている学園に目を付けた。人員は派遣するから今ある機材ごと施設を寄越せ、とな。」
なんとも、横暴な話ではある。
「…昨日の暴走事件は情報統制が間に合わなかったのか一般に報道されてしまったから、慌てて『対策をしている』とポーズを取る必要も出たというのも理由なのだろうな。」
委員会側の事情は知ったことではないが、周辺からの声は無視できる物では無い事くらい、千冬も理解している。
IS学園が((人工島|メガフロート))に建てられているのも、実習の際にでる騒音や戦闘・飛行訓練を行う際の事故などが周辺住民との間でトラブルの種となるのが目に見えているから…というのが多分に存在するからであるのだから。
「それに、先ほど挙げたとおりに学園が標的になった、もしくは巻き込まれた事件は半年で五件だ。我々としてもこの数は無視できる物では無い。なんせ、この問題は生徒の安全に関わってくるからな。」
千冬が思い返すのはそれぞれの事件が起こった際の対応だ。
毎度毎度、協定に従って秘匿事項の守秘を破らないように注意しながら学園に自国民を在籍させている国全てに説明の文書を作ったりしていたあの苦労は今でも忘れられない。
「…以上の事情を考慮したうえで、学園長はこの委員会からの要請を受諾された。」
その条件として、IS学園を再開校する際はその施設準備費用を国際IS委員会が全額負担することを約束させているのだが、それは余談である。
「一時的な宿泊施設や移動手段は政府が用意するそうだ。」
「ですから、私達がすることはお引越しの準備、ですね。」
真耶の言い方がなんとも緊張感に欠けていたために拍子抜けしたような顔になる教師たち。
幾人かは同じ考えに至ったらしいがそのほかはあっけに取られているようだ。
「明日からの授業はすべて休講。生徒には各自荷物を纏めて寮から退去する準備を整えるように伝達し、教職員は各担当・分掌事項に関連する文書や機材の移送準備。いいな?」
千冬の言葉にハイ、と返事が返ってくる。
「詳細は追って連絡します。今日は遅くまでお疲れ様でした。―――では、他に連絡事項のある先生はいらっしゃいますか?」
真耶が〆め、会議の議題は諸連絡へと移ってゆく。
誰も、天井からの微かな音には気付いていなかった。
(ふん、ご苦労な事だ。)
―――ただ一人を除いて。
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[ゴーレム殲滅シーンがカットされた理由]
だって、千冬が切り捨てる、空が引き千切る、真耶が打ち抜く、その他先生たちが袋にする…なんて淡々とした『殲滅戦』は書こうとしたら淡々として、地の文だけで終わりそうだったので…
あと、戦闘描写苦手なんですよ。
どっちかと言うとしんみりしっとり、酒飲んでたり、二人で花火を見ながら心の中身を吐露する――そんなシーンの方が書きやすいです。
説明 | ||
#107:下された決断 お待たせしました。 今回、ちょいと時間が飛んでますが、理由は最後にでも… |
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コメント | ||
感想ありがとうございます。有るじゃないですか。防諜もばっちりな逸般宿泊施設が。それに『こんな事もあろうかと』を地で行く集団もいますよ?――何処になるかは次回をお楽しみに。(高郷 葱) 休校期間中の生徒の宿舎はどうなるんでしょ?一般宿泊施設(ホテル等)でさえ防諜・保安の観点で不合格だから帰宅何か無理で、@全員が自衛隊・在日米軍基地に間借A個別の国籍国軍基地・艦艇に泊り込み(一時帰国含む)の何れかでしょうね。(道産子国士) 感想ありがとうございます。普通、あれだけ事件事故に巻き込まれたら休校どころか閉校になりそうな気もしますが。壊れた日常の先にあるものは一体何なのか。彼らを待つのは―――?と、期待させるような事を言っておきながら『どーせそんな事だと思ったよ』と言われそうな次回をお楽しみに。(高郷 葱) 追記:殲滅シーンをカットしたのは正解だと思います。今回の襲撃は決してメインとなるものではありませんし、こういう時だからこそ学外の状況やキャラ1人1人の心情や関係性に描写の重点を置くべきかと。私も戦闘シーンよりも2〜4人くらいのメンバーが語り合っている場面の方が書いてて楽しいです。(組合長) うわぁ、ついにIS学園休校処置ですか。来るべき時が来てしまった、という感じですね。あれ? そうなるとこの後一夏たちが向かう場所って……。次回は生徒サイドの話となると予想していますので、そのあたりの展開も含めて楽しみにしています。(組合長) |
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