宵闇の凱旋記 3
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 次の日。列車に乗って次の街へと移動しようというロジャーの提案に乗り、楓達はホテルを発っていた。

「何やら、昨日から元気が無いですな」

 宝曉の言葉は尤もだった。明らかにロジャーの元気が無い。昨日楓から風呂を追い出されてからこんな調子だ。楓はそこまで心に傷を付けた覚えは無いが、ロジャー自身傷ついているのを見て言い過ぎたのかと反省する始末だ。

 実際は、洗面台にあった鏡が原因であることなど楓も宝曉も印蛇羅も知らない。

「あーいや……別に、なんでも無いんだ」

 俯いたまま宝曉にそう言ったロジャー。列車を待つホームでロジャーは野球帽を目深に被り俯いていた。心配そうな東大寺姉弟達と距離を取るようだった。何か気がかりでもあるのか虚空を見つめているままだ。

 楓がゆっくりとロジャーの隣まで歩いてくると無言でその隣に立った。ロジャーは楓に一瞥をくれるとまた視線を元に戻す。

「俺さぁ、」

「なんだ」

「多分、お前のこと好きだ」

「ふむ……は?」

 腕組をした楓が驚いたようにロジャーを見上げる。ロジャーは楓に目も向けず、ただ虚空を見つめたままだった。

「なんてな」

「嘘でもそういうことを言うのは止めておけ」

「俺の顔、どう思う?」

「話を逸らすな……どうと言われてもな。平均以上なんじゃないか。自覚でもしているのか?」

 楓は嘘を吐かない。ロジャーはその答えに満足したように少しだけ笑った。

「そっか……そうか」

 目を褒めて、ロジャーが笑う。

「だよなー。今の俺イケメンだもんな。仕方ない」

「?」

 ロジャーの言葉に首を傾げる楓。そんな時、ちょうど列車がホームに入ってきた。

「でもさ、楓」

「なんだ」

「さっきの言葉は多分嘘じゃないよ」

「……どの言葉が、だ?」

 目の前で停車する列車の音に、ロジャーの言葉がかき消されていった。見上げていた楓はその音を捉えきれず、目でしかその唇の動きを見ることが出来なかった。

 

 

 

 列車にぞろぞろと人が乗り込んでいく。楓を先頭に列車へと乗り込む。指定された席は四人席だ。宝曉の隣で窓際に座らされた楓はぼんやりと窓のサッシに肘を着いて外を見た。気だるい印象のあるどんよりとした曇り空だった。先ほどの会話が楓の頭から離れない。

「はぁ……」

「姉上が溜息とは珍しいですな。さっきチョコレートを買いましたが食べますか?」

「食べる」

 即答だった。楓は差し出された板チョコの包み紙を破るとゆっくりとそれを口にした。チョコの甘さが口の中に広がり、楓の口の中は幸せな世界へと至る。嬉しそうに二口目を頬張ると不意に視線を感じて楓は目を上げた。上目遣いの状態でロジャーと目が合った。少し大人びた様子で楓を微笑ましく見ている様子のロジャーに何か言おうと思ったが何も言葉は出て来なかった。気恥ずかしくなって板チョコに食らいつく。宝曉と印蛇羅は何も言わずに姉のおやつ時間を和やかに眺めているだけだ。

「姉上」

 丁度楓が板チョコを一枚平らげたところで宝曉が朗らかに楓に声を掛けていた。

「なんだ?」

「どうやら、罠に嵌められた様で」

「は?」

 宝曉の言葉が理解できず、楓は素っ頓狂な声を上げていた。印蛇羅が油断ならない表情で立ち上がる。

「ロジャー殿、知っておられたので?」

「………………」

 黙り込むロジャーに楓の目が見開いた。

「何がだ!? 説明しろ!」

「この列車はすでに敵の手に落ちているという事ですよ。周囲を御覧下さい」

 楓の激昂に、宝曉は冷静な言葉で返していた。周囲の人間が忽然と姿を消している。その代わり、雷に纏わる魔物たちが姿を現していた。楓は武器を手に取りロジャーを庇うように前へ出る。

「知っていたとはどういう事だ。分かるように説明しろ、ロジャー!」

「……待ち合わせなんだ」

「待ち合わせ?」

「待ち合わせなんだ。俺は、ここに居なくちゃいけない」

 一体、『誰』と待ち合わせているのか。そんなことも聞く気にはなれなかった。それほど、ロジャーの表情は必死だったのだ。彼は敵がいると分かっていた。それでもここへ来たのはなぜなのか。楓にはそれは分からないが、彼にとって大きな理由があるのは何となく想像が着く。

「姉上、ロジャー殿を頼みます」

「宝曉?」

「お初にお目に掛かります。アモン殿でよろしいか」

 宝曉が楓の前に立つとまっすぐそれに向かって声を掛けた。気が付けば、そこには一人の男性が立っていた。黄金色に輝く瞳は怪しげに光り楓達を舐めるように見つめていた。

「一人でここまでの軍勢を動かすとは……さすが王に食らい付いただけありますな」

「褒めないでくれ。そういう貴様は……アガレスとお見受けする。後ろに居るのは……まさかマルコシアスか? 侯爵が二人同時に御同乗とは贅沢な列車だな」

 皮肉気にアモンと呼ばれた男性はそう言った。アモンの言葉に宝曉は動じた様子も無く彼を睨みつけている。

 アガレス、そしてマルコシアス。その名は楓も知っている。宝曉と印蛇羅の侯爵名である。彼ら二人が侯爵であることの証であるその名は、簡単に知られるものではない。印蛇羅は少し動揺したように視線を彷徨わせるも兄の手前みっともないと悟ったのか平静を取り戻して宝曉とは別方向へと警戒するように顔を向ける。

「アモン殿。今回の首謀者は貴殿か」

「そうだな。そこの子供を一人殺さなければならないという早急な用事があったのでな。総動員しようとした途端にまさか列車に乗ってきてくれるとは思わなかったよ」

「某達もまさか列車がこんなことになっているとは思いませなんだ。一つ聞いてもよろしいので?」

「あぁ、何が?」

 宝曉が楓をアモンの目から遠ざけるかのようにさりげなく背中に隠した。楓はそんな宝曉の様子を不思議に思いつつもここは従っておくのがよいと判断してされるがままに楓の視界からアモンが消える。

「なぜ、この少年を殺そうと?」

「その少年自体に用は無い。用があるのはその体だ」

「体、と言いますと? 男色が趣味というわけでもありますまい?」

「当然だ。その少年の体、今はうまいこと隠してあるがとんでもないぞ? アガレス。何せそれは、『王』の体だからな」

「王……? どういう意味でしょうか」

「本人に聞けば分かる。そうだろう? 小僧」

 アモンから話を振られ、ロジャーはびくりと体を震わせていた。そして、確かめるように自分の肩を抱く。

 

「あぁ、そうだな。この『体』は、俺のものじゃない」

 

 ロジャーの言葉が、楓には理解出来なかった。何を言っているのか。どういう意味でそんなことを言うのか。楓はロジャーを見る。ロジャーの体は震えているが、その口元は笑っていた。何か、恐怖を押し殺そうとするかのように。そして、何か覚悟を決めたようにごくりと唾を飲み込んでいた。ロジャーは立ち上がるとアモンに目を向ける。

「俺のものじゃない。それは知ってる。これは……俺の友達の体だ」

「王とお友達ごっこか。ずいぶんと贅沢な奴だな、お前は」

「羨ましいのかよ」

 ロジャーのその発言に、アモンの顔色が変わった。怪訝そうな、それでいて図星のような。怒りを込めたような目でアモンはロジャーを睨む。

「何が言いたい」

「あんた、知ってるぜ。あいつの追っかけなんだってな」

「………………奴が王位を譲らないからな」

 イライラしたようにアモンがロジャーから目を逸らしてそう吐き捨てた。ロジャーはそんなアモンを鼻で笑う。アモンはそれが癇に障ったのかまたロジャーに視線を戻した。

「何がおかしい」

「王になるべきは自分だった。それがおかしいって言ってるんだ。だって、お前は選ばれなかったんだろう?」

 ロジャーの言葉にギリ、とアモンが奥歯を噛み締めた。

「選ばれたのは『あいつ』で、お前は選ばれなかった。それだけの事なのに、執着してるのはお前の方だ。未練たらしく『あいつ』を追いまわして、そしてまた『あいつ』の大事なものまで奪って!」

「黙れ」

「ここいらで終わりにしようぜ、そうだろ――――――唖紋(あもん)!!」

 ロジャーが天井に向けて手を伸ばす。いや、天井ではない気がした。彼が手を伸ばしたのは天。天に居る、『何か』だった。

 ロジャーの体が輝いた。

 天井を見上げるロジャーの頬に、何かが伝っているように見えた。

 

 

 ロジャーは眠るように沈んでいく。最後に見えたのは友人の笑顔。その時友人も自分の手を取ってくれた。

 ありがとう、と聞こえた気がした。

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「……戻ったか。精神体が近かったから記憶が重なっていたと。そういうわけか。小僧にしては頭がよいことを言うと思ったんだ」

「………………」

 伸ばした手を降ろし、少年はゆっくりとアモンへ目を向けた。その表情は年齢以上に大人びたものだった。楓は直感的に、ロジャーではないと悟る。ロジャーに、そんな冷たい目は出来ない。少年は被っていた野球帽を目深に被り床へと視線を落とした。

「お前達に頼みがある」

 先ほどの少年とは違った、トーンの低い声で告げてきた。ゆっくりとした動作で宝曉の前に出るとアモンへとまっすぐに目を向ける。

「この列車の中に、一人女の子が居るはずだ。長い金髪で十代後半くらいの可愛い女の子だ。その子を見つけてこの列車から連れ出してくれ。俺も後で追いかける。早急に頼む」

「お、お前は何者で、!」

「承知いたしました、雷雅王よ」

 少年の言葉に反論しようとした楓を抑え、宝曉がそう言いきった。少年はちらりと宝曉に目を寄越し、少しだけ笑った。

「あぁ、駅で待っててくれ。すぐに行く」

 それだけ言うとまたアモンに向き直る。アモンは疲れたように肩を落とし、腕組をした少年を睨みつけた。

「お久しぶりにお目に掛かります、王よ」

「出来ることなら会いたくなかったよ……アモン」

 アモンの言葉に対して皮肉気な声を出す。少年を残し、宝曉と印蛇羅は楓を引きずるようにして別の車両へと移動していった。

 少年は音だけでそれを確認すると、何も無い空中から一本の黒い昆を取り出し睨みつけてくるアモンを睨み返した。

「王に対する蛮行……許されるものでは無いと知れ、アモン」

「元より許されるつもりなどありません、我が王よ」

 少年王は小さく息を吐き出した。

 

 

 

「お。おい降ろせ! 降ろせ!」

 暴れる楓を小脇に抱え、宝曉は襲い掛かってくる魔物達を掃討しながら前へと進んでいた。印蛇羅は宝曉の前を先行し、前から襲ってくる敵を蹴散らしている。宝曉が担当するのはもっぱら横合いからやってくるモノ達だ。楓は小脇に抱えられたまま為す術も無い。

「おい、宝曉! どういうことなのか分かっているんだろう!? 説明しろ!」

「魂を移し換えていたんですよ」

「……は?」

 宝曉の言葉に脳の理解が追いつかないのか楓は首を傾げていた。宝曉は前を向いたまま印蛇羅の後を追う。列車の中は基本的に一方通行だ。まっすぐ進むだけでいい。その道すがら少女を一人探し当てなければならない。

「魂の移し換えです。恐らく、雷雅王は精神体で活動をしていたのでしょう。何らかの理由で。そして、その間体は動かなくなってしまう。そうなってしまえば、あのアモンの様に王位を狙う者達に命を狙われてしまう。だから雷雅王はロジャー殿に体を貸していたのです。体の安全を確保するために。我々まで呼び寄せて」

「じ、じゃぁロジャーは何なんだ!? 仮想人格か何かなのか?」

「ロジャー殿は恐らく、もう既に死亡していると思われます」

「!?」

 その言葉に、楓は両目を見開いていた。断言する宝曉を信じられないと言った様子だった。

「な、なんで……」

「恐らく、現世に未練のある少年の霊魂だったのでしょう。その少年に体を一時的に貸し与え、雷雅王は精神体で活動をしていた。ロジャー殿が襲われる理由も、依頼主が雷雅王だった事もそういうことだったわけです。ロジャー殿、記憶が曖昧な部分が多かったですからな」

「そんな……」

 驚愕の余り視線を落とす楓。先行する印蛇羅が貨物室の扉を開けていた。

「貨物室には何も居りませんな」

「件の少女が隠されているかもしれぬ。早々に探せ。兄は奥へ行く。こちらで見つかったら合図を出すから、列車から飛び降りろ」

「兄者……自分に自殺しろと?」

「列車から降りた程度で侯爵級は死にはせん。そちらも少女を見つけたら合図を出すように」

「承知致しました。ですが兄者、何をそんなに急いでいるので?」

「少女がどのような常態か検討も付かないのもそうだが、何より相手がアモンだ。あれは侯爵級でも異常な存在。例え雷雅王とて無傷で勝てる相手ではない。恐らく雷雅王の狙いは列車事アモンを葬ることだ」

「!? ど、どうして兄者にそのような事がわかるので……?」

「六百年を生きる破格の侯爵だぞ。それ位しなくては恐らく死も難しいだろう。それに、我々が去る際に心象武器を取り出していた。あれは本気だ」

 宝曉は貨物室の中の荷物を確認しながら焦るようにそう捲し立てた。印蛇羅はゴクリとツバを飲み込み、彼も慌てたように次の車両へと向かっていく。楓は唇を噛み締め、宝曉を見上げていた。

「何か言いたいことでも?」

「降ろせ。私も少女を探そう」

「魔法も使えぬ姉上はダメです。危険察知が遅れてしまっては計画に支障が」

「だが……!」

「姉上。今はどうかおとなしくしていて下さい」

「ならば、お前の傍を離れない。だから手伝い位はさせろ」

「……御意」

 渋々といった様子で宝曉が楓を降ろした。楓は自由になった途端に近くの荷物を調べ始める。

「姉上はなんとも思わないので?」

「何がだ」

「人の摂理を違反した雷雅王に対して、ですよ」

「……無駄口を叩くな、急げ!」

 楓の叱咤が飛ぶ。宝曉はそれ以来口を開かずに黙々と荷物を確認する。楓は荷物と荷物の隙間等を確認するように小柄な体をさらに小さくして荷物の間に体を割りこませたりしている。

「?」

 ふと、荷物と荷物の間に体を割りこませて奥まで入り込んでいた楓の視界に金色の何かが入り込んできた。金色の毛髪である。それを見て楓は周囲に視線を走らせた。

 一人の少女が、隠されるようにして眠っていた。豊かな金色の髪を持った十代後半と思しき美少女である。楓は咄嗟に宝曉の名を呼んだ。

「居たぞ!」

「御意」

 宝曉が楓を塗りつぶすように積み立てられた荷物を持ち上げ、少女を発掘する。宝曉は一瞬だけ印蛇羅が向かって方向へと視線を走らせた後、眠る少女を確認した。

 他の魔物とは明らかに違う、ヒトの少女だった。呼吸はしている。見たところただ眠っているだけのようだ。その体は毛布のような何かで包まれているようだった。宝曉は少女を担ぎ上げ、ついでに楓を小脇に抱えた。

「お、おい宝曉……?」

「姉上、喋ると舌を噛みますぞ」

 列車の接合部分へと急ぐ宝曉。楓は肩を落としてされるがままだった。流石に宝曉と印蛇羅は列車から飛び降りても死にはしないが、楓では万が一死ぬ可能性があるからだろう。宝曉が戸を開けると、丁度印蛇羅も同じように反対側で戸を開けていた。

「おや兄者」

「姉上を頼む」

「承知」

 短い会話の間に楓が宝曉の手から印蛇羅の手に委ねられる。そして、宝曉と印蛇羅は猛スピードで走る列車から飛び降りた。楓は悲鳴一つ上げずにされるがままだ。

 四人が飛び降りた次の瞬間、前方車両から雷撃の束が収束され、列車をまるごと飲み込んでいた。

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 少し前の話だ。雷雅王と称される雷の王は、連れの少女と共にある街へとやって来ていた。そこで一人の少年に懐かれた。

 名を、ロジャー・ベルナップと言う。使い古した様子の野球帽と、そばかす混じりの顔に元気いっぱいの笑顔が特徴のどこにでも居る普通の少年である。

 観光客と間違えたらしいこの少年は、雷の王にガイドを申し出ていた。特には要らないという旨を伝えたが、どうしても着いてきてしまうので渋々承諾した。

 ストリートボーイらしい、というのは聞いていた。金が目当てなんだろうというのはなんとなく分かっていたがどこか憎めない少年に仕方なしに応じていた。

 ロジャー少年と雷の王、そして連れの少女が過ごした日数は余りにも少ない。せいぜい一週間と言った所だろうか。その間に雷の王は少しでも少年に戻っていたのかもしれない。ロジャーと親しくなる度に、生き別れの兄を思い出し、兄もこんな気分だったのかと感傷にさえ浸った。

 そんな時である。

 アモンと名乗る侯爵が町中で襲撃をしてきたのは。

 もちろん雷の王は無傷。連れの少女も守りきった。だが、運悪く少し離れた場所に居たロジャーはアモンの放つ雷撃が爆砕した岩の直撃を受けていた。

 瀕死のロジャーに連れの少女が駆け寄ろうとした所を少女が捕まった。

 雷の王が瀕死のロジャーに駆け寄ったが、ロジャーは既に息絶える寸前だった。周囲の建物も荒れ果て、少女に繋いでおいたパスから少女が肉体と精神を切り離された事も知った。

 そこで雷の王は賭けに出たのだ。ロジャーに、体を貸すから精神を貸してくれと。ロジャーは以外にもすんなりと了承した。

「……その、代わり……俺の、友達に……なってくれる?」

「あぁ、俺で良ければ」

「じゃぁ、友達の証だ……帽子、貰ってくれよ」

 短い会話の後、少年はあっさりと事切れた。体温を失っていく体を静かに眺めながら、雷の王は唇を噛み締める。

 そこからは冒頭へと遡る。精神転移の術も、マティナルへの派遣も全て手続きは本人が行った。

 だが、雷の王の最大の誤算は、

 

 まさか自分が体を貸している間に少年が恋をするとは思わなかったことだろう。

 

 

 

 元来た駅へ戻ると、既にロジャー、もとい雷の王はベンチに座って待機していた。自分たちを認めると、王は宝曉へと近づいていき、少女の無事を確認する。

「助かった」

「いえ、礼には及びません」

「いや、礼を言わせてくれ。報酬はマティナルの方に支払っておこう」

 王は少女をベンチに横たわらせ、改めて安堵の溜息を漏らした。そんな王の元に楓はつかつかと歩いて行く。

「一つお尋ねしたいことが」

「なんだ」

「どうして、ロジャーという少年を、」

「頼んだら貸してくれた。それだけだ」

「! あ……貴方という人は! それがどういう意味か分かっていっているのか!」

 楓が声を張った。幸いにもホームに他の人間は見受けられないのが救いだろう。

「それは、人の魂を弄ぶ禁忌にも等しい行為だ! どうして……そんな事を、」

「あいつは元々ストリートボーイで親も無ければ就職先もない。居なくなって困る人間なんて居ないから好都合だろう」

「貴様……!!!」

「ただ、まぁ……」

 楓の方は見ずに、王は言葉を滑りだしていた。その瞳に感情は映っていないように見えた。いや、もしかしたら抑えているだけなのかもしれない。

「困る奴は居ないけど……悲しむ奴は居るんだよな」

 転びでたその言葉に、楓は俯いていた。その肩は小刻みに震えている。王はチラリ、と楓に視線を寄越した。

「ロジャーが卒業したって言う孤児院、確かこの近くだぞ」

 そう言いながら、王は立ち上がると被っていた野球帽を脱ぎ俯いていた楓の頭に被せてきた。楓は野球帽のツバの下から王を睨み上げる。

「そんな目するなよ。あいつがお前の事どう思ってたか知ってるせいか少し痛い」

「っ」

「それにしてもお前、ほんとに帽子似合わないな」

 そう言うと、気が変わったかのように王は楓から帽子を取り上げていた。

 

 

 

「そうですよ。ロジャー・ベルナップはうちを卒業した子の一人です。聞き込みか何かですか? これ。もしかしてあの子……警察に今追われているとかですか? あら違いますの? それは良かったです。あの子と最近知り合った? まぁあの子も立派にやっているのですねぇ。あの子ですか? 昔から友達思いの良い子なんですよ。でも、あの子何故か友達と一線を置いているみたいで中々本当に打ち解けた友達っていうのが少ないみたいで。友達が不慮の事故で亡くなったり、薬のやり過ぎで亡くなったりで、あまり友達に良い思い出が無かったのかしらねぇ。でも性格は明るい子でとてもよい子なんですよ。就職に成功したとは聞いていませんが、悪い噂も聞いておりませんわね。あの子が卒業したのですか? 卒業したのは大体半年位前だったかしら。そろそろ恋人とか出来ているかもしれませんね。貴方達はあの子とお知り合いなんでしょう? 今、ロジャーは元気にやっていますか? きっとあの子のことだから、元気いっぱいでやっているのですよね?」

説明
これ(http://www.tinami.com/view/599316)の続き物。
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