鴉姫とガラスの靴 新章 二羽
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二羽 Like a Feather 〜 羽のようにふんわりとした

 

 

 

「ねぇ、悠と実って、どれぐらい親しいの?」

「長濱か?まあ、ちょっと親しいクラスメイト、ってところだろうな」

「それはつまり、プライベートじゃそれほど親しくないってこと?」

「うーん、まあ、そうなるかな。最近はお前の靴を作ってもらったことで、また親しくなった感じではあるけど」

「ねぇねぇ、じゃあ、今度また会わせてくれない?」

 日曜日。木樺さんが買い出しに行って来てくれているので、その間に二人でほわわんとしていると、急に深月は長濱の話を始めた。そして、なぜか気合の入って目で俺に迫って来る。

「ああ、そういや、あの日はアドレスの交換とかもしてなかったな。なら、今日にでも早速会えるか聞いてみるよ。で、また本人に会って連絡先を教え合えば良い。あいつもきっと、お前には会いたがってるだろうからな」

「本当?あたし、ちょっと心配だったんだけど」

「何がだ?」

「あたしはその、悠の婚約者で、今は彼女な訳じゃない?だから、実が嫉妬しちゃってるんじゃないかな、って」

「……ん?ちょっと待ってくれ。俺には、深月が俺の彼女だった場合、長濱に起こる不利益がまるで理解出来ないんだが」

 基本的には深月の方が頭はよく、俺よりもずっと色んなことに興味があるせいか、時として彼女の言葉の意味がわからない時がある。情けない話だが、たまに深月の言うことは知的過ぎたり、裏の意味が深過ぎたりする訳だ。少なくとも俺にとって。

 すると、深月はなぜか顔を赤くし、視線を外した。

「だって、その……。実も女の子なんだし、悠みたいに魅力的な男の子のことは、その…………」

「深月」

「な、なに?」

「それはない。さっきクラスメイトって言っただろ?あいつは俺に欠片も好意を向けてないし、俺も同じだ。どういう根拠があってそういう考えに行き着いたんだよ?」

「あたしにとっての悠って、本当に理想の王子様で、他の誰よりも格好良くて素敵なんだもの。だから、ずっと一緒にいた実も好きになっちゃうに違いない、って思って」

 そう言う深月は大真面目で、表情には多分の照れが見える。そもそも、深月はきっと生まれてこの方、嘘のつき方なんてものを習った覚えがないのだろう。だから、きっと嘘を言うことはない。それだけ純粋で、だからこそ聡明で自信家なのに、物語のような恋愛を望んでいる。

 その対象が俺というのは、なんとも嬉しい反面、未だに恥ずかしさが拭いきれないところだが……まあ、今は考えから置いておこう。

「お前はなぁ……。それで、どうする?どうせなら電話かけて、お前が直接話してみるか?」

「い、良いの?」

「ああ。と言うか、そこまで気を遣う相手でもないだろ。あの長濱だぞ?」

「でも、本当に大変な職人でしょう?あたしと悠にとっては恩人みたいなものなんだから」

「そう言えばそうだけどな……。あいつは前も言ってたと思うけど、とにかく、自分の納得のいく仕事が出来れば良いんだよ。で、お前はあいつのお気に入りみたいだからな。また、アクセサリーとか服とかデザインさせてやったら、死ぬほど喜ぶんじゃないか」

「……そ、そんなの、良いのかしら。もうプレゼントでもなんでもないのに」

「だから、気を遣うほどの相手でもないって。デザイン料含めて代金はきちんと払っても、あいつならそこまで金は取りたがらないだろうし、俺が払ってやるから」

 思っていた以上に、ウチの姫様はあの変態デザイナーに幻想を抱いていると言うか、強過ぎる尊敬の念を抱いてしまっているらしい。自分の姿見て、鼻血噴き出したような奴なのに、彼女の頭の中の思い出は強烈に美化されているのだろうか……。

 まあ、深月をシンデレラと呼ぶならば、長濱はガラスの靴を用意した魔女の婆さんだからな。それも、十二時を過ぎても消えないという大判振る舞いっぷりだ。多少は夢を見るのも仕方ないのかもしれない。本当のあの靴のクオリティは凄まじいものだし、あまりにも深月に似合い過ぎていた。まるで体の一部として、生まれるのと同時に存在していたかのように。

「さ、さすがにそれはあたしが自腹を切るわよ。どうせ花鳥庵のお金だけど」

「それはそれで木樺さんとかに申し訳ないから、やっぱり払わせてくれ……。じゃあ、かけるぞ」

 俺は俺で親の仕送りで生きている身分だが、そこまで実家は貧しい訳でもない。もちろん、花鳥庵の資金力が中々のものであることは、深月のあの誕生日パーティーの様子、そして深月が身にまとったドレスのレースの緻密さでわかったが、花嫁側に色々と負担させるのは、やっぱり男として気が引ける。

 コール二回で長濱は出た。何か用事をしている訳ではなく、俺のように部屋でごろごろとしていたらしい。梅雨は明け、もうすぐ夏休みがやって来る。だらけたい時期だからな。

「じゃあ、深月に変わるぞ。ほら、深月」

『はーい。なんか、本当に旦那さんみたいだなぁ。悠君も大きくなっちゃって」

 お前は俺のなんなんだ、と心の中で突っ込みを入れつつ、長濱との会話を離脱する。

「実、久し振り。あたしよ。なんか、前に会ってから結構時間が空いちゃったわね。雨の中置いてきちゃったけど、大丈夫だった?」

『深月さん、お久し振りー。大丈夫だよー、わたし、あんまり風邪とかひかないから』

 ハンズフリーの設定にはしていないので、長濱が何を喋っているのかはほとんどわからない。だが、深月が苦笑しているところを見ると、馬鹿だから風邪はひかないんだ、とでも言っているんだろう。

「それで、もし実が良かったらなんだけど、また会わない?もちろん、あなたの都合が良い日でいいわ。そろそろ、大学も夏休みに入るんでしょう?」

『わわっ、深月さんからデートのお誘いをもらえるなんてっ。光栄過ぎて、今すぐにでもそっちに行きたいぐらいだよー』

「ばっ、デート!?そ、そんな訳がないでしょうっ。あたしは悠と結婚する体なのよ!?」

 何をムキになっているんだ、この姫さんは。そして、長濱は長濱で何を言ってやがる。デートて。女同士で、あろうことかデートて。

『冗談冗談ー。けど、わたしは本当に今日、今からだって空いてるよ?外暑いし、どっちかの家で集まろうよ。悠君が許してくれるなら、わたしから行くよー?』

「そ、そう?じゃあ、ちょっと聞いてみるわ。……悠、実に来てもらって良いわよね?」

「なんで許可するのが前提なんだよ。まあ、別に構わないけどな。ただ、そろそろ木樺さんも帰ってくるだろうし、このマッチ箱大の部屋に四人入って、窮屈しないか?」

「前に御園が来た時も大丈夫だったし、木樺には雀の姿になってもらえば省スペースになるじゃない」

「……お前、このクソ暑い中、一人で買い物に行ってくれてる相手によくそんなこと言えるな」

 多分、木樺さんは目の前でこの言葉を聞いても怒らないんだろうけどな。それが、既に二人の間で出来上がっている人間関係。下手をすれば本当の家族よりも強い絆なのだろう。

「実、悠は良いって。木樺……えっと、あたしのメイドで、姉みたいな子もいるんだけど良い?」

『メイドさん!?うわー、深月さんって本当にお嬢様なんだねー。わたしは全然良いよー。どんな人かも気になるし。……にしても、なんかすっごい憧れるなぁ。きっと、深月さんの日常って、ただ日記をつけるだけでも本になっちゃうんだろうね』

「そうかしら……?そういうことを言われたのは初めてだわ」

『あはは、自分じゃそうだよね。んじゃ、二十分ぐらいしたら、お邪魔しまーす。悠君にもよろしく言っておいてねー』

「悠に変わりましょうか?」

『ううん、いいよー。じゃ、また!』

 長濱の方で勝手に切ってしまったのか、通話を終えても深月は少し不思議そうにしていた。

 相変わらず、あの見た目子どもの変態娘は、電話をするにしてもめちゃくちゃなやつだ。見た目は地味で、実際に話してみても、スイッチが入らない限りは実年齢より少し幼いただの学生なのに、色々と人とは違う。

「まあ、深月。あいつも悪気は全くないんだ。ただ、やっぱりどこか人とズレてるんだろうな。そんなに社交的でもない奴だし」

「え、ええ。別にそれを気にしていたんじゃないの」

「じゃあ、どうしたんだ?」

「実は、あたしの今の生活が、すごく豊かなものであるように言ってくれたわ。でも、あたしにしてみれば、他人の生活をそう評価出来る実の発想力の方が、ずっと豊かで尊いものに思えるの。どうすれば、ああなれるのかしら?」

「……あいつを見習うのは色々アレだと思うけど、一種の天才なのは間違いないから、真似のしようもないだろうな。けど、尊敬出来るって感じるなら、あいつと付き合うのは良い刺激を受けられるんじゃないか?だって、俺にはただの変人にしか思えないからな」

 そう思う時点で、俺は長濱や深月とは違う。非凡なところが何一つとしてない、完全な一般人なのだろう。

 ちょっと前までならば、そこに強いコンプレックスを感じていたかもしれないが、大学に入り、深月と再会し、かなり俺自身の考え方も変わって来ていた。

 凡人で天才に追い付けないのなら、何もそいつ等と同じマウンドに上がる必要はない。もっと他のことをして、別の面で競えば良いんだし、そもそも争いなんかを捨てて、互いを傷付け合わないまま共生すれば良い。

 欲深な人間の犠牲となった動物達と、それでも人間と共に生きることを望んだ深月達とがぶつかり合ったあの事件は、俺に人との付き合い方を教えてくれたようだった。自他共に認める、人見知りの俺に。

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「お邪魔しまーす」

 気の抜けた幼い声の持ち主は、顔を見なくてもわかる。後に名を残すであろう天才デザイナー、長濱実女史のご来訪だ。

「実、いらっしゃい。暑かったでしょう?」

「大丈夫だよー。じゃんっ、この通り、日傘先生にご出動を願いましたっ」

 いつもの通り、中性的でラフな服装。しかもその色合いは例外なく茶色系で揃えて来た長濱だが、薄い黄色のおしゃれな折りたたみ日傘を手にしている。開いた姿は想像することしか出来ないが、まるで貴婦人が持っているもののように立派なレースの付いたものだ。

「もしかして、自分でデザインしたの?」

「ううん。だけど、市販品でもないんだ。わたしの先輩が趣味で適当にぱぱぱーってこさえたもので、わたしにくれたの。そんな色白でもないし宝の持ち腐れな感じがしちゃうけど、暑い日には中々良いね。急な雨にも対応出来ちゃうし」

「良いわね。あたし、全然外出はしないのだけど、一本ぐらいは買ってみようかしら。ねぇ、悠」

「そ、そこで俺に振るのか?」

「未来の妻の持ち物だもの。当然じゃない?」

 長濱の前で言ってくれるな……と思ったが、意外にも長濱はにこにことするだけで、特別に茶化して来たり、気まずそうにしたりする様子はない。もしかして、俺がやたらと気にしているだけで、この歳で婚約してるのって、そこまで特別なことでもないのか?

「深月さんはやっぱり、黒いのとか似合いそうだよね。で、ゴスロリの人が持つやつみたいに、こう、丸いの!んで、こういう折りたたみのじゃなくて、もちろん長いやつね。でも、黒一色じゃ味気ないし、やっぱり深月さんのカラーを出して、赤いバラとか付けてみても良いかも。あー……けど、それだとあんまりにゴスロリっぽくなり過ぎて、服も合わさないと変な感じだよね。かと言って、夏場にゴスロリは難しいし」

「おーい、長濱、帰って来い。汗かいているんだろうし、クーラーの利いた部屋まで上がれって」

「あっ、そうだったね。こんなところで立ち話もアレですわな」

 照れたように笑いながら、なぜかおっさん口調の女子大生。……こういうのはギャップ萌えに入るのだろうか。

 長濱を部屋に上げ、紙パックのお茶を振る舞ってやる。もし何かお菓子があればそれも出してやるべきなのだろうが、残念ながらそんなものはない。あるとすれば、神がかり的なタイミングで木樺さんが買って来てくれた場合のみだ。

 とはいえ、木樺さんは昼食の買い出しをメインに行ってくれているため、それ以外のものの期待は出来ない。限りなく望みは薄いだろう。

「何かお菓子でも用意すれば良かったわね」

「いえいえ、お構いなくー。わざわざ買いに行かせちゃうのはすごく申し訳ないよ」

「木樺にメールでも出来れば良かったんだけど、あの子、今日に限って携帯を家に置いて行ってるのよね。ここで住むようになってから持ち出したからか、結構忘れちゃうのよ。普段はしっかりしてるのに」

「今までそういう習慣がなかったんだったら、仕方ないだろう。俺も、一人暮らしは始めた当初は何度も鍵を閉め忘れて、背筋が冷える思いをしていたな。実家にいた頃は戸締りなんてしなかったし」

「悠君の家って、お母さんはいつもお家にいるもんね」

 母親は生まれつき体が弱く、どうやら俺を産んだ以降、更に弱ってしまったらしい。だから結婚する以前は一応、働いていたのだが、もう社会に出て行くのは難しくなってしまった。

 買い物ぐらいなら出来るんだが、どうやら最近は、重い物は通販で買っているらしい。

「悠の、お母さん……。そう言えば、ご両親にも会わないといけないわね」

「……深月、その話は、また今度で良いよな」

「ふふっ、そうね、ゆっくりと」

 まあ、勝手に子どもだけで婚約の話を進める訳にもいかない。

 体面的には、花鳥庵はヤーさんの集まりのように振る舞っているんだし、間違っても反対されることはないんだろうけどな……。

「ふあー、けど、なんかすごいなぁ。悠君が結婚まで視野に入れた彼女さんを作っちゃうなんて。悠君自身、高校の頃は絶対にこんなこと考えてなかったでしょ?」

「まあな……。大学に入ってからも、深月と再会するまでは思い付いたことすらなかったよ。人生、わからないものだ」

 こうなったことを不幸だとは絶対に思わないが、驚きは今だってある。なんと言っても、鴉のお姫様が相手なんだからな。

「でも、お似合いでしょう?」

「そだねー。二人とも背が高くて絵になるし、悠君ってなんか頼りないトコあるから、ぐいぐい引っ張ってくれる深月さんがいてくれるのは、ありがたいよね?」

「まあな……。否定はしないけど」

 素直に頷いてしまうのは何か癪だ。反論の余地はなく、何かを言い返したいのなら、俺が変わらないといけないんだが。

『ただいま帰りました。……お客様がいらっしゃっているのですか?』

「木樺。お帰りなさい。実が来てくれているのよ。まだきちんと会ったことはなかったし、実も暇だと言ってくれるから」

「そうですか。連絡をいただければ何か用意させてもらったのですが、もしかしなくても携帯を忘れて行ってしまいましたね。気付いたのはお店に着いてからでした」

「それなら仕方ないわね。本人も良いと言ってくれているし、別に良いわ」

「全然お構いなくー。お茶をいただければ十分なのでー」

 長濱が来て十分ほどした頃だろうか。木樺さんが帰って来た。

 滅多に汗をかく姿を見ない木樺さんだが、さすがにこの暑さの中をメイド服で歩くのはきついらしく、長い髪が肌に張り付いている。……深月の同じような姿もそうなのだが、どうして黒髪美人のこういうところはどうしようもなく色気があるのだろうか。

「実様の上のお名前は――」

「長濱ですよ」

 原則的に他人のことは苗字で呼ぶのが木樺さんだ。そっと耳打ちして差し上げる。

「ありがとうございます。――長濱様も、お昼もまだですよね?よろしければ一緒にお作りしますが」

「えっ、良いんですか?コンビニ弁当とかで済ますつもりだったんですけど」

「いいえ。わざわざ姫様のお家にお越しいただいたお客様に、そのような粗悪なものを召し上がっていただく訳にはいきません。材料はありますので、どうか私に用意させてください」

「そ、そういうことでしたら、どうぞー」

 謎の剣幕だ。本当、木樺さんもメイドとしてのプロ意識の強い人だな。――いや、もしかすると、深月の親友として、彼女に友人が出来たのが嬉しいのかもしれない。深月は花鳥庵の屋敷の中だけで十五年間を過ごしたような、超箱入り娘だ。屋敷内に友達はいても、人間の友人なんて出来るはずもない。

 そんな中、唯一知り合った人間が俺で、彼女は俺を夫にと決めた訳なのだが。

「ねぇ、ちょっと気になったんだけど良いかしら」

「どうしたの?わたしに質問なら、なんでもいいよー」

「実って、あんな素敵な靴をデザインするようなセンスを持ってるのに、私服は地味よね?何か意味があるの?」

「う、うへあー。ぶっこまれますなぁ。まあ、わたしは見ての通りのちんちくりんだし、そのくせしてちょっと太っちゃってるから、あんまり女の子っぽい格好は嫌なんだよね。だから、夏でも長袖を着るようにしてるの。確かに地味で男の子みたいだけど、女の子らしい格好はその分、お仕事をさせてもらう子で楽しませてもらってるからー」

「ふ、太ってるってあなた、どう考えてもあたしより細いでしょう?腕もこんなに細くて華奢で、あたしがどれだけ筋肉太りしちゃってるか……」

 黙って聞いていると、完全に女の子の会話になっていた。しかし、深月ってそこまで体に筋肉が付いているのか?

 見た感じ、全く女性らしい体つきは筋肉に阻害されていない気がするし、筋肉があるとしても、柔らかくて奇麗な肉も同じだけあるように見える。それでいて、身長の高さや胸の大きさからすれば、腕や足の細さは不安になってしまうほどだ。失礼ながら、胸やお尻だけでも結構な体重があるだろうに、よく自重を支えられているものだと思う。

「そんなことないよ。ほら、二の腕とかこんなにぷにぷにで。でも、おっぱいは全然なんだから、不公平だよねぇ。……深月さんは、何を食べてそんなに大きくなったの?やっぱり、鶏肉?」

「とりにっ……。まあ、普通によ。食生活だけではなく、適度に運動したのが良かったのかもしれないわね。剣術、体術、ダンスとか……」

「運動かぁ。わたしには無理っぽいなぁ。ご存知の通り、全くもってインドアな生活をしてるもんでして。えへへ」

「でも、実は今の体型の方が可愛らしくて良いと思うわ」

「そうかなー。けど、逆にちっちゃい深月さんとかも見てみたいなぁ。昔の写真とかないの?」

「ないことはないと思うけど……。そんなに面白いものじゃないわ」

「見てみたいなー。悠君もそうでしょ?」

「お、俺か?」

 この二人は、唐突に俺を話に混ぜたがるからいけない。ちょっと、深月の子ども時代の姿を真剣に考えていたので、まともに頭が働かないぞ。

「まあ、見たくないって言えば、それは嘘になるな……」

「だよねー。ということで、満場一致で可決!」

「さ、差し戻しという選択肢はないの?実だけならともかく、悠にまで見られるなんてちょっと、恥ずかし過ぎて、その……」

「おー、顔真っ赤だー。うへへ、悠君さんよぉ、こいつぁ煮物……じゃなくて、見物ですなぁ」

「涎が垂れてるぞ、変態おっさん。あんまり深月をからかってやるなよ、こう見えて驚くぐらいピュアなんだから」

 一応、この世間知らずなおひい様のことは守ってやらないと。長濱も基本はふわーっとしたいい奴だから、本気で彼女を困らせるようなことはないんだろうが、一応、な。

「悠……。そ、その、別に見せてあげても良いわよ。悠に免じて。けど、ある程度の年齢になってからのよ?赤ちゃん時代のとかもあると思うけど、そういうのは絶対に駄目なんだから」

 これも一応、ツンデレというやつなのか?

 それにしても、もしかすると深月の生まれてすぐの姿というのは、人ではなくカラスのヒナだったりするのだろうか。

「ところで、実の胸って実際、どれぐらいの大きさなの?」

「え、ええっ!?もしかしなくても、さっきのお返しです……よね。わかります」

「別に良いじゃない。カップ数だけで良いから」

「う、うぅー。仕方ないなぁ」

 なぜか長濱の胸のサイズが暴露されると言うので、台所の方へと逃れる。俺程度の料理スキルで木樺さんを手伝えないが、一応、こういうのは聞かないでおいてやるのが礼儀だろう。

「華やかな会話をされているようですね」

「え、ええ。俺からすると、聞いているだけで疲れそうです」

「ふふっ、私も同感です。……ですが、姫様があんな風に話せる友人を作られるなんて、軽く感動してしまいます」

「意外に息が合ってますよね、二人。俺もなんか安心しましたよ」

「それはまた、どうして?」

「えっと……」

 炒め物をする音を聞きつつ、自分の考えていることをまとめる。

 木樺さんは決して急かすことはなく、自らの仕事に専念するようにして待ってくれていた。

「俺は、どこかの誰かが言っていた『結婚は人生の墓場』っていう言葉を、実は結構信じてるんです。これは確か男の言葉だったんですが、実は結婚をして人生が狂わされるのは、女の方じゃないかと思って。

 もしも深月がこのまま、このせまっ苦しい部屋で後三年間を過ごして、俺と結婚して花鳥庵か、他のどこかに家を持つとして、そしたらやっぱり深月は、家から出ないと思うんです。俺のために食事を作ってくれたり、仕事を手伝ってくれたりして。……そうして、友達も出来ず、俺といること以外に生きがいのない人生は、寂しいだろうな、って思って」

「それは、伝統的なこの国の“妻”として、そう珍しいことではないのでは?」

「けど、今はもう“昔”じゃないですし、深月は人であって、人じゃないんですから。そんな既存の枠組みには囚われず、もっと自由に生きてもらいたいんです。あんなに何もかも素晴らしい娘なんですから」

「良妻賢母では足りない、と」

「俺は将来、仕事の中で“自分”というのを出していければ良いと思ってます。なので、深月は深月で、妻でも母でもない、一人の女としての生きがいを見つけてもらいたいんです」

 木樺さんがあえて意地悪な返し方をしているのはわかっている。

 彼女は俺や深月よりずっとリアリストだが、俺達の抱く幻想を否定するのではなく、むしろ奨励してくれている。そのため、決意を固めさせるような質問をしてくれているのだろう。

「では、素敵な友人が出来たのはその第一歩として、成功ということですね。案外、姫様にはクリエイティブな営みも合っているとは思いますよ。自分で何かを作るだけの器用さはありますし、何よりも発想が穢れていません。それは最高の長所ではないでしょうか」

「深月が何かを作る、か……。なんかすごい話ですね」

「姫様は潜在的には消費者ではなく、生産者ですよ。剣技の時点で、私達が苦心して編み出した技を新しいものに作り変え、そしてそれが優れていたりする訳です。本当、凡人からすれば迷惑な天才様ですよ」

「は、はは……」

 木樺さんが深月のことを愚痴るのは、実はかなり珍しいことかもしれない。

 意外な一面が見れたのを得したと思いながら、深月達の方へと視線を戻すと、なぜか女二人が胸を揉み合っていたので、全力で木樺さんの方を振り返った。その時、俺と同じように互いの胸部をまさぐり合う女子二人を目撃していた木樺さんが、言葉にすることが不可能なほどの顔芸をお見せくださったことについては、墓場まで持って行くべき秘密だろう。

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「ごちそうさまでしたー」

 食事が終わると、長濱は崩れ落ちるように眠った。

「って、おい!?くつろぐのは良いが、人の家で寝るか、普通?」

 それに、仮にもここは俺。つまり、男の住む家だ。そこに年頃の女が大口開けてすぴすぴ寝てるって、相当に穏やかじゃない事態だぞ、これは。

「昨日は遅くまで起きていたんでしょうね。良いじゃない、寝かせてあげましょう?――木樺、布団の準備をしてあげて。あなたの布団を使ってもらって良いわよね?」

「はい。まさか、お二人が夜の営みに使われたお布団を、お客様に使っていただく訳にはいきませんからね」

「……一言余計よ」

 木樺さんも、今日は機嫌が良いようだ。……自分の仕える相手をからかうのが、機嫌の良さのバロメーターになるなんておかしな話だが。

「こいつ、度胸があるのか、何も考えてないのか……。彼女持ちとはいえ、俺は男だぞ?」

「あら、いたずらしてみる?」

「なんで微妙に嬉しそうなんだよ。そっと寝かせてやろう。しかし、本当に能天気な寝顔をしてくれてるな……」

 どこまで神経が図太いんだろう。見た目だけなら、小動物的な危うさがあるのに、まるで象の昼寝だ。天敵なんて一匹たりともいないと高を括っているように見える。

「実の話を聞いているとね、彼女って本当になんにでも興味があって、楽しそうに日々を送ってるな、って思うの」

「自分の本当に興味がある大学に行けて、幸せなんだろうな。高校時代はこれで、今よりずっと大人しくて、死んだような目でぽわーんって虚空を見つめてたりしてたんだぞ」

「へ、へぇ。想像出来ないわ」

「……お前も、興味があるなら、長濱と一緒にぶらぶらしてみるのはどうだ?俺の大学なんて、教室の中だけで一日が終わるけど、こいつの大学に行ってみるのは面白そうだ。社会勉強にもなるし」

「そうね……。そう言えば、最近は暑いから外にも出てないし、学校自体をそんなに見れてないわ」

 布団を敷いてくれている木樺さんの方を見ると、口だけで小さく笑っていた。俺があんまり露骨に深月の背中を押そうとしているから、それが面白いんだろう。俺も、もうちょっと上手いこと言えると良いんだが。

「長濱もお前のことが好きみたいだから、また秋からでも良いから、ちょっと真剣に考えてやったらどうだ。……それに、興味があるなら、高校に入るのも面白いんじゃないか。その辺りのことはどうとでもなるんだろう?」

「一応、姫様の住民票はありますよ。ちなみに私や、その他の比較的若い花鳥庵の仲間も、戸籍上は通常の人と全く同じです」

「学校に、あたしが……?悠が通っていた、学校か…………」

「俺の母校は多分、お前じゃ学力が合わないと思うけどな。この辺りで一番の学校でも、お前には退屈そうだ」

「でも、興味はあるわ。この夏、ちょっと考えてみる。なんなら、飛び級とかいうので、悠の大学にいきなり編入しちゃっても良いんでしょう?」

「そ、それはきついな。色々と気まずいぞ」

 主に、恋多き。しかし、決して実らないあの男友達とのことで。

「なら一層、視野に入れないといけないわね。悠が慌てふためく姿を見てみたいもの」

「木樺さん、お願いですから阻止してくださいよ……」

「さて。私は、姫様の望むことは、可能な限り叶えて差し上げたいですので」

 布団の上にちまっこい長濱を乗せる木樺さんは、不敵に笑う。……その後に、なぜか自分の体を見て溜め息をついたが、それは深月の件とは無関係か。

 あのチビおっさん変態デザイナーの体を抱きかかえた時、わかってしまったんだろうな。

説明
新章という名の続編です!
一羽はR-18な内容だったので、別サイトで公開しております
端的にぼかして言えば……悠と深月がよろしくやりました。昨夜はお楽しみでした
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長編 鴉姫とガラスの靴 

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