愛しい花に口付けを |
「大河すまない。ちょっとこっちに来てくれないか?」
「はーい」
よく晴れた休日の朝。
前日から昴さんの部屋にお泊まりしていたぼくは、部屋に飾られている花瓶の水を替えている途中、寝室で着替えをしていた恋人に声を掛けられ花瓶に花を生ける作業を急ぐことにした。
「よし、今日も可愛いね」
可憐な花を前にすると、自然と笑みが溢れてしまう。
最初サジータさんとここに来た時は、綺麗なんだけど…生活感がない寂しい感じがする部屋だと思った。
でも今では花が飾られ……ちょっと場違いなような気がするけれど、ぼくがプレゼントした招き猫も飾られてたりなんかして、だいぶ生活感満載なお部屋になってきたような気がする。
「えへへ…いい匂い」
花の中へと顔を埋め小さな花びらに口付けた後、ぼくは恋人が待つ寝室へと向かった。
「あ…昴さん…そのワンピース」
「せっかく君がプレゼントしてくたのに今まで着る機会がなかったからね。今日はデートだし…ちょうど良いと思って」
「ありがとうございます。昴さん」
「…なんで君が礼を言うんだ?礼を言うのは素敵なワンピースをプレゼントしてもらった僕の方だろうが…と、とにかく早く背中のファスナーを上げてくれ」
「はーい」
こちらに背中を向けているから顔は見えないけれど、きっと今の昴さんの顔は赤くなっているに違いない。
ぼくの恋人は、とても恥ずかしがり屋さんだから。
ワンピースのファスナーを手でつまみ、チリチリ上へ上げていくと小さな赤い花の形をしているアザの場所で、ふと手が止まった。
……可愛い花みたい。
初めてこのアザを見た時にそう思った。
あの時はファスナーを上げている途中なのに手が勝手に動いて この可憐な花に触れてしまいそうになったんだけど、囚われている杏里君とプラムさんを早く救出しなくちゃいけない緊急時だったし、まだ昴さんともそれほど親しくなかったから、邪な気持ちを押し殺してファスナー上げに専念したんだよな。
でも今は……。
「大河?何して…あっ!」
今は、こんなふうに可愛い花に口付けることを許してもらえるようになった。
二度…三度と背中の花に口付けると、その度に小さな体が震え鈴の音のような可愛い声が聞こえる。
「なっ…何を悪戯してるんだ!君は!さっさとファスナーを上げろ!」
「あ、ごめんなさい。背中の花が可愛いかったんで、つい…」
「花?五輪のアザだろ?自分の胸にも同じアザがあるんだから、自分のにでもキスしてろ」
「自分の胸にはキスできませんよ。無茶言わないで下さい」
「だいたい君は昨日もこのアザを散々弄ってたくせに。まだ足りないって言うのか?いい加減にしろ。バカ大河」
「ご、ごめんなさい昴さん」
「……ふん」
だってこのアザに触れると、昴さんすごく可愛い反応するんだもん。
つい手が勝手に…と言っては何だけど可愛い花に悪戯してしまうんだ。
「あの、もう悪戯しませんから許して下さい」
「…………」
ありゃ…怒らせちゃったかな?
ごめんなさい昴さん。
自分の行いを反省しつつ、とりあえず煩悩を振り払い一気にファスナーを上げようと指先に力を入れると……。
「……待て」
「はい?」
「もうファスナーは上げなくていい」
「え?」
もしかして自分の悪戯で、恋人が機嫌を損ねてしまったのか?
ファスナーを上げなくていいということは今日のデートは中止?
どうしよう…とオロオロしていたら、突然くるりとこちらに振り返った昴さんが、小さな手を伸ばしてぼくの首に抱きついてきた。
「す、昴さん?」
「大河…今日は午後から雨が降るような気がする」
「え?こんなにいいお天気なのに?」
自分の胸の中に飛び込んできた恋人の体を抱きしめながら、窓の外を覗き込んで見るものの、空には雲ひとつない青空が広がっていて、これから雨が降るだなんてとても思えない。
「僕の勘が午後から雨だって言ってる。だから今日は外に出掛けないで…ベッドの中で一緒にのんびりしよう?」
「……昴さん」
ぼくの胸の中から顔を上げた昴さんの頬はほんのり桜色に染まっていて瞳はうるうる憂いを帯びたその顔は何と言うか…すごく色っぽいと思った。
「ごめん。今日は久しぶりのデートだったのに。でも僕…このままじゃ出掛けられない。アザの場所が…あ…熱くて…」
「せっかくのデート中に雨に降られるのは嫌だから、今度1日中天気が良い日に改めてデートしましょう。ね?昴さん」
「大河…っ…ん」
何か言いたげな唇をキスで塞ぎ、小さな体を抱きしめる。
天気予報では今日は1日晴天だと言っていた。
でもベッドの中にいれば外の天気のことなんかぼく達には関係ない。
とにかく今は、ぼくのせいで可愛い嘘をついてしまった恋人にたくさん たくさんキスしたい。
「……背中のファスナー…下ろして」
「上げろと言ったり下げろと言ったり、忙しい人ですね。昴さんは」
「うるさいな。だいたい君が余計なちょっかいを出すからいけないんだぞ」
「はい、ごめんなさい。ぼくが全て悪いです」
「まったく…っ…あ」
背中のファスナーを下ろし、露になった肩に少し強めに口付けると花びらのような赤い跡が付いた。
もう一度その場所に口付けると、小さな手にツンツン髪の毛を引っ張られる。
「っ…新次郎…ここじゃ嫌だ。ベッドに…」
「はい昴さん」
恋人の体を抱き上げると、ふわりと良い匂いがした。
甘くて柔らかい感じのする良い匂い。
部屋に飾られているあの花と同じような香りがする。
初めてのクリスマスデートから、部屋の中に花を絶やさなくなったという昴さん。
照れ屋なこの人はぼくの為に花を飾ってる…とは決して言わないけれど、部屋にはあまり派手っぽさのない可愛い感じのする花ばかりが飾られているのは偶然ではないはずだ。
きっとあのデートの時、ぼくが可愛い感じの花が好きだと言ったから……だと思う
素直じゃないし可愛い気はあまりないかもしれない。
そしてたまに殴られたりなんかするんだけど、でもぼくはこの腕の中にいる可憐な花がとても愛しい。
ベッドの上へ恋人の体をそっと下ろすと、小さな体は少し震えているような気がした。
「昴さん、まだ恐いですか?」
「いや…そんなことは」
「…………」
「ちょっとだけ…」
珍しく素直な恋人の震えを止めたくて、ぼくはその体を抱きしめ額や頬に優しく口付ける。
そうしている内にいつの間にか小さな人もぼくの体を抱きしめてくれていて……
「もう大丈夫。ありがとう新次郎」
「……昴さん」
「まったく、そんなに気を遣わなくていいんだよ。僕達は、こ…恋人同士なんだから」
「そうなんですけど……」
「でも、君のそういう優しいところ…僕は大好き」
「すばるさ……」
嬉しいことを言われ、珍しく昴さんの方から口付けられると、僕の中に小さな恋人への愛しさが込み上げてくる。
「ぼくも大好きです。昴さん」
「………うん」
外の天気は関係ないベッドの中
ぼくは世界でたったひとつの
愛しい花を抱きしめる。
END
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説明 | ||
サクラ大戦Vの二次創作SSです。 ゲーム本編の九条昴さんは性別不明設定ですが、このお話の昴さんは女の子ということで…。 |
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