恋姫†無双 関羽千里行 第3章 26話
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第26話 −成都を守る者−

 

 北郷一刀は焦っていた。

 

一刀「愛紗、もうちょっと速く行軍できないかな。」

 

 やっと成都まで半分というところ。その焦りは愛紗にも伝わっていた。

 

愛紗「私も歯がゆいですが、今はこれ以上速度を速めることができません。」

 

 北郷軍は、反董卓連合の後から俺たちの名声を聞きつけて加わった兵も多い。つまり、訓練はそれなりに積んでいても、戦闘を初経験という者も結構多いのだ。そのせいもあり、遠距離の強行軍で負担をかけすぎることは、戦闘の前に兵士をボロボロにしかねない。その風の意見に愛紗も賛成はしたが、正直なところ、今直ぐに駆けて行きたいという気持ちがあるのだろう。時々馬の進みが速くなって周囲と同じに戻すところを見かけた。それは一刀も同じだ。時々馬が手綱を惹かれて不機嫌そうにぶるると唸る。

 

 最も、俺たちがこうして滞り無く準備を終え出立できたのは、風の手腕の賜物だろう。実際、俺も準備していたとはいえ、俺がやると一日はかかるであろうその作業をあっという間に終える風の仕事ぶりには驚いた。最も、参考のために事務仕事を見学させてもらおうと執務室に同席を願ったのだが、

 

風「乙女の秘密を教えるのはもっと仲良しさんになってからですよ?」

 

 と謎の発言とともに拒否されてしまった。それはともかく、俺が思ったより進みは若干遅いものの、予定よりも早く出発することができたのは僥倖だ。しかも曰く、この速度で進軍するのは途中までで、成都までの距離が三分の一を切ったあたりで一度大休止をとったら一気に成都まで詰めるそうだ。その理由については、

 

風「目的のものが近いと思えば、結構頑張れるじゃないですか。」

 

 とのこと。長距離走で途中はペースを守って走るけど、ゴール手前でラストスパートで一気に全力で駆け抜けるようなものだろうか。もっとも、愛紗にももちろん華雄にもその例えではうまく伝わらなかったが。逆に愛紗のとどめの一撃は気合が入るという説明の方が華雄には支持されていた。地味に気の合う二人である。だが、俺には風にはなにか別の考えがあるようにも感じられた。

 

一刀「雛里...思春...祭、待ってろよ。今行くから。」

 

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星「ふむ...二手に別れるか。」

 

 星と霞は成都もいよいよ間近というところまで迫っていた。再び街で暗号を回収した二人は解読を終えたところだ。

 

霞「せやったらウチらもちょうど二部隊おるわけやし、別々に援護にいったほうがええかな?」

 

星「そうだな。では私はこっちに、霞はこっちでどうだろう。」

 

 星が口には出さず、暗号に示された文字を指でなぞる。

 

霞「ええよ。じゃあ、とりあえずは次の城までは一緒に行って、そこで別れよか。にしても...」

 

星「んん?」

 

霞「いくらなんでもおかしない?さすがにここまできたら、敵の部隊の一つや二つ、ぶつかって当然やで。」

 

 確かに、一度味方が通った後とはいえここは敵の領内だ。その街が陥落したと聞けば取り返しに来る部隊が派遣されていてもおかしくはない。それが全く見えないことが、二人の不安の種になっていた。

 

星「それは私も疑問に思っていたのだが...伝達機能が麻痺しているのか...もしかすると、我らは泳がされているのやもしれんな。」

 

霞「やっぱそうなるかぁ...そうなると、前のはまだしも後ろのやったらなおさら先行った連中が心配やな。雛里なら、そこらへんも踏まえて行動してんのかもしれんけど。」

 

星「だが、いくら軍師とてなんでもわかるわけではあるまい。逆になんでもわかると思って行動している時こそ、簡単な見落としで全てがひっくり返ることなどもあるのだからな。」

 

霞「あーわかるわかる。ウチも華雄と旅しとった時に、どこやったかなぁ、ここらへんは詳しいから任せろ言うからついてったら、最初の分かれ道間違えたせいでいつの間にか知らんとこ歩いてたなんてこともあったからなぁ。」

 

星「...それは本当に最初からわかっていなかったのではないか?」

 

 

 

 

 

 そんなやり取りのあと、街を離れていく部隊を遠くから見つめる者達がいた。隊長らしき男が、舞い上がる砂塵を眺める後ろには、武装した兵士たちが並んでいる。

 

副官「やつらも、成都に向かうようですね。」

 

 そう口にする男は、以前荊州から流れてきた移民の一人だ。北郷一刀たちの現れる前、荒れていた荊州を離脱しこちらに腰を落ち着けてからは、妻を娶り子どもにも恵まれ、兵団の中ではその真面目さを買われて推挙され、副官にまで上り詰めた。ここの兵団長とは別の地域の部隊にいたため、最近になってお互い顔を知る仲となったのだが、今のところ彼の仕事ぶりには満足いっているようだった。彼の目下の理想は、新たな統治者が現れたことで治安も改善されたという荊州の故郷に家族を連れて戻るということだった。もっとも、今こうして所属している蜀に攻め入っている北郷軍のいる荊州に戻るということは、軍人である彼にとってそう簡単なことではない。彼はできれば平和的にこの自体が解決することをひそかに願っていた。

 

隊長「ああ、だから言ったろ?あとから本隊がくるから、そのケツを叩けばいいって。にしちゃあ、ちっと数は少ないみたいだが。(まだ後から来んのか?まあ今出てもあいつらにすぐ気づかれる。時間差で出るまでの間、後方も警戒しておくか。)」

 

副官「では仕掛けますか?」

 

隊長「いんや、仕掛けるのはもっと成都に近づいてからだ。劉璋のやつにも、俺たちに対する扱いをちったぁ改めてもらわにゃいかんからな。奴が窮地に陥った所で俺たちの参上ってわけよ。趙?の時に助けたのは俺らだってことを思い出させてやる。そうすりゃ、張松のやつが何吹き込んだって関係ねぇ。間あけて後つけっから、砂塵立てんようにとだけ言っとけ。」

 

副官「は、わかりました。」

 

 ここの隊長は切れ者だ。戦況の分析などは的確だし、判断も素早い。まだ知り合って間もないが、頼りになるだろうと彼は考えていた。

 

 そして、彼の言うとおり、劉璋の東州兵に対する扱いはあまりよろしくない。危険な場所にろくに装備も整えさせられずに派遣させられたり、給金も元々こちらに住んでいた正規兵より格段に少ない。たしかに、受け入れてもらったという恩義はあるが、そのぞんざいな扱いには不満を持つものも多い。真面目な彼でもはいそうですかと承服できないことが多々あり、上に陳情しても聴いてもらえず、少しくらいは自分たちが有用であることを認めて欲しいと考えていた。ここにきての北郷軍の部隊をこのまま素通りさせるのは、正直心も痛むが、戦略上の有利を確保するためには致し方無いと、彼が貯めに貯めてきた不満をほんの少し解消するためだという思考は回避して納得する。

 

 そもそも、確かに益州全体を仕切っていた前の統治者である劉焉は独立の野望を持っていたのだからこそ、反董卓連合が組まれた時にも連合には参加せず、独立のための基盤を作り、そしてどの諸侯よりも早く国として名乗りを上げたのだろう。しかし、劉焉が流行病で病死し、それを引き継いだ劉璋はというと現状維持のみを画策し、劉璋の周囲では先代の意思を継いだタカ派の古参の家臣もかなり排除されたという。先代が良かったとは言わないが、今の彼に一体誰がついていくというのか。と、思考が宜しくない方向に傾き出した彼はいかんいかんと自分を諌める。今のところ、彼には職務を全うするしかないのだ。

 

隊長「おい、聞いてんのか?」

 

副官「はっ、すいません。少々考え事をしておりました。」

 

隊長「ふん、今は待機しているとはいえこれから殺し合いに行こうってんだぞ。無駄なことを考えるな。」

 

副官「は、申し訳ありません。」

 

 言葉は悪いが、確かに隊長の言うとおりだと彼は思い直す。その彼に、隊長は彼が思考に埋没しかけて聞いていなかったことをもう一度問い直す。

 

隊長「正規兵の兄ちゃん、まだいるんだろ。」

 

副官「はい、他にも回るところがあるとのことで、今あちらで補給を受けてます。」

 

 新人だろうか、初々しい感じの青年が少し離れたところで補給を受けていた。その青年は侵攻された街の一つに勤務していたらしいのだが、たまたま任務で外に出ており、帰り際に侵攻してくる軍を確認。その情報を伝えようと足で休まずここまで馬を飛ばしていたのだ。おそらく他の侵攻された街からも伝令が成都へ向かったのだろうが、成都からまた伝令を出していれば到着まで時間がかかる。そこで青年は機転をきかせて少し離れたところに駐屯していた彼ら東州兵の部隊を先日訪れたのだ。彼はその青年のとっさの判断に感心するだけでなく、先程まで疲労のあまり起き上がれなかったほどであったのに、これからまた各地にいる別の駐屯部隊にも向かうという彼の働きぶりに、すっかり普段の正規兵に対する小さな僻みなど吹き飛ばしてしまった。彼のようなものがいるなら、この国もまだ捨てたものではないかもしれない。

 

隊長「ならいい。そいつの首、跳ね飛ばしとけ。」

 

副官「...はい?」

 

 その立派な青年に対する、あまりに唐突な死刑宣告に、彼の思考は一旦停止してしまった。

 

隊長「聞こえなかったのか?首ちょんぱして捨てとけって言ったんだよ。」

 

副官「あれは味方ですが...」

 

隊長「馬鹿か。あいつが厳顔なんかのとこに行ってみろ、オレたちの手柄が減っちまうだろうが。どうせここまで奴らに入り込まれてんだ。一人くらい殺しても奴らに殺られたんだろうっていや、それでしまいよ。」

 

副官「しかし...」

 

 副官は再び隊長の言う、無駄なことを思考する。いくら劉璋に認めさせるためとはいえ、そんなことが許されていいのだろうか。いや、そんなことはない。むしろ、戦略的な優位に立つためには、こちらの頭数を増やすという方が理にかなっているのだから、彼は護衛をつけてでも行かせてやるべきだ。なにしろ、

 

 ザシュッ!

 

副官「うう...なぜ...」

 

 隊長の手には、副官の血が滴る剣が握られていた。自分が斬られたのだと理解した所で、その男は息途絶えた。

 

隊長「下は黙って上に従ってりゃいーんだよ。」

 

 その光景に、体調をよく知る配下たちは戦慄する。彼らの隊長は、気性が荒いことで部隊の中では有名だったが、彼はそれを知らなかったらしい。しかも、彼は味方を囮として見殺しにすることなどこれっぽっちも気にかけない、冷酷無比な男だった。

 

隊長「手間かけさせやがって、ああめんどくせぇ。おい、誰かこれ片付けとけ。」

 

兵士「は、はいっ!」

 

 声をかけられた兵士は、慌てて彼だったものを引きずっていく。それを見送って、

 

隊長「それとお前、お前はうだうだ言わないだろうな?」

 

 睨むように視線を向けられた兵士は、恐怖で理性が吹き飛んだ。

 

兵士「りょ、了解しましたっ!」

 

 腰の剣に手をかけ、飛び出していくように駆けていく兵士を見つめて、

 

隊長「また副官探さなきゃいけねぇのか。もうめんどくせぇ、そこのお前、お前今日からオレの補佐だ。」

 

 指名された兵士は、隊長の狂気の所業に一切の理性を総動員して感情を押しとどめようとする。

 

兵士「は、はい!い、一生懸命やらせていただきます!」

 

隊長「おうおう、そう願いたいねぇ。これ以上手間が増えるのは面倒だからな。」

 

 

 

 

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兵士「それらしき入り口を発見いたしました!周囲は竹林となっており、あまり見通しはよくないようですが舗装された跡があり、どうやら山の間を抜けられそうです。」

 

 霞たちが着実に成都に近づいていた頃、雛里たちは部隊を分けてそれぞれが目的の場所へと向かっていた。雛里と思春の部隊はというと、地図に書かれた間道を探して、記された場所の付近を捜索していた。

 

雛里「道幅はどのくらいありましたか?」

 

兵士「荷車二台程度なら楽に通せる程はあるかと。」

 

雛里「わかりました。では部隊をそちらに進めます。なるべく静かに行軍するように通達してください。」

 

兵士「はっ!」

 

思春「見つかったのは良いが、少々狭いな。」

 

 兵士からの報告を聞いていた思春がそう述べる。確かにそれほどの道幅であるなら、一人が戦うのにはそれ程支障がないだろうが、大量の兵士を通すとなるとどうしても窮屈感が出てくるだろう。竹林に囲まれているとなれば、その感覚も強いかもしれない。しかし、それはさほど重要なことではないと雛里は判断する。

 

雛里「間道で実際に戦闘するわけではありませんから、道幅は行軍に支障が出ない程度なら問題ありません。それに今まで隠していたくらいですから、ある程度狭い・見えづらいのは承知のうえです。間道さえ抜けてしまえば、あとは舗装した道で成都内部まで行けますよ。」

 

思春「そうか。ならいいのだが。後は虎などが出ないといいがな。」

 

雛里「確かに。それはまずいですね。その時は思春さんお願い出来ますか?」

 

思春「ああ。昔から野獣を狩るのは得意だったからな、それくらいなら容易い。」

 

雛里「お願いします。一応一本道のはずですが、分かれ道があるとも限りません。迷わないように途中まで私が先鋒を率いますね。」

 

思春「ああ、わかった。私もなるべく補佐に回るが、くれぐれも気をつけろよ。」

 

雛里「(虎が)出たら、ちゃんと大声で呼びますから。」

 

 この少女に大声が出せるかどうかはともかく、思春は敵に気をつけろといったつもりだったが、どうやら伝わっていなかったらしい。

 

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祭「ふむ。流石は敵の本拠地といったところか、数だけは多いみたいじゃのう。」

 

 祭は行く先に垣間見る軍旗のたなびく様を見つめてそう感想を漏らした。おそらく、ここからは見えないが、その周りにもいくつかの部隊が展開して待ち構えているはずだ。

 

祭「だが、奴らは首を引っ込めた亀みたいなもんじゃ。こちらから叩いてもその固い甲羅のように守りは崩れんが、あちらから攻めてくることもない。うまいこと被害を減らして首を引っ張りだすことができれば楽なんじゃが...」

 

 祭の役割が陽動を帯びている以上、敵の注意さえ惹きつけられれば無理に仕掛けなくても良い。むしろ、雛里と思春が間道を見つけるまでの間はこのままにらみ合いを続けていてもいいくらいだ。まずは見える範囲で敵を見定めていく。こんな時は、弓兵の視力が存分に発揮される。

 

祭「...ふむ。やはり厳顔とやらはおらんのか。勝負師と聞いたからな、おるなら真ん前におると思うんじゃんが。名将と呼ばれておるらしいし、戦えるを楽しみにしていたんじゃがな。」

 

 そう言って遠巻きに軍旗を次々となぞるように眺める。と言っても、前情報によれば蜀には厳顔やその配下の魏延といった将以外には目ぼしい武将はいない。少なくとも見える範囲で数と状況以外には脅威となり得るものはいないということになる。軍師の張松という男はそこそこのやり手らしいが、それは強者を求める祭には関係のないことだ。

 

祭「劉...まあ流石にあれが劉璋ということはないな。見たところ、兵の練度はそこそこのようだが、主君を守る部隊ともなれば、もっとそれなりの武装をしておるじゃろ。そしてあっちは...張か。確か張任という将がおったな。あちらもそこそこ使えるようじゃが、ふむ、あれは霞か天和たちの親戚か何かか?命をとるようなことがあっても勘弁してくれよ。」

 

 そして、

 

祭「あの旗は...」

 

 ある旗に目を留めた祭は驚愕する。そうその旗は、

 

祭「馬...馬だと!?」

 

 そこにはいないはずの、強者の存在を示していた。祭は思わず出した声をさっと押しとどめる。

 

祭「(まさかあの馬超か!?いや、そんなことはあるまい。奴は今まで曹操と...しかし、あの旗は水関で見たものと同じ...)」

 

 祭が見たものは、あの水関で連合軍をさんざん苦しめた馬の旗だった。その旗が砦の上でたなびくさまは、多くの連合軍兵士の目に焼き付いている。それは祭も同じだった。その旗を見間違うはずなどない。

 

祭「(一体どうなっておるんじゃ...)」

 

 動揺が兵士に伝わらないよう、表面上は余裕を保ってみせる。祭はこれから始まるであろう苛烈な戦闘に思いを馳せるのであった。

 

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−あとがき−

 読んでくださった方はありがとうございます。前回、そして新たに前までの話でコメントくださった方、支援いただいた方もありがとうございます。ギリギリのうえにおっかなびっくり更新のれっどです。

 

 今度こそ戦闘だと思った方。申し訳ない!次には戦闘にいけるはず!(まだ次回が書けてないので...)構成上はとっくに戦闘はいってるはずなんですが、あれもこれもと思ったら結構膨らんでしまいました。すいません、書いてて楽しいんです。ちなみに、今回出てきた隊長のモデルはアニメの攻殻にでてきた麻取の人です。そしてバレバレだったようですが、ついにご登場。彼女になにがあったのかは次回で。(あれ?もしかしたらそれ書いてるだけで一話終わる??)

 

 それでは、次回もお付き合いいただけるという方はよろしくお願いします。

 

説明
恋姫†無双の二次創作、関羽千里行の第3章、26話になります。
この作品は恋姫†無双の二次創作です。 設定としては無印の関羽ルートクリア後となっています。
暑さが続きますね。みなさんも体調には十分注意してくださいまし。
それではよろしくお願いします。
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コメント
nakuさん そこまではいきませんが、否定はしきれませんね(汗 (Red-x)
h995さん 鬼神さんの出番はまだでした。本拠地の件ですが明確には記載していませんでした、重要事項なのに申し訳ない。一刀君達の本拠地は上庸あたりになります。そこから永安方面に広がる形です。大事なご指摘ですので次回のあとがきにも記載しておきますね、ありがとうございます。(Red-x)
てっきり飛将軍本人と思っていたんですけどね、それに匹敵すると言われた錦の方ですか。それにしても一刀の本拠地は今どこなんでしょうか?てっきり漢中付近だと思っていたんですが。(h995)
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