とある キスの日記念 短編集2 |
とある キスの日記念 短編集2
6 吹寄制理さんの場合
「生徒の前で大人を振りかざして飲むビールは最高なのです♪」
5月23日。土御門の提案で季節外れの懇親会が繁華街の鍋屋で行われることになった。現在懇親会のまっ最中で俺たちのクラスの大半の生徒が参加している。
小萌先生も参加してくれたのは良かった。しか、店に着いて早々にビールを煽り始めたのには正直困った。そして一度飲み始めるともう止まらないのにはもっと困った。
「げっへっへっへ。上条ちゃん。普段お世話になっている恩師である先生にお酌してくださいらのれす。いっぱいいっぱいらのれすよ」
先生は既にろれつが怪しい。そして言動がやたらセクハラがかっている。
「はいはい。分かりましたよ。どうぞお飲みください」
けれど、放って置くわけにもいかないので俺がお酌することに。
普段であれば小萌先生のストッパー役になってくれる姫神が風邪で欠席中なのが痛い。
いや、姫神がいないからこそ小萌先生も羽目を外して飲んでいるのかもしれないが。
「先生、はい、ど〜ぞ。あんまり飲みすぎちゃダメですよ」
瓶ビールを傾けて先生にお酌する。ビールを注ぐという動作は案外難しい。
泡と液体をバランス良く注ぐのは結構難しいのだ。慣れないと泡ばかりになってしまったり、勢い余って液体を相手の手に掛けてしまったりと神経使う作業だ。
「げっへっへっへっへ。おっとぉ、手が滑ったのですぅ〜♪」
小萌先生は声を出しながら上体をわざとふらつかせた。そしてコップを持たない左手で俺の尻を触ってきたのだ。
「きゃぁあああああぁっ!」
乙女な悲鳴を上げてしまう俺。今夜は泣き寝入りしてしまう程の完璧なセクハラだった。
「げっへっへっへっへ。上条ちゃんはいいお尻をしているのです♪ 余は満足なのじゃなのです♪」
先生は謝るどころか俺の尻を熱心に撫で回す。最悪だ、このセクハラ酔っ払い。
「先生、止めてくださいっ!」
「異性の生徒にセクハラもできないんじゃ、高校教師になった意味がないんです」
「歪んでるよ、この人っ!」
いくら懇切訴えても先生は触るのを止めてくれない。エロおやじな顔で撫で続ける。
「先生は、男子高校生という若いツバメを囲ってげっへっへっへな日々を送るために高校教師になったのです。だから、上条ちゃんはもっと触らせてくれないとダメなのです」
「俺は先生のツバメになった覚えはありません!」
「先生。こう見えても結構お金持ちなのれす。上条ちゃん1人ぐらいだったら部屋に囲って飼えるのれすよ。げっへっへっへ」
先生の瞳はトロンとしており完璧に酔っ払っている。
「ええい。埒があかない。とにかくもうセクハラ禁止っ!」
小萌先生から離れる。けれど、理性を失った酔っぱらいはそんなことぐらいでは諦めてくれなかった。
「先生がお偉ぇさんと掛け合っているぅおかげで学校にいられるくせにぃ。上条ちゃんは生意気なのれすよぉっ!」
小萌先生が俺に体当たりしてそのまま馬乗りの姿勢を取った。
「先生はこんなにも小柄なのに……抜け出せないっ!?」
「伊達に10年以上教師をやってないのれす。生徒をお仕置きするための体術はバッチリなのれす」
俺は必死になってもがく。だが小萌先生は巧みなロデオを披露して払えのけられない。
「げっへっへ。こうなったらぁ、このまま上条ちゃんの唇を奪って愛人関係を無理やりにでも成立させるのれす。先生の独身人生も今日までなのれす。げっへっへっへっへ」
小萌先生が唇をタラコにすぼめながら顔を近付けてくる。荒く臭い息を吹きかけながら。
「小萌先生のケダモノォ〜〜ッ!! 誰か助けてぇ〜〜〜っ!!」
上条当麻人生史上最大の大ピンチ。このままでは俺の唇の純潔を奪われてしまう。お婿に行くまで大切に取っておこうと心に固く決めたのに。俺はクラスメイトに助けを求めた。
「制服のまま飲むビールは最高なんだにゃー」
「ボクはほんのり酔った女子高生が大好きなんやぁ。背徳感が何とも言えへんのや」
土御門たちは教師が飲酒して酔っ払っているのをいいことに自分たちも酒を飲んでいた。
「上条ちゃんの唇……いっただっきま〜すなのれすぅ〜〜♪」
「嫌ぁああああああああぁっ! お母さ〜〜〜〜ん」
涙を流しながら自分を待ち受ける残酷な運命に曝されようとしたその時だった。
「止めなさい、破廉恥教師がぁああああああああああぁっ!!」
「うわらばぁあああああああぁなのですっ!?」
おっぱいの付いたイケメンが小萌先生を吹き飛ばした。
「ふっ、吹寄っ!」
俺は大きなおっぱいのイケメンの名を叫んでいた。胸がドキドキキュンキュンした。
「ぐぬぬぬぬぬ。若いツバメ王国の野望を邪魔しようというのですね、吹寄ちゃんっ!」
「これ以上か弱い上条当麻に手を出そうというのなら容赦しませんよ、先生っ!」
か弱いと言われて俺の乙女回路がドキッと揺れた。何だか体が熱い。どうしたんだ俺?
「お前たちっ! 吹寄ちゃんをやってしまうのれすっ! 戦いの最中に不幸な事故でおっぱいを揉んでしまうぐらいは先生許可するのれすっ! むしろ揉めなのれす!」
「「「イーッ!!」」」
吹寄のおっぱいに釣られた土御門たちが一斉にイケメンへと襲い掛かっていく。
しかし──
「フロントホックパ〜ンチッ!!」
「「「うわらばぁああああああああぁっ!!」」」
俺のクラスで最強に凛々しい吹寄に数で攻めても無駄だった。吹寄はあっという間に襲い掛かってきた男子生徒全員をのしてしまった。カッコイイ♪
「さすが吹寄……日常パートでは最強なんだ……にゃー」
タフさを誇る土御門も完全沈黙した。まるで眠っているかのような安らかな顔だった。
「ぬぬぬぬぬ。先生が手塩にかけて育ててきたぁ大切な生徒たちを容赦なくフルボッコにするとは……やりまちゅね、吹寄ちゃん」
生徒たちを自ら死地に追いやった小萌先生は険しい瞳で吹寄を睨んでいる。
「でも、所詮やられ役のへっぽこ男子生徒たちを倒した所で調子に乗らないれくぢゃさい」
先生が本当は生徒のことをどう思っているのか心配だ。
「何故なら天に輝く極星は1つ。上条ちゃんのメインヒロインは上条ハーレム序列第7位の合法ロリこと月詠小萌先生しかありえないのれすからっ!」
小萌先生は右手人差し指をフラフラさせながら天井へと突きたてた。
「メインヒロインが誰かは先生が決めるものではありませんよ」
イケメンがこっちを向いた。
「上条当麻のパートナーは上条当麻自身が決めることです」
吹寄の凛々しい物言いに俺の乙女回路は激しく高鳴った。ドキドキ!プリキュア状態だ。
「そんなこと言いながら吹寄ちゃんも上条ちゃん狙いだってことは先生知ってるんれすよっ! 何故ならぁ吹寄ちゃんは上条ハーレム序列第6位じゃないれすかっ!」
「ええ。そうです。あたしは上条のことを愛していますがそれが何か?」
「ふえっ!? ふ、吹寄が……俺のことを!? ドッキンッ!!」
おっぱいの大きなイケメンに愛していると言われて乙女回路が最大限に高鳴る。
「きぃいいいいいいぃっ! そのイケメンな態度がムカつくのれす。先生が序列第7位で吹寄ちゃんの下だからって馬鹿にしているのれすね!」
「序列とか……そんなもの意味がありませんよ。選ぶのは全て上条当麻なのですから」
「もはや問答無用なのれすっ! 酔っ払った大人の底力を子供に見せてやるのれすうっ!」
小萌先生はビール瓶を振り上げて吹寄へと殴りかかる。
「上条ちゃんは先生が一番上手く操れるのれす。覚悟ぉおおおおおおおおおぉっ!!」
「それが先生の……矜持……なのですね」
吹寄は小さな声で呟き──
「ならばあたしも全力で応えますっ!」
「グハッ! なのです……」
次の瞬間、小萌先生は宙を舞っていた。
「それでこそ……吹寄ちゃんなのれす…………ガクっ」
勝負に敗れたというのに、小萌先生はすごく嬉しそうな表情を浮かべて気絶していた。
「吹寄っ! あっ、ありがとうなっ」
戦い終えた吹寄の元へと駆け寄っていく。吹寄は俺の貞操の恩人だ。
「上条当麻にはいつもこの学園都市を、そして世界を守ってもらっているからな。たまにはあたしが上条を守っても罰は当たらないわよ」
イケメンは少しも偉ぶらない。そんな態度にまたドキドキする。
「そしてあたしはいつも上条に守ってもらっている。だから今日はその恩返しだ」
吹寄は照れ臭そうに笑った。その笑顔は俺の乙女回路を最大限に燃え上がらせた。
胸の奥で何かが熱く込み上げ、そして爆発した。
「吹寄……好きだっ!!」
気が付くと俺は吹寄の両肩を掴みながら叫んでいた。
「えっ? ええっ!?」
吹寄は赤面しながら驚いている。
「と、突然何を……」
「今日の吹寄のイケメンぶりを見て俺は確信した。俺は吹寄に恋をしているんだって」
「あっ、あたしは……秋紗のように可愛げはないぞ。表情豊かでもないし」
99%無表情の姫神と表情を比べるのはどうだろう?
「俺は吹寄がすごく可愛いと思うぞっ!」
吹寄の身体がビクッと震えた。
「あ、あたしは……上条が学校を出て人助けに行く時、一緒に付いて行ってやれない女だぞ。なんせレベル0で特化した技術もない。上条のお荷物にしかなれない人間だ」
吹寄は急に表情を落ち込ませた。
「学校の外の平和は俺が守る。だから学校内の平和は吹寄が守ってくれ。今みたいにな」
適材適所。俺たちは力を発揮できる場所が違うのかもしれない。でも、それが2人の距離になるとは少なくとも俺は思わない。
「で、でも、それでもあたしは……超電磁砲みたいに優秀な能力者じゃない。上条のパートナーはもっと君の才能を引き出せる人の方が……」
「吹寄だって御坂に勝ってる所ならたくさんあるじゃねえか」
その例えを挙げようとした所で口を塞ぐ。その箇所も見ないようにする。
吹寄と御坂の両方に殺される気がしたから。でも、勝ってるでしょ、明らかに。
「それでも、あたしはやっぱり……」
顔を真っ赤にしながら口篭る吹寄。そんな彼女を見て俺はすごく激しい衝動に駆られた。
「もう1度言う。俺は……吹寄制理が好きなんだっ!」
言葉が終わると同時に俺は吹寄の口を自分の唇で塞いでいた。
「吹寄は俺のことが嫌いか?」
30秒以上の長いキスの後、俺は吹寄に尋ねた。
「キスをしてから聞くのか、そういうことを? 順番が逆ではないのか? 大体、あたしの許可を取っていないじゃないか」
吹寄は照れ怒っている。
「けれど……あんなにも長いキスの途中で拒まなかったのだから答えなど決まっている」
俯いて小声になる。
「ちゃんと答えを聞かせて欲しいんだけど」
「貴様……意外と鬼だな」
「鬼でいいから聞かせてくれ」
吹寄は不承不承顔を上げた。
「あたしは…………上条当麻のことが…きだ」
「よく聞こえなかったもう1度頼む」
「本当に鬼だな、君はっ!」
吹寄はムッとした表情で俺を見上げた。
「あたしは上条当麻のことが好きだ! 愛しているっ! 将来はお嫁さんにして欲しい! これで満足かっ!」
随分と乱暴な告白だった。でも……。
「そっかそっか。じゃあこれで俺たちは恋人同士だな」
吹寄の手を取りながらカップル成立を祝う。
「彼女になるのはやぶさかではないが、付き合うに当たっては一つ言っておきたいことがあるぞ…………当麻」
彼女の顔が真っ赤に染まった。
「何だ…………制理」
俺の顔も真っ赤かもしれない。スゲェ照れるぞ、名前で呼び合うって。
「さっきから当麻はあたしのことをイケメンイケメンと連呼しているが」
「ああ。制理はこのクラスの誰よりも勇ましくてカッコイイからな」
先ほど女子生徒たちが熱過ぎる眼差しで制理を見ていたのを俺は目撃している。
「あたしの憧れはお姫さまだ。どうせ呼ぶのならイケメンではなくお姫さまにして欲しい」
「分かりましたよ…………制理姫」
俺は制理と2度目の口づけを交わした。
王子さまっぽく、膝をついてお姫さまの手の甲にキスした方が良かったかもなとかそんなことを考えた。
了
7 御坂妹(御坂10032号)さんの場合
「私は抜けがけを希望します。とミサカは唐突に現れて上条当麻さまを野獣の瞳で眺めながら述べます」
5月23日。学校が終わって帰宅途中にいつもの公園に到着した時のこと。自販機の影から御坂、いや御坂そっくりの妹の方が現れた。
「えっと……妹の方だよな?」
「このビューティフル・フェイスが他の誰に見えると?」
1万人ほど同じ顔がいるとはツッコミ辛い。
「いや、今日はゴーグル付けてないからさ」
「他の個体との差をより鮮明にするためです」
「そ、そうか」
今の御坂妹は表情や目の輝き方以外に姉と区分する方法が外観的には全くない。俺的にはむしろ没個性になっているようにしか見えない。
「それと、あのゴーグルは抜けがけを行うのに邪魔になりかねないので外しました。と、ミサカはもう1つの隠された理由を語ります」
「それで、抜けがけって一体何のことなんだ?」
「それはつまり」
御坂妹が俺の顔を近距離からジッと覗き込んできた。
「えっ?」
「こういうことです」
御坂妹は俺の首に両手を回してつま先立ちの姿勢を取る。
「愛しています」
抑揚のない声で小さくそう囁いて御坂妹は……俺にキスをした。
初めてのキスという体験の衝撃と、女の子の唇の感触の柔らかさ。俺の脳は完全に麻痺して思考が停止してしまった。
「あっ、アンタたちっ! 公園の中で何をやってんのよぉっ!!」
聞き慣れた怒り声が俺の鼓膜を襲う。反射的に全身が震える。奴の恐怖は俺の身体に深く刷り込まれている。だが、体が震えたおかげで思考が働き始めることができた。
「よお、ビリビリ中学生」
昔懐かしの呼び方で日常の再現を務める。
「誰がビリビリ中学生だっ! 私には御坂美琴って名前があるっての何度言ったら分かるってのよ!」
こうやって御坂の怒鳴り声を聞いていると日常に戻ってきた気がする。上条さん、ちょっと安心のひと時。
「お姉さま。私と上条当麻さまの逢瀬を邪魔しないでください。と、ミサカは恨みがましい瞳でオリジナルを見ます」
そしてまた非日常に回帰する。
「そ、そうよっ! アンタ、人の妹になんてハレンチなことをしてくれたのよっ!」
御坂が目を剥いて怒っている。見ているのは妹の方だが。
「愛し合う2人がキスをして何が問題なのですか? と、ミサカはお姉さまの目力に負けないように睨み返します」
「あっ、ああ、愛し合う2人ですってぇえええええぇっ!?」
更にどぎつい俺に向けられたらチビってしまうかも知れない怖い瞳が御坂妹を捉える。
「はい。あのキスは私からしたものです。私と上条当麻さまは愛し合い心の底から結ばれ合っているのです」
御坂妹は俺の左腕をギュッと組みながら御坂に見せつける。
「あっ、アンタっ! 本当に妹と!?」
御坂の怒りの視線がこちらへと向けられる。マジ、パネェ怖さッ!
「アンタ、妹と愛し合ってんのっ!?」
「そ、そんな事実は……」
ない。と答えようとした所で御坂妹にグっと腕を引かれた。密着しているために肘に感じる御坂妹の胸の柔らかな感触。姉同様に同世代の少女たちと比べて小さいのは確か。けれど、それは確かに女の子の感触で。
「あっ」
硬派で知られる上条さんも思わず感動してしまいましたよ。いいなあ、女の子って。
「……まさか、私の唇を奪っておいて無関係を装うなんてことはしませんよね? と、ミサカは精一杯胸を押し付けて性的アピールしながら状況を有利に働かせるよう努力します」
御坂妹が耳元で囁いた。
「え〜と、なんだ。俺と御坂妹の関係は…………なっはっはっはっは」
笑って誤魔化すしかなかった。不意打ちとはいえ、キスしてしまったのは事実。御坂妹とは何の関係もないと言ってしまうのは紳士の振る舞いに反する。
「私に言えない……つまり、恋仲ってことなのね」
「へっ?」
御坂の全身から黄金の柱が天に立ち上っていく。御坂は俺の1歩前に進んだ解釈を施してくれたようだった。
「お姉さま。抜け駆けした事実は謝ります。ですが、私と上条当麻さまの仲を認めてください。と、ミサカはこれを好機と捉えカップル公認化を狙います」
「認められるわけがないでしょうがぁああああああああぁっ!!」
御坂から強大な電気の塊が俺たちに向かって放出される。
「間に合えぇええええええええぇっ!!」
右手を前方に突き出し御坂の電気を打ち消しに掛かる。
間一髪、電撃の消失には成功。だが、激しく光る電流が目の前を襲ってきたことで視界が一時的に奪われてしまった。そしてその隙に事態は動いた。
「アンタにさ……ちょっと付き合ってもらうわよ。2人の気持ち、確かめさせてもらうわ」
「へっ?」
ドスっという鈍い音がごく近くから聞こえた。俺が殴られたのだと気付いたのは意識が急速に掠れていき始めたからだった。
「当麻を取り戻したければ……あの場所まで来なさい。全ての過ちをアンタもろとも葬ってやるわ」
「……それがお姉さまの選択なのですね」
そんなやり取りを最後に俺の意識は完全に闇に食われた。
「御坂……お前、こんなことをして何になるんだよ?」
目が覚めた時、俺はかつて一方通行と死闘を繰り広げた貨物置き場のコンテナの上に拘束されていた。
「私はあの子の姉なのよ。そしてオリジナルなの。あの子の交際に口を挟むのは当然でしょうが?」
俺を誘拐・拘束した犯人である御坂は表情少なに月を見上げている。
「じゃあ、口を挟んでどうする? 妹が可愛いってんなら、交際相手とされる俺を尋問すれば良いだろう。何故妹を迎え撃つ?」
御坂のやろうとしていることはあべこべだった。
「アンタがその理由を理解してくれないから私が妹を倒さないといけないんでしょうが!」
御坂の全身から光の渦が巻き起こる。だが、それはすぐに消えてしまった。
「ウッ!」
御坂は左腕を抑えながら苦悶の表情を浮かべている。
「御坂……その腕、怪我してるんじゃないのか?」
よく見れば制服の二の腕が赤く滲んでいる。
「別に。アンタをここに運んでくる途中でちょっと鉄の柱に引っ掛けただけよ」
「ちょっとでそんな風に血が出たりはしないだろ。痛くて満足に能力も使えないくせに強がるな。早く病院に行くぞっ!」
縛られた状態のまま立ち上がる。
「残念。もう妹は到着しちゃったみたい。病院は決闘の後にしてもらうわね」
御坂が瞳をスッと細めながら立ち上がった。その眼下には……御坂妹が立っていた。
「圧倒的戦力差を理解しながらよくここまで来たわね」
御坂がコンテナから飛び降りる。
「愛の力は偉大なのです。と、ミサカは立体機動装置とピコピコハンマー剣を構えながらお姉さまを睨み返します」
御坂妹は学園都市の新技術らしい何かを腰に装着し、両手に赤と黄色のピコピコハンマーを握っていた。
「本気ってわけね……なら、全力で叩き潰してあげるわ。電影具現化(トレース・オン)」
御坂が砂鉄剣を2本創り出して妹に斬りかかった。
「お姉さまの攻撃への対処ぐらいは準備しています」
御坂妹はピコピコハンマーで御坂の剣を受け止めた。へっ?
「このハンマーはお姉さまの電撃を無効化します。上条さんのように完璧にはできませんが、剣を受けるぐらいはできます」
「ならっ! 剣術で圧倒すればいいだけのことよ」
御坂が2本の剣を舞っているかのように優雅に、それでいて激しく的確に振るう。御坂妹は防戦一方だった。
「電撃だけが私の全てだと思ったのがアンタの計算の甘さよっ!」
御坂は砂鉄剣を2本同時に振り上げて1本の巨大な剣に変える。そして妹に向かって躊躇なく振り下ろした。
「そんな甘い計算は私もしておりません」
剣が地面を砕く轟音を立てながら地面へとその切っ先が突き刺さる。だが、その大剣は御坂妹の体を捕らえてはいなかった。御坂妹はいつのまにか廃棄された自動車の上に飛び乗っていた。
「これこそが機動力に勝るお姉さまへの対抗策、立体機動装置です」
御坂妹は腰の部位の機械からワイヤーを発射。その先端のアンカーを鉄骨に引っ掛けるとワイヤーを巻き戻す反動を利用して御坂へと高速で突っ込んできた。
「私がお姉さまと戦うのに何の準備も研究も重ねてこなかったと考えるのは間違いです。と、ミサカは機械で不利を補いながらお姉さまを上から攻撃します」
「上等だってのっ!」
高方から攻撃を仕掛ける妹を御坂が真正面から迎え撃つ。
「す、スゲェ」
学園都市の科学力でプラス補正された御坂妹。怪我のせいでマイナス補正を受けている御坂。2人は互角の斬り結びをしている。
「大体っ! アンタの想いは偽物なのよっ! アンタは私の感情をトレースしているだけなのよ」
「私たちにお姉さまの感情を読み取る能力はありませんが?」
「そんなこと言ったって、アンタは私が好きになったものを自然と好んでいくじゃないの」
「あのゲコタとかいう両生類キャラクターや子供服は全く私の趣味ではありません」
激しい剣戟の音が響き渡る。
「それでもアンタは……私が、アイツのことを好きになったから……アンタも好きになったんでしょうがっ!」
御坂の打撃に一層の力が篭る。
「それは違いますっ!」
御坂妹が感情を剥き出しにして御坂の剣を受ける。
「どう違うってのよ! アンタの気持ちは所詮フェイクなのよっ! 私の代理よっ!」
「私はお姉さまがあの方を好きになる前からあの方を好きになっていた。私のこの気持ちは、上条当麻さまへの想いは私だけの本物ですっ!」
「抜かしてんじゃないわよっ! 私はっ、私の想いはぁ〜〜っ!!」
「お姉さまぁ〜〜っ!!」
2人の全力の剣が交差する。そして──
「私の……勝ちです」
「ええ。そして私の敗北よ」
御坂妹のハンマーが御坂の額を捉え、ピコンっという音と共に戦いは終わりを告げた。
「アンタ……私の大切な妹を任せるんだからもっとしっかりしなさいよ。妹を一生幸せにしないと許さないからね」
「私は上条当麻さまの嫁として一生を幸せに淫らに過ごします。2万人子沢山ですブイ」
敗北を認めた御坂は俺と御坂妹の関係を認めてくれた。えっ?
「それからアンタはこれから私のことをお義姉さんと呼びなさいよね。義弟なんだから姉の言うことに逆らったらダメなんだからね」
「ちょっ、ちょっと待ってくれよ!? 何で急にそんな展開に?」
「言いからリピートアフターミー。美琴義姉さん」
「………………………み、美琴義姉さん」
御坂のすごい剣幕に押されて美琴を姉と呼んでみた。すると、御坂は顔を艶々させて満面の笑みを浮かべた。
「答えは得た。これから私も頑張ってみるわ」
「…………何を得たって言うんだよ?」
「それじゃあ、義弟は義姉を楽しませるために時々買い物に付き合いなさいよね。じゃあね」
御坂は背を向けると颯爽と去っていった。
「何なんだ、この展開は?」
「上条×御坂妹の結婚エンドです。と、ミサカは上条当麻さまに抱き着きながら物語を締めにかかります」
「全くよく分かりませんが……えっと、よろしくお願いするな」
こうして俺はよく分からないまま御坂妹と付き合うことになった。これが俺と生涯を共にする御坂妹との本当の馴れ初めになったのだった。
了?
8 神裂火織さんの場合
「カミやんに世話になっている礼を身体で支払いたいって……本気かねーちん?」
学園都市第七学区のとある男子学生寮の一室。土御門元春はサングラスの奥の瞳を細めて目の前に立つ神裂火織を見ている。
「はい。部屋の掃除や食事の世話をして差し上げて恩を少しでも返したいと思うのです」
火織は神妙に頷いてみせる。
「身体で支払うって…そういう意味だったのかにゃー。ハァ……ちょっとガッカリなんだぜよ」
土御門は大きくため息を吐き出した。
「他にどんな意味があると?」
「何でもないんだにゃ〜」
土御門はサングラスを掛け直しながらおどけてみせた。
「しかしねーちん。カミやんの家に奉公に出向くからには覚悟はできているのかにゃ〜?」
「覚悟、ですか? 一体何の?」
火織は首を捻った。そんな彼女を見ながら土御門は意地悪く笑ってみせた。
「ハーレム王として知られるカミやんの家に上がるとは何を意味するのか。ねーちんがカミやんのお嫁さんになるぐらいの覚悟がなければ行ってはならないんだにゃ〜」
「ハーレム王? 一体何ですか、それは?」
火織は先ほどより大きく首を捻っている。
「正義感が強く人畜無害な朴とつ鈍感男子高校生上条当麻は過去の話。現在のカミやんは、女であれば年下だろうが年上だろうが見境なく攻略して食ってしまう鬼畜王と化しているんだにゃ〜。もちろん、インデックスもその犠牲者なんだにゃ〜」
「なっ、何ですってぇっ!?」
火織は目を剥いて仰け反りながら驚いた。
「ス、ステイルからそんな報告は受けていませんが……」
火織の声は震えている。
「ねーちんは全然分かってないんだにゃ〜」
「私が何を分かっていないと言うのですか?」
美女の整った顔がムッと歪みながら土御門を見据える。
「ステイルはあんなデカイ図体はしていても14歳。まだまだ子供なんだにゃ〜」
「確かにステイルは私より4歳も若いです」
「ねーちん本当は20歳を遥かに越しているんじゃねえのかにゃ?」
「殴りますよ」
火織は殴ってから警告した。
「とにかく、思春期真っ盛りの少年が、自分の想い人が恋敵の少年と熱い夜を過ごしているなんて認められるはずがないんだにゃ〜。そんな報告は当然できないに決まっている」
「しっ、しかしッ! ステイルは任務と私情を切り離して考えられる一流の魔術師です」
火織は大声で反論する。けれど、そんな火織の変化さえ土御門には楽しいものだった。
「その一流の魔術師は確か、任務を途中で放棄してインデックスの記憶を消さないために動いたはずなんだにゃ〜。ねーちんと一緒に」
土御門は白い歯を見せながら笑ってみせた。
「…………確かに一流の魔術師といえども命令に背くことはあるでしょう。しかし…」
土御門は火織の言葉を途中で遮って喋りだす。
「この部屋はカミやんの隣に位置しているんだにゃ〜。だからカミやんたちの声がこの部屋まで届いてくることはよくあるんだにゃ〜」
土御門は壁に向かって耳を当てる仕草を取ってみせる。
「どんな声が聞こえてくると言うのですか?」
「一番聞こえてくるのは……夜、2人のベッドの中での艷声なんだにゃ。エロエロなんだにゃぁ」
「なっ、ななっ。破廉恥なぁあああああああああぁっ!!」
火織の大声が室内の空気を切り裂いた。そして彼女は頭を抱えて震え始めた。
「そっ、それではやはり、あの2人はもう既に深い仲になっていると……そんな、馬鹿な」
「ねーちんのショックはインデックスに対してなのかにゃ〜? それともカミやんに対してなのかにゃ〜? 俺っちとしてはねーちんがインデックスに腹を立ててるように……」
「うるさいですっ!」
両手で顔を覆う火織。そんな真面目な彼女を見ていると土御門はますますからかいたくなっていく
「でも時々、夜中に聞こえてくるんだにゃ〜。インデックスが『ううう…お母さん』って呟きながらすすり泣いている声が聞こえてくるんだぜよ」
「お母さん? すすり泣き?」
火織は顔を上げて目を大きく見開いた。壁に立て掛けてある愛刀をゆっくりと手に取る。
「それではまさか……上条当麻は無理やり!?」
火織の周りの空間が一瞬ぶれたように土御門には見えた。彼女が抜刀術を披露したと分かったのは、むき出しになった刀身が鈍い光を放ったからのことだった。
「ねーちん。おっ、落ち着くんだにゃ〜」
予想以上の火織の豹変に土御門はやり過ぎたと後悔する。けれど、今はともかく彼女を宥めないわけにはいかなかった。
「これが落ち着いてなどいられますか。上条当麻を斬り、責任を取って私も自害します!」
火織の声には欠片も冗談が含まれているようには感じられない。本気に違いなかった。
「カミやんを斬ってねーちんが自殺して一体どうなると言うんだにゃ〜?」
「そんなこと決まっています。あの子を、インデックスを幸せにするためなんです」
「カミやんが死んだらインデックスは一体どうなるのかにゃ〜? 幸せになれるとはとても思えないぜよ」
「えっ?」
荒々しいばかりだった火織の気配に戸惑いが生じた。
「だってぜよ。考えてみればいいんだにゃ〜。上条当麻が死んでしまえば、インデックスは保護者も生活の拠点も失うことになる。当然イギリスに連れ戻されることになる」
「そ、それは確かに……」
「今までインデックスにはカミやんという保護者が、そしてそのバックには学園都市やその他諸勢力が存在していた。だからイギリス清教も彼女にうかつに手を出せなかった」
「は、はい」
「カミやんの加護を失ったインデックスは……また元の生活に逆戻りなんだにゃ〜。毎年記憶を消され続けるあの悪夢がまた繰り返されるんだにゃ〜」
「そ、そんな……」
火織はうなだれて激しく落ち込んだ様を見せている。
「それでは私が上条当麻を斬ってしまえば……」
「あの子は100%不幸になる未来が待っているだけなんだにゃ〜」
火織は刀を鞘に収めて床に置いた。
「では、私は一体どうすれば? この事態を見過ごすわけにもいきません」
火織は床に崩れながら弱々しく土御門に尋ねる。
「……今更全部嘘だなんて言ったら俺がねーちんに殺されるんだにゃ〜」
土御門は頭を捻りながら事態をどう転がすべきか考える。
『カミやんに世話になっている礼を身体で支払いたいって……本気かねーちん?』
火織とのやり取りの冒頭部を思い出しながら方針を定める。
「インデックスの過去はどうにも変えられない。でも、未来はねーちんの行動次第で変えられることができるんだにゃ〜」
「それは、どういうことでしょうか?」
火織がすがる瞳で話に食いついてきた。
「インデックスに幸せな未来を与えたければ……ねーちんはこの衣装に着替えてカミやん家を訪問するしかないないんだぜよっ!」
土御門はクローゼットを開けて火織に女物の衣装を見せた。
「そ、それは?」
「堕天使エロメイド服なんだにゃ〜」
胸元がやたら大きく開いた黒を基調としたメイド服だった。
「な、何故そのような破廉恥な服装を今持ち出すのですか! 場合によっては斬りますよ」
メイド服を見た火織の表情が際限知らずに赤く染まっていく。怒りと恥ずかしさで。土御門にとってここが生き残れるかどうかの正念場となることを悟らずにはいられなかった。
「そんなこと、ねーちんがカミやんを誘惑してインデックスを救うために決まっているんだにゃ〜」
「私が上条当麻を誘惑? それがどうして救うことに繋がるのですか?」
火織は心底驚いているようだった。
「ゲス条と化したカミやんのリビドーが全てねーちんの方へと向けられれば、インデックスがカミやんにこれ以上酷い目に遭わされることはないんだにゃ〜」
「し、しかし、それでは……わ、私が、その、彼の……は、破廉恥です……」
火織は自分の体を抱き締めた。熱に浮かされた表情で恥ずかしがっている。
「命を捨ててでもインデックスを守るというねーちんの意志はウソだったのかにゃ? やっぱり我が身が可愛いのかにゃ? 人間として当然の話だぎゃ」
「嘘ではありません。し、しかし、生涯の伴侶となる者以外に体を許すなど……」
「だったらねーちんがカミやんと結婚すればいいだけの話なんだにゃ〜♪」
土御門はパンっと手を叩いた。
「えっ?」
火織は口を半開きにしながら固まっている。結婚という単語はインパクトが大きすぎた。
「ねーちんはこのメイド服を着てカミやんの家を訪れ『お嫁になりに参りました。末永く可愛がってください』と三つ指ついて述べてから唇を奪ってしまえば万事解決だにゃ〜」
「えっ? えぇえええええええええぇっ!? な、ななな、何と大それた話を」
火織は大口を開けて驚く。
「カミやんがねーちんを嫁にすればインデックスが酷い目に遭うことはなくなる。ねーちんはカミやんの嫁だからインデックスの保護者になって彼女を守れる。カミやんはねーちんの旦那なので不貞な行為には該当しない。いいこと尽くめなんだにゃ〜。唯一のハッピーエンドに繋がる道なんだにゃぁ」
「そ、それはそうかも知れないですが……急に嫁入りだなんて……心の準備が……」
火織の全身が真っ赤に染まり上がっていく。恥ずかしさで今にも死にそうに見えた。
「うん? ねーちんはカミやんのことが嫌いなのかにゃ? それなら仕方ないにゃ〜。他の女の子に頼むとするんだにゃ」
「嫌いだなんて言ってません! 私は上条当麻が大好きですっ!」
恥ずかしがりながらの火織の告白。土御門の鼓膜が破られそうになった。
「じゃあ、何の問題もないんだにゃ〜」
「しっ、しかし、彼はまだ高校生です。そして年下なんです! 年下なんですよっ! 年下だって分かってるんですか!」
「大した問題じゃないんだにゃ〜。学校を卒業するまでねーちんが養ってあげればいいだけぜよ。それに今時姉さん女房なんて珍しくないんだにゃ〜」
「世間一般では珍しくなくとも私にとっては問題なんです。だって年下なんですから!」
火織は真剣だった。それが土御門には面倒くさく感じた。
「だったら、五和にでも頼んでみるからねーちんは何もしなくていいんだにゃ〜」
「えっ?」
火織の顔が引き攣った。
「インデックスを助けることができて、教会側の事情も理解しつつカミやんと一緒に保護者になってくれる存在なら別にねーちんでなくてもいいんだにゃ〜♪」
土御門は挑発的に火織に微笑みかけた。その笑みは彼女に一つの決心を促した。
「…………分かりました。そこまで言うのなら私は今日から上条火織になりましょう。むしろなります」
凄みの効いた顔で土御門にそう宣言する。
「すっ、全てはインデックスのためです。決して私が上条当麻のお嫁さんになれて内心でひゃっほーと飛び回りながら叫んでいるとかそんなことは欠片もありませんから」
「…………分かり易すぎなんだにゃ〜」
顔を真っ赤に染める火織を見て土御門は思わずツッコミを入れてしまった。
「それでは私はインデックス保護のために仕方なく上条当麻の元にお嫁入りしに行くことにします」
「…………それはいいけど、いつの間に着替えたんだにゃ?」
火織はいつの間にか堕天使エロメイド服に着替えていた。その圧倒的なボリュームを誇る胸が扇情的な衣装によって更に強調されている。
男子高校生には破壊力抜群すぎる神裂火織が土御門の前に立っていた。
「私は聖人ですから早着替えぐらいできます」
「聖人は一昔前のバラエティー番組のアイドルと同じなのかぜよ」
ため息が漏れ出る。セクシーを極めているのにどこか残念な感じが漂うメイドだった。
「ご相談に乗っていただきありがとうございました。それでは私の戦場に参ります」
火織は頭を浅く、けれど丁寧に下げると剣を携え土御門の部屋から出て行った。
「さて……」
土御門は室内を感慨深い瞳で見渡す。
『お嫁になりに参りました。末永く可愛がってください』
『へっ? 神裂? お前は一体何を言って? えっ…………うぷぅううううぅっ!?!?』
『あぁああああああああぁっ! かおりがとうまにキスしたんだよ! やっぱりイギリス清教の魔術師はみんな悪い奴なんだよっ! とうまから離れてよぉおおおおおぉっ!』
『これで私は上条当麻のものです。私が彼のお嫁さんです。それを邪魔すると言うのなら……インデックス。あなたといえども容赦しませんよ! 容赦なく叩き斬ります』
『ムッキィ〜っ! とうまはわたしのだもん! 誰にも渡さないんだから!』
隣の部屋から物が飛び散る音、激しく罵り合う女同士の声が聞こえる。
「おいおいねーちん。いきなり目的と建前が入れ替わっているぜよ。いくらなんでも早すぎだにゃ〜」
土御門は非常脱出用に備えているトランクを手に持つと玄関へと出る。
「とりあえず、ねーちんが落ち着くまでアラスカにでも行ってみるかにゃ〜」
日差しが強かったので涼しそうな場所を頭に思い浮かべる。
「じゃ〜な、カミやん。グッドラックだにゃ〜」
トランクを手に土御門は全力で走り出した。
『神裂とインデックスの争いに巻き込まれて……ふっ、不幸だぁああああああぁっ!』
背中に聞こえる上条当麻の悲痛な叫びに涙しながら土御門は新天地を目指すのだった。
了
9 鳴護アリサさんの場合
「とうまが好きなのは、長年同棲を続けてきたこのわたし、なんだよっ!」
「何言ってんのよっ! コイツは、街を一緒に歩いていれば恋人とよく勘違いされてしまう私のことが好きなのよっ!」
竜虎相打つ。
5月23日。わたくし上条当麻の自宅では何かとても不毛な争いが生じています。
「わたしはとある魔術の禁書目録のメインヒロインを2期も張ってるんだよっ! わたしと当麻の仲は鉄板なんだからっ!」
「何を馬鹿なことを抜かしているのよ! 私なんて、とある科学の超電磁砲の主役を2期も務めているのよ。今期のアニメのOPなんて完全に上琴映像じゃないのよっ!」
この子たちはメタ発言を繰り返して何を不毛なことで争っているのやら。お兄さん、2人の教育方法を間違えたかと哀しくなっちゃいますよ。
ていうかこの争い、いつかどこかで見たことがある気がします。
「とにか〜く〜っ! とうまはわたしのことが好きなんだよっ!」
「いいえっ! コイツは私のことが好きで好きでたまらないのよっ!!」
激しくにらみ合い火花を散らす2人の少女。
「このやり取り、以前どっかで見たことがある気がします。こう……こことは違う平行世界のどっかとかで」
現実の世界のことではないのでよく分からない。けれど、その平行世界で俺は確かにこのやり取りを体験して……Happy Endという名の下に恐ろしい悲劇を味わった気がする。
「とうまは黙ってて欲しいんだよっ!」
「アンタは黙ってなさいっ!」
メインヒロインを自称する2人に同時に怒られた。
上条さんはもっとこう、女の子らしい思い遣りに溢れた体のラインの起伏が激しい子に愛を語ってもらいたいんですがねえ。
いや、絶対このやり取りとモノローグを他の世界でしたって!
そしてこのやり取りが続けば……俺は間違いなく不幸になる。
『今夜は寝かさないからな』
『ヘッ! 三下がァ俺を満足させられるのか見定めてやンぜェッ! ヒャッハッハッハッ』
一方通行との……結婚が待っている。そんな今の俺には耐え難い未来が。
「大体、短髪は上条ハーレムの序列第3位。所詮半端者なんだよっ! 見せ場は作るけれど結局最後は振られる。そんな役どころがお似合いなんだよ!」
「何ですってぇっ!!」
激しく睨み合いながら怒り合う2人。そうだよ。インデックスたちは、ここで序列がどうとか訳の分からない話を繰り広げていくんだ。
「その点わたしは短髪なんかとは別次元の地位にいるもんね」
「ハァ? 何を言ってるの、アンタ?」
「わたしは上条ハーレム序列第0位。ナイト・オブ・ゼロの称号を持つ超特別枠だもん」
インデックスがない胸を反らした。この反応も確かにあった。俺は確かに知っている!
「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ。アンタの序列は第9位でしょうが」
「ほにゃっ?」
「アンタ、0と9を勘違いしているでしょ。ちびっ子シスターの序列は第9位。分かった?」
「そ、そんな馬鹿なはずが……あっ」
インデックスは手帳を取り出して何かを確認して硬直した。
「まったく、0と9を勘違いするなんて。これからはアンタの序列はHで決まりね。上条ハーレム序列第H位のインデックスさん」
「Hはちょっと屈辱的かもっ!」
「今風の9位と言えば芋女よね。アンタにはそっちもお似合いよね」
「誰が食いしん坊馬鹿なんだよ!」
再び激しい火花を散らし始める御坂とインデックス。
絶対、絶対絶対俺はこのやり取りを以前他の世界で見たことがある。
そして次にやって来るのは……初春と柵川中学のお友達2人。そしてそして俺は、一方通行と……っ!!
「そんなおぞましい未来を認めてたまっかよぉっ! そのふざけた未来をぶち殺す!」
俺は自由と尊厳を守るために走った。即ち、初春たちがこの部屋にやって来る前に逃げようと決意したのだ。
「へっ? とうま?」
「何で突然逃げ出すのよ!?」
「それを説明していたら、俺は一方通行エンドに入ってしまうんだぁ〜〜っ!!」
自分でもよく分からないことを叫びながら一心不乱に玄関を目指す。初春さえやり過ごしてしまえば別の未来が待っていると信じながら。
「よしっ! まだ初春たちはこの男子寮に来ていないっ! 俺の勝ちだぁ〜〜っ!」
玄関の扉を開けて左右に初春がいないことを確認する。そして栄光の第一歩を踏み出そうとしたその時だった。
「きゃっ!?」
「うわっ!?」
俺は正面から歩いてきた女の子に思い切りぶつかり、そのまま押し倒してしまった。
「わっ、ごめん!」
「あっ、いや、大丈夫、だから……」
俺は帽子を目深にかぶった少女からすぐに退こうとした。けれど、足と足が絡まってしまいなかなか動けない。焦れば焦るほど体勢が悪くなっていく。
「その……とりあえず右手だけでも動かしてくれると嬉しいんだけどなあ」
「うん? 右手?」
女の子に言われて今自分の右手どうなっているのか確かめてみることにする。
とても柔らかい感触が右の手のひらから伝わってくる。
「この、涙が出てくるほど幸せいっぱい夢いっぱいになれる感触はまさか……」
おそるおそる、組み敷いてしまっている女の子の首より下へと視線を向けていく。
「当麻くんの……エッチ」
帽子がずれて少女の顔が露わになる。
「えっ? アリサっ?」
俺が押し倒していたのは学園都市で大人気の歌姫で宇宙エレベーター・エンデュミリオンの1件を通して知り合いになった鳴護アリサだった。
アリサは俺から恥ずかしそうに顔を背けた。顔中を真っ赤にしながら。何しろ俺がアリサの胸を揉んでしまっているのだから当然の反応だった……あっ!
「俺……アリサ……胸!?」
事態を把握して息が詰まる。
「ごっ、誤解だからなっ! 上条さんお得意の不幸体質を発揮して、転んだらアリサが下敷きになって偶然胸を揉んでしまう形になっただけで! 決してわざとじゃないぞ」
「偶然なのは分かったから。手、退けて欲しいな。……当麻くん相手とはいえやっぱり恥ずかしい、よ」
アリサは顔を逸らしながらも全く抵抗を見せない。俺のされるがままになっている。
そんな献身的?なアリサを見ていると上条さんも何だか男の子としてグッと……いやいやいや、ダメだから。そんなのは硬派な男のすることじゃないから!
「いや、だから、全部事故だからっ! 上条さんはアリサを押し倒したくてこんな体勢を取っているんじゃありませんのことよ!」
俺はジェントル上条であることを必死に訴える。
「だったら……すぐに退きなさいっての、このスケベがぁあああああぁっ!!」
アリサと話していたら突然視界がグルングルンと高速回転を始めた。
「グハッ!?」
後ろから蹴り飛ばされて体が転がっているのだと気付いたのは腹に激しい痛みを覚えてからのことだった。
「このパターンは……」
腹を右手で押さえながら顔を上げてみる。するとそこには、白い修道服を着た般若少女が立っていた。
「とうま……急に走り出したから何かと思ったら……アリサにエッチなことをするのが目的だったんだね」
「そんなわけがあるかっ!」
「問答無用なんだよっ!」
インデックスが犬歯を剥き出しにして襲い掛かってきた。俺に噛み付く、いや、食いちぎるつもりに違いなかった。
「やられてたまるかよっ!」
俺は慌てて後ろを振り返って再度の逃亡を図る。しかし──
「アンタに逃げ場なんて、あるわけないでしょうがぁっ!!」
俺の腹を蹴った犯人がもの凄い剣幕で睨んでくる。全身から青白い電気を放電しながら。
「御坂っ! 待て、落ち着くんだっ! 俺をここで殺しても何も解決はないぞっ!」
「女の敵がこの世から1人いなくなるんだから……いいに決まっているでしょうがぁああああああぁっ!!」
御坂は俺の制止も聞かずに大電撃を放った。
「右手が間に合わねえ…………こ、これは本気で死ぬっ!?」
あまりにも呆気なく訪れることになった俺の死。一方通行と結婚しなくて済んだからまあいっかと心の中で考えながら目を瞑る。打算の対象がけち臭くて寂しい人生だったなあ。
「上条さんにだってできないことはあるんです。奇跡でも起きない限り、俺はここで死にます。みなさん、さようなら……」
涙が毀れた。女の子と付き合ったこともない侘び錆びの効きすぎた人生が今終わりを告げる……。
「当麻くんっ! あたしの歌を聴いてぇえええええぇっ!!」
死を受け入れようとした瞬間、彼女の透き通った声が俺の耳を貫いた。
「にこにこ島がありまして〜 にこにこ仲間がいるんです〜」
彼女が、鳴護アリサが歌い始めた瞬間、奇跡は起きた。
「嘘っ? 何で電撃が!?」
「アリサが……アリサがまた奇跡を起こしたんだよっ!」
俺に命中するはずだった電撃は突如軌道を変えて大空へと向かって伸びていく。物理法則をまるで無視したそれは確かに奇跡としか言い様がない。
「じゃじゃまる ぴっころ ぽろり〜 ドキドキ〜 あっち向いて〜 プン」
アリサが両手を組んで歌い続ける。電撃は空高くへと飛んで行き──
「ヒャッヒャッヒャッヒャ。三下ァ、嫁になりに来てやったぜェ…………って、ギャァアアアアアアアアアアァッ!?!?」
初春によって洗脳されているウェディングドレス姿の空飛ぶ一方通行に直撃した。
「スゲェッ! 御坂の電撃の軌道を逸らしただけでなく、一方通行のベクトル操作さえも無効にしてしまうなんて……まさに奇跡っ! イッツ・ミラクルだぁっ!!」
墜落していく一方通行を見ながら俺は一方通行エンド(Happy End)がなくなったことに感動の涙を流してしまうほどだった。
「何でにこにこぷんのテーマソングなのかは欠片も分からないけどな」
今の若い奴は『おかあさんといっしょ』『にこにこぷん』を知っているのだろうか?
いや、俺やアリサが知っているのも年代からすると謎なのだが。
「とにかくスゲェぞ、アリサッ!」
アリサの両手をしっかりと握って上下に振り回す。
「アリサちゃんマジ天使っ! お前のおかげで死なずに済んだ。君は命の恩人だっ!」
「てっ、天使だなんて大げさだよぉ」
アリサが照れ顔を見せている。命の恩人だと思うと本当に可愛く見える。これがアイドルの放つオーラか。眩しくて涙が出るぜ。
「むむむ。あの朴念仁とうまのハートをこんな短時間で掴んでしまうとは。さすがはわたしの親友、ううん、ここは敢えて強敵(とも)と呼んでおくんだよっ!」
「さすがは上条ハーレム序列第10位鳴護アリサ。クリスタちゃんマジ天使と同じ順位なだけはあるわね。食欲だけが売りのH位とは比べ物にならないほどに強力なライバルだわ」
「ムカッ! 何言ってんのさ。映画版はどこからどう見ても上インっ! 短髪はレールガン第2期放映のためのゲスト出演に過ぎないんだよっ! 物語に別に絡んでないんだよ」
「うっさいわね! 今後もう2度と映像になることがないアンタに映画ではわざわざ花を持たせてやったんだっての!」
「そんなことないもん! カナミンはレールガンにも出たもん! 魔法少女は最高なんだもんっ!」
「アンタはそれで満足なのっ!?」
「満足に決まってるんだよ!」
所構わず喧嘩を始める自称メインヒロイン2人は放っておく。
この2人の争いに介入するとろくなことにならない。
代わりにアリサとの会話に集中する。
「今の俺は最高に気分がいいから、アリサのお願いだったら上条さんは何でも聞いちゃいますよ♪」
アリサの手を取ってダンスのようにクルクル回しながら尋ねる。Dead EndとHappy Endを避けられてマジ良かった。
「ほっ、本当に、何でもいいの?」
アリサは頬を上気させながら興奮した声を出す。
「ああ。上条さんに二言はないね」
「じゃあ……じゃあね……」
アリサは上目遣いに恥ずかしそうに俺を見た。
「キス……してくれるかな?」
アリサは顔を真っ赤にしながら願い事を打ち明けてくれた。
「えっ?」
でも、アリサの願い事は俺にとってあまりにも予想外のことで。緊張のあまり身体も喉も全く動かなくなってしまう。
「キス……ですってっ!?」
「いくら親友でも……それは許されないんだよっ!」
先ほどまでいがみ合っていた2人が今度は息の合ったコンビネーションを見せながら俺たちを威嚇する。変わり身早いな、コイツら。
「アリサの唇がこんなゲス条ハーレム王に汚されてしまうくらいなら……仕方ないから私が代わりにキスされてやるっての! ガルルルル」
「まったく、とうまは可愛い女の子なら誰でも構わない変態さんだから。その下卑た欲望はわたしだけにぶつければいいんだよ! ガルルルル」
御坂とインデックスは飢えた野獣のような血走った瞳で俺を狙っている。何だか知らないが先ほど以上に危機を感じる。主に貞操的な面での。
「コイツら……メインヒロインがどうとか言っていたけど、その実態はラスボスじゃねえかあっ!」
ヒロインからラスボスまで務められるとは便利な奴らだ。そして俺は大ピンチ。
「とうま……覚悟なんだよ!」
「アンタ……覚悟しなさい!」
「クソッ! 科学の御坂と魔術のインデックスが同時に敵に回るなんて……奇跡でも起きない限り俺は絶対に死ぬうっ!」
俺の右手だけではどうにもならないことはある。この場を乗り切るにはエンデュミリオンの奇跡以上の奇跡が必要だった。
だが、そんな奇跡がそうそう起きるはずがない。死の運命の前に屈服しそうになったその時だった。
「当麻くんっ、諦めちゃだめっ!」
アリサの叱咤の声と共に歌が聞こえてきた。
「サ〜ラバイバイ サ〜ラバイ 元気にサラバイ〜」
彼女の優しい旋律の調べはこの世界に何度でも奇跡を起こしてくれる。
「あっ、たい焼き」
「あっ、ゲコタ」
鉄壁の包囲網を敷いていた2人の少女が視界の隅に好きなものを発見し、陣形に一瞬の隙が生じる。
「今だっ!」
俺は包囲網を突破してアリサの元へと到達する。そのまま彼女をお姫さま抱っこの姿勢ですばやく抱える。
「俺の右手でも消せない奇跡をもう1回頼むぜ」
科学でも魔術でもない彼女の奇跡の力を信じながら7階から地上に向かって飛び降りる。
我ながら無茶なことをしているとは分かっている。でも、それでも俺には確信があった。アリサの歌がまた奇跡を起こしてこの場を何とかしてくれるという。
「そろそろ門が閉まっちゃう そ〜ら捕まえた〜」
地上への自由落下の最中も彼女の歌は途切れることはなかった。そして──
「アレ? なンで俺は三下の家の前になンて来てやがンだ? まぁいい。今日こそ三下にラストオーダー……じゃなくて、JSの魅力を教えてやっとすっか。JKはもちろんJCもBBAなンだって奴の目を覚ましてやンねえと……うン? 三下とJKが空から降って……ぎゃああああああああぁっ!?」
落下をしていた俺たちは飛び上がってきていた一方通行をクッション代わりにして落下の衝撃を吸収。無事に着地することができた。
「明日の〜明日に〜また遊ぼう〜 にっこり笑ってまたね〜 約束マーチ〜」
奇跡のおかげか足も全く痛くない。俺はアリサを抱えたまま走り続けてインデックスたちからの逃避行に成功したのだった。
何故にこにこぷんの終わりのテーマなのかは相変わらず分からないが。
「はぁはぁ。ありがとう、な。アリサのおかげでまた助かったよ」
息を整えながら礼を述べる。
俺たちは駅前広場へと来ていた。ここはアリサがよくストリートライブを開いていた場所であり、俺たちが初めて会った思い出の場所でもあった。
「お礼を言うのはこっちの方だよ。当麻くんのお姫さま抱っこを堪能させてもらってるんだし」
「あっ」
言われて気づく。俺はマンションからここまでずっとアリサを抱きかかえていることに。
慌てて彼女を地面に降ろす。
「ちょっと残念かな。当麻くんのお姫さまになれて嬉しかったのに」
久しぶりに自分の足で地面に立った彼女は名残惜しそうに笑っている。
「えっと、それはともかく、その、お礼がしたいんだけど……」
「お願いならさっき言ったよ。キス、して欲しいな」
アリサは照れ臭そうにしながらも自分の唇を指で2度3度と触ってみせた。
「あの……そのお願いはマジなんでしょうか?」
「マジなんです♪」
「その、学園都市どころかエンデュミリオンを通じて世界的歌姫になったアリサさんが一般人の少年とスキャンダルになるようなことは……」
「その歌姫さんは、エンデュミリオンの事件の後には活動休止状態なのでスキャンダルとか全然関係ないのです」
アリサは小さくおどけて笑ってみせた。
あの事件では色々なことがあった。アリサの身にも大きな変化が生じ、彼女はとても美しくも悲しい真実を知ることになった。
それでも現在アリサは俺の目の前にいてくれている。笑って怒って楽しんで生き生きとした表情をみせてくれている。それこそが彼女が起こした最大の奇跡に違いなかった。
「未来のことは分からないけれど、また活動を再開するかも知れないけれど、今は当麻くんのために歌えればあたしは幸せだよ」
アリサの健気な告白を聞いて俺は胸がギュッと締め付けられた。そして同時に全身に暖かいものが広がっていく。
「そんな嬉しいことを言ってくれちゃうと、一生俺だけのための歌姫にしちゃうぞ」
「それ……悪くないよ」
俺とアリサの顔がゆっくりと近づいていく。
そして2人の距離はやがて0になった。
「当麻くんにもさ、歌の良さを知って欲しいかな」
キスが終わり名残惜しい表情を浮かべながらアリサは言った。
「音楽素人の俺だってアリサの歌の良さぐらいなら分かるぞ」
「そうじゃなくて。当麻くんに私と一緒に歌って欲しいってこと」
「ええっ!? 俺、完璧な素人だぞ。プロのありさと一緒に歌ったりしたらクオリティーが下がるだけだぞ」
アリサと一緒に歌っている自分を想像すると、聴衆から缶やごみを投げつけられている自分の姿しか思い浮かばない。
「そうじゃなくてね」
アリサは俺の手を握ってきた。指と指を絡ませる所謂恋人繋ぎというやつだ。
「私の歌を聴いてもらえるのは幸せなことなんだけど。でもね、大好きな人と大好きなことを分かち合えればもっと幸せになれると思うんだ」
アリサの顔は真っ赤にしながら一生懸命に喋っている。
「だからね、こうやって当麻くんと手を繋いで向き合って一緒に歌えれば……あたしは最高に幸せになれると思うよ」
「それって、アリサは俺のこと……」
「キスまでしたんだから察してよ、もぉ」
アリサの頬がプクッと可愛く膨れた。
「俺も、そのさ……アリサのこと、その、好きだから」
たどたどしいけれど、自分の気持ちをちゃんと伝える。
「うん」
アリサは頷いてみせた。それからとても恥ずかしそうにして確認してきた。
「これで私たち……恋人同士、なんだよね?」
「両想いなんだし……そうなんだと思う。俺と、アリサは、その、恋人同士だ」
ぎこちない会話。でも、そんなぎこちなさが生まれたばかりのカップルである俺たちにとっては心地良かった。
「じゃあさ、さっそく歌おうよ」
アリサが照れ臭そうに俺を見上げる。
「ああ。いいぜ」
恋人の願いに頷いて返す。
「じゃあ、ひらけ!ポンキッキより生まれた不朽の名作およげ!たいやきくんを2時間エンドレスで♪」
「何でその選曲なんだぁ〜〜〜〜っ!!」
俺のツッコミが学園都市の大空へと吸い込まれていく。
俺とアリサの新しい関係はこうして始まりを告げたのだった。
了
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とあるの キスの日記念の第二弾。吹寄制理、御坂妹、神裂火織、鳴護アリサの物語。 | ||
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