インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#108 |
無人機による学園襲撃の翌日、いつものように始まったホームルームは『日常の((終焉|おわり))』をもたらした。
IS学園の無期限休校。
そして、学園関係者の一時総退去。
淡々と告げられた事実。
何時もなら始まる授業も無く、その為の準備が言い付けられてその日の『授業』は終了した。
そして―――
「なんでだよ、千冬姉!」
専用機保有者には『((専用機からのコア摘出|あいぼうとのわかれ))』が突きつけられた。
「委員会からの命令だ。"稼働中ISに使用されている分も含めて"全てのコアを対象とした検査と暴走対策を受けさせろ…とな。」
声を荒くする一夏に対して、恐ろしい程に平静な千冬。
それだけでは無い。
一夏以外の面々も皆不満そうにしている。
…それも、当然だろう。
『幾度も命を預け、助けられてきた相棒を引き渡すだなんて冗談じゃない!』
それが、彼女らの本音なのだから。
「織斑先生。」
「なんだ、オルコット。」
「そのコア回収命令は学園に対して出されたものなのですか?」
一縷の望みをかけてセシリアが切り込んだ。
「何?」
「我々の専用機は国に預けられた物です。いくら委員会からの命令と言えど国の許可が―――」
「オルコット。」
だが、その台詞は途中で千冬に遮られた。
「このコア回収命令は学園だけでは無い。現存するISコアを保有する全ての国家、組織に対して出されている。」
「…く。」
千冬の言葉は、見事に希望を打ち砕く。
セシリアも苦々しい表情を浮かべながら、普段ならば欠片も見せないであろう声を漏らす。
「…お前たちなぁ。今更、個人の力でどうこうできる問題では無い事くらい判るだろう。」
それでも、『嫌だ』と顔にだして隠さない面々に向かって千冬は言う。
「束に((処置|・・))は頼んである。第三アリーナの簡易整備施設に行ってさっさと終わらせてこい。」
どこか投げやりに『さっさと行け』という千冬に追い立てられた一夏たちは渋々ながら、束の待つという第三アリーナの簡易整備施設まで向かう事となった。
「まったく、先輩も苦労人ですね。」
「…山田君か。」
一夏たちを見送り、平静を装っていた仮面を外すとほぼ同時に真耶が現れた。
「いいんですか、言わなくて。恨まれますよ?」
「恨まれようが、憎まれようが、こればかりはな。何があっても知らせる訳には行かん。」
そこまで言ったところで、千冬は真耶に用件を訊ねる事にした。
「ところで、用があって呼びに来たんじゃないのか?」
「あ、はい。先ほど((送迎バス|・・・・))と行き先が決まったと連絡がありまして…」
「判った。職員室で聞こう。」
* * *
[side:箒]
その晩は、中々寝付けなかった。
「―――はぁ。」
ベッドに寝転がったまま、手首に触れる。
そこは、待機状態の紅椿がある―――筈だった場所。
昼間、姉さんの手により摘出されて紅い菱形八面体の結晶に姿を変えて、私の元から離れた相棒の居た場所―――
「むぅ…」
どうも落ち着かない。
まるで、心の欠片を喪ってしまったかのような心寒さがどうも気になってしまう。
―――想えば、紅椿とは三ヶ月程の付き合いだったな。
物凄く―――それこそ、自分の半身と思えるくらいに永い間、共に在ったとさえ思っているのに。
「…成る程な。」
今なら、千冬さんや姉さんの暴走っぷりも理解できる気がする。
アキト兄さんという大切な存在を喪った時の、あの二人の心もこんなふうに寂しくて、寒くて、心細かったんだろう。
ちらり、と隣のベッドに視線を向ける。
そこは簪のベッドなのだが、昨日の晩から姿が見えない。
授業には出ているらしく、荷造りも終わっているようだが…
「そう言えば、本音も見かけないな。」
そっちは完全無欠に行方不明だ。
なんせ今日のホームルームも居なかった。
…千冬さんは全く気にしていない様子だったから、何か知っているのだろうが。
「はぁ…ダメだ。」
ここまで来て、私は寝るのを諦めた。
起き上って木刀を引っ掴む。
眠くなるまで、いや疲れ果てるまで素振りでもしていよう。
そうすれば、否応なく眠れる筈だ。
―――そう、思ったのだが。
「箒を捕まえてきたぞ。」
「コイツ、寝付けないからって素振りしに行こうとしてたみたい。」
「あ、箒もやっぱり?」
「専用機は己が半身のようなモノ。当然でしょう。」
部屋を出たとほぼ同時に遭遇したラウラと鈴に捕縛され、連れ込まれた先はシャルロットとラウラの部屋。
そこには何故かセシリアも居て、私をここまで連行してきた鈴もさも当然のように居座っている。
「…お前たちは一体何をしているんだ。」
「そりゃ、アンタと同じよ。」
「どうも寝付きが悪いのでこうしてここにお邪魔してますわ。」
「まったく、お前たちだらし無いぞ。兵士たるものいつ何時でも必要ならば寝れる事こそ―――」
「あれ、今にも泣きそうな顔して『心が寒い』って言いながら僕のベッドに潜り込もうとしてたのって誰だっけ。」
「………忘れろ。いや、忘れてくださいお願いします。」
「どうしようかニャー。」
どうやら、みな同じらしい。
「なら、お邪魔させて貰おう。」
「どうぞどうぞ。」
ほんの少しだけ、心寒さが和らいだ―――そんな気がした。
* * *
[side: ]
モニターの光だけに照らされた部屋に淡々としたタイピング音が響く。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ…ターン。
「さて、偽装しゅーりょーっと。」
物理キーボードを叩く手を止め、束はぐぃーっと身体を伸ばす。
「椅子をぐるり。んで、ちーちゃん?」
「なんだ。」
壁際に寄り掛かる千冬に、束は椅子ごと向きを変えて呼び掛ける。
「箒ちゃんたち、今生の別れみたいな悲痛な顔してたけど…もしかして何も言ってない?」
「…ああ。」
「まったく、ちーちゃんの懸念も判るけどさ。これ、実際に思いっきりブラックゾーンだし。」
束が視線を向けた先には、白、紅、蒼、赤黒、橙、黒、鈍色、水色―――
それぞれが独特な色を持つ、菱形八面体の結晶と、六角形の少々大きめなメダル状のものが同じ数だけ、別々にして丁寧に保管されている。
「だが、こればかりはな。」
「大人の役割ってヤツに、いっくんたちを巻き込めない?」
千冬は黙る。
それを、束は肯定と捉えた。
「ちーちゃん。」
「…なんだ。」
だからこそ…
「バッカじゃないの?」
「いきなり酷いな!?」
束は、ぶっちゃけた。
「巻き込みたくないなら、いっくんたちの分のISコアを返納して誤魔化せばよかったんだよ。それなのに態々こうやって…この時点で十分に巻き込んでいるって判ってる?」
「それは…」
束の剣幕に驚きながら反論しようと千冬は口を開こうとする。
だが、束の口撃は止まらない。
「事が終わってから渡せばいいと思ってる…とか、言わないよね。それならば渡してから取り戻せばいいだけじゃん。」
「…」
千冬は、今度こそ何も言えなくなって黙るしか無かった。
「…この事を知ってるのはちーちゃんの他には?」
「居ない。舞風の分も、一夏たちの分も、どちらも私の独断だ。」
千冬の答えに、束は頬を緩める。
「まったくもう。仕方ないから束さんも付き合ってあげる。共犯。ほら、死なば諸共ってヤツ?」
「それは道連れにするときの常套句だ。」
「あ、そうだっけ?」
そんなバカらしいやりとりをしているうちに、束は能面のように表情を固めていた千冬が笑みを浮かべてていることに気付く。
それが苦笑であっても、束としては嬉しいものだった。
きっと、気負い過ぎているのだろう。
そう束は想う。
千冬だって、自分と同じくまだ二十代も半ばに辿り着きそう…そんな程度の歳だ。
世が違えばまだまだ下っ端もいいところだろう。
(けど、ちーちゃんも私も天辺に立たされている。)
束は『ISの開発者』という名前で、千冬は『世界最強』という名前で。
その称号は二人の歳では本来ありえないくらいの権力や権限を与えてくれた代わりに、多くのモノを奪い、また大きな責任を押し付けてきた。
(ちーちゃん、妙に生真面目で雄々しいからなぁ…)
だから、回りの期待に応え続けてしまう。
責任を背負い過ぎてしまう。
だから、束は千冬の前ではバカを演じてきた。
昔と同じ、能天気で考えなしで、時々手に負えないことをしでかす不思議ちゃんを。
―――時々、その仮面もポロリと取れてしまう事もあったけれど。
「まったく、お前と言うヤツは。」
そう言う千冬の『やれやれ』という、高校生の頃から見慣れてきた表情。
束は、それを見て想う。
(少しは、気持ちをほぐせたかな。ねえ、あっくん?)
説明 | ||
#108:燻ぶる小火 なんとか一月開けないで投稿出来ました。 なんか、 ×夏休み ○卒論と就活の時間 が、確定しつつあるので今後がかなり不定期になりそうです。 …プロット的にはあとひと山なんですけどね。 |
||
総閲覧数 | 閲覧ユーザー | 支援 |
1247 | 1189 | 2 |
タグ | ||
インフィニット・ストラトス 絶海 | ||
高郷葱さんの作品一覧 |
MY メニュー |
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。 |
(c)2018 - tinamini.com |