真恋姫無双幻夢伝 第三章1話『汝南の火』 |
真 恋姫無双 幻夢伝 第三章 1話 『汝南の火』
秘書官が力を持つ時は、歴史上何度もあった。中国史でいうと宦官の趙高が最も有名だろう。彼は皇帝の喪が明けた後も言葉巧みに表に皇帝を出さず、彼との連絡役として絶大な権力を振るった。皇帝に鹿を馬と思い込ませるという“馬鹿”の語源ともなった逸話も彼がその主役だ。
このような秘書官たちにはある共通点が存在する。それは最高権力者に他者を極力会わせないようにしたことだ。例えば江戸時代に置かれた側用人という役職は、老中と将軍との連絡役として機能した。そこからのし上がったのが、かの田沼意次である。権力者との距離こそが彼らの権力の基盤だ。
この揚州でもそれは変わらない。いや、もっと極端なものだった。
寿春の本城の奥まったところに、小さな箱庭が存在する。数多くの花々が植えられた庭の中央には、煌びやかな家が自らの存在を誇るように堂々と建っている。その中でこの揚州の権力者と秘書官、袁術と張勲は“二人っきり”で住んでいる。ここまでの距離の近さは史上例を見ないだろう。
その小さな家の入口から入ってすぐの部屋に張勲こと七乃は、机で事務作業を行っていた。といっても彼女は筆を持っておらず、袁術の印だけを近くに用意しているだけだ。
「これも…ダメ。こっちは……やっぱダメ」
彼女はその懸案書の束に印を押すことは無く、近くの箱に投げ入れる。その箱はすでに書類で一杯になっていた。
入り口から訪問を告げる声が聞こえた。七乃が「どうぞ」と小さく言うと、女官が一人、新たな書類を持って入ってきた。
「……静かにしてくださいね。美羽さまがお昼寝中ですから」
「は、はい!申し訳ありません」
小声で怯えながら応答する女官は七乃の机に恐る恐る書類を置く。そして代わりに没になった書類の束を両手で持ち上げて、素早く部屋から出て行こうとした。が、その歩みを七乃の声が止めた。
「あの」
「は、はい!」
女官が振り向くと、七乃が机の向こうから無表情に一枚の紙を差し出していた。女官は荷物をその場に置き、その紙を受け取った。
「その提案書、雷薄さんが出したものですよね?」
「は、はあ。この筆跡はそうだと思います」
「じゃ、殺しちゃって下さい。そう衛兵に伝えてくださいね」
女官が驚いて顔を上げると、七乃は何事も無かったようにすでに新しい書類を読み始めていた。
彼女は改めてその書類を読む。その書類には『地方行政の効率化…』などの提案がなされていた。しかしこれを出した雷薄の性格から読み解くと、要は地方官の独立的権限の強大化の狙いが見え隠れしていた。
しかしこれだけで処刑とは、と背筋に冷たい何かが通る。逃げるように彼女は部屋を出て行こうとした。ところがもう一度七乃が尋ねてきた。
「何か他に報告はありませんか?」
「ひゃ!ほ、報告ですか?」
「ええ。なんだかロクな報告者が上がってこないので。あったら、で良いのですけど」
「あ、ありません。ご領内は至って平和です!」
「なら良いのですけど…」
それだけ七乃の言葉を聞くと、その女官は足早に去って行った。
彼女は恐ろしくて言えなかった。もしかしたら気分を害されてしまうかもしれない。もしそうなれば…。
そう考えると彼女は思わず身震いをする。
(危ない危ない)
庭を通り過ぎる彼女は次のように結論付けた。汝南で起きた小さな反乱など報告しないに限る、と。
董卓討伐軍との戦いから三ヶ月。たった三ヶ月で反乱が成功するとは華雄には夢にも思わなかった。視界の片隅には、汝南を統治していた袁術の文官が牢に運ばれていくのが見えた。この状況が理解出来ない、といった表情には共感できるところがあった。
「おーい、華雄!」
この地域の新たな主君となったアキラが呼んでいる。呼ばれた方に近づくと、机の上に地図を広げていた。
「次の目的地が決まったぞ」
「どこだ?」
「盧江だ」
盧江。袁術の本拠地の淮南からすると“裏口”に当たる。淮南よりも経済面では劣るが、同盟者である劉表の荊州と結ぶ土地である。そして何よりも袁術との距離がグンと縮まる。が、しかし。
「しかし、だ。この間には戈陽などの都市もあるし、淮河を渡らねばなるまい。そう易々とは」
「“兵は拙速を尊ぶ”だ。こいつらは寿春の顔色を覗うことしかできない、言わば雑魚だ。素通りしても構わない。盧江が落ちれば自然と従うだろう」
「むう…」
華雄は言葉無く、腕を組む。アキラはそれを『諾』と捉え、近くの兵に指揮官たちを集めるように指示を出した。すぐさま反応し、兵士は走り出していった。
「……すごいものだな」
「何がだ?」
華雄は走っていく兵士の後ろ姿を見ていた。訓練では教えることの出来ない何かが、そこに体現されていた。
「なあ、ここの兵士たちはなんでこんなにも士気が高い?ただの寄せ集めとは比べものにならないぞ」
「簡単なことだよ」
アキラは見渡す限りの兵士の顔に浮かぶものをしっかり分かっていた。
「俺たちは領主のために戦っている訳では無い。俺たちの国、ひいては“俺たちのため”に戦っているのさ。そこが、お前が率いていた兵士との違いだろう」
「“俺たちのため”か」
この先どうなるか分からない。予知なんて誰も出来るわけがない。しかしこの兵士たちの表情を見ていると、この先の未来は悪くは無い。そう華雄は柄にもなく思ってしまった。
そこへ兵士が一人「伝令!伝令!」と叫び、駆け寄ってきた。
「袁術軍現れました!その数、約2千!」
「おそらくここ一帯を統治する地方官だな。もみ消そうと焦って、やってきやがったな」
すぐさま敵の正体を見極めたアキラは、ちょうど集まってきた指揮官たちや周りの兵士に対してこう演説した。
「ここが我らの国を作る瀬戸際だ!奴らを破り、一気に盧江まで攻め入る!我々が結束すれば、恐れるものなど何もない!いざ、行くぞ!!」
周囲から地を震わすほどの鬨の声が上がる。その声を聞いた華雄は心の内で、周りの兵士と同じように、体を焦がすほどの火がぼっと燃え上がるのが分かった。
説明 | ||
いよいよ汝南独立編です。色々とお待たせしてすみませんでした(汗) | ||
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