お題小説-1時間- |
気怠さの漂う夏の昼下がり。少年は窓の外を見ていた。
窓の外を見る行為など普通のことだが、この少年に関しては授業中に余所見をしている不真面目な生徒として捉えられる材料の一つであった。
「――聞いているのか?」
ふと、教室中が静まり返った。
元より静かだった教室から、教師のお経のような講義の声がぱたりと止んだとでも言えばいいのだろうか。
全員の目がその少年に集中していた。
「ユウ=シラキ!私の講義が聞けないというのなら出て行きたまえ!」
「す、すみませんオルド教官!」
突然の怒声に驚き、我に返ったのだろう。
椅子を激しく飛ばしながら立ち上がるその少年に、周りの生徒は皆笑っていた。
「まったく…しっかりしたまえ。えー…従って、地の精霊には――」
恥ずかしがりながら座る少年。オルド教官と呼ばれた教壇上の老人は、またお経のように講義を再開した。
――国立魔術専門学校。この学校はそう呼ばれている。
幼い頃より魔術の素質を持つ者のみがこの学校に入り、一般教養の他に魔術の事を学んでから卒業していく。
早い者で4年、長い者で10年以上住み続けている『留年生』も居るという噂もある。
先程教官に怒鳴られていた少年――ユウ=シラキは、至って普通の少年であった。
魔術の素質はある筈なのだが成績は中の下ランク。取り柄と言えば友人の輪が広いことだけであった。
「ちょっと空見てただけで、あんなに怒らなくていいじゃないか…!」
「短気な爺さんだからしょうがないしょうがない!ユウもそんなに怒るなってば」
そんな彼は現在、放課後の自由な時間を使って屋上まで来ていた。
隣には、笑顔を振りまく元気なポニーテールの女の子が居た。
「あのジジィ、いつか絶対僕の魔法でぎゃふんと言わせてやる。その時はミナミも手伝ってよ?」
「なんで私が手伝わなくちゃいけないのさ。私はそういうのはんたぁーい!」
「いつもは悪ノリするくせして、こういう時だけ…」
ミナミと呼ばれた少女は、ユウをからかうように悪戯な笑顔を見せる。
くるくるとその場で回りながら、ステップを踏んで彼女自身の『遊び』を楽しんでいた。
しかしほんの数歩歩いた時だろうか。彼女は足踏みを止め、ユウの方へ振り返る。
流石に何かの変化には気づいたようで、ユウがどうしたのと声をかけた。
「いや、思い出したんだけどさ。私達今2年じゃない?だから部活、そろそろ決めなきゃなぁ…って」
「そう言えばそうだね。まだ全然決めてないや…」
急に真剣に悩み始める二人。
この学校には部活制度があり、二年生になった彼らを悩ませるには十分すぎるものだった。
というのもこの国立魔術専門学校。入学してから二年目になれば、強制的に何かの部に所属しなければいけないことになっている。
だがこの学校の部活と言えば、オカルトや宗教じみたものや実験などの地味なもの、小さな集団単位の囲碁将棋部やゲーム部的なもの、スポーツを本気になってやるものなど極端なものばかりであった。
彼ら二人は、そもそもそれらの部活には興味が無かった。珍しいと言えばいいのかそれが普通と言えばいいのか、ピンとくるもの以外には妥協して入るということが嫌だったようだ。
二人が悩み始めて数分の沈黙が続いた時、その沈黙を破るちょい悪おやじのような風貌の者が一人。
乱暴にも屋上の扉を足だけで開けて入ってきた。
「ンだお前ら。まーだどの部活にも入ってなかったのか」
「あ、スモーカー」
「吸う場所無いから、また屋上に逃げてきたんでしょー!」
通称、スモーカー。これでも教官の一人であり、常にタバコを咥えているニコチン中毒者。
彼は二人が所属するチームの教官でもあるが、普通とは違い生徒との距離が近しい変わった教官だった。
「黙れワタオキ。ヘタレシラキの恋人ごっこでも付き合ってんのか?」
「いえ。ユウは幼馴染です」
挨拶代わりに言った言葉がミナミに即答され、つまらなそうにする教官一名と何か言いたげな男子一名。
チームの生徒からすればお父さんとも言えるのだろうか。
この教官、スモーカーは逆にそれを大切にしているようにも見えた。
「しかしお前ら。面白い部活が見つかってねぇなら仕方がない」
落下防止用の柵まで歩き、屋上の床にタバコを捨てて足で踏み消す。
スモーカー教官は一呼吸置いたあと、二人に振り返りニヤリと笑った。
「俺が部活を立ててやるから、そこに入れ」
その時、暑さを吹き飛ばす程に涼しい風が三人の間を駆け抜けた。
しかしそんな風も約二名には通用せず、時が止まったかのように呆然と立ち尽くしていた。
スモーカー教官だけは、一人笑っていた。
気怠さも消えていく夏の夕暮れ前。少年少女の中に新しい風が吹きこんだ。
…気がする。