天凱のルシディア 第二幕 彼の思考 |
うつらうつらとまどろみ続ける。それが彼の生活だった。何をするでもなく、その場から動かず伏せてまどろむだけ。
時折、騒がしくなるが一薙ぎすればすぐに静かになる。彼はただこの不変的生活を享受するだけなのだ。朽ちる事なく、ただ留まるだけ誰に命令されたわけでもない自分が居たいから居るだけだ。
だが彼は、そのぬるま湯の様に心地好い感覚に身を任せながらふと考えることがある。
自分は何なんだろう?と。
彼以外に生き物は居ない。だから誰にも問うことは出来ないでいた。他に身近にある物は、奥に鎮座している綺麗な光を生み出すとても大きな宝石だけなのだから。
騒音を発する小さな虫けらは時々チクチクと痛い事をする物を持って現れる事があった。前回は握り潰した後、残った爪楊枝を放り投げておいた。当分“チクチク”達は来ないだろう。
そして、一番分からないのが、奴らが懲りる事なく何度も来る事だ。彼を倒す事など到底叶うことはないのに、奴らは馬鹿の一つ覚えに何度も来るのだ。
しかし、最近は徐々にチクチクの痛みが強くなってきていた。そして、薙ぎ払いにも耐える様になってきていたのだ。奴ら――もとい人間どもは自らが最強の種族だと信じている。それは、彼の同族がむやみやたらに行動を起こさないからだ。彼の同族達も自らを最も位の高い種族だと自負している。それは、歴史が物語っているからだ。
だが、と彼は考える。思慮深くない連中も彼の同族内に居るのだ。最近はもっぱらその行動が目立つ節があった。そんな時、彼はふと思うのだ。自分はそれを止める為に綺麗な宝石を護っているのではないかと、この大きな輝く宝石が希望なんじゃないかと思ってしまうのだ。
それからというもの、“チクチク”達はいっぱい来た。彼は懸命に“チクチク”達を駆除し、なんとか輝く宝石を護った。結構ケガをしたけれども彼は輝く宝石を護れた事に満足した。おそらく奴らは輝く不思議な宝石を手に入れたら、愚かにも砕いてしまうだろう。
これからどうしようか?と考えていた彼の元にいつもと違う小さな奴が来た。フクロウだ。フクロウは彼に、“博識な者”と名乗った。なんだか不思議な名前だと言うと“博識な者”は少し困った様に両翼を広げた。
“博識な者”は、もうすぐ若い人間の女がやって来るから、招き入れた方がいいと言った。
彼は首を傾げ、何故“チクチク”を通さなければならない?と問い返すと“博識な者”は、さも当然の様に、世界のためさと答えた。彼はまた首を傾げた。奴らが世界を救うのかと尋ねたかったが、なんとなく何から何まで全部聞くのはおかしいと思った彼は閉口せざるをえなかった。
“博識な者”が来て以来、“チクチク”達が減っていた。どうやら傲慢なエルフ達が人間に“せんそう”と言うものを仕掛けたらしい。
傲慢なエルフは、“まほう”と言う不思議な力があると“博識な者”は彼に伝えた。彼はその“まほう”という物に大変興味を示した。傲慢なエルフが何かを唱えると手から炎や雷を飛ばすらしい。彼は“博識な者”にやってみたいと言ったが、君は口から火を吐くじゃないか。あれと一緒だよと言われ、うなだれた。
彼が“博識な者”から様々な事を教えて貰っていると、一人の女性が歩いてきた。おそらく、“博識な者”が言っていた若い人間の女だろう。彼女は恐怖に震えながら、口を開いた。
「お、お初目に掛かります、守護龍様。|私(わたくし)めは、貴方様に奉仕する身として参りました」
奉仕?人間が?
「そうでございます。ですから、私共、人間を襲わないで頂きたいのです」
……そもそも私は人間などを襲うつもりはない。私がするのは、この奥にある輝く不思議な宝石を護る事だけだ。
「…それをやめて頂きたいのです。そのための生贄として…」
お前達、人間の愚かさなど遠の昔に知っている。この宝石はな。世界の為にあるのだ。お前達人間共の物ではない。
「だから、私達人間が適切に管理を…」
くどい。お前が聞かされている事など事実な訳がなかろうて。結局、“装飾品”にする事が目的なのだと何故分からない?
「…ならば、ならば私にむざむざ何もなしに帰れとおっしゃるのですか!守護龍様」
そんなこと、私の知ったことではない。お前達人間が滅ぼうが、傲慢なエルフが滅ぼうが私には関係ない。私は、時が満ちるまで宝石を護りきれればよい。
彼は、そう言い切ると伏せて前脚に顎を乗せ、一息ついた。ちらりと上へ視線を向けると唇を噛み、澄んだ瞳に涙を湛えた美しい女性が目に映った。彼はため息をつくと、
だが、お前を帰す事は出来ない。お前は必要らしいのでな。
「必要?人間が?」
人間というよりお前個人だがな。あれの為にだが
そう言って彼は奥にある宝石を一瞥すると、女に視線を戻した。そして、女が口を開くより早く続ける。
だが、裏切ればお前を私が喰らう。いいな?そして、人間をも滅ぼしてやろう。
「承知しました」
女性が恭しくおじぎするのを見届けると、彼は場所を開けた。彼が退いた場所を出来うる限りの早足で進む女性の姿が彼にはとても滑稽に見えていた。
彼女には存分に役立って貰おうと彼は思った。
ベルトゥギスがここを訪れる4年前の事である。
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