真・恋姫†無双 転生劉璋は王となる
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 有り得ないと嘆き悲しんだのは何時だったか。

 早く戻りたいと泣き喚いたのは何時だったか。

 

「眠っ。春眠暁を覚えずってこのことか」

 

 過ぎ去った過去に想いを馳せつつも、飛鳥は馬に揺られながら空を見上げる。雲一つ無い晴天。周囲に佇むのは新緑の木々。春の陽気に包まれた空気が肺に染み渡るようで心地よい。視界に桜の花弁でも映れば花見をしているようものか。だが、桜は無い。梅ならある。それで我慢しよう。そもそもこの世界に生まれ落ちて早十七年。計十八回は春を体験している。とっくの昔に結論を出した。日本で見られるような桜吹雪を眺めることはもう無いのだと。

 

「ふぁあああ」

 

 にしても眠い。尻越しに微かに伝わる振動が最強の睡魔を呼び寄せてしまったようだ。飛鳥を乗せて歩く白馬――名を白竜。名前の由来は西遊記の馬から取った。白いし、中国だし、なんか丁度良いかなという安易なネーミング。直球すぎたかと後悔するも、意外や意外、周りから結構好評だった。当然、その結果に飛鳥が一番驚いた。

 いずれにしても、白竜は紛れもなく名馬だ。他の諸侯と自慢しあっても劣等感を一切擽られることの無いほどの。背中に乗るご主人を極力揺らさないように脚を動かしている様からも伺い知れる。

 飛鳥は普段から歩き慣れた裏道を通り、成都城に程近い湖の前で馬を止めた。降りて、白竜の背中を撫でる。御苦労様、と声を掛けて。動物を労ることは大切だ。特に馬の場合は。彼らの動き次第で死ぬことさえあるのだから。馬特有の鳴き声に満足し、膝を曲げて、目の前に在る物に近付いた。

 

「ここに来るのも久々だな」

 

 飛鳥は湖の前に造られた小さなお墓を擦る。本来の墓は別にある。ただ生前、大好きな湖の近くに作ってくれと言われていた。墓石の表面に書かれた文字を指でなぞり、眼を閉じた。思い出されるのは可愛がってもらった懐かしい日々。クスッ、と苦笑が洩れる。ああ、あんな事もあったよな、と今さらながらに思い返して笑みが溢れてしまった。

 

「兄上、始まりますよ」

 

 俺が、『王』となるための戦いが。

 

「見ていてください」

 

 鬼籍に行った兄、唯一信頼していた血を分けた兄弟。見ていてほしいと思う。貴方が欲し、為そうと思っていた世界を作る弟の姿を。

 すると、後ろから蹄の音が鼓膜を揺すった。

 

「……見付けましたよ、飛鳥様。やはりここにいたのですね」

「ちょうど良い感じに来たなぁ、紫苑。もしかして狙ってた?」

「何をでしょうか?」

「うーん、色々と?」

「偶然だと思われますわ」

「だよねー」

 

 背後から声がして、飛鳥はゆっくりと眼を開ける。思い出に浸っているのは止めた。後ろにいるのは飛鳥の臣下であり、三国志でも随一と呼んでも過言ではないぐらいの弓の名手。黄忠だ。将来、老黄忠って言われる筈の――。

 

「あら、何か良からぬことを考えませんでしたか?」

「いえ、滅相もない」

 

 純粋無垢な笑顔が逆に怖い。微かに弓矢に手を掛けている辺りで冷や汗が流れ出る。蜀の五虎将と対面張れるような実力なんて持っていないんだよ、と肩を落とす。

 黄忠も馬から降り、まるで出来の悪い弟を叱るように言った。

 

「一人で出歩かないでくれ、とあれほどお願いしていますのに」

「仕方ないだろう? そうしてしまうのが思春期男子の特性だ」

 

 ちなみに肉体だけ。精神年齢はおそらく三十六歳前後。おっさんと呼ばれても仕方ない年齢層だったりする。

 

「益州で最も大事な御身であることを自覚なさって欲しいですわ。貴方の姿が見当たらないだけで、わたくしたちがどれほど心配なさるのか解っておられません」

「いやまぁ、それは解るんだが」

「なら、もっとご自愛ください」

 

 キッ、と睨み付ける黄忠。心配を掛けたのは事実だ。無論、幼い頃から彼女には心配かけさせてばかりなのだが。それでも、今からは危険の度合いが違う。乱世。諸侯の生き残りが激しくなる。特に有力視される飛鳥の場合は暗殺されるのも視野に入れなければならない。逆もまた然り。前の世界なら、絶対に体験できないスリリングな環境だった。

 

「そうだな、俺の注意不足だ。許せ、紫苑。今度からは恋に護衛を頼もう」

「何故……恋ちゃんを?」

 

 ピクリ、と黄忠のこめかみがひきつった。淡い紫色の長髪に、端整な容貌。巨乳というカテゴリーを遥かに超越した神乳を持ち、圧倒的な母性と色気を兼ね備えた女性の微笑みとこめかみのひきつりは空恐ろしいものがあった。

 けれど、飛鳥は何事も無いように笑って答える。

 

「いや、恋って強いしな。なんてたって天下の飛将軍だぜ」

「わたくしは弱い、と?」

「そんなことじゃないけどな。でもほら、紫苑もずっと俺に構っていられないだろ? 子龍は騎馬部隊なんかで忙しいし、桔梗は南蛮方面の警戒に当たってる。けど、恋はあまり指揮能力高くないしな。護衛とか一騎当千とかで大丈夫な――」

「…………」

「感じだろ……?」

「…………」

 

 反論しない黄忠。唇を尖らし、眉間に皺を寄せて怒っていますと言外に叫ぶ姿も綺麗そのもの。こんな女性が五虎将の一人なのだから世も末か。いや、天下の飛将軍があんな純粋すぎる少女なのだから、まだマシな方と言えるだろう。

 

 ――まぁ、有名どころはほとんどが女性なんだよな。

 

 曹操然り、袁紹然り、黄忠然り、趙雲然り、呂布然り。全くもって謎すぎる。ここまで三国志のキャラと性別が転換しているのは一種の法則性があるのかもしれない。こうなると、飛鳥最大の天敵となりうるだろう天下の大徳、劉玄徳も女性だろう。関羽も張飛も。やりづらいことこの上ない。生き残るために仕方無いといえ、何故こうもゲームレベルがどんどんハードになっていくのか。

 

 ――くそ。曹操には――私が倒すまで殺されないこと。良いわね?

 

 とか念を圧されたし。俺はテメェの奴隷じゃねぇよ、と言い返したかったが、曹操の眼力に負けてしまった。覇気とか使ってくる輩に勝てる気がしない。二人の英雄を相手にして、どちらにも勝たないといけないなんて、飛鳥自身、神様に恨みを買った覚えは全くないのだが。

 古代中国大陸であり、三国志であり、しかし若干違う部分があるこの世界。タイムスリップか、異世界にやってきたのか、どちらにしても飛鳥は部外者なことこの上ない。それでも生き残る気満々だが。

 

「はぁ、冗談だ。これからも紫苑に護衛は任せるよ」

「はい」

 

 不機嫌そうな表情から一転した笑顔が眩しい。小さい頃から見慣れているとは言え、やはり美女の笑った姿は目の保養になる。眼福眼福。拝みたい気分だ。四捨五入すれば精神年齢四十になるけれど、美女と触れ合うのはいつもいつでも有り難いものである。

 

「それで、軍の編成はどこまで進んだ?」

「八割ほど。成都を発つのは三万ですから思っていた以上に早く済みそうですわ。しかし、よろしいのですか? 荊州から入ってきた黄巾賊は三万五千と報告がありましたが」

「敵よりも多くの兵数を確保することが戦の基礎。解っているさ。しかし無い袖は触れん。三年前から始めた軍の改革もまだ半ばだしな」

 

 三年前、飛鳥が益州牧になった時点から、この時代では珍しい職業軍人として自らの軍を作り直した。農民と軍人を殆ど明確に分けたのである。当然、支払うべき対価は多くなる。街道の整備、農民の手当て、老朽化した城の復興、腐った文官の入れ換え、新たな農作物の試作などなど。やるべきことは本当に山積みだった。当然、それら全てに税が必要で、飛鳥は代々劉家が譲り受けていた高価な品々を売る羽目になった。

 

 ――まぁ、黄巾の乱が始まるまでに大体のことをし終えたからな。

 

 税を低くし、商人を保護し、職業軍人を各街に派遣して、訓練の合間に治安維持に勤めさせた。街道が綺麗になったために商人は活気よく益州内を行き交い、蝗対策などによって農民は豊かになり、浮浪者には仕事を与えた。結果、後漢王朝の腐敗と賊の蔓延する大陸の中でも、益州は比較的安全で緩やかにだが成長を続けている。

 

 『名君』。

 それが益州民の飛鳥を指し示す言葉。信頼の顕れ。天子に列なる血筋なのも影響しているだろう。勝手に崇められるのも悪いことではない。それで民が希望を持つなら御輿になるのも致し方なし。

 

 とは言え、そんな飛鳥でも軍団の規模を大きくすることは間に合わなかった。約八万弱。南蛮への警戒を当てさせれば、六万が限度。更に益州全体の防衛に必要な人員を除いてしたえば、遠征できる兵の数は多くて三万といったところ。今の状況では多少物足りないかもしれない。再来年には兵の数は二倍に増える試算だが、それも黄巾の乱による副次的な恩恵を考慮しての話だった。百パーセントとはいかない。

 

「だが、勝つ。餓えた獣に成り下がった者どもに負けるほど、やわな調練はしてないだろ?」

「もちろん。他の軍では精鋭と呼べるほどにまで鍛え上げましたもの」

「後は、策を用意すれば勝てるさ」

 

 向こうにあるのは五千という数のアドバンテージだけ。地の理も将の器も練度もこちらが上。負ける気がしない。それでも、不満はある。

 

  ――クソ、やっぱり臥竜か鳳雛のどちらか欲しいな。

 

 白眉の語源となった馬良は内政担当だし、司馬懿は文官を纏め挙げているため容易に遠征できない立場。せめて軍略担当の軍師が欲しい。切実な願い。欲を言えば、鳳雛が絶対的に欲しい。三国志みたいに不細工でも何でも良いから。

 武官はいる。呂布、趙雲、厳顔、黄忠、魏延、有名どころでこれだけいる。現時点で諸侯最強は間違いなく飛鳥だ。田舎とは言え、益州という広大な土地を治めているのもその要因の一つ。天然の要害。守備に徹すれば例え劉備でも跳ね返せる自信があった。

 

「貴嶺殿は連れて行かれ無いのでしょう?」

「アイツは文官のまとめ役で成都にいて欲しいからな。そう簡単に連れていけない。もし南蛮が北上してきた場合のことも考えとかないと」

「いつ、取りますか?」

「出来る限り、早めが良いな。ホントなら黄巾の乱が起こる前に取りたかったけど」

「軍備の不調、ですわね」

「思ってた以上に、な。南蛮は一先ず落ち着くまで放置する。今は俺の領土で好き勝手暴れてるバカどもを殺しに行くのが先だ」

 

 飛鳥は獰猛な笑みを浮かべる。ふざけた輩だと、賊の連中を内心嘲笑う。獣畜生に堕ちた存在を丁寧に扱うほど人道的ではない。王とは、為政者とは民を護るためなら敵を完膚無きまでに叩き潰さなくてはならないのだから。

 

「飛鳥様……」

「引いたか、紫苑」

「いえ、飛鳥様の益州の民への想いを感じ取っただけです」

「普通、王ってこんなもんじゃないのか?」

「その普通がどれだけ難しいかは飛鳥様もよくご存じの筈ですよ」

 

 ふーん、と頷く。どう返答しても大人の微笑みで沈黙されると解ったから。黄忠には勝てない。色々な意味で。だから、有り難い存在だ。

 

「……飛鳥」

 

 声がした。呂布の声。今回の賊討伐に連れていくのは黄忠、呂布、趙雲の三人。その一人が眼を見張るような手綱捌きで近付いてくることから判断するに、出発の目処が立ったのだろう。呂布にしては仕事が早い。趙雲に呼びにいけと急かされたのか?

 飛鳥は片手を挙げて答える。

 

「よぉ、恋。準備はどうだ?」

「……終わった。恋、頑張った」

「そっか。巨大肉まんを奢ってやろう」

「……」

 

 赤兎馬から降りた呂布の頭を撫でると、彼女はコクりっと小さく小首を縦に振った。まさに小動物。これでいて呂奉先なのだから世界とは珍妙なものだ。

 

「恋ちゃん、子龍ちゃんは?」

「……子龍、メンマ取りに行った」

「アイツ、どんだけメンマ好きなんだよ。ドン引きだぞ」

「早く戻りましょう、飛鳥様。子龍ちゃんが遠征用のメンマを食べ終わる前に」

「理由も理由だけど、それを真っ先に考慮しないといけないから腹立つな」

 

 賊討伐の途中でメンマが切れたなんて事になったら、メンマ星人である趙雲がどんな行動を起こすか考えたくもない。普段から奇抜な行動の多い彼女が更に暴走したら――。

 飛鳥は白竜に乗る。倣うように黄忠と呂布も。手綱を握り、馬を操って城へ戻る。その背中に黄忠が問いかけた。

 

「飛鳥様、あの方に何を仰ったのですか?」

「ん? 俺が王になるのを見てくれって言ったんだよ。黄巾の乱の後にあるのは大乱世だからな」

 

 姓は劉、名は璋、字は季玉。

 飛鳥という真名を持つ転生者が見据える先にあるのは、『最大多数の最大幸福』を実現させた世界の姿だった。

説明
 ただの日本人だった主人公は、ある日目覚めると劉璋に転生していた。古代中国、有名どころの武将がほぼ全員女性へ性転換しており、歪んでいる時系列に悪戦苦闘しながらも王となる物語。
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コメント
続きは?もう1年以上経ってるよ?(山菜そば)
良かった。見つけました!応援します(シオン)
コメントの返信は途切れ途切れになります。その辺はご注意ください。(宗像凛)
作者です。今回の作品は紛れもなくハッピーエンドです。寝取られもありません。なので安心して見てもらえると有りがたいです。後、(宗像凛)
鬱や寝取られがあるならタグに入れといたほうがいいですよ。また荒れるのは嫌なので・・・(ジュノン)
此だけいわれてもなにも返答は無しですか?(Tomy)
発見!!笛吹さんで読んでたから、頑張ってください。辛辣な感想にはあまり気にせずに面白い作品を期待しています。(act)
別に否定はしないんだけど、あんだけ叩かれたんだから新しく創ればいいのでは?よく何回もやる気になるなぁ…と(コインさん)
笛吹様と同じ作者様ですよね?最初の作品、再開された作品と楽しく読ませて頂いていました。精神的にお辛いのかもしれませんが応援しております。コメントに一喜一憂し過ぎず書きたい事を書き続ける作者様の精神に期待しております。しかし移動するのであれば事前に告知はされましたか?読み手に対して一言あっても良いのでは?(音々音♪)
発見! これからも応援してます (白桃缶詰)
見つけました。(イギー)
こちらに引越しですか?ぶっちゃけ、感想に左右されずに作者さんの思うがままに書いて欲しいですね。頑張ってください。(紅牙)
およ? 笛吹さんとこからこっちに移るんです? それかマルチ?(iwashi001)
うん? 作者同じ?? こっちにお引越し???(anngetuuteki)
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