真・恋姫†無双 転生劉璋は王となる2
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 成都とは、史実と演義に於いて劉備が蜀の中心に据えた街。益州の西部に位置し、北、東、南のいずれからも外敵を待ち構えられるように設計されている。それも、益州全土を覆った後継者争いによって荒廃してしまった。だが復興する際、飛鳥の趣味と財政の問題から、洛陽のように豪華絢爛な街並みではなく、合理性と戦を考えられた造りに変更された。

 石畳造りの通路を白馬が通る。隣にいるのは趙雲。益州に初めて湧いた黄巾賊の討伐から早二週間が経過していた。

 

「いやはや、黄忠殿でも呂布殿でもなく私をお選びになるとは。季玉殿はお目が高いですな」

「紫苑は調練で忙しいし、恋は今日休みなんだよ。陳宮とどっか行っちまったし。街の散策に行きたいって言ったら、近衛兵がせめて誰か将軍を連れてくださいってよ」

「ふむ。それで私なわけですか」

「色気なんか無くて悪かったな」

「初めて会ったときから解っておりましたよ」

「そうですか」

 

 視察という名のサボりだが、近衛兵は至極真面目な人間ばかり。泣いて頼まれれば断るのも無粋というもの。そこで暇そうな趙雲を伴うことにしたのである。間違いなく消去法で選んだのだが、白を基調とした衣装を身に纏った青い髪の女性は怒ることなく微笑んだ。

 

「それにしても視察とは。御自身の眼で確認しなくては気がすまぬのですかな?」

「ま、そんなもんだ。下から来る報告っていうのはある程度美化されてるからな。自分の眼で見た方が早いし正確だよ」

「美化する必要もないぐらい素晴らしい活気ぶりですぞ?」

「あれで活気、か」

「?」

「いや、なんでもない」

 

 首を振り、趙雲と共に成都城から人でごった返す街の中心部へと進んでいく。賑やかな声。一歩間違えれば喧騒と称されるかもしれないほどの五月蝿さ。洛陽に匹敵するかもしれない人の出入り。それでも飛鳥は肩を竦める。まだ足りない、と。

 思い起こされるのは、日本の首都東京の繁華街。首都圏にいる人間全てがここにいるかのような錯覚を受けてしまうぐらいの人だかり。比較対象が間違っている自覚はあるけれど、やはり少しでもあの光景に近付けたいと思う。そのためにも更に道を広くして、様々な露店を民に提供してやらなくては――。

 

「よし、バレてないな」

「季玉殿がは少し衣装替えすれば面影をほとんど消せますからな」

 

 呆れたように、感心したように趙雲が呟く。下手すれば個性が無いと言いたげな言葉だが、自覚済みなので大して傷付かない。民に紛れやすいというメリットとして受けとれば万事解決。

 多少身成が良いお坊っちゃん風に変装した飛鳥は白馬から降りる。後ろに控えていた近衛兵に白竜を任せて、趙雲を伴って街中を散策することに。

 

「私が益州に来てからまだ三ヶ月しか経っていないものの、何やらまた人が多くなっておりますな」

「そりゃそうだろ。北の雍州や東の荊州から浮浪者が一杯流れ込んできてるからな。否が応でも人は増えるよ」

「治安が悪くなりそうですが」

「そのための職業軍人だって。訓練以外は暇なんだから、文句なんて言わせずに警邏してもらわないとな」

「……ほう。もしやこうなることを予見しておられたのですか?」

「さぁ」

 

 両隣から絶え間無く発せられる客引きの大声の隙間を縫うように、飛鳥たちは普段通りの声量で会話を続けていく。時おり二人を怪しむように二度見する民がいるものの、まさか片方が劉璋であると勘づく者はいなかった。趙雲を見たのは大抵が男であり、彼女の目を見張るような美貌に溜め息を溢す輩が殆ど。飛鳥を見る視線には敵意が籠っていたが。

 

「禁則事項だよ、その辺は」

「よろしいではないですか、教えてくださっても」

「お前、客将だろ? いつか敵になるかもしれん奴に教えられると思うのか?」

「その客将一人に護衛させる季玉殿がが仰りますか?」

「だって、お前が俺を殺す理由がないだろ? もし俺を殺せても、絶対に恋に追い掛けられて殺されるだろうしな」

「ふむ……。確かに呂布殿にはまだ勝てませんからな」

 

 悔しそうに顎を擦るだけの趙雲だが、瞳の中に疼く不満の色を隠せていない。恋に勝てないことか。それとも――。

 

「あれ?」

「どうされましたか?」

「恋がいる」

 

 指差した先にいたのは紅蓮に輝く赤い髪の少女。二本のアホ毛が今日も愛くるしい。露出狂紛いの服装は止めさせたいが、一心不乱に肉まんを頬張る姿は世界級の可愛さを誇るだろう。カメラがあれば撮りたい限りだが、如何せん、この世界にそんな便利なものは存在しない。

 呂布がいるのは飛鳥も良く近衛兵に使いを遣る有名な肉まん屋。愛想の良いおばちゃんが作るそれはまさに絶品だ。呂布が虜になるのも無理ないことだが、両手一杯に買い込んだそれを食べきるのは些か至難の技だと思うんだが。

 

「恋、なにしてんだ……って聞かなくても解るけどさ」

「…………」

 

 モグモグ、モグモグ、モグモグ。

 

 ――え、なに、なんなのこの可愛い生き物。お持ち帰りしたい。ずっとモフモフしてたいんだが良いのだろうか、うん、全然オッケー。何故なら恋は俺の臣下なのだから! 何しても文句言われる筋合い無しッ!

 

「呂布殿、また沢山買い込みましたな」

「……あげない」

「いやいや、取る気などありませぬよ。ただ太ってしまうのではなかろうか?」

「……大丈夫。恋、動く」

「なるほど。では、その時は私もご一緒してよろしいかな?」

「……? 構わない」

「ふふふ、言質は取りましたぞ」

「こら、子龍。なに恋をはめようとしてんだ」

「これは心外ですな。ただ、呂布殿と仲良く汗を掻く約束をしただけです」

「お前が言うと厭らしく聞こえるんだが」

「……季玉殿がは私を何だとお思いか」

「え、それは――」

「いえ、やはり聞きたくありませぬ」

「答えが予想できるなら自重しろ」

「ふむ、是非検討させていただきましょう」

「ぜってーしねぇよコイツ」

 

 やってらんない、と言いたげに空を仰ぎ見る飛鳥の裾を引っ張る手が一つ。クイクイ、と効果音が鳴りそうな動き。見ると、呂布がいた。

 

「……飛鳥、あれ」

「ん、何が?」

「……あれ、美味しそう」

 

 呂布の人差し指が向かう場所にあるのは違う肉まん屋だった。いや、今食べてるじゃんと返答しようとしたが、

 

「うっそ、はっや!」

「……お腹減った」

「食べたばっかだろ!?」

「…………」

 

 ぎゅるるるるるる、と腹の虫がなる武神とはこれいかに。頭を覆いたくなる飛鳥だが、趙雲の含んだ笑い声に反応した。

 

「なんだよ、子龍」

「いえいえ、こうしてみると兄妹のように見えてきましてな」

「恋と俺が?」

「ええ、それはもう」

「ふーん」

 

 精神年齢的には娘に近いのかもしれない。この容貌だと絶対に二十歳を越えていないため、十分に有り得るだろう。

 

 ――いや、童貞だから詳しいことは知らんけどさ。

 

 世界を跨いで魔法使いになったのも飛鳥ぐらいのものだろう。そう考えるとプレミア感がついては――こないよな、うん。

 

「確かに妹っぽいよな、こうしてみると」

「麗しき兄妹愛ですかな」

「まぁ、恋が俺を好きかどうかは解らんけど」

「……飛鳥」

「なに?」

「……あれ、欲しい」

 

 勿論買ってやりたいのだが、飛鳥は州牧の癖に大してお金を持っていないのだ。無駄な浪費は避けたいところ。しかし、呂布の純粋な頼み事を断れるような強靭な意思を持っているわけもなく――。

 だから、提案することにした。

 

「今日、膝枕させてくれたら買ってやってもい――」

「ちんきゅうキック!!」

「――いぶほぉあ!!」

 

 後頭部をドロップキックされたのだと気づいたのは、既に何度か地面を転がった後だった。遠回しに飛鳥達を眺めていた民衆が外向きに波立たせていく。転がった男から離れようとしたためにできた現象だった。

 痛む後頭部を擦りながら飛鳥は立ち上がり、蹴った張本人を視界に納めた。

 

「正体を現しましたね、獣! 恋殿に擦り寄る害虫め! これ以上恋殿に近づくことは、このねねが許しませんぞ!」

「……とりあえず哺乳類なのか昆虫なのかをハッキリさせようぜ」

「また訳の解らないことを……。恋殿、一刻も早くここから離れるのですぞ!」

「……ちんきゅ」

「はいです!」

「……飛鳥虐めたら、ダメ」

「れ、恋殿ぉ!?」

「……飛鳥、暖かい人。虐めたら、ダメ」

「うぅううう!!」

 

 恋にしがみつく齢十にも満たなさそうな女の子は陳宮。帽子と黒い外套で大人の空気を醸したいのだろうが、一先ず身長が低すぎる。呂布のことを信頼しており、彼女だけの軍師を名乗るだけの知識はあるが、何故か飛鳥はことあるごとに陳宮キックとやらを食らう間柄である。

 呂布に諭され、それでも何とか言い訳しようする陳宮を見ながら、飛鳥は立ち上がって砂を払う。

 

「災難でしたな、季玉殿」

「ちんきゅうキック止めろよ、お前。俺の護衛だろ」

「呂布殿に言い寄ったのは事実でしたからな」

「お茶目な冗談だろうが。お前も良く使ってるだろ?」

「はて、なんのことやら」

「この野郎……!」

 

 ふふん、と趙雲は不敵な笑みを浮かべる。美女がするものだから絵になりそうなぐらい様になっているのが余計に腹立たしい。これで本当に趙雲なのだから驚きだ。主君に逆らわない忠義の士はどこ行ったんだよと叫びたいぐらい。

 飛鳥はわなわなと手を震わせたものの、無意味と知り、嘆息して怒りを鎮めた。趙雲を叱っても意味がない。彼女の遊び心は何時だって健在なのだから。

 

「……ちんきゅ」

「うぅぅ、恋殿に言われたから、仕方なく、あ、謝ってやるのです!」

「そりゃどうも。つーか、せめて往来のど真ん中でのちんきゅうキックは止めろ。下手したら死ぬぞ、俺」

「……ちんきゅ。ちゃんと謝る」

「うぅぅ、恋殿ぉぉ……」

「……飛鳥、良い人。蹴るの、ダメ……!」

「……ハイ、です。ごめんなさいですぞ」

 

 呂布に背中を押され、激しく肩を落とした陳宮が悲痛な顔色で頭を下げたその時だった。民が悲鳴を挙げて、道の左右に散らばっていく。微かに見えたのは近衛兵特有の白を基調とした防具を纏った兵士の姿。飛鳥たちの元へ着いてから馬を降り、片膝を着く。右手は胸の前で拳を作り、それを左手が包み込む。頭を垂れて、言う。

 

 

「州牧様、司馬懿様がお呼びです」

 

 

 瞬間、周囲の群衆からどよめきが沸き起こる。近衛兵が跪き、劉璋様と呼ぶ相手は黒髪の青年。だが、頭だけ賢そうな帽子を取り、僅かに肩へ掛かりそうな髪を払うと、そこには時々大勢の兵士と共に民と触れあいに来る益州牧の姿があった。

 群衆は一斉に頭を垂れる。目の前にいるのは天子の血を引き、混乱に明け暮れた益州を束ね、統治し、発展させてくれている名君だ。一般庶民ごときが顔を合わせて良い存在ではない。

 

 ――やっぱりこうなるか。

 

 やれやれ、と飛鳥は肩を落とす。

 気にせずともよい、と声を掛けたところで無駄だろう。この時代の人間はとにかく血統、権威などが絶対だ。天子と列なる血を引くという事実だけで、民からはまるで神様のごとく扱われる。陳宮や呂布などは希少な部類だ。

 民に迷惑かけられない。飛鳥はさっさと立ち去ろうと決めて、白竜と趙雲の馬をも引き連れていた近衛兵に尋ねる。

 

「司馬懿が? 民を脅かしてまで急がなければならないほどか?」

「はっ。詳しいことは解りませぬが、二つ、大事なご報告をしなければならないと仰っておりました」

 

 ――二つ?

 

 内心で首を傾げた。該当しそうなのはまた黄巾賊が益州で暴れていることだが、その場合は司馬懿が代わりに派遣する兵士の数、将、兵糧などを試算する筈。成都の視察なのだから、飛鳥は遅くても夕方には城へ戻る。その後に報告しても大した違いは出ない。ならば何故か? 考えても解らない。史実と演義を思い出しても、この時期は黄巾賊ぐらいしか目立ったイベントは無かったはずだが。

 

 ――それとも、南蛮か?

 

「……解った。すぐに城へ戻ろう。お前たちはそのまま俺の護衛に就け」

「御意!」

 

 近衛兵が連れてきた白竜に乗馬する。趙雲も同様。武官の呂布は飛鳥の後ろに乗り、軍師である陳宮は趙雲の後ろに乗った。この件でも後から陳宮に何か言われそうだが、それすら気にならなくなるほど、飛鳥は何やら嫌な予感のする展開に溜め息を吐いた。

説明
転生劉璋は王となるの二話です。
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コメント
誤字というか、星が客将の立場でありながら飛鳥を「主」と呼んでいることに違和感があります。公孫賛の客将の時は、無印では公孫賛殿、真では白蓮殿と呼んでいたので、飛鳥が字で呼んでいることから、それに合わせて字の季玉殿と呼んだ方がよろしいかと。(h995)
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劉璋 三国志 真・恋姫†無双 ハーレム 呂布 趙雲 

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