真・恋姫†無双 転生劉璋は王となる4 |
「姓は孫、名は権、字は仲謀。名君と名高い劉季玉殿とこうして会えたこと大変嬉しく思います」
「姓は劉、名は璋、字は季玉。こちらこそ、江東の虎と呼ばれた孫堅殿の御令嬢と会えたこと光栄に思います」
円卓で向かい合うようにして座る孫権と飛鳥。ガラス細工のようなきめ細かい髪の毛に、大人の女性へ変貌しつつありながらもどこか幼さを感じ取れる美貌、気品があり立ち振舞いから育ちの良さそうな印象を放ち、家の重みを背負い、無理な堅苦しい真面目さも笑みを誘った。褐色の肌も瑞々しくて、年頃の男を落とすには十二分すぎる色気と容姿を兼ね備えている。
――こんな女の子が孫仲謀か。
孫堅、孫策。周瑜をして、その二人よりも器が大きいと謂わしめ、いずれは孫家の大黒柱となる者。見掛けだけで判断するなら、大富豪の父に可愛がられたご令嬢にしか見えない。こんな娘も時が経てば、曹操のように覇気を身に付け、威圧してくるのだろうか。今はまだ弱々しくても、あの呉を建国するのだからそのぐらいは当たり前といったところか。
――まさか、向こうから来るとは。
こうなったのは、司馬懿が天の御遣いとやらの情報を臣下に話している最中、突然侍女が駆け寄り、孫仲謀と名乗る女性がやって来たと耳打ちしたのが原因。思わずその場で目を見開いた飛鳥を責めるものはいないだろう。何しろ、三英雄の一人がわざわざ会いに来たのだ。アポ無しと言えども、今後のことを考えて判断すれば、当然孫権と会うことを決めた。
その後、臣下たちを解散させ、大至急、正装に着替えた飛鳥は親友を伴って、孫権を待たせていた部屋へ直行。先ずは待たせたことを謝罪し、こうやってお互い名乗りあったというわけである。
「しかし驚きましたな。突然、成都へやって来られるとは。そして面会を求めるとは」
「その点に関して、本当に申し訳無いと思っております。事前に使者を寄越せられれば良かったのでしょうが」
「いや、お気になさらずとも結構ですよ。孫仲謀殿、貴女方の境遇は私の耳にも届いております。お母上のことに関しては、この混乱の大地、乱世の出来事にしても尚、非常に痛み入ることでした。ご冥福をお祈りします」
「……お気遣い、感謝いたします」
孫権が一瞬、瞳を揺るがせた。亡き母のことを想ってか。僅かに言葉を詰まらせながら一礼する。
――孫堅は死んでるからな。
飛鳥は疑問を抱く。史実、演義どちらも孫堅が死ぬのは洛陽にて玉璽を手に入れてから。今はまだ黄巾の乱さえ収束していない。つまり、時系列が狂っている。死ぬのが、劉表に殺されるのが早すぎる。司馬懿がこの時期に生まれていることからも感じた疑問だが、やはり色々と前提が可笑しいのだ、この世界は。
――まぁ、名の在る武将の九割九分九厘が女の子になってる時点で前提も糞もないけどな。
「謝罪しましょう。嫌なことを思い出させたようですね」
「……いえ、どうかお気になさらないでください。母様もきっと、劉季玉殿に祈られて嬉しいはずですから」
「では、お互いの非礼を帳消しにすることで良しとしましょうか」
「ふふ、そうですわね」
孫権は使者も無く訪れた非礼を。
飛鳥は来訪した客に肉親の死を思い出させた非礼を。
それぞれどちらも無しにした。
愚策なのか。いや、将来の布石とすれば安いもの。目の前で微笑んでいるのは孫仲謀。警戒するが、それ以上に親しくなれば利益を得られるだろう。
――そうだろ、貴嶺?
二人の主君の背後に佇むのはお互いの忠臣。孫権には甘寧が。飛鳥には司馬懿と焔耶が。やはり、迎い入れる側に人が多いのは当然。甘寧は生粋の武人であるため、流石に飛鳥と司馬懿では止められない。孫権自身も武の心得はあるだろうし。そのための焔耶だ。こう言ってはなんだが、ちょうど良い力量なので相手を不自然に警戒させることもないだろうと踏んでのこと。
「孫仲謀殿は益州を見て回ったと聞きました。どうでしたか? 兵士が何やら粗相を犯したりしませんでしたか?」
「いえ、大変素晴らしいものでしたわ。窶れた賊は少なく、民には笑顔が溢れ、農民と兵士が仲良くしている場面も多々見受けしました。後継者争いによって荒廃した益州をここまで建て直した手腕、拝見させてもらいました」
「そう言ってもらえると有り難いですね。一刻も早く、民が安住の地を得られるよう臣下共々が頑張ってきたお陰です」
「ご謙遜を。劉季玉殿の仁徳、知謀などの賜物でしょうに」
「いえ、そうではありません。私は知謀で司馬懿に劣り、武では贔屓目に見て孫仲謀殿と同等でしょう。そんな私が、巷で名君と呼ばれているのも、ひとえに優秀な臣下のお陰です。これは自虐ではなく、事実です」
「…………」
だからこそ、飛鳥は王になる。そんな優秀な人たちを纏めきれるような王になる。転生前はただの大学生だった男が誓ったのだ。墓前に、親友に。大陸を統べる王になると。
「劉季玉殿、一つよろしいでしょうか?」
「どうぞ、甘寧殿」
絶句した主君を労るためか、今まで一言も話さなかった甘寧が両手を後ろ腰にて組みながら問いかけた。
「貴殿は、何故我々と会おうと決めたのですか? 仲謀様には悪いものの、我々は未だ袁術の客将でしかありません。皇族の一人でもある貴殿が会うという選択肢を取るとは、私は考えてもいませんでした」
「し、思春!?」
「簡単な話だ、甘寧殿」
孫権がバッと後ろを振り向く。咄嗟に口に出たのはきっと甘寧の真名だろう。つまり、彼女たちは日頃から真名を呼び合う間柄。お互いを信頼しあった主従は強い。
非礼と知りつつ、甘寧が主君同士の会話に割り込んだのは、これ以上孫権の弱味を握らせたくないためだろう。
――意外と知恵が回るな。
武一辺倒な訳ではないということか。
「私は孫伯符殿、そして孫仲謀殿を高く評価している。孫家に仕える臣下の者たちのことも。だからこそ会ってみたいと思った。これだけの理由では不服か?」
「……いえ、納得しました」
「お、お待ちください。姉様だけではなく、私もですか?」
「そうです、孫仲謀殿」
「! ……そう、ですか」
どうも、調子が狂う。もっと遣り手が来るのかと思っていたら、やはり第一印象の通り真面目系なのだろう、孫権は。演義だと、だいぶ無茶な事を仕出かす印象が強いが。
しかし、眼前に居る齢二十にも満たない女性は、何か焦るようにして湯飲みを掴んだ。縁を口に付け、自分に落ち着けと言い聞かせているようにも見える。まだ覚醒前なのだろうか。実際、孫権が覚醒したのは赤壁の戦い直前だった筈だし……。
――ま、そろそろかな。
飛鳥はここ数年で身に付けた演技力をもって、ふぅと一息を溢し、
「そんな貴女方が客将でいることは実に不愉快なことです」
と悲痛げな顔色で言ってのけた。
宴は中盤に差し掛かった。荊州にも届きそうな武名を誇る黄忠や厳顔などが酒を呑み交わし、赤い髪の少女は隅っこで様々な動物に囲まれながら眠っている。白い服に青髪の女性は劉璋を散々からかった後、メンマの偉大さを何故か馬良に語りだした。並みの人間では着いていけそうもない言葉の数々にも、白い眉が特徴的な大人びた女性は笑みを携えながら頷いている。どうやらキチンと話の内容を理解しているらしい。
「蓮華《レンファ》様、あまり飲みすぎないよう」
「解っているわ、思春。劉璋殿と会談したが、まだまだ気を緩める場所と時間じゃない。そう言いたいのでしょう?」
「はっ」
「子供扱いはやめて。会談だって巧くできたじゃない」
何やら宴の席が混沌と化した隙を狙って、護衛の甘寧がソッと耳打ちしてきた。言いたいことは解るものの、皆、子供扱いし過ぎだ。ここは成都城。下手すれば敵になるかもしれない者の本拠地。同盟を結んだわけでも、孫家の王である孫策が劉璋と婚約を結んだわけでもない。警戒してしかるべき場所であると解っている。
言葉の節々に憤りを見せる孫権だが、甘寧は納得がいかないような表情を浮かべていた。何故か? そもそもそういえば――。
「そうだ、思春。何故あなたは私と劉季玉殿の会話に割り込んできたの?」
「……はっ。相手が観察してきたからです」
「観察?」
「はい。蓮華様が何を悩んでいるのか、何に苦しんでいるのか、その辺りを探っているように感じられましたので、非礼と知りつつ、話を変えるようにお二人の会話に割り込みました」
謝罪いたします、と頭を下げようとする甘寧に、孫権は慌てて、止せと口にした。
「そういう理由があるのなら、私が思春を責めたりしない。ただ、私が未熟であっただけのことよ」
「それは――」
「いや、思春に言われるまで私はその事に気づけなかった。本来なら気付かなければならないそれを」
「しかし、思い過ごしだった可能性が高いです、蓮華様」
「どういうことかしら?」
「臣下のことはいざ知らず、劉季玉殿ご本人は蓮華様を利用しようとは考えておられないでしょう。孫堅様のことを口にした時も、嘘を吐いた風には思えませんでした。仁徳有るお方だと思います」
「…………」
「どうかされましたか、蓮華様」
目をぱちぱち、と二回瞬きする。
「いえ、思春が男性に対してそんな風に言うなんて……」
「あ、あくまでも客観的な感想です」
「ふふふ、顔が赤いわよ、思春」
「れ、蓮華様!」
可愛い従者を適度にからかいつつも、孫権は劉璋の驚愕とも言える台詞を反芻した。
『そんな貴女方が客将であることは実に不愉快なことです』
『……それは、どういう?』
『英雄としての器が、主を飲み込もうとしている。ただそう感じただけですよ』
『器が、主を……?』
『この先はいずれまた今度。再び会談するときは、貴女方が独立した勢力になることを祈っていますよ。そして、良き関係になられることも』
――やっぱり、気づいているのね。
孫家が独立しようとしていることを。袁術を倒し、楊州を取り戻そうとしていることを。そして最後の言葉はやはり、独立した後なら同盟などを結ぶ用意ができていることだと推測できる。
――でもこれで、後ろ楯は手に入れたわ。
劉璋が思いの外、孫家を高く評価していることが幸いだった。そうでなければ、ここまで破格の条件は無い。一客将に過ぎない孫家の者と対談し、独立を促し、その時はまた対談することを約束した。皇族、そして現在諸侯最強である劉璋とここまで懇意になれるとは予想だにしていなかった。
――姉様だけじゃなくて、私も高く評価しているって言ってたけど。
どうしてだろう? 実の姉である孫伯符と違い、勇猛を馳せたことも無いはずだけど。あるのは孫家の血だけ。だから努力しなくてはならない。偉大な母や姉に負けないためにも。
「やぁ、孫仲謀殿。宴は楽しんでいるかな?」
「は、はい、劉季玉殿。わざわざありがとうございます」
成都城の主、劉璋が魏延を連れて現れた。きっと、後ろの彼女は護衛だろう。何故か甘寧と睨み合っているが。
孫権の隣に腰掛けた劉璋が、孫権の持つ空の盃にトクトクと新しくお酒を注いだ。
「重ね重ねありがとうございます」
「孫仲謀殿」
「はい」
「ここは宴会の場。会談も順調に終わった今、多少なりとも無礼を働こうが、この劉李玉、問題にすることなど一切せぬ。であるからな、もっとこう、フレンドリーに行こう」
「ふ、ふれんどりー?」
「ああ、そうか。違ったな。友好的に接しようという意味だ。いつまでも堅苦しくしてたら、重責に押し潰されてしまうぞ? 歳は近いが経験者は語る、だ」
重責に押し潰されてしまう?
それはもしや、血や責任の重さのことを言っているのだろうか?
「劉季玉殿、貴方もご自身の責任の重さに悩んだことがあるのですか?」
「蓮華様……!」
甘寧がたしなめるが、孫権は止まらなかった。姉や母に対する劣等感に苛まされていた孫権には、止まれない理由があった。
「そうだなぁ。孫仲謀殿がもっと親しみやすくなってくれたら話してもいいが、どうする?」
「……くっ」
「聞きたくないのか、孫仲謀」
「…………」
葛藤は数秒だった。
「そう、ね。是非とも聞かせてくれないかしら、劉季玉」
「ははは、孫仲謀殿はそのような話し方なのか。うん、敬語で話されるよりはそちらの方がマシだな」
「普段の貴方は随分と大雑把のようね」
「皇族の一人だが、その前に一人の男だからな。四六時中、気を張り詰めていられないさ」
「私に見せてもよかったの?」
「構わない。孫仲謀殿がどのような人となりなのか、多少なりとも理解したからな」
「それは誉めてるの?」
「勿論」
真顔で頷かれた。孫権は肩を竦める。話を変えるために、それで、と口火を切った。
「やっぱり責任とか感じるよな。天子様と似た血が通っている皇族だし、田舎だけど益州は広い。どうにかして民を護りたいって考えてた。例え俺一人でもな」
「そう」
「重たいんだよ、スゴく。こんなもの背負えるか。そんな風に投げ出したいくらいに。でも、俺しかいない。やらないとけないって、堂々巡りになった。懐かしいな」
「その時、貴方はどうしたの?」
知りたい答え。
劉璋はいとも簡単に答えた。
「取り敢えず、全部忘れてみた」
「……………は?」
「固定観念を壊すって感じだな」
「え? それはどういう意味?」
「凝り固まった価値観をぶっ壊してみればいい。本当に、王とは一人で何もかもこなさないといけないのか。そんな価値観をな」
「…………」
「孫仲謀殿の苦しみや悩み、偉大すぎる母や姉に対する劣等感、それらはいつか必ず晴れると思うぞ。人生、何があるか解らん。気づけば、明日にでも解決してるかもしれんな」
見事、抱えていた悩みを言い当てられてしまった。それもピンポイントで。驚く孫権を他所に、劉璋は盃を傾けて、喉を震わせる。縁側にいるため、見上げる夜空に映える満月が風情を感じさせた。
――あの眼……。
哀しみの色。
彼は対談の時、言っていた。
自分は臣下の司馬懿よりも知謀で劣り、武に関しても名を馳せるものではない、と。それでもここまで王とならんとする姿勢は、自分に足りないものを把握し、それ故に為せることと為せないことを見極めた結果なのだろうか。
――強いわね。
素直にそう思った。そして、信頼する姉に匹敵する王の器を感じた。
「そんなわけで、孫仲謀殿、実は頼みがあるんだ」
一転、話が変わった。
憂いを帯びた瞳は消え、逆に何やら面白そうな色を浮かべている。
「た、頼み?」
「うん、まぁ甘寧殿に対する頼みなんだが」
「どういう頼みでしょうか、劉季玉殿」
甘寧が警戒心を露にしつつ問い掛けると、劉璋は気にもかけずに、魏延を親指で指差した。
「実は焔耶が甘寧殿と一戦やりたいらしくてな。勿論怪我などはさせぬつもりだ。どうだろう、頼まれてくれるか?」
「……蓮華様」
「いいわ、やりなさい思春」
「はっ」
二人が縁側から続く広場の中央でそれぞれ武器を構える。それを遠くから眺める武官たちが一斉に囃し立て始めた。
そんな中、劉璋が言った。
「そう気負うな、孫仲謀」
「え?」
「この俺が払拭できたんだ。きっとお前もできるさ」
「……一つ、聞いてもいい?」
「どうぞ」
「どうして、姉様だけじゃなくて私も高く評価していたの?」
「ああ、それはな……」
劉璋がフッと笑った。
「内緒だ」
「……ふふ、ずるいわね」
「君主たるもの、ズル賢さも身につけないとな」
「ほんと――。面白い人ね、あなた」
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転生劉璋は王となるの四話です。 | ||
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面白そうだけど、別の場所でやらかしすぎてモチベ無くなったんだろうね。自己主張が激しい作者は読者とぶつかって碌なことにならないよね。勿体ない話だ(ドーパドーパ) 面白かった。続き期待しています 。劉璋が単なる英雄で終わっていないところがすきです。(tani) 追記 あくまで希望ですので御気になさらずご自由に書きたいように書いて下さい。(陸奥守) 始めまして。笛吹の頃から読んでました。今度こそ最後まで順調に進むよう願っております。あと勝手ながら星が何故飛鳥を真の主君としなかったとか、一刀を選んだ理由等掘り下げていただけるととても嬉しいです。頑張って下さい。(陸奥守) |
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