孤独な魔女と壁の町 |
○ムル・町
俯瞰。
山と川に挟まれ、高さ4〜5メートルのレンガ造りの壁に囲まれた町がある。
北側の町並みは古く、南側は新しい。
南側には建設中の建物や空き地が多く目立つ。
南側の森を押しのける様に町が発展してきた事が伺える。
北側に門が一つだけある。
町の真ん中の広場を中心に、四方に中央通りが伸びている。
中央通りに面した建物は、パン屋や服屋などが目立つ。
○同・広場
建物や屋台に装飾が施され、祭りの雰囲気を思わせる。
十人ほどの楽器隊が陽気な曲を演奏している。
円形広場の中央では銀髪の人形が磔にされ焼かれている。
その周りでは老若男女関係なく人々が踊っている。
人々は皆黒髪で、服装は緑や茶色のチュニック。
○同・南街
レンガと木で造られた、それほど立派ではない建物が建ち並んでいる。
人通りが多く、家族で歩いている人々も見受けられる。
短髪、ギザギザの黒髪で、白と紺のチュニックを着たアーサー(14)、黒髪ショート、
深緑のチュニックワンピースを着た細目で少し大人びた雰囲気のソフィア(14)の手を
引っ張っている。
ソフィア「アーサー、こないだ私は行かないと言っただろ
う?」
アーサー「祭りだぞー、行こうよー」
ソフィア「(苦笑い)そんなに手を引っ張らないでくれ。わかったから」
○同・中央通り
屋台が出ていて、行き交う人々で盛り上がっている。
屋台でアップルパイを買い上機嫌のアーサー。
アーサー「こないだ授業で木を削ってペーパーナイフ作っ
たけど、あれなら狼倒せるんじゃない?紙を切るナイフと言ってもあれだけ鋭ければさー」
ソフィア「倒せるわけがないだろう。何を言っているんだいアーサー」
呆れた様子だが、機嫌は悪くなさそうなソフィア。
アーサー「えー、ほら、こうズバッとさ。ん?」
子供の群れを見つけるアーサー。
アーサー「なにかやってるよ」
近づく二人。
人だかりの中心では男性が紙芝居を披露している。
○紙芝居
町の俯瞰図だが、今の町よりも二周り小さく、隣には村がある。
男性(声)「昔ムルは小さく、隣には魔女の村がありました。互いは干渉せずに平和に暮ら
していました」
絵が捲られる。
魔女が箒に乗って飛び、狼が群れをなして町に攻めてきている絵。
男性(声)「ところがある日、魔女が狼を連れてムルを攻めてきたのです!」
絵が捲られる。
魔女が火を放ち、狼が牙を剥き、町の人々が逃げている絵。
男性(声)「残虐な魔女と狼によって町は大変な被害に遭います」
絵が捲られる。
騎士が魔女と狼を追い払っている絵。
男性(声)「しかし国から遣わされた騎士が見事に魔女を撤退させました。
ムルはもう二度と魔女と狼が攻めてこられない様に壁を作って暮らしましたとさ。
めでたしめでたし」
○ムル・中央通り
紙芝居を見ていた子供達が拍手する。
感心するアーサーが隣を見るとソフィアは不機嫌な表情になっている。
アーサー「ソフィア?」
ソフィア「帰る」
アーサー「え?」
踵を返し、人混みを抜け、裏路地の方に歩いていくソフィア。
アーサー「ちょっ、待って」
ソフィアを追いかけようとするアーサー、
歩いていた男性とぶつかりアップルパイを落とす。
アーサー「っと、すいません」
男性「おう、きぃつけろよ」
再びソフィアの消えた方を見るアーサーだが、ソフィアの姿は見えなくなっていた。
○南街・路地裏
喧騒から離れ、人通りの減った路地裏。
その場にいるのは、退屈そうな二十代ぐらいの男女。
そこにソフィアの姿はない。
辺りを見回しながら歩くアーサー。
歩くほどに人の姿は見えなくなり、建物も建設中のものばかりになっていく。
○同・壁
引き攣った表情のアーサー。
周りにあるのは建設中の建物と空き地。
アーサーの目の前にあるのは、『立ち入り禁止』と書かれた看板。
その向こうには資材と壁。
周りを見回すアーサー。
人の気配はない。
溜息を吐くアーサー。
ふと顔を上げると、レンガの積み方が甘く、穴が開いている箇所を見つける。
周りを気にしつつも壁に近づいていくアーサー。
穴を覗き込むアーサー。
アーサー「おー!」
身を乗り出すアーサー。
穴が広がって壁に穴があいてしまう。
アーサー「うわああ!」
アーサー、壁の外に転げ出る。
○同・壁の外
壁のすぐ外には木々が生い茂り、草花が自生している。
慌てているアーサー、辺りを見渡し、壁の中に戻ろうとするが、
散らばったレンガを見て閃いた顔。
壁の外からレンガを壁に戻すアーサー。
○森・入り口
木々や草花を見て目を輝かせているアーサー。
葉はオレンジや黄色や赤など、彩り鮮やか。
木の実が成っている果樹を見つけ、実をもぎ、食べる。
笑顔になるアーサー。
○同・中
壁が見えなくなるぐらい、森の奥の方。
あまり背の高くない林檎の木が十本ほど生えていて、
実がちょうど食べごろなくらい熟れている。
笑顔で林檎をもぎとるアーサー。
狼の唸り声が聞こえる。
笑顔が消え、辺りを見回すアーサー。
木々の間から一匹の狼が現れる。
狼の体はそれなりに大きく、口から覗く牙は鋭い。
アーサー「ひっ」
狼は明らかにアーサーに対して敵意を向けている。
狼を怖がり、林檎の実を落とし、逃げようとするアーサー。
慌てて躓き転ぶ。
立ち上がろうとするアーサー。
アーサー「っつ!」
右足を見ると腫れている。
アーサーに襲いかかろうとする狼。
アーサーと狼の間に火の玉が飛んでくる。
焦げる地面。
驚いて逃げる狼。
火の玉が飛んできた方向を見るアーサー。
木の陰からアーサーを見ている少女。
少女は銀髪で、黒いつぎはぎのあるドレスワンピースを着ていて、
アーサーと同じくらいの年齢。
アーサー、少女の髪と焦げた地面を交互に見る。
アーサー、戸惑う。
アーサー「君は」
アーサー、立ち上がろうとする。
アーサー「っつ!」
右足を押さえるアーサー。
少女、心配そうな表情でアーサーにおそるおそる近づく。
アーサー、右足を庇いながら後ずさる。少女を警戒している。
少女、躊躇いつつもアーサーに近づき、アーサーの右足におそるおそる触れる。
触れた瞬間、少女の手とアーサーの間に淡い光が現れ、消えた。
一瞬アーサーの足に触れた少女は急いで森の奥の方に走り去ってしまう。
立ち上がるアーサー、自分の足を見てから、少女の消えた方向を呆然と見る。
狼の遠吠えが聞こえる。
竦むアーサー。
周りを気にしながら壁の方へ小走りで去っていく。
○南街・アーサーの家(夕)
住宅街。
陽がほとんど沈み、暗くなり始めている。
ガス灯が道を照らしている。
レンガと木で造られた家並の中に、他の家より一回り大きい家が建っていて、
その家に入っていくアーサー。
○アーサー宅・ダイニング(夜)
木製のテーブル、椅子、食器棚がある部屋。
台所と一体化している。
ランプの灯りが室内を照らしている。
椅子に座っているアーサー、ココアを飲んでいる。
台所で食器を洗う、シニヨンで緑色のチュニックワンピースを着たネミア(42)。
ランス(声)「ただいま」
ドアを開け入ってくる、白髪交じりの短髪黒髪で、
青いチュニックを着た少し皺のあるランス(44)。
ネミア「お帰りなさい。今お夕飯の支度しますね」
ランス「祭りが無事に終わって良かったよ」
アーサーの向かいに腰掛けるランス。
アーサー「お帰りなさい。ねえ父さん、魔女って実在するの?」
ランス「ん? 急にどうした、当たり前だろう? 学校で習わなかったのか」
アーサー「習ったけどさ・・・、なんかイマイチ信じられなくて」
ランス「ふむ、まあ、今は魔女は近くにはいないからな。いたとしたら大変な騒ぎだ」
アーサー「そう、だよね…。今日さ…」
ランス「もしいたら処刑しなくちゃいけないな」
アーサー「!?」
ランス「ん? どうしたアーサー」
少し動揺しているアーサー。
アーサー「なんでもないよ」
俯くアーサー。
アーサーの表情の変化に気付いていないランス。
ランス「念のため言っておくが、壁の外には出るなよ?魔女はいないかもしれないが、
狼は未だいるだろうからな。もっとも壁の外に出られるのは有事の際か、
荷馬車が通るときぐらいだがな」
ネミア「はいはい、そういうお話は置いといて。ご飯が冷めちゃいますよ」
スープの入った器をテーブルに置くネミア。
ランス「ああ、ありがとう」
○南街・路地裏
迷っている表情のアーサーが立っている。
周りに人の気配はない。
壁の方に歩いていくアーサー。
○森・入り口
木製ペーパーナイフを握り、周りを警戒しながら歩いているアーサー。
○同・中
林檎の木をちらりと見るアーサーだが、近づこうとせずに通り過ぎる。
周りを見渡し、困り顔になるアーサー。
僅かに水の流れる音が聞こえ、そちらへ歩いていくアーサー。
○川原
幅10メートルほどの、底が見えるほど澄んだ川。
森を抜けて現れるアーサー。
川を見て目を輝かせる。
川に近付き、水に触れる。
アーサー「冷たっ」
水の跳ねる音が聞こえ、下流を見るアーサー。
昨日見た少女が、篭を持って川に入っている。
少女を見つめるアーサー。
アーサーに気付く少女。
アーサー、思わず手に持っていたペーパーナイフを隠す。
少女、慌てて川から出て、森の方へ走り去ろうとする。
アーサー「待って!」
少女、アーサーに見向きもせずに、森の中へ消える。
溜息をつくアーサー。
ゆっくりと森の方へ歩いていく。
〇森・中
うろうろと周りを見るアーサー、不安な表情。
木の陰から見ている少女。
溜息をつくアーサー。
少女、一歩踏み出し、足元で枯葉が鳴る。
音に気付き、振り向くアーサー。
アーサー「あっ」
少女とアーサー、目が合う。
アーサーから逃げようとする少女。
アーサー「待って」
立ち止まる少女。
アーサー「(照れ笑い)道に迷っちゃってさ」
振り返る少女。
〇同・入口
歩いているアーサー。
アーサーの十数歩先を歩いている少女、アーサーを警戒している様子。
アーサー「ねえ、僕の足を治してくれたんだよね?」
少女「……」
アーサー「僕を狼から助けてくれたんだよね?」
振り返りもせず歩く少女。
アーサー、バツの悪い顔。
立ち止まり、半身振り返る少女。
今まで向いていた方向を指差し、アーサーを避けて森の奥に走り去る少女。
アーサー「あっ」
少女が消えた方向に手を伸ばしかけるアーサーだが、手を下げ、
少女が指差した方向へ歩き始める。
○南街・壁(夕)
人目を気にしているアーサー。
周りに人がいない事を確認し、壁の穴の空いた部分が見えなくなるように資材で隠す。
〇南街・学校(朝)
他の建物と比べ、十倍以上大きな木製の校舎。
校舎に入っていく、十四歳ぐらいの男女数十人。
少年少女は皆、本の入った鞄を持っている。
歩いている鞄を持ったアーサーとソフィア、若干険悪な雰囲気。
○学校・中庭
校舎に囲まれた中庭。
花壇があり、花が咲いている。
ベンチに座り、サンドウィッチを食べているアーサーとソフィア。
サンドウィッチを口から離し、ソフィアを見るアーサー。
アーサー「ねえ、祭りのときなんで帰っちゃったの?」
ソフィア、横目でアーサーを見る。
ソフィア「(無感情的に)ああ、すまなかったよ」
アーサー、唇を尖らせる。
アーサー「ソフィア」
サンドウィッチをベンチに置き、アーサーに向き直るソフィア。
ソフィア「すまない、私が悪かったよ。でもねアーサー、私はあの祭りが嫌いなんだ」
アーサー「どういう事?」
ソフィア「この町で伝えられている歴史は間違っている」
眉を顰めるアーサー。
ソフィア「魔女についての歴史は書き変えられているんだ。だから、あの祭りは…、
あの祭りには出来れば行きたくなかったんだ」
アーサー「行きたくなかった? 確かに行きたがってなかったけど…。
じゃあなんでついて来たの?」
ソフィア「それは」
顔を逸らすソフィア。
ソフィア「お前が誘ったからだろう」
アーサー、戸惑う。
○中央通り
花屋や服屋が建ち並ぶ大通り。
パン屋の前に立っているアーサー。
布製財布を開くアーサー、渋い顔。
× × ×
店から出てくるアーサー。
手には紙箱。
財布をひっくり返すアーサー。
すっからかん。
○南街・壁
人目を気にしているアーサー、手には紙箱を持っている。
誰もいない事を確認し、壁にかかっている資材をどける。
壁には穴が開いている。
穴を抜けて、町の外に出るアーサー。
○森・中
林檎の木を迂回する様に歩くアーサー。
周りを見回すが、狼や人の気配はない。
木の陰からアーサーを見ている人影。
○川原
辺りを見回すアーサー。
狼や人の気配はない。
少し気を落としているアーサー。
木の陰からアーサーを見ている人影。
○森・中
溜息をつきながら、壁の方向へ歩いていくアーサー。
ふと、後ろを見ると、木の陰に隠れている少女がいる事に気付く。
少女、アーサーに見つかり、森の奥へ逃げようとする。
アーサー「待って!」
少女、立ち止まる。
アーサー「お土産を持ってきたんだ」
振り返る少女。
アーサー、紙箱を開け、中に入っているアップルパイを見せる。
アーサー「助けてくれたお礼が言いたくて」
アーサーの顔とアップルパイを見つめる少女。
○川原
距離をとって座っているアーサーと少女。
少女に箱を手渡すアーサー。
アーサー「僕はアーサー。君の名前は?」
箱を開く少女。
少女「……ドロシー」
ドロシー、アーサーを警戒しているが、アップルパイを見て目を輝かせる。
アップルパイを口に入れ、笑顔になるドロシー。
ドロシー「甘い」
アーサー「ねえ、ドロシーはこの森に住んでいるの?」
ドロシー「うん」
アーサー「ドロシー以外の人は?」
俯くドロシー。
ドロシー「いないよ」
アーサー「ドロシー一人だけ…?」
ドロシー「うん」
アーサー「そっか……。ねえ、ドロシーは……」
アーサーの顔を見るドロシー。
アーサー「ううん、なんでもない。アップルパイ美味しい?」
ドロシー「うん、こんなに甘い物久しぶりに食べた」
アーサー「そっか、良かった」
○森・中(夕)
向かい合って立っているアーサーとドロシー。
夕陽が二人をオレンジ色に染めている。
アーサー「また会いに来ても良い?」
戸惑い、微笑に変わるドロシー。
ドロシー「えっ。うん、良いよ」
アーサー「ありがとう」
微笑むアーサー。
ドロシー「ここに来るときは林檎の木の所は通らないでね。あそこは狼の縄張りだから」
アーサー「わかった、ありがとう。じゃあ、またね」
手を振るアーサー。
ドロシー、一瞬キョトンとするが慌てて手を振り返す。
ドロシー「ま、またね」
ドロシーから離れていくアーサー。
アーサーの姿が見えなくなるまで手を振り続けるドロシー。
現れる狼、ドロシーに近づく。
ドロシー、狼を撫でる。
ドロシーに懐いている様子の狼。
○南街・学校(朝)
校舎の方に向かって歩いている、鞄を持った十四歳ほどの男女数十人。
その中にはアーサーとソフィアの姿も。
ソフィア「アーサー、会わせたい人がいるから今日の放課後付き合ってもらって良いかい?」
アーサー「? うん、わかった」
○北街・住宅街
木やレンガで造られた、年季の入った町並み。
歩いている人は、若者よりも老人の方が多い。
建ち並んだ家の一つに入っていくソフィアとアーサー。
○クレア宅・リビング
木製の建物の室内。
床には絨毯が敷いてあり、部屋の奥には暖炉がある。
暖かい雰囲気。
木の椅子に座っているアーサーとソフィア。
その向かい、ロッキングチェアに座っているクレア(73)。
間にはテーブルがあり、人数分の紅茶とクッキーがある。
ソフィア「私のお婆ちゃんのクレア。こちらは私の同級生のアーサー」
会釈するアーサー。
アーサー「こんにちは」
優しく微笑むクレア。
クレア「こんにちは」
ソフィア「今日はアーサーにお婆ちゃんの話を聞いてもらいたいと思ったんだ」
アーサー「話?」
ソフィア「魔女の村がムルの隣にあった頃の話だよ」
驚くアーサー。
クレア「私がまだ子供だった頃なんじゃがのう、魔女に助けてもらった事があるんじゃよ」
アーサー「助けてもらった……」
クレア「森に遊びに行って迷ったときに道案内してくれたんじゃ。優しかったのう」
思案顔のアーサー。
クレア「魔女がムルに襲ってきたなんて、今の学校では教えられている様じゃが、本当は逆じゃよ」
アーサー「逆?」
紅茶を飲むソフィア。
クレア「ムルが魔女の村を襲ったんじゃ」
驚くアーサー。
アーサー「そんな、なんのために」
ソフィア「領地拡大だよ。当時、急激に人口が増えたこの町には土地が足らなくなっていた。
そうしてどんどん増えた土地が今の南街だね」
クレア「それで邪魔になったんじゃろうなあ。魔女はなあんにも悪くないのにのう…」
アーサー「魔女が人を襲うっていうは」
ソフィア「嘘だよ。魔女を追い払う事を正当化するためのね」
アーサー「じゃあ、壁は何のために?」
クレア「狼じゃよ」
クッキーを摘むソフィア。
クレア「魔女の村を取り壊し、それでも土地が足らなくなった役人達は森の木を切ろうとしたんじゃ。
じゃが、そこを縄張りとしている狼が町に攻めてきてのう。
武力を持たないこの町は大変な被害にあった。じゃから、狼から町を守るために壁を建てたんじゃ」
アーサー「そう、だったんだ」
ソフィア「信じられない?」
アーサー「いや、そんな事はないよ……」
少し疲れた様子のアーサー。
ソフィア「これでわかっただろう? 私が魔女狩祭りを嫌っている訳が」
アーサー「あの祭りは…」
ソフィア「(眉を顰め)人々に魔女は害悪だと信じ込ませるための物だよ」
溜息をつくクレア。
クレア「今では当時の真相を知る者は数人の老いぼれだけになってしまってのう。
こんな私の話を聞いてくれる者もおらんでのう」
アーサー「そう、なんですか」
○南街・住宅街(夕)
歩いているアーサーとソフィア。
通行人は疲れ気味の男など。
夕陽が、町をオレンジ色に染めている。
アーサー「今日はありがとう」
ソフィア「おや、アーサーがお礼なんて珍しいね」
唇を尖らせるアーサー。
アーサー「そ、そんな事ないでしょ」
微笑むソフィア。
ソフィア「どうだろうね」
アーサー「あのさ、実はさ…」
ソフィア「うん?」
はにかむアーサー。
アーサー「いや、なんでもないよ。また遊びに行きたいな」
ソフィア「お婆ちゃんならいつでも歓迎してくれるよ」
アーサー「うん、じゃあまた明日」
ソフィア「じゃあね」
手を振り、別れるアーサーとソフィア。
○アーサーの家・ダイニング(夜)
ランプが部屋を照らしている。
椅子に座っているアーサーとランスとネミア。
テーブルの上にはムニエルと茹でた野菜。
ネミア「今スープをよそいますからね」
暗い表情のアーサー。
アーサー「ねえ父さん、歴史の教科書は間違っているの?」
ランス「どうしたアーサー、藪から棒に」
アーサー「友達のお婆ちゃんに話を聞いたんだ」
不機嫌な顔になるランス。
アーサー「町を襲ったのは魔女じゃないって」
ランス「そんな話は信じるなアーサー」
アーサー「父さん……?」
ランス「良いかアーサー、歴史の教科書は絶対だ。そんな者は老人の作り話だ」
アーサー「父さん…」
ランス「魔女に騙されているんじゃないかと思うぐらいだ。
こんな話は終わりだ、母さん早くスープをよそってくれ」
ネミア「は、はい」
ランスに少し怯えた様子のネミア。
席を立ち、台所の方へ向かう。
アーサー、何か言いたげな顔。
○南街・学校
校舎から出てくる、十四歳前後の、手に本の入った鞄を持った少年少女達。
その中にはアーサーとソフィアの姿も。
手を振り別れるアーサーとソフィア。
○アーサーの家・外
住宅街。
子供が道を歩いている。
自宅に入るアーサー。
× × ×
自宅から出てくるアーサー。
少し楽しそうな顔で歩いていく。
○森・中
歩いているアーサー、周りを見ている。
木の陰から現れるドロシー。
明るい表情になるアーサー。
アーサー「やあドロシー」
ドロシー「来てくれたんだアーサー」
アーサー「今日はアップルパイはないけどね」
苦笑いのアーサー。
ドロシー「大丈夫。ねえ…」
アーサー「うん?」
ドロシー「今日は私がご馳走してあげる」
○同・奥
木に囲まれた、開けた場所。
廃屋が数軒と、一軒の朽ちた小さな建物。
木製で、簡易な造り。
小屋の横には、薪木が積んであり、鶏小屋がある。
歩いてくるアーサーとドロシー。
アーサー、廃屋を見る。
アーサー「これって…」
ドロシー、悲しい表情。
ドロシー「昔はね、皆ここにいたの」
○ドロシーの回想
木に囲まれた、開けた場所。
数軒の、木製の小屋が建っている。
銀髪の女性が数人、談笑している。
その近くで走り回っている銀髪の少女達。
その中にドロシー(4)の姿も。
× × ×
数人の銀髪の女性と、それぞれの女性に手をひかれた銀髪の少女達。
手に大きな荷物を持っている。
その向かいにドロシー(7)と、ドロシーの母親(33)。
皆の表情は悲しそうであったり、気難しい顔。
ドロシーの横に立っている女性だけは眉を顰めている。
ドロシーは泣きじゃくっている。
子連れの女性達、森の奥の方に歩いていく。
手を振りながら歩く子供達。
ドロシーと母親、見送る。
× × ×
立ち竦んでいるドロシー(10)。
ドロシーが立っている近くにある建物以外は廃屋になっている。
ドロシー、悲しそうな顔。
○ドロシーの家・中
あまり広くない部屋に、台所やベッドがある。
木製の家具があるが、飾り気はない。
部屋の真ん中には小さなテーブルと木製の椅子が二つ。
椅子に座っているアーサー。
ティーポッドからティーポッドにハーブティーを注ぎ、ティーカップをアーサーに渡すドロシー。
アーサー「ありがと」
微笑み、ティーカップを受け取るアーサー。
ドロシー、椅子に座り、ティーカップにハーブティーを注ぎ、自分の前に置く。
ハーブティーを飲むアーサー。
アーサー「美味しい」
ドロシー「ありがとう」
微笑む二人。
アーサー、ティーカップをテーブルに置く。
アーサー「昨日ね、魔女の村が町の隣にあった頃を知っているお婆さんに話を聞いたんだ」
ドロシー「え? うん」
アーサー「町で習った歴史は間違いだったんだって。悪いのは人間で、魔女じゃないんだって」
俯くドロシー。
アーサー「ドロシーは」
ドロシー「魔女だよ」
アーサーとドロシー、見つめ合う。
アーサー「知ってたよ。魔法で僕を助けてくれた」
ドロシー「本当は、近づくのも怖かったの」
アーサー「僕だって、あの時は魔女が怖かったよ」
ドロシー「自分から森に来たくせに」
微笑む二人。
アーサー「ねえ、ドロシー」
ティーカップを口に近づけていたドロシーが顔を上げる。
アーサー、真面目な顔。
アーサー「ドロシー以外の魔女はどこに行っちゃったの?」
俯くドロシー。
ドロシー「どこかへ行っちゃったの。この森はいつ人間が攻めてくるかわからないし、
住みやすいとも言えないから。でもお母さんは…」
アーサー「お母さんは?」
○ドロシーの回想
森の中、背の低い林檎の木が十本ほど生えている。
その木を囲む様に数人の男達。
その中にはランス(39)の姿もある。
男達が林檎の木を指差し、何かを言い合っている。
男達、林檎をもいで手に取る。
そこに狼が現れる。
慌てる男達。
逃げようとするが転ぶランス。
狼、ランスに襲い掛かる。
狼とランスの間に火の玉が飛んできて、地面を焦がす。
怯んで逃げる狼。
木の陰から現れるドロシーの母親(35)。
女性、男達に微笑みかける。
男達、女性の銀髪を指差し騒ぐ。
戸惑う女性。
男達、女性を取り囲み、捕らえようとする。
女性、抵抗しようとするが、全く敵わない。
女性を捕らえた男達は森から出て行く。
木の陰で震えているドロシー(9)。
表情は恐怖。
〇ドロシーの家・中(夕)
窓から夕陽が差し、影が長くなっている。
椅子に座っているアーサーとドロシー。
ドロシーの表情は暗い。
アーサー「じゃあ、お母さんは町にいるのかもしれないの?」
ドロシー「うん…」
アーサー「探しに行った事は?」
ドロシー「ない…」
アーサー「どうして?」
ドロシー「こ、怖いから」
アーサー「怖い、か」
アーサー、思案顔。
アーサー「髪が見えなければ魔女だって気づかれないよね?」
ドロシー「え? ううん、どうだろう」
少し戸惑い気味のドロシー。
アーサー「頭巾を被って髪を隠せば良いんじゃないかな」
ドロシー「そんな簡単な事で大丈夫かなあ…」
アーサー「僕が一緒にいてあげるからさ!」
不安げな表情のドロシー。
○森・中
歩いているアーサーと、その後ろをついていくドロシー。
ドロシーの表情は不安げ。
〇南街・壁の外
頭巾を被って緊張した表情のドロシーと、アーサーが壁の前に立っている。
アーサー、壁に穴が空いた箇所を指差す。
〇同・路地裏
辺りを見回しているアーサーと、建物の陰に隠れているドロシー。
辺りには二人以外に人影はない。
ドロシーに手招きするアーサー。
〇同・大通り
レンガと木で造られた、それほど立派ではない建物が建ち並んでいる。
人通りはそこそこ多い。
歩いているアーサーとドロシー。
ドロシーはアーサーの背中に隠れる様に歩いている。
アーサー「どこから探そうか?」
ドロシー「…わかんない」
苦笑いのアーサー。
アーサー「そりゃそっか」
ドロシー「アーサー、怖いよ…」
アーサーの服を握るドロシー。
アーサー「ドロシー…」
強い風が吹いて飛ばされるドロシーの頭巾。
ドロシー「あっ」
通行人の視線がドロシーの銀髪に集まる。
通行人の男性「えっ?」
通行人がざわめき始める。
通行人の女性「ま、魔女!?」
通行人の子供「お母さん、怖いよお」
子供を連れてその場を去る女性。
ドロシー、引き攣った表情。
アーサー、ドロシーの手を握り走る。
〇同・路地裏
息を切らしているアーサーとドロシー。
ドロシー「だから、言ったのに」
泣きそうな表情のドロシー。
アーサー「ドロシー…」
ソフィア(声)「アーサー!」
走ってくるソフィア。
アーサーの背中に隠れるドロシー。
アーサー「ソフィア」
ソフィアを見るアーサー。
アーサー「ドロシー、大丈夫」
アーサー、ドロシーを宥める。
ソフィア、ドロシーを見る。
ドロシー、怯えている。
ソフィア「魔女が町に現れたって騒いでいる。アーサー、その子が」
アーサー「ソフィア、助けてほしい」
真剣な表情のアーサー。
ソフィア「じゃあ、本物なのか。どこで会ったんだい?」
アーサー「…森」
目を逸らすアーサー。
呆れた表情のソフィア。
ソフィア「森に行ったのかい? 君がそこまで無謀だとは思わなかったよ。それにしても」
ドロシーを見るソフィア。
ソフィア「ずいぶんと可愛い魔女さんだね」
大通りの方から声が聞こえる。
ソフィア「わかったよ、とりあえず手を貸そう」
アーサー、建物の陰にソフィアを隠す。
歩いてくるランス。
アーサー「父さん?」
アーサー、緊張する。
アーサーに気付くランス。
ランス「おう、アーサー、どうしたこんなところで」
アーサー「父さんこそ」
ランス「ああ、魔女の目撃情報が届いてな」
強ばるアーサーとソフィア。
ランス「お前、見てないか?」
アーサー「い、いや、知らないよ」
ソフィア「な、何言ってるんですかランスさん。魔女なんて架空の存在でしょう? きっとデマですよ」
ランス「ああ、ソフィアちゃん、こんにちは」
ソフィアを見るランス。
ランス「いや、魔女は実在するよ。五年前、森で捕まえて処刑したからね」
驚くアーサーとソフィア。
ランス「魔女狩祭りはその名残なんだよ。魔女の人形を焼くだろう?」
青ざめるアーサーとソフィア。
ランス「それにしても魔女がまだいたとは。一体どこから入ってきたんだ。
箒に乗って壁を越えて来たのか?」
アーサーとソフィアの顔色を覗くランス。
ランス「うん? どうしたんだ二人とも、顔色が悪いけど」
ソフィア「な、なんでもないです」
アーサー、震えている。
アーサー「そ、そんなのって」
ランス「なんだアーサー」
ソフィア「な、なんでもないです、こっちにはいなかったので」
アーサーを宥めつつ、ランスを中央通りに行く様に促すソフィア。
ランス「そうか。魔女に会ったらくれぐれも気をつけるんだぞ」
ランス、中央通りの方に歩いていき、姿が見えなくなる。
建物の陰に隠れていたドロシーを手招きで呼ぶアーサー。
歩いてくるドロシー。
ソフィア「今日は危ないからもう帰らせた方が良いよ」
アーサー「そう、だね。送っていくよ」
ドロシー「うん…」
心無しかドロシーの表情は翳っているように見える。
壁の方へ歩いていくアーサーとドロシー。
二人を見ているソフィア。
× × ×
夕陽が町をオレンジ色に染めている。
立っているアーサーとソフィア。
影法師が長く伸びている。
二人の表情は暗い。
アーサー「ドロシーの母親を探しに来ていたんだ。森に一人で住んでいるなんて可哀想だから」
ソフィア「彼女の母親はおそらく…」
アーサーを見るソフィア。
ソフィア「すまないアーサー。私は、昔魔女狩祭りで本物の魔女が殺された事を知っていた」
アーサー「そう、だったんだ」
ソフィア「私も、まだ森に魔女がいるなんて思ってもいなかった」
アーサー「……」
ソフィア「アーサーは、優しすぎる。アーサーは覚えているかな、初めて会ったとき、
アーサーが私を助けてくれたのを」
〇ソフィアの回想
南街、路地裏。
しゃがんで泣いているソフィア(7)、男物の服を着ている。
ソフィアの周りを取り囲む、ソフィアより少し年上ぐらいの三人の少年。
少年A「コイツ男のカッコウしてるぜー、女のくせによお」
少年B「髪も短くしてよー、男のつもりかー?」
少年C「女は女らしくしてろよ」
嘲笑う少年達。
走ってきて少年Aを殴るアーサー(7)
少年B「うわっ! なんだコイツ」
アーサー「何やってるんだよ! イジメか?」
ソフィアを指差す少年C。
少年C「コイツが女のくせに男のカッコウしてるから言ってやっただけだよ」
少年A「コイツよくも殴りやがったな」
アーサーを殴る少年A。
アーサー「それがなんだよ! そんなの自由だろ! 個性だろ!」
顔を見合わせる少年達。
少年B「意味わかんな。帰ろうぜ」
立ち去る少年達。
アーサーを見つめるソフィア。
ソフィア「ありがとう…」
ソフィアに向き直り、微笑むアーサー。
〇南街・路地裏(夕)
戸惑い顔のアーサー(14)。
俯いているソフィア(14)。
アーサー「確かにそんな事があったかもしれないけど、なんで今そんな話をするの?」
ソフィア「なんでもないよ。ねえ、アーサー」
アーサー「なに?」
力なく笑うソフィア。
ソフィア「無茶しないでね」
〇森・中(夕)
背の低い林檎の木が十数本が生えている場所。
ドロシー、嗚咽している。
狼達がドロシーを慰める様に囲んでいる。
森に狼の鳴き声が響く。
〇アーサーの家・ダイニング(夜)
台所で夕食の準備をしているネミア。
鍋からは湯気が立っている。
アーサー(声)「ただいま」
ネミア「おかえりなさーい」
階段を昇る音が聞こえる。
ネミア「アーサー? 夕ご飯は?」
アーサー(声)「いらない」
ネミア「えっ?」
ネミア、心配している顔。
〇同・同(朝)
台所で皿洗いをしているネミア。
入ってくるアーサー、目が赤い。
ネミア「おはよう」
アーサー「(力なく)おはよう」
ネミア「アーサー、昨日夕ご飯食べてないけど大丈夫なの?」
アーサー「うん…」
アーサー、ネミアを見る。
アーサー「ねえ母さん、森にね、女の子がいるんだ」
ネミア、訝しむ顔。
アーサー「母親もいなくて、ひとりぼっちで、とてもかわいそうなんだ。助けてあげたいんだ」
ネミア、恐ろしい物を見ているかの様な形相。
ネミア「森に行ったの?、アーサー…」
アーサー、俯く。
ネミア「何をしているのこの子は! 父さんに森には行くなって言われているでしょう!」
アーサー「でも」
ネミア「森に女の子がいた? それって昨日町に出たっていう魔女じゃないの?
最近父さんに魔女の事聞いてたでしょう?」
アーサー「母さん」
ネミア「信じられないわ、ああ、父さんになんて説明すれば良いのかしら」
アーサー「母さん!」
ネミアを睨むアーサー。
アーサー「僕の話を聞いてよ」
ネミア「いいえ、父さんに叱ってもらいます。アーサー、自分が何をしたのかわかっているの?」
アーサー「もういいよ!」
アーサー、肩を強ばらせ勢いよく部屋を出てい く。
ネミア「アーサー!」
〇南街・路地裏
手を後ろに隠しているソフィアが立っている。
走ってくるアーサー。
ソフィア「アーサー」
ソフィアに気付いたアーサー、ソフィアに近寄る。
アーサー「ソフィア、僕はドロシーを助けたいんだ」
ソフィア「もしかして家族に話したのかい?」
アーサー「ああ、母さんに話した。けれど僕の話なんか聞いてくれもしなかった」
ソフィア「この町では魔女は悪い存在なんだ。そう信じ込んでいる。そう信じ込まされている」
アーサー「その考えを変える事は出来ないの?」
ソフィア「それはとても難しい事だよ」
アーサー「どうして! 魔女は、ドロシーは何も悪くないのに」
ソフィア「私だってどうにかしてあげたいと思うさ」
アーサー「なら…」
ソフィア「私達にはどうにかできる力がない」
アーサー「そんな」
ソフィア「アーサー、お願いだ」
ソフィア、右手でアーサーの手を握る。
ソフィア「行かないでくれ。彼女の事は、諦めてくれ…」
アーサー「ソフィア…」
アーサー、ソフィアの右手を振りほどく。
アーサー「ゴメン、僕は行くよ」
アーサー、壁の方に歩いていく。
ソフィア、左手に持っていた物を落とす。
ソフィア、その場にしゃがみこんで泣く。
ソフィア「アーサー、私は…」
ソフィアが落とした箱の中には崩れたアップルパイ。
〇同・壁
立ち尽くしているアーサー。
『立ち入り禁止』の看板の向こうでは数人の体格の良い男達が資材を運んでいる。
アーサー「(レンガを運んでいた男に 向かって)あの…」
男「(アーサーに気付き)ん? どうした坊主」
アーサー「何をしているんですか?」
男「何って、見たまんまだがな。ほら、昨日魔女が町に出たって噂が流れただろ?」
息を飲むアーサー。
男「結局魔女は見つからなかったらしいんだが、
どこから魔女が入ってきたか探してたらここに穴が空いてるのが見つかってな。
早急に塞げって市役所に怒鳴られたんだよ」
焦燥感を顔に滲ませ、その場を走り去るアーサー。
呆気にとられる男。
男「なんだったんだ?」
〇北街・門
町で唯一の門が開いていて、そこを通る荷馬車。
門の横には門番が一人ずつ立っているが、退屈そうな表情。
大通りから走ってくるアーサー。
アーサーに気付く門番。
門を通り抜けようとするアーサー、必死な様子。
門番「おい、ここを通るには許可が必要だぞ」
アーサーの腕を掴む門番。
アーサー、門番の腕を振り払い、町の外へ。
門番「おい! 大変だ! ガキが町の外に出た!」
〇南街・壁の外
走っているアーサー。
汗をかいている。
必死の表情。
〇ドロシーの家・中
椅子に座っている目の赤いドロシー、裁縫をしている。
少し乱暴なノックの音。
ビクッとするドロシー。
ドロシー「アーサー?」
アーサー(声)「僕だよ」
ドロシー「どうぞ」
ドアを開け、入ってくるアーサー、疲れた様子。
ドロシー「どうしたの?」
息を整えているアーサー。
アーサー「話したい事があるんだ」
ドロシー「…うん」
アーサー「昨日は、その、ゴメン。考えが足りなくて」
俯くドロシー。
アーサー「昨日の夜、考えたんだ」
息を飲むアーサー。
アーサー「ドロシー、僕は…」
ランス(声)「アーサー!!」
ビクッとするドロシー。
アーサー「この声は、父さん…?」
〇森・中
草刈り鎌を持った焦燥感を露わにするランスと、
その後ろに数人の男が不安そうに辺りを見ている。
ランス「アーサー!! どこだ!」
役人A「落ち着いて下さいランスさん」
役人B「狼が来たらどうするんですか」
ランス「だから息子が心配なんでしょう!」
気圧される男達。
アーサー(声)「父さん!」
ランス「アーサーか! どこだ!?」
アーサー、木の陰に隠れている。
ランス「魔女に誘拐されたんだな?」
アーサー「違うよ父さん、魔女は悪くない」
ランス「魔女に騙されているのか!」
アーサー「魔女はそんな事はしないよ。魔女は人を襲ったりしないよ」
ランス「どこにいるんだアーサー、そこに魔女がいるんだな? 卑怯者め、息子を解放しろ」
アーサー「父さん! 僕の話を聞いてよ!」
木の陰から出てくるアーサー。
アーサー「魔女は人間と変わらないんだ! 人間と一緒に暮らせるんだ!」
ランス「馬鹿な事を言ってるんじゃない!」
アーサーに近付こうとするランスの前に、狼の群れが現れ立ち塞がる。
狼、吠えて威嚇。
役人A「ひい! 狼だ」
男達、狼に怯む。
ドロシー、森の奥から現れてアーサーの横に立つ。
アーサーの手を握るドロシー。
ドロシーの姿を見て目を見張るランス。
役人B「ま、魔女か?」
騒めく男達。
ランス「ふざけるな! 私の息子を返せ!」
草刈り鎌を構え、ドロシーに向かっていくランス。
足元の狼を押しのけて進み、ドロシーに向かって鎌を振り下ろす。
恐れるドロシー、怯んで体が動かない。
ドロシーの前に立って庇うアーサー。
ランス、勢いを殺せずそのままアーサーに鎌を振り下ろす。
アーサーの右胸上辺りを、鎌が切り裂き、服が破れ、血が流れる。
アーサー「っく!」
ランス「アーサー!?」
ドロシー「アーサー!!」
その場にしゃがみこむアーサー。
動揺するランス、後退る。
ドロシー、しゃがんでアーサーを抱く。
狼達、唸りランスを睨む。
役人達、急いでランスに近付き、引きずって狼から離れる。
役人A「ランスさん危ないです!」
ランス「アーサー、俺は…」
アーサーに手を伸ばすランス、その手は弱々しい。
役人B「町に戻るぞ!」
ランスを引きずる様に町に戻っていく役人達。
ドロシー「アーサー、アーサー!」
ドロシー、涙目でアーサーの傷に触れる。
傷口とドロシーの手の間に淡い光が灯る。
傷が治っていく。
アーサー「ドロシー…」
ドロシーを見るアーサー。
ドロシー、泣くのを堪えている。
ドロシー「どうしてあんな無茶な事したの…」
アーサー「ドロシーを守りたかったんだ」
狼達、町の方向に向かって吠えている。
アーサー「きっと、父さん達はまた戻ってくる。さっきよりも多い人数で」
狼達を見るアーサー。
アーサー「逃げよう、ドロシー」
ドロシー「え?」
アーサー「父さん達は僕を町に連れ戻すだけじゃなく、ドロシーを捕まえようともするはずだ」
ドロシー「わ、私が逃げないといけないのはわかるけど、アーサーは」
アーサー「僕はドロシーを守る」
ドロシーを見つめるアーサー。
ドロシー「だ、ダメだよ。嬉しいけど、でもアーサーには家族や友達がいるんだから」
アーサー「じゃあ、ドロシーの側には誰がいるの?」
ドロシー「えっ」
アーサー「僕が、僕がいるから」
アーサーの目に強い意志が宿っている。
ドロシー、赤くなりうろたえる。
町の方から人の声が聞こえる。
狼達、吠える。
アーサー「時間がない、行こう」
ランス(声)「アーサーああああああああああ!!」
アーサー「っ! 父さん…」
辛そうな表情のアーサー。
ドロシー「アーサー、やっぱり…」
アーサー、ドロシーの手を握る。
ドロシー「アーサー!?」
アーサー「行こう」
森の奥の方に走り始めようとするアーサー。
走って来たランス、手には草刈り鎌。
汗をかき、焦燥に駆られた表情。
ランス「アーサー!」
ランスに続き現れる男達、手には草刈鎌や鍬を持っている。
アーサー「っ!」
森の奥から狼達が現れ、その場にいた狼と列を作る。
ドロシー「皆…、守ってくれるの?」
狼達、ドロシーに答える様に吠える。
アーサー「ドロシー、行こう!」
アーサー、焦った表情で森の奥へ走り出そうとしている。
ドロシー「アーサー!」
ドロシー、戸惑いと喜びが混ざった表情。
ランス「アーサー!!」
ランス、アーサーを追いかけようとする。
ランスの前に立ち塞がる狼。
ランス「っく!」
草刈り鎌で狼を振り払うランス。
狼達が役人達に襲いかかる。
各々持っている鍬などで抵抗する役人達。
狼が役人に飛び掛り、姿勢を崩す役人。
ランス、森の奥に進もうとしているが、狼が犇いていて前進出来ない。
○同・奥
走っているアーサーとドロシー。
必死な表情のアーサーと、アーサーを見つめ赤らんでいるドロシー。
○ムル
俯瞰。
山と川に挟まれ、高さ4〜5メートルのレンガ造りの壁に囲まれた町がある。
壁には蔦が伸びている。
北側に門が一つだけある。
町の真ん中には広場があり、広場から門まで中央通りが伸びている。
中央通りに面した建物は、パン屋や服屋などが目立つ。
〇同・広場
数人の男女とチラシを配っているソフィア(19)。
ソフィア、スラッとした長身で、足が長く、髪は肩まで届くくらいの長さ。
顔立ちは端正で、目は冴えている。
チラシには『歴史の改竄を正せ』と書いてある。
〇アーサーの家・リビング
椅子に座っているランス(49)とネミア(47)。
ランスの頬には古い引っかき傷がある。
二人とも皺と白髪が目立ち、哀愁漂う雰囲気。
ランスの向かいの椅子は空いている。
〇道
周りには草原があるだけの長い道。
ゆっくりと馬車が進んでいる。
御者はアーサー(19)、その隣に座っているドロシー。
アーサー、短く切ったギザギザの髪、精悍な顔付き、に筋肉がついていそうな体格。
ドロシー、長く緩いウェーブのかかった銀髪、優しく美麗な顔付き、白いドレスワンピース。
微笑む二人。
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ファンタジー風です。 シナリオ形式で書いています。 ○は現在地、()内は時間帯、×××は時間経過です。 |
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