天使と悪魔の代理戦争 14話 |
時の庭園に突入した僕たちを待っていたのは、無数の魔力で動く人形――((傀儡兵|くぐつへい))だった。
「二手に分かれよう。なのはとユーノは最上階にある駆動炉の封印を。他は僕と一緒にプレシア・テスタロッサ、お呼びその協力者の確保に向かう」
その組み分けに不満は出なかった。帝威くんと真神くんまでも反対しなかったのには少し驚いたが、どうやらエクスさんにこの前の借りを返しに行くようだ。
「ユーノくん」
分かれる前に、僕はユーノくんに一つのお願い事をする事にした。
「何、弥雲」
「なのはちゃんを頼む」
「……分かった」
出てくる傀儡兵は魔力だけは凄い帝威くんの銃撃で倒されていく。
普通はあそこまで魔力が多いと魔法の発動速度は遅くなるのだが、その弱点はどうやらデバイスが補っているようである。
「ところでクロノくん、僕たちはどこへ向かっているの?」
「先ほどの映像に映っていた玉座の間だ。そこにまだエクスと名乗った彼がいる可能性が高い」
こういう事に関しては素人だから、プロに任せよう。
クロノくんの誘導に従って進んで行くと、やがて大きな扉が見えてきた。
「目的地はあそこだ!」
「ようやくかよ!」
帝威くんは長い間走りながら傀儡兵を破壊していたのに疲れたのかイラついたのか、無駄に大きな砲撃を撃って扉を破壊した。
壊れた扉をくぐり抜け中に入ると、そこには先ほどの映像と寸分違わぬ姿のエクスさんが玉座に座っていた。
「そうこそ、時空管理局の諸君……と呼んでいいかはさておき、来てしまったのなら仕方ないね。喜んでお相手しよう」
「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。危険指定遺失物の強奪容疑で逮捕する。同意するなら武装を解除して」
クロノくんの勧告にエクスさんは首を横に振る。
「残念ながら、それは許されない身でね。心遣いだけありがたく受け取らせてもらうよ」
「何うだうだやってんだよ! 力づくで捕まえりゃいいだろうが!」
そのやり取りにしびれを切らせた帝威くんがエクスさんに向かって狙撃銃型のデバイスの引き金を引いて砲撃を放つ。
放たれた緋色の火線は一直線に玉座へと突き進み、狙い違わず命中したかに見えた。
「おいおい、いきなりそれはないだろう。いきなり砲撃するなんて、一体君はお母さんに何を習ったんだい?」
しかし、エクスさんは無傷だった。
その右手に着けた((黒鉄|くろがね))色の手甲から煙が上がっていることから、恐らくはその手甲で防いだんだろう。
「やれやれ、私は君たちみたいに一人で戦える魔導師ではなんだから、それなりの準備がいるんだよ?」
エクスさんが指を弾くと、彼の前の空間に白雪色|スノーホワイト))の召喚魔法陣が展開される。
「天を駆ける純白の翼、果て無き蒼の空の舞踏姫。我が元に来たれ、白き旋風の((天舞|てんぶ))の白竜。――真竜召喚、出てよ、プテリュクス!」
召喚魔法陣を突き抜け、十メートルを超える巨体の純白の竜が姿を現し、その一枚一枚が自分の大きさの半分ほどにもなろう翼を広げる――には、玉座の間は狭すぎた。
「いやぁ……詰まるとは思ってもみなかったね」
この状況を一体どうしたものだろうか。巨竜は壁のように立ちはだかっているため、向こうもこちらも手出しができない状態になっている。
「あはははっ、相も変わらず面白いね君は。体が大きくて詰まったなら、早く小さくなりなよリュー。その魔法は教えたはずだぜ」
巨体を詰まらせたドラゴンはその長い首を僅かに振ると、足元に((銀灰色|シルバーグレー))のエクスさんと同じ形式の魔法陣が展開される。
その一瞬後、竜の巨体を魔法陣と同色の光が包むと、その姿が消えた。いや、その表現は合っているけど正しくない。
正確に言うなら、竜の巨体は可愛らしい少女へと変わったと言うべきだろう。
全身を覆う白銀の鱗は各所に装甲を持つドレスへと変化し、長くしなやかな尾は純白の長髪へと変わった。
「さて、私の可愛い剣にして盾。眼前の敵を薙ぎ払っておくれ。ああ、くれぐれも殺さないように頼むよ」
少女の姿になった竜はコクリと頷くと、一瞬後には数十メートルはあった間合いの半分以上を詰め、目前まで迫っていた。
「くっ!」
『((Panzerschild|パンツァーシルト))!』
体に向かって伸びる手を防ぐように((剣|ディナ))をかざし、その上からベルカ式の魔法陣の形をしたシールドが展開される。
しかし、その努力を嘲笑うかのようにシールドはあっさりと砕かれ、剣に衝突した手は僕の体を軽々と吹き飛ばす。
「言っておくと、その子は竜種の中でも真竜と呼ばれる上位種で、人型になってもその身体能力は健在だ。生身では抵抗することさえ難しいだろうね」
そんな言葉にも構う余裕もなく、すぐに距離を詰めて放たれた追撃の一撃をなんとか避ける。
しかし、竜の少女は更に追撃の攻撃を繰り出す。
(まずい、避けきれない!)
鋭い爪が顔に突き刺さる寸前で止まった。
その隙に距離を取り、何故動きが止まったかを見てみると、竜少女の四肢に水色の環が幾つも巻きついていた。
「バインド……」
魔力光からすると恐らくクロノくんの魔法だ。
「甘い甘い。そんな単純なバインドじゃ、リューの動きは五秒だって止められないよ」
そう言うと同時に、リューと呼ばれる少女竜がバインドを力任せに引きちぎる。
「確かにそいつは強力かも知れないが……召喚したオマエの方は隙だらけだぜ!」
帝威くんがエクスさんに向けて砲撃を放つ。
一直線に伸びる緋色の火線は、椅子に座るエクスさんへと飛んだが、それは途中で割り込んだリューが受けた。
「あっはっは、確かに僕は隙だらけかも知れないけど、リューはそれを補って余りあるほど強いんだよ。今の砲撃なんか気にも留めない程にね」
砲撃による爆煙が晴れた後には、竜少女が無傷で立っていた。
「なにっ!」
自分の砲撃が効かなかったことに驚く帝威くんに、竜少女はすぐに接近し、反撃のために振るわれた右腕で彼を吹き飛ばした。
「ぐはっ――!?」
吹き飛ばされた帝威くんは壁にめり込んで動かなくなる。恐らく気絶したんだろう。
「まずは一人。さて、残りはひーふー……あれ、もう一人いなかったかい?」
僕、クロノくんと指差して、そこでエクスさんの左の人差し指が宙でさまよった。
そのエクスさんの首筋に真神くんの持つレイピアの刃が添えられた。
「ふっ……油断したね。これでチェックメイトだ」
格好つけているのが気になるが、それでもこれで決着だ。
「この近距離で気配を誤魔化せるんだ。態度に似合わないコソコソした能力だね」
「何だと!?」
その言葉に真神くんが怒って手に持ったレイピアを引こうと力を込めた。だけど、そのレイピアは何かに掴まれているかのように動かなかった。
「僕を倒したかったら躊躇なしで攻撃するべきだったね。もっとも、それで倒せたかどうかは別の話だけどね」
装甲に包まれていない左指を鳴らすと、真神くんが爆発に包まれて吹き飛ばされた。
「うん、これで残りは二人だね。リュー、さっさとやってしまえ」
エクスさんが手を振ると、竜の少女は風より((疾|はや))く駆け出した。
(こうなったらこっちも奥の手だ!)
「クロノくん、少しだけ時間を稼いで!」
「分かった!」
一直線に迫る竜少女の横合いから水色の光のナイフがたくさん飛んできて爆発する。
竜少女はそっちに顔を向けて、攻撃をしたクロノくんに挑みかかる。
「ディナ、サポート頼む!」
『分かりました。召喚術式起動します』
ディナを床に突き刺すと、そこを中心にして若草色の魔法陣が現れる。
だけどその形はいつもの三角形とは違い、直角に交わった菱形の頂点が描く四角形――召喚魔法陣だ。
「おいで、紗良!」
呼び声とともにディナを引き抜くと、魔法陣が一際強く輝いた。
視界を一瞬塗り潰す若草色の光の収まると、そこには長い翠色の髪を三つ編みにした少女が現れていた。
「紗良、お願い。あの子を抑えて!」
紗良は突然呼び出しにもかかわらず、すぐに僕の言うことを聞いてくれた。
「リュー、気をつけな。その子は拙いぜ?」
クロノくんを弾き飛ばした竜少女は振り向いて紗良に向き直る。
紗良とリューと呼ばれる少女が激突し、ビリビリという空気が震える音が響く。
「リューと同等……その子も竜だね?」
「正確には龍だけどね!」
そう叫んでエクスさんに向かって走り出す。
紗良があの子を抑えている間に、僕がエクスさんを倒す。
「おおっと、これは大変だぜ。僕は一対一での戦いは苦手なんだけど……ねっ」
エクスさんが右の人差し指をクイッと上げる。
何の意図か分からない行為だったけど、その時嫌な予感を覚えて横に飛び退いた。
その一瞬前にいた場所の床に、ピシッと亀裂が入った。
「おや?」
エクスさんの表情は仮面に隠れて見えなかったけど、それでも意外そうな、驚いたような顔をしていた。
そして人差し指をピンと立てると、手首を数回返す。それと同時に僅かな風切り音がする。
僕はとっさにバリアを張ると、そこに何かが数度当たってバリアが砕ける。
(攻撃が見えない!?)
その事実に驚くが、余り驚いてもいられない。ディナを体の前に立てると、一直線に走り出す。
さっきの攻撃で攻撃力が余り高くない事は分かっている。多少強引に突破する!
「強行突破かい? そういうの嫌いじゃないぜ」
エクスさんは右の五本の指を立てて大きく広げる。
それが振られようとした時、その右腕を水色の輪が拘束する。
さっき吹き飛ばされたクロノくんが上体だけ起こしてこちらに((杖|デバイス))を向けていた。
「行け!」
その声に押されるように魔力を足に集中させ、爆発させるように加速した。
右腕に巻き付くバインドは刻一刻と解かれていくが、それが消え去る前に僕の刃は彼に届く。
だけど、その刃に届く間合いに入る一歩手前、動きが完全に止められた。
「なん、で……?」
何がどうしたのかも分からず、体を揺すってもちっとも動かない。
「いや、驚いたね。まさかここまで接近されるとは思わなかった」
右腕のバインドを解除し終わったエクスさんがようやく椅子から立ち上がった。
「さて、善戦に敬意を表して、一つ種明かしをしてやるぜ」
包まれていない左指をパチンと鳴らすと、今まで感じられなかった魔力がこの部屋一体に充満した。
それと同じく見えるものにも変化があった。
部屋の至る所に張り巡らされた((白雪色|スノーホワイト))の魔力の糸。
それが自分を絡め取り、身動きを封じていたのだ。
更に気絶している帝威くんと真神くん、そして、床に伏せるクロノくんをも糸が絡め取り、紗良もリューと呼ばれた少女に押さえ込まれていた。
「さて、ここからどうしたものかな。けどまあ、時間が来るまでゆっくり刻むか……」
糸が繋がる指が動くと共に、体を縛る糸がキリキリと動き始めた。
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