500年目の赤ずきん 序章
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500年目の赤ずきん

 

 

 

 昔々ある所に、赤いずきんをいつも被っているとても可愛らしい女の子がいました。

 女の子はある日、森の中に住んでいるお婆さんにお菓子を焼いて持って行こうとします。

 お母さんは森の動物。特に狼には気を付けるように言いましたが、赤ずきんちゃんはその忠告を忘れてしまい、狼に案内されるままお花畑で寄り道してしまいます。お花を摘んで持って行けば、お婆さんはもっと喜んでくれる。そんなことを免罪符にして。

 さて、赤ずきんちゃんが予定よりも遅れてお婆さんの家に辿り着くと、お婆さんはベッドで寝込んでしまっています。

 お婆さんが顔も見せてくれないのはおかしいな、と思いましたが、お婆さんは言います。暖炉にくべる薪が切れてしまって、部屋がとても寒いのだと。

 季節は春。赤ずきんの家の暖炉は休んでいるほど温かいのですが、痩せ衰えたお婆さんにとってはそうもいかないのでしょう。仕方がないので赤ずきんは、自分の着ている服を暖炉にくべます。

 上着一枚だけでは火力が足りないので、お婆さんのために摘んで来た花もくべました。折角寄り道までして摘んで来たのですが、お婆さんはそんなものいらないと言うのです。

 部屋が温まってくると、お婆さんは傍に来るように言いました。

 赤ずきんは何の疑いも持たずに近付きます。やっとお婆さんが顔を見せてくれるのだ、と。

 しかし、そこにいたのはお婆さんの服を来た狼でした。慌てて逃げようとした赤ずきんですが、狼は素早く赤ずきんの腕を掴むと、ものすごい力でベッドの上へと押し倒してしまいます。

 こうして、赤ずきんは食べられてしまったのでした。

 おしまい。

 

 このお話を読んでいる良い子の皆は、お母さんお父さんの言うことをよく聞き、悪い人の言うことは聞かないようにしましょうね。さもないと……。

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序章「出逢い」

 

 

 

 夜の森は、コートを着込んでいても肌寒かった。

 暖を取るためにポケットの中に手を突っ込むが、右手の人差し指は愛用のエンフィールドの引き金にかけている。

 やはり、昼間の時点で不気味な森だったが、夜になると不穏な気配がより一層濃くなっている。間違いなくアンデッドが生息していることだろう。リビングデッド(人の死体)かヘルハウンド(犬の死体)か。まさか、アンデッドどもを作り出している人狼(ワーウルフ)や翼魔(ヴァンパイア)はいないだろうが、かなりの数の血に飢えた魔物がいるのは確かだと考えられる。

 常人には灯りがなくては足元すら見えないほどに暗いが、訓練を積んだ俺ならば木々の間から射し込むわずかな月明かりだけでかなりの視界を確保出来る。それはアンデッドどもにとっても同じだが、奴等は飛び道具を持たない。同時に相手に気付けば、俺がこの銃で銀弾を撃ち込む方が圧倒的に速いだろう。もしそれで仕留め損なっても、同じく銀のサーベルが腰に佩かれている。

 知らない人間が見れば、黒いコートに身を包み、武装をした俺は軍人に見えるだろうか。実際、コートは軍隊でも採用されているアーミーコートであり、これでヘルメットか帽子を被っていれば、言い逃れは出来ないことだろう。だが、俺は軍人でもコスプレイヤーでもなく、吸血鬼(サッカー)狩りの一族に名を連ねる人間だ。

 吸血鬼――すなわち、人型の狼である人狼と、コウモリの化物である翼魔の総称であり、こいつ等は人間の血液を殺すまで吸い尽くし、そのまま動く死体、リビングデッドにしてしまう。他にも、死体に魔力を吹き込むことでそれにかりそめの生を与える他、様々な呪術、魔術の類を使う、人類の唯一と言って良い天敵だ。こいつ等を除けば、間違いなく人間は食物連鎖の頂点に立っているだろう。

 とはいえ、吸血鬼の総数はかなり少ない。強力な種族であるため、繁殖能力がそう高くないせいだと考えられるが、強力ということは一体殺すだけでも骨が折れる相手ということだ。俺も十五歳から戦いを始めたが、十九歳となった今現在、殺して来た吸血鬼は四体しかない。その内の二体との戦闘では、仲間が一人ずつ犠牲になった。

 さて、少数の種族を狩るのだから、その狩人も少数で済んでいる訳だが、科学全盛の時代になってまで俺のような人間が存在しているだなんて、多くの人間は信じられないだろう。実際、一度俺の一族は吸血鬼狩りを辞めたはずだった。なぜなら、吸血鬼は歴史の表舞台に立つことはなくなるほどに勢力を弱め、それに対抗する血族もまた数を減らして来ていたから。

 これ以上の戦いは必要なく、後はどちらも歴史の闇に沈めば良い。そう考えられていた。

 だが、一族の末裔である俺は再び銃を持ち、剣を握っている。これはどうしてか。急速にアンデッドがその数を増やしたためだ。

 吸血鬼自体の数は依然として少ないままのはずだが、その眷属と呼べる動く死体の数が増えている。そして、こいつ等もまた人を襲い、その血肉を喰らうのだ。だから、それを再び殺すために吸血鬼狩りの一族は戦いを再開した。

 だから、本来の宿敵である吸血鬼退治は二の次で、第一目標はアンデッドの駆除にある。そのため、自然と吸血鬼との戦闘回数は少なくなっている。数百年も前には、もっとずっと多くの吸血鬼がいて、その狩人もどんどん殺されていたので、今よりずっと分家が多く、吸血鬼狩りはある程度認知されるほどの知名度を持っていたそうだが。

 さて、森の奥へと歩を進めて行くと、前方で木の葉の揺れる音が聞こえた。こんな時間、こんな場所に普通の人間がいるはずはない。同業者が来ているという話も聞いていないし、十中八九アンデッドだ。残る可能性は吸血鬼か――。

 銃口を音のする方向に向ける。特殊な改造がされ、従来のエンフィールドの性能を遥かに超える高速で銀弾を撃ち込むこの銃であれば、アンデッドの頭を吹き飛ばし、分解するのには一秒かからない。だが、人差し指を引こうとした瞬間、月明かりが物音を立てた主の姿を映し出した。相手にも銃を握る俺の姿が見えたのか、「ひゃあっ」なんて小さな叫び声がする。

「……人間、か?」

 アンデッドに理性はない。吸血鬼であれば、人狼は獣の耳や尾、翼魔ならばコウモリの羽があるはずだが、そのどちらでもない。彼女は、ただの赤いフードの付いたコートを羽織った女性に見えた。

 しかし、もう夜の十一時を回っている。そんな時間に森の奥深くにいる女が、果たしてまともな奴だと思えるだろうか。――俺は思えない。だから、銃を下げることはしなかった。

「に、人間ですっ。いくらあたしが可愛いからって、犬や猫に間違えないでくださいよー」

 警戒する俺に対し、彼女はナルシシズム全開の口調で抗議する。高い声とフードから覗く顔は幼い少女のようだが、背丈はそれなりにあるし、年頃は俺と同じか、少し上だろうか。長身の少女という線も捨て切れないが。

「どうして、こんな所にいる。君はわからないかもしれないが、ここは非常に危険な場所だ。特に深夜は――」

「道に迷ってたんですっ。夕方には帰ろうと思ったのに、帰り道がわからなくて、その内暗くなって……すんごい心細かったんですよぅ」

「お、おい」

 幼い少女のようなことを言いながら、こともあろうに女性は俺の胸へと縋り付いて来た。母も女きょうだいもいない俺にとっては、あまりにも馴染みの薄い柔らかさが感覚を刺激する。

 精神的に幼過ぎるのか、なんとも恐ろしい女だが、彼女に触れられたことではっきりとした。少なくとも彼女はアンデッドでも、吸血鬼でもない。奴等特有の肌を刺すような気配がないし、聖水で清められているコートに奴等が触れれば、互いに反発し合うはずだ。それがないということで、とりあえずは安心出来る。

「道に迷ったのなら、私が出口まで連れて帰ろう。近くに村があったが、そこの娘だろう?……仕事はまあ、明日に持ち越しで良いだろう」

「ありがとうございます!あたし、マリーって言います。よろしくお願いしますっ。兵隊さんっ」

「兵隊じゃない、私は津雲大輝だ。……尤も、この国の人間には発音しづらいだろう。大輝、と呼べるか?」

「はい、ダイキ様!」

「様はやめてくれ。人から敬称を付けて呼ばれるほどの人間じゃない」

「じゃあ、ダイキ、で良いですか?」

「ああ、それが一番落ち着く」

 話しているだけで高温が耳に響くし、ついさっきまで半べそだったのに、唐突なこの明るさは、なんとも疲れるテンションだ。だが、まともに声も出せないアンデッドを退治しに来たら、こんなにも表情豊かな生者に会うことになるとは。少しだけ、安らいだような気持ちになることが出来た。やはり、うるさいのは不快に変わりないが。

「では行こう。厄介な者共が集まって来ないとも限らない。私から離れないようにな」

「はい、ダイキっ」

 ちなみに、俺の表向きの職業は“神父”ということになっている。どう考えても相応しくない職業だが、一応そういうことになっている以上はあまり粗暴な言葉遣いをすることは出来ない。そこでなんとか穏やかに、そして口調もそれなりに丁寧にするのを心がけているが、「私」という一人称は自分でも気持ち悪いと感じている。どうしてこんなキャラクターを演じているのだろうな。俺は。

「ダイキは、どうしてここに?」

「それは私の方が君に訊きたいところだ……が、質問に質問で返すのもおかしな話だな。私は、そうだな――この森に、魔性の者を祓いに来た」

「魔性……?それはつまり、ダイキは教会の人ってことですか!?わー、神父様なんて初めて会いましたー」

 なんだ、人を珍獣のように。確かに寂れていて、およそ現代的とは言えない田舎の寒村だったが、あそこには教会すらないのか。となると、森に来ていた理由もなんとなく予想が付くな。

「あ、あたしがなんで来てたか、ですよね。えっと、薬になる野草と、お花を摘みに来ていたんです。けど、迷っている内にカゴを木か何かに引っ掛けちゃってみたいで、全部落としちゃったんですけど」

「そうか。だが、こうして命が無事で、私が発見することが出来たのだから良かった。君の収穫物は、その代償だったのかもしれないな」

 ちょっとキザったらし過ぎたかもしれないが、なんとなくそんな軽口を叩く。

「……あたしは、何かのために何かが犠牲にならなくちゃいけないなんて、信じられません」

「マリー?どうした、急に」

「あ、いえ……ごめんなさい」

 耳障りなほどに高く明るい声が、一瞬だけ明らかに沈んでいた。俺の軽口が彼女の怒りの琴線に触れてしまったのか。

 もしもあの村が本当に文明的でないのであれば、未だに科学的根拠のない儀式などをしているという可能性もある。身内がそのために命を失ったなどは、まあありそうな話だ。相手が外国人だということもあるし、あまり下手なことは言わない方が良いな。

「あっ、ひゃん――!」

「今度はどうした?」

 なんとなく気不味くなってしまい黙って歩いていると、またマリーの素っ頓狂な声が聞こえた。慌てて振り返ると、どうやら足元の小石か何かにつまずいて、そのまま転んでしまったようだ。

「うー、膝、擦りむいちゃった……」

「まいったな。手当するような道具はないし、少し血も出ているようだ。歩けそうか?」

「な、なんとか立てるんですけど、歩くのは……」

「そうか。……仕方ないな。手を握るなりしていたら良かったのだろうが、完全に私の手落ちだ。おぶって行こう」

 出来ることならば避けたい選択肢ではあったが、手を繋ぐという恥ずかし過ぎる行動の有用性に気付いておきながら、それを拒否した俺に全面的な責任がある。そもそも、俺には道が見えていても、一般人であるマリーに同じ道が見えているはずがない。しっかりと密着させておかなかったのは冷静に考えれば馬鹿過ぎる話だ。

「い、良いんですか?」

「ああ。君一人ぐらいなら運んで行けるだけの力はある」

「では、失礼しますっ」

 背を低くしてやり、首に手を回してしっかりと背負われてもらう。すると、女性に対して失礼なことだが、ずっしりと来る重みが肩と足を襲った。見た目には細身に見えたが、コート越しの姿でそんなことを判断出来るはずもない。彼女が想像以上に肉付きの良い女性であったことは、その重量と背中に当たるもののボリュームでわかった。

 二十歳ぐらいと仮定して、平均体重の五十キロは軽くあるだろうな。実に申し訳ないが。

「ほ、本当に大丈夫ですかー?あたし、結構その、重いんで」

「いや、大丈夫だ。安心してくれ」

 自覚があるのか、この女。こんなに重いとわかっていれば、肩を貸すぐらいにしておいたんだが、今更下ろすのはあまりにも失礼過ぎるし、ほぼ同年代の相手に、女一人背負って行けないひ弱な男とも思われたくはない。

 今アンデッドに襲われたら、銃は無理だ。まずは彼女を投げ捨て、サーベルで斬りかかっていくべきだろうな。などと考えつつ、ゆっくり、ゆっくりと進んで行く。ふにゅふにゅと背中で揺れる脂肪分が煩悩を刺激するが、こんな重量級の田舎娘に欲情するほど俺は盛んではないぞ、と自分の意思を保たせる。森の出口までかなり距離はあるのに、本当に災難なことだ。

「ダイキ、ダイキー。ダイキは、何歳ぐらいなんですか?」

「はっ……と、歳か。十九だ」

「十九!あたしの方が二つだけお姉さんなんですねー」

「ということは、マリーは二十一か。もう結婚しているのか?」

 ちょっとイヤミのつもりで言ってみる。つまり、お腹の中に赤ちゃんがいるからこんなに重いのか、と言いたかったのだが、さっき軽口はやめようと決めたのに、俺も迂闊な奴だ。

「そ、そんなのないですよぅ!ま、まあ、お母さんにはそろそろいい人もらえーとか言われるんですけど、貰い手がいないって言うか、そもそもウチの村、男の人が高齢な人ばっかりで、若い人は旅行に来た人とか、そういうのを狙わないといけないんです」

「はぁ、それはまたすごい所だな。こう言うと馬鹿にしているようだが、私は日本から来たからいまいちそう言われても実感がないよ。むしろこっちでは、自ら進んで独身の男女が多いくらいだ」

「へぇー……考えられないですねぇ。絶対、旦那さんをもらった方が楽しいのに」

「楽しい、か。どうなんだろうな」

 俺自身、結婚どころか色恋沙汰を演じたことは今までの生涯で一度もない。アンデッド狩りなどという非常識なことに青春を傾け、幼い頃から剣や銃の扱いを学んでばかりで、学校もロクに行かなかったからかもしれないが、どうも異性とコミュニケーションを取る、という行為に楽しい、などという感情を抱けそうにはなかった。

 そう、なかった。今もその気持ちが変わらないかと言えば、それは少し――。

「楽しいですよー。あたしん家、お父さんはもう死んじゃってるんですけど、お母さんがいっつもお父さんとの思い出を話してくれるんです。熊を素手で倒しちゃったとか、猪にカカト落とし決めて捕まえた、とか」

「……絶対それ、話を盛っているだろう。そして、君の父親の謎武勇伝から夫婦生活の楽しさがまるで伝わって来ないのだが」

「いえいえ、そのことをお話してくれるお母さんの顔がすっごい嬉しそうなんです。やっぱり、恋とか結婚とかって、すっごく楽しいんですよ。……まあ、あたしには相手がいないんですけど」

「はぁ、そういうものなのだろうかな」

 やはり、俺にはよくわからない。わからないが、今こうして騒がしいマリーといるのが嫌かと言えば、そうではない。これだけは断言出来る。

「ところで、ダイキ。あたし、やっぱり重いですか?なんか辛そうですけど」

「い、いや。心配しないでくれ。話してたら、ちょっとは気が紛れてきた」

「えー、それって結局、今まで苦しかったんじゃないですかー!もう、自覚あっても、女の子ってそういうの結構傷付くんですからねっ」

「あっ、しまった。……いや、本当にすまない。今まで、ロクに女性とは触れ合ってこなかったから、君が平均的な女性と比べてどうなのかなどもわからないんだ。あまり気にしないで欲しい」

 口を滑らせる、とは正にこのことだろうか。やはり俺は、あまり嘘が得意な方ではないようだ。こんな調子で次々と人と関わっていれば、あっという間に俺の正体もバレてしまいそうだ。だからこそ、出来るだけ今まで孤独でいようと思っていたんだが。

「なんかそれ、意外だなー。ダイキ、すごく女の子にモテそうですよ?」

「また冗談を。こんな愛想の悪い男がモテるなんて」

「あたしは好きですけどねぇ、ダイキみたいな人。ニヒルで格好良くて」

「私を褒めても、何もしてあげられないぞ。こんな陰気な所ばかり巡っているものだから、礼節にも疎いし、気の利いた台詞なんて一日中悩んでも思い付かない」

「それがストイックで良いんですよー。ダイキは乙女心というものがわかってませんねぇ」

 乙女心とは。これまた俺と縁の遠い。遠過ぎる言葉を使ってくれる。仕事仲間は男ばかりだし、女のアンデッドもおよそ心というものは持ち合わせていない。吸血鬼ともなれば話は別だろうが、俺が退治して来た吸血鬼はどれも男だった。どうやら、個体を増やすことが出来る女の吸血鬼はまず表舞台に出て来ないらしい。

 尤も、吸血鬼の繁殖性はかなり低い。滅多に子どもは出来ないし、女の子どもなると尚のこと珍しいと聞く。人間より身体能力において優れた種なので、それぐらいの弱点はないと人間はとっくの昔に絶滅するか、人類全てが吸血鬼狩りとしての訓練を受けることになっているだろう。

「しかし、今日は月が奇麗ですねぇ……」

「半月だな。空気が良いのか、都会で見るよりもよく見える」

 ふとマリーに言われて空を見上げると、木はかなりまだらになっており、月がよく見えている。もうそろそろ出口も近いためだろう。しかし、なぜか月に少しだけ、紅い色が差しているのが気になった。こういうことは間々あることだとは思うが、どうして今なのか。なんとなく不吉なものを感じずにはいられない。

 もしも俺がマリーを発見することもなく、あのまま森の最奥でアンデッドと対峙していれば、何かよくないことが起きていたのだろうか。そうすると、彼女に出会えたことは俺にとっても幸運か。情けは人のためならず――とはまた状況が違うが、そういう感じだ。人への親切が、俺のことも救っていた。もちろん、なんとなく俺が月からそんな印象を受けただけの話な訳で、実際は全然関係ないのだろうが。

「ダイキは、どれぐらい旅をして来たんですか?」

「さあ、本当に色々と。結局、日本にいたのは十五歳の時までで、後はほとんど帰っていない。ここはヨーロッパだが、他には北米、南米、アフリカにも。アジアも色々な国を回ったな。それから、オーストラリアやグリーンランドのような島にも」

「へぇー、なんかすごいんですねぇ」

 お前な、人に聞いておいて、その適当過ぎる相槌はないだろう。まあ、もしかすると世界地図すらちゃんと見たことはないのかもしれないが、なんとなく雰囲気でほとんど世界を一周して来た、ということぐらいは察して欲しいところだ。でないと、あまり話すのが得意じゃない俺がこうもべらべら話している張り合いがないぞ。

「マリーは、ずっと村か?」

「はいー。村か森か、そればっかりです。けど、今日ほど深い所まで行ったことはなかったから……」

「あっさり迷ったと。知らない所まで行くなら、小枝か小石でも落としながら行けば良かったのに。そうすれば、それを辿って戻れるだろう?」

「ああー!それ、良いアイデアですねー。ダイキ、もしかしてすごく頭良いんですか?」

「そ、それぐらいは自分で考え付いて欲しいのだが。年上なら」

 俺も昔絵本で読んだ『ヘンゼルとグレーテル』の受け売りをしただけだが、さすがに二十も過ぎれば、一切の情報がなくてもなんらかの対策は考えてから行くものだろう。どこまで無鉄砲なんだ、この女は。

 本当に俺が通りかかって良かった。まだ若いのに、アンデッド共の餌食になったのを後から見ることになったのなら、あんまりにも後味が悪過ぎる。

「ダイキダイキー、もう出れるみたいですよー」

「そうだな」

 俺の名前を特売のごとく連呼し、なぜか首に回している腕を締めるマリー。背中が更に胸で圧迫されて色々と困るのだが、無自覚なんだろう。このガードが甘過ぎる村娘は。

 村の場所は覚えているため、そこまで俺は送って行くつもりだったが、森を出て少し行くとマリーは急にまた首を締めにかかって来た。むぎゅう、とまるで意図的にそうしているように背中に男にはない柔らかさが押し付けられる。

「ダイキ、ここまでで良いですよ。後はもう、一人で帰れます」

「怪我は大丈夫なのか?どうせちょっとの距離なんだ。遠慮はいらないが」

「いえいえ、もうカサブタも出来ましたし、大丈夫です。何より、ダイキにこれ以上重い思いをさせるのは可哀想ですし」

「……地味にそれ、イヤミだろう」

「ええ、もちろん!乙女に体重と年齢の話題は禁句なんですからっ」

 年齢はあっさりと暴露しただろう、と降ろしてやりながら思う。確かに、傷口はもう目立たたなくなっているし、一人で立ち上がっても痛がっている様子はない。消毒が少し心配だが、村にも薬ぐらいはあるだろう。これ以上は俺が立ち入るような話ではないか。

「ダイキは、どうするのですか?」

「ああ。もう今夜は寝ることにするよ。――一応言うが、既に寝床は確保しているから、変な気は回してくれなくて良い。それより、きっと家族が心配している。早く戻った方が良いと思うが」

 さすがに、この後またあの森に引き返す気にはなれなかった。誰のせいとは言わないが体もくたびれきっているし、体を休める必要がある。

「そ、そうですね……。では、今夜は本当にありがとうございましたっ。またお会いしましょう!」

「また、か。そうだな、もしも縁があれば」

「――そう、縁が、あれば」

 社交辞令的に挨拶を返しておくが、恐らくもう会うことはないだろう。明日の夜にアンデッドを一掃したら、この地ともそれでお別れだ。次は奇しくもルーマニア。ドラキュラことヴラド公がかつて統治していた国だ。ここドイツとは結構な距離がある。

 こんな出会いをしてしまった以上、少しは名残惜しいが……三日もすればそんな感傷もなくなることだろう。俺とは、そういう男だった。人に執着することはない。逆にそうでなければ、吸血鬼、アンデッド狩りなど務まらないだろう。相手は醜くなっていたとしても、同じ人の姿をしているのだから。

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 アンデッドも吸血鬼も完全なる夜行性。なぜなら、どちらも陽の光の中では生きていられないからだ。アンデッドは日光を浴びれば死滅するし、吸血鬼も死にはしないが、その能力の大半を失うこととなる。奴等にとって光とはそれほどに致命的なものなのだ。

 だが、それは俺のような吸血鬼を狩る側の人間にも同じことは言えるのかもしれない。仕事を夜にするため、自然と昼間に眠るようになってしまう。かなり遅い時間に眠りに就いたというのもあり、目が覚めたのは昼過ぎだった。

 俺が一晩の寝床にしたのは森にほど近い地点であり、そこにテントも立てずに寝袋だけで夜を越すこととなった。村にも宿ぐらいはあるだろうが、それを利用しないのはもしも武器を見られたら面倒なことになるし、単純にコストがかかるからでもある。それに、一応国境を越える時に両替はしているが、このような辺境でも手持ちの貨幣が使えるとは限らない。ぼったくられるのも癪だし、野宿はいつしか普通のものになっていた。

「……そう言えば、マリーのやつ、騒ぎ立てたりしていないだろうな」

 なんとなくあいつはベラベラと喋って回るようなことはしないように感じたが、お喋りには変わりないから少し心配だ。マリーの口ぶりから察するに、村はかなり文化的ではない暮らしをしているようだが、さすがに電気ぐらいは通っているだろう。警察に通報されて、国際手配されてしまっていては敵わない。

 一応、きちんと話を通せば警察にもわかってもらえるはずだが、ほぼ間違いなく「もっとしっかりやってくれ」という旨のお小言をいただくことになってしまうだろう。その辺りは私立探偵と似たような立場だ。

 かと言って、その確認のために村に近寄るのは愚策か。余計大事になってしまうような気がする。――ああ、やはり人と関わるとロクにならない。吸血鬼狩りという人種は。

 春の陽気に包まれた空気の中、昨晩の失敗を後悔しながら身だしなみを整える。今日は昨日と違って森の下見をする必要はないが、何もしないでいるのは時間がもったいなく感じるし、やはり森に行くつもりだ。ついでにマリーが落としたという野草や花のカゴを見つけることが出来れば……と、ついさっき後悔したばかりなのに、そんなことを考えている自分が嫌になった。

 吸血鬼狩りという損な役回りをやっている以上、お人好しじゃないと務まらないことだとは思うが、それにしても俺は人が良過ぎるというか、どんどん墓穴を掘っている気がする。自分で言うのはおかしなことだが。

 それでも、暇である以上は時間を潰さなければならない。その手段に森の散策を選んでしまうのは、やはり仕方がないことだ。森の入口辺りにそっと置いておいてやるぐらいなら、問題はないだろう。マリーもよく森には来ると言っていたし、確実に拾ってもらえるはずだ。

 そんな風に自分に言い訳をしまくって、森の入口にまで行くと(入口と言いつつ、わかりやすく看板が立っているという訳ではないので、なんとなく中に入って行きやすい場所を俺がそう読んだだけだ)、予想外の顔があった。

「もしかして、マリーか?」

「ええ!あなたは、ダイキですよねっ」

 昨晩はちゃんと顔が見えなかったが、赤のコートと、そのフードはよく覚えている。太陽の下で彼女を見ることにより、髪の毛がやや茶色の濃い金色をしていて、瞳の色は赤だということがよくわかった。なるほど、よく見れば胸の大きさもわかる気がする。

「いやー、ここで待っていれば会えると思っていたんですよ。それにしても、イケメンですよね、ダイキって」

「脈絡がない上に、妙なことを言ってくれるな。全く、どうしてわざわざ私と関わろうなんてするんだ」

 追い払うため、わざと毒づく。俺の外交上のイメージとは少し違うが、どうせ普通にしていてもボロは出まくっているだろうから気には留めない。

「脈絡なくないですよー。しっかりとダイキの顔を見たくて待ってたんですから」

「はぁ、そうか」

「ええ、そうです。だって、言うなればダイキはあたしの命を助けてくれた王子様な訳じゃないですかー。このことをお母さんに話したら、是非お婿にもらえ、って言い出しちゃって。あたしもその、ダイキなら嬉しいですし……ね?」

「お、おい。私の合意を得ていない上に、旅の空の人間だと昨晩言っただろう。ここに残ることなど出来るはずがない」

 なんとまあ、とんでもないことを言い出す女だ。確かに昨日、結婚やらなにやらの話もしていたが、まさか俺にお呼びがかかってしまうとは。なんとなく嫌な予感はしていたので、丸っきり狼狽してしまうようなことはなかったが。

「あたしはどこまででもついて行きますよー。村には仕送りをすれば大丈夫ですし」

「いや、私は一般人には理解出来ないかもしれないが、かなり危険な役目を担っているんだ。訓練も積んでいない人間が戦いに巻き込まれでもしたら、その命の保障は出来ない。だから、だな」

「……わかりました」

「助かったよ。もう私のことは忘れてくれ」

 ふぅ、きちんと話せば同じ人間、言っていることを理解してくれるものだ。よし、これで俺は俺の仕事に――。

「恋は障害が多い方が燃えると言いますよね!」

「わかってないんかい!」

 く、くそ……別に関西出身という訳でもないのに、なぜか大声で関西弁のツッコミを入れてしまった。間違いなく相手には伝わっていないだろうが、とりあえず俺が魂の叫びを上げたということは伝わっているだろう。それだけで察してくれ。頼むから。

「そんなに喜ばなくても良いですよー。やっぱり、これって運命の出会いだったんですよね。あたしにはわかります」

「わからない……俺にはわからない……」

 このマリーと名乗る二十一歳独身女性の何もかもが。そう、何もかもが。

「まあ、まだもう少しここにはいるんですよね?ふふー、必ずその間にあたしにメロメロにさせちゃいますから、今はまだつっけんどんな態度でも全然おっけーですよぅ。その方が落としがい、ってものがありますもんね」

「落とすってな……。だが、今夜仕事を終えたら、もうそのまま旅立つつもりでいる。だから君の求婚も断らせてもらおう。そもそも、だ。私は人と一緒になるにはあまりにもしがらみが多過ぎる。常人のそれと比べることが出来ないほどに」

「むむ、では短期決戦をしかける必要がありそうですね。では、今から計画を実行に移すとしましょう!」

「優しい断り方だと、お前は理解出来ないのか!?」

 規格外だ。この女は、俺の理解の範疇を完全に超越してしまっている。異星人とすら思えてしまうレベルだ。

 俺のドイツ語が通じていない線すら考えられるが、会話は一応繋がっているようだ。くそ、天然というやつなのか?それとも、楽天的過ぎて俺の言うネガティブなことを全てポジティブに解釈してしまっているのか?なんて恐ろしいやつなんだ。このマリーという人間は。

「えー、けど、ダイキって女の人とお付き合いしたことないんでしょー?知らないことだから怖がってるだけですって。慣れちゃえば楽しくなっちゃいますよ。きっと」

「……何回も同じことを言わせないでくれ。俺は明日を生きて迎えられるかすら怪しい生活をしているんだ。君だって、いきなり恋人に死なれたら悲しいだろう?」

「それは……悲しい、ですね。多分、いっぱい泣くと思います」

「だろう。そういうことだ。俺は家族以外の人間とは、たとえ仕事仲間であっても親しくはしていない。どちらかが死んだ時、残された方が悲しむことになるからだ。それに、父親とも数年間会っていない。下手に会えば、あんな親父でも俺のことを心配してしまうだろうからな」

 父親も、当然ながら若い頃は吸血鬼狩りをしていた。そして、俺が生まれてからは自身の技能の全てを俺に与え、十五歳を迎えて家を仕事に出るようになってからは互いに会わないようにしている。仕事仲間との関係も希薄で、決まった仲間と協力して戦うと言うよりは、仕事に向かった先の国の仲間と一期一会の協力関係を築くような形になっている。そして、その仕事中、もしくはその少し後にその仲間が死ぬこともしょっちゅうだ。

 ちなみに、吸血鬼狩りの血族の人間は、最低でも英、仏、独、中、日の五ヶ国語をほぼ完全にマスターしているので意思の疎通は容易だ。尚、日本語を使う国は日本ぐらいしかないのに必須なのは、日本人の英語があまりにもまずく、ほとんど会話が成立しないからだ。俺は他国語もかなり操れている自信はあるが。

「でも、だからと言って……人の温かさに触れないで生き続けるなんて、悲し過ぎます。だから、あたしは」

「はぁ、そうか。なんとなく、君という人間がわかった気がするよ。マリー」

 彼女は、あまりにも穢れを知らな過ぎていて、同時にあまりにも幸せに生き過ぎていて、そしてそれゆえにあまりにも優し過ぎる。都会ではなく、辺境に住んでいるからこそ、こんなに彼女は俺と違っているのだろう。彼女の心の中には、一面の花畑が広がっているに違いない。イヤミではなく、純粋にそう思った。

「だからこそ、君は俺に関わるべきじゃない。俺よりも君に相応しい男は間違いなくいるし、俺は君に優しくしてもらえるほど優しい人間じゃない。マリー、君はその純粋さを保ったまま、ここで生きると良い。……一応、神父としての忠言だ」

 こんな時にまで嘘の職業を名乗りたくはなかったが、何かしらの免罪符がなければ偉そうに説教する資格も俺にはない。それに、こう言えばさすがの彼女も諦めてくれる。そう信じていた。

「ダイキ、頭悪いですね」

「は、はぁ?」

 しかし、この女が俺の想像を斜め上に超えてくる存在だったということを、俺は一瞬の内に忘却してしまっていたのだった。

「優しくするのはあたしのエゴです。そこに、資格とかはいりません。それに、あたしの愛にダイキが応えてくれなくても、憧れるのは自由でしょう?……ダイキの話を聞いていて、あなたがどれだけ孤独な人なのかはわかりました。だから、あたしはあなたに愛をあげたいんです。少しでもダイキが明るい顔を出来るように」

「明るい、顔……?」

 四年来、聞いたことのなかった言葉だ。

「ダイキ、ずっと難しい顔か、悲しそうな顔ばっかりしています。けど、それは当たり前です。独りなんですから。人と触れ合わないと、“楽しい”は生まれて来ないんですから」

「楽しい……か」

 敵を倒せば、嬉しくはあった。それで他の誰かを守ることが出来たという自覚があったからだ。だが、それは喜びであっても、楽しみなどではない。相手は罪のない死体であり、罪深い吸血鬼を殺したとしても、相手からすれば食料がたまたま人間だっただけで、罪の意識はないはずだ。そうすると、吸血鬼を狩るなどということは、人間側の独善で――。

 マリーの赤く澄んだ瞳で見つめられていると、なるべく考えないようにしていたことまで考えてしまう。その目があまりにも純粋過ぎて、俺には眩し過ぎていた。彼女は何一つとして今までの人生に後ろめたいことがないのだろう。だから、こんなに素直で強くいることが出来ている。

「マリー。昨晩、話したな。君は否定したが、俺は誰かが幸せになるには、他の誰かが不幸にならなければならないのだと思う。別に恩着せがましい言い方をしたくないんじゃないが、俺は君達の幸せのために、進んで戦っている。俺は生まれた瞬間から、こうなるしかなかったんだ」

「……理屈は、わかります。少し前までは、誰もがなりたくもない兵隊になって、したくもない戦争をしていたことぐらい、あたしも知ってますから。――でも、そんな世の中の仕組みの方がおかしいんですよ。ですから、あたしはそこからダイキを……」

「抜けがけをするのは、あまりに不公平だろう。君の気持ちはよくわかった。けど、俺はやっぱり君とこれ以上一緒にはいられない。……いや、もう手遅れだな。君がもし明日死んでしまえば、俺はきっと泣いてしまう。もう立ち直れないほどに」

 あまりにも不思議な気持ちだった。俺はマリーとは違い、彼女に一目惚れなんてしていなかった。それは間違いない。

 それなのに、彼女はもう俺の中で“村娘”という大衆の一部から、“マリー”という特別な個人になってしまっていた。そんな彼女はきっと、俺が親の次に初めて認識した“個人”なのだろう。

 たとえどれだけ時間が経っても、もう俺はマリーの名前と顔と声と、昨晩一時間近くに渡って押し付けられていた、その体の柔らかさと温もりを忘れられそうにはない。俺の人生をモノクロの絵画とするならば、彼女の存在はそこに落とされた七色の絵の具だろう。そしてそれは、驚くべき速度で白と黒だけの世界を染め上げてしまっている。

 白い紙(人生)を黒い墨(血)で汚していく、それだけなら簡単だったのに、マリーの存在はあまりにも暴力的だった。俺の人生に苦悩を与え、簡単だった物語を複雑に、つまり人相応のものに変えてしまう。あまりにも残酷だ。しかし俺はそれに感謝するべきなのに違いない。

「ダイキ……」

「マリー。ここで少し待っていてくれ。君が落としたカゴを探してくる。それを俺が持ち帰って来たら、それでもう終わりだ。君は君の日常に戻り、俺は俺の戦いに戻る。そうすれば、互いの受ける傷も少しはマシになる。少なくとも、このままずっと一緒にいるよりは」

 俺は返事を待つことは避けた。有無を言わさず、森の中へと入っていく。

 鬱蒼とした森には違いないが、木漏れ日によってかなり視界は確保されているし、面積的にはそう大した森ではない。一時間か、長くても二時間は捜索すれば見つかるはずだ。

 その時間を使って気持ちを整理し、なんとかまともな顔で別れよう。そう考えた。

 今の俺はきっと、ガラにもなく涙を流しそうになっているに違いない。あるいは、既に泣いているのだろうか。

 なぜ泣くのか。――俺のために心を痛めてくれる他人のために。

 

 彼女と俺ほど、出会ってはならない男女はいなかっただろう。しかし、だからこそ出会ったことの奇跡を。運命なるものを強く感じる。

 これは、俺が数年に渡って。いや、もしかすると生涯を通して感じ続けることになる。

 だが、まだ俺とマリーの物語は序章を終えたばかりで、この時点ではまだ、この言葉の重みは少ない。

-4ページ-

 

 

 

「ダイキ……」

 あたしに待っているように言うと、彼は振り返りもせずに森の中へと入って行ってしまった。あたしの左腕には彼に渡すはずだった中身の入ったカゴがあったのに、彼はそれに気付かなかったのだろうか?それとも、昨晩落としたのは別のカゴだと判断したのだろうか。

 いずれにせよ、あたしは昨晩、森にカゴを落としてなんていない。あれは全て嘘だ。彼の追求を逃れるための嘘。それを間に受けて、わざわざ探しに行ってしまうなんて。

「優しいのは、間違いなくあなたの方ですよ。ダイキ。あたしみたいな女のために」

 後を追いかけることも出来たのに、それはしない。なぜならば、あたしはあの人に命令されてしまったから。ここで少し待っていろ、と。“あたし”は彼の言うことを聞こうと決めたから。たとえそれが自分の立場に相反することになってしまったとしても。

「あたしを連れて行ってくれれば良かったのに。あなたは、それを望んではくれないんですね。――わかりました。では、あたしはやはりあなたと対峙しなければなりません」

 今は真昼。誰もあたしに近寄ることは出来ない。だけど、少しでも日が翳れば迎えがやって来てしまう。シンデレラの魔法が解けるように、月の姫がいつか月に帰らねばならないように。あたしも、夜の世界に帰らなければならない。

「けど、ダイキ。あたしはやはり、あなたにこれ以上戦って欲しくはありません。この気持ちは……本物、です」

説明
暗黒メガコーポ、ズノウ・タノシイ社……もとい、エンターブレインさんのえんため大賞で、三次選考まで残ってくれた作品です
ここまで選考を通過してくれた小説は去年の「鴉姫」以来で、まだ評価表はいただいていませんが、ある一定以上のクオリティは保障出来るものだと思います
当時、ちょうどコンマイさんの「悪/魔/城/ド/ラ/キ/ュ/ラ」シリーズにはまっている時期で、その影響か吸血鬼とそのハンターが主人公の物語となりました
現代世界に生きるファンタジーという、私の大好きな世界を描き切りましたので、是非お楽しみください!
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500年目の赤ずきん

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