500年目の赤ずきん 一章 |
一章「別離」
俺は少なくとも方向音痴ではないつもりだったのだが、日が暮れるまで探しても遂にマリーのカゴを見つけることは出来なかった。森はくまなく探したはずなのに、彼女の思い違いだったのだろうか?だが、今から戻ってもさすがに彼女はもういないだろう。結局、ちゃんとした別れ方は出来なかった。
これは不幸なのか、逆に幸運だったのか。もしかすると、後者だったのかもしれない。
まもなく完全に陽は地平線に沈み、夜の時間がやって来る。アンデッドの動きが活発になるのは深夜だが、太陽さえなければ奴等は動き回ることが出来る。このまま森に残り、アンデッドのねぐらの目星を付けておくのも良いだろう。
――本当のことを言えば、もしも森を出て、そこにマリーがいたら、俺はなんて言えば良いのかわからないからだ。もういっそ、このままなし崩し的に別れてしまいたい。俺はなんとも意気地なしで、それがかえってマリーも、自分自身も傷付けることになるだろう、ということを予想する程度の頭も持ち合わせていなかった。
昨晩のようにエンフィールドを取り出し、その約九百グラムの重みを感じながら森を練り歩く。装弾数は従来通りの六発。そのいずれもがアンデッドに致命傷を与える銀弾だ。吸血鬼もこれを全て頭と胸に撃ち込めば殺せる。逆にそれに失敗したら、なんとかして弾を装填し直さないといけない。それか、銀のサーベルを使った肉弾戦に持ち込むかだ。
コートのポケットに入った残弾を確認しつつ、もっとも木々の生い茂った辺りを徘徊していると、時間の経過と共にどす黒い気配が増幅して行っているのがわかる。そして遂に、一体目のアンデッドが一本の樫の木の向こうに見えた。
俺は機械的な動作でそいつに対して銃口を向け、一秒で引き金を引く。一秒経たずにリビングデッドの頭部は吹き飛び、そのまま全身も土のように細かな粒子に還って逝く。昨晩のように生きた人間じゃないのは、人であって人とは思えないうめき声でわかった。
人の死体はこうも醜く変われるものなのか。続くもう一体を屠りつつ、反復し過ぎてどうでもよくなった疑問を覚えた。四年もこんな「作業」を続ければ、どんどん感覚は鈍化していく。初戦の時点で既に割り切っていた節はあったが、最近はもう完全に木偶を壊すのと同じ感覚だ。
人型であって、人ではないモノ。人の姿をしているが、人が生んだ訳ではない、魔の眷属。そう考えれば、とりあえず罪の意識は消し去ることが出来る。だが、だがそれでも――気分は優れない。俺は正確に頭を撃ち抜く。時には胸を吹き飛ばす。どちらも人の急所だ。
最近はリアルな人殺しのゲームも珍しくなくなり、今更それを規制しようなどという動きも薄れて来た。だが、俺はそんなゲームよりもずっと濃厚な現実味と共に、殺人を疑似体験している。実際の人間の死体を、自分の手で銃の引き金を引き、剣で斬り付けて。
三体目。中折れ式の回転拳銃を一度折り曲げ、三発の弾を再装填する。とりあえずこれでこの辺りのアンデッドは全てのようだ。奴等がやって来た方へと進み、この地の完全な浄化を目指す。
それにしても、疑問なのはどうしてこんな辺境の森にアンデッドが発生したのかだ。
確かに、歴史の表舞台から姿を消した吸血鬼は、未だに非文明的な地域の人間を狙うことが多い。その方がより事実が表沙汰になりにくいし、大した対抗手段も持たないことが多いからだ。しかし、この場所ではあまりにも効率が悪過ぎる。付近の村はたった一つ、しかも人口はかなり少ないらしい。とてもではないが、食料の恒久的な確保は難しく、すぐに食い尽くしてしまうに違いない。
何か他に理由があるのだろうか。それとも、この場所を吸血鬼が占拠することにより、特別な利益が発生するのか。
鬱蒼とした森は、アンデッドが身を隠す良い場所になり得る。吸血鬼にとっても同じだ。だが、それにしてもアンデッドは地に潜れば良いし、吸血鬼はこんな屋外よりも建物の中を好むはずだ。
実に不可解なことが多い。俺がここでの仕事を終えた後、ことによっては他の仲間達が調査に来る可能性もあるだろう。それぐらい、この田舎の森がアンデッドの巣窟になっているというのは理解に苦しむ事実だ。
その後も機械的にサーベルで相手の首を刎ね、体を裂き、胸を突き刺していく。新鮮な死体ではないリビングデッドは砂のような肉か骨の破片しか撒き散らさないので、血に汚れることがないのが唯一の救いと言えるだろう。これで本物の人間のように血が吹き出していれば、発狂する吸血鬼狩りの者も多いに違いない。
「……なんだ?」
アンデッドがもっとも多い場所を突破すると、その先には見慣れない小屋があった。この辺りは昼間に一度以上通りかかっているはずだが、その時には絶対にこんな小屋は発見していない。それに、昼間はあったはずの木々が一部なくなっていて、小屋の周りはきちんとした整地がされている。
更には、その小屋の中に吸血鬼特有のどす黒い気配が滞留しているのを感じる。間違いない、この小屋は昼間、吸血鬼の見せる幻によって木々に擬態させられていた。一応、昨日と今日の下調べの段階で適当な木々に触れ、本物かどうかを確認していたつもりなのだが、この辺りのそれは漏れていたのか、質量すら感じさせる高度な暗示だったのか。
ともかく、無視をする訳にはいかない。だが、あまりにも危険過ぎるような予感もある。一度、このドイツにいる吸血鬼狩りに連絡を取って――とも考えるが、携帯は当然のように圏外だし、一度森を出て日を改めてしまっては、相手を取り逃してしまいそうな気もする。
落ち着いてサーベルの柄を握り直しながら、俺は直感した。これは、間違いなく俺になって転機となる瞬間だ。
判断を誤れば、俺は死ぬことになる。未来予知のようにそれがはっきりとわかる。オカルトは吸血鬼の使う術以外は信じていないが、俺はこの第六感だけは信じなければならないと確信した。
そうしてしばらく悩んで、悩んで……サーベルを鞘へと戻す。引き返すんじゃない、エンフィールドを手に強襲をかけるために。
弾が全て装填されているのを確認して、獣じみた速度で駆け出して小屋のドアを蹴破る。木製のそれは簡単に外れ、中の「光」が漏れる。そう、小屋の中には確かな光があった。だが、俺は止まらずにエンフィールドを両手で構え、銃口を人影へと向ける。そして引き金を引こうとして――停止した。
この小屋の、意外過ぎる主の姿を認めて。
「お前は……」
「ようこそ、狩人さん。私の家へ。ですが、遅かったようですね。赤ずきんちゃんもお婆さんも、もう狼に食べられ、とっくに消化されていますよ。何もかもが遅かったという訳です」
「マリー!?」
光沢の少ない金髪も、赤いフードも、コートも、全て俺が別れたあの女性と同じだった。ただ一つ、その落ち着き過ぎた口調と、中音域に留まっている声の高さだけが違っている。
「はい。私の名前はマリエット・ルーガル。愛称はマリーです」
「……本当に、お前は俺の知るマリーなのか?」
「ええ。尤も、私とあなたが出会ってまだ二日でしょう。私はあなたに心を寄せ、あなたもどうやらある程度は何らかの感情を覚えてしまったようですが、まだ究極的には他人でしかありません。ですから、ここで殺し合うのにも――差し障りは、ありません、よね」
落ち着いた口調のマリーは、急に大人びたような雰囲気がある。いや、今までが幼過ぎたのか。しかし、最後の一言を彼女は声を震わせながら言い、声の高さも元に戻っていた。無理をして大人びているということは見え見えで、同時に彼女がどうしてそんな態度なのか。俺はもうわかってしまった。
この小屋の近くにはアンデッドが何体もいた。一般人が生きていられるはずがない。マリーが俺と同業者という可能性もあるが、それにしてはこの空気――彼女のまとう空気が、あまりにも人間のそれとは異質過ぎる。
中世によく使われた言葉をあえて用いるなら、これは魔力を含んだ空気だ。魔力は空気中にあるとも、宇宙を満たしているというエーテルの中にあるとも言われているが、それを集め、行使出来るのは吸血鬼のみ。彼女は、俺の宿敵である吸血鬼で間違いない。
「お前は、吸血鬼なのか」
わかっていることを、わざわざ口に出して訊いてしまう。
「はい。正確に言えば、人狼。更にその長たる種、ライカンスロープです。一応、今の時代は吸血鬼の総元締なんかもやっていますね。いわゆるところの“吸血鬼の女王”です」
どこか楽しそうに、歌うような調子で言うと、マリーはその赤いフードを取った。すると、髪の毛と同じ色の体毛の生えた二つの狼の耳が露出する。これこそが、人狼の証だ。小さく動いているそれは、作り物だとはとても思えない。
「俺を、騙していたのか?」
「どうでしょう。私は、人と吸血鬼が戦うこの関係を、どうにかしなければならないと考えていました。そこで、私自らがネゴシエーターとなったつもりだったのですが、存外にダイキ、あなたのことが気に入ってしまいまして。このまま駆け落ちも悪くないかなぁ、と思っていたところを、思い切りダイキにフられてしまった次第です。そこでヤンデレ化して、だったら殺しちゃえー、みたいな?」
「マリー。俺は、君のことを疑いたくはない。そして、出来るならば憎みたくはない、そう思う。だから、真面目に答えてくれ」
「ですから、大体そういう感じですよ。私は冗談のつもりで、あなたとお付き合いがしたい、結婚したいと言った訳じゃありません。ですが、やはり人と吸血鬼が一緒になるなんて、難しいのでしょうね。こうなっちゃう訳ですよ。結局は」
彼女の声は、明るかった。歌でも歌うような調子の空元気のまま、コートを脱ぎ捨てて構えを取る。狼の尾が顔を出し、指の先には一本一本、鋭利な爪が現れている。
「俺は別に、君が吸血鬼だとわかって、付き合えないと言った訳じゃ――」
「わかってます。わかってますとも。でも、あそこで私を旅の伴侶にしてくれなかった、それがトリガーだったんです。私達吸血鬼は、かなり単純な生き物ですからね。その気になれば、人間の下僕にだってなることが出来る。その機能が本能の中に組み込まれているんですよ。そして私は、一瞬だけあなたの下僕になることを選びました。そこで与えられた命令が何か、覚えてます?」
首を横に振る。
そもそも俺は、吸血鬼のそのような性質を今の今まで知らなかった。なぜなら、吸血鬼は例外なく人間を軽視していて、従属するようなことなどあり得なかったからだ。吸血鬼が人間の言葉に従った姿など、少なくとも俺は見たことがない。
「『ここで待っていてくれ』でした。私は愚直にそれに従って、夜が来てその命令が効力を失うと、再び私がするべきことに戻った訳です。つまり、狩人であるあなたに、死んでもらう。私にだって、女王として仲間を守る義務と責任がありますからね。狩人には生きていてもらうと、困る訳です」
「……あの時、か。もし、もしも俺が、一緒に来いと言っていたら――」
「私はやはり、それに従っていました。そうせざるを得ないようにしていましたから。そして、その命令を受けた以上、私はあなたが旅を終えるまで付き従うことになっていたはずです。
――別にあなたを攻める訳ではないですが、あなたは吸血鬼の狩人としての最大の敵を半永久的に封じる好機を、自ら手放したということになりますね。言っておきますが、こうなった以上私はあなたを殺しますし、他の狩人はもっとためらいなく殺しますよ」
俺が澄み切っていると感じたマリーの瞳には、今となっては純粋な殺意だけが胎動していた。
体中から汗が吹き出す。そして、それと同時に別の何かも流れ出しそうだった。
「そう悲しそうな顔をしないでください。私だって悲しいんです。だからせめて、他の吸血鬼に殺される前に私が殺してあげようと言うんじゃないですか」
「くそっ……!」
翼魔はともかく、敏捷性に優れる人狼に銃は使えない。投げ捨て、サーベルを鞘から引き抜く。こんな時でも、戦闘本能はしっかりと機能し、的確な行動を俺に取らせるのがあまりにも恨めしい。俺の体は、既にマリーのことを敵として認識しているのか――!
「そうです。それで良いんですよ。私は吸血鬼、あなたはそれを狩る人間。これが一番お似合いです」
「……けど、マリー。泣いてるぞ」
「ええ。ダイキも、そうですよ」
突き出されたマリーの右手に、赤黒いオーラのようなものが生じる。それは巨大な爪の形を取り、彼女が身を屈めつつ突進するのと同時に揺らめいた。正確に首を狙ってくる。
速さで勝てない以上、俺に出来るのは迎撃だけだ。サーベルをしっかりと上段に構え、叩き付けられる爪を受け止める。オーラの爪は刀身とぶつかると金属音を立て、あまりの衝撃に俺の腕と体がよろめく。そこを狙い、マリーは蹴りを繰り出していた。真っ直ぐにそれが腹へと突き刺さり、砲弾を受けたような衝撃と共に吹き飛ばされ、後になって激痛を感じる。
二メートルは吹き飛ばされた俺の体は小屋の壁にぶつかり、肺の中の空気を全て奪われた。腹を蹴られたのに胸が異様に苦しく、必死に呼吸をしようとするほど、肺が爆発しそうな痛みを覚える。
「ダイキ。あなたは今、死にました。私はあなたが死んだと判断した訳です」
「…………?」
声が満足に出せない。なんとか目線で彼女を追うと、やはりマリーは涙を流していた。
「私はこれから、ルーマニアの屋敷に戻ります。あなたがまだ生きているとは思いませんから、当然ながらその警戒は薄いはずです。そして、私は吸血鬼の女王であると同時に、その屋敷の主。客人が自分の部屋まで来た場合、応対せざるを得ません。わかりましたね」
静かに言うと、マリーは光に満たされた部屋の中だと言うのに発生した闇に同化し、数秒後には消えていた。
俺はようやく正常な呼吸を取り戻すと、彼女が残した言葉を理解し、彼女が俺を生かしてくれたことに気付く。
「……マリー。ありがとう、って言って良いんだよな?」
相当古いものなのだろう、俺がぶつかった壁が軋んでいる小屋の中に、俺の言葉だけが残った。もう、マリーの名残は何一つとして感じられない。ただ一つ、脱ぎ捨てられた紅色のコート以外には。
森を出た俺の足取りは重かった。
その理由は、マリーとの衝撃的な別れもそうだが、それ以上に彼女と戦った時の俺の不甲斐なさが原因だ。
俺に一切のためらいがなかった訳ではない。俺は多分、本気で彼女を斬ろうとはしていなかった。だが、それにしても俺は一切の抵抗が出来ていなかったと言える。ほんの赤子の手を捻るように蹴り飛ばされ、本気の戦闘であればあの直後に俺は体を引き裂かれていただろう。助かりようはない。
人間と吸血鬼は、基本的にはまともにぶつかり合って相手になる種族ではない。それはわかっている。だが、それにしても俺は何一つとして俺の戦い方が出来ていなかった。再び俺とマリーが出会い、再び戦うようなことになったその時にも、やはり俺が負けるビジョンしか今は見えない。そして、それを避ける術すら、俺には考え付かなかった。
これが圧倒的な上位存在と出会った時の、人間の無力感なのか。そう思うと、どこか清々しささえある。
しかし、俺は吸血鬼とアンデッドを倒さなければならない。次に向かうべきルーマニアのとある町の郊外にある廃屋敷は、不可解な事件の犯人が隠れ住む場所とされている。
マリーの口ぶりから察するに、そここそが今の時代の吸血鬼の本拠地なのだろう。女王である彼女がわざわざ「戻る」という表現を使うのだから、そこを住居と判断するのは当然のことで、女王の住居であるならば、そこが種族的な中心地であると言えるだろう。
――仕事に私情は持ち込めない。吸血鬼が生きていれば、人間が殺される。だから俺は吸血鬼を殺す。たとえそれが、俺のことを好きでいてくれる相手だとしても。それに、……それに、あまりにも甘い考えだろうが、彼女とはまだ交渉の余地があるはずだ。だからこそ、彼女は俺を殺さなかった。まだマリーも、俺を殺す気にはなれなかったからだ。
ヨーロッパの移動は、基本的にレンタカーを用いる。国際免許証の取得は吸血鬼狩りの必須条項の一つであり、俺も取得出来る年齢に達した瞬間に取った。
少し大きな街まで徒歩で移動し、そこからは乗り捨ての車を借りる。青いボディの日本車だった。右ハンドルであることに親しみを覚える。
サーベルを助手席に放り出し、エンフィールドだけを相変わらずコートのポケットに突っ込んで車を発車させ、ただただ南東へ進む。国をいくつも跨いだ移動だが、どれだけゆっくり行っても一週間あれば到着するだろう。車やナビの進歩も日進月歩であり、数年前より格段に性能が上がっている。
これが数百年前なら、基本的に全て徒歩。よくて馬で移動していたと言うのだから、吸血鬼の数が減らなかったのも頷けるだろう。片手で数えきることが出来る俺の倒してきた吸血鬼の数ですら、古の吸血鬼狩りにとっては生涯をかけて倒した数と同じぐらいに違いない。現代は吸血鬼の数も減っていると言うのに、だ。
ただし、月日の流れは当然ながらプラスにばかり働かない。一族に伝わっていたという吸血鬼を狩るための道具達は失われ、現に俺や俺の仲間達が使用している武器は、どれも現代になって作られたものばかりだ。かつては吸血鬼の魔力を利用し、それを宿した宝剣や人間が魔術を使うという技術もあったそうだが、記録しか残っていない。
しかも消失に至るまでの経緯についてはどの資料にも書かれておらず、何か大きな事件の存在を感じさせる。吸血鬼に全て奪われたのか、吸血鬼狩りの内部分裂でもあったのか……前者であると思いたいが、どうも後者のような気がしてならないのはなぜだろうか。
『割とそれ、当たってますよ』
「……誰だ!」
聞き覚えのある、しかし聞こえるはずのない声が車内に響いた。反射的に銃を構えて助手席を、そして後部座席を確認するが、誰の姿も見えない。さりとて今の声が幻聴とは思えず、車の外も含めて周囲を警戒する。そうして声が聞こえてから二十秒ほど経っただろうか。俺の真後ろの座席に一人の女が姿を現した。闇に包まれながら現れた彼女は、外側が赤く、内側が黒いマントを羽織っている。一般的なものとは配色が真逆だ。そして、その顔は――。
「マリー、か?」
「はい。ダイキ」
「………………」
明かりの下、じっくりとフードを脱いだ彼女の姿を見ていると、なんとも言えない気持ちになって来る。
人間離れして美しい、とは彼女のことを言うのだろう。事実として彼女は吸血鬼を自称し、二度の人間にはあり得ない瞬間移動によってその能力を示した。どんなルビーよりも濃い赤色をしている瞳は妖しく、以前と比べ物にならないほど上等な洋服に身を包んだ姿は、中世の時代から時が止まっているかのような人外の貴族らしい美があった。
「やはり、君は太陽を浴びても平気なのか」
車の窓からは日光が差し込んでいる。普通の吸血鬼であれば、とてもではない涼しい顔をしていられない。そもそも、吸血鬼とは夜間に活動し、昼間は眠っているはずのものだ。それなのに、彼女はこうして平然と日光の下にその姿を現す。あまつさえ、俺の車に直接乗り込んでくるという、およそ俺には想像出来ない行為すら実行に移してみせたのだ。
「ええ。色々と理由もあるのですが、このまま自由になんだって出来ますよ」
「俺を殺すことも、か」
「そんなことはしません。私はあなたをこうして生かしています。その理由は、あなたに恋してしまったからに他なりません。――まあ、多くの吸血鬼にとって人間とは、食料か、よくて愛玩動物ですけどね。私は対等に見た上で、あなたをこうして恋しく思っています」
「なぜ、と訊いて良いか?……俺だって、あの夜出会った“マリー”のことは憎からず想っている。だが、吸血鬼の君となると」
俺はアンデッドと直面した時、体が震える。恐怖ではなく恐らくは武者震いに相当する反応だ。血が熱く唸るのが自分でも感じられ、興奮を禁じえない。これこそが、吸血鬼狩りの血というものなのだろう。心とは関係なく、俺の体は吸血鬼を殺すように動く。
だが、だが……俺が仮にマリーを楽に殺せるだけの実力を持ち合わせているとしても、彼女を殺すのは俺の心が許しそうになかった。今の俺自身、エンフィールドを彼女に向けようとする腕を、心の力で抑えているのだから。
「わかっています。吸血鬼と人は。特にあなた達吸血鬼狩りとは、戦い合うべき運命にいます。私からしても、あなたやあなたの仲間達は、私の仲間達の仇。その血を吸い、殺し、その死体を下僕にすることで恨みを晴らしたいという衝動もあります。それは認めましょう。
ですが、その因縁の鎖を断ち切るべき時が今なのだと、現在の王である私は考えています。そうしてあなたに近寄ったのは打算でしたが、やはり、吸血鬼と人の共存の未来を夢見ずにはいられません。それほど、私はダイキ――あなたのことを気に入ってしまったのです。はっきりとした理由はなく、ただただ恋をしてしまったのですよ。しいて言えば、あなたが無力を装っていた私を、背負ってまで連れ帰ってくれた優しさに惹かれた、と言えるのでしょうか」
どこか愛の唄を歌い上げるように言うマリーは、その瞳も、声も、真剣そのものだった。とてもではないが、これが嘘をついている者の姿だとは思いたくない。
「……そうか」
だから俺の口からは、そんな言葉ぐらいしか出て来なかった。彼女が俺に惹かれたように、俺の方からも彼女に惹かれている。だからこそ、この体に流れる血を恨まずにはいられなかった。今まで以上に。
「それよりダイキ。私が平然とあなたの心を読み、回答したことに疑問はないので?」
「あ、ああ。そうだったな。吸血鬼なら心を読むぐらいは出来るだろうが、吸血鬼を狩る側の人間の過去について、吸血鬼である君が知っているのはおかしい気がする。それに、君はそう古い吸血鬼ではないのだろう?」
「そうですね。生まれてこの方、えーと……五百年ほど。まだまだ若輩ですね。お爺ちゃん吸血鬼になると、二千とか平気でいるので」
伝説的には聞いているが、頭が痛くなる話だ。二千年ともなれば、人の築き上げてきた歴史の全てを見ているようなものだし、しかもマリーは“お爺ちゃん”なんて表現を使ったが、吸血鬼に老いはない。つまり、経験だけが豊富で身体能力は一切衰えていないということになる。戦う側にしてみれば、とんでもない強敵が今も生きているのだという悲報に他ならない。
「けど、私は偶然、ダイキ達吸血鬼狩りの一族から、先祖伝来の武器が失われた経緯を知っていますよ。あれは中々に人間らしい事件でした。吸血鬼からすれば、ちょっと理解に苦しむ問題ですけどね」
「人間らしい……。老いや世継ぎに関係する話か。吸血鬼に家柄や寿命なんてものはないからな。確か、人間ごときに狩られるのは自己責任だったか」
「ええ。無慈悲なほどの実力主義。だからこそ、色々と自由で、だからこそ、色々と不自由です。ちゃっかり王をやっちゃってる私が言うことじゃないですが」
「女王と言うのは……自由なのか?」
「あはは、それ、結構面白いジョークだと思いますよ。どうして私が昼間にばっかり行動しているのか、ダイキわかってて聞いてますでしょう」
アンデッドも吸血鬼も例外なく夜行性。今、こうしてここに例外が存在してしまっているが。
「仲間が寝ている時間にしか自由はないのか。……とすると、ちゃんと寝れているのか?」
「いいえ。この三日間、ほとんど寝てませんよ。吸血鬼は人よりずっと丈夫なのでまだ平気ですが、一週間起きっぱなしというのはきついものがあるので、そろそろ寝ておきたいですね」
「じゃあ、なんでこうしてまた俺に……」
「――好きな人に会いたくない女の子って、いると思いますか」
俺を責めるような、鋭い眼差しが向けられる。出来れば目線を外してしまいたい、そう思うぐらい痛い視線なのに、それが出来なかった。
「マリー。君は本当に」
「本当です。薄っぺらな言葉に聞こえるかもしれませんが、本当に本当に、本当に私はあなたに恋をしてしまいました」
真剣に言っているのは間違いないのに、マリーの言葉と表情からは、自嘲にも似た寂しげなものが感じられる。マリーは、間違いなく俺よりずっと賢い。だからこそ、俺よりも現実を視ていて、絶対に実りはしないこの関係を自覚している。だからこそ、こんなにも泣きそうな表情をしているのに違いない。
「話が脱線しました。あなたは知りたがるかもしれませんが、あえて私の口からあなた達の先祖が起こした事の顛末は語らないことにします。間違いなく気分を害されると思いますし、私としましても口に出すのには不快感を伴います。ただ、はっきりと言えることは、かつての伝説の武器達は永遠に失われたということですね」
「別にそれを頼ろうとしていた訳じゃない。君と戦うことになれば、俺はきっとまた負けるだろうからな。たとえ武器が良くても」
「それは、私だって同じですよ。もうこれ以上、あなたを傷付けたくはありません。たとえ吸血鬼狩りであるあなたを生かしたことで、私が今の立場を追われても、それは仕方がないことだと思っています」
「……マリー。それで良いのか?」
「良くは、ありません。このまま私が王の座を退いてしまったら、再び吸血鬼達は表立って人を襲うようになりかねません。数は減っても、人間の科学が進歩しても、吸血鬼にはそれを学習し、逆に使いこなすだけの能力がありますから。ですから私は、女王であり続ける必要があります。だから、あなたと対峙しなければなりません」
どうして俺は、こんな答えのわかりきっている質問をしてしまったのだろう。彼女に事情を聞けば聞くほど、俺と彼女が親しくすることなど、夢物語に過ぎないのだということがはっきりすると言うのに。俺はそれを想像する程度の頭を持ち合わせているはずなのに。
「ダイキ。これぐらいで、良いですか」
「ああ……そうだな」
これ以上会話を続けても、互いに傷付き合うことぐらいしか出来ない。なんて無意味で、なんて哀しいのだろう。
――まるで、あの有名な悲劇のようだ。敵対する名家の子ども同士が、最後には死んでしまう、あの悲劇のような。
「では。
ふふー、あたし、ドライブって言うんですか?歳の近い男の人と車に乗るなんて、初めてなんですよー。もっと言えば、野菜とかの出荷用の車に乗り合わせたことしかないんですけどね。それも、本当に数えるほどですし」
「……マリー?」
「はい、どうしました?ダイキ」
どうしたとは、俺の台詞に他ならない。マリーは唐突に声音を高く明るくすると、まるで彼女が吸血鬼であると発覚する以前のように――そうか、これぐらいで良いとは、吸血鬼と、それを狩る者の会話をもう切り上げる、という意味だったのか。つまり、今の彼女は俺が初めて会った時と同じ“マリー”で、吸血鬼の女王であるマリエットではない。そういうことなのだ。
「そ、そうか。ところでそれ、本当にあったことなのか?」
「むっ、いくらあたしが田舎の生まれだからって、本当のことですよっ。まあ、時代が時代なので、エンジンが付いているいわゆる自動車ではなく、人力の車ですけどね。そう、リヤカーみたいなテンションです」
“時代”とは、彼女の年齢が見た目と同一だった頃の時代。つまり、今から五百年前、俺達が近世と呼んでいる時代のことだろう。当時のヨーロッパは当然ながら産業革命など起きておらず、いわゆる市民階級の台頭以前。労働者階級というものはほとんどなく、多くの民衆が農作をしていた時代のはずだ。
とすると、マリーが語るこの思い出は、食料とした田舎百姓の生活なのか?まさか、吸血鬼が自給自足の生活はしていないだろう。彼等の食物は動物の血肉だ。特別人間のものに限られる訳ではないようだが、牛や豚を飼育しているとは聞いたことがない。
「マリーは、村では何をしていたんだ?」
探りを入れるという訳ではない。純粋な興味だ。どの道、そんな昔の生活ぶりを知ったとしても、今の吸血鬼のことを知る上での参考にはならないのはわかっている。
「そうですねぇ。あたしは見ての通りか弱い乙女ですので、大した仕事はしていませんでした。前みたいにお花や野草を摘みに行ったり、パンを焼いたりご飯を作ったり。あ、それからお裁縫もしていましたよ。それほど上手くはなかったんですけど、ちょっと服がほつれたとか、その程度なら自力で直せました。最近はめっきりやらなくなりましたけども」
「意外と家庭的なんだな」
「むっ、意外とはなんですか、意外とは。あたし、地味にハイスペックなんですよ」
「たとえば?」
「そ、そうですねぇ……。お料理出来る、お裁縫出来る、お洗濯出来る、あ、それからお酒も上手に注げます」
「俺はまだ未成年だけどな」
「そ、そうでしたか。でも大輝、すごく大人びて見えますよー」
「……老けてるのは、自覚しているさ」
俺も日本の平均的な男子学生でいることが出来れば、常に辛気臭い顔をしているようなこともなかったのかもしれない。以前から俺は自分の生き方に不満がなかった訳じゃないが、こうしてマリーと出会ったことにより、俺は俺の身体に流れる血を多少なりとも呪う必要が出て来てしまった。俺の童心と青春を奪うだけではなく、恋愛の自由すら奪おうとしている、この血とそれの抱える宿命なるものを。
「あ、いえ、あたしはダイキぐらいストイックな人の方が、逆に好感が持てますよ。……なんと言いますか、喋り過ぎる人はヤです」
「同族嫌悪か?」
「違いますっ。それに、あたし全然うるさくないですよ!すっごいお淑やかじゃないですか」
「お、お淑やか?す、すまない、もしかして俺の知っている淑やかさと、君の知る淑やかさとは……」
「同じです!吸血鬼舐めないでくださいよ。ちょっと下手なところもありますが、普通に日本語も話せるんですから、日本人の精神性というのもわかってます。一度着物とかも着てみたいんですよねー」
「そ、そうか」
理解した上で、お淑やかという言葉を使えるとは。なんともまあ、大胆な娘だ。俺よりずっと年上なのは間違いなくても、ついつい年下に接するようにしてしまうような幼さがマリーにはある。特にこうして砕けた喋り方をしている時はそうだが、気を付けてみれば吸血鬼の女王を演じる彼女にも同じ面は見つけられそうだ。
「ええ。ダイキの仲間に、日本人の女性とかいますか?そして、もしよろしければその人から着物を……」
「マリー。君が持つ日本観が何時代のものか知らないが、今の日本人女性は余裕で洋服を着ているぞ。着物なんて、成人式の時にレンタルするぐらいしか着ないだろう」
「……ま、マジですか?二百年前は――」
「江戸時代か。なら、着物が普通かもしれないが、ちょっと情報が古過ぎたな」
「そんなぁ……」
本気で着てみるつもりだったのだろうか?
マリーが俺と話すだけのために来たことが判明したので、既に車は発進させている。彼女の表情はよくわからないが、声からは明らかな落胆が伝わって来ていた。しかし、金髪でスタイルも良いマリーが、着物か。それはそれで面白そうだ。このヨーロッパの土地では、どうあがいても手に入りそうにないが。そもそも、吸血鬼狩りに女性はいないし。
「ダイキもほら、何かお話してくださいよー。面白いこととか、ありませんでした?」
「面白いこと、か。……今、吸血鬼の女性と同じ車に乗り、普通に話していることぐらいしかないな」
「ま、ダイキの武勇伝は、あたしにしてみれば仲間の散り様を聞くのと同義である訳ですから、そこまで愉快な話ではないので、それぐらいで良いですけどね」
「そうだな…………」
反射的にアクセルを踏み込む。
つまり、俺とマリーとはこの関係だ。マリーの最近の話を聞けば、それは吸血と死体の復活の話ばかりになり、俺の話をすれば、それはマリーの仲間を殺した話ばかりになる。だからこそ、彼女は言ってしまえば当たり障りのない、誰でも出来るような昔話をしていたのだ。
だが、それならマリーはなぜ、俺に話を振ったのだろう。ちょっと一緒にいれば話下手だとわかる俺に。
「わー、結構速度出しますねー。ちょっと楽しいです」
「自動車に乗るのは初めてなのか?」
「ええ。自分の足で歩いてばっかりですね。けど、ダイキはよく運転出来ますね。車を運転するのって、怖くありません?馬車みたいに手綱を掴んでいる訳でもないのに、こんなに速度が出る乗り物を操るのって、ちょっとその感覚がわかりません」
「最初は確かに、変な感じだったな。事故らないかも心配だった。でも、慣れればそう難しいものじゃない。マリーだって、その気になれば出来ると思うけどな。だって、ハイスペックなんだろう?」
「む、むむ、確かにそうですけども、やっぱり抵抗はあります。石油を動力に変えて走るなんて、珍妙奇天烈過ぎますよ」
「霧に姿を変えて、人の心を読むことも出来る君が言うことか?」
「それはまあ、あたしにしてみれば普通のことですから。文化の違いですね」
文化の違いか。もし本当に人間と吸血鬼の差異が、文化の違いだけであれば、あるいはこのような敵対の構図は……いや、難しいかもしれない。国際化の時代とはいえ、まだまだ国同士の壁は厚く、日本と大陸を分ける海も広大過ぎる。
一体、俺の国の人間の何人が英語圏の国に放り出され、不自由なく生活を送ることが出来るのだろうか。あるいは名前すらロクに知らない、文化の全く違う国に行って、そこでの生活に馴染めるだろうか。
そんな人間は、ほとんどいないに違いない。俺はまだ他国語も話せる方だが、文化の理解ともなれば話は別だ。それでも、俺は人というものに対し、いささか以上に無関心なのでなんとかなるかもしれないが……。
「ダイキ。あんまり考えごとをしながら運転していると、危ないんじゃないですか?」
「あ、ああ。けど、そうするとマリーにとっても、俺達の文化は変わっているんじゃないか」
「んー、長く生きているとその違和感も薄れて来ますが、やっぱり日本という国は独特だというイメージがありますよ。なので、東洋の生まれらしいダイキに会った時、すごくドキドキしたんです。あ、名前の雰囲気から勝手に日本人だと思ってますけど、間違ってませんよね?」
「江戸時代とは、名前の法則みたいなのも多少は変わっているからな。まあ、予想通り俺は日本人だよ。最近は英語圏みたいな名前の奴もそれなりにいるんだが、俺がステレオタイプの名前をしていて良かったな」
「その顔でスミスさんだ、って言われても信じれませんけどね」
肌の色と、鼻の高さの時点でわかる、ということか。髪も染めていないから黒色だし、もっと背が低くて眼鏡でもかけていれば、風刺画に出て来るような日本人そのものだ。尤も、マリーがそのイメージを知っているかはわからないか。
「んー、ダイキ、隣に行っても良いですか?」
「……なんだって?」
「この距離で聞こえないはずがないでしょー。意地悪ですよぅ。助手席、でしたっけ。それに座って良いですか、って」
「どうしてもか?」
「はい。景色が奇麗そうですし、出来るだけダイキの近くにいたいので」
「仕方がないな。剣を置いてあるから、適当にどけて座ってくれ」
「はいはーい」
普通、一人旅をしているのだから、助手席や後部席は全て物置と化していてもおかしくはないだろう。だが、俺は元から最低限の荷物だけで旅をしているので、荷物はトランクに入る量だし、すぐ使う物はダッシュボードに置くだけで良い。助手席も、サーベルさえどければ人が座ることが出来るほど片付いていた。
「けど、マリー。車を止めずにこっちに来れるか?」
後ろを走る車も、今はなさそうだ。やはり、外国の道路は道幅が日本とは段違いだし、車自体が少ないのも良い。ただ、皆スピードを出しているので路上駐車は望ましくないのだが……と考えていると、俺の横を黒い霧が通過し、助手席に集まって一つの形を作り出した。なるほど、吸血鬼の能力の有効活用か。
「っと、これが出来るだけでもかなり便利ですよね。この体。あ、剣は脇にどけておきますよ。銀製なので、ちょっと怖いですし」
「女王も、やっぱり銀は苦手なのか?」
「王とは、統率個体ってだけで、根本的に普通の吸血鬼と違う存在ではありませんよ。なので、あたしが日光を浴びても大丈夫なのは、あたし個人の特性だったりする訳です。すごいですよねっ」
「そ、それは確かにな。こんな吸血鬼を見るのは初めてだ。そこまで多くの吸血鬼を見て来た訳でもないが」
「色々とプライベートなことなので、こうなった経緯なんかはダイキにも内緒ですけどね」
「なんだ。割と興味あったんだけどな」
「女の子には謎があった方が良いんですよぅ。ちょっと恥ずかしいことですし」
横目でマリーの表情を伺うと、実際に頬を赤らめている。肌が白いということもあり紅潮しているのがわかりやすいが、色白と言っても病的なものではない。他の吸血鬼はどれも血色が悪いのに、やはり彼女は特別なようだ。
安直に人と吸血鬼の混血なのでは、などとも考えてしまうが、仮に人と吸血鬼が交わったとしても、子どもは出来ないはず。これはあり得ない。
とすると、俺一人で考えても、彼女の秘密を明らかにすることは出来ないのだろう。知った風な口を利いているが、やはり俺はまだ吸血鬼狩りとしては新米に過ぎないということか。
「おー、すっごい早く景色が流れていきますねー。自分で走っている時に見えるものとはまた違っていて、新鮮です。あたしも免許とか欲しいなぁ」
「さすがにそれは無理だろうな。見た目だけなら大丈夫だろうが、戸籍がないし」
「そうですねぇ。玩具一つ手に入れるのもままならない、世知辛い時代ですよ。……しかし、容姿を褒めてくれるってことは、もしかしてあたしの可愛さに骨抜きになっちゃいました?」
「…………まあ、多少は」
照れ臭くて控えめな表現を使ったが、豪華でありながらも派手過ぎず、素材の良さをそのまま活かしたかのようなマリーのファッションは、目も心も奪われてしまいそうなほどに魅力的だ。男が羽織れば間違いなくキザったらしいマントも、実に可愛らしく着こなしている。
加えて、その中身の可愛らしさは正しく人外のものであり、色白な肌に上品な赤の唇と瞳。光沢が少なく、落ち着いた色の金髪もまた実にマッチしている。見れば見るほど、こんな美人と同じ車に乗っているのが信じられなくなる容姿だ。
「やったー。それが聞けただけで、もう十分です。――と言う訳で、そろそろお暇しましょうかね」
「もう行ってしまうのか?」
彼女がいきなり車内に入って来た時は驚いたが、いざ行ってしまうとなると、それが酷く寂しいことに思えた。それだけ俺の中で彼女の存在が大きくなっているのだろうか。
「はい。障害の多い恋は燃えるものですが、私も子どもではありませんから世渡りというものは心得ています。今は、別れましょう。お互いのためにも」
「マリー」
「なんですか?」
「次に屋敷で会った時、俺はどうすれば良い?」
言葉はなかった。ただ無言で、剣を掴んで俺に差し出す。それが、答えなのか。どうあっても、俺はその選択肢しか取れないのか。
「言っておきますが、私も、私の直属の部下も手強いですよ。まさか一人で来るようなことはないと思いますが、お仲間さんにもお伝えください。客人が来たからには歓待するのが、我々の礼儀である、と」
次の一瞬でマリーの体は霧に変じ、どこかの隙間から外へと流れ出ていってしまった。
車を走らせ続けて、やがて待ち合わせの場所であるルーマニアの小さな町に辿り着いた。マリーと再会してからは数日経過しているが、結局あれっきり彼女は姿を見せていない。
それは当然だと思ったし、俺もその方が気は楽だった。
奇しくもこの町の風景は、マリーと初めて出会ったあの村の辺りにも似ていて、他のヨーロッパの国の都心部とは明らかに見えるものが異なっている。背の低い建物ばかりで、こう形容すると失礼だろうがいずれも野暮ったい。日本やアメリカでよく見る無機質なビル群とも、パリやローマで見る絢爛さと混沌を兼ね備えた建物群とも似てはおらず、素朴な西洋建築とでも言うのだろうか。
白い壁に赤い屋根の建物がいくつも連なっているその景色は、どこか童話めいて見える。
そんな町の北に、やはり素朴な外観をした小さな教会があった。吸血鬼狩りはどこの国でも聖職者を名乗っている。その待ち合わせの場所も、心から神に祈ったことはそう多くないのに教会と相場が決まっているものだ。
「失礼する」
礼拝堂にこんな言葉を吐きながら入る信者はいないだろう。どうせ平日の昼間から礼拝に来ている人間はいないだろうと踏んでの行動だが、事実として礼拝堂には誰一人としていなかった。俺がここで会うはずの人間も、修道士も修道女も。
「まさか、もうお釈迦なんてことはないよな」
町に普通の人間はたくさんいた。仮に死体が生者を気取って歩いていたとしても、気配でわかるので間違いはない。この町全体が幽霊都市になっているようなことはないだろうが、既にこの教会がアンデッドの手に落ちているという可能性はゼロではない。聖職者もまたアンデッドとは敵対しているため、自然と標的になりやすいからだ。
「誰かいないか?」
談話室の扉をノックする。返事はやはりない。にわかに不安が首をもたげ、銃を握り締めながら扉を開いた。部屋に侵入すると同時に銃を構え、油断なく周囲を見渡す。この一連の動きは、昔見た刑事ドラマのそれにも似通っているだろう。むしろ、俺自身がそれを意識してこの動作を体得した。
吸血鬼狩りというのは身も蓋もない言い方をすれば職業のようなものだが、実際のアンデッドとの戦い方は基本的に独自のものであり、俺が親から習ったものは、日本の津雲家に伝わるものでしかない。細部のアレンジや新たな技の開発はその代の人間の仕事だ。俺の場合、ずいぶんと卑俗なものから技を学んだ訳だが。
「へへー、こりゃあすごい。ウェスタンガンマンってか?」
「悪いな日本人だ。それに、声をかけられるまで気配に気付けなかった。あんたこそ、忍者じゃないのか?」
静かな教会にはそぐわない明るい声は、俺の真後ろから響いていた。振り返るとそこには、革のジャケットを一枚羽織った長身の男が立っている。百八十センチか、それより少し高いかぐらいだろうか。背中から剣の柄が伸びているので、獲物は大剣か。髪は茶。瞳は青。顔立ちも西洋的だし、この国かヨーロッパのどこかの生まれだろう。歳は、二十過ぎぐらいに見える。
「ほー、ニンジャ!良いねぇ、やっぱり日本人はその辺りのユーモアが良い。それに、あながち外れじゃあないぜ」
「と言うと?」
俺にユーモアセンスがあった覚えはないが、日本的な返しが愉快だったのだろう。とりあえず調子を合わせておく。人懐っこい笑みを浮かべているし、取っ付きにくい男ではなさそうだ。同業者とも可能な限り深く関わり合いにならないのが俺のスタンスだが、連携なくして吸血鬼とは戦えない。……特に、今回は。
「オレの家は元々、暗殺者の一族だったらしくてねぇ。それがどういう訳か殺す対象がアンデッドになった訳だが、こうして気配を殺して後ろを取ったり、逆に隠れている奴を見つけたりする技術は現代にも伝わってるって訳さ。
いや、それにしても試すみたいなことして悪かった。年下と思って頼りなく感じてたんだが、全然そんなことないみたいだ。許してくれよ」
「気にしないで良い。それに、新米なのは事実だ。ここに来る前の仕事でもしくじった」
「へぇ、まあその辺りは追々聞くとして、オレはソール・ローゼンストック、よろしくな」
背の高さから必然的に長く、俺よりずっと太い腕が握手を求めて前に出される。軽く威圧感を覚えるが、小柄な日本人にしてみれば他国の同業者の大半が自分より大柄だ。とっくに慣れている。
「俺は津雲大輝。よろしく」
予想していた通り、その手を取ると手のひらが潰されそうなほど強く握手されてしまうが、悪意がないのはわかっているので可能な限り表情を変えずに受け流す。相手を斬るのではなく、圧倒的な重量で叩き潰す大剣を扱う人間は往々にしてこうだ。握力も筋力も生半可なものではなく、ゴリゴリの外見に反して驚くほど俊敏に動く。この男も、暗殺者の血が流れているのであればその特徴が当てはまるだろう。
本当、体格にも筋力にもそれほど恵まれない日本人はこの仕事をする上で損だ。だからこそ、筋力の影響が手ブレ程度にしか出ない銃の扱いを徹底的に仕込まれた訳だが。
「よし、じゃあ首尾を話すから、適当にかけてくれ」
「わかった。しかし、この教会の人間はどこにいるんだ?外から見た感じ、そう大きな建物ではなかったが」
「この時間は広場で子どもの相手をしているんだ。擦れ違わなかったのか?」
「ああ……人ごみは苦手だから、避けて通るんだ」
「はっはっは、なるほど。シャイでニヒルな辺り、正にガンマンだ」
どうやら、完全にこの男の中で俺は西部劇の主人公らしい。確かに、日本でも鍋焼きウェスタンとか言って西部劇が作られた時代もあったが、俺が生まれる以前の話だし、俺の身なりはガンマンと言うより、マフィアの方がまだ近いだろう。くたびれたコート姿は、日本の二時間ドラマによく登場する刑事のようでもある。
「あんた、西部劇オタクなのか?」
「いやいや、ただ、シングルアクションのリボルバーって言えば、ガンマンだろ?結構憧れてたんだ。ちっさい頃はさ」
「はぁ、なるほど。俺は見ての通りサーベルも使うんだが」
「サムライってやつだな!」
「……違うと思う。西洋刀だし」
マリーとの会話である程度の耐性を付けていたはずだったが、このソールという男も実に明るく騒がしい。吸血鬼狩りをやっている人間にこういう性格の奴がいるのは稀であり、正直接し方に困る俺だが、適当に流しておけば良いだろう。それで案外どうとでもなるものだ。いざ戦いになれば、それぞれの勘に基づいての共闘が出来る。極端な不仲にさえなっていなければ良い。
「よし、じゃあ今回の仕事に話に移るぞ。まず、殲滅に向かう屋敷はこの町の真南にある。低地にあるから見えなかっただろうが、近くに行けばよく見える、見晴らしの良い場所に建っているから道中の戦闘は警戒しなくても良い。問題の屋敷だが、アンデッドの目撃情報はなく、ただ人が襲われる事件のみがいくつか起きている。その頻度から、少数。より具体的には二体以下だと考えられる。ここまでで質問は?」
「人が襲われるとは、失踪事件か?それとも、死体が見つかっているのか」
「いや、どっちでもない。傷害事件なんだ。主に女性が狙われていて、そのいずれもが頭に軽い打撲と、首筋に傷を受けている。その傷とは、犬か何かの牙が突き立てられた後、って訳さ。ここまで来れば、まあ吸血鬼の仕業だって断定出来るってもんだろ?」
「死人は、出てないのか……」
マリーらしい。実に彼女らしいと、まだ会って数日だというのに思うことが出来た。
吸血鬼にとって人間の血液とは、人間にとっての水や塩分ではなく、どちらかと言うと肉類を食べることで得られる脂肪分やタンパク質に近いという。生きるために必須なことは必須だが、過剰に摂取する必要はなく、更に吸血鬼は比較的燃費が良いため、毎日吸血をする必要もないと伝えられている。
それに、一番吸血鬼にとって都合の良い栄養源が人間の血というだけで、他の動物の血肉でも吸血鬼は生きることが出来る。人間の身近な食べ物でたとえれば、たまに食べる贅沢な肉、といったところだろうか。嗜好品と呼べるほど不必要なものではないが、常食するほどの必須要素でもない。
尤も、吸血をすることによって得られる力は、ただのエネルギーではなく、吸血鬼の力を高めるためのものでもある。そのため、力を貪欲に求める吸血鬼は、集落一つを壊滅させるほどの過剰吸血をしたこともあるそうだが、今の世にその事例は見られない。ただ、その少ない吸血の機会は、人間の血を吸うだけではなく、肉も食べることにより腹持ちを良くしたり、肉は残しても、失血死させることで吸血相手を死体にし、それを下僕にしたりすることに使われて来たのが常だった。
しかし、マリーはそのどちらをすることもなく、代わる代わるに血液を少しずつ「吸わせてもらう」という形の吸血をしているようだ。こんな事例は他に聞いたことがない。
「それが妙なんだよな。まさか、人間に友好的か、そこまでは行かないにしても、情け深い吸血鬼がいるのか?」
「……そういうのがあり得ても、良いんじゃないか。俺は既に麻痺しているが、アンデッドを打ち倒すことに抵抗を覚える吸血鬼狩りも多くいる。その逆があってもそこまで不思議じゃない」
「まあ、そいつは確かになぁ。どういう訳か、人と吸血鬼はよく似た姿形をしているんだ。オレだって、暗殺の対象を人から吸血鬼にすり替えったって言っても、そこまで簡単に割り切れるもんじゃないし」
試すように言ったのだが、ソールがそんな考えを持っていたのは、俺にしてみれば朗報だった。これで彼が吸血鬼は絶対に滅ぼさなければならない、と考えている人間ならどうしようもなかったが、俺の考えに共鳴してくれるならまだ可能性もある。
つまり、マリーと戦わなくても良い未来の可能性だ。マリーが本当に人間を殺そうとは思っておらず、それゆえに俺への恋をしてしまったということは、彼女のこの町での行動で立証された。今まで心の底では彼女を疑っていた自分が嫌になるが、逆に安心出来た今、彼女には全幅の信頼が寄せられる。彼女との戦いは回避出来るに違いないし、しなければならないとすら思える。
「今のような状況は、どれぐらい前から続いているんだ?」
「確か、ここ一年ほどだ。元々、件の屋敷は大昔の貴族の別邸だったらしいんだが、今となっては打ち捨てられていてな。何かに利用するにしても鍵がかかっているし、ぶっ壊すには歴史的な価値があるとかで、ただただ見世物みたいになってたんだ。それが、最近になって吸血鬼らしい奴の住処になった、ってことだな」
「なるほど。つまり、吸血鬼はどこかから移り住んで来たんだな」
「そう。これもまた妙な話さ。普通、吸血鬼はそう頻繁に住処を変えたりはしない。奴等の体内時計は人間よりもずっとゆっくりだから、住む場所を変えるのも数百年とかだ、って考えられてるな。そりゃ、俺達の世代が奇跡的にもその数百年目に当たったってのは考えられるけど、今までは特に事件として取り立てられることもなく、他の場所で度々起こってたと考えるのが妥当だろうな。なにせ、死人自体は出ていないんだ。ただ、この教会はちょっと吸血鬼のことに敏感だったから、話が伝わって来たってことになる」
マリー自身の口からは語られなかったが、彼女もまた俺と同じように世界各地を旅していたのだろうか。それなら過去に日本に行ったという話も納得出来る。だが、何もマリーだけが人を殺さない吸血鬼だとは限らないだろう。俺とソールが似たような吸血鬼に対する考えを持つように、「人に優しい」吸血鬼が複数現れていてもそう不思議ではない。
そう言えば、マリーは別れ際に「私の直属の部下」という言葉を使った。あの言葉はただの悪役の演出であることも考えられるが、本当にその“部下”とやらに該当する人物がいなければ、そんな言葉も思い付かないことだろう。だとすると、屋敷にいるのはマリーだけではない可能性が高い。それが彼女の部下である吸血鬼なのだろうか。
「どうした?そんな難しそうな顔をしてさ。なに、二人だけってのが不安なのはわかるけど、ヤバそうなら戻って応援を呼べば良い。最初のアタックは偵察みたいなもんさ」
「いや……。信じられないと思うが、あの屋敷にいる吸血鬼は、俺の知り合いなんだ。だから、出来るならば戦うんじゃなく、話し合いで解決したい」
挑戦や情熱という言葉に縁のなかった俺にしたら、少し信じられない言葉だった。
賭けであるのは承知の上だ。しかし、俺はどうあってもマリーと戦い、その果てに彼女を討つような未来を快諾することは出来ない。それによってもたらされる様々な問題は承知している。それでも、やはり俺は彼女を吸血鬼というだけで斬るなんて残酷なことはしたくなかった。
「そいつはまた驚いた。オーケー、冗談じゃないのはわかる。しかし、一体どういうことなんだ?向こうからコンタクトを求めて来たとでも言うのか?」
「ああ……詳しく話す。ただ確かに言えるのは、俺は吸血鬼であっても彼女を愛したいと思ったし、彼女は本気に人間の俺に恋をしたんだ」
俺は出会って数分の同業者の男に、マリーとの深夜の森での出会いから全ての話をした。もしもソールが俺のように陰鬱とした男であれば話しにくかっただろうが、ここは彼の明るさがありがたく感じられる。そして、彼は意外なほどに静かに。時には相槌さえ打ちながら話を聞いてくれるのだった。
人間に恋をした吸血鬼と、彼女の健気さに打たれた男の話を。
翌日の明朝。俺とソールは件の屋敷へと向かった。
陽はまだ低いが確かに東の空を照らしており、周囲が完全に明るくなる頃には目的地に辿り着いていることだろう。
「ソール。ありがとう」
サーベルを腰に下げ、銃をコートの中に隠し持ちながらも、俺はこの吸血鬼狩りの仲間に感謝せざるを得なかった。結局、戦いが避けられないものであるのなら、自分達の役目はきちんと果たす。それは約束したが、彼は俺の気が済むようにやらせてくれると言う。結果次第でそれは、自分の立場をも悪くする判断にも関わらず。
「なーに、惚れた女をにべもなく殺せなんて、オレは言えないよ。それに、もしダイキとその……マリーだっけ、その子が上手く行ったら、いい加減この馬鹿な対立の構図も終わるかもしれないんだ。仕事がなくなるのはちょっと不安だけど、吸血鬼狩りなんて辞めちまった方が、気持ち良く眠れそうだしさ」
「長く続く吸血鬼狩りの仕事を“なんて”扱い、か。言いにくいことを言ってくれる」
「吸血鬼との和解を目指そうなんて言い出す時点で、これと同じようなもんだぜ、お前も」
「確かにな。けど、だとしても俺はこうして生まれた可能性を信じたいんだ」
「おアツいねぇ。いいや、馬鹿にしてるんじゃなくて、むしろ尊敬してるし、羨ましくもあるんだ。吸血鬼に自分を惚れさせるのもそうだし、ダイキはそれを受け入れたんだからな」
「それは…………」
最初はマリーの方から俺に猛アタックをして来た訳だし、マリーのあの容姿、そして純粋さは戦い続きで荒んだ俺の心を癒すのに十分なものだった。吸血鬼を表すのにこの表現はおかしいだろうが、彼女は俺にとっての太陽に等しいとも言えるのかもしれない。
他人、しかも異性と関わることを可能な限り避け、特別な関係になることを極端に拒んでいた俺に怯むことなくアタックを続け、遂に俺を折れさせた上で吸血鬼と発覚してからも車に押しかけ、談笑したくらいだ。少々押し付けがましいのが難点な太陽だが、そこすら可愛らしく思えて……なんて、ほんの少し前までの俺ならあり得ない思考だったな。俺はたった数日で、ここまで彼女に良い意味で影響を与えられたのか。
「お、ニヤニヤしてるな。ひゅぅ、色男よー」
「ち、違う。俺は今だって心の整理はきちんと付いてないし、マリーだって、決断出来ていない。だから、苦しんでるんだ」
「それはそうだろうぜ。むしろ、恋とか愛のためだけに、大勢の仲間を犠牲にするかもしれない選択なんて、簡単に出来る方がどうかしているんだ。――だから、ゆっくり考えれば良い。オレだって、難しいことを考えるのは苦手だけど一緒に唸るぐらいは出来るぜ」
「……ありがとう」
反射的に口から出て来る場合を除いて、俺は一体何年ぶりにこの言葉を使ったのだろう。マリーと出会い、この少し変わった吸血鬼狩りの仲間と出会って、久し振りに俺は“吸血鬼狩り”というどこか人間離れした生き物ではなく、ただの人間に戻ることが出来たような気がする。
そう言えば、マリーは度々感謝の言葉を口にしていた。
あれは全て演技をしている時のことだったが、人間のふりをしていることだけが演技であって、彼女の話したことの全てが嘘の、空虚な言葉だとは思えないし、思いたくもない。もしもその可能性を考えるのであれば、彼女がこうして俺を悩ませ、他の同業者も巻き込んでいることすら、吸血鬼の女王の考えた壮大な謀略の一つであると、そう疑わなければならなければなくなるのだから。
「見えて来たぞ。アレだ」
自然と足取りは速くなっている。会話をしながらなのにぐんぐん目的地は近づいて来ていて、緩やかな傾斜の下にその屋敷が見えていた。
「屋敷……と言うより、古城と呼んだ方がしっくり来そうだな」
「そんで、いかにも“出そう”だろ?」
「ボロボロの廃屋という訳じゃないが、確かに。しかし、一人か二人みたいな少人数で住んでいるのなら、持て余し気味になりそうな大きさだ。本来なら、トラップやアンデッドの存在を警戒しないといけないんだが」
「信じるんだろ?彼女のことを」
「…………もちろん」
一度目の別れの時、マリーは警戒を薄くすると言っていた。加えて、二度目の別れの時は、あえて悪役を気取るような言葉を残した。つまり、彼女は人間に仇なす吸血鬼として、俺に討たれたがっている。あるいは、俺を殺そうとしている。
だけど俺は、どちらの未来も避けたい。折角、新たな吸血鬼と人の関係を作り出そうとしているマリーの命が失われ、吸血鬼と人の対立が激化する未来も、マリーが恋した俺を自らの手で殺し、二種族の関係を現状のまま保つ代わりに、これから現れるかもしれないマリーのような吸血鬼まで殺され、彼女が罪の意識に囚われる未来も。どちらも。
だから俺は、マリーに剣でも銃でもなく、自分自身の心と言葉だけを向ける。決して手放しで喜べる結果は出ないだろう。そして、この決断が正しいかなんて誰にもわからない。たくさんの命が犠牲になる可能性だってある。そうなれば、俺もマリーも一時の衝動に身を任せて選択を誤った罪人になるだろう。
それでも、俺は彼女と共に歩む道を目指したかった。
「よし、行くか」
「ま、いざとなったら、オレが上手くやるさ。だから、“その時”が来ても、無理はしなくて良いからな」
「いや。俺も吸血鬼狩りには違いない。覚悟は出来ているつもりだ。それに、マリーがその気になったら、一人どころか二人がかりでも勝てないと思う」
「ぞっとしない話だなぁ……そいつは」
目の前には、この古城とさえ呼べる廃屋敷の扉がある。観音開きのそれの内、右側のドアノブを掴むと、予想通り鍵は空いていた。普通ならばこんな朝方から吸血鬼が住居を開け放つことはないだろう。ただ、日光の下でも活動出来るマリーならその限りではないだろうが、何かの罠とは思えない。
とはいえ、マリーの「部下」なる人物が何かしらの警戒をしている可能性はあるため、あくまで俺も油断なく銃を握り締めつつ、ゆっくりと進んで行く。後ろは常にソールが見張っていてくれており、それだけで一人の時とは安心感がまるで違う。
屋敷の内部はと言うと、やはり吸血鬼の根城とは思えないほど光に満ち溢れていた。廊下の窓にはカーテンが備え付けられているものの、どれも開きっぱなしになっており、住人が今も起きて活動をしているのだという印象を与える。つまり、マリーはこんな吸血鬼が眠り、人が起き出す時刻には既に目覚めているのだろうか。
以前会った時に彼女は、昼間にしか自由はないと言っていた。あれは俺に会えるのが昼間だけという意味だと思っていたが、彼女はもしかすると、特別な目的がない時でも、自分の時間を作るために吸血鬼にはあり得ない生活リズムを作っているのかもしれない。
「こう言っちゃアレだけど、吸血鬼の屋敷っぽくないのが、妙に気持ち悪くて不安になって来るな」
「そうだな……。さすがに電灯は付いてないが、ほぼ完全に人間の住居みたいだ」
単純に考えて、主の部屋は一番奥だろう。入ってすぐにも部屋はあったが、そこは俗に言う応接間のようだった。人の気配はないし、入ったところで収穫はありそうにない。
まるで探索型のゲームでもしているような感覚だが、一歩一歩確実に絵画のような赤絨毯を踏み、目指す部屋へと向かう。廊下のいたる所には観葉植物や絵画が飾られ、あまりにもそれが人間過ぎて、ソールと同じく俺も不安になって来る。ここを吸血鬼の根城だとばかり意識しているからなのだろうが、あの人間的な吸血鬼であるマリーのことを知っていても、今まで仕事を続けて来た吸血鬼狩りとしては不気味さを覚えずにはいられない。
すれ違う生き物はなく、何かしらのトラップがある訳でもなく、自分達が空き巣に入っているような感覚を味わい、最深部らしき場所にあった扉を押し開けると、そこは明らかに人間の書斎のような部屋だった。壁面には本棚やクロゼット。更にちょっとした机に、ケースに入ったぬいぐるみまで飾られている。
全てが主の趣味なのだろう。既にマリーといくつもの言葉を交わした俺には、そう断言することが出来る。
「マリー」
部屋の中に人の姿はない。だが、なんとなくそこにあの吸血鬼がいることはわかった。俺達が来たことに気付き、慌てて姿を霧に変えて隠れたのだろう。吸血鬼独特の気配は霧散してしまっているが、それよりももっと感覚的な何かでわかる。
「……いないな。ハズレか?」
「いや、多分もうすぐ出て来ると思う。――マリー、後ろの彼は俺の同業者だが、戦うつもりで来たんじゃない。俺も、もちろんそうだ。戦いではない決着を、望んで来たんだ」
少し待っても現れず、俺の思い違いかと思って部屋を出ようとすると、独りでに扉が閉まった。反射的にソールが開けようとするも、超常的な力――魔力を用いた施錠は腕力で押し開けることは出来ず、強化された扉は木製とはいえ、いくら大剣を叩き付けても壊れはしないだろう。
『ようこそ、私の屋敷へ』
軽くドアノブを引いてみて、どうあっても開かないことを確認するとソールはそのまま施錠された扉に背を預け、俺に視線を寄越す。ここからは全て、俺に任せる。後はどうとでもなれ、ということか。
「マリー。話をしに来た。君と、俺達の未来のことを」
「未来、ですか。話すだけ、虚しくなりそうな議題ですね。でも、ダイキ。それがあなたとの最後の会話であるのなら、喜んで」
黒い霧。いや、“闇”という概念そのもののような黒い粒子が集まり、一人の女性の形になる。この屋敷の主、そして吸血鬼全体の総元締である女性が、数日ぶりに俺の前に姿を現した。
金髪も服も、何より目を引く赤い瞳も、全てが俺の記憶にある通り。声の余裕はなくなり、深刻な口調にこそなっているが、間違いなくマリーだ。影武者を疑ったりしているという訳ではないのだが。
「最後にはならない。俺は、君に武器を向けることはしないし、君も俺を傷付けないからだ」
「無理ですよ。たとえここで私達が手を取り合っても、現在の対立の構図は変わりません。吸血鬼は人間を捕食するもの。人間は吸血鬼に捕食されないため、抵抗をするもの。どちらかの種族が絶滅でもしない限り、捕食者と被捕食者の関係は変わりません」
「それで、人間の方が滅びたら吸血鬼も衰退し、最悪滅びるが、吸血鬼が滅びるとすれば、人間は更に繁栄することになり、文明は更に発展する。それが、君の弁なのか?」
「誰がいつ、王である私が自ら種族を滅ぼすなどと言いました?」
マリーの目は恐ろしいほど冷え切っていて、俺の知る彼女と同一の存在とは思えない。それでも、俺は彼女に語りかける必要がある。
「じゃあ、ここで君はどうするつもりだったんだ?俺達を殺すつもりだったのか」
「はい。ここ最近、吸血をしていなくて私は乾いているのです。もちろん、美味しくいただくつもりでしたよ」
「“でした”か」
「っ……!言い間違えました。ご要望とあらば、今すぐにでもあなた方を殺して差し上げますが」
白く細い女性の手が、一瞬にして凶悪な狼の手に変化する。以前よりもより野性的で、人間らしさが欠落した金毛の狼の腕だ。その爪に切り裂かれれば、人間の首など一瞬で落ちてしまうだろう。
「マリー。女王である君に問いたい。吸血鬼は必ずしも、人間を殺さなければいけない生き物か?」
「いいえ。たまに人血を得ることさえ出来れば、その生存や活動に支障はありません。それは、私が今までして来たことで明らかなはずです」
「やはり、各地であった吸血事件は、君が原因なのか。じゃあ、なぜ他の吸血鬼もそうすることが出来ないんだ?単純に考えて、獲物を殺してしまうより、生かして戻した方が再び吸血を行えるし、事情さえ話せば、人間側も血液の提供ぐらい……」
「仕組みを変えるには、何もかも遅過ぎたのですよ。今だからこそ言いますが、私はいわば突然変異体なのです。吸血鬼でありながら、人の心と人の体を持ち、人に助けられたことから人を憎まない、特異過ぎるケース……。
大多数の吸血鬼は、人間によって仲間を殺された恨みから、人間を強く憎んでいます。今でこそ表向き大きな顔をすることはなくなりましたが、心の内では今の状況は『生かしてやっている』のに過ぎず、世界の支配者は自分達であると信じています。そして、それが事実であることは、吸血鬼を狩るあなた方が一番よくご存知でしょう?」
「……人の心と、体だと?それはどういうことなんだ」
彼女がどういう訳か日光の下でも行動出来る。それは既にわかっているが、その理由は不明だった。しかし、人の体を持っているという言葉を信じるならば、説明が付く。人も紫外線を浴び続けるのは問題だが、普通に太陽の下に出るのはなんら問題がない。それは当たり前のことであり、もしもマリーの体が人間と同じものであるのなら、日光を浴びるなんて造作無いことに違いない。だが、そんな例がかつてあっただろうか?
「その話は今、必要ありません。ただ一つ言えることは、私が王をしている限り、吸血鬼が再び人を恐怖で支配するようなことはない、ということです。しかし、次の王は間違いなく人を憎んでいます。今まで不満を晴らすがごとく、人間を凄まじい勢いで殺して行くでしょう。
それは、私も、あなた方人間も決して望まないこと。ですから、私は女王であり続けなければなりません。よって、ここであなた方を見逃し、今の地位を失う訳にはいきません。あなた方は、多くの人を守るために必要な犠牲という訳です。ダイキ、わかってくれますよね?」
「わからない。マリー、君は本当に俺を殺すのか?殺すようなことが、出来るのか?」
「出来ます。出来なければ、なりません。ここでたった一人の人間によって心を乱されるようでは、どの道女王を続けることなど出来ないでしょう。ですから、私はあなたをこの手で殺します。そして、あなたは抵抗するのです。私に剣を向け、銃を放つことによって」
真紅の表地に、黒の裏地のマントが風もないのにたなびく。マリーの右手が振り上げられ、前かがみのいつでも走り出せる体勢になったからだ。もうこうなれば、いつ彼女が俺に爪を向けるのかわからない。当然、ソールもそれに気付いて大剣を抜く。
「出来ない」
「出来なくても、してください。あなたが生きていた証を、傷という形であたしに残してくれないと、本当にあた……私は」
「出来ないのは、俺だけじゃない。君もだ」
「……何度言わせるんですか。私は、あたしは出来ます!しなければならないと、言っているでしょうっ」
「誰がそんなことを決めたんだ?自分自身で、勝手にそう決めているだけなんだろ」
「ええ、そうです。私は決断をしなければならない立場にいます。ですから、自分の義務を自分で決めるのです」
そう言う声は震えていて、その声音は不安定で、既に“女王マリエット”なのか“俺に恋したマリー”なのか、どちらが喋っているのかわからなくなっていた。
「マリー。そう焦らなくても良い。たった一人の王が全てを背負い込まなければならないのなら、その仕組みはもう破綻しているんだ。今からだって、きっと吸血鬼の世界は変えられる。だって、吸血鬼の対極にいつもいた人間の世界の仕組みが二転三転してるのは、マリーが自分自身で見ていることだろ?」
「吸血鬼と人は一緒ではありません。長く生きているだけ頑固で、執念深く、誰も人間を好きになんてなれません」
「それでも、例外はいるだろ?マリーのような」
「だから、あたしはおかしいんです!人間が吸血鬼と融合して、しかも人間の意識が死なずに、反対に吸血鬼の人格が消えるなんて、絶対にあり得ないことなんですっ。何も知らないダイキが、勝手なこと言って、変な期待を持たせないでください。お願いします、やめてください!」
彼女はもう、完全に泣いている。涙の雫ではなく、瞳からは細い川のように涙が伝って、服を湿らせていた。爪を生やした手は所在なく動いていて、俺にとびかかることも、体勢を元に戻すこともしない。
「俺は君の事情を知らない。でも、あり得ないことがあり得ているんなら、奇跡が連続する可能性だってある。――マリー、一緒に戦いを放棄しよう。きっと、戦い続ける以外の未来だって開ける」
「開けなかったら……今よりずっと悪いことになったら、その時あたしはどうすれば良いんですか?大好きな人も、大好きだった人間達もたくさん殺されてしまったら、私はどうすれば良いんですか?」
「そうはならない。俺が、そうはさせない」
「……あなたみたいな非力な人間には無理です。そもそも、ダイキはつい最近まで、そんなこと考えてもみなかったのでしょう?そんな、取って付けたような理想を掲げられて、誰が信じられると思うんですか!?」
「そうだな。正直に言って、その場の思い付きみたいな理想だよ。俺は、マリーが悩んでいた期間の一割も悩んでない」
「ほ、ほら。そんな無責任な人の口車に乗るのは馬鹿がやることです。わ、私は決して馬鹿ではありませんよ。お馬鹿な人間さん」
「でも、マリーは俺よりずっと深いことを考えているんじゃないか?ただ、力を貸してくれる仲間がいなかったというだけで、俺みたいな若造が思い付く以上の計画を、もう頭の中に持っているんじゃないのか?――聡明な吸血鬼であるのなら」
出来るだけ平静を保とうとしていたのだが、ほとんど煽り合いみたいになっているのは自覚している。それでも、今の彼女にはこれぐらい強い言葉を使わなければならない、そう思った。
「そんなの……ありません」
「嘘だ」
「嘘じゃありません!あなたに心の中を覗くような力はないでしょう」
「じゃあ、なんでマリーは俺に出会ったんだ?そして、なんで今こうして俺と向き合っているんだ?マリー。俺はついこの間のことも思い出せないほど馬鹿じゃない。君は、人間との争いを止めたいと、そう思って俺に近付いたんだ。そして、俺があの時に一緒に来るように言えば、永遠に俺と一緒にいるつもりでいた!」
「違います。あんなの全部嘘です。あなたを殺すつもりでいました」
「じゃあ、なんで俺が今も生きているんだ!?お前は俺をあの夜に殺せただろ。なのに、わざわざ生かして、車に乗っている時も、俺と話すだけで帰って行った。二回もお前は、俺を殺すチャンスを棒に振っているんだ。――マリー、悪役ごっこはもうやめにしよう。お前は優し過ぎる。悪役なんて、絶対に出来ないんだよ」
「やれます……そんなの、簡単です!ただ、あなたを殺すだけで良いんですからっ」
紅のマントがなびく。一筋の光のようにマリーは俺の懐へと飛び込んで来て、その鋭利な爪を、俺の腹部へと突き刺す。瞬間の痛みと、衝突の痛みで腰が砕け、俺はその場に崩れ落ちた。
「ダイキ!」
大剣を手にソールが駆け寄ろうとする。しかし、彼に右手を向けて制止し、そのままその腕をマリーの背中に回した。
痛みと出血で朦朧としつつある意識の中、なぜかマリーの顔ではなく自分自身の傷口を見てしまい、俺の腹にマリーの腕が生えているという、よくわからない光景をまじまじと見ることになった。傷がかなり深いことは、服の染みやマリーの腕を汚す血の量でわかる。間違いなくこれは致命傷だろう。
「ぅっ……あっ…………」
そんな声を漏らしたのは、俺ではなくマリーだ。彼女は、俺の腹部を貫きながら、ただただ泣いている。
「マリー……。もう一度、聞く。なんで俺を、生かしてくれたんだ?」
「だって、ダイキのことが、好きだから……。好きな人だから、生きていて欲しかった、から」
「そう、か。俺も、マリー。お前のことが大好きだ」
「うそ……。ダイキは、うそばっかりです」
「は、は。嘘つき呼ばわりとは、酷い、な。だってマリー、痛みがだんだんなくなっていってる、のは…………」
そこで、俺の意識は途絶えることとなる。
断章「おとぎばなし」
「う、うそ。おばあちゃん……?」
そこにいたのは、私が見慣れたいつもの祖母などではなかった。代わりに、茶色の毛を生やした醜い獣がいて、なぜか人のように二本足で立って歩くそれは、下着だけの姿になった私をベッドに押し倒すと、その爪で乱暴に私の髪を切り裂き、首筋に牙を突き立てた。
「い、ぃゃ…………」
私が逃げないように体を押し付け、狼は私の血液を吸い続ける。いやらしくわざと舌でぺろぺろと傷口を舐め回し、荒い獣の息を何度も何度も吹きかけて、私の生命も、体も、心さえ陵辱していった。
失血が酷くなると私は気を失ったが、そのまま死ぬのではなく、なぜかもう一度息をふき返していた。
その時の情景は、あまりにも非現実じみていた。私は私の肉片や血液が少しだけ残った、私自身の亡骸を足元に見ていて、だけど私の体もまた私のものだった。亡骸は原形を留めていないのに、間違いなく私で、鏡がないのに、この体は間違いなく私だと、私は直感で理解した。
そして、この体が以前の体とは異なっていることも、なんとなく察することが出来た。
この体は、人であって、人外のものだった。
小屋の外に出ると、なぜかそこには“猟師”がいて、私に銃を向け、剣で追い回した。だから私は、彼等に腕を叩き付け、一撃の下に倒した。続く行動は、なぜか彼等の血を吸い尽くすことだった。
あの穢れた獣と同じことをしている自分に反吐が出て、同時にまた一つ理解した。この体は、あの畜生と同じものであると。
説明 | ||
本編開始、ですがいきなり一つの山場を迎えています バトルを描くのも好きなのですが、舌戦や心理戦のようなものも好きなので、この最初の山場はどちらかと言えば後者がメインになっています 激しいバトルは後半に置いておりますので、お楽しみにお待ちください |
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