第五話 |
サッカー部の存続を賭けた剣城との一騎打ち。終わりの見えない勝負の重圧に、ついに神童は倒れてしまう。絶望的な状況に陥った雷門。それを救ったのは、神童の幼馴染という名のストーカー・霧野だった。霧野の活躍により剣城は精神的に追い詰められ、あえなくシュートはゴールポストに弾かれてしまうのだった。
『決着! 残されたトラウマ』
円堂「え?? 前回の話ってこんなだったっけ? つーか、今回は第五話じゃ……?」
剣城「う…… うおぉー!」
心の奥底から沸き上がるざわめきに揺さぶられながら、それでも剣城は無理矢理にシュートを放つ。今の彼を支えるものは意地だけであるというのに、そのシュートは勢い良くゴールポストぎりぎりへと向かう。
天馬「しまった! まっすぐじゃないのか?!」
角馬『おぉっと松風選手、今までのシュートの印象にとらわれすぎたか? 正面で深く身構えていたせいでスタートの反応が遅れた! これは決まったか?!』
神童「天馬!」
円堂「あれ? なんで普通に話が進んでるんだ?」
天馬は必死にボールへ手を伸ばすも出遅れが大きく響いた。ボールは天馬の手のわずか先を進み、ゴールへと突き進んでゆき……
霧野「……いや、大丈夫だ」
ガン! という音が鳴り響く。
剣城「な、なんだと?!」」
誰もが入ると思っていたボールは、無残にもクロスバーに弾かれてしまったのだ。
霧野「あれだけ俺に辱められながら、あれだけのシュートを放つというのは、さすがはフィフスセクターの刺客といったところか」
円堂「お、俺の知らない第四話に何があったんだ?」
角馬『剣城選手、意地で渾身のシュートを放つも、まさかの自爆! まさかの三国選手に弾かれる結果となったぁ!』
三国「ちょっと待って、今の俺じゃない! クロスバーだろ! 俺とクロスバーを同列に扱うな!」
それはほんの僅か、ボール半個分の差であった。だが、その差によってボールはゴールへ入ることなく虚しく地面を転がるのだった。
剣城「こ、この俺が……シュートを決められなかった……だと?」
自らの放ったシュートでゴールを決められなかった。その光景を目の当たりにして、剣城はまるで糸の切れた人形のようにがくりと膝をつく。普段の剣城ならありえないミスである。茫然自失になったって仕方のないことだろう。
神童「冷静さを欠いたせいでシュートの正確さまでも失ったか。わずか一話の間に受けたストーキングで心を折るとはまだまだだな。俺なんて、俺なんて…… うわぁーーー!」
円堂「キャプテン?! どうした、過去に何があった?!」
神童「う、うわぁーーー! 思い出させないでください、監督!」
霧野「なんだかんだ言って、神童はそれでも抵抗を続けるよな。でも、そんなお前だからこそ…… ふふっ」
神童「やめろー! 言葉を濁すな! 変なところで笑うな! 余計に気になって怖いだろうが!」
霧野「仕方ないな。そんなお前だからこそ、更に追い詰めて、抵抗する気をなくして、あんなことやこんなことをしてやりたい。これでいいか?」
神童「うわぁー! 想像よりも酷かったー! 聞くんじゃなかったー!」
妙な方向で盛り上がる霧野達とは打って変わって、剣城達はまだ現状を受け入れがたいかのように、とても静かであった。
角馬『……つ、剣城選手は三国選手すれすれに狙ったものの、クロスバーのセーブに弾かれてしまいました……』
三国「実況おかしいだろ! 俺とクロスバーがごっちゃになってるし、そもそも今回はゴール守ってないだろ!」
角馬『あまりに意外な展開ですが…… ま、まさかの三国選手のナイスセーブによって、この勝負は…… ら、雷門の勝利……、雷門サッカー部の勝利です!』
雷門の勝利……。その言葉を皮切りに一気に完成が湧き上がる。それは雷門サッカー部の存続が決まったことへの喜びの声。感謝の声。三国引退おめでとうの声。神童の悲鳴。
三国「おい! 三国引退おめでとうって言ったの誰だ?!」
天馬「凄いです、三国先輩! 剣城のシュートを止めるなんて!」
三国「いや、天馬。お前、キーパーやってただろ! なんで俺が一緒にキーパーやってることに疑問を持たないんだよ!」
三国のツッコミも歓声の中へと消えてゆく。今はただ、勝利したことを喜ぶだけだ。
円堂「それで、本当に第四話はどうなったんだ……?」
『執着! 居残った三国』
雷門の勝利。あまりにか細い道の先にあった結末を導き寄せることを成し遂げた選手たちは、歓喜の声をあげ、喜びを分かち合っていた。
だが、勝者の裏には必ず敗者もいる。自らの敗北を未だ信じることが出来ない剣城は、はしゃぐ雷門イレブンの姿を呆然と見つめるしかなかった。
そんな彼に、感情を押し殺した声が向けられる。
黒服「負けたようだな」
剣城「うっ! す、すみません……」
フィフスセクターの黒服に呼びかけられ、やっと剣城は我に返る。そして、そこでやっと敗北したことを現実として受け入れることとなった。剣城は負けた責任からというより、自分がミスしたことが許せずに顔を歪める。
黒服はそんな剣城を一瞥しただけで、特に責めることもなく、雷門へ視線を移す。
黒服「お前が決めたこととはいえ、約束は約束だ。ここは素直にお前を差し出そう」
剣城「くっ……!」
黒服「代わりに我々は穀潰し太一を貰っていく」
穀潰し「穀潰しじゃねぇ、三国だ! すでにゴロすらなくなってるぞ!」
天馬「でも、三国先輩を的確に表していると思います!」
穀潰し「天馬、お前ってやつは……」
言い争う二人などに構う様子もなく、黒服は仲間と共にサッカーゴールを掴みあげ、逃げられないように担ぎ上げてしまう。
三国「って、なんでそっちなんだよ!」
天馬「あぁっ、三国先輩がつれていかれてしまう!」
三国「いやだから、それ、俺じゃねぇだろ!」
どんな理由があろうと約束は約束だ。皆、悔しそうに三国が連れて行かれるのを見つめ続けるも、誰一人として止めるものはいなかった。
神童「三国先輩、今までありがとうございました!」
天馬「キャプテン、次のゴールキーパーは女子がいいです! 霧野先輩しか女子部員がいないなんて味気ないです!」
霧野「俺は男だ!」
三国「俺はここにいるだろうが!」
黒服「ふっ、剣城のシュートを受け続けて無事だった生命力……。これだけは収穫だな」
そう言って、黒服達はサッカーゴールを担いでいってしまうのだった。
黒服「しかし、ずいぶんと重いな。まるでサッカーゴールを担いでいるようだ」
三国「担いでいるようだじゃなくて、本当にサッカーゴールだから! なんで、俺とサッカーゴールを間違えるんだよ!」
黒服「では、さらばだ!」
三国「俺なのか? あれは俺なのか?! おかしいのは俺なのかよ!」
黒服達はサッカーゴールを担いでいってしまうのだった。三国を一人残して……。
『膠着! 残残したくない疑惑』
その日は朝からどんよりとした雲が空一面を覆い隠していた。土曜で午前中のみの授業だというのに、今ひとつ盛り上がりに欠ける。気分さえも憂鬱になっていた午後に、それは起こった。
サッカー部の部室では、午後からの練習に備えて、それぞれ弁当やパンなどを食べていた。それは新たに入部させられた剣城もまた例外ではない。
部員たちは剣城は練習になどでないと思っていたが、意外にもきちんと参加をしていたのだ。それどころか毎日のようにやってきては力の限り三国に必殺シュートを叩きこむという熱心さだ。
そんな熱心な姿に部員たちは剣城に対して僅かずつではあるが、警戒を解きはじめていた。とはいえ、そう簡単に溝が埋まるわけでもない。
天馬「……剣城、また一人で弁当食べてるのか」
信介と一緒に弁当を広げていた天馬は、それとなく剣城の姿を確認する。学年ごとの友人などでグループを作って食べている中、剣城だけは一人でコンビニで買ったらしいパンをかじっていた。
信介「仕方ないよ。練習に熱心に参加してるといっても、フィフスセクターの手先としてやってきたことは簡単に許せるものじゃないよ」
天馬「そうかも知れないけど……」
信介「そもそも剣城自身も僕達と距離作ってるじゃん。僕達から歩み寄る必要なんてないよ」
天馬「でも、俺…… やっぱり黙ってられない。信介みたいに体だけじゃなく、心まで小さい人間になりたくないんだ!」
信介「あ、天馬! って、最後に余計なこと言い捨てて行かないでよ!」
止めようとする信介を振り払い、天馬は剣城の側に立つ。剣城はその姿を鋭く一瞥こそしたものの、無視してパンを食べ続ける。話す必要はない、と遠まわしに言っているようだった。
頑なな剣城の態度を感じながらも、天馬は真面目な顔で剣城へと話しかける。
天馬「剣城…… 俺達と一緒に弁当食べないか?」
剣城「断る」
予想通りというか即答で断られた。だが、天馬は諦めることなく話しかけ続ける。
天馬「そういうなって。一緒に食べたほうが楽しいだろ?」
剣城「くだらない、断る」
天馬「くだらなくなんかないさ。クラスの女子の誰が一番胸が大きいかとかさ、オススメのグラビアの情報交換とかさ、あと今度の身体測定の日にどうやって女子更衣室を覗くかとか、すっごく大切な話してるんだからさ!」
剣城「本当にくだらねぇぞ! つーか、お前ら、そんな話してたのか?!」
信介「天馬! 僕達、そんなこと話し合ってないだろ?! いつもサッカーの話題だったじゃないか!」
天馬「信介とは話す話題がなくて間が持たないから、仕方なくサッカーの話してるだけだよ。だから、剣城を加えれば二対一で中学生らしい話題ができるだろ?」
剣城「なんで俺がお前側に入ってるんだよ?!」
天馬「え? だって、そのモミアゲとか女子にモテたくてやってるんじゃ……」
剣城「女子にモテたくてモミアゲをクルクルにする奴なんていねぇよ! つーか、いい加減にモミアゲの話題忘れろよ!」
信介「そもそも中学生らしい会話の時点でおかしいよ! 女子更衣室を覗こうとする中学生なんて天馬だけだよ!」
天馬「そりゃ、普通に生活していても女子のスカートを下から覗き放題の信介はいいだろうけどさ。でも、俺や剣城はこうでもしないと女子のスカートの中を見る機会なんてないんだよ!」
剣城「だから、俺をお前の同類みたいにいうんじゃねぇ!」
天馬「もう、そんなこというからムッツリって言われるんだよ、剣城は。ムッツリはムッツリでも、硬派というムッツリなんだろ?」
剣城「だから、そういうんじゃないんだよ!」
信介「ちょっと待ってよ! 僕も女子のスカート覗いてるみたいにいわないでよ! そこまで小さくないよ!」
剣城「ツッコミは身長のことでいいのかよ……」
信介「あ……。身長もそうだけど、覗けたって覗いたりしないよ!」
剣城に言われて、身長と共に覗かないことも付け加える信介であった。それを聞いた天馬は大きなショックを受けた様子を見せ、二歩、三歩と後ずさる。
天馬「え……? の、覗かないの?」
信介「だから覗かないって言ってるだろ、天馬じゃあるまいし」
天馬「なんで…… なんで覗かないのさ?!」
信介「逆ギレ?! いや、そもそもなんで逆ギレするのさ?! しかもポイントが間違ってるような気もするし!」
剣城「いや、こいつにとっては正常なポイントだろ」
信介「受け入れちゃうの? 剣城、適応早すぎない?!」
天馬「くそっ! 俺なんか…… 俺なんか…… そよかぜステップの練習のふりして女子のスカートをめくろうと必死だっていうのに! 信介はパンツよりも、おっぱいの方が好きだったなんて!」
信介「違うよ! なんでそっち方面へいこうとするのさ! あとあんまり大声でそういうこと言わないでよ! 僕まで天馬や剣城と同じみたいじゃないか!」
剣城「だから、俺と天馬を同列に扱うんじゃねぇ!」
天馬「女の子のモミアゲ見てムラムラしてるモミアゲフェチの剣城は黙っててよ!」
剣城「誰がモミアゲフェチだ、誰が! そんな気色悪い奴いるか! そもそも女子でモミアゲしてる奴なんているのかよ! つーか、なんで西園は胸フェチなのに、俺の場合は特殊な性癖になるんだよ!」
信介「さ、さすがだよ、剣城……。天馬の暴走にしっかりと的確にツッコミを入れられるなんて……」
話題はともかくとして、盛り上がりを見せる一年生トリオ。彼らを遠巻きに見ていた神童は困ったような笑みをこぼす。
神童「剣城が入って、一時はどうなることかと思ったが…… やはり天馬が溝を埋めてくれたみたいだな。監督はここまで見越していたんですね?」
円堂「ふっ……」
神童の期待に満ちた問いかけに、円堂はあえて答えるようなことはせず、ただ笑みをこぼすのだった。もっとも、神童にはこれだけで充分だったようだ。
神童「さすがです、監督!」
力強く憧れの視線を見せる神童であった。
円堂「しかし、あいつら…… まさか、ここまでだったとはな。俺の出番まで完全に奪われちまったぜ……」
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